公的年金制度の役割と
これにふさわしい財政方式及び財源等
公的年金制度の役割と
これにふさわしい財政方式及び財源等
1 公的年金制度の役割
公的年金制度は、国民のセーフティーネットの中心として、将来の経済社会がどのように変わろうとも、やがて必ず訪れる老後生活の支えとして実質的に価値のある年金額を、終身にわたって、確実に保障することを役割とする |
(1) 生涯を安心して暮らすためには、やがて必ず訪れる老後の生活保障(=収入の確保)が不可欠。
(2) 老後生活にかかるリスク(=不確定要因)
1) 現役時代から老後までの超長期の間の経済社会変動は、大きく、かつ、予測不可能。 【資料1】
2) 老後の余命期間は予測不可能。 【資料2】
(3) このようなリスクを抱える老後の生活保障(=収入の確保)に求められる機能
1) 確実性
2) 老後生活の支えとして実質的に価値のある水準
自らが高齢で働けなくなった時に、その時々の現役世代との比較においてバランスのとれた、老後生活の支えとなる水準であること。
3) 終身性
個々人の老後の余命期間が予測不可能である中で、個々人の老後生活が続く限り継続される保障を行うこと。
(4) このような老後生活の所得保障(=収入の確保)は、今日においては通常、貯蓄や家族による私的な扶養等、個人レベルで確実に確保することは困難であり、公的年金制度が対応することが求められる。
(5) さらに、誰にとっても老後を迎える前に、現役時代に障害を負ったり、また死亡して遺族を残す可能性があり、こうした場合の生活保障についても対応できる仕組みであることが必要。
(6) 欧米先進諸国においても、老後の所得保障の中心は、公的年金制度。
2 公的年金制度の財政方式
老後生活の支えとして実質的に価値のある年金額を、終身にわたって、確実に保障し続けるためには、賦課方式(世代間扶養)を基本とすることが必要。 |
(1) 年金制度の財政運営の方式は、大別すれば、次の2つ。
1) 賦課方式(世代間扶養)
その時々の年金給付に必要な費用を、その時々の現役被保険者が納付する保険料で賄う財政方式。
2) 積立方式
将来の年金給付に必要な原資を、保険料であらかじめ積み立てておく財政方式。年金給付は納付された保険料(元本)及び運用益で賄う。
(2) 我が国の公的年金制度は、賦課方式(世代間扶養)を基本として運営。欧米先進諸国においても、ほぼ例外なく賦課方式(世代間扶養)を採用。 【資料3:先進諸国の公的年金制度】
(3) この2つの財政方式を論ずる際のポイントは、以下の通り。
1) 超長期の将来に向けて、想定を超えたインフレや賃金上昇等の経済変動があった場合に、年金の実質価値(=購買力)を維持することが可能かどうか
現役世代の所得の一部を保険料として拠出してもらい、それを年金給付に充てる賦課方式(世代間扶養)ならば、対応可能。
超長期の将来に向けて、年金の実質価値(=購買力)維持を可能とする運用収入を確保できる金利が保障されているわけではないので、積立方式では老後の生活保障(=収入の確保)の安定性に欠ける。
○ 1956年度初めに1,000円を積立て、厚生年金積立金の平均運用利回りで運用すると(複利計算)、2001年度初めには運用益を合わせて14,805円となる(14.8倍) 【資料1】
2) 自らの寿命が予測不可能である中で、想定を超えて長生きをした場合、年金を終身にわたって確保することが可能かどうか
3) 積立金の形成による国民経済への影響はどうか
積立方式では巨額の積立金が形成されることになるが、我が国の場合には、あまりにも巨額の場合にはマクロの貯蓄・消費バランスを崩し、国民経済の健全性が損なわれるおそれがある。
賦課方式では、積立方式に比べてより小さな積立金しか保有しないため、経済への影響は比較的小さい。
4) 少子高齢化との関係はどうか
(4) 積立金の役割
我が国の公的年金制度は、賦課方式(世代間扶養)を基本としつつ、一定の積立金を保有。
制度が早くから成熟化し、高齢化も既に相当に進行しているドイツ等では、積立金は支払準備金程度の保有となっているが、我が国では、高齢化が急速に進展(=年金給付費の急速な増加)する中で、現役世代の保険料が急速に上昇し過度なものとならないよう、一定の運用収入を確保するため、比較的大きな積立金を保有。アメリカでは、高齢化に備え、積立金の保有規模を支払準備金程度の水準から引き上げる動きがみられる(1984年に給付費の約2ヶ月分→1999年に同約2年分)。 【資料3】
