平成14年5月13日
1.検討会の目的 |
急速に進展する高齢社会を豊かで活力に満ちたものとするためには、高齢者に対する医療の充実とともに老年医学及び老年社会学に関する研究基盤の整備が必要不可欠であり、かつ緊急の課題である。この点、欧米先進諸国においては体制が整備され着実に研究成果を挙げつつあるところが少なくない。
我が国においては1980年(昭和55年)、日本学術会議により高齢社会における老年病関連研究の基盤整備の重要性とその必要性についての勧告がなされ、また1987年(昭和62年)には昭和天皇御長寿御在位60年を記念して長寿科学研究組織検討会が設けられ、議論の後に長寿関連の医学及び社会学に関する研究基盤整備の提言がなされた。
その後、十余年を経た昨今、さらなる高齢化が進む中、1999年(平成11年)には21世紀を見据え、高齢社会における保健・福祉の総合的なあり方を踏まえた「ゴールドプラン21」が策定され、その中でも長寿医療に関する診療・研究体制の一環として国立高度専門医療センター整備の重要性について指摘されるなど、高齢社会における長寿医療への期待が益々高まるとともに、その重要性がより一層増大している状況である。
こうした一連の流れの中で、社会の変化や科学技術の著しい進展に応じ、我が国における長寿関連の理想的な研究・医療体制とはどのようなものかについて、改めて検討を加える必要が生じてきた。他方、近時、関係諸方面で熟成した考え方として、我が国にもこのような目的を持つ「ナショナルセンター」が必要であること、並びにそのためには、現存する国立機関を利用すべきことが大方の合意に達している。
これらの事情を踏まえ、2000年(平成12年)に策定された「メディカル・フロンティア戦略」を実際に生かすべく、老化機構や老年病発症機序の解明を目指す基礎及び臨床研究、高齢者に特有な疾病に関する包括的医療、看護・リハビリテーションなどの体制確立及び推進等を柱とした、「長寿医療に関する具体的方策」に関する検討を行うことを目的として本検討会が発足した。
2.検討課題および検討結果 |
(1)我が国における長寿医療
我が国は戦後、国民の平均寿命が急速に伸長し、今や世界の最長寿国とされている。このような傾向は世界の先進諸国に共通するもので、その主たる原因には、豊かな経済に基づく国民生活一般の向上、公衆衛生の大幅な改善や医療技術の目覚ましい進歩などが挙げられる。
今後の見通しとして日本では、諸外国を大幅に上回る速さで一層の高齢化が進むことが予測され、全人口に占める65歳以上の割合が2005年(平成17年)には19.6%に、さらに2025年(平成37年)には27.4%にまで増大すると推計されている。こうした来るべき超高齢化社会に対しては、迅速かつ適切な諸政策を講じる必要があることは当然で、既に、例えば介護保険制度の発足をはじめとする社会保障体制の整備が着々と進められている。
しかし我々にとっての究極の目標は、高齢社会においても高齢者の疾病や障害をできるだけ軽減し、自立を促進して、健やかに生活できる「長寿社会」を実現することである。そのため、従来から行われてきた老年学研究、一般的老人医療に加え、新しい長寿医療関連技術の開発や高齢者に特有な疾病に対する適切な医療の実践等、さらなる長寿医療の充実が必須であり、かつ急務である。
因みに長寿科学・医療とは、老化の機序の解明、高齢者特有の疾病の原因究明と予防・診断・治療、さらには高齢者の社会的・心理的問題の研究等、高齢者や長寿社会に関し、自然科学から人文科学に至るまでの幅広い分野を総合的・学際的に研究する学問並びにそれを応用した医療をいう。
(2)長寿医療に関する中心的機関(ナショナルセンター)の必要性
長寿医療の基本となる学問には、生物学、医学のみでなく社会学、精神心理学等も含めた総合的かつ高度な研究が必要である。米国では国立老化研究所(NIA)を中心とした全国的な研究体制が確立されており、また欧州においても、北欧、英独を中心に学際的な研究体制がヨーロッパ連合(EU)により整えられ国際共同研究が推進されつつある。それらの結果、長寿医療関連の科学諸分野には、すでに多くの顕著な成果が見られている。
我が国でも大学や地方自治体において、老年学講座や高齢者に特化した医療施設など、様々な長寿医療に関する研究・実践の場が設けられ、次第に充実をみている。しかしながら、それらの活動はややもすると機関間の壁に阻まれ、一定の限られた地域に留まり、必ずしも全国的な広がりとしての機能を十分に発揮しているとは言い難い。他方、民間における事業は専ら対処的な医療、介護に限られているのが現状である。
かくして、それら諸機関を国として総合的に支援し、真に実効ある成果を生み出すために、各機関間の壁を越えて総力を挙げ、欧米諸国に並ぶ研究組織体制を確立することが必要で、それには長寿医療に関する中核機能を担う施設の設立が必要不可欠である。
我が国には既にいくつかの「ナショナルセンター」が存在するが、例えば国立がんセンターが、研究所と病院の緊密な連携のもと、がんの研究・医療について大きな役割を果たしつつあることは、専門家を含む多くの人々の認めるところである。これを一つの、最も現実的な身近の手本として、高齢者の医療に関する「ナショナルセンター」が新たに我が国に設置され、賢明に運営されるならば、高齢者の疾病や障害をできるだけ軽減し、日常生活での自立を促進して健やかに生活できる「長寿社会」の目標実現に向けて、大きな役割を果たすことは明らかである。
このような「長寿医療に関するナショナルセンター」には、自然科学並びに社会科学を幅広く覆う分野について、総合的、学際的に研究を推進するに十分な研究組織とともに、最新の研究成果に基づく、優れた医療技術を開発し、医療現場での実践に向けた高齢者の適切な医療を確立するための優れた病院併設が是非とも必要である。ここでいう長寿、すなわち健康で長生きすることは総ての国民に共通する最優先の願いであり、我が国の急速な高齢化社会への移行を考える時、「長寿医療に関するナショナルセンター」の設置はまさに国民的課題であり、国を挙げて取り組むべきものと考える。
