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資料5

ドイツ法

大阪大学 床谷文雄

一 ドイツにおける生殖補助医療

1 抑制された生殖補助医療

 ドイツでは、非配偶者間人工授精(AID)は1950年代後半から実施されているが、反対意見も強く、AIDを実施した者を3年以下の禁錮に処する刑法改正草案が作られたこともある(1962年)。1978年の英国における体外受精・胚(子宮内)移植(IVF&ET)成功後、卵子と精子を卵管内に移植する配偶子卵管内移植(GIFT)、接合子卵管内移植(ZIFT)、胚卵管内移植(EIFT)、顕微授精特に卵細胞質内精子注入法(ICSI)等、生殖補助技術は急速に多様性を増した。精子、受精卵(胚)の凍結技術が確立し、未受精卵の凍結保存も研究が進められている。また、1997年2月のクローン羊(ドリー)誕生の知らせは世界中の人々にクローン技術のヒトへの応用を法的に規制する必要性を意識させたが、ドイツでも、1990年の胚保護法による胚利用・クローン規制を急速に進む技術革新に対応させるべく議論が行われている。欧州域内では、生殖補助医療の拡大に最も慎重な国である。

2 生殖補助医療へのアクセス

(1) 夫婦のための生殖補助医療
 ドイツでは、人工生殖の適用は医師会ガイドラインにより原則として夫婦に限られている。憲法上の婚姻保護条項(基本法6条1項)と生まれてくる子の福祉が理由とされる。事実婚カップルにつき、現状のまま個別例外措置とするか正面から認めるかは今後の課題。新しい同性生活共同を認める法律(Lebenspartnerschaftsgesetz)(2001年8月1日施行)でも、同性カップルには生殖補助医療は認められない。
 生殖補助医療は、制限のない適応事由(卵管閉塞、卵管不全)と制限のある適応事由(男性性受精能力障害、免疫性不妊、卵管機能不全など)に分けて、術式に応じて規制されている(医師会ガイドライン、疾病金庫ガイドラインに則って行われる)。
 体外受精に提供精子を使わないのがドイツ医師会の原則(例外は個別に審議)。卵提供は胚保護法で禁止(医師会に対して卵子の提供を求める申請はある)。胚保護法により、提供を目的とした胚の生成は禁止。胚が夫の死亡などのために使用されなくなった場合、余剰胚が他の夫婦に提供される可能性は残されている(胚保護法によって禁止されてはいない)。
 連邦体外受精記録簿(連邦医師会)によれば、1998年における体外受精の治療処置件数(実施施設は約90)は総計4万5459件(治療を受けた女性は約3万人)、3385人が誕生。
 人工授精については典拠となりうるものが存在しない(年間80万人の新生児のうち1000ないし1500人がAIDと指摘するものがある)。
 代理出産・代理懐胎は、胚保護法および養子・代理母あっせん規制法で認められない。
(2) 生殖補助医療への医療保険の適用
 生殖医療については、社会法典5部121条aの適用に関する疾病金庫連邦委員会の見解によれば、配偶者間体外受精には4回まで適用される。AIDは適用対象になっていない。
 凍結保存術も保険適用外である。卵細胞質内精子注入法(ICSI)についてはガイドラインでは適用がないとされていたが、連邦社会裁判所の判決(2001年4月3日)で適用を認める方向に転じた。
(3) 生殖医療における説明と同意、カウンセリング
 医師会ガイドラインによって、患者夫婦は事前に説明(法的、医学的、社会的な観点から)を受け、夫婦(および説明した医師)が同意を文書(公証人による認証)とすることになっている。疾病金庫ガイドラインによれば、夫婦のカウンセリングは保険給付上の条件(医学的適応事由)が具備されている場合に、それを確認した医師とは別の医師によって行われる。人工的受精(人工授精および体外受精)の医学的、精神的、社会的観点に重点を置いてカウンセリングが行われ、健康上のリスクと治療方法の成功率、女性にかかる身体的・心理的負担、他の選択肢(養子縁組の可能性)などについて説明が行われる。カウンセリングは、診療科「産婦人科」を掲げる資格のある医師または生殖医療の分野における特別な知識を有する医師のみが行うことができる。カウンセリングが済むと、証明書が発行され、これと紹介状を実施する医師に提示する。必要に応じて、専門家(人類遺伝学など)による相談を行う。
 法律上は、一度に3個までの胚を移植することができるが(胚保護法1条)、医師会ガイドラインでは、妊娠率の比較的高い35歳未満の女性の場合は2個までとする取扱いであり、3個とする場合は多胎児の危険性について十分な説明をし、そのことを文書に記録することが求められている。
 実務上(医師会ガイドライン)、精子提供者に対しては、提供を受ける夫婦の夫についてその父性を否認することが裁判上可能であること、それによって生じる法的効果が何か、また子には精子提供者の氏名開示を求める権利があり、要求があれば事実を子に明かす可能性があることなどを説明し、同意を得て、記録に残すことになっている。

