02/07/24 「不当労働行為審査制度の在り方に関する研究会」議事録       不当労働行為審査制度の在り方に関する研究会(第9回)議事録 1 日時 平成14年7月24日(水) 13:00〜16:30 2 場所 厚生労働省専用第13会議室 3 出席者  (1) 委員(五十音順)   (1)岩村正彦(東京大学大学院法学政治学研究科教授)   (2)菊池信男(帝京大学法学部教授)   (3)諏訪康雄(法政大学社会学部教授)   (4)村中孝史(京都大学大学院法学研究科教授)  (2) 行政    坂本統括官、鈴木審議官、岡崎参事官、清川調査官、山嵜中労委第一課長 他  (3) ヒアリング対象者   (1)東京地方裁判所民事第19部判事 山口幸雄   (2)日本労働組合総連合会副事務局長 林 誠子 4 議事 ○ 今回はヒアリングの最終回である。前半を裁判所からの、後半を労働団体である日 本労働組合総連合会からヒアリングを行いたい。  まず、東京地方裁判所民事第19部の山口幸雄判事からご意見を伺いたい。 ○山口判事  労働委員会における不当労働行為査制度の在り方に関して、裁判所の方から見た現 状・課題について意見を述べたい。 平成12年の4月から東京地裁の民事第19部で労働事件を担当している。東京地裁には、労 働部として第19部の他に第11部、第36部という3ヶ部がある。昨年までは第11部と第19部 の2ヶ部体制であったが、今年の1月から第36部が集中部という形で労働事件を担当して いる。したがって、現在3ヶ部で事件を扱っているという体制である。  平成13年の東京地裁労働部の新受件数は全部で952件、そのうち救済命令取消訴訟が17 件であった。救済命令取消訴訟については、平成13年の全国の新受件数が28件なので、 全国の約6割を東京地裁で審理していることになる。これは地労委の救済命令事件のほと んどが中労委の再審査を経て、東京地裁に提訴されることが関係している。最近の傾向 として、地労委命令に使用者が不服がある場合に、中労委に再審査申立を行わず、直接 裁判所に取消訴訟を提起するケースも見られるようになっている。いずれにしても、東 京地裁の労働事件を担当していると、中労委や地労委がどういった審査、どういった命 令を出しているかということを知ることができるので、そういった経験を踏まえて意見 を述べたい。  最初に言っておくと、裁判所で我々が扱っている事件というのは結局、労働委員会で の和解が成立せず、命令が交付された事件なので、労働委員会での和解解決率が極めて 高いことを考えると、審理・審査・命令の在り方について問題があるとしても、そのこ とにより労働委員会が労使関係の調整において優れた成果を挙げていることを否定する ものではない。委員の方々の努力に対しては、裁判所としても深い敬意を表したいと思 っている。  まず、救済命令取消訴訟を担当していて一番問題に感じるのは、率直に言って労働委 員会の場合、審理があまりにも長いのではないかということである。例えば今年の4月に 、救済命令取消訴訟の判決を1件出したが、これは昭和56年に導入された賃金制度に基づ いて行った昭和61年から平成2年までの賃金支給について、不当労働行為の有無が問題と なっていた事件である。この事件では、審理期間として地労委段階で5年、中労委段階で 5年半、それぞれ審理期間を費やし、参加した組合員のうち1人はこの間に亡くなってい る。裁判所に訴訟が起こされた頃には、不当労働行為として問題とされる行為からあま りにも時間が経ちすぎているのではないか。この例に限らず、労働委員会から上がって くる事件はあまりにも審理期間については長いのではないかという印象をぬぐえない。  確かに複雑困難な事件については一定の期間を要するというのもやむを得ないとは思 うし、また事件の性質からそうなるというのはあると思う。しかし例えば団交拒否事件 などを見ていても、この種の事件はかなり緊急性が高いと思われるのに、そういった事 件についても他の事件と同じように長い期間を要している。  不当労働行為審査制度は、正常な集団的労使関係の迅速な回復の確保という目的があ るが、このような現状をみると、極端な言い方をすれば機能不全に陥っているといって も過言ではないのではないか。  これはひとり労働委員会だけの問題ではなく、裁判所でも、従前は、審理に必要以上 の時間を要していた面があるといえる。現在、裁判所のほうでは審理の長期化を避ける ための様々な工夫を行い、救済命令の取消訴訟に関してもできる限り迅速な解決を目指 して審理を進めている。  審理そのものについて時間を割くという問題の他に、労働委員会の場合はもう一点、 結審してから命令が出るまでの期間が長すぎるのではないか。司法制度改革推進本部で 行われている「労働検討会」での中労委より提出された資料によると、ここ3年間の平均 で結審から命令交付まで、地労委段階で1年弱、中労委段階で平均3年以上の期間を要し ている。  裁判所の場合でも一部の例外的な大型事件については、結審から判決までに半年とか の期間を割く場合もあるが、基本的には裁判所は民訴法上との関係もあり、結審後だい たい2ヶ月あるいは3ヶ月で判決を出している。先ほど説明した4月に出した判決も、終 結から2ヶ月で出したところである。この判決は本文だけで141ページという膨大なもの であったが、陪席の協力も得て2か月で出すことができた。  終結から判決言い渡しまでの期間というのは、裁判所の責任というか、手待ち時間と いうことになるので、この期間が長いということはそれだけ裁判所が審理の長期化に責 任を負っていることである。このことは労働委員会でも同様であり、結審から命令交付 までの期間というのは、労働委員会の責任であり、地労委・中労委あわせて4年以上かか っていることは、問題ではなかろうかと思っている。  そういった審理、あるいは命令書の作成になぜ時間がかかるのだろうかということを 考えてみると、裁判所から見ると、大きな理由は労働委員会の審理の過程において、法 律的な視点からの争点整理が極めて不十分だということにあると思う。主張について的 確な争点整理をしないでおくと、争点以外の部分について主張なり反論が際限なく繰り 返されていくし、結論を出すための目的的な審理ということもできなくなる。背景事情 ばかりに時間をとられて、肝心の争点についての攻防がなされない、ということにもな りかねない。逆に言うと、争点をきちんと整理しさえすれば、その後に行われる人証調 べも、争点に沿って必要な取り調べを計画的に行うことができる。しかし、立証レベル で争点整理ができていないということになると、立証の対象も決まらないことになり、 その結果、争点と関係のない背景事情の立証に時間と労力を費やしてしまう。人証調べ でも無駄な論証をさせたり、あるいは争点とは関係のないことを延々と時間をかけて証 明するといったことを放置してしまうということになる。そういう審理の在り方だと、 結局争点とはあまり関連性のないような膨大な証拠、膨大な証人尋問記録が残るわけで 、その中から本当に当該事件の判断について必要な、争点に関わる部分を探し出すとい うのは非常に骨の折れる作業となる。命令書を書くにも、そういう審理の長さを反映し て、いきおい時間がかかるということになるのだろう。  このような状況は以前の裁判所の審理に共通している部分がある。裁判所でも今でこ そ争点整理を前提とした審理が進められているが、以前は審理の長期化が問題となって いた。しかしながら、数々の審理運営の改善に向けた努力、それから平成10年に施行さ れた民訴法に基づく集中的・計画的な審理の実施により、この問題はかなり改善された というように思う。そういった集中審理を行う前提としては、的確な争点整理が何より も欠かせないわけで、これなくして集中的・計画的な審理ができることはありえない。  裁判官が争点整理にかけるエネルギーは膨大なものである。当事者から出された主張 なり証拠なりを詳しく見て、弁論準備という形で争点整理をするわけだが、そういった 証拠をふまえて当事者から事情を聴取し、議論して争点を具体的に整理していく。した がって争点整理がきちんとできさえすれば、おのずと何をもって立証するか、何につい て立証するか、そういう立証命題も明らかになる。そうすることにより、その後の判決 書の作成が楽になり、期間の短縮化につながっていく。  争点整理をしないまま、莫大な証拠から判決書を書き上げるのは至難の業と言っても 良い。実際、取消訴訟における命令書を見ていると、命令書で認定されている事実につ いて、その認定の証拠がどこにあるのだろうかと感じることがある。聞いてみると、別 件の事件の証拠から事実を認定した、と言われたことがある。当該事件で出された証拠 とは違うわけで、それは問題があるのではなかろうかと思う。  それから認定についてであるが、確かに一方当事者から出された証拠に基づき認定事 実を行ったことは分かるが、同時に同じようなウェートで反対当事者が反対証拠を提出 していた場合、なぜ一方当事者の証拠を採用し、認定を行ったのかという説示が十分で ない、という場合も少なくない。反対証拠について十分検討した結果として、この認定 になったのかどうかが命令書の書き方等から見る限りよく分からない、ということを感 じることもある。そういう意味でいえば、事実認定について専門的な訓練が十分されて いないことも影響するのかもしれないが、一般に労働委員会の命令を見ていると、非常 に思い切った認定をするという感じを受けることがある。  命令書については、理路整然に書かれたものもあるが、率直に申し上げると、そうい うものはあまり多くないと感じている。命令書については、かなり出来不出来の差が激 しいような感じがする。これは十分な争点整理をせず、争点に絞った証拠調べをしてお らず、その結果どこまで命令書に記載してよいのか定まらないためであろうと感じる。 したがって命令によっては長々と背景事情を書いてあるのだけれども、逆に争点とされ るべき部分については一、二行ですんでいるケースもある。そういう意味では、どこに 力点をおいて審理して判断しているのか、命令書の中から見えてこない、そういうこと も若干ながらある。  命令において、不当労働行為に関わる重要な事実が認定されていないとか、あるいは 認定されていても証拠がない、あるいはその検討が十分ではない、ということになると 、裁判所としては救済命令の処分を取り消さざるを得ないこととなる。救済命令の取消 率の高さについてはいろいろ言われているが、そういう問題があるということは、労働 委員会の準司法的な機能から考えると非常に大きな疑問があるのではなかろうかと思う 。  一方、裁判所では、どのように審理を行っているかを救済命令取消訴訟を例にして説 明したい。  救済命令取消訴訟の審理については、東京地裁の労働部でも平成13年の平均審理期間 は約30.8月ということになっている。労働関係民事事件の平成13年の審理期間は10.7月 なので、それに比べると時間がかかっていることは事実である。これをどう見るかとい うことであるが、やはり労働委員会の審理の方法に問題があるからではないだろうか。 