なお、「長寿医療に関するナショナルセンター」としては、過去の経緯から「あいち健康の森」に隣接する国立療養所中部病院を基盤とし、必要にして十分な改変、補強を加えることが最も現実的であると考えられる。
(3)「長寿医療に関するナショナルセンター」の機能
ここに考えられる「長寿医療に関するナショナルセンター」には、以下の機能を備えることが必要である。
A.研究機能
究極的には高齢者の疾病や、その他自立のための障害を予防あるいは克服することを目的とした医療の発展、社会組織の充実、ならびに機能回復・福祉関連技術の開発について、基礎的、応用的並びに臨床的研究を行う。
研究部門で得られた成果は、全国の国立病院・療養所をはじめ大学・地方自治体等研究機関との積極的な連携のもと、診療部門(後述)において臨床の現場に応用することを試み、それにより得られた結果は研究部門に還元するとともに、さらに十分な検討を経た上で、一般の医療機関や福祉機関にも及ぼす。また、普及・啓発部門(後述)との連携により、得られた研究成果はもちろん、世界の知見を収集してデータベース化を図るとともに、これらの分析・評価を試みる一方、積極的な情報発信を行う。また、可能な範囲で研究材料の蓄積に寄与することを心がける。
この研究部門は特に、本領域における日本の中心として我が国はもとより世界の中でも有数な学問拠点の一つとなり、今後、諸外国も含めた長寿医療の発展に大きく貢献することが期待される。
このような研究機能を具現化するためには、以下の部門を備えることが必要である。
(1) 老年医学・医療全般に関わる基礎的研究部門
世界の研究動向を睨み、我が国の得意な研究分野に重点を置きながら、アルツハイマー病や血管性痴呆症など、高齢者に苦痛や障害をもたらす疾病の原因や病態を、分子レベル、遺伝子レベル、タンパク質レベル等それぞれの段階で解明するとともに、最終的には失われた機能の回復・再生を目指した基礎的な研究を行う。
(2) 医療技術に関する応用研究部門
高齢者の疾病に関する診断法や治療法について、分子生物学、再生医学等、近年著しく進歩した最新の手法や画像解析技術を幅広く駆使して、医療技術開発を中心とした応用研究を行う。その中には当然、基礎的な研究により得られた成果を臨床に応用するための研究も含まれ、それら最先端技術の確立に努める。
(3) 社会医学、機能回復・福祉関連技術に関する研究部門
高齢者が、疾病や障害に陥る過程にあっては、医科学的領域ばかりでなく社会医学関連の問題をはじめとする、その他様々な要素が関与する。そのために、医師、歯科医師、薬剤師、看護師及びソーシャルワーカー等の医療従事者ばかりでなく社会学者や工学者までも含めた幅広い分野の関係者が互いに協力し合いながら、社会医学や機能回復・福祉関連技術に関する研究を行う。
高齢者に対する社会科学的な研究を行う機関は世界的にみても比較的少なく、今後、我が国が高齢者医療に関する国際的な主導力を発揮するためにも、いま社会医学や機能回復・福祉関連技術に関する研究部門を設置することには、重要な意義がある。
B.診療機能
高齢者の疾病や自立障害を克服するための医学・医療をあらゆる角度から検討し、社会医学及び機能回復・福祉関連技術についても配慮の行き届いた実践を行う。
そのために当面、病院組織を高度先駆的医療、機能回復のための医療、その他一般の包括的並びに全人的医療に区分し、それぞれのモデル医療を担う。
因みに包括的医療とは、患者の来院から退院に至るまでの一連の医療を末梢的な区分に捉われることなく、保健・福祉面も考慮し総合的に提供する医療であり、全人的医療とは、個々の臓器を対象とすることなく、患者のQOLを最終的に考え、身体的及び生活環境にも配慮しながら行われる、診療科に捉われない総合的な医療をいう。
研究部門において得られた成果は臨床の場に応用されるばかりでなく、研究部門にも還元しながら適切な医療を確立する。またこれらの成果を実践して普及させるとともに、個々人に適切な医療を提供することができる包括的並びに全人的医療の確立を目指す。
また、高齢者医療においては、特にチーム医療が重要であるため、職種の枠を越えた、理想的なチーム医療の実践を積極的に行っていく。
さらに、高齢者の最適な薬物療法の確立のために積極的に治験にも取り組み、可能であれば患者の人権に十分に配慮した上での研究的医療への協力を求める。
診療の場の問題点を研究課題とし、他方、後述する普及・啓発関係の部門とも密接な連携を取りながら教育・研修を行うなど、他機能との連携を密にするよう心がける。
このような診療機能を具現化するためには、以下の部門を備えることが必要である。
(1) 高度先駆的医療に関する診療部門
アルツハイマー病や血管性痴呆症を始めとする高齢者に特有な疾病について、諸研究部門と密接な協力のもとに、高度先駆的手法を駆使して診療を行う。
新たに開発された医療技術や薬剤を臨床の場に応用した学際的研究や、稀少な高齢者の疾患に関する研究的な医療も視野に入れる。
例) | ○アルツハイマー病の神経細胞再生治療 ○骨粗しょう症の遺伝子治療 ○早老症の原因究明や病勢進行阻止のための研究的医療 ○人工内耳等の移植医療 ○歯の再生医療 |
(2) 機能回復のための診療部門
あらゆる医療技術を活用して、地域社会への復帰あるいは福祉の場への移行を目指す。従来の整形外科的リハビリテーションに止まらない、精神的・身体的機能をも包括した機能回復を図る。
例) | ○アルツハイマー病の神経細胞再生治療後の精神的機能回復訓練 ○脳血管性痴呆の精神的、身体的訓練 ○人工内耳の移植医療後の聴覚機能回復訓練 ○重度の口腔内疾患に対する摂食機能回復訓練 ○失語症に対する言語機能回復訓練 |
