諸外国における年金改革の要点
諸外国における年金改革の要点
目次
諸外国の年金改革の状況
国名 | アメリカ | ドイツ | スウェーデン | イギリス | ||||||||||||||||||||
公的年金の 体系 保険料財源 税財源 企業年金・ 個人年金 |
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財政方式等 (カッコ内は積立金の積立度合) |
社会保険方式
※高額年金受給者の年金に課税し、それを再び年金給付の財源とするという仕組みあり賦課方式 (給付費の約2年分) |
社会保険方式 賦課方式 (給付費の約1ヶ月分) |
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社会保険方式 賦課方式 (給付費の約2ヶ月分) |
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対象者 (◎強制△任意×非加入) |
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保険料率 (対年収) (2001年) |
12.4%(労使折半)
(「社会保障税」という名称ではあるが、給付額が所得及び拠出期間の長さと連動するという意味で、我が国の社会保険方式と同じ。) |
19.1%(労使折半) | 17.21%(労7.0%、使10.21%) | 21.9%(労10.0%、使11.9%) | ||||||||||||||||||||
ピーク時の保険料率(対年収) | ― | 22%(労使折半) (2030年) |
18.5%(労使折半) | ― | ||||||||||||||||||||
近年の改革の内容 | 1983年 レーガン年金改革(支給開始年齢67歳への段階的引き上げ、保険料の引き上げ(10.8%から12.4%へ)。 1990年代 クリントン政権期に、確定拠出型年金(401k)が普及。 2001年 ブッシュ政権下において、大統領が設置した「社会保障改革に関する委員会」が、個人退職勘定を含む3つの改革案を提示。 →ただし、具体的な改革の動きは、まだない。 |
1992年 年金額の賃金スライドをネット所得スライドに変更。 1999年 税財源の投入により、保険料を労使0.4%ずつ、合計0.8%引き下げ(20.3%→19.5%)。 2000年 将来の高齢化の進展に備え、年金額の減額(ネット所得代替率70%→67%)、保険料の将来的な上限設定(26.0%→22.0%)、個人積立年金の導入。 |
1999年改革
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1980年代 スライド方式を物価スライドに変更。2階部分の年金制度について、国家所得比例年金(SERPS)から企業年金、個人年金への移行を促進。 1988年 国家所得比例年金(SERPS)の給付水準引き下げ(25%→20%) 1999年 2階部分の年金制度の新たな選択肢として、中所得者にも加入しやすいステークホルダー年金制度(個人拠出・確定拠出)を導入。 2000年 国家所得比例年金(SERPS)を、2002年4月以降、低所得者に有利な国家第二年金(S2P)に切り替え。 |
主要先進国の65歳以上人口割合 : 1950〜2050年
出典: | UN,「World Population Prospects : 2000」による 日本は、総務省統計局「国勢調査報告」及び国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」による。 |
主要先進国の合計特殊出生率 : 1950〜2000年
出典: | UN,Demographic Yearbook及びCouncil of Europe,Recent demographic developments in Europe and North America |
1991年以前のドイツのデータは西ドイツのものである |
アメリカ年金制度(OASDI)の改革の動向
1.改革の背景
高齢化の進展や出生率の長期的な低下によって、社会保障年金の受給者に対する現役世代の割合が、現在の3.4人に1人から2050年には2人に1人になることが予想されている。
