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資料3

意見書

津田塾大学  金城 清子

 生殖補助医療部会において、さまざまな意見が活発に表明されているのは、たいへん望ましいことと思います。しかし専門委員会の報告書でも、さらに本委員会の議論でも、欠落していることがあると思います。それは、人権の尊重という視点です。私は、弁護士としても、さらに研究活動においても、人権の視点をその基本に据え、生殖補助医療については、『生殖革命と人権』(中公新書、1997年)を発表しました。ここに、これまでの立場を踏まえて、意見書を提出します。

1.生殖補助医療をめぐる3つの人権問題

 生殖補助医療をめぐっては、つぎのような、3つの人権の保障がはかられなければならない。

1.生殖補助医療を受ける人々の生殖の自由・権利
2.生まれてくる子どもの人権
3.患者の人権

2.生殖の自由・権利をめぐって

 子どもを産むか産まないか、何時、何人産むかは、生殖の自由・権利として、フェミニズム運動のなかから発展してきたものである。当初は、避妊、中絶の権利として、主として生まない自由を中心に展開された。それは、この運動がはじめに進められた先進諸国では、産みたいというときにそれを禁止するような国家はなく、生む自由をあえて人権として主張する必要がなかったからである。しかし開発途上国などでは、人口抑制政策のために、人びとの産む自由が侵害されていることが明らかになり、生殖の自由・権利という人権には、さらに産む自由が付け加えられた。そして生殖補助医療の発達は、不妊治療を受けて子どもを持つことの自由を、生殖の自由・権利として、つけ加えることになった。生殖の自由・権利は、性と生殖の健康・権利として、1994年のカイロ人口開発会議以来、女性の人権の一つとして、国際的にも確立されてきている。そして日本国憲法上は、幸福追求の権利、プライバシーの一つとして、その保障を裏付けることができる。したがって安全性の確立した医療について、その利用を禁止することは、不妊のカプルに保障されなければならない生殖の自由・権利を奪うことになる。この点で問題となるのは、報告書が代理懐胎を一律に禁止し、処罰の対象としていることである。代理懐胎も、医療の一環として実施されるのであるから、無償とするべきで、その意味では、アメリカの医療機関への代理懐胎のための斡旋などは罰則つきで禁止しなければならない。しかし親しい人々の間での納得づくの代理懐胎を禁止しなければならない理由はない。
 報告書は、代理懐胎を禁止する理由として、つぎの三点を挙げている。

(1) 第三者の人体を、妊娠・出産のための道具として利用する。
(2) (2)生命の危険さえ及ぼす可能性のある妊娠・出産による大きなリスクを、一〇月間、二四時間にわたって代理出産をする女性に負わせることになる。
(3) (3)生まれた子どもをめぐって奪い合いが起こる可能性があるので、子どもの福祉に反する。

 第一の理由については、母親が子宮のない娘のための、姉妹同士、親友同士の協力としての代理出産などを、何故、罰則つきで禁止しなければならないのか。第三者が本当に望んで代理懐胎をするのであれば、あえて国家が禁止したり、処罰したりする必要はなく、禁止はかえってその第三者の自由を侵害することになる。第三者が、まわりの圧力に負けて、いやいやながら代理出産することがないよう監視し、さらに第三者が自ら圧力を撥ね退けることができるように、カウンセリング体制を充実させるなどの制度を整えることで対処すべきであろう。また妊娠・出産の危険は、病理的なものではなく、生理的なものである。出産の経験のある女性であれば、その危険の可能性も予見できる筈のものである。ところで報告書は、卵子の提供は認めている。身体への危険ということから見れば、排卵誘発剤の投与、卵子の採取などを伴う卵子の提供の方がはるかに問題をかかえている。代理懐胎では、医療行為としては人工授精や受精卵の子宮への移植が行われるだけなのだから、危険性は卵子の提供に比較してむしろ低いのである。生まれた子どもをめぐっての奪い合いは、アメリカなどで報告されているが、例外的なケースであり、必ず発生するものではない。万一発生した時には、日本の法律では、産んだ女性が母であるということで解決できる。
 また本部会でこれまで繰り返されてきたように、代理懐胎をめぐっても、遺伝的な関係のない子どもであることや、母以外の女性が生んだ子どもであることが、子どもの健全な成長に支障をきたすという意見があろう。しかしこれは、遺伝的な関係のないことを隠していたことこそが問題なのであり、遺伝的関係のないことそのものが問題なのではない。さらに、発生するかもしれない例外的なケースを強調して、人権としての生殖の自由・権利を奪うことはできない。このような議論を進めていけば、実親による子どもの虐待が大きな社会問題となっている今日では、自然の生殖についても、子どもを産むときには、親になることについての資格審査が必要との議論にも発展しかねないのである。