(3) その他一般の包括的並びに全人的医療の確立のための診療部門
確立された長寿医療に係る医療技術を、積極的かつ総合的に診療の場で実践することにより、質の高い医療を行う。すなわち、高齢者に特有な疾病治療や多臓器、多系統にわたる疾病の治療及び医学的な問題点のみならず、生活機能の問題を同じレベルで取り上げてチーム医療を行う手法である高齢者総合機能評価を活用した医療、さらに高齢者の終末医療についても、包括的並びに全人的な医療システムを確立し、モデル的に実施することにより、全国の医療施設の範とする。
その際、適切な医療の実践に努め、後述する普及・啓発機能とも密接な連携を図りながら、その浸透を図る。若手医療従事者に対する臨床教育も積極的に行い、その面でも全国の中心的な役割を果たす。
例) | ○高齢者の多臓器不全症候群等に対する救急医療の実践 ○終末期医療を含む包括的並びに全人的医療の確立及び実践 ○東洋医学的手法も含めた包括的医療の開発及び確立 ○地域の医療向上のための医療従事者の生涯教育実地研修の実施 ○看護師を中心とした心理・行動等ケアプランのモデル的実践 |
C.普及・啓発機能(教育・研修、情報発信、地域社会復帰支援等)
長寿医療全般について、当事者並びに医学・医療界、さらには社会一般に対する普及・啓発を担う。そのためには、教育・研修、情報発信をはじめ、地域とともに広く国内外との連携、協調を目指すとともに、それらの基盤ともなる総合的なデータベース構築を図る。さらにこれらの活動をもとに我が国の長寿医療のあるべき姿、未来像を提言していく。
このような普及・啓発機能を具現化するためには、以下の部門を有することが必要である。
(1) 教育・研修部門
高齢者医療に携わる医療従事者等に対する研修を企画し、リサーチレジデント等に対して実地訓練形式で実践する。
将来、長寿医療に携わることを志す若手医師・看護師等の医療スタッフに対しても、在宅医療や他の教育機関への派遣・受入等も含め、モデル的な医療を実践する部門との連携を図りつつ教育を行う。
例) | ○高齢者特有の疾患に対する根拠に基づいた医療教育の実施 ○高齢者総合医療に関する医療従事者のための臨床研修モデルプログラムの開発及び実践 ○プライマリケア医を対象とした長寿医療研修の企画及び実施 ○若手医師を対象とした在宅医療研修プログラムの企画及び実施 ○老年看護専攻大学院生を対象とした臨床実地研修の企画及び調整 |
(2) 情報発信・データベース部門
国立病院・療養所はもとより、全国の大学及び地方自治体の医療・研究機関、並びに官民を問わず高齢者医療・公衆衛生・福祉施設とのネットワークを構築する。
さらには、全世界の長寿医療に関する情報を収集し評価するとともに、「ナショナルセンター」において得られた最新の知見を種々の手段を用い、外に向けての情報発信を行う。
広く長寿医療に関するデータベースを構築することにより、症例データ等を登録することは勿論、統計学的な研究あるいは根拠に基づく医療のための支援を行う。
例) | ○「ナショナルセンター」における成果をホームページへ掲載 ○インターネットの活用による全世界の長寿関連ウェブサイトとのリンク ○ホームページを活用した長寿医療講座や長寿医療Q&Aの作成 ○長寿医療に関する学術誌への編集協力と積極的な情報提供 ○長寿医療ネットワーク診療支援システムの開発及び運用 ○過去の蓄積された病理組織等の知見のデータベース化と情報発信 ○長寿医療に関する看護ケアネットワークシステムの開発及び運用 |
(3) 地域社会への復帰のための支援部門
高齢者では、必要な医療を終えた後の地域社会への復帰、在宅医療への移行、他の医療機関への転院、福祉の場への移行等が重要な課題となる。そのため、地域の医療・福祉あるいは関連行政部門との連携が必須で、ソーシャルワーカー、保健師等、種々の医療従事者を介しての医療機関間、医療・行政間、または医療・福祉間それぞれのモデル的な連携システムを構築し、実践する。
また同時に社会的あるいは心理的な地域社会復帰支援機能も備えて、モデル的な在宅医療プランや技術の実践も併せ行う。
例) | ○老人医療・保健行政に対する政策提言機能 ○理想的訪問看護プログラムの作成 ○高齢者の地域社会復帰のためのこころのケア技術開発 |
(4) 国際交流・協力部門
米国国立老化研究所をはじめとする諸外国の高齢者医療・研究機関との交流や共同研究に関する総合調整の役割を担う。
また、「ナショナルセンター」において開発した高度な医療技術やシステムを実践、発展させるべく欧米諸国あるいはアジア諸国等との技術協力、教育・研修活動を行う。
例) | ○米国国立老化研究所との共同研究に関する企画及び調整 ○アジア諸国の看護師・保健師に対する出張教育に関する企画及び調整 ○我が国で開発された老年歯科技術に関する諸外国に向けた技術移転 |
(4)「長寿医療に関するナショナルセンター」の規模
前述した長寿医療に関する研究機能、診療機能及び普及・啓発機能それぞれが十分に発揮されるためには、「長寿医療に関するナショナルセンター」として、以下の組織及び規模が最低限必要不可欠であると考える。
A.研究機能(研究所)の規模
前項で掲げた機能を踏まえると、以下の研究部門が必要である。
(1) 老年医学・医療全般に関わる基礎的研究部門
(具体的部門)
(2) 医療技術に関する応用研究部門
(具体的部門)
(3) 社会医学、機能回復・福祉関連技術に関する研究部門
(具体的部門)
B.診療機能(病院)の規模
「(3)長寿医療に関するナショナルセンター」の項で示された様に、研究機能ばかりではなく、機能回復のための診療機能や地域社会復帰のための支援機能の実践の場など総合的な機構を想定すると、以下の部門が必要であり、また概ね以下の様な診療規模(合計で300−400床)が基本的に想定される。