こうした中で、現行制度のままでは、ベビーブーマーが年金受給世代となる2010年代以降、年金財政が厳しいものとなることが予想される。具体的には、2016年に支出が収入を上回り、2038年には積立金が枯渇し、現行制度で予定される給付の全てを支給することができない状況となることが見込まれる。
かねてより、こうした長期の財政問題に対処するための改革が取り組まれている。
2.これまでの改革の動向
(1)1983年レーガン年金改革
長期的に年金財政の健全化を図るため、次のような、給付を抑制し保険料を引き上げるなどの改正を行った。
支給開始年齢を、2003年から2027年にかけて、65歳から67歳に引上げ
社会保障税率(保険料率)の引き上げ
また、被用者の保険料(労使合計)の4分の3程度であった自営業者の保険料率を被用者(労使合計)と同率に引き上げた。
高額所得者に対する年金に課税し、それを年金給付の財源とする仕組みを設けた。
(2)クリントン政権下の年金改革案(1990年代後半)
1) クリントン政権下の1994年3月、21世紀の高齢化に対応する年金改革を検討するため、社会保障年金諮問委員会が設けられ、1997年1月、同委員会は、現行の賦課方式の年金の上に確定拠出・積立方式の個人年金勘定を加える案を含む、3つの案を提示した。
(参考)社会保障年金諮問委員会が提示した3つの改革案
(イ)給付維持案
社会保障税率の将来的引上げ(現行12.4%→14%へ)
満額年金を得るための保険期間の引上げ(現行35年→38年)
年金水準の3%引下げか、又は、1998年以降社会保障税の3%引上げ
年金課税を強化し、その税収を年金給付の財源とする。
(ロ)個人勘定案
現行の社会保障税率12.4%に1.6%の社会保障税率を上乗せし、強制的な確定拠出型の個人勘定を設ける。
現行の年金制度については、
(1) 満額年金を得るための保険期間の引上げ(現行35年→38年)
(2) 支給開始年齢の引上げ(65歳→67歳)の前倒し実施
(3) 年金課税を強化し、その税収を年金給付の財源とする。
(4) 高所得部分の年金給付率を抑制
(ハ)個人保障勘定と社会保障の2階建て方式案
現行制度を定額給付の年金に変更。
社会保障税率12.4%のうちの5%を財源として、強制的な確定拠出型の個人年金勘定を設ける。
現行の年金制度については、支給開始年齢の引上げ(65歳→67歳)の前倒し実施。67歳への支給開始年齢の引上げ後も、平均余命の伸びに応じて更に支給開始年齢を引上げ
2) 1999年、クリントン大統領は、一般教書演説において、ベビーブーマーが引退する時期までに年金財政を強化するために、今後の財政余剰の約6割を社会保障基金に投入すること、その投入する財政余剰の一部の株式市場での運用すること、加入者の拠出と併せて政府が拠出を行う個人年金勘定を創設することを提案した。
3.ブッシュ政権における「社会保障年金委員会」報告
長期の年金財政問題に対処するため、ブッシュ大統領は超党派メンバーによる委員会を設置し、2001年12月21日に最終報告として3つの改革案が提案された。
(1)大統領の示した原則
改革案の検討に際し、大統領が示した原則は次の通り。
現在の受給者及びまもなく受給者となる者の給付は変更しないこと。
社会保障年金の財政余剰は社会保障年金だけに使うこと。
社会保障税率の引き上げを行わないこと。
社会保障年金の積立金を株式市場で運用しないこと。
障害年金、遺族年金の給付内容を維持すること。
社会保障セーフティネットを増加させる任意の個人退職勘定を含む改革案であること。
(2)3つの改革案の概要
[モデル1]
課税所得の2.0%を個人勘定(任意加入)にて運用可能とする。
現行の計算式による給付額から、個人勘定において運用した金額及びその額の3.5%の運用益相当額を控除。
[モデル2]
社会保障税のうち4.0%(年間1,000ドル限度)を個人勘定(任意加入)で運用可能とする。
現行の計算式による給付額から、個人勘定において運用した金額及びその額の2.0%の運用益相当額を控除。
社会保障年金の新規裁定時の賃金スライドを物価スライドにする。
30年勤務の最低賃金労働者には、貧困ラインの120%相当額まで年金額をかさ上げ。
現行制度では、夫婦の合計年金額の50〜67%であった遺族年金を75%の水準に引き上げ。
[モデル3]