3.生まれてくる子どもの人権

 生まれてくる子どもの福祉は、報告書も基本原則の第一にあげているが、生まれてくる子どもが幸せに成長できる環境を整備することは、最も重要なことである。そのためには子どもに遺伝的な親を知る権利が保障されなければならない。
 確かに国際的に見ると、子どもに対して、遺伝的親を知る権利を保障しているのは、スウェーデンなど、一部の国にすぎない。これまでは、匿名性の原理が広く採用されていたことは確かである。しかしAIDから生まれた子どもたちが、その遺伝的な親を知ることができなくて、そのアイデンティティ確立に多くの困難を抱えていることを、最近の調査は明らかにしている。匿名性の原理といえども、子どもの幸せという視点から採用されたものなのだろうが、この考え方は誤りであることが、明らかになったのである。だから、精子、卵子、胚の提供を禁止するというのではなく、子どもに遺伝的親を知る権利を保障するという方向での解決が図られなければならない。これからも、遺伝に関して研究は進み、遺伝についての知識が、健康な生活を送るために不可欠なものとなっていこう。にもかかわらず、生殖補助医療から生まれた子どもに対して、遺伝的な親を知る権利を否定することは、健康に生きる権利すら奪うことになるのである。

4.患者の人権

 医療について、インフォームド・コンセントが次第に定着してきたとはいえ、未だに医師と患者の間には、大きな力の差がある。生殖補助医療についての法規制は、この現実を十分踏まえたものでなければならない。報告書が提言しているように、単に精子、卵子、胚の提供がかかわる場合に、生殖補助医療の実施機関を指定制にするだけでなく、すべてについて指定制とし、妥当な医療が実施されているかどうかを監督していくことは、患者の保護という観点から見て、重要なことと考える。



小泉委員(PDF 35KB)



資料3

特別養子との関連についての意見

平成13年11月28日
才村眞理

 生殖補助医療と特別養子制度との関連について、意見を述べさせていただきます。
生殖補助医療と言っても、精子・卵子のみの提供と胚の提供まで考慮する場合とでは状況が異なると思われますが、特別養子との関連を考えてみますと、共通するところが多多あると思われます。まず、遺伝的にどうかというと片親だけと両親とも違うのとの違いです。そして、その人のお腹で10ヶ月前後育てたということがあります。その人のお腹を痛めて出産したということは特別養子との決定的な違いだと思いますが、特別養子も乳児から育てている人が多く、子どもとの愛着関係を考えるとどちらも親子の愛着関係は形成できると思われます。又、生殖補助医療の精子又は卵子の提供によるものは、一方のみの遺伝的つながりがあり、夫婦関係がうまくいっているときは良いが、夫婦に亀裂が入ったとき、夫婦の子に対する条件に違いがあることが子に対する愛情に差が生じないかと危惧されます。それならいっそ双方遺伝的つながりのない特別養子縁組の方法を選択することも考慮されるべきではないか。勿論、どの方法で子どもを得るかは、その夫婦の選択に任されるべきものであります。しかし、生殖補助医療を受ける際のカウンセリングの中に、養子を得る方法についての情報も提供することが必要ではないかと思います。
 次に胚の提供による生殖補助医療の場合は特別養子と変わらない面もあると思われます。ただ,生まれてしまった子を養子にするのと,望んで胚の提供を受けて妊娠するのとでは,少し違いますが、養子を望む里親にも、子に対して「私たちはあなたをとても欲しくてもらったんだよ。」と告知するよう児童相談所では勧めており、大きな差異はないと思います。戸籍には特別養子の場合は「長男、長女」と記載され、実親の名前の記載もなく、一見すると実の親子と変わりはありません。(しかし「民法817条の2による裁判確定」という文言は残され、実親の戸籍を辿る道は残されています) 生殖補助医療と特別養子の整合性を持たせる意味で、以下に特別養子の状況、特別養子の斡旋の6割は占める里親の認定の手続きについて記します。