(1) 高度先駆的医療に関する診療部門(概ね150−180床程度)
○痴呆に関する高度先駆的医療技術の臨床応用病床群
○骨粗しょう症・骨折に関する高度先駆的医療技術の臨床応用病床群
○稀少老化疾患及び高齢者難病に関する研究的医療病床群
○術後及び重症高齢患者に対する高度医学管理病床群
○感覚器(視覚、聴覚)に関する高度先駆的医療病床群
○口腔歯科に関する高度先駆的医療病床群
(2) 機能回復のための診療部門(概ね100−120床程度)
○脳・神経系の再生再建医療・機能回復病床群
○運動器の再生再建医療・機能回復病床群
○感覚器の再生再建医療・機能回復病床群
○口腔疾患、摂食及び排泄障害の再生再建医療・機能回復病床群
(3) その他一般の包括的並びに全人的医療を確立するための診療部門(概ね50−100床程度)
○包括的並びに全人的医療の包括医療技術モデル医療病床群
○包括的並びに全人的医療の社会医学等関連技術モデル医療病床群
なお、これらの病床群にあっては、標準化されたモデル医療のノウハウに関する教育や研修、情報発信、地域社会復帰支援等の普及・啓発部門との連携を密接に行う。
C.普及・啓発機能(教育・研修、情報発信、地域社会復帰支援等)の規模
前述の研究機能並びに診療機能関連部門以外にも、普及・啓発機能に応じた以下の部門を設置する必要がある。
(1) 教育・研修部門
(2) 情報発信・データベース部門
(3) 地域社会復帰支援部門
(4) 国際交流・協力部門
(5)「長寿医療に関するナショナルセンター」設置に伴う社会的効果
以上、述べてきたような機能及び規模を有する長寿医療に関する国家的中核施設が新たに設置されることに伴い、長寿医療関連分野の医療資源の有機的連係がより効果的に推進されるとともに、高度先駆的医療技術の開発が一層促進され、その結果として世界の先進諸国にとって共通の大きな課題である加齢による健康障害対策に生活の質(クオリティーオブライフ)の向上も含め、大きく寄与することが期待される。
即ち、「長寿医療に関するナショナルセンター」の設置により、アルツハイマー病をはじめとした高齢者に比較的特異な疾患群の研究、診療及び普及・啓発を推進していくこと自体、長寿、すなわち健康で長生きするという総ての国民に共通する最優先の願いを実現するための強力な方策となり得る。
一方、こうしたことの一環として、疾病を有する高齢者の介護を行う家族や周囲の人々の負担を大幅に軽減し、豊かで活力のある高齢社会の確立に大きく貢献するという結果も期待され、さらにこれらの疾病に関する医療の経済的側面に対しても少なからず良き効果を及ぼすこととなるであろう。
なお、経済的側面への効果に関しては、我が国においては、個々の疾患に対する予防医学の発達あるいは治療法の確立等に伴う経済的効果に関する研究論文の数が極めて少ないが、欧米においては、米国の国立老化研究所、国立骨粗鬆症財団や関連大学をはじめ、英国等のヨーロッパ各国において、長寿医療分野における個々の疾病毎の医療費や経済的効果について算出し、研究論文等として広く公表しているところである(「参考資料5」参照)。
3.まとめ |
(1)我が国における長寿医療
いわゆる高齢社会において、高齢者の抱く疾病や障害をできるだけ軽減し、自立を促進して、健やかに生活できるよう仕組まれた「長寿社会」を実現することが究極の目標である。そのためには老年医学の研究、臨床応用とともに新しい長寿医療関連技術の開発や高齢者に特有な疾病に対する適切な医療の実践を含め長寿医療の確立が必要不可欠であり、急務とされる。
(2)「長寿医療に関する中心的機関(ナショナルセンター)」の必要性
「長寿社会」を目指した関連科学研究の振興、長寿医療の実践には、国内に散在する種々の長寿医療関連研究・医療機関の中心となり、中核的機能を担う施設の存在が必要不可欠である。このような「長寿医療に関するナショナルセンター」としては、過去の経緯から、「あいち健康の森」に隣接する国立療養所中部病院に必要にして十分な改変・補強を加え、利用することが最も現実的、かつ効率的であると考えられる。
(3)「長寿医療に関するナショナルセンター」の機能
国内と共に広く世界の動向を展望し、「長寿医療に関するナショナルセンター」には、(1)医療技術に関する基礎研究、臨床研究はもとより社会医学、機能回復・福祉関連技術に関する研究をも可能ならしめる研究機能、(2)高度先駆的医療、機能回復のための医療、その他一般の包括的並びに全人的医療を確立するための診療を広く行いうる病院機能、また(3)教育・研修や情報の発信、さらに地域社会復帰支援までを視野に入れた普及・啓発機能、のそれぞれを付与することが必要不可欠である。
(4)「長寿医療に関するナショナルセンター」の規模
上記の機能を果たすために、研究所には老年学・医療全般に関わる基礎的研究の他、現代の医療技術の動向を踏まえた高度に先駆的な医療技術に関する応用研究並びに社会医学、機能回復・福祉に関する研究それぞれを担う3部門の強化が必要不可欠である。
また病院には、高度先駆的医療に関する診療部門、機能回復のための診療部門の他、その他一般の包括的並びに全人的医療を確立するための医療を実践・普及する診療部門(合計で概ね300-400床)を設置することが必要不可欠である。
さらに、「ナショナルセンター」には医療従事者等への教育・研修部門や長寿医療に関する情報の収集、評価、発信部門の設置が必要不可欠である。
それらの総合として、「長寿医療に関するナショナルセンター」には、質的に少なくとも現在の国立療養所中部病院に倍するものが求められる。
参考資料
1. | 長寿医療に関する基本計画検討会メンバー | ・・・ | 参考1 |
2. | 長寿医療に係る経緯 | ・・・ | 参考2 |
3. | 長寿医療の現状 | ||
(1)先進諸国の高齢化率の推移 | ・・・ | 参考3(1) | |
