ハンセン病とは 本文へジャンプ


 ハンセン病は、らい菌によって、主に皮膚や末梢神経が侵される慢性の病気です。この菌の病毒性は非常に弱く、感染しても発病することはきわめてまれです。1943年のプロミンに始まる治療法の発達によって、確実に治る病気となりました。現在では、リファンピシン等を含む、短期間の多剤併用療法が広く行われています。
 治療法がなかった頃には、この病気は「らい」あるいは「らい病」と呼ばれ、不治の病と考えられた一方、顔面や手足などの後遺症がときには目立つことから、恐ろしい伝染病のように受けとめられてきました。そのために、わが国は「らい予防法」によって、全ての病者を療養所に隔離収容するという厳しい対策を取りました。しかし、隔離政策をとらなくても世界中でハンセン病は減少しており、隔離を定めた予防法は1996年に廃止され、普通の病気として一般医療機関で治療されることになりました。


ここには、国立療養所星塚敬愛園 後藤正道園長が、ハンセン病の診断を受けるかもしれない人や、ハンセン病の患者さんに遭遇する可能性のある医療従事者のために書いたものがあります。
 是非、ご利用下さい。



ハンセン病といわれたあなたに
−じょうずに治療するための手引き−
(医療従事者用の診断・治療の指針つき)
オンライン第1版 1997年3月
(一部改定1999年8月17日)
国立療養所星塚敬愛園 後藤正道

 1.この冊子の目的
  ハンセン病は日本ではまれな病気ですが、世界的にはまだ多くの患者さんがいて、そのために新しい治療方法が研究されている病気です。この冊子は、日本でハンセン病になった患者さんに、病気についての最新の正しい知識を知ってもらい、治療に役立ててもらうことを目的としています。また、この病気の診療の経験のない医療従事者に対しても、治療の助けになることをめざしています。


2.病気についての概略

 らい菌(Mycobacterium leprae)という細菌によってひきおこされる慢性の病気です。らい菌は、結核菌と同じ抗酸菌の一種で、元来は病毒性のほとんどない細菌ですが、ごく少数のひとの体内では増殖して、さまざまな症状が出てきます。

 1940年にらい菌を殺す薬剤プロミンが発見されましたが、それまでは有効な治療法がありませんでした。さらに1960年代後半からはリファンピシンという殺菌性の強い薬が使われるようになりました。1982年からは、世界的規模で新しい多剤併用療法(MDT)が取り入れられ、この簡単で比較的短期間の治療法が、病気を治す力が強い、合併症が少ない、病気の再発が非常に少ないことなどがわかってきました。現在はさらに新しい治療薬も研究されています。

 1945年以前は「治らない病気」、その後1980年頃までは「治るが、手足の後遺症などが残りやすい病気」、そして現代は「ほとんど後遺症を残さずに治る病気」となってきました。

病名について

 昔はこの病気は「らい」と呼ばれ、普通の人は「なおらない」「うつる」「手足が変形したり目が見えなくなる」「悪いことをしたためになった」病気と考えていました。よい治療方法ができた現在では、らい菌の発見者であるノルウェーのハンセンの名前をとって「ハンセン病」と呼ぶことになりました。これは偏見から自由になるためにはとても良いことですが、病気そのものが変わったのではなく、医学が発展したために治らない病気が治るようになったわけです。この冊子の中では、原則として「ハンセン病」を使いますが、病型や症状などの専門用語で「らい」という用語を用いることもあります。

 ご家族以外の方々に、病名についてきかれた場合には、症状が皮膚の場合には「皮膚抗酸菌症」、神経痛がある場合には「末梢神経炎」と話されると、嘘にならずにすみます。社会の偏見をなくす活動が進めば、本来の病名である「ハンセン病」をかくす必要がなくなりますが、残念ながら現在はまだそこまで行っていません。

感染性について

 ハンセン病は、一般的な環境では非常にうつりにくい病気です。これまでに医療従事者で発症した人はいませんし、大人の志願者にらい菌を接種しても発症させることはできませんでした。患者さんと結婚した人が発症することも非常に少ないと考えられています。しかしながら、まだ抵抗性の発達が不十分な乳児・小児期に、感染源となる未治療の患者さんと濃厚に接触する機会があると、鼻腔粘膜などから感染して、数年から数十年の潜伏期を経て発症する可能性があります。

 日本では、最近になってハンセン病と診断されたかたの多くは60才以上の高齢ですが、小さい時に、家族あるいは近所の人から知らないうちに感染を受けたものと考えられます。この病気がまだ多かった頃には、発症する人の年齢は若く、家族歴がはっきりする場合が多かったのですが、最近はこんな病気を見たこともなかったというかたの発症が増えています。

 病気を人にうつさないための注意としては、治療をきちんとすることが一番です。らい菌を殺す薬を飲むと、短期間の内にらい菌は感染力を失うことが知られています。リファンピシンを飲むと、1週間以内にこの状態になり、ほかの人に病気をうつす可能性はなくなります。ただし、この数年以内に、ちいさな子供(およそ6才以下)と一緒に住んでおられたかたの場合には、そのお子さんの予防服薬が必要のことがあります。主治医とご相談ください。


3.病気の特徴(症状)

主な症状

 皮膚・皮下組織の中で痛み・温度などを感じて脳に伝える働きのