1 ヒト細胞組織等に由来する医薬品、医療用具による健康被害救済の必要性
2 救済制度の基本的考え方
(1)救済制度の性質
(2)救済制度設計に当たっての論点
3 救済すべき健康被害の状況
(1)生物由来製品である医薬品、医療用具
(2)健康被害の種類
(3)健康被害の発生状況
4 救済の対象者
5 救済対象者の認定方法
(1)認定者
(2)認定方法及び認定資料
6 救済給付の内容
7 費用負担
(1)費用負担者
(2)給付に要する費用の見込みと負担金額
8 救済制度の実施(運営)主体
9 制度創設以前の健康被害
照会先:厚生労働省医薬局総務課 医薬品副作用被害対策室 (内線 2719)
(○座長)
浦川 道太郎(うらかわ みちたろう) | 早稲田大学法学部教授 | |
高橋 滋(たかはし しげる) | 一橋大学法学研究科教授 | |
鴇田 忠彦(ときた ただひこ) | 一橋大学経済学研究科教授 | |
野々下 勝行(ののした かつゆき) | 社会保険診療報酬支払基金審議役 | |
堀内 龍也(ほりうち りゅうや) | 群馬大学医学部教授・付属病院薬剤部長 | |
○ | 森島 昭夫(もりしま あきお) | 財団法人地球環境戦略研究機関理事長 |
矢崎 義雄(やざき よしお) | 国立国際医療センター総長 |
(50音順、敬称略)
はじめに |
ヒト細胞組織等に由来する医薬品等による健康被害の救済問題に関する研究会(以下「研究会」という。)は、ヒトの細胞組織等に由来する医薬品、医療用具による健康被害に関し、当該製品に起因する健康被害の特性や当該製品に関する規制の効果等を踏まえ、救済に係る考え方及び救済を具体化するとした場合における課題等について研究するため、昨年1月に発足した。
研究会は、その後13回にわたって開催され、昨年8月には、それまでの検討内容を「研究会におけるこれまでの議論の中間的なまとめ」として公表し、これに基づいて関係者からのヒアリングを行うなど、精力的な議論を重ねてきた。
新たな救済制度を立ち上げるために詰めるべき論点は非常に広範囲にわたるが、研究会としては、主に基本となる考え方や新たな制度の大枠について議論を行ってきた。今般、これらの点について、研究会のメンバー間でほぼ合意が得られるに至ったところであり、その内容を研究会報告書として明らかにすることとした。
研究会としては、今後、その細部等について、より実務的な検討が行われ、関係者の合意を得て、新たな救済制度が早期に創設されることを期待するものである。
1 ヒト細胞組織等に由来する医薬品、医療用具による健康被害救済の必要性 |
現在流通している医薬品、医療用具は多種多様であるが、その中には、ヒトや動物由来の原料あるいは材料を使用しているものがある。ヒト由来製品として以前から知られているものには輸血用血液を含む血液製剤があるが、動物については、広く、組織、細胞、抽出物、分泌物、血液、尿が、医薬品、医療用具の原材料として用いられている。
また、特に近年、こうした分野における研究開発、技術革新はめざましく、人工培養皮膚、人工培養軟骨、インシュリン分泌細胞、分離や増殖を行った幹細胞、トランスジェニック動物を用いた移植用臓器などが開発されており、今後も、多種多様な製品の開発が予測されている。
こうした製品(以下「生物由来製品」という。)については、ドナースクリーニング、感染因子の不活化等の原材料に由来する感染症への対策、培養等の処理により細胞又は組織が有害な性質のものとならないことの確認、あるいは何らかの問題を生じた場合に遡り調査を可能とするための記録の保存(トラッキング)など、品質及び安全性を確保するためには特別の対策が必要とされる。
医薬品、医療用具の製造、輸入、販売については、薬事法において各種の規制が行われているが、現行法上は、生物由来製品ということに特に着目した明示的な規制はなく、これらの製品の一部である生物学的製剤(ワクチン類、血液製剤等)について、薬事法第42条に基づいて基準が設けられ、同法第43条に基づく検定の対象とされている。
平成13年4月には、医薬品、医療用具の製造管理・品質管理規則(GMP)等が改正され、細胞組織医薬品・医療用具について上乗せ規制が課されるなど、近年、感染症対策を中心とする安全性確保のための方策が講じられてきており、現在では、生物由来製品に対する法的規制の強化を含む薬事法本体の改正も検討の俎上に上ってきている。
ただし、何事にも100%ということはなく、生物由来製品についても、最新の科学的知見に基づく安全措置を講じたとしても、健康被害を生じるおそれを完全には否定できないものである。
現在、我が国の輸血用血液は、100%国内献血によって賄われており、各種検査によって、世界最高レベルの安全性が確保されている。特にNAT(核酸増幅検査)の導入によって、いわゆるウインドウ・ピリオド(感染していることを検査で検出できない期間)は著しく短縮された。血液製剤によるHIV感染という極めて悲惨な事件を教訓に、血液や血液製剤の安全性の確保ということに最大限の注意が払われているわけである。しかしながら、それでもウインドウ・ピリオドは全くのゼロにはならない。
健康被害を未然に防ぐために万全を期すことは当然であるが、それにもかかわらず生物由来製品によって健康被害が生じてしまう場合はある。そもそも、医薬品、医療用具は、リスクと効用を比較して使用されるものであり、多かれ少なかれリスクを覚悟して使用されるという特質を有している製品である。特に、生物由来製品については、その性格上、未知のものを含めた感染症を伝播するというリスクを完全には否定できない。
医薬品を使用する場合の大きなリスクである副作用による被害の救済については、医薬品副作用被害救済制度(以下「副作用救済制度」という。)が設けられている。サリドマイド事件、スモン事件という大きな副作用被害を契機に制度化されたものであり、昭和55年以降、医薬品の副作用被害救済に大きな役割を果たしてきている。
しかしながら、血液製剤によるHIV感染被害は、副作用ではない感染の被害であり、副作用救済制度の枠外のものであった。また、ヒト乾燥硬膜によってクロイツフェルト・ヤコブ病の感染因子が伝播されたとされる問題は、ヒト乾燥硬膜は医療用具であり、クロイツフェルト・ヤコブ病の感染因子の伝播は副作用被害ではないことから、副作用救済制度による救済の対象にはなり得ないという点では同様である。
今後、バイオテクノロジーやゲノムを活用した医薬品、医療用具の研究開発は更に急速に進むものと予想されており、従来の製品では十分な治療効果を期待し得なかった分野にも新しい成果がもたらされることが期待されている。そして、それに伴い、あらかじめ予測し難い生物由来製品による健康被害が生ずる可能性も完全には否定できない。
こうした新しい分野には、それに応じた新しい安全性確保のための対策が必要である。そして、必要な規制が十分に行われ、その規制が遵守されたにもかかわらず、健康被害が生じたという場合には、そこに社会的に対応するための救済制度を設けるための理由は十分にあるものと考えられる。なお、安全性確保のための規制と救済は裏腹の関係にあるので、必要な規制が十分に行われていることが、救済制度を作る前提となるということになる。
そこで、以下では、こうした生物由来製品によって今後生じ得る健康被害の救済を行うための制度を具体化していくに当たって検討すべき論点について、研究会における検討内容を報告することとする。
2 救済制度の基本的考え方 |
(1) 救済制度の性質
一般的に、健康被害が生じた際には、民法、製造物責任法等に基づく損害賠償を受けることができる。生命、健康に関する権利は何人にも認められているものであるから、生命、健康の被害については、どのような救済制度が設けられようとも、原則的に民事上の解決を求めることは可能である。
しかしながら、その場合には、当事者間で解決がつかない限り、裁判手続き及び裁判に耐えられるだけの証拠の提示が必要であり、特に、損害賠償を得るためには、相手方の故意又は過失、あるいは製品の欠陥等の立証、さらに、それらと損害との間の因果関係の立証が不可欠である。
現行の副作用救済制度が構想された時に設置された「医薬品の副作用による被害者の救済制度研究会」の報告(昭和51年)においては、医薬品の副作用被害について、「科学水準の限界から予見しえなかった副作用や、ある程度の確率で発生することが予見されているけれども治療の必要上使用した結果発生した副作用については、民事責任を問うことはできない」、さらに、「因果関係や責任の立証の困難性などの理由から、その解決のために長い期間を必要とする」との指摘がある。当時はまだ製造物責任法が制定されていないという若干の事情の違いはあるが、これらの指摘は、1で述べたような生物由来製品による健康被害の救済を民事上の救済手続きを通じて行おうとする場合にも基本的に当てはまると言うべきである。
民事上の救済手続きが私人間での被害救済であるならば、副作用救済制度を始め、公害健康被害補償制度、予防接種被害救済制度等は、公的な行政上の救済制度であるということができる。行政上の救済制度は制度によって基本原理も財源も様々であるが、生物由来製品による健康被害についても、民事上の救済手続きとは別に、より簡易迅速な救済を行うべく、公的な行政上の救済制度を創設することが必要である。
製造、流通過程における不適切な管理による場合、あるいは医療機関における医療過誤の場合等、発生した健康被害について民事責任を有する者が存在する場合の調整については後述する。
(2) 救済制度設計に当たっての論点
生物由来製品による健康被害の救済制度を行政上の救済制度として設計するに当たっては、少なくとも次のような点について、あらかじめ整理しておくことが必要である。
3 救済すべき健康被害の状況 |
(1)生物由来製品である医薬品、医療用具
言うまでもなく、ここで想定する健康被害は、生物由来製品である医薬品又は医療用具の使用によって生じた疾病の感染等の被害ということになる。
そこで、まず、生物由来製品である医薬品又は医療用具とは何かということになる。ある医薬品又は医療用具が生物由来製品に該当するかどうかは然るべき法的根拠を有する手段であらかじめ明確にされておくことが必要である。先に述べたとおり、安全性確保のための規制と救済は裏表の関係にあるという考え方からすると、新たな救済制度で対象とする生物由来製品の範囲と生物由来製品として規制を受ける医薬品、医療用具の範囲とは一致していることが適当である。
ヒト、動物の細胞組織等に由来するものが最終製品には入っていないが、製造工程の中で使われるという場合についても、同様の整理が可能である。
また、今回検討した新たな制度における救済の対象は、生物由来製品に起因するという共通の要因に着目した健康被害であるので、生物由来製品であれば医薬品と医療用具を区別する理由はない。
治験のために使用された医薬品、医療用具については、この意味では、安全性が確認される途上のものであることから、ここで検討している救済制度の対象と考えるのではなく、健康被害を生じた場合には、治験を依頼している製薬会社等の責任において対応すべきものである。
医療機関における治療行為として医師の判断で効能外で医薬品、医療用具が使用された場合、あるいは臓器移植(承認を得た製造工程を経ていない臓器を使用した移植)の場合についても、ここで検討している救済制度の枠外にあるものとして扱うこととすべきである。
(2) 健康被害の種類
医薬品、医療用具に起因する健康被害には様々なものがあるが、まず、医薬品の副作用については既に救済制度があることから、検討対象外とする。また、医療用具の「不具合」に係る救済制度についても検討対象外とする。
ここでは、生物由来製品である医薬品、医療用具を介して伝播する感染被害をまず対象とする。通常、感染症という場合には、細菌によるもの、ウイルスによるもの、原虫によるものがあるが、クロイツフェルト・ヤコブ病などのプリオン病も今日では広義の感染症として捉えることができる。
ワクチンも生物由来製品である医薬品だが、これが何らかの感染因子に汚染されていたという場合には、感染被害に含めることができよう。ただし、ワクチン自体の副反応は、従来、医薬品の副作用として副作用救済制度(法定予防接種の場合には予防接種健康被害救済制度)において対応されているが、生物由来製品による健康被害救済の枠組みができた場合には改めて考え方を整理する必要があるだろう。
また、感染症には事前に想定できない未知のものがあり得る。未知の感染被害を対象に加えることは、制度設計を難しくするものであり、関係者からのヒアリングの場においても被害が想定できない状況下では救済制度の創設も困難である旨の意見が表明されたところである。しかしながら、含有物のすべてが必ずしも明らかではないということが生物由来製品の特質であり、既知の感染症のみを対象とし、未知のものについては発生してから対応を検討するという考え方は、特に生物由来製品による健康被害について救済制度を設けようとする趣旨には合わない。制度創設時には未知の感染症であっても、救済が問題となる時点では既知のものとなっているはずである。因果関係認定の困難さはあるものの、制度自体の枠外にあるとすることはやはり不適当である。
輸血の際にはまれにGVHDやアナフィラキシー反応が起きて健康被害を発生させることがある。これらは健康被害ではあるが、感染被害ではない。本来的に含まれている成分が原因である点から見れば、むしろ「副作用」として、副作用救済制度の枠内で対応すべきということになるが、研究会としては、「副作用」の問題については立ち入らない。
なお、今後、再生医学が急速に進歩し、生細胞や組織が医薬品、医療用具として承認され、市販されて臨床応用されることが予想される。5(2)において後述するように、当該医薬品、医療用具による健康被害を対象に加えることも視野に入れる必要がある。
(3) 健康被害の発生状況
生物由来製品による健康被害の救済制度の必要性については、前述したとおり、
(4) 対象外製品の考え方
現行の副作用救済制度においては、抗がん剤など、その使用に当たり相当の頻度で重い副作用の発生が予想されること、重篤な疾病等の治療のためにその使用が避けられず、かつ、代替する治療方法がないこと等の理由から副作用被害の発生が予想される医薬品)を制度の対象外としている。
副作用以外の健康被害でこのような事例が問題となる場合は直ちには想定できないが、今後、製品によっては検討することも必要となろう。
4 救済の対象者 |
救済の対象者は、生物由来製品である医薬品、医療用具によって感染等による健康被害を受けた者ということになる。
問題は、生物由来製品によって直接健康被害を受けた者に限られるかどうかということである。医薬品の副作用と異なり、感染被害には、2次感染、3次感染というように被害が拡大することがあり、そのような場合に、どこまでを救済の対象と考えるべきかが問題となる。
民事上の救済であれば、1次感染者以外の感染者については、個別事情を判断の上、救済すべき者を決定することができる。しかしながら、行政上の救済ということになると公平性、あるいは透明性が要請されることから、事前に基準を決め、ある程度定型的な判断を行うこととせざるを得ない。
血液製剤によるHIV感染被害の裁判上の和解においては、2次感染者及び3次感染者までは対象とするものとされている。これは、基本的には、1次感染の事実を知らないうちに、配偶者や子どもに2次、3次感染が起こってしまったという場合を想定したものと考えられる。
社会生活を送っている以上、医療機関や公共の場等において感染症に感染するリスクは多かれ少なかれ誰もが有しているものであり、医薬品、医療用具以外の感染ルートも多様であることから、感染因子と単に科学的因果関係が繋がっているだけで、すべてをこの制度の救済対象とするという考え方は採り得ない。この意味で、救済の対象者は原則的に1次感染者とし、1次感染者と同視せざるを得ない場合、すなわち、1次感染者が感染した事実を知らないで夫婦間又は親子間で感染させた場合、あるいは事実上これと同等の関係にあると見られる場合だけは救済の対象とするという制度的割り切りとすべきである。
5 救済対象者の認定方法 |
(1) 認定者
どのような救済の枠組みを作るとしても、実際に救済を行うためには、生物由来製品である医薬品、医療用具によって健康被害が生じたという因果関係の認定が必要である。
健康被害に係る行政上の救済制度の場合には、最終判断権者はともかく、実質的には学識経験者からなる審議会に判定を委ねているケースが多い。副作用救済制度では薬事・食品衛生審議会の、予防接種被害救済制度では疾病・障害認定審査会の、公害健康被害補償制度では公害健康被害認定審査会の意見を聴くこととされている。
当然のことながら、生物由来製品による健康被害の認定にも医学、薬学の専門的知識が必須である。そのような専門家を専任で確保することは実際問題として困難であろうから、審議会のような形での活用が必要となる。
副作用救済制度では、医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構(以下「医薬品機構」という。)が制度の実施者として、申請の受付から、支給決定、給付金の支払い等の実務を行っているが、支給決定(又は不支給決定)の前提となる医学薬学的判断は厚生労働省の薬事・食品衛生審議会において行われている。救済制度への国の関わり方のひとつであろう。
(2) 認定方法及び認定資料
生物由来製品の使用と感染被害の因果関係の認定が可能であるかどうかは、この新しい救済制度が成立し得るかどうかの核心となる部分である。この部分について、救済を求める者と費用を負担する者がそれなりに納得できる認定結果を示すことができるようなシステムが構築されなければ、制度の創設は不可能である。