つまり労働委員会の方で十分な争点整理を行い、争点に沿った証拠調べを行えば、それ を踏まえて裁判所で審理すれば良いわけであるが、残念ながら労働委員会の審理の現状 が、説明したとおり争点整理なり証拠調べの仕方が不十分なまま膨大な記録が上がって きているということになると、裁判所としても結局その事件において必要な証拠はどれ かということを、その膨大な中から探すという作業をしなければならないことになる。 非常に時間のかかる作業をやらされているという思いもする。こういった裁判所の負担 の問題が審理期間の問題にもつながるという気がする。  それでは、裁判所においてどうしたら審理が長期化しないで済むかという点について 意見を述べたい。  取消訴訟の場合でいうと、例えば労働委員会の証拠は一括で提出されるが、その際、 原告の方から命令書の事実認定についてどの部分を争うのか、ということを指摘しても らうということも一方法であろう。こうすると争いのある事実と争いのない事実の振り 分けができる。さらに、争いのある事実については労働委員会から提出された証拠のう ち、どの証拠が争いのある事実の認定に使用されているのかということを指摘してもら う。そうすることによって、裁判所の方で労働委員会の出された書証のうち、重点的に 見なくてはならないものが明らかにするできる。そうすることにより、主張についても 、労働委員会で当事者が主張したものについて、裁判所での審理で維持する部分、ない し補充する部分などに分けることが可能となる。  つまり最初に労働委員会の判断なり認定に不服のある部分について争点として確定し 、その上で、労働委員会段階で調べられていない必要な人証、あるいは再度調べる必要 があるものについて集中的・計画的に証拠調べを行うようにしている。部によっては、 このような作業を行うほか、当事者の了解を得られる点については、弁論準備手続きの 中で、先ほどの振り分け作業のようなことを行ったり、そもそも労働委員会で係争中の 事件について、争いがある部分を確定した上で、書証を提出してもらうといった工夫を 行っている。その結果、最近では審理期間が1年程度で終わった事件も出てきているの で、従前の統計数値から見ると審理期間はかなり短縮されていると思う。  労働委員会の審理の現状、裁判所の審理の現状について申し上げてきたが、率直な感 想として、労働委員会は調整的機能を持ち、労使の安定に重要な役割を果たしているこ とは承知しているところである。しかし、準司法的機能については、現状を前提とする 限りは相当に問題があると思う。こういった現状を改善するには何よりも現状を変えて いくという意識を持つことが必要だと思う。そういう意味でいうと、実際の労働委員会 の運営に携わっている方々の意識改革、それと改革された意識に基づいた実践というの が何よりも必要であろう。 改正民訴法の下で争点整理ないし証拠調べの方法を改善し たが、これは裁判所あるいは代理人のほうで、審理の現状が当事者のニーズに応えてい ないのではないかという問題意識が基本にあり、そこから積極的に審理の改善を進めて きたということが大きな理由にあると思う。  労働委員会では、たしかに複雑困難な事件を抱えており、しかも審理の進行について 裁判所とは違い、必ずしも十分な権限が与えられていない。そういう問題があるとは思 うが、だから時間がかかってもやむを得ないといような意識がもし仮にあるのだとする と、それは従前の裁判所と同じように当事者のニーズに応えていないのだと指摘されて もやむを得ないのではないかと思う。先ほど申し上げた争点整理なり計画的な証拠調べ といったことは、制度の改定を待たなくても可能と考える。そういったことに向けての 努力をする、ひいては審理期間の短縮に向けての努力をするということが、出発点とし て何よりも重要という気がする。同時に、個人的な考えではあるが、準司法的機能につ いては労働委員会の今の審査体制そのものに限界があるという思いがする。争点整理は 膨大なエネルギーを要する作業であり、主張なり証拠をすべて検討した上で法律的な視 点から争点の確定について当事者と議論し、かつ当事者に納得してもらうという作業な ので、法律知識・経験がないとななかなか思うようにできるものではないと考える。  そういう意味でいえば、事務局職員の方ができるかということになると疑問があると 思うし、非常勤の公益委員の方では、時間的に限界があるだろう。だから、労働委員会 を見ていると審査に当たる方と命令書を書く方とで公益委員が変わっている例が見られ るが、争点整理と命令書というのはある意味表裏の関係にあるわけだから、自分が命令 書を作成するという気持ちでやらないと争点整理にエネルギーが行かないということに なるのではないか。労働委員会の準司法的機能を本当に機能させることを考えるのであ れば、公益委員を審査に専念させる体制をとることが必要であろう。それと同時に、事 務局職員についても能力なり人数なりを根本的に変えていかないといけない。日本の労 働委員会の母国とされているアメリカでは、NLRBのように1人の委員について法曹資格 を有する資格者が20人ぐらい補佐するという体制である。日本の労働委員会の今の体制 がアメリカのそれと比べて胸を張れるものであるかということについては、どうしても 否定的に考えざるを得ない。やはり公益委員の在り方なり、事務局職員としてどういっ た人を配置するのか、どういった能力を要求するのかということについて根本的に考え ていかないと、今のようなシステムの下でいくら審理の在り方を変えていこうとしても 限界があるのではなかろうか。  もう一つ個人的な意見だが、根本的には労働委員会の場合、中立性について当事者か らの信頼がないのではないか。これが最大の問題であるような気がする。裁判所の場合 は、一応、公正中立な第三者的立場から判断しているということについては大方の信頼 を得ているというように思える。しかし、例えば司法制度改革推進本部で行われてる労 働検討会などにおける意見を聞いてみると、特に使用者側の委員では、労働委員会の判 断について、その中立性に多大の疑問を持たれているということを感じる。両当事者の 紛争を解決する制度として労働委員会があるとすれば、その一方当事者から常に中立性 に疑問を投げかけられているという現状は、深刻に受け止めざるを得ないのではないか 。いくら労働委員会のほうで具体的な審理の方法を改善したり、あるいは人員の充実を 図っていったりしても、審理の進め方、あるいは判断内容において一方当事者から疑わ れるというのであれば、当事者からの納得を得るのは非常に難しいのではないかと思う 。この点について労働委員会でどう対応していくかというこが、ひとつ大きな課題と思 う。  労働委員会が今後、調整的機能と準司法的機能の2つの機能について、調整的機能の 方に特化していくのか、あるいは準司法的機能を抜本的に改革していくのか、そのこと は本研究会などで議論して決めることだと思うが、いずれにしても先ほど申し上げたよ うな労働委員会の現状等からすると、労働委員会には調整的機能によって労使の関係の 正常化を図るということに大きな役割があるのではなかろうかと考える。厳格な中立性 のもとで権利義務関係を証拠と法律に基づいて判断する裁判所とは違った意味で、紛争 解決を図っていく労働委員会の機能は重要であると考える。  審級省略、それから実質的証拠法則についても、前提として労働委員会が準司法機関 として完全に機能しているということが必要になる。先ほど申し上げたような認定なり 判断についての現状からすると、今の段階で採用するのはどうかということになろう。 この問題は、労働委員会が今後どのような形でその準司法的機能を発揮していくのか、 あるいは発揮するのが相当なのかということを踏まえ上で議論すべきと考える。そのこ とを十分議論した上で改善を図っていくというのであれば、その改善結果を踏まえた上 で審級省略等の可否について検討することとなるかと思う。 ○ ありがとうございました。それでは質疑応答に入りたい。 ○Q  争点整理のことを強調されていたが、伺いたいことが2点ある。一つは、労働委員会で 労働組合側に弁護士がつかないことがあるが、その場合争点整理が十分にうまくできる だろうかということである。二つ目は、争点整理はかなり困難な仕事だと述べられてい たが、実際のところどの程度の能力のある人であれば十全な争点整理が期待できるのだ ろうか。 ○A  個人的な意見という前提で答えたい。一番目の質問であるが、確かに弁護士が付かな ければ争点が十分浮かび上がらない面は否定できないと思う。個別労働関係紛争に係る 訴訟には本人訴訟のケースがあるが、その場合、本人の主張だけだと必ずしも法律的な 整理がされないこともある。  そういう場合の裁判所の対応であるが、この場合においても争点整理は行っている。 具体的には、必ずしも十分でない当事者の主張については、法廷の場や弁論準備の場に おいて、当事者が真に争点としたいのはどの部分かということを時間をかけて聞き出す ようにしている。そうすることによって、本人が本当に主張したい事が、明らかになっ てくる。明らかになった際に、争点である旨の確認を行っている。本人訴訟の場合には 代理人が選任されている場合とはまた違った苦労があるとしても、争点整理ができない わけではない。労働委員会の場合、労働組合に弁護士が選任されないで審理を進めるケ ースがあると思うが、もう少し当事者の主張とかみ合わせた運用を行えば、もう少し早 い段階で争点整理ができるだろうと思うことがないわけではない。  それから、争点整理にどの程度の能力が必要かということであるが、これは結局どの レベルの争点整理を要求するかと言うことになると思うが、裁判所としては、裁判と同 じレベルの争点整理を要求したい。そうすると基本的には法曹資格者と同程度の能力は 必要と考える。 ○Q  争点整理のことだが、弁護士が選任されない場合、労働委員会段階での審理では、背 景事実と争点である要件事実を明確に整理されずに、記録が膨大となってしまうことが 多い。一方、取消訴訟となった場合、担当の公益委員が弁護士であるケースを除くと、 同様に弁護士が選任されていない場合もあろうかと考える。  訴訟において、弁護士が選任されていないケースにおいては、争点整理を様々な形で 行うとの説明であったが、裁判所が争点整理に力を尽くしていても、それに対応する側 がそれに応じた整理をしてくれないと、思ったとおりの整理が難しいのではないか。  そういう場合の争点整理の実情についてお聞かせ願いたい。 ○A  当事者なり参加人の代理人は、裁判所と基本的には同じ考え方に基づいており、争点 整理に係る主張あるいは書証の提出は、必要に応じた形になっていると思う。  問題は、労働委員会の指定代理人の役割であると思う。命令を実際に担当した方と、 労働委員会の指定代理人になる方との間の連絡、意思疎通が具体的にどのようになされ ているかがわからないので何ともいえないが、基本的には労働委員会の発出した命令の 認定・判断は相当であり誤りはない、という程度の準備書面が提出されるだけで、具体 的にこの判断部分の理由如何を裁判所の方から聞いても、すぐには回答が返ってこない ということがある。  