日時: | 平成13年9月25日(火) 10:00~12:00 |
場所: | 厚生労働省専用第16会議室(中央合同庁舎第5号館13階) |
出席者: | 【研究会参集者・50音順】 柴田 和史(法政大学法学部教授) 中窪 裕也 (千葉大学法経学部教授) 西村 健一郎(京都大学大学院法学研究科教授、座長) 守島 基博(一橋大学大学院商学研究科教授) 【厚生労働省側】 坂本政策統括官(労働担当) 鈴木審議官 岡崎労政担当参事官 清川調査官 荒牧室長補佐 |
【議事概要】
○ 旭化成(株)営業部長(本件営業譲渡時 労務部労務担当担当総括)山本 益嗣氏、及び旭化成(株)経営計画管理部経営企画室課長 氷上 英夫氏より、ヒアリング調査票の回答内容に基づき、旭化成(株)(以下「旭化成」という。)から日本たばこ産業(株)(以下「JT」という。)への食品事業の営業譲渡の実情、具体的な対応等について説明が行われた。その内容は以下の通り。
(食品事業をJTに営業譲渡した理由)
1998年以降、競争優位事業への集中と資産効率の改善を更に進める方針で経営を進めてきたが、その経営計画の一環として行われた営業譲渡である。
食品事業をJTに譲渡した理由は、食品事業を旭化成において継続するよりも、たばこ、医薬に並ぶコア事業と位置付けるJTに任せた方が良いと判断したため。
(労働契約の取扱について)
本営業譲渡に伴い食品事業に従事する従業員は、旭化成の子会社であった旭フーズへ転籍した(その後JT社員との処遇を一本化し、JTに転籍された)。本営業譲渡を契機に旭フーズに転籍した労働者は、食品事業に所属していた387名中317名である。
転籍を拒否した者については、原則として旭化成内の他部門に配置転換。早期退職優遇制度を活用し退職した者も含まれる。
労働条件等については、旭化成における処遇条件、人事制度を承継。福利厚生制度は原則としてJTの福利厚生制度に乗り換え、可能な者については旭化成の制度を継続適用。福利厚生において、転籍により生じた格差については、制度の新設又は一時金による補償をもって対処した。
旭化成は厚生年金基金、JTは税制適格年金を採用していたため、企業年金については引き継ぐことはできなかった。
JTとの交渉により、JT転籍後3年間は引き継がれた処遇水準を維持・継続すること、3年間経過後も新労使関係において新たな合意がなされた場合を除き、この水準を維持継続すべく努力することとされた。
(労使協議について)
1999年1月のJTとの基本合意成立に伴う報道発表以前から組合幹部との間で協議は行ってきたが、営業譲渡基本合意の報道発表と同時に旭化成労連(当時)に正式提案。その後数次、労使協議を実施。
同じく報道発表と同時に、各職場で管理職より労働者に対する説明を実施。その後、旭化成、JT幹部による説明会等を実施し、労働者の理解と協力を求めた。
労組の主張(転籍対象労働者の意思の尊重、労使の協議機関を設置、移籍金の支払いについて等)に沿う形で本件営業譲渡は実施されたことから、特段の労働問題は発生していない。
(営業譲渡実施に当たり、特に留意した労働問題事項)
労働条件等基本処遇を全体として維持することは早期から決定していたことから、譲受側であるJTの意見、要望を踏まえながら転籍後の制度を設計したものであるが、その調整に労力を要した。
(営業譲渡と会社分割制度の使い分け等)
会社分割には、権利義務の包括承継による移転手続の簡素化、税繰延メリット、キャッシュ不要といった利点があるが、潜在債務等の承継リスク、両者の労働条件等のすり合わせの困難性、一時金による処遇補償のようなフレキシブルな対応が難しい、といった欠点がある。
営業譲渡には、移転する権利義務が取捨選択可能、従業員問題を切り離したフレキシブルな対応が可能といった利点があるが、個々の権利義務を移転する手続が煩雑、キャッシュの必要性、営業に必要な人員が転籍拒否する可能性、といった欠点がある。
以上を鑑みると、使い分けのポイントとしては、(1)事業承継後の労働条件をどうするか、(2)吸収型か新設型か、(3)グループ内かグループ外か、(4)税制適格に該当するかどうかが挙げられ、ケースバイケースでどの制度を活用するかが決まると考えられる。
(企業組織再編に伴う労働者保護制度に関する要望)
旭化成は厚生年金基金、JTは税制適格年金であったため、従業員の企業年金に関する基金のファンドを引き継げなかった。企業年金ファンドを制度を越えて承継できるよう整備されることが望まれる。
○ これを受けて、意見交換が行われた。その内容は以下の通り。
Q: 旭化成全体に占める食品事業の比重はどの程度のものであったか。