現実問題として、生物由来製品による感染被害の認定はかなり難しいものとなることが予想される。感染症の感染ルートとしては、医薬品、医療用具を介したものもあるが、感染症ごとに、飛沫、経口、接触等様々なルートがあり、医療機関内で感染したとしても、医薬品、医療用具とは無関係の感染という可能性もあるからである。
感染症ということでも、その種類は極めて多い。ほとんどの人が体内に感染を引き起こす可能性のある病原因子を持っていて健康状態が良ければ何も症状は出ないが、免疫力が低下したときに病気を引き起こすというものもあり、もともと持っていたものか、後から医薬品、医療用具によって感染したものかの判定が非常に困難な場合が多く出てくるのではないかと予想される。
また、昨今問題となっている、ウシ由来の製品で変異型クロイツフェルト・ヤコブ病が発症するという場合でも、医薬品、医療用具からなのか、食品からなのかは、おそらく症状だけでは全く区別が付かないであろう。
因果関係がまず間違いなく認定できる場合の例としては、血液製剤によるウイルス感染が疑われた場合で、次のような状態が認められたときが挙げられる。
6 救済給付の内容 |
民事上の救済手続きにより損害賠償を受ける場合には損害のすべてが補填されることが原則となるが、行政上の救済制度の場合には、裁判におけるほどの立証を要しないことに対応して、損害の完全な填補ということではなく、一定基準を満たすような重篤な被害に対して、支払項目を定め、給付額も定額とするという仕組みを採る場合が多い。現行の副作用救済制度、公害健康被害補償制度、予防接種被害救済制度における救済給付でも、名称の違いはあるが、概ね、医療機関にかかった場合の医療費、障害の状態となった場合の障害年金、死亡した場合の遺族年金(一時金)、葬祭料という給付内容である。それぞれの制度の考え方や経緯の違いから、給付金額等については差が生じている。
生物由来製品による健康被害を救済する場合の給付内容としても、やはり同様のものが適当である。また、給付レベルについては、制度の基本的考え方や救済の必要性、費用負担者が費用負担を行うべき理由及び負担金額などを考慮して決められるべきものであるが、原因が医薬品、医療用具にあるということからは、副作用救済制度の例に倣った給付を行うことが適当である。
7 費用負担 |
(1) 費用負担者
民事上の救済手続きであれば、費用負担者は、費用を負担する責任があると認められた者である。いわば救済の決定がなされると同時に費用負担者及び負担金額も決まる。
行政上の救済であれば、個々の事案につき、個別に支払責任を負うべき者が明らかとならないため、誰がどのような理由で費用を負担するのかをあらかじめ決めておかなければならない。
現行の副作用救済制度の給付は、製薬企業等からの拠出金により賄われている。これは、この制度が、医薬品において有効性と副作用とは不可分の関係にあることを踏まえ、医薬品の使用に伴い生じる副作用被害について、民事責任とは切り離し、製薬企業等の社会的責任に基づく共同事業として運営されていることによる。
ここで再び、昭和51年の「医薬品の副作用による被害者の救済制度研究会」の報告から引用すれば、「医薬品の開発、生産、供給を担う製薬企業は常に安全かつ有効な医薬品の適切な供給を図るべき社会的責任を負っている」ものであり、「制度の実施に必要な費用の負担については」、「製薬企業全体が共同してこれを負担することが、その社会的責任を果たす所以であると考えられる」とされ、使用者の製薬企業への信頼、製薬企業の副作用防止の第一義的な責任と救済財源の負担による抑止的機能、医薬品製造による利益と救済に必要な資力、救済に必要な費用をコストに組み入れ社会的に分散し得る能力などが、理由として挙げられている。
生物由来製品による健康被害についても、このような考え方を採り得るものと思われる。「副作用」という文言を「感染等の健康被害」と置き換えても、その意味するところは十分な説得性を持つものと評価できるだろう。生物由来製品である医薬品、医療用具の製造、輸入を行う企業も、同様に、生物由来製品による健康被害の救済について、社会的責任があると言うべきである。
生物由来製品の輸入も国内に製品を流通させるという点では製造と同じように評価することができ、薬事法上も医薬品、医療用具の製造、輸入については同等の規制が行われている。生物由来製品の輸入業者もその責任においては製造業者と変わらないものである。