二 生殖補助医療に関する法的規制

1 ベンダ委員会報告(1985年)

 1984年9月設置(連邦法務省・研究技術省)、1985年11月委員会報告書を提出。
 体外受精は(1)原則夫婦間の不妊治療に限定、(2)提供精子・卵子による体外受精・胚提供の原則的禁止、(3)代理母の原則的禁止、(4)精子提供者の取扱いや記録に関する適切な規制の必要などを提案。1989年に、連邦・州共同作業グループによる調査研究報告。

2 養子あっせん・代理母あっせん規制法(1989年成立、施行)

 代理母あっせん→1年以下(利益を得た者は2年以下、営利で行う者は3年以下)の自由刑または罰金(14条b)。代理母・依頼者は処罰しない(同条3項)。

3 胚保護法(1990年成立、1991年1月1日施行)

 胚の利用・操作(クローン、キメラ、ハイブリッド)の厳格な刑事規制(同法2条以下)。
 人工生殖技術を代理母に用いることを禁止(同法1条)。1994年に人工生殖および遺伝形質の人為的変更等に関する連邦の立法権限が明確にされ(基本法74条1項26号)、包括的な生殖医療法制定への道が開かれた。

4 判例法

(1) 1983年4月7日連邦通常裁判所判決
 AIDに対する夫の同意・父性承認の意思表示は、夫の否認権を排除しない。
(2) 1988年1月18日連邦憲法裁判所決定
 非嫡出子(成年)が母に対して、父の情報(氏名・住所)を与えることを求めた事例→父について知る権利は子の一般的人格権に属するもので母の自己決定権に優越。
(3) 1989年1月31日連邦憲法裁判所判決・1994年4月26日決定
 子による嫡出否認を制限した規定は違憲。「出自を知る権利」の承認→人工授精における精子提供者の匿名性を維持することは困難。
(4) 1995年5月3日連邦通常裁判所判決
 AIDに同意した夫も子を否認することができるが、第三者のためにする契約の法理により、扶養義務は負担する。子から否認の訴えをしたときは、子は、母の離婚した夫に対して扶養を請求することはできない。
(5) 1995年7月12日連邦通常裁判所判決
 否認権の放棄は無効である。事後の嫡出否認権の行使は権利濫用とならない。

5 親子法改正(1997年成立、1998年7月1日施行)

 「嫡出である子」(eheliches Kind)と「嫡出でない子」(nichteheliches Kind)という法律用語を廃止。父子関係推定ルールに違いがある。分娩した女性を母と定める(民1591条)。闇あっせんやリプロダクティブ・ツアーに備えたもの。
 人工授精における父性に関する立法的対応は検討中。1999年11月11日付「親子法改善のための法律案」(Entwurf eines Gesetzes zur weiteren Verbesserung von Kinderrechten (Kinderrechteverbesserungsgesetz),BT-Drucksache 14/2096)によれば、精子提供に同意した夫婦から出生した子については、夫を法律上の父とし、夫および子の母は、夫の父性を否定することはできないものとされる(民1600条に2項を追加する案)。

6 生殖医療法に向けての議論

 胚保護法制定後の革新的な技術進歩に対応するための包括的生殖医療法(Fortpflanzungsmedizingesetz)の必要性が議論されている(1998年に連邦政府はクローン技術の進展による胚保護法改正の必要性に関する報告書を提出、2000年5月に連邦保健省主催の生殖医療法に関するシンポジウム開催)。

三 生殖補助医療によって出生した子の親子関係

1 母

 胚保護法・養子縁組あっせん法は代理母あっせんを禁止するが、分娩した女性が母となる(民1591条)。→出産まで胎児を育んだ生みの母(biologische Mutter生物上の母〔いのちの母〕)との精神的・肉体的つながりと出生後の養育の安定を重視。代理母抑止効果。