課税所得の1.0%の追加拠出を行った場合に、社会保障税のうちの2.5%(年間1,000ドル限度)と併せて個人勘定(任意加入)で運用可能とする。
現行の計算式による給付額から、個人勘定において運用した金額(社会保障税のうちの運用額)及びその額の2.5%の運用益相当額を控除。
将来の平均余命の上昇によっても世代間の公平を保つよう、社会保障年金の新規裁定時のスライド率を調整する。(賃金スライドと物価スライドの中間でスライドする。)
退職年齢後の労働により受給額が増えるようするとともに、早期退職による繰上減額率を増やす。
年金額の算定において、高所得分に対する給付率を削減。
30年勤務の最低賃金労働者には、貧困ラインの100%まで年金額をかさ上げ。
現行法では、夫婦の合計受給額の50〜67%であった遺族年金を75%の水準まで引き上げる。
ドイツ年金改革の動向と2001年改革の主な内容
1.改革の背景
(1)人口構造の変化
出生率の低下と寿命の伸びによる人口の高齢化等により、2030年には総人口(現在約8,200万人)が400万人〜700万人程度減少し、生産年齢人口に対する老齢人口比率は、現在の40%から70%程度にまで上昇すること見込まれていた。
(2)保険料率の上昇
こうした人口構造の変化の中で、完全な賦課方式によるドイツ年金について、現行方式のままでは、その保険料率が2000年19.3%から2030年には26%にまで上昇することが試算された。
2.これまでの改革の動向
(1)1992年改正
賃金スライドを可処分所得スライドに変更。
通常の支給開始年齢前に受給できる早期受給特例を一部例外を除いて廃止。
(2)1995年改正
(1)の早期受給特例廃止のスケジュールを前倒し。
(3) 1999年改正法及びその凍結
1999年改正法により、平均余命の伸びに応じてスライド率を抑制することとされたが、政権交代により凍結された。
その後、当面の措置として2000年と2001年のみ、可処分所得スライドを物価スライドとした。
3.2001年改革の主な内容
(1)保険料率上昇の抑制
給付水準の抑制により、保険料率の上昇を2020年までは20%以内、2030年にも22%以内に抑える。
(2)給付水準の引き下げ
モデル年金(※)の給付水準は、現役世代の可処分所得の70%となるように設計されているが、これを2010年から段階的に引き下げ、最終的に67%程度にする。
※ ドイツにおけるモデル年金とは、20歳から64歳までの45年間、平均賃金程度の収入で働いていた場合の受給額をいう
(3)補足的老後保障制度(任意加入、拠出建て)の創設
(イ) 公的年金を補足する自助努力の年金制度として、任意加入での拠出建て積立式の老後保障制度を段階的に導入する。
(ロ) この補足的老後保障制度は、事業主負担は義務づけられていないが、政府による補助がある。
また、補足的老後保障制度への拠出金は非課税となるが、給付は課税対象となる。
※1 拠出金と追加助成金の限度額
補足的老後保障制度は段階的に導入される。2002年には所得(税引き前収入)の1%を拠出金とすることができ、2008年には4%となる。
2002年・2003年 | 所得の1%まで |
2004年・2005年 | 所得の2%まで |
2006年・2007年 | 所得の3%まで |
2008年〜 | 所得の4%まで |
※2 政府による追加助成金
補足的老後保障制度に加入した者には、政府から追加助成金が支払われる(所得制限あり)。この政府の補助は、基礎助成金と児童追加助成金からなり、育児負担に配慮されている。
(基礎助成金:月額)
2002年〜2003年 | 38ユーロ( 3,700円) |
2004年〜2005年 | 76ユーロ( 7,400円) |
2006年〜2007年 | 114ユーロ(11,100円) |
2008年以降 | 154ユーロ(14,900円) |
(児童追加助成金:月額、児童1人あたり)
2002年〜2003年 | 46ユーロ( 4,500円) |
2004年〜2005年 | 92ユーロ( 8,900円) |
2006年〜2007年 | 138ユーロ(13,400円) |
2008年以降 | 185ユーロ(17,900円) |
(注1)1ユーロ=97円(2000年下半期日銀裁定外国為替相場より)にて計算。
(注2)追加助成金は連邦職員年金保険制度の個人口座に直接支払われる
(4)スライド方式の変更