(2)米国長寿関連施設視察状況 | ・・・ | 参考3(2) | |
(3)国内の現状 | |||
A.厚生科学研究費の概要 | ・・・ | 参考3(3)A | |
B.長寿医療関連医療施設 | ・・・ | 参考3(3)B | |
4. | 既存ナショナルセンターの機能、規模等 | ・・・ | 参考4 |
5. | 長寿医療に関する研究・開発の促進に伴う社会的 効果を考察するに当たっての参考文献 |
・・・ | 参考5 |
参考1 |
長寿医療に関する基本計画検討会のメンバー
あおやぎ たかし 青柳 俊 |
社団法人日本医師会副会長 |
いとう まさお 伊藤 正男 |
特殊法人理化学研究所脳科学総合研究センター所長 |
おりも はじめ 折茂 肇 |
東京都老人医療センター院長 |
かわむら さわこ 川村 佐和子 |
東京都立保健科学大学保健科学部教授 |
きた とおる 北 徹 |
京都大学医学部教授 |
こばやし ひですけ 小林 秀資 |
国立保健医療科学院長 |
そぶえ げん 祖父江 元 |
名古屋大学医学部教授 |
もり わたる ○ 森 亘 |
日本医学会会長 |
もりしま あきお 森嶌 昭夫 |
財団法人地球環境戦略研究機関理事長 |
やなぎさわ のぶお 裄V 信夫 |
労働福祉事業団関東労災病院長 |
( ○ 座長、50音順 ) | |
平成14年5月13日 現在 |
参考2 |
長寿医療に係る経緯
昭和55年11月 | ●日本学術会議が、国立老化・老年病センター(仮称)の設立を勧告 |
|
62年 9月 | ●昭和天皇御長寿御在位60年記念事業による長寿科学研究組織検討会が「長寿科学研究センター(仮称)基本構想」を提出 |
|
平成 元年11月 | ●長寿科学研究センター検討会が報告書(長寿科学研究の振興のために)を提出 |
|
7年 7月 | ●国立療養所中部病院長寿医療研究センター開所(4部13室) |
|
10年 7月 | ●高齢者包括医療病棟(50床)の開設 ●長寿医療研究センターの体制整備終了(8部21室) |
|
11年 3月 | ●国立療養所中部病院のナショナルセンター化を公表 (国立病院・療養所の再編成計画の見直し) |
|
11年12月 | ●ゴールドプラン21(大蔵・厚生・自治)において、長寿医療に関する診療・研究体制等の国立高度専門医療センターの整備について記載 |
|
12年 8月 | ●メディカルフロンティア戦略において、長寿医療研究に関する基盤整備について記載 |
|
13年 8月 | ●長寿医療に関する基本計画検討会を開催 |
参考3(1) |
先進諸国の高齢化率の推移
出典:厚生白書・平成12年版
参考3(2) |
米国長寿関連施設視察状況
(平成13年9月5日〜9月11日)
1.視察者
柳澤 信夫 | 国立療養所中部病院名誉院長 |
下方 浩史 | 国立療養所中部病院長寿医療研究センター疫学部長 |
岩尾 智 | 愛知医科大学加齢医学研究所講師 |
名越 究 | 厚生労働省国立病院部政策医療課政策医療推進官 |
2.日程
9月 5日 | ジョンズ・ホプキンス大 老年病センター 他(ボルチモア) |
6日 | NIA 老年学研究センター(ボルチモア) |
7日 | NIA 事務局 他(ベセスダ) |
10日 | ミシガン大学老年病センター 他(アン・アーバー) |
11日 | ミシガン大学公衆衛生学部 他(アン・アーバー) |
3.視察施設の概要
(1).NIA(米国国立老化研究所)
1)Intramural Research Program
2)Extramural Programs
(2)一般の大学・研究所
4.米国における老年医学・医療の提供について(医療現場を概観して)
5.長寿医療に関するナショナルセンターを考える際の留意点
参考3(3)A |
厚生科学研究費の概要
1.厚生科学研究の採択状況(平成13年度)について
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![]() |
|
2.長寿科学総合研究分野の採択状況(平成13年度)について
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![]() |
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3.研究課題の評価の実施体制
参考3(3)B |
長寿医療関連医療施設
東京都老人医療センター | 東京都老人総合研究所 | ||
施設の性質 | 医療機関 | 研究機関 | |
設置年 | 昭和47年 | 昭和47年 | |
組織 | 事務局 各診療科等部門 老年学情報センター |
次長(事務局) 分子老科学研究系 生理老科学研究系 病態老科学研究系 人間科学・リハビリテーション研究系 社会学・社会医学研究系 老化科学技術研究系 ポジトロン医学研究施設 |
|
事務・運営部局 | 2課 | 1課 | |
病院 | 病床数 | 711床 ※医療法上許可病床数 |
|
診療科 | 20診療科 | ||
経営費 | 約127億円 ※H12 |
||
研究所 | 組織 | 33部門 | |
経営費 | 約28億円 ※H10 |
||
総定員数 | 727名 | 159名 |
医育機関における老年医学に関する文言を冠した部門(24部門)
北海道大学大学院医学研究科予防医学(老年保健医学)講座
弘前大学医学部老年科学講座
秋田大学医学部老年科学講座
東北大学大学院医学系研究科内科病態学(老年・呼吸器病態学)講座
東北大学加齢研究所
日本医科大学医学部老年医学講座
日本医科大学老人病研究所
東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科老年病総合臨床医学講座
慶應義塾大学医学部老年科講座
東京医科大学医学部老年病学講座