積立金を持たない完全な賦課方式によって保険料率を設定した場合と比べ、平成11年財政再計算ベースでみて、積立金により総報酬ベースで2050年頃に4.5%程度、それ以後も1.5%程度、保険料の上昇を抑えることが可能。
【資料4:財政再計算に基づく厚生年金の保険料引き上げ計画と完全な賦課方式により設定した保険料率の比較】
(5) 給付建てと拠出建て
給付建てとは、予め設定されている算定式に基づき、保険料納付実績(納付期間や賃金)に応じて年金額が決定される方式。少子化の進展等により給付費が所与の財源では賄えない場合には、給付の引き下げ(算定式の改正)又は保険料負担の引き上げが必要。
拠出建てとは、拠出された保険料額及びその運用収益に基づいて年金額が決定される方式。保険料の元利合計の範囲内でしか年金は支給されないため、給付費が所与の財源で賄えないという事態はないものの、老後の生活保障(=収入の確保)の機能が不安定になり、特に超長期の将来における確実性が低い。
(参考)
賦課方式(世代間扶養) | 積立方式 | |
給付建て | 厚生年金 国民年金 |
厚生年金基金 国民年金基金 |
拠出建て | (スウェーデンの年金制度) | 確定拠出年金(日本版401k) |
3 公的年金制度の財源
我が国の現行の公的年金制度は、自助と自律の精神に立脚した社会連帯制度として、個人の保険料負担による貢献度合が給付に反映し負担に対する合意の得やすい社会保険料を基本としつつ、国庫負担を組み合わせる方式をとっている。 |
(1) 公的年金制度の財源方式は、大別すれば、次の2つ。
1) 社会保険方式
社会全体が連帯し、国民一人一人が保険料を納めるという自助努力を果たしながら、互いに支えあう方式。個々人の保険料の納付実績(貢献度合い)が記録され、この記録に基づいて給付が行われる、いわば個々人の負担と給付が連動する方式。働いて得た収入の中から保険料を納付したことが将来の年金給付に結びつくという形で、自助と自律の精神に立脚した方式。(保険料納付が年金給付の前提。)
2) 税方式
個々人の負担実績に連動することなく、税負担により給付が行われる方式。
(2) 我が国の公的年金制度は、社会保険料を基本としつつ、保険料拠出を支援する国庫負担を組み合わせる方式。
(3) 欧米先進諸国では、ほぼ例外なく社会保険方式が採用されている。 【資料3】
(4) 基礎年金支給に必要となる費用は、平成11(1999)年度価格でみて、
になる見通し。 【資料5:基礎年金国庫負担額の見通し】
(5) 1970年度からの国民負担率の推移をみると、全体で14%増加しているが、その増加の大半は社会保障負担(+10.1%)であり、景気の動向等に左右されず一貫して増加してきた。税負担とりわけ国税の負担率は景気の動向等による増減はあるが、1970年度とほとんど変わらない水準である。 【資料6:国民負担率(租税負担、社会保障負担)の推移】
(6) 税を財源とする我が国の所得保障給付(老齢福祉年金、特別障害者手当等)には、所得制限が設けられている。また、給付と負担が連動しない企業からの拠出金財源を導入している児童手当についても、所得制限が設けられている。 【資料7:各種所得保障給付制度の概要】
(7) 税方式の主張において指摘されている主な利点は、以下の通り。
1) 保険料よりも税の方が確実に財源として確保できるので、公的年金に対する将来不安が解消可能。
2) 国民年金の空洞化問題(=未加入者・未納者の増加に伴う低年金、無年金問題)を解決できる。
3) その他、逆進性の高い定額保険料・定額給付問題、障害無年金者問題、第3号被保険者問題といった諸問題に対する解決策となりうる。
(8) 税方式に係る論点として考えられる点は、以下の通り。
1) 自助と自律の精神に立脚する我が国の経済社会全体の在り方と整合的かどうか
一定の年齢に達すれば、現役時代の努力(=保険料の拠出)の有無に関わらず、一定の年金が支給されるという仕組み(=国が国民の老後生活を丸抱えする仕組み)が、自助と自律の精神に立脚した我が国の経済社会全体の在り方と整合的かどうか。
仮に税方式の財源を消費税に求めようとしても、個々人がいくら消費税を納付したかの記録がないため、消費税負担の実績に基づいた年金給付はできず、自助と自律に基づく仕組みにならない。
2) 巨額の費用負担について、国民の合意が得られるかどうか