2000年及び2001年の2年間に限り可処分所得スライドが凍結され、物価スライドとされていたが、2001年から可処分所得スライドを再開する。
現行制度では、現役世代の可処分所得に応じた賃金スライドが行われているが、可処分所得から上記の補足的老後所得保障への積立拠出金を差し引いた額の伸びに応じてスライドすることとした。
(5)児童養育期間の給付額計算上の優遇
従来から3歳までの子どもを養育している者への優遇措置があったが、4歳から10歳までの子どもを養育している者の就業については、年金給付額の計算上、平均賃金報酬の50%を上乗せ(ただし、平均賃金が上限)する。
(6)年金分割の拡大
離婚しない場合にも年金分割(任意)を導入する。
(7)遺族年金の改正
子供のいない者に支給される遺族年金の額を基本額の60%から55%に減額する。
(参考) 改正の経緯
2000年4月 | 社会保障改革特別委員会を召集 |
2000年7月 | 社会保障改革案を発表(給付額の所得代替率 70%→64%) |
2000年12月 | 政府と労働組合との合意(給付額の所得代替率 70%→67%) |
2001年1月26日 | 連邦下院を通過。 |
2001年2月16日 | 連邦上院では野党が多数を占めるため、上院の同意が必要な部分については否決されたが、上院の同意が不要な部分(スライド方式の変更、年金計算上の育児期間の評価等)のみを先に成立。 |
2001年4月 | その後、与党から、野党が政権をとっている州政府に対して個別に説得した結果、連邦上院における賛成多数を確保することに成功。 |
2001年5月11日 | 改正案の残りの部分について、連邦上院で可決。 |
スウェーデン年金制度の1999年改革の主な内容
1.改革の背景
(1)人口高齢化及び年金給付費の増加
将来における年金給付費は、人口の高齢化とともに増大することが予想されていた。1994年に行われた人口推計では、スウェーデンの高齢化率(65歳以上人口割合)は、1990年以降2005年頃までは一時的に微減傾向を見せるが、その後上昇に転じ、ピーク時となる2035年から2040年には22.4%に達するものと予想されていた。
(2)経済の低成長
旧制度では既裁定年金について物価スライドが行われていたが、90年代初めに経済成長率が低下する中、それを超える物価スライドが要請される結果となり、年金財政の悪化が強く懸念された。
(3)付加年金額計算方法(15年ルール・30年ルール)の不公平
旧制度では、生涯の最も所得の高かった15年間を年金額計算の基礎としていたため、生涯に獲得した所得総額が同じ場合でも人によって年金額が大幅に異なるといった事態(生涯における所得上昇率が大きかった者ほど年金額が大きくなる傾向)が生じたり、30年加入で満額年金が受給できるルールがあるために、30年を超えて働いても、保険料を徴収されるだけで、老後の年金額が増加しないといった事態が生じたりする等、社会的な不公平が問題とされていた。
2.1999年改革の経過
1990年代当初から、超党派のメンバーによって、年金改革が取り組まれてきた。
(改革の経過)
1991年9月 | 総選挙 → 保守中道4党による連立政権成立 |
1991年11月 |
「年金ワーキンググループ」の設置
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1994年1月 | 与党4党と社民党の5党が年金改革のための提案(改革原案)について合意(5党合意) |
1994年6月 | 年金改革のためのガイドラインを国会において決定 |
1994年6月 |
「年金改革施行グループ」の設置
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1994年9月 | 総選挙 → 社民党が政権復帰 社民党内での議論のため、改革のスケジュールを延期 |
1997年11月 | 年金制度改革に関する社会省案を発表 年金改革施行グループにおいて調整し、合意。 |
1998年4月 | 年金改革関連2法案を国会提出 |
1998年6月 | 同法案の可決成立 |
3.1999年改革の主な内容
(1)現行の2階建て体系を一本化し、いわゆる税方式の基礎年金を廃止
※ 1938〜1953年生については、移行措置が適用され、若い者ほど新制度の適用割合が高い。