医薬品の副作用は、医薬品の効用に対する反面という性格を持ち、当初から分かち難く存在しているという点で、感染因子の混入とは違った点があることは事実である。しかしながら、ここで議論されている感染被害とは、製造設備や製法がいい加減なものであったことによる汚染等ではなく、安全性確保のための基準等を満たした上で医師等により適正に使用されたにもかかわらず発生してしまったというものであり、生物由来製品というものの性格上避けられなかったという被害である。したがって、生物由来製品による健康被害について、生物由来製品の開発、生産、供給を担う企業の社会的責任に基づく共同事業という形での救済事業を行うことには十分な合理性があると言える。
拠出金額の算定方法も副作用救済制度に倣うとすれば、生物由来製品である医薬品、医療用具の製造業者、輸入販売業者が、その製造し、又は輸入した製品の総出荷数量に応じた拠出金を負担するということになるが、ここでの生物由来製品の範囲は、前述したとおり、生物由来製品としての規制を受けているものと一致させるべきである。また、製品ごとにリスクの程度は大きく異なり得るものであり、それに対応して安全性確保のための規制内容も異なっているという場合には、そのリスクの程度の違いを拠出金額の算定方法に反映させるべきである。
また、現行の副作用救済制度における拠出金は、一般拠出金と付加拠出金に分かれている。副作用救済制度における一般拠出金とは、対象企業すべてに納付義務が課せられているものであり、これに対して原因医薬品を製造又は輸入した企業の納付するものが付加拠出金である。現在、救済給付に要する費用の1/4は、基本的に、付加拠出金によって賄われている。
生物由来製品による健康被害救済の場合も、企業からの拠出金で財源を賄うこととしても、一般拠出金と付加拠出金の2種類の拠出金は維持すべきであろう。一般拠出金の割合が高いほど保険システムの色彩は強くなるが、拠出者間の公平の観点から、すべてを一般的な拠出金で賄うのではなく、健康被害の原因となった生物由来製品を製造、輸入した企業が付加拠出金という形で給付に要する費用の一部を負担することが適当と考えられる。
さらに、国についても、医薬品、医療用具を世に送り出してよいかどうかという重要な許認可権を行使していることから、救済費用に公費を導入すべきとの議論がある。感染等の健康被害であっても、副作用と同様、被害救済の第一義的責任は、生物由来製品によって直接利潤を得ている企業である。国については、薬事行政を担当しており、制度が適切に運営されるよう配慮するとの立場から、前述のとおり、医学薬学的判断を担うという形もあり得るし、また、副作用救済制度に倣って事務費の一部を国庫補助するということも考えられる。
(2) 給付に要する費用の見込みと負担金額
そもそも、副作用の場合と比較して、生物由来製品である医薬品、医療用具による健康被害(副作用によるものを除く。)の発生頻度や救済給付に要する費用を見込むことは極めて難しい。
そこで、研究会では、幾つかのパターンの感染被害が起こった場合を想定し、それに対応した給付が行われるモデルを設定して、制度が創設された場合の収支状況のイメージを掴むこととした。未知のものを含む健康被害の発生率を見込むことはほぼ不可能と考えられることから、あくまでイメージにとどまるものである。(別紙)
拠出金については、生物由来製品に該当する医薬品の製造、輸入金額を推計し、拠出金率を乗じれば、一般拠出金額の総計を算出することができる。ただし、現行の副作用救済制度においては、当分の間、拠出金率は2/1000を超えないと法定されているので、一応、ここを上限と見ることができる。
実際には、制度開始当初にはある程度基金を蓄える必要もある。副作用救済制度開始当初には、拠出金率を高めに設定して製薬企業等に拠出を求め、その後の推移を見つつ、拠出金率についての見直しを行ってきた経緯がある。新たな制度においても、原則として同様の対応が適当であると考えられる。いずれにしても、関係者の合意を得て実施していく必要があるので、なお十分な議論を行うべきであろう。
なお、感染症被害については、規模が極めて大きくなる可能性があるが、そのような場合の対応としては、次のようなことが考えられる。関係者からのヒアリングの場においても、予想以上の大規模な被害が発生した場合には医薬品機構法第43条と同様の措置が必要との意見が表明された。