労働委員会の指定代理人の方で、本当に事件の争点なり認定・判断をどの程度理解し て裁判所の審理・弁論準備に出席されているのかということについて疑問を持たないこ ともない。そういう意味では、たしかに裁判所と同じく膨大な記録の中から本当に必要 な証拠・主張を探すという苦労を労働委員会の指定代理人の方もされているのかもしれ ないが、先ほども述べたとおり、代理人の準備不足かどうかはわからないが、必要な主 張なり、証拠の提出がスムーズにいかないということはあるような気がする。 ○Q  事実がどの証拠に基づき認定されているのかがはっきりしないことがあるというのは 全くその通りだと思う。一般に抗告訴訟でも、通常の民事事件の控訴審でも、この事実 はどの証拠で認定したのかということを早い段階で準備書面で提出することとなると思 う。  これまで、時として、裁判所側から労働委員会の命令書自体に証拠を摘示させるよう にとの要望がされることがあるようであるが、それは命令書でなく準備書面で主張させ ることで足りるのではなかろうかと思っている。それについては、どのような考えかお 聞かせ願いたい。 ○A  先ほど申し上げたように、裁判所では、基本的には、最初に証拠を全部一括で提出さ せ、命令書の認定事実が争いがある部分について具体的に証拠を摘示するという形で審 理を行っている。全体の書証を提出させ、その上で争いある事実について証拠を摘示し てもらうという二段階の形になっているので、それなりに時間を要しているというのは 事実だと思う。しかし、裁判所の本音でいえば、命令書に対する不服申立がされた段階 で、早い段階から証拠の摘示がさなれればそれに越したことはない、と考えている。  しかし労働委員会の現状の体制を考慮すれば、現行の審理方法が、少なくとも現状で は精一杯かというところである。その部分を改善するとなると、労働委員会の指定代理 人の在り方、人的・質的手当の問題もあり、その辺りを改善していかない限りは第一線 の方だけに要求しても難しいと思う。 ○Q  争点整理の作業の中で、ある場面では書記官室が窓口になって当事者と連絡をとると いうようなこと、対応することもあるということが関係しているかもしれないが、この 研究会でも争点整理は書記官室で行っているとの発言がなされたことがあるようである 。実際の争点整理について、労働部の裁判官と書記官室との役割分担の実情はどのよう になっているのか。 ○A  まず書記官にどの程度の役割を求めるかということについては、現在いろいろな議論 がされている。東京地裁の労働部以外の通常部では、書記官にも関与してもらって、例 えば訴状関係に関し、当事者の主張の要約をさせたり、事件概要を作ってもらったりと いうような形で関与しているようである。  労働部の場合は、書記官の数が少ないということもあって、少なくとも現状ではそこ までの体制は整備されていない。したがって書記官が争点整理に関与するということは ほとんどないに等しい状況である。したがって争点整理は、裁判官が当事者ないし代理 人と議論をしながら、その過程で整理し、煮詰めていくという作業をやっている。その 結果を書記官が当事者に伝えるということはあると思うが、争点整理の過程に書記官が 入っていくということはまずない。  それから先ほど通常部の方で書記官が関与することもあると申し上げたが、そこでの 書記官の事務というのは本当に必要な争点整理を行うための下準備的な作業である。具 体的な訴状の要約なり時系列に整理したものができたからといって、すぐに争点整理が できるわけではないし、そういった資料なども参考にしながら記録、証拠あるいは主張 なりに基づいて争点整理をして争点を詰めていくという作業は、あくまでも裁判官が当 事者なり代理人と議論していくことであるから、そういう場面に書記官が入ることはな い。 ○Q  争点整理の本体はあくまでも主張の中身を整理することであるから、書記官のところ で行うことは、争点整理のやりとりの結果決まったことに基づき、書類の提出や連絡を 行う程度のことが普通だということでよろしいか。 ○A  その通りである。そういう連絡はむしろ書記官の訴訟に対する進行管理事務の一環で あるから行ってもらうが、争点整理の中身について書記官が何かやるというのは誤解と いうか、ないことである。 ○ それでは他にあるか。事務局の側からも何かあれば。 ○Q  公正取引委員会などと労働委員会とを比べて、裁判所から見たときの命令はどうか。 ○A  公取委のことはよくわからないが、判断内容の適正さについてはいろいろ意見がある ように思う。 ○Q  公正取引委員会の判断がそれなりに評価されるとすれば、それは参考になるのではな いかと思って聞いたのだが。先ほどNLRBが相当数の法曹資格者を抱えているとの説明が あったが、そもそもアメリカは法曹資格者が多い。公取委も法曹資格者はいるが、何十 人もいるわけではない。それから、公取委は常勤で労働委員会は非常勤であるが、法曹 資格者の数からいったら労働委員会の方が多い気がする。そういった点から比較してど うかと思い質問をした。 ○A  公取委のことはよくわからないが、基本的には判断の適正さについての信頼の度合い という気がする。ある程度信頼されているのであれば、それはしかるべき資格を有する 人たちが審理を行っているということでで許容されていくとは思う。現状は必ずしもそ うではないというところから、そういった点で適正さを確保できるような仕組みなり人 的資源なりを考えていかないと、公取委は、こうだからというような形では議論はしに くいという感じがする。 ○Q  本日の説明とは、かなりの部分でご指摘の通りだと私自身も思う。特に争点整理の点 については判事の説明に賛同する。ただ初審での審査を行っていて非常に難しいと思う ことが、いくつかある。  一つは制度的な要因だと思うが、現行の労委規則では不当労働行為の申立書に、「請 求する救済の内容」と、「不当労働行為を構成する具体的事実」を書けというふうにな っているが、問題は何が不当労働行為を構成する具体的事実かということについて何も 定めがない。しかも当然のことながら労組法第7条というのは極めて概括的な規定なの で、組合の申立書には、仮に代理人がついていたとしても不当労働行為を構成する事実 のところにありとあらゆることが書かれる。そういう事情が第一に挙げられる。そのた め、もともと構成要件が不明確なところに、ありとあらゆる事実が書かれてくるという ことがあるので、そこからいつ、どこで、誰が、何を、どうしたという事実を拾い上げ ていくという作業が実はかなり難しい。そういう制度的な要因がまずひとつある。この 点に関して、組合側の思い入れというのがあって、労働委員会の側で争点を整理しよう と思っても、いつ、どこで、誰が、何を、どうしたということを明確にしようとすると 非常に反発されることもある。無理に進めると後々の審査に支障をきたすこともある。  それから二つ目は、説明にもあったが背景事実は多くは、正直に申し上げて争点とは 関係がない事項が多い。もちろんその中には、不当労働行為の意思の認定にとって重要 な事実であることもあるが、かなりな部分は関係ない。ところがそれを初審段階で制限 しようとすると申立人が異議を主張する場合がある。なかなか具体的に労組法第7条の 構成要件に照らして争点を詰める作業は困難なケースがある。しかも労使の参与委員が ついている中で審査を進めていかなければならず、参与委員との関係等、ある意味で理 路整然とできない部分がどうしてもある。初審の段階ではそうした実情があるという感 じがする。それをうまく整理するというのは、なかなか今の労働委員会制度の中では限 界があるという気がしている。  三つ目は、説明の中にも指摘があったが、委員が非常勤であるということである。事 務局職員の専門性の確保についても、それぞれの都道府県の中での人員配置の問題があ って、限界がある。そのような状況で、争点整理を詰めるということは、困難な面が多 い。その点は指摘のとおりという気がする。なるべく初審段階でも争点を絞って必要な ところに限って審問なり証拠調べをするよう努力はしてきているが、道は遠いという気 がしている。  四つ目として、取消訴訟になったときの代理人の問題であるが、都労委の場合は公益 委員の中から代理人をお願いするという形になっているが、慣行ではもし担当委員が弁 護士の方であったとしても、担当委員とは違う方にお願いすることになっている。もち ろん審査委員がいつも弁護士の方とは限らないが、その場合は事件を担当した審査委員 でない方が代理人になり、どうしても指摘されたような限界はある。それと、従来は取 消訴訟になると労働委員会の側としては、紛争は被告側の参加人と会社側でやっている という意識があるので、どうしても一歩引いた形になってしまうというのがあったので はないかという気がする。  最後に、労働委員会の中立性の問題であるが、たしかに使用者側からは中立性に疑問 があるという意見も出るのだが、果たして本当にそうであろうかと個人的には思ってい る。というのは、少なくとも不当労働行為事件を担当する審査委員については、任命段 階で労使双方の同意がないと任命できないということになっている。公益委員の任命に 同意をしておきながら、それが公正・中立でないというのは議論としてフェアでないと 思っている。むしろ実情としては、労使双方の同意が得られる人でないと公益委員に任 命できないという状況になっていて、その結果として実はそれほど労働法、労働関係の ことを知らない方が任命されがちであるということになるのではないか。使用者側はた しかに中立性ということを指摘するが、それはフェアではないのではないかというふう に思っている。 ○A  第一線の地労委段階で審査を担当している方々は、理屈では必ずしも通らない部分が あるわけで、ご苦労されている点も多いと思う。今申し上げたような具体的事実が何で も盛り込まれるとか、申立の当初の段階では当事者の思い入れがあり、いきなり法律的 な観点からの整理はしにくいというのはあると思う。それは救済命令取消訴訟を担当す る場合にも同じ問題があるわけだが、裁判所での紛争解決制度がどのようなものかとい うことを説明し、あまり時間がかからない段階で気持ちの整理をしてもらい、制度にし たがった手続き参与して頂くようお話している。  それから具体的事実について何でも盛り込まれるという点については、これもたぶん 将来の問題になるのかもしれないが、具体的事実として基本的にはどういうものが盛り 込まれるべきかということを少し定型化して、わかりやすく説明するような形にするべ きと思っているし、そこの部分はなお工夫する余地があるという感じがする。  それから、労働委員会の中立性の問題については、たしかに使用者側のほうの声高さ は問題だという気がしなくもない。逆にいうと、公益委員が必ずしも労働法、労働の現 場に精通している方ばかりではないというのは、やはり判断の中立性が問題になる一つ の原因かと思うので、その在り方が一つの問題と思っている。