2 父

 AID(IVD)の父→判例で同意した夫にも否認権の行使を認める。
 事実婚カップルが提供精子を用いて生殖補助医療を行うことを認めるならば、父性承認(認知)無効の主張を排除する規定が必要となるが、具体的な議論はみられない。
 子の出自を知る権利の観点から、法定代理人である母が父性否認の訴えをしていないときは、子は、成年に達した後、自己が母の夫の子でないことを示す事情を知ってから2年間、父性否認の訴えをすることができる(民1600条b第2項)。
 母にも父性否認の権利が認められたが(民1600条)、母は自ら望んだAIDで生まれた子につき父を奪う訴えをすることは認められないという見解が多い。ただし、最近の事案で母の否認を認めた例がある(ツェレ上級州裁判所(OLG Celle)2001年2月20決定)。この事例では、治療は外国で行われ、提供者は不明、子の利益に反するおそれがあるとしても、否認権の行使が許されないものではないとしている。

3 ドナー

(1) ドナーとの法律関係
 精子提供(恵与)行為は、献血と同じく、医療機関(医師)との間での物の移転を目的とする契約。提供者の匿名性は保証されていない。夫の父性が否認された場合は、提供者の父子関係確認が問題となりうる。
 提供者は、夫の父性を否認するための訴えをすることはできない。提供者側からの自己の血縁を受けた子を知る権利についても論議されている。
 卵子提供者・遺伝上の母(genetische Mutter)を法律上明らかにする遺伝上の母子関係確認の訴えを認めるべきという見解もある。卵の母が子を養育する意思を有する場合(代理出産)は養子縁組→この養子縁組が子の福祉に適うかどうかは養子法上の問題。
(2) ドナー情報
 自分が提供したものがどの夫婦に使われたか、子が出生したかなどについての情報は通常持たない。提供者に関する記録は、実施施設で作成。カルテの開示請求という形で認められる。包括的人工生殖データバンクが必要という意見はあるが、記録の集中管理制度は今後の課題。医師会指針では、提供者には自分の情報を出生した子に教える可能性があることを知らせ、承諾書を作成させ、医師に記録の保管を求める。
 オーストリアでは、精子の提供者は、子の父として確認することはできない旨の規定がある(民法163条4項)。オーストリア生殖医療法(1992年)では、精子提供者についても記録を取り保管する義務を医療機関に課し(15条)、子自身が14歳に達した後は記録を閲覧して情報を得ることができるものとする。法定代理人または監護者も、医学上の必要から子の利益のために保護裁判所の許可を得て情報を請求することができる(20条)。



(資料5)部会終了後に修正した参考資料
ドイツ法
大阪大学 床谷文雄
一 ドイツにおける生殖補助医療

1 抑制された生殖補助医療

 AIDは1950年代後半から実施(AID実施者を処罰する1962年刑法改正草案は不成立)。
 IVF&ETは1982年から、卵細胞質内精子注入法(ICSI)は1994年から急速に普及した。
 1990年胚保護法による厳しい胚利用・クローン規制。
 欧州域内では、生殖補助医療の拡大に最も慎重な国である。

2 生殖補助医療へのアクセス

(1) 夫婦のための生殖補助医療

 対象は原則として夫婦に限られる(医師会ガイドライン)。事実婚につき個別例外措置とするか正面から認めるかは今後の課題。同性カップルには認められない。
 制限のない適応事由(卵管閉塞、卵管不全)と制限のある適応事由(男性性能力障害、免疫性不妊、卵管機能不全)に分けて規制(医師会ガイドライン、疾病金庫ガイドライン)。
 体外受精に提供精子を使わないのがドイツ医師会の原則(例外は個別審議)。卵提供は胚保護法で禁止。胚保護法により、提供を目的とした胚の生成は禁止。夫の死亡などで使用されない胚が他の夫婦に提供される可能性は残されている(胚保護法は禁止していない)。
 連邦体外受精記録簿(連邦医師会)によれば、1998年における体外受精の治療(実施施設は約90)は総計4万5459件(約3万人)、3385人誕生。AIDは不明(年1000〜1500人)。
 代理出産・代理懐胎は、胚保護法および養子・代理母あっせん規制法で認められない。