8 救済制度の実施(運営)主体 |
生物由来製品である医薬品、医療用具による健康被害の救済制度については、これまで検討してきたとおり、基本的方向としては、現行の副作用救済制度と同様の考え方、同様の給付、同様の財源で構成することが適当である。そうであるならば、制度の実施、運営主体についても、現行の医薬品機構とは別の主体を立てることは効率的でもなく、またその必要もない。したがって、生物由来製品による健康被害救済のための新たな制度も、医薬品機構において、副作用救済制度とともに運営することが適当である。
特殊法人改革の中で、医薬品機構についても見直しが行われるものの、新たな独立行政法人において副作用救済制度も実施されるという方向であるので、ここで、生物由来製品による健康被害の救済制度を併せて実施することは可能である。
医薬品機構において副作用救済制度と新たな救済制度という2つの制度を併せて実施するということに関連しては、関係者からのヒアリングにおいて異なる意見が表明されている。要約すると、副作用や感染被害を区別することなく副作用救済制度と新たな救済制度を1つの制度とするか、区別した上で別個の制度とするかということである。
副作用救済制度も新たな救済制度も医薬品等に関する同種の保険システムであるから、保険原理の1つである大数の法則の考え方からすると2つに区分するよりは、1つの制度として設計することが望ましいと言える。しかしながら、副作用救済制度には約20年の歴史があり、現在の積立金も副作用被害救済のために拠出されたものである。当然のことながら、この拠出金は目的外の使用を禁止されているものであり、単純に今後は感染被害にも使うとすることができるのかどうか、また、関係者の合意が得られるものかどうかは極めて難しい問題である。
したがって、新たな制度を創設する際には、まずは、副作用救済制度とは別のものとしてスタートさせ、1つの制度とするかどうかの議論は、新たな救済制度がある程度安定的に運営されているという実績を見た上で、改めて検討するというのも1つの方法である。
また、医薬品機構という1つの機関が2つの制度を運営しているという特色を活かすべく、制度の安定的運営上必要があるときには、2つの制度のための特別会計間の資金の融通を認めることもあってよいと考える。
9 制度創設以前の健康被害 |
今後生じ得る、生物由来製品である医薬品、医療用具による健康被害の救済のための制度創設の方向性については、8までに述べたとおりである。一種の保険システムとして、すべての生物由来製品の製造業者、輸入業者が、その社会的責任に基づいて拠出を行い、今後生じ得る健康被害の救済に備えようとするものであるから、その性格上、制度創設以前の健康被害を対象とすることはできない。
副作用救済制度でも、昭和55年5月1日以降に使用された医薬品による副作用被害を対象にするものと規定されており、これ以前に使用された医薬品による副作用被害は制度の対象外となっている。
過去の被害を救済対象とする場合には、新たに保険的に備えるという場合とは異なり、現に生じている健康被害の発生に責任があると言えない限りは、費用負担を求めることが難しい。
副作用救済制度創設の際にも、それ以前に発生した副作用被害の代表であるスモン被害が制度の対象となっていないことについて、国会を始め、多くの場で議論が行われたが、結局、制度の枠外で、裁判上の和解を受けた形での対応となって、今日に至っている。
したがって、以上のことからすると、制度創設以前の被害については対象とせず、副作用救済制度におけるスモン被害やHIV感染被害の例のように、個別に救済すべき特別の事情がある場合には、その事情に応じた救済の方法を別途考慮すべきものである。
おわりに |
副作用救済制度の創設に当たっては、「医薬品の副作用による被害者の救済制度研究会」の報告が大きな役割を果たしている。これは前例のない制度を全く白紙の状態から構想したものであって、この種の研究会が数ある中で、その成果にはまことに敬服すべきものがある。当研究会が1年余りの間に、とにかくも新たな制度の方向性を示し得たのは、現に存在している副作用救済制度が綿密に構成された論理を基本にしているという点に依るところが大であった。