そのような現状の公益委 員の体制を前提とすると、事務局の方の中立性が問題となってくるかと思うが、それが 何で担保されるかというと、やはり労働の現場についての知識なり、あるいは労働事件 あるいは労働法について、幅広く理解をした上で業務を行っているかどうかがある意味 担保になっていると思うが、現状からすると、そういう人が少ないのではないか。  そうなると、果たして労働委員会の制度全般をきちんと見て回っているのだろうかと いう思いがあるし、現実に出される判断がどうかというものになってくると思うので、 その点は公益委員の選出の在り方なり常勤化なり、事務局の専門性を深めていくといっ たようなことが対処していく方法かと思う。 ○Q  先ほど、事実認定の問題についていろいろ参考になることをお聞かせいただいたが、 一点質問したい。仮に事実の認定の部分について、労働委員会と裁判所が同じ認定に達 するといった場合に、その次に認定した事実をどう評価するかという問題がもう一つあ ると思う。裁判所の判決などを拝見しているときに、認定事実が違うという問題と、同 じ事実をベースにして、しかし労働委員会と裁判所で評価が違うというケースとがある という気がする。東京地裁第19部の場合、労働委員会と裁判所とで、認定した事実に対 する評価の違いというような点については何か考えなり感想なりをお持ちだろうか。法 解釈に関わる部分ももちろんあるが、例えば使用者の言動を見たときに、それをどう評 価するかというのは、認定とはまた別の問題としてあると思うが、いかがであろうか。 ○A  質問の例について、すぐに思い浮かばないのだが、例えば脱退勧奨をめぐる使用者側 の発言が、言論の自由の範囲内か、あるいは脱退勧奨に当たるといえるのかということ について、労働委員会の判断と裁判所の判断が違うということはあり得ると思う。結局 、どうして判断が分かれるかというと、基本的には、過去の判例理論などを踏まえてそ の事案をどう見るかの認識なり判断が、労働委員会と裁判所で違うということだと思う 。  基本的にある事実をどう評価するかということについては、一般的には当該事案と類 似した事案の裁判例や、あるいは上級審の判断なりを踏まえて、本件とこの事案は、ど ういうところが似ていてどういうところが違うのか、ということを考えながら、それに 加えて労働法についての文献等を見ながら考えていくということになる。そういったこ とを踏まえた作業がどの程度違っているかということもあると思う。 ○Q  先ほどの代理人の関係だが、中労委では今年の4月以降、審査事件の担当者も指定代理 人にするということで事務を進めている。先生のお話だと、むしろ問題点はレスポンス というか、法的素養の問題のようにも思われるし、あるいは連携というか、命令を書く 側と代理人との関係のようなものにも思われる。どちら側からの話になるのか。それと も両方ということなのだろうか。 ○A  両方の趣旨である。 ○Q  レスポンスというか、法的素養の面でも問題があるとお考えだろうか。 ○A  どうしても裁判所は認定の問題にしろ判断の問題にしろ、判例なり学説なりを踏まえ た上で当該事案はどうかという形で事件の処理にあたることになる。少なくとも当事者 の方の代理人の素養は基本的にはあるだろうと思うが、事務局の方々の素養が同程度に 至っているかということについては、何とも申し上げられないが、一般の当事者の代理 人と同じレベルとなっているとはいいにくいところはある。そういう意味では、裁判所 はこの事件については、この点を求めたいという旨を伝えても、十分それが理解して頂 けないという場面もないわけではない。  もうひとつはやはり連携の問題で、それは4月から変えられたということであるが、や はり両方の面があったのだろうという気がする。  裁判所は事件を見るとき、そのどこに問題があるのかということを考えながら、ある いは意識しながら当事者に発問していくわけだが、当事者の代理人は比較的、趣旨を理 解してくれている。しかし、労働委員会の代理人の場合は、裁判官がこういう趣旨で発 問しているということを、すぐには受け止めて頂けない、と感じる場面がある。 ○Q  先ほど本人訴訟でも争点整理を行っているという説明であったが、代理人が選任され ている場合と全く同じようなやり方でできるのか。代理人が選任されている場合は、争 点整理では要件事実を中心として、主張と立証の絞り込みを行うという感じであろう。 判例理論を基にして、理屈を基礎にしたやりとりになるであろう。本人訴訟では、その ような議論はできないと考えられる。裁判所としては、本人が言いたいことをみんな聞 いてあげるということで審理を進め、本人の側では準備書面だろうが、陳述書だろうが 、自分のいうことを聞いてもらって受け止めてくれれば良いということになるのが普通 ではないか。裁判所としては、それを受け止めた上で、証拠調べはそれに流されないで 整理をして、判決はきちっと整理したものを書くのではないか。本人訴訟での争点整理 はどんな形で行われているのか。 ○A  労働事件の本人訴訟の場合、基本的には委員が説明されたような形で審理を進めるこ とになる。以前は判決段階でつまってしまうことが多かったと思うが、今は早い段階と いうか、弁論準備を終結して後は証拠調べにはいるという区切りがあるので、弁論準備 の終結段階が争点整理が終了した段階ということになる。結局その段階での確認を行う 形になるので、その点が違うというように思う。実質的中身ということでいうと、本人 訴訟の場合には理屈なり議論だけではいけなくて、実際には十分に時間を取り、本当に その本人が問題にしたいところはどこかということを聞いた上で整理しないといけない ので、時間もかかるということは否定できない。そういった意味で、弁護士が選任され ている場合と違った苦労というのはあるが、話をよく聞いて言いたいことを整理してあ げて、それに対する相手の主張をかみ合わせるということもひとつの争点整理だと思っ ている。 ○ 時間なので、以上で山口幸雄判事に対するヒアリングを終了する。お忙しいところ をいらしていただき、貴重なご指摘をありがとうございました。ただいまの御意見は今 後の研究会での議論の参考とさせて頂きます。 ○ 後半は、労働団体からヒアリングを行う。日本労働組合総連合会副事務局長の林誠 子さんに論点を踏まえ御意見を述べて頂きます。よろしくお願いします。 ○林副事務局長  大阪地労委での8年間の労働者委員として経験をし、半年前に連合本部に就任した。 現在は労働委員会関連を担当しているわけではないが、労働者委員としての経験があり 、この場で意見を述べる機会を与えられたのだと思っている。大阪地労委での経験と併 せて連合本部としての見解を述べさせて頂く。  労働委員会が戦後社会の情勢を反映してたくさんの事件を解決してきたということは 、先輩の方々から多くを聞いてきた。そしてまた、多くの不当労働行為に対する救済機 関として、あるいは労使関係を安定させていくという上で、大きな役割をこれまで果た してきたということは、先輩からも聞き、自分としても関わった事件の経験からの実感 である。しかし社会や経済の変化が非常に大きく起こり、労働委員会も2000年の4月に地 方分権一括法に基づいて、労働委員会の事務が自治事務となり、また一部においては、 2001年10月からは個別労使紛争の解決サービスも行っているところである。一方では大 きな社会的・歴史的な役割を果たしてきたという面がありながらも、もっと何とかすべ きではないかというような厳しい批判も受けている。  労働委員会は行政委員会として、簡易・迅速・廉価というのが原則で、こういうこと が歓迎されるべきシステムであったわけだが、今必ずしもそれが生かされた形になって いるのかどうか疑わしい。つまり、十分機能を果たしていないのではないかというよう な指摘も頂いている。そういう問題に対して、労働委員会はこれまで何度か改革のため 提言がなされ、委員会として議論をしてきているわけだが、必ずしも実行に移されてい ないというのはたびたび指摘されてきたと思う。  また、経済社会が非常にグローバル化して競争の時代に入って、企業再編、あるいは リストラとか、個別的な労務管理が行われるようになったということもあって、個別紛 争というようなものが大変多くなってきた。また労働者の意識の変化もあるし、雇用の 形態が非常に複雑・多様化しているということも、個別労使紛争の増加に大きな影響を 与えているというふうに思う。  このような変化に対して、2001年10月から個別労使紛争解決を、労働委員会が扱うこと にしたということは、労働組合にいる私としては、組織率の非常に低い中で、8割が未組 織の人たちであるということを考えるならば、複雑な気持ちはあるが、評価すべきでは ないかと思っている。  本日は集団的労使関係における不当労働行為の審査制度の在り方についてのヒアリン グの機会を頂いているので、今日の我が国における企業組織の変更とか、あるいは雇用 や就労環境の変化の中で、引き起こされている労使紛争に対して、労働委員会がその機 能をどのように生かして、どのように解決に当たっていくべきなのかということについ て、意見を述べさせていただきたいと思う。  現在司法制度改革の労働検討会においても、我が国の労働事件解決のシステムについ てどうあるべきかの観点で、いろいろな審理が行われているが、労働委員会の役割につ いても議論を行っているということをふまえ、単に不当労働行為の審査の在り方という ところに限定することなく、非常に長い年月にわたって初めてといわれるような、労使 紛争解決システムの全体としての改革だというふうに受け止めて、労働委員会改革につ いても意見を述べたい。  事前に論点を6項目頂いているので、それに沿いながら意見を述べたい。  まず一番目は、労働委員会による不当労働行為審査制度の役割や評価、これについて どう考えるかということで、いくつかの問題提起をしてみたいと思う。 最初に労使の 当事者が、不当労働行為の審査制度にどのようなことを期待しており、あるいは現在の 労働委員会がその労使当事者の期待に十分応えているかということであるが、不当労働 行為の審査制度は、司法上の権利義務関係の存否、あるいは司法上の行為の有効、無効 というのを判断する司法救済とは区別される行政救済機関であるというふうに考える。 その独自性に関して期待をしているということがあると思う。行政救済は、柔軟性だと か、弾力性、行政裁量といってもいいと思うが、そういうところに特長を有していると 思う。様々な態様の団結権侵害に対して、事案に即して適切かつ妥当な救済を図りうる ところに行政委員会としての労働委員会の存在する意義があると思う。よって立つ法的 な根拠が違うということは非常に大きいと思う。  これまで歴史的な面に目を向けて、相対的にいうと、不当労働行為事件の処理につい ては、かなり機能し、相当な役割を果たしてきたのではないかと思っている。