杏林大学医学部高齢医学講座
信州大学医学部老年医学講座
信州大学医学部附属加齢適応研究センター
金沢医科大学医学部老年病学講座
岐阜大学医学部高齢医学講座
名古屋大学大学院医学研究科発育・加齢医学(老年科学)講座
愛知医科大学加齢医科学研究所
京都大学大学院医学研究科臨床生体統御医学(成人・老年病病態学)講座
大阪大学大学院医学系研究科加齢医学講座
神戸大学医学部老年医学講座
愛媛大学医学部老年病学講座
高知医科大学医学部老年病学講座
九州大学大学院医学研究院老年医学講座
※出典:医育機関名簿2000-'01
参考4 |
既存のナショナルセンターの機能、規模等
国立がんセンター | 国立循環器病センター | 国立精神・神経センター | 国立国際医療センター | 国立成育医療センター | ||
設置年 | 昭和37年 | 昭和52年 | 昭和61年 | 平成5年 | 平成14年予定 | |
組織 | 運営部 中央病院 東病院 研究所 |
運営部 病院 研究所 |
運営部 武蔵病院 国府台病院 神経研究所(武蔵) 精神保健研究所(国府台) |
運営部 病院 研究所 国際医療協力局 |
運営部 病院 研究所 |
|
運営部 | 8課、図書館 ※うち3課は東病院 |
5課、図書館 | 7課 ※うち3課は国府台病院 |
3課、図書館 | 4課1室、図書館 | |
病院 | 医療法上 許可病床数 |
中央病院:600床 東病院:425床 |
640床 | 武蔵病院:950床 国府台病院:780床 |
925床 | 500床 |
診療科 | 中央病院:24科 東病院:18科 |
17科 | 武蔵病院:11科 国府台病院:19科 |
26科 | 25科 | |
経営費 (H13年度予算額) |
中央病院:約151億円 東病院:約82億円 |
約189億円 | 武蔵病院:約55億円 国府台病院:約57億円 |
約148億円 | ||
研究所 | 組織 | 18部59室 ※うち4部12室は支所(東) |
14部53室 | 神経研究所:14部37室 精神保健研究所:10部23室 |
14部32室 | 13部42室 |
経営費 (H13年度予算額) |
約22億円 | 約21億円 | 神経研究所:約17億円 精神保健研究所:約7億円 |
約9億円 | ||
総定員数 | 1,196名 | 951名 | 929名 | 1,000名 | 678名 |
参考5 |
長寿医療に関する研究・開発の促進に伴う
社会的効果を考察するに当たっての参考文献(案)
1.痴呆分野
(1) 「2000 Progress report on Alzheimer disease.」 Introduction 2-5,2000,NIA
アルツハイマー病(AD)は記憶障害を中心とする緩徐進行性の疾患であり、脳神経の減少を来す。診断後の予後はおよそ8-10年で、最後には寝たきりになり多くは肺炎で死亡する。危険因子の1つとして加齢が挙げられるが、ADは老化ではなくて病気である。 ADは65歳以上の痴呆症の大半を占め、現在400万人の患者が罹患しており、年間約36万人の患者が発症している。65歳以上の高齢者人口は現在3,500万人(13%)、2050年には7,000万人に達するとUS人口調査局は試算する。85歳以上の高齢者がアメリカでは約400万人いるが、工業国ではこの年代の人口が急増しており2050年には1,900万人に達する見込みである。 人種間によって人口構成が異なることや、ADの発症率が異なるという報告がされることがあるので人種間の違いによる調査は必要であるが、その際には生物学的背景のほかに教育あるいは文化など、多くの環境要因を考慮しなければならない。 ADは社会に経済負担を迫る。AD患者1人につき1年間に軽度18,408ドル、中等度30,096ドル、重度36,132ドルの経費を要するとされる。国家としては、年間1000億ドルにのぼる。 ADの発症遅らせる介入法などの研究は最優先課題である。もしも介入治療によりADの発症を5年遅らせることができれば、2050年には約半数のAD患者を減らすものと考えられる。 原因及び危険因子、診断、治療及び介護法の3つの分野で研究が推進されている。 |
(2) Richard L, et al. 「Cognitive function and the costs of Alzheimer disease.」 Arch Neurol 1997 ; 54 : 687-693
アルツハイマー病患者の進行を抑制する、あるいは認知機能を改善することにより、薬物や他の治療による経費をどれほど抑制できるかについて試算した。 著者らは、64名のprobable AD患者について、診療による情報だけではなく、介護者からの疾患に関連するあらゆる資料を用い、MMSEの得点変化に伴う患者一人当たりのコストを試算した。 その結果、軽度と重度のAD患者における削減効果は少なかった。しかし、中等度あるいは重度AD患者では経済効果を認めた。例えば在宅にいるMMSE 7点のAD患者で2点減少することを抑えられると1年当たり3,700ドル、2点減少するところを2点増加すると7,100ドルもの経済効果があると試算している。 |
(3) Knapp M, et al 「The economic consequences of Alzheimer’s disease in the context of new drug developments」 1998, Int.J.Geriat.Psychiatry; 13: 531-543