a(旭化成:以下同じ):
旭化成全体の売上高は連結ベースで1兆3~5000億円程度(※99年度ベースで約1兆2000億円が実績)だが、食品事業は連結ベースで450億円であり、1/30の割合である。労働者数で見ると、全体が1万9000人程度であるが、食品事業は約400名、1/50の割合だ。
Q: JTには旭化成が譲渡する以前から食品事業が既に存在していたのか。
A: JTでは食品関連のうち飲料事業を中心としていたが、事業強化のため飲料に加え冷凍食品事業にも力を入れていく方針をとっており、旭化成が譲渡する以前にも自社ブランド(グリーンジャイアント)は小さいながら持っていた。
Q: 旭フーズへの転籍という形をとっていたが、JTとしては人員をまず統合しようという意思はなかったのか。
A: 旭フーズに転籍後、1年程度後にJT側が「旭フーズ社員をJTグループに融合したい」ということで2000年10月からJT社員として統合されている。当初の計画としては融合するまでに3年ほどかかるとのことであったが、前倒しされた。JTはたばこ事業、医薬事業、食品事業の3本を柱に据える方針であったが、400億の売り上げのある飲料事業に我々の500億円の売り上げのある食品事業と合わせ、約1000億を望めるビジネスにしていこうという判断からのようである。
Q: JT以外に交渉を持った企業はあったか。
A: 1998年に経営計画であるISHIN2000を打ち立てたのとほぼ同時にJTから打診された話であり、他社とは交渉を持っていない。
Q: 食品事業所属387名中317名が転籍し、70名が転籍拒否しているが、一般的に、転籍に同意した割合は高かったと考えるか。
A: 転籍を伴う営業譲渡を行うのは非常にまれなことであるから判断が難しい。
実施に当たって、票読みは実施した。管理職は9割が転籍合意し、一般の従業員は転籍に応じる率は比較的低いものと予想していたが、結果全体で8割もの人員が転籍に合意したことから、比較的合意の取り付けはうまくいっただろう。その理由として考えられる理由は、(1)相手先企業が信用のあるJTであったこと、(2)転籍後も処遇が変わらないこと、が考えられる。特に、大仁等の工場に勤務する労働者にとっては、住み慣れた街で慣れた仕事を継続できることから転籍を拒否する理由がないということなのだろうと分析している。
Q: JT側から、これだけの労働者は欲しい、あるいは核となるこの労働者は欲しいというリクエストはあったか。
A: JTからは「一人もこぼれずに来て欲しい」という要望をいただいていた。食品事業に経験のある人材を活用したいという判断からであろう。結果としては2割の労働者が欠けてしまったので、旭フーズは新規に補充採用を行っている。
Q: 例えば、100人、200名レベルで転籍拒否した場合、今回の旭化成の方針だと社内配転先を模索することとなろうが、これらを受け入れる余裕はあったのだろうか。
A: 食品事業全体として400名程度の少人数であるからカバーは可能であった。
Q: 1999年1月の報道発表以前に、組合幹部との間で労使協議を行っていたが、JTとの関係や情報漏洩の危険性の観点から問題はなかったのか。
A: JTとは、円滑な営業譲渡、転籍を行うためには事前に旭化成労組と協議しておく必要性がある旨説明し、納得を得ている。また、情報のディスクロージャーの点も、この程度ならば問題がないと判断した。旭化成50年間の労使の歴史上、労組から情報が漏洩されたことは一度もない。
Q: 営業譲渡の方がフレキシブルな活用が可能とのことだが、会社分割について労働契約承継法ができたことが再編をやりにくくする要因となっているのか。
A: 旭化成は良好な労使関係を重視していることから、営業譲渡の場合においても、労組の合意をとった上で再編を行っており、労働契約承継法に定められた労働者への通知、協議などの詳細な規定は再編にかかる手続を煩雑化させていると考える。グループ外との企業再編を考えた場合には、労使関係が良好な企業からすれば、労働契約承継法の結果、例えば出向の場合でも個別同意が必要など、為すべき事務が増えただけの印象がある。
Q: 営業譲渡に伴う譲渡益を享受できたことは、旭化成にとって大きな意義があったか、それとも譲渡益が小規模だったことから、旭化成の経営戦略上譲渡益の意義は小さなものであったのか。
A: 当時、現行の会社分割税制のように法人税等を繰り延べでき、しかもキャッシュの必要性がない制度があれば別だが、そうした制度がなかった当時、課税対象となる譲渡益が発生することは、大きな問題ではなかったと考える。