労働委員 会における紛争処理の基本原則は、やはり正常な労使関係の構築に向けて、労働組合の 権利救済を図りつつ、労使双方に理解と納得を求め、そして迅速性、あるいは労使の合 意による解決というものを基調とするものであると思う。そういう中では、結果的にで はあるが、労使双方に対して、教育的な効果も果たしてきたと実感として思っている。  次に、救済の命令がなされたことの実効性という点については問題が残っているので はないかと思う。救済命令は制度的には、地労委・中労委の再審査・地裁・高裁・最高 裁という5つの審査、いわゆる五審制というものを経て、非常に長い時間を経て結論が確 定するということもあり、訴えた場合にはかなりの負担がかかるという問題があると思 う。  もう一つの問題としていわれているADRの特色である簡易・迅速・廉価・専門・柔軟と いう点についてだが、この不当労働行為の審査制度は、これらの観点から見てどのよう に評価されるか、また制度の改善を図る上でどの点を重視すべきかということについて 述べたい。不当労働行為の審査制度の制度自体については、裁判外の紛争処理システム としては十分に評価できると思う。労働委員会は、行政と司法から独立した行政委員会 であり、他の機関では見ることのできない公労使という三者の構成システムである。そ のシステムは、労使の相互理解による紛争解決にあたって非常に有効に作用していると 思う。私自身もその中で、労働組合の側として労働組合に対する指導ができた面もある 。しかし現在は十分にそのことが機能しているかといえば、そうでもない面も出てきて いるというふうに思う。特に感じたのは、不当労働行為事件に関わる書類の提出だとか 、あるいは審問の在り方が裁判での手続きと同じようになってしまっているということ が一つあるのではないかと思う。もともと簡易性が特徴の一つであるにも関わらず、多 くの文書を出さなければならず、文書主義ということになってきているのではないか。 これは複雑な事件においては大変な時間・労力が必要であるし、かつ専門的にならざる を得ない面も出てくる。以前は専従の労働組合の役員が自前でやっていたものが、かな りの部分を弁護士の手に委ねられざるを得なくなってきおり、労働者側にとって簡易で あるとは言い難いという面があると思う。  次に迅速かどうかという面についてであるが、これは簡易・迅速・廉価という中では 一番機能していない点だと思う。裁判所の方がむしろ新しい制度になって、早期に解決 できるという場面も経験している。  廉価性の問題であるが、事件が長期化すればするほどそれに対する費用がかさんでい くということがある。外資系の会社の態度などを見ると、訴訟費用が、解決に要する費 用以上にいくらかかっても構わないから裁判をやるというような姿勢もあったりする。 そのような場合、労働側としては和解を望んでも難しく、徹底的な争いで長期化し、か えって費用がかさむというような経験をしたことがある。  改善に当たって重視するのは、やはり迅速性ではないかと思っている。労使関係が長 期にわたり、こじれた状態であるのは良くないわけで、その関係を早く正常化するとい うことが非常に重要ではないかと思う。労働委員会の中で、やはりもう少し審査委員の 指揮権がきちんと発揮されればもっとスムーズにいくのではないかという場面がしばし ばあった。  もう一つ、行政手続法が労働委員会に対しては適用されていないわけだが、これを適 用することを検討しても良いのではないか。そうすることにより標準処理期間を定める ことができ、迅速化に貢献できるのではないか。  次に不当労働行為事件についての労働委員会の調整機能、判定機能、教育機能につい て、これらの機能をどう組み合わせていけば良いかという論点であるが、この3つの機能 は切り離して考えられるものではないのではないか、それぞれ有機的に結合してこそ本 来の労働委員会の機能を果たせるのだろうと思っている。さらにこの3つの機能の根底に あるのは、やはり判定機能ではないかと思う。この機能があってこそ調整機能・教育機 能が発揮できると思うし、それを実感することもしばしばであった。労働委員会は労使 関係ルールを確立して、労使関係の安定に貢献をしてきたわけであるが、これらは主と して判定機能をベースにしながら調整機能と教育機能を発揮してきた効果であろうと思 っている。一方、裁判所は、そのような機能はなく、どちらかといえばジャッジのみで はないか。そういう意味で労働委員会の重要性は極めて大きいと思っている。  次に不当労働行為審査制度においては、行政処分として救済命令を発し、そして不服 がある場合には取消訴訟が提起できる仕組みとなっている。それについてどう考えるか という質問であるが、労働委員会というのは準司法機関として不当労働行為の救済につ いて、労組法に基づいて判断していくという裁量権を持っているというふうに思う。労 働委員会が労使関係を含めた包括的な判断をするというのに対し、裁判所は、権利義務 を軸にした司法的判断をするというところに特徴があると思う。裁判所は、労働委員会 に対して専門性の欠如や手続きの不備を指摘し、それゆえに裁判所での十分な審査が必 要であるとよくいわれるわけだが、これは論理のすり替えというか、裁判所の労働委員 会を若干低く見たものの考え方ではないかという気がしてならない。こういう考え方が 最近の地労委の命令の出し方、不当労働行為事件の判断に若干の影響を与えているとい うのは残念なことだと思う。地労委と中労委と2回にわたって、労使関係に対して専門的 知識を持っている労働委員会が判断し、裁量を示したことに対して、裁判所はやはり尊 重すべきであると思う。上、下という問題ではなく、この特徴について尊重すべきであ ろうと思う。裁判所としては労働委員会が構成員の資格が公正取引委員会などに比べて 厳格ではないということがいつも念頭にあって、労働委員会の行った事実認定とか、判 断とを、ともに厳しく審査しなければいけないと見ているのではないかと思う。本来、 命令の機能を発揮していれば実効性というのはもっと高まると思うが、裁判所は判決と 一緒にしか緊急命令を出さなくなっているので、そのあたりは裁判所の一つの問題であ ると思う。  論点の二つ目の大きな柱の和解について述べたい。一番目の論点のイの和解の評価で あるが、これについてはケースバイケースというしかないのではないかと思う。和解は 両当事者の合意に基づく解決なので、正常な労使関係を将来にわたって築いて行くには 大変重要であり、有効であると思っている。反面、労働委員会制度の中では、地労委が 命令を発したとしても再審査の申立がなされたり、裁判所で取消訴訟が提訴されること になれば、労働委員会の命令の実効性が欠けることにもなる。このような中では和解が もっとも効果的であるということも言えるのではないか。  また事件の類型によって和解の評価が異なると考える。集団的な紛争が争点となって いるのか、集団的な形をとりながら個別の事件が争点となっているのかによっても、和 解を推していく方がよいのか、命令を出す方がよいのかが大きく分かれて来るというの が、過去関わったケースでの実感である。  次に、どこまで和解の努力を続けたらいいのかという点についてであるが、労働委員 会の持っている調整的な役割と判定的な役割は使い分けていくことが必要だと思ってい る。その根底には判定的な機能というのがあると思うが、例えば使用者がこの程度の和 解しか受け入れないこととなれば、労働委員会は命令を出すということで柔軟な対応は 可能である。規則を変えるというよりも運用の問題ではないかというように思っている 。  次に、タイムリミットの設定や、和解手続きと審査手続きを分離するということにつ いてであるが、和解がうまくいったケースというのは、公労使それぞれの委員の連携に よるものが多い。審問も重要であるが、和解については、労使参与の役割が大きいとい うのが実感である。  和解率を高めていくためには、和解のテクニックの向上も必要であると思う。しかし ながら、日本では不当労働行為に関する和解の研究は少なく、和解のテクニックに関す る研究は、ないに等しいのではないかと思う。  和解と審査・命令の関係についてであるが、労働委員会が和解において一定のリーダ ーシップを発揮して、和解の推進的主導権を持ちうるためには、一方においては和解が 不成立であったら毅然と命令を出すという姿勢がなければならないと思っている。  論点の三つ目の柱である不当労働行為の審査手続きについて述べたい。  まず最初に、不当労働行為が設けられている趣旨に鑑みて、その審査期間はどの程度 が適当かということであるが、やはり迅速性を重視していくならば、タイムターゲット は設けるべきであると思っている。例えば調査段階であったら30日以内に第1回目の審査 を開始するというようなことを設定すべきである。  次に審問段階において審問期間は6ヶ月を目途にすべきではないかと思う。審問の期日 は1回ずつ入れるのではなく、計画的に複数期日を最初に入れておけば、その後の審査が 比較的スムーズにいったということがある。開催ごとに次回を決めるというやり方だと 、なかなか審査委員と双方の代理人との日程調整がつかないということがある。  次に結審から命令交付については、少なくとも最終陳述書が提出されてから3ヶ月以内 というのが望ましいのではないかと思う。大阪地労委などは事件数も多く、なかなか3ヶ 月で命令交付ができないということもあったが、事件数の少ないところも長期化してい るというのはどういうことなのか。やはり期日を決めるというルールを確立することが 必要だと思う。再審査における標準的な処理期間としては、やはり6ヶ月以内とすべきで はないか。その他は原則初審と同様の扱いを行うべきだと考える。  次に労働組合法及び労働委員会規則においては、不当労働行為の審査における審査委 員の権限に関する規定がおかれているが、実際の審査では、かなりの部分、当事者主義 的な運営が行われている。やはり調査における重要な目的というのは、主張の確認や整 理を通じて争点を明確にすることにあると思うが、これを適切に行うためには、内容の 充実した答弁書の提出が望まれ、そのためには答弁書の内容を検討した上で、不十分と 思われる点については積極的に反論とか主張をすべきではなかろうか。そのことを、あ らかじめ審査委員が相手側にきちんと具体的に示して、いつまでに書面の提出をしなさ いというような方法によって、調査を充実したものにすることが必要である。そのため の役割というのを審査委員の職権として行使すべきではないかと思う。また審査委員の 職権行使のためには、担当する事務局職員の能力の向上というのも不可欠であろうと思 うし、そのための体制を長期の見通しを持って養成していくことも必要だと思う。  次に審査の迅速化のために何が必要かということであるが、これはやはり争点整理や 証拠整理が適切になされるかどうかであろう。最初の時点で、それらが適切に行われた 場合には、多くの事件がその後スムーズに解決が進行していると思う。労働委員会が発 足した当時の労働委員会規則では、調査を重点におき、そして和解をまず進めてみてみ ようというようなやり方を採用していたと聞いているが、その後は審問中心ということ に移ってきた。