※ 居住を要件に支給される基礎年金(給付に連動しない事業主負担及び国庫が財源)は廃止
※ 所得比例年金のみの1階建てとなった新しい年金の給付額が一定の金額を下回る(現役時代に低所得・無所得だった者)場合、一定期間の居住を要件として、国庫負担により補足的な「保証年金」を支給(40年居住で満額)する制度を創設
→保証年金に課税するとともに、課税後の水準が旧制度における基礎年金と補足年金を足したものと同様になるように水準を設定。
(2)保険料率を将来にわたり18.5%で固定し、その範囲内で給付を行う仕組みに転換
負担率(対年収)
19.86% |
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→18.5% |
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※ 年金給付に連動しない負担
(3)制度設計は賦課方式を基本とし、保険料の拠出が記録され将来の給付の計算基礎に用いられることについて基本的な変更はないが、給付内容の説明の仕方を変更し、年金額の算定の方式を給付建てから概念上の拠出建てに変更
旧制度
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→ | 新制度
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(4) 既裁定年金のスライド方式については、旧制度では、物価スライドであったものを、新制度では、実質的には名目賃金スライド(すなわち、実質賃金スライド+物価スライド)に変更。ただし、このうち、実質賃金スライド分については、制度における予定実質賃金上昇(年1.6%)分として支給当初からの年金額に前倒しておりこみ、実際の実質賃金上昇が予定(年1.6%)と異なる場合には、物価スライド分において調整
新規裁定時の年金額の算定式:(個人納付保険料総額+みなし運用益)/除数
※ みなし運用益:名目所得上昇率を基本とし、受給開始前に死亡した被保険者が納付した保険料を同年齢の被保険者に分配し、管理費を差し引いたもの。
― 機能としては、名目賃金スライド。
※ 除数:年金受給開始時の年金権総額をその時点での平均余命の年数を基本とした数で割ることにより、1年当たりの年金受給額を計算するためのもの。実際には、一定の実質賃金上昇(年1.6%)を見込んで、平均余命よりも小さく設定している。
既裁定年金のスライド方式
旧制度では、毎年物価上昇率を基準としてスライドが行われていたのに対し、新制度では、実質的には名目賃金上昇を基準としたスライド(すなわち、実質賃金スライド+物価スライド)に変更。ただし、このうち、実質賃金スライド分については、制度における予定実質賃金上昇(年1.6%)分として支給当初からの年金額に前倒しておりこみ、実際の実質賃金上昇が予定(年1.6%)と異なる場合には、物価スライド分において調整する。
すなわち、実際の実質賃金上昇が、
@) 予定実質賃金上昇(年1.6%)を超えた場合には、物価上昇分に、年1.6%を超える分を上乗せしてスライド
A) 予定実質賃金上昇(年1.6%)どおりであった場合には、物価スライド
B) 予定実質賃金上昇(年1.6%)よりも低かった場合には、物価上昇分から、年1.6%を下回った分を控除してスライド
を行う。
受給開始年齢は61歳以降でいつでも受給可能であり、その世代の平均余命で除数を決定
(5)自動財政均衡メカニズム(出生率低下による被保険者数の減、積立金の利回りの実質的減少等により年金財政が悪化した場合、国会の議を経ずに給付を調整)の導入
年金給付の伸び率が現役世代の所得総額の上昇率を上回る状況が長く続いた場合などには、現役世代全体の負担能力と給付費のバランスが崩れ、将来的に年金財政が危機に陥ることになる。このため、新制度においては、現役世代の1人当たり名目賃金上昇率でスライドすることになるが、少子化による被保険者数の減、積立金の利回りの実質的減少等に対応する仕組みが導入されている。
※ 危機の原因としては、
1) 出生率が大幅に低下し、労働力人口が予想よりも減少した場合、
2) 各世代が65歳に達して「除数」が確定した後に平均寿命が大幅に伸びた場合、
3) 積立金の運用利回りが予定よりも極めて低い水準で推移した場合、
が考えられる。