英国におけるアルツハイマー病に対する薬物治療の経済効果に関する論文のレビュー。英国および各国でのケアの現状とそれに対するコストについて報告している。また、世界で使用あるいは検討段階にある様々な抗痴呆薬をレビューしている。なかでもアセチルコリンエステラーゼ阻害薬に対する期待は大きい。期待される効果としては、(1)周辺症状の改善による介護者の負担軽減、(2)日常生活動作の改善による介護者の負担軽減、(3)施設入所導入時期を延長などがあり、これらによってコストの減少が期待される。 しかしながら、コストの削減という観点だけが一人歩きしないことも重要であり、患者がより良い生活を送れるということが究極の目的であることを認識することが必要である。 |
(4) 厚生省「痴呆性老人対策に関する検討会報告」1994年、国民福祉の動向より(1999年)
2000年の痴呆性老人の数は、1994年の痴呆性老人対策に関する検討会報告によると約160万人程度と予測されている。さらに同報告では2020年には痴呆性老人は292万にまで増加すると予測されている。また、最近はアルツハイマー型痴呆が増加している。 |
(5) 柄澤昭秀「老人性痴呆の疫学 痴呆の出現率を中心に」1998年、別冊総合ケア 老人性痴呆
柄澤らによる東京都の疫学調査では、1988年の痴呆症の出現率は4.0%であった。全国的な各地の調査では痴呆症の出現率は概ね4から7%程度であった。この値は年々徐々に増加すると考えられている。また、1988年には痴呆症156例のうち、軽度は48.1%、中等度は24.3%、高度は27.6%であった。1980年のデータに比べると軽症者の率が増加したと報告されている。 |
2.大腿骨骨折・骨粗鬆症
(1) National Osteoporosis Foundation home page Press Release 1997
国立骨粗鬆症財団の1995年の調査によれば、米国の骨粗鬆症性骨折の医療費見積額は、以前の年間100 億ドルから約140 億ドルにまで上昇していた。その詳細はJ Bone Miner Res(Ray NF,"Medical expenditure for the treatment of osteoporotic fractures in the United States in 1995:report from the National Osteoporosis Foundation."1997,12:24-35)に掲載されている。それまでの骨粗鬆症の経済的負担には、白人女性の大腿骨骨折の費用しか盛り込まれていなかったので、米国で、1995年に骨粗鬆症性骨折の医療に要した直接費が年代別、性別、人種別、骨折型別、治療場所別に見積もられた。その結果、1995年の骨粗鬆症性骨折の治療費は138 億ドルであった。そのうち、103 億ドルは白人女性の治療に対するもので、25億ドルは白人男性、7億ドルは非白人女性、2億ドルは非白人男性に対するものであった。治療場所別では、86億ドルが入院、39億ドルが老人ホーム、13億ドルが外来であった。大腿骨頚部以外の骨折は37%を占めていた。骨粗鬆症に伴う健康悪化や出費に対する非大腿骨頚部骨折の寄与度は今まで過小評価されていた。 |
(2) Haentjens P 「The economic cost of hip fractures among elderly women」2001, J Bone Joint Surg, 83-A: 493-500
大腿骨頚部骨折の入院治療費と退院後1年まで骨折に起因する保健医療費を前向きに調査した。ベルギーの大腿骨頚部骨折女性159例と近隣に在住の年齢、住居がマッチした女性159例を比較した。大腿骨頚部骨折患者の入院費は$9,534で、退院後1年の保健医療費は$13,470であった。これに対してコントロールの同時期の保健医療費は$7,300であった。大腿骨頚部骨折女性が余分に要した費用の主な内訳は、老人ホーム入所:31%、リハビリ施設入所:31%、入院:16%であった。 |
(3) Ruchlin HS, et al. 「The economic impact of a multifactorial intervention to improve postoperative rehabilitation of hip fracture patients」 2001, Arthritis Rheum, 45: 446-452
大腿骨頚部骨折患者の治療において、患者教育と高密度の筋力強化からなるリハビリプログラムを用いた介入試験における経済的効果を調査したところ、介入に要する費用は患者1人対して722ドルであった。そして通常の大腿骨頚部骨折患者の治療には21,577ドル要するのに対し、介入群では11,941ドルであり、これらの治療プログラムは、費用より経済効果が平均9,636ドルみられ、この新しい患者教育と高密度の筋力強化からなるリハビリプログラムの経済的効果が認められた。 |
(4) Orimo H「Trends in the incidence of hip fracture in Japan, 1987-1997: The third nationwide survey」2000, J Bone Miner Metab, 18: 126-131
大腿骨頚部骨折発生頻度について、第3回全国調査が1997年に行われた。日本の10,271の整形外科施設から4、503施設が対象として選ばれ、大腿骨頚部骨折患者に関するアンケートが郵送された。2,930施設から回答が得られ、新患者数は92,400人(男20,800人、女71,600人)と推計された。1997年の患者数は10年前の1.7倍、5年前の1.2倍に増加していた。発生頻度は初回調査より増加しており、第2回調査と比較しても80歳以上の女性で増加していた。地域差に関しては、発生頻度はそれまでの調査と同じく東日本の方が西日本より低かった。 |
(5) 林 挙史「大腿骨頚部骨折と寝たきり」1999年、CLINICAL CALCIUM、9: 1186-1188