あっせんの有無別、未成年者の特別養子縁組件数(平成8年)

総数(合計) 児童相談所の
あっせんあり
社会福祉法人、
民法法人の
あっせんあり
あっせんなし
(児童相談所へ調査嘱託)
あっせんなし
(児童相談所へ調査嘱託なし)
532 306 62 34 130

資料;最高裁判所事務総局「司法統計年鑑:家事編」1997

 未成年者の普通養子縁組認容件数は、971件(平成8年)であり、特別養子縁組も普通養子縁組もどちらにしてもかなりの少数であります。里親登録数は7975人、児童が委託されている里親数は1841人、里親に委託されている児童数は2242人(いづれも平成8年)(里親には養子里親と養育里親がある)であり、施設入所児童の1割程度となっています。(なお、平成10年の未成年者の特別養子縁組件数は471件、普通養子は759件であり、平成12年3月31日現在の里親登録数は7446人、児童が委託されている里親数は1687人、里親に委託されている児童数は2122人であり、平成8年より減少しています。)
 日本において養子の増加が期待できない原因は、血縁の重視等様々な理由はあると思われますが、特別養子のあっせんの6割以上を占める里親制度についても、日本では活性化されない現状があります。生殖補助医療の方法のみ、すすめるのではなく、養子制度、里親制度の進展も図るべきだと思います。
 特別養子についての民法の規定内容は、子の利益のための特別養子縁組制度であり、この制度の主な特徴は以下のとおりです。「(1)家庭裁判所の審判によってのみ成立する。(2)特別養子縁組の成立により実親との法的な親族関係が終了する。(3)養親は原則として25歳以上の夫婦。養子は6歳未満であること。(4)特別養子縁組では、実親による監護が著しく困難などの特別の事情があって縁組が子どもの利益のために特に必要がある場合だけに認められる。(5)原則として離縁ができない。」
 厚生事務次官通知である「里親等家庭養育運営要綱」(昭和62年)によると、知事が里親として認定するためには、児童相談所の児童福祉司の家庭訪問等による以下の調査が必要としています。「(1)里親申込者についての調査事項 ア 住所、氏名、年齢,性別、経歴,職歴 イ 里親申し込みに至った動機、児童養育の熱意及び方針 ウ 健康状態 (2)里親申し込みの家庭についての調査事項 ア 家族の氏名,年齢、性別、里親申込者との続柄、経歴、職業又は就学状況 イ 家族の児童養育に対する考え方 ウ 家族の健康状態 エ 家族の経済状態 オ 住居の状態 (3)近隣の地域的、社会的状況 (4)その他必要と思われる事項 」
 以上、調査の上で都道府県児童福祉審議会の意見を聴き、知事が認定することになっています。
 このような里親になる条件が、子の利益のためということで定められており、生殖補助医療においても子の利益を最優先させるべきであると思います。それには上記の里親の条件とまで行かなくとも、児童を18歳になるまで養育できる条件(ガイドライン)が必要であり、医師の裁量では一定の基準が保てないと思われます。
 又、子の出自を知る権利について、児童は自分の父母を知る権利を有し、その父母とは生物学上の父母をも指していると思います。前回にも発言しましたように、(許斐有氏も言っていたように)児童の権利に関する条約第7条1において「児童は出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び及び国籍を取得する権利を有するものとし、また出来る限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」とされ、ここでいう父母とは自然的な親、つまり血の繋がった実親のことであると思います。児童のアイデンティティを保全する権利の保障をすべきであり、児童自身が自分の出生について説明を求めたり、自身についての記録の開示を要求した時にはこれを拒否できないと思います。これを拒否できるのは、児童の最善の利益に反する時と他者のプライバシーを侵す時であると思います。そしてこの児童とは、成人の年齢ではなく18歳未満の子どもも該当すると思います。民法では、「養子が15歳未満である時は、その法廷代理人が、これに代わって縁組の承諾をすることができる」とあり、縁組の承諾や更に離縁まで出来る年齢が15歳以上と規定されています。従って最低限15歳以上にはすべきであると思います。



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