Q: 過去、食品事業は赤字の時期もあったとのことだが、400名が所属する労働者数から見た規模は概ね維持されてきたのか、あるいは人員削減を行った結果この水準となったものなのか。
A: 多少労働者数は減少してきたが、水準は維持されてきた。確かに赤字だった時期があったが、数年来の努力の結果、黒字となったところで本件営業譲渡という運びとなったため、労働者から「頑張ってきたのになぜ切り離されるのか」という意見が出た。我々としては、旭化成にとどまるよりもJTに移った方が事業として成長できるからこそ譲渡することについて説明を重ねた。
Q: 譲渡、合併等企業組織再編に踏み切るに当たって、何が実施・非実施の分水嶺となるのか。
A: 人事担当の立場から言えば、従業員が納得できるか否かの点である。今回のケースでは、旭化成にとどまるよりもJTに移った方が、事業として成長できるということであったから譲渡を行ったが、そうでなく事業が弱体化しているのならば、譲渡せず自らの手で閉鎖すべきということとなる。旭化成においては昨年レーヨン事業を閉鎖し、所属する200名の労働者を社内に配置転換しているが、昨今の繊維事業の情勢、将来性からすればこのレーヨン事業については引受け手となる企業が見当たらないのも当然で、自らの手で閉鎖することが合理的な判断となる事例であった。労働組合、従業員に対してもそのように説明し、納得を得て実施した。一方で、経営面から言えば、こういった発展性のない事業を抱え込んで、雇用を維持したところで企業全体としての競争力が失われ、労働者にとっても不利益な事態となる。こういった事業閉鎖も含めた再編を企業が進めて行くに当たっては、フレキシブルに労働者が移動できるよう、労働市場の流動化が進むことが望まれるところである。
Q: 70名の転籍拒否者はどういった人であったか。
A: 特にこれといった傾向はないが、敢えて言えば若年層が若干多いくらい。これは最初配属された部署がたまたま食品事業であっただけで、繊維、住宅等他事業に従事することを望む者という整理が可能であろう。若年以外にも、同様の理由から拒否した者もいる。
Q: JTフーズと旭フーズが合併したが、その際、旭フーズに転籍した労働者がさらに正式にJT社員となったという理解でよろしいか。
A: JT社員化は2000年10月から。その時点で実質的に販売機能はJTフーズに移った。2001年4月からは両社合併し、名実共に一体化が図れた。JTフーズへはJTから出向という形を取っている。JTの社員とするにはもう少し時間がかかると思ったが、2年足らずで実施できた。JTフーズは販売会社であるが、旭化成出身者でJTの飲料事業にその後配属された者も見受けられる等、JTは旭化成食品事業出身の人材をフル活用しているようだ。なお、JTフーズは食品プロパー社員と、JTからの在籍出向社員から成っているが、食品プロパー社員に係る給与体系と、JT本体とは異なるところがある。
Q: 食品事業やその他事業をそれぞれ経験する等、畑がまたがった労働者がいることと思うが、いつの段階で転籍労働者を選定しているのか。
A: 発表時食品事業に在籍していた者を対象としている。
○ JILより、資料No.1,企業組織再編に伴う労働問題の実態に関する研究調査案について説明が行われた。これを受けて、以下の意見が出された。
調査対象を過去2年以内に企業組織再編を行った企業としているが、絞りすぎではないか。本件旭化成の事例にしても約3年前の事例であることから、過去3年くらいまで広げた方が良いのではないか。
いわゆるMBOが、体のいい人員削減手段として使われていると聞くが、これについても調査する必要はないか。また、企業組織再編にあたり労働条件を維持できない代償として労働者にストックオプションを付与することが有効な手段と聞いたことがあるため、これについても調査する必要があるのではないか。
従来型の企業資産ではなく、人が資産となっている企業(コンピューターソフトウェア開発、芸能等)をインタビュー対象とするのはいかがか。
商社においては、その労働者の人脈等労働者個人を資産とするヘッドハンティングが見られるところである。そういった観点からは商社をインタビュー対象とするのが有意義であろう。
企業用調査票のQ8の選択肢1において「本業に」とあるが、経営資源を投下するのは「本業」とは限らないことから、「一部事業に」と変えるのが適切ではないか。
○ 事務局より、資料No.2,諸外国実態調査について説明が行われた。これを受けて、以 下の意見が出された。
国をまたがった再編について聞いた方が面白いのではないか。日本でも国際的企業再編が進むことが予想されることから意義があるのではないか。
以上
担当:政策統括官付労政担当参事官室法規第3係(内線7753)