その結果、調査手続きというものが若干形骸化して十分な争点整理や証 人整理のないままに審問に入るケースも見られる。事件の内容の複雑化に伴い、当事者 が申請する証人の数は、大変多くなっている。審問回数も非常に多くなり、事件数の増 加とあいまって、不当労働行為事件の処理日数は増加している。ただ実態でいうならば 、申立だけで良くて、本当に解決してもらおうとは思っていないという組合の事件もあ るので、そういうのを省いていうならば、もう少し平均処理日数は短いと思う。大阪で も、そのような事件を省いた処理日数と全事件の平均を両方出してみたことがあるが、 ずいぶん差が出ていた。  次に調査段階の問題点についてであるが、これはやはり争点整理が十分に行われてい ない、あるいは証人調べの計画を立てていないというところ点があるのではないかと思 う。このあたりも、審査委員の指揮権の発揮というのがもっとなされればスムーズにい くのではないかと度々感じた。  次に審問段階での問題点であるが、調査段階で証人や尋問計画をつめていない場合に は、必要のない証人調べが増えたり、審問回数が結果的に増えたりというケースもある 。公益委員の的確な審査指揮ということが是非とも必要になると思う。そのことによっ て、事件はもっとスムーズに進めることができると思う。また、具体的に困ったのは事 件関係者、特に双方の代理人の方との日程調整がうまくいかず、次回審問期日がのびの びになってしまったことがある。審問期日というのは間隔をもう少し短くするというこ とも必要だと思う。それに結審後は命令が出るのが遅いという問題が残っている。  その他の問題としては、地労委ごとによっても違うかとも思うが、事務局職員の異動 サイクルが早いことである。特に事件数が少ないと経験を積むこともできないために力 が十分でないこともあるのではないかと思う。まとめていうならば、やはり形式的な審 問時間の制限に追われてしまうことなく対応していくことだと思う。  次に不当労働行為の要件事実以外の背景事情等の記述が長すぎるという指摘があるが 、裁判所と労働委員会の大きな違いというのが現れているところではないかと思う。 労働委員会の不当労働行為判断というのは、団結権の侵害があったかなかったかという ところに基礎をおいているが、そのためには労使関係の背景事情を考慮した判断が求め られる。しかし裁判所は解雇理由があるかどうかを判断するので、解雇理由を挙げると そこで解雇有効としてしまうが、不当労働行為の認定にはその背景事情を十分考慮する ことが必要ではなかろうか。不当労働行為事件に関して背景事情の記述が長すぎるとい う指摘に対しては、やむを得ない事情があるという他はないと思う。  最後に、単純な団交拒否事件については早期解決のための特別な取り組みを行うべき という見解をどう思うかという点であるが、少なくとも単純な団交拒否の事件であって も行政法上審問を1回は開かなくてはいけないということがある。そういう場合であって も、証人尋問をできるだけ省略してごく短時間で終わらせることも可能であるし、特別 な設定の仕方も運用上可能であると思う。  論点の四つ目の柱である審査体制についてお話しする。  最初に論点のイについて述べたい。公益委員は全員非常勤となっている。事前の準備 が迅速化のために不可欠であるが、常勤体制をとらない公益委員の場合には、調査に関 する事前準備は極めて困難であろう。審査期日における調査を充実させていくためには 、審査委員が調査期日に先立って当事者双方に釈明を求めたり、事項について予め文書 で回答を求めるというふうな工夫が必要であるが、そこはやはり非常勤であるがゆえに 限界がある。あるいは事件数が多すぎるがゆえにできていないという労働委員会の主張 があると思う。したがって公益委員の一部の常勤化は検討する必要があるのではないか と思う。もう一つ、公益委員を選定する場合に必ずしも労働法などに詳しい人が選定さ れるわけではないので、そのために公益委員の研修が必要になってくるのではないかと 思う。労働委員会の中で、これほど労働法が複雑化し、問題が複雑化してきた中で、労 働分野の専門家があまりにも少なすぎるのではないか。やはりどういう考えの持ち主で あるかは別としても、労働法の専門家が入り、かつそうでない人も多数おられる中では 研修は不可欠であると思っている。特に労側、使側とで意見の対立がある場合に、それ を調整し取りまとめていくのが公益委員であるとするならば、それらはやはり法的な根 拠を持ち、あるいは労使関係の構築を図るという観点からリーダーシップを発揮してい けるような研修が是非とも必要であると思っている。  次に論点のロについてであるが、公益委員に必要な素養とか素質としては労働法、あ るいは労使関係ルールに精通していることがまず第一に必要であるし、二番目としては 、事実認定についての素養、あるいは基礎的な訓練を受けているという点の二つは欠か せないと思う。公益委員は裁判官のような意味での専門的知識は持ち合わせていないわ けで、こういう中では合議制はやはり維持すべきであろうと考える。合議制によって多 面的な最終審査を行えば、担当は一名であっても判断の正当性や公正性というものは担 保されるのではないか。例えば小法廷方式を採用するとするならば、委員の選任段階か らグループ制を前提としてやらなければならず、現行の合議制を今は採らざるを得ない と思う。  次に労使の参与委員の役割をどう評価するかという点であるが、審問には公益委員だ けでなく労使の参与委員が参加しており、審問に参加することによって、多角的な視点 で事実を評価することが可能となると思う。通常の労使関係からするとおかしい点にに ついても即座に見抜くことができると思う。不当労働行為事件の手続きとその処分の公 正さを担保するという意味でも、この参与委員の役割は大きいと思うし、審問の中でも 参与委員として審査委員の許可を得て不明な点を明らかにしていくという尋問も可能で ある。審問に参加することによって参与委員の力を発揮する場面は多いと思っている。  労働委員会命令の取消を裁判所に訴えた場合に、裁判所を説得するために、まず参与 委員の役割を明確にして、この事実を認定した理由を命令の中ではっきりと説明するこ とも必要になってくるのではないか。現実に労働委員会命令の取消訴訟の中では参与委 員は参加していないが、やはり命令の中に参与委員の立場で明確に説明するものを入れ 込むという役割をもってもいいと思う。労使紛争特有の経験則のようなものも裁判所で 説明していくとか、あるいは労働委員会の比較優位性を主張していくというためにも、 我々自身のためにも必要ではないかと思っている。  次に事務局職員に対して調査や審問の中で一定の役割を担わせることができるのでは ないかという点についてどう思うかということであるが、これは規模の違う労働委員会 で一律にはいえないと思うが、やはり事務局職員の研修その他を強化する中で、一定の 役割は担わせていくことが必要だと思っている。  論点の五番目の柱である中労委と地労委の関係について述べたい。最初に論点のイで あるが、たしかに地労委ごとに扱う事件数には格差があることは事実であるが、これを 問題視するのは誤った着眼点からものを見てしまうことになるのではないか。つまりこ れをつきつめていくならば、ほとんどゼロというところには労働委員会は必要ないとい うような結論に達してしまう危険性を持っている。国民はどこにいてもやはり労働委員 会へのアクセスは平等に保障されなければならないと思うし、また実際に事件の申請が なくてもそこに地労委が存在するということ自身が労使関係にとって大きな役割を果た すのではないかと現状では感じている。  次に中労委と地労委の二審制の問題についてであるが、これは不当労働行為審査の迅 速化、改善の必要性、あるいは地労委の事件数の格差や司法審査との関わり等を総合的 に考慮した場合に、何らかの抜本的な見直しが必要かという質問であろうと考える。二 審制が設けられた理由は、それによって審査を十分に行うということと共に、労働委員 会全体としての判断を統一することにあるのではないかと思っている。各地労委は年間 申立件数が異なっていて、それによって経験に差が出てしまうことが考えられ、労働委 員会の判断を統一化することは不可欠であると思う。その意味において、迅速性の面は この二つを一つにするということではなく、制度運用の方で担保していくべきではない かと思う。  最後に六番目の柱として司法審査との関係についてであるが、不当労働行為事件につ いていろんな道筋があることをどのようにとらえるか、あるいは紛争解決機関として裁 判所と労働委員会を比較した場合にどのような違いがあると考えるかということである が、いろんな道筋は事件の性質によって様々な道筋の選択が必要だろうというふうに考 えると、これらは維持する必要があると思っている。裁判所は権利義務的な判断をし、 労働委員会は労使関係という観点からの判断をしていくことが、その役割であると思う 。裁判所と労働委員会で判断に違いが生じるのはおかしいという意見もあるが、役割が 異なる以上違いが生じることがあるのは当然であり、労働委員会が裁判所のような判断 となれば結果として不当労働行為の救済を見逃してしまうこともある。  次に審級省略と実質的証拠法則の採用はどうなのか、また現在の委員会制度が変わら ない中で審級省略等を実施した場合、どのような影響があるかということであるが、連 合としては実質的に二つのルートを考えている。  一つは、地労委・地裁・高裁・最高裁というように中労委を省くルートと、二つ目は 、地労委・中労委・高裁・最高裁というように地裁を省くルートである。現在の段階で 一つに絞った考えを持っていない。労働委員会に提出しなかった新証拠の提出制限とか 、実質的証拠法則は審級省略の採用に有無に関わらず必要であると思う。地労委・中労 委と二回にわたって証拠が審査されているのだから、証拠の認定は労働委員会のみで信 頼に足る結果が出せると考える。 また今のように五審制の中では、司法による最終判 断を待つことができる労働者、あるいは労働組合というのはごく一部に限られてしまう 。訴えている側は生身の人間であり、そういう労働者を救済するための労働委員会制度 だという趣旨を貫徹するために、一定の審級省略はどの方法かは別として必要だという のが連合の考えである。  以上が私どもの意見である。 ○ ありがとうございました。それではただいまのご意見に基づいて、質疑応答・意見 交換を行いたい。 ○Q  労働委員会の判定機能・調整機能・教育機能についての指摘であるが、教育機能の中 身というかイメージされているところをお聞かせ頂きたい。それから特に使用者側につ いて、それはどの程度期待できるのか。 ○A  教育的機能というのは労働者側に対するより、むしろ使用者側に対して発揮されたと いうことの方が経験からは多い。つまり零細企業での事件というのがたくさんあるが、 会社の代表者の中には労働法についての知識がほとんどないまま、労務管理を進めてい る方がいる。