因果関係の認定問題の関係を中心に、更なる実務的な検討に委ねざるを得ない部分があり、かなりの困難性を伴うと思われるが、感染症等の専門家の知見を結集して問題点を克服し、早期に制度が創設されることを当研究会としては期待するところである。不幸にして生物由来製品による健康被害に遭われた方の救済は社会的な要請でもあることを改めて強調して、この報告書のまとめとしたい。
(別紙)
【給付の内容等】
○ | 医療費・・・・ | 医療保険の自己負担部分 |
高額療養費制度により、平均63,600円/月と仮定。 | ||
○ | 医療手当・・・ | 36,330円/月 |
○ | 障害年金・・・ | 1級 230,200円/月 |
2級 184,100円/月 | ||
※ 感染者はすべて18歳以上(障害児養育年金は対象者なし)と仮定。 | ||
○ | 遺族年金・・・ | (生計維持者)201,300/月 |
10年から障害年金受給期間を控除した期間を限度。 | ||
○ | 遺族一時金・・ | (非生計維持者)7,246,800円 |
○ | 葬祭料・・・・ | 179,000円 |
【拠出金】
○ 類型
○ 生物由来製品、特定生物由来製品の具体的な品目の指定状況や各年の生産輸入状況により、生産輸入金額は変わり得るものである。
(単位:億円) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
モデル | 仮定 | |
A | ○ |
対象人数: 一次感染者 1,000人、二次・三次感染者 50人 (二次・三次感染者は、一次感染者の感染の2年後に感染) |
○ | 感染から3年後に感染に気付き、治療を開始 | |
○ | 感染した場合、その1/2の者がその2年後に発症 | |
○ | 発症すると障害年金2級の支給基準に該当 | |
○ | 発症者は、国民年金の障害年金受給者の死亡率の2倍の率で死亡 | |
○ | 死亡した者の1/3が生計維持者 | |
B | ○ | 対象人数:一次感染者 100人、二次・三次感染者 0人 |
○ | 感染者のうち、1/4が感染から7年後に、1/2が10年後に、1/4 が13年後に発症 | |
○ | 発症した場合、障害年金1級の支給基準に該当。また、発症時から治療を開始 | |
○ | 発症から1年後に1/5、2年後に1/2、3年後に1/5、4年後に 1/10が死亡 | |
○ | 死亡した者の1/3が生計維持者 | |
○ | 上記は創設から5年後に発生 | |
C | ○ | 対象人数:一次感染者 各100人、二次・三次感染者 0人 |
○ | 感染者のうち、1/2が即時に、1/2が1年後に発症 | |
○ | 発症した場合でも、その1/5は症状が軽度のため、医療費・医療手当の支給基準に該当しない | |
○ | 発症者の4/5が医療費・医療手当の支給基準に該当し、その1/2が1年後に軽快、1/2が2年後に軽快 | |
○ | 発症しても、障害状態、死亡に至らない | |
○ | 上記が創設時から10年ごとに発生。ただし、2回目については、その1年後に1/4の割合で二次・三次感染が発生する |
(単位:千円) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(注1) | 一般拠出金は、特定生物由来製品、生物由来製品とも2/1000とし、別紙の試算により13億円/年と仮定 |
(注2) | 付加拠出金は、前年度に支給決定した給付額(年金は将来の給付額を含む)の1/4を徴収 |
(注3) | 利子は考慮していない。 |
(単位:千円) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(注1) | 一般拠出金は、特定生物由来製品2/1000、生物由来製品1.8/1000とし、別紙の試算により12.16億円/年と仮定 |
(注2) | 付加拠出金は、前年度に支給決定した給付額(年金は将来の給付額を含む)の1/4を徴収 |
(注3) | 利子は考慮していない。 |
(単位:千円) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(注1) | 一般拠出金は、特定生物由来製品2/1000、生物由来製品1.5/1000とし、別紙の試算により10.88億円/年と仮定 |
(注2) | 付加拠出金は、前年度に支給決定した給付額(年金は将来の給付額を含む)の1/4を徴収 |
(注3) | 利子は考慮していない。 |