(2) 生殖補助医療への医療保険の適用

 社会法典5部121条aの適用に関する疾病金庫連邦委員会の見解によれば、配偶者間体外受精には4回まで適用される。AIDおよび凍結保存術は保険適用外。ICSIは連邦社会裁判所判決(2001年4月3日)を受け、適用を認める新ガイドライン(2002年)。

(3) 生殖医療における説明と同意、カウンセリング

 医師会ガイドライン→夫婦に医師による事前説明(法的、医学的、社会的観点)、文書(公証人認証)とする。疾病金庫ガイドライン→保険給付上の医学的適応事由が具備されている場合に、それを確認した医師とは別の医師によって行われる。診療科「産婦人科」を掲げる資格のある医師または生殖医療の分野における特別な知識を有する医師が行う。必要に応じて専門家(人類遺伝学など)による相談。
 法律上は、一度に3個まで胚を移植できるが(胚保護法1条)、医師会ガイドラインでは、35歳未満の場合は2個までとし、3個の場合は多胎児の危険性について十分な説明。
 提供者に対しては、子には精子提供者の氏名開示を求める権利があり、事実を子に明かす可能性があることなどを説明し、同意を得る。

二 生殖補助医療に関する法的規制

1 ベンダ委員会報告(1985年)

 (1)原則夫婦間の不妊治療に限定、(2)提供精子・卵子による体外受精・胚提供の原則的禁止、(3)代理母の原則的禁止、(4)精子提供者の取扱いや記録に関する適切な規制の必要性。

2 養子あっせん・代理母あっせん規制法(1989年成立・施行)

 代理母あっせん→1年以下(利益を得た者は2年以下、営利で行う者は3年以下)の自由刑または罰金(14条b)。代理母・依頼者は処罰しない(同条3項)。

3 胚保護法(1990年成立、1991年1月施行)

 胚の利用・操作(クローン、キメラ、ハイブリッド)の厳格な刑事規制(同法2条以下)。人工生殖技術を代理母に用いることを禁止(同法1条)。

4 判例法

(1) 1983年4月7日連邦通常裁判所判決

 AIDに対する夫の同意・父性承認の意思表示は、夫の否認権を排除しない。

(2) 1988年1月18日連邦憲法裁判所決定

 非嫡出子(成年)が母に、父の情報(氏名・住所)を求めた→父を知る権利は子の一般的人格権に属する。

(3) 1989年1月31日連邦憲法裁判所判決・1994年4月26日決定

 子による嫡出否認を制限した規定は違憲。「出自を知る権利」の承認→人工授精における精子提供者の匿名性を維持することは困難。

(4) 1995年5月3日連邦通常裁判所判決

 同意した夫も子を否認することができるが、扶養義務は負担する。

(5) 1995年7月12日連邦通常裁判所判決

 否認権の放棄は無効である。事後の嫡出否認権の行使は権利濫用とならない。

5 親子法改正(1997年成立、1998年7月施行、2002年4月成立・施行)

 分娩した女性を母と定める(民1591条)。闇あっせんやリプロダクティブ・ツアーに備えたもの。2002年改正法は、同意した精子提供により出生した子については、夫および子の母は父性否認の訴えをすることはできないものとした(民1600条2項追加)。

6 生殖医療法に向けて

 技術進歩に対応するための包括的生殖医療法(Fortpflanzungsmedizingesetz)の必要性が議論されている(2000年5月に連邦保健省主催の生殖医療法に関するシンポジウム開催)。

三 生殖補助医療によって出生した子の親子関係

1 母

 分娩者母ルール(民1591条)。→胎児を育んだ生みの(biologische生物上の〔いのちの〕)母との精神的肉体的つながりと出生後の養育の安定を重視。代理母抑止効果。

2 父

 AID(IVD)の父→判例は同意した夫にも父性否認権の行使を認めたが、立法で否定。 子自身は、法定代理人である母が父性否認の訴えをしていないときは、成年に達した後、事情を知ってから2年間、訴えが認められる(民1600条b第3項)。

3 ドナー

(1) ドナーとの法律関係

 精子提供行為は、献血同様、医療機関(医師)との間での物の移転を目的とする契約。提供者の匿名性は保証されていない。夫の父性が否認されたときは父子関係確認の可能性。

(2) ドナー情報

 提供者に関する記録は、実施施設で作成。カルテの開示請求による。記録の集中管理制度は今後の課題。医師会指針では、提供者には自分の情報を出生した子に教える可能性があることを知らせ、承諾書を作成させ、医師に記録の保管を求める。



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