税方式においても、少子高齢化が急速に進行する中で巨額の資金を調達しなければならないことは、社会保険方式と変わらない。
仮に基礎年金の国庫負担額を全額年金目的消費税で賄おうとすれば、平成11年(1999)年度価格で、平成14(2002)年度で6.3%、平成37(2025)年度で9.2%の財源が必要。これに加え、税方式の場合、未加入者・未納者に対する基礎年金給付に係る費用負担が必要。また、積立金による運用収入を持てない分、現行制度よりも税方式の方が財源を多く用意することが必要。
増大する巨額の費用を賄うためには国民の負担を引き上げていかなければならないが、個々人の負担が給付に連動しない税方式は、負担の大幅な引き上げについて国民の合意が得られるかどうか。
また、1970年度からの国民負担率の推移をみると全体で14%増加しているが、その増加の大半は社会保障負担(+10.1%)であり、景気の動向等に左右されず一貫して増加してきた。税負担とりわけ国税の負担率は景気の動向等による増減はあるが、1970年度とほとんど変わらない水準である。
3) 所得制限が不可避であり、結果として「第2の生活保護」となるのではないか
税や給付と負担が連動しない企業からの拠出金を財源とする我が国の所得保障給付(老齢福祉年金、特別障害者手当、児童手当等)には、所得制限が設けられている。これを踏まえると、税方式の場合には所得制限が不可避であり、給付水準のカットや受給対象者の絞り込みが行われることとなる。高齢者は通常収入が少ないと考えられるので、収入以外に資産や家族の扶養についても調査され、年金が結果として「第2の生活保護」となるのではないか。
この場合、現役時代に高い収入を得ようと努力をした者ほど年金を受けられないことになり、働けなくなったときに生活の水準を現役時代から大きく低下させないという公的年金制度ができた由縁に沿わず、国民の期待に応えられないのではないか。また、このことは、中間所得階層の老後不安を高めるとともに、その貯蓄を大幅に増やし、マクロの貯蓄・消費バランスを崩すなど、社会経済が極めて不安定なものとなるのではないか。
4) すべての高齢者に対して税財源により一律の給付を行う場合、これまで保険料負担をしてきた保険料納付者について、納付実績に基づく年金給付期待を侵害することはできないので、一律の給付に加えて、さらに年金を支給する必要があると考えられる
そもそもこのような過剰な年金給付を行うことが妥当か。
その場合の財源措置はどうするのか。
5) 事業主負担の減少、被用者本人の負担の増加についてどう考えるか
仮に財源を消費税に求めるとすれば、消費税は一般消費者が負担することから、税方式化により事業主負担が減少する分、結果的に被用者本人の負担が増加することになることについてどう考えるか。
基礎年金の費用に対する事業主負担分は、32,852億円(平成14年度予算額)。
6) いわゆる国民年金の空洞化問題解決のために税方式に切り替えることが適当かどうか
年金の未加入者・保険料未納者は全公的年金加入対象者の5%にすぎず、またこれらの者は所得面で納付者と大きな差異がない。 【資料8:未加入・未納の現状】
これらの者の存在を理由に、大多数の者が保険料を納付している現行制度を税方式に切り替えることが適当かどうか。
7) 以上に挙げた論点について整理を行うことなく、逆進性の高い定額保険料・定額給付問題、障害無年金者問題、第3号被保険者問題といった問題を解決するために税方式を導入することは、合理的ではない
4 「厚生年金の報酬比例部分の民営化」という提案
「厚生年金の報酬比例部分の民営化」は、サラリーマンに対する保障の範囲や水準を大きく後退させることになる。また、実現可能性からみて現実的ではない。 |
(1) 厚生年金の報酬比例部分の民営化とは、
1) 厚生年金を廃止し、報酬比例部分を積立方式(給付建てまたは拠出建て)で運営すること。
2) 民営化する以上、被用者に加入を強制することはできない。
(2) 厚生年金の報酬比例部分の民営化を論ずる際の論点は、以下の通り。
1) サラリーマンに対する老後の生活保障の必要性が高いことについて、どう対応するか
店舗や土地等の資産を持ち、徐々に引退していく自営業者と異なり、サラリーマンは、退職・引退すると途端に収入の途がなくなることから、老後の生活保障の必要性が高いと考えられる。
※ 老齢年金を受給している夫婦の現役時代の経歴別の年金と収入額をみると、サラリーマン世帯は、報酬比例の給付があることで、自営業世帯と同程度の生活が可能となっている(「老齢年金受給者実態調査」(厚生省年金局、平成9年))。