労働法に対してあまりにも無知であったがゆえに労使紛争が起きたといえ る面があるので、申請された時点で使用者委員から会社側に対して、時間がかかるが、 一つ一つ指導していく。そういう中で使用者の方が、法令を守らなければならないとい う認識を持ち、例えば就業規則を作らなければならないとか、あるいは就業規則の中の 改正すべき点を改正していなかったことに気づいたりとか、そのようなことを経緯とし て労使関係が正常化していくということはたびたび聞く。 ○Q  そういうケースだと、不当労働行為の有無ということだけでなく、使用者に納得させ るという面もあるわけで、かなり時間がかかると考えているのか。 ○A  そんなことはない。もちろん時間がかかる事件もある。     法律は使用者委員 からの説明で理解したが、しかし、厳しい経営状況の中、これまでこれだけ従業員を育 ててきたのだから、従業員の方も自分の言うことを聞くべきである、というような論理 で反論されることがある。その場合は、理解して頂くまでに時間を要するケースはある 。しかしそうでもない場合には、団体交渉というのはこういうケースについては受けな くてはいけないということの理解を示して頂ければ、事件はいっそう早く解決し、長期 にわたるということではない。 ○Q  そうすると、法律に関し無知であるといったことのために紛争が生じ、それについて 労使関係正常化のためにいろいろ説得したり教えたりに時間を使うということは、無駄 ではないということか。 ○A  そのために特別な時間がかかるということではなく、ごく自然な形で労使双方に対し て説明するということである。ただ、時間がかかるのは先ほど申し上げた例と、もう一 つは、使用者そのものは簡単に納得しても、代理人がついている場合であるが、その代 理人は必ずしも事件を早く解決しようとはしないケースが経験上あった。そういう場合 は代理人をはずし、直接使用者に話をして物事を迅速に解決する方向に持って行かざる を得なかったというようなケースもある。 ○Q  裁判所と労働委員会の判断について、労働委員会はどちらかというと事件を丸抱えす るという理解をされている印象を受けたが、それでよろしいか。 2番目としては、先 ほどの教育的効果について聞きたかったのは、不当労働行為の有無だけを判断するだけ で事件は果たして解決するのだろうか、それとも事件を丸抱えするのであれば、有無の 判定だけでは足りず、労使関係の安定を見据えた形で全体として面倒を見ないと駄目な のか。その点について意見をお聞きしたい。 ○A  おっしゃるとおりだと思う。裁判所はこの点についてどう思うかという判断だけすれ ば責任が終わる。しかし労働委員会は労使関係を安定的に構築していくということを一 番重視して関わっていく仕組みであると考える。そう考えるならば、背景事情について は十分に知る必要があると思う。そして、例えば団体交渉を応諾すべきという判断だけ ではなく、団体交渉を行い円満な労使関係を築くためには、今後の団体交渉のためにど のようなルールを作った方がいいかということも含めて、労使の参与委員が関わりなが ら、対応していくべきと考える。そういうことも教育的効果の一つとして考えている。 ○Q  最初のところで、判定機能と調整機能と教育機能があって、その中で判定機能が大事 であるとの意見があった。調整機能や教育機能も、判定が後でできるから意味を持つの だということであった。簡易性・迅速性・廉価性という特長は、現状では必ずしも生か されているとは言えないが、中でも一番問題なのは迅速性で、迅速でないから廉価でも なくなるし、簡易な手続きともいえなくなるのではないか。  結局、機能の中では判定機能が一番大事で、特長の中では迅速性が特に大事なのだろ う。そうすると、審理では背景事情の主張・立証も大事だとして、必要なものについて は審理を行うということは当然だとしても、どちらにせよ審理が終わって命令を書くこ とととなった場合には、そういう背景事情をいちいち詳しく書かなければいけないもの だろうか。先ほどの説明では命令書を初審では3ヶ月以内、中労委で6ヶ月との意見であ ったが、審理の中で様々なことをやって、膨大な記録が出来上がった後で、また調べた 背景事実すべてについて、この事実はどの証拠に基づくものであるかを一つずつチェッ クして書くとなると、非常に膨大な時間がかかってしまう。おそらく3ヶ月以内、6ヶ月 以内というのは現状の命令書の構成の在り方と詳しさの程度から勘案すると、果たして 可能であるだろうか。  要するに審理のやり方と命令書の在り方がそのままでは、とても達成できないのでは ないか。  調べた背景事情などについて、現在のように認定できたこと、あるいは認定できなか ったから、こうなったこと等を、命令書の中でいちいち判断を示すようなことがどうし ても必要だろうか。  命令書を早期に仕上げることが重要なのだから、思い切って簡略化して大事なことだ けを書き、それ以外のものは命令書では大幅に少なくするということではどうか。そう でないと迅速な命令書作成ということが現状では実現できないのではないか。 ○A  審査の中で背景事情が必要であるということについてはその通りなのであるが、命令 書にそれをどこまで書くかという点については読む側からしても、現在の命令書は非常 にわかりにくい。そういう意味ではもっと簡略化してパターンを決めても良いとの気持 ちを持っている。審査のところで丁寧にする必要があるからといって、それが、そのま ま命令書に入り込む必要があるとは考えていない。命令を早く出すという意味でもわか りやすいという意味でももう少し整理する必要があると思っている。 ○Q  訴訟事件一般に言えることであるが、審理の段階ではいろんな観点から、できるだけ いろんなことを細かく調べてほしいという要求が比較的に強い。しかし、判決という段 階になれば、当事者として最も知りたいのは判断の結論と根拠である。経過的事実の認 定を詳しく書いてあっても、あまり関心はない。基本的にはそれと同じような感じだろ うか。 ○A  そういうことだと思う。いろいろ長い背景が書いてある中には、審査で出たものをそ のまま引っ張ってきたり、専門家の方であってもわからないというのが率直なところで ある。 ○Q  それから命令書でも参与委員の役割をはっきり反映させた方がいいとの意見であった が、もう少し具体的にお聞かせ願いたい。 ○A  参与委員がどういう形で関与したのか、その立場の主張というのが命令書には必ずし も出ない。それを命令書に加えた方がいいのか、あるいは書証そのもののところで参与 委員も関与できる仕組みにしたほうがいいのかどうかは自分の中でもまだはっきりして はいない。 ○Q  裁判所で判断するときに、命令書に書いてあって参与委員の考え方がこうだったとい うこともわかるとか、あるいは別のルートで訴訟の中で、それを情報として補充するこ とにより、訴訟手続きに出るようにするということが望ましいということか。 ○A  そういうことである。 ○Q  公益委員の研修という点について、今のところはOJTである。手続きの面についても他 の面についても研修という機会がなく、公益委員の研修の必要性については、私も感じ ている。よく知らないので伺いたいが、労側の参与委員の方々について、例えば連合で 実体法・手続法の両面についての研修を行っているのか。あるいはこれから行う予定は あるか。 ○A  連合として統一的には行っていない。労委労協では、初めて労働者委員に任命された 方に対する研修はある。それと、各地労委ごとに新しい労働者委員に対する研修がある し、労働側だけで独自に企画する研修もある。ただ、あまり事件数がないところでは必 要性がないのでやっていないところもあると思う。大阪では事件数が多いが、だからと いって労働者委員になった人が必ずしも労使紛争の解決に多く携わった経験があるとい うことでもないので、やはり研修が必要であろう。 ○Q  和解ということを考えるとたしかに審問の場で背景事情を話してもらった方が、和解 が成立しやすい点がある。ただそれは他方で審理の長期化に結びつき、かつ本来の判断 すべき争点とは関係のない証拠・記録が積み重なる一因ともなる。もう一つは、特に組 合側によく見られるのは、とにかく書証を多くの提出するが、その多くは証拠価値とい う点で疑わしいものも中にはあるということである。あるいは争点と関係がないような 書類等がたくさん出てくる。  先ほど公益委員の職権的な指揮権という点について指摘があったが、それはもちろん 考えるべきことだが、他方で参与委員がその点について、指導などもう少し積極的に関 わっていただけると大変やりやすいのではないかと考える。使側の方はとにかく手続き に出てくるようにといったところから始まるが、労側の方はむしろ過剰な手続き行為が あるのをいかにして整理するかというところに、苦労する面がある。  その点について手続き的なことや実体法を知った上で参与委員の関与があると、審査 の迅速性というところに役立つ気がする。この点について連合のお考えはどうなのだろ うか。 ○A  おっしゃるとおりだと思う。労働側の参与委員が調査以前にどれほど労働組合側と接 触して、どこが一番の問題なのか、それにはどれを証拠として挙げないといけないか、 あるいはどの証人を持ってくることが一番重要であるかというような打ち合わせを行っ た場合には、調査の段階での争点整理が明確になって、無駄なものを出すことがなくな ると思う。その意味では、労側の参与委員が事前に十分に働きかけをし、調整を行って いるかといえば、行っていないこともあるのではないかと推測する。また、たくさん出 されたものに対してはやはり審査委員が瞬時に識別をして、足りないものを言ってくれ る場合には事件の早期解決につながると思う。あるいはそれは、参与委員の側から審査 委員に対しても言えるわけで、事前の打ち合わせの段階で話し合って審査委員を通して 指揮権として発動してもらうことも可能だと思う。そういう意味では、どちらもいろん な知恵を発揮しなければならないところが発揮し切れていないということは、労側の立 場からも感じている。 ○ 先ほどおっしゃった、事前に組合とすり合わせをするという場合もやっぱり実体法 と手続法の知識がないと、何が重要かということの見極めができないので、その点につ いての工夫は必要ではないかという感じはする。 ○Q  今の話に関連するが、不当労働行為の認定ができるかどうかという点で一番重要な争 点、要件については、その前提になる事実と背景的なこととを意識して分けながら進め ていくということが大事なのではなかろうか。ただし表に出ている主張が必ずしも実際 の紛争の真の原因を表していない場合もある。  紛争の真の原因とは別のところで審 理を進めたとしても、和解もなかなか成立しないだろうし、命令を交付しても、本当の 意味での解決にはならないのではないか。  今お話があったように事前に労使の参与委員がそれぞれインフォーマルな形で接触す るというような場面でそれがうまく出てくるということが多い。あるいは長い間審理や 和解をやっていて、当事者等と気持ちが通い合って初めて言ってくれるということもあ るが、そういうことがある場合には参与委員という肩書きが一番大事なのではないかと いう気がするが、どうであろうか。 ○A  表に出たものとは違う原因をどのようにして把握するかについては、やはり、労使と もにそれぞれ事前に十分に打合せを行うとか、別の日に打合せを行うような努力はする 必要があると思う。労側だけでなく、使側の委員にも、打合せを行って頂いた経験はあ る。そういう場合は、そこで得た情報を審査委員に提供しながら三者で十分に協議をし ていくということも行っている。 組合の方も、使側の方も、それぞれの参与委員が自 分たちの方に接触してくれるのを待っているというケースは案外多いのではないか。組 合であっても組合側の参与に自分の方からアプローチすることは遠慮しているのか難し いのか、接触できていなかったり、使側は使側で大変高い地位の方々が委員なので、抵 抗があったりする。こちらの方から出向いていくことで本当のことが伝わってきたりと いうことで、三者が集まってそうだったのかということで話を進めるケースはある。 ○Q  公益委員の常勤化について指摘があったが、例えば大阪地労委での経験では、常勤の 委員がこれくらいいたらいいというイメージをお持ちであればお聞かせいただきたい。 ○A  やはり二人か三人は置いていただきたい。そうでないと回らないのではないかという 気がする。 ○ それでは以上をもって林副事務局長からのヒアリングを終わります。大変多忙な折 にわざわざご足労いただき、貴重な意見をありがとうございました。ただいまの御意見 は今後の研究会の議論の参考とさせて頂きます。  ヒアリングは以上ですべて終了します。 ○ 次回研究会の議事等について事務局から説明願います。 ○ 次回は、これまでのヒアリング内容を取りまとめたものを提出いたします。それと ともに論点について広く意見募集を行いましたが、それらの意見も同様に取りまとめの 上提出したいと考えます。それらの意見を踏まえ今後の議論の進め方について御議論頂 ければと考えますがいかがでしょうか。 ○ ただいまの事務局説明について意見があるでしょうか。これまでのヒアリングで出 された主な点は、現行のままでは問題であり、改善が必要であろうという認識はみなさ んお持ちであったと考える。それから、調整機能が重要性、委員の常勤化などが共通の 意見であったと考える。他に何か御意見はあるでしょうか。 ○ 研究会の最初の議論では、フリートーキングの形で、各委員が不当労働行為審査制 度の在り方について意見を述べたかと思う。詳細は次回に譲るが、この場をお借りして 簡単に意見を述べたい。  労働委員会の不当労働行為事件処理の最大の問題点は迅速でないということであり、 迅速性の確保が課題だと思う。昭和57年と平成10年のレポートを拝見したが、いずれも 問題点と考えうる解決策が網羅的に指摘されていて、それはそのとおりであるが、そう いうレポートだけを何度出しても意味がない。いろんな対策が挙げられており、これら は常に対策として持ち出されてきたものばかりであり、誰もそれ自体としては反対しな いものも多いが、互いに矛盾するものもあるし、現実の諸条件の下では実現が極めて困 難だったり、実際は不可能に近いものが多く、問題点は少しも解消されず、むしろ状況 は悪化している。しかし改革としてはそれではだめだと思う。  裁判所の最大の問題も訴訟遅延だった。審議のテーマをはっきりと絞って、争点中心 の集中審理をしていく必要があることは明らかだったし、手続き法規の上では民事訴訟 でも、刑事訴訟でも、それを可能とするための規定は戦後の早い時期に整備されていた 。しかし、手続き規定ができ、権限を与えられても、それだけで審理促進はできない。 裁判官だけがいくら熱心にやろうとしても、審理促進はできない。昭和50年代までは、 基本的にそういう状況が続いていた。日本の法律事務所は零細企業がほとんどであり、 ある特定の事件の担当者は大抵一人である。事務書面の起案をする人も、尋問をする人 も一人。裁判所は最大限努力するが、期日が延びてしまう。弁護士が一度にやれる事件 は限られている。弁護士の体制を前提にすると「五月雨式」的な審理しかできないとい うような状況があった。それ以上期日を入れても空転するだけである。今の弁護士事務 所の処理体制とか制度外のファクターをクリアできないと法とか規則をいくら変えても 、それだけでは審理促進はできない。裁判所が強権的にやればできるというわけでは全 くない。  プラクティスを変えるというのは、やる気を起こせばすぐにできるという簡単なもの ではない。私も、訴訟促進というのは自分が生きている間にはとても無理だと思ってい た。裁判官は熱心に訴訟の運営改善の努力をする人が少なくなかったが、訴訟遅延の状 況は解消せず、普通の経済取引の紛争解決には訴訟はほとんど役割を果たせなくなった 。まともな上場企業の事件などはまず来なくなり、経済取引の紛争でも、いくら長くか かっても白黒をつけなければならないというような事件や、時間や、費用を無視しても とことん争う個人間の怨念訴訟などの比率が高くなってきた。こういう状況の中で、経 済界はじめ各界から、事あるごとに紛争解決制度としての訴訟の機能不全と、法曹制度 、司法制度全体の改革の必要性が繰り返し強く指摘されるようになった。そして、貿易 摩擦に関連して、アメリカ側から私的所有権訴訟の遅延の問題が強く批判されるように なった。  審理促進の動きの中で、弁護士会は常に反対の態度が強かった。審理促進は権利救済 の切捨て、憲法の保障する裁判を受ける権利の制約につながりかねないというのが弁護 士会の意見だった。しかし、このような法曹界を取り巻く状況の激変の中で、ようやく 弁護士を含めて法曹界全体が訴訟の運営改善に取り組まなければならないという空気が 急速に高まってきた。特にここ十年ぐらいの裁判所の中の訴訟運営改善の熱意というの はすごい。裁判所はどこも忙しい。けれども士気が高い。そうして、弁護士の中でも現 状を改善しなければ駄目だという人がかなり出てきて、本音ではあまりやりたくなかっ たような人も動いてくれるようになってきた。平成になってからは本当に変わってきた 。  手続きというのは法と規則に書いてあっても、それをやれるだけの実際の条件がなけ れば絶対に動かない。平成10年に行われた民事訴訟法の改正で、審理の充実、促進のた めの規定が大幅に整備されたが、これは近年、各裁判所で具体的な訴訟の運営の改善の ために弁護士の協力を得ながら進めてきたいろいろな実務改善の工夫を取り入れて改正 が行われたものである。新民訴法の下で、審理の充実、促進の訴訟運営は順調にいって いるが、これは新民訴法になって初めて実現したものではなく、実務の中での熱心な改 善の工夫、努力が先行して、実際に行える目安がついたところで法改正がされたわけで 、実務が先行したのである。私が身にしみているのは、実務の改善というのは人の問題 だということである。特に労働委員会のように中央と地方分権の下での二元的で、複雑 な構成になっているようなところで実務の改善をしようとすると、中労委だけでやろう としても意味がないであろう。地労委のすべてを通じて、どこに行ってもみんな改善に 向けて意識統一ができて、その熱意に溢れているという状態でないと、プラクティスの 改正はできないと思う。  審理が遅れる原因はわかりきっている。争点整理というのは大変である。誰でも簡単 にできるものではない。やる方に専門的な力量がないと容易なことではない。あるレベ ルの力を持っていて、かつ自分なりのノウハウがないと無理であろう。結局、審理促進 だけを考えれば、特効薬は専門性のある人で、常勤をそろえるということになる。しか し今、制度改正というのは、今までもいわれてきたような議論ではなく、実現可能なも のでなければならない。そうすると、地方分権を前提にして、中労委と地労委という二 重構造がある。片方は国の機関で片方は都道府県の機関である。そして公労使の三者構 成である。常勤化すれば、それで果たして委員を確保することができるのかという問題 がある。加えて専門性が要求される。常勤化も、三者構成を崩すのも無理と思う。しか も労働委員会のローテーション人事というのは動かしようがないであろう。専門家を育 てるといっても、労働委員会の仕事だけをずっとやらせて、熱意のあるいい人をいつも 確保し続けていくのは無理だろう。そうするとローテーション人事を前提にしなければ ならない。三者構成、非常勤、ローテーション人事というのは基本的に動かせないだろ うのではないか。  労働委員会は、行政処分をするのだから、対審構造をとっているといっても命令書で は主張に対していちいち応える必要はなくて、それをすべて考慮した上で、救済命令を 出すか出さないかという要件の判断をして、判断の根拠として必要なところだけを理由 に書けば良いのではないか。  出された主張や証拠はすべて考慮して判断をしなければならないが、命令書にそれを いちいち書いていくのはどうかと思う。しかも、民事訴訟では弁論主義があるから、判 決で主張に対して応えなければならないが、仮処分や決定手続き、非訟手続き、家裁の 審判といったものは、みんな任意的口頭弁論や、必要な場合は審問的なことをやって、 後は書面審理だけで、いちいち主張に対する判断は示さない。だから、裁判所のいろい ろな手続きの中でも参考になるのは判決でなく決定手続きの方であると思う。詳しく審 理をして詳しい決定書を書くのが大事だというなら、やはり委員の人数であるとか常勤 化とか、事務局職員の問題とかはすべて避けて通れない。人の問題を全部そのままにす るなら、命令書を簡素化するということではないか。できない提案をしてみても意味が ないし、物事が変わったというにはその辺りを変える必要がある。 ○ ありがとうございました。他にあるか。 ○ 最後にひとつ。都労委も命令が長すぎるのではないかという話はしている。ところ が短く書くにはトレーニングが必要であるが、その体制が作れない。それはOJTではだめ で、Off-JTをやらなければならない。しかしそのシステムを組み込めないというところ で話が止まっている。短くするべきだという話はしているが、そうなると委員の力量も 必要だし、職員の能力も必要だし、ということになる。 ○ 委員の能力も職員の能力も変わらないという前提で職員の研修についていえば、3ヵ 月経てば第一次的な起案ができて、6ヶ月後には交付できる案の起案ができている、とい う研修をすることが必要だと思う。まずやる必要があるのは研修と要件事実の類型化、 定型様式の作成だと思う。そして、職員、委員の危機意識、使命感を醸成することがで きれば、その結果として実務が改善されると思う。それ以外にないという気がする。 ○ ではそのような話も含め、次回のフリーディスカッションを進めたいと思う。本日 は長時間にわたるヒアリングに協力いただきありがとうございました。                                      以上 照会先 政策統括官付労政担当参事官室 法規第二係 村瀬又は朝比奈     TEL 03(5253)1111(内線7752)、03(3502)6734(直通)