東京老人医療センターの追跡調査によれば、大腿骨頚部骨折患者の歩行能力は約半数で受傷前より明らかに低下し、うち19%は新たに寝たきり状態となった。また、東京都の高齢者生活実態調査によれば、骨折に起因する寝たきり患者は、1985年の7.4 %から1995年には1.5 %と、10年間で約1.5 倍に増加していた。これは、大腿骨頚部骨折を惹起しやすく寝たきり状態に陥りやすい80歳以上の年齢層の増加によると考えられる。一方、寝たきり状態に陥ると2年間で650 万円もの介護費用を要する。最近のデータによれば、年間約92,000件の大腿骨頚部骨折が発生するとされ、これに要する入院・手術費用は1年間で1,288 億円と推計された。全国の寝たきり高齢者90万人の11.5%が大腿骨頚部骨折由来とするその介護費用は年間約3,400 億円と医療費の約3倍に達すると推計された。 |
(6) 折茂 肇ほか「骨粗鬆症の治療(薬物療法)に関するガイドライン」1998年、Osteoporosis Japan, 6: 203-253
退行期骨粗鬆症は,それに伴う骨折に比べ、個人のみならず周囲にも深刻な問題を生じる。骨粗鬆症患者数は急増しつつあり、西暦2000年には1,100万人に達すると試算される。 諸種の骨粗鬆症治療薬が使用可能である現在、その適切な使用により骨粗鬆症に伴う骨折の予防が可能と考えられる。骨粗鬆症の診断は日本骨代謝学会の診断基準により行う。予防・治療法としては理学療法、食事療法及び薬物療法がある。 現在、8種類の製剤が使用可能であり、ケースに応じた選択が必要である。骨粗鬆症治療に関わる費用は、一年分の薬剤費が2,154円(リン酸水素カルシウム)から91,104円(エルカトニン)、骨量計測費用がDXA法で一回3,600円、X線検査が2,500円、副作用モニター費が一回約2,500円、診療基本料が一回約2,000円と試算された。 骨粗鬆症診療においても医療経済的視野に立った診療が必要と考えられる。 ほとんどの薬剤は長期の成績が無く、骨折予防の成績も不足しており、今後の検討が必要である。 |
(7) 井上哲郎「骨粗鬆症にかかる医療費-予防・治療の社会経済学的側面-」1990年、綜合臨床、39: 2575-2577
骨粗鬆症に関する医療費は、骨密度より推計した骨粗鬆症患者数1,000万人の半数が治療を受けると、慢性疾患指導料のみで年間120億円になる。大腿骨頚部骨折の治療費は、300床クラスの病院の保険点数請求書からみると、2ヶ月の入院で80〜200万円となっている。これを1件100万円として算出すると、全国の昭和62年度の推算大腿骨頚部骨折数は53,000人であるので、入院・治療費のみで年間500億円に達することになる。骨折の増加、骨折による寝たきり老人の増加は避けて通れない事実であり、その費用も莫大なものになりつつある。本症の予防・治療法の発展を期待するものである。 |
(8) 七田 恵子「大腿骨頚部骨折患者の追跡調査-生存率と身体的活動性-」1988年、日本老年医学会雑誌、25: 563-568
東京都老人医療センターで扱った867例の大腿骨頚部骨折患者を予後調査した。退院時平均78.8歳、観察期間平均4.1年であった。致命率は1年以内が最も高く、以後生存率は緩やかに低下した。一方、施設利用健常者の生存率は各年で直線的に下降し、5年生存率は骨折群65%、健常群69%であった。平均80.6歳の生存群における骨折後の身体的活動性は80歳以上の東京都一般老人に比べて著しく低下していた。活動的日常生活を送っている者は一般老人群で56%であったが、骨折群では18%と低く、一方寝たきり者は一般老人で5%、骨折群で24%と骨折群では4.5倍であった。以上より、骨折予防はもとより骨折患者とその介護者に対する適切な指導が必要であると考えられた。 |
(9) 萩野 浩ほか「大腿骨頚部骨折と寝たきり 大腿骨頚部骨折による寝たきり患者の医療費」1999年、CLINICAL CALCIUM、9: 1198-1199
平成10年度に手術治療がなされた50例(内側骨折17例、外側骨折33例、平均入院日数69日)において、入院中に必要となった治療費を診療報酬明細書から算出した。手術(手術料、麻酔料、インプラント代金)に要したのは平均62万円で、材料費のかかる内側型において有意に高額であった。手術当月に要した費用は平均107 万円であった。さらに、この患者が退院後特別養護老人ホームに入所した場合、1ヶ月当たりの費用は約27万円を要し、受傷後3年間の積算は約1,100 万円と推計された。 |
3.その他
(1) 「医療保険制度を取り巻く状況 年齢別にみた国民医療費」医療費ハンドブック平成13年版、2001年、法研
平成10年度の一般診療医療費の年齢階級別構成割合をみると、65歳以上の医療費が48.9%、70歳以上が37.7%となっており、平成5年度より65歳以上の占める割合は6.0ポイント増加、逆に15〜44歳は3.8ポイント減少、45〜64歳では2.4ポイント減少となっている。増加額に対する年齢階級別寄与率をみると、65歳以上で99.3%、70歳以上だけでも76.8%となっているのに対し、44歳以下の寄与率は-8.6%となっている。1人当たり一般診療医療費は、65歳以上では平均の3.0倍であるのに対し、15〜44歳では5分の2にすぎない。 |
(2) 「医療保険制度を取り巻く状況 生涯医療費」医療費ハンドブック平成13年版、2001年、法研
定常人口に基づく5歳階級別医療費の状況(平成10年度)によると、1人の生涯医療費は約2,200万円程度で、そのうち60歳以上で67%を、さらに70歳以上で51%を使うこととなる。生涯医療費のうち約半分は老齢になってから使われることが分かる。 |
照会先 厚生労働省健康局 国立病院部政策医療課 担当 木村(内線 2921) 内田(内線 2950) 電話番号(代表)03-5253-1111 (直通)03-3595-2274