主たる経歴 | 公的年金以外の収入 | 公的年金額 | 合計収入額 |
夫(給与取得者)、妻(無職) | 114万円 | 301万円 | 415万円 |
夫(給与取得者)、妻(給与取得者) | 182万円 | 300万円 | 482万円 |
夫(自営業)、妻(自営業) | 238万円 | 151万円 | 389万円 |
2) 民営化はサラリーマンに対する保障の範囲や水準を大きく後退させる
厚生年金の報酬比例部分を民営化し積立方式で運営すれば、賃金や物価の水準の上昇といった生活水準の変化に応じた給付水準の改定を保障できず、受給年齢時の年金水準は不安定かつ不確実となる。
民営化により、企業が拠出する企業年金として報酬比例部分に相当する部分を運営するのであれば、現在企業年金を実施できない中小企業等の従業員には報酬比例部分の給付がなくなることとなる。
また、民営化により、個人拠出の私的年金として報酬比例部分に相当する部分を運営するのであれば、事業主の負担はなくなり、その分従業員本人の保険料負担増につながる。
結果として、サラリーマンに対する保障の範囲や水準を大きく後退させることになる。
3) 積立方式では巨額の積立金が形成されることになるが、あまりにも巨額の場合には、マクロ経済の貯蓄・消費バランスを崩し、国民経済の健全性が損なわれるおそれがある
4) 二重の負担問題に対する対応は現実的ではない
厚生年金の報酬比例部分を民営化すれば、今後の現役世代は、自身の将来の年金のための保険料負担に加えて、既に支給されている年金や、これまでの保険料納付実績に見合う給付として今後発生する年金に必要な費用について、別途負担することとなるが、そのような過重な負担を求めることは現実的ではない。(=二重の負担。平成11年財政再計算において330兆円。) 【資料9:厚生年金・報酬比例部分の民営化】
仮に330兆円を30年間で全被保険者が一定の保険料率で償却するとすれば、追加の保険料率は8.5%(総報酬ベース)。
この二重の負担について、仮に保険料ではなく国庫の負担で対応すると、国債の大量発行が不可避と考えられるが、そのような国債発行で年金給付を賄うことが妥当かどうか。国債の償還費用については後世代の負担となるが、後世代の納得は得られないのではないか。
5) 主要先進国の状況
ほとんどの主要先進国は、公的年金として、我が国における2階部分に相当する報酬(所得)比例給付を有している。また、これを民営化(=積立方式化)する動きはない。 【資料3】
スウェーデン、ドイツ、アメリカでは、積立式(拠出建て)の年金導入の動きがみられるが、これらは公的年金の一部について又は公的年金を補足する形で導入するものであり、報酬比例年金全体を積立方式とするわけではない。
◇ スウェーデンでは、保険料率(18.5%)のうち2.5%分について積立方式(拠出建て)で運営。
◇ ドイツでは、公的年金を補足する制度として、任意加入の積立式(拠出建て)の老後保障制度を導入。保険料率は段階的に引き上げ、2008年に4%とする(使用者負担はなし)。
◇ アメリカでは、社会保障改革に関する大統領委員会が、2001年12月に、公的年金の一部に積立式(拠出建て)の個人勘定を導入する制度改革案を提案。
5 公私の年金制度
私的年金は、公的年金を補完して、多様化した老後生活のニーズに対応する役割 それぞれの役割を踏まえ、公的年金を土台として、両者を組み合わせて老後の収入を確保するという対応が適当 |
(1) 公的年金と私的年金(及び貯蓄)とでは仕組みが異なる
公的年金は、賃金や物価の水準の上昇といった生活水準の変化に応じた給付水準の改定を保障する仕組み。
私的年金(及び貯蓄)は、払った金額に利子が付いて戻ってくるという仕組みであり、賃金や物価の上昇といった生活水準の変化に応じた給付の保障ができない仕組み。
(2) 私的年金の役割
国民の老後生活の支えとして実質的に価値のある年金額を、終身にわたって、確実に保障し続けるという公的年金の機能は、あらかじめ賃金や物価の上昇といった生活水準の変化に応じた給付を保障できない私的年金には代替できない。
私的年金は、加入するか否か、どれくらい保険料を支払うかといったことが個人の任意に委ねられ、また運用の方法も多様化していることから、老後の生活の多様化に対応する仕組みとして、公的年金を補完する上でふさわしい仕組み。