具体的には、政府に毎年、「均衡数値」を算定し、「均衡数値」が1を下回っている場合には、自動的に年金額のスライド率を変動させることとされている。
均衡数値= | 保険料資産+積立金残高 年金債務残高 |
(参考) イタリアの1995年年金制度改正について
1 新規裁定時の再評価を、平均GDP成長率によって調整することとし、裁定後は物価スライドすることとした。
2 従来、退職前5年間の平均賃金を基礎に給付額を決定していたが、それを支払った保険料総額を基礎とする概念上の拠出建てに変更した。
イギリス年金改革の動向と1999年・2000年改革の主な内容
1.改革の背景
(1)保守党政権時代の年金改革
1980年代の保守党(サッチャー)政権時代から、高齢化の進行を見据え、給付の抑制等が行われてきた。
また、1978年に二階部分の国家所得比例年金(SERPS)が導入される前から企業年金が伝統的に普及していたこともあり、保守党政権は、国家所得比例年金(SERPS)を代行する企業年金、個人年金の普及をさらに促進する施策を進めてきた。
(2)英国年金制度の近年の問題
上記のように早い時期から改革が進められてきたこともあり、近年の労働党政権下では、次のような、私的年金や低所得者に関する問題が焦点となり、これらを解決するために、中所得者に加入しやすい私的年金を提供する改革と低所得者の年金給付水準を向上させる改革が望まれた。
1) 私的年金の問題点
保守党政権時代から、企業年金や個人年金の普及を促進してきたが、私的年金について次のような問題が生じていた。
中小企業には企業年金をもたないところも多く、転職時に不利になる。
自営業者は企業年金に加入できない。
個人年金は保険料が高い。
個人年金を販売する保険会社の不当な勧誘行為があった。
2) 低所得者の増加
保守党政権時代の経済活性化政策により、低所得者(平均所得の半分以下の所得の者)が増えた。
(低所得者の割合の推移)
1979年 10% → 1996年 25%
2.これまでの改革の動向
(1)1980年改革
スライド方式を賃金スライドから物価スライドに変更。
(2)1988年改革
2階相当の国家所得比例年金(SERPS)の給付率の引き下げ
(2000年から2009年にかけて、「保険料拠出の対象となった収入(上位20年分)の平均×25%」となっている給付額計算式を、「保険料拠出の対象となった収入(全期間)の平均×20%」へ、段階的に引き下げる。)
国家所得比例年金(SERPS)が適用除外される企業年金等の対象を従来の給付建て企業年金に加えて、拠出建て企業年金や個人年金にも拡大。
3.1999年福祉改革・年金法の主な内容
(1)ステークホルダー年金(個人拠出、確定拠出型)の導入
(イ) 従来から指摘されていた私的年金の不十分さを解決し、中所得階層の年金の充実を図るため、二階部分について、従来からある企業年金や個人年金に加えて、新たな選択肢として、ステークホルダー年金(個人拠出、確定拠出)を制度化。(2001年4月から実施)
(ロ) ステークホルダー年金は、管理手数料に上限を設けることにより保険料水準を抑え、中所得者に加入しやすいものとした確定拠出型の個人年金。国家所得比例年金(SERPS)の適用除外の対象となる。
(ハ) 企業年金を設定していない事業主等は、被用者に対してステークホルダー年金についての情報提供を行い、被用者が加入を希望した場合、保険料を給与天引し保険会社に支払う等の協力を行わなければならない。
なお、事業主が、保険料を負担する義務はないが、任意拠出は可能。
(2)男女間の年金権の公平化を主眼とした改正
(イ) 離婚時の年金分割を導入。裁判所による命令又は両者合意の上の調停により、企業年金、個人年金及び国家所得比例年金(SERPS)の受給権が分割できるようになった。
(ロ) 寡婦給付をかん夫に受給権拡大。
4.2000年児童扶養、年金及び社会保障法の主な内容
(1)国家所得比例年金(SERPS)を、2002年4月以降、低所得者に有利な国家第二年金(S2P又はSSP:State Second Pension)に切り替える。
(2)国家第二年金(S2P)では、現行の国家所得比例年金(SERPS)における年収の20%という給付額計算方法のうち、低所得者(年収が9,500ポンド未満の者)や家族介護等のために就労できない者について、定額給付(9,500ポンドの40%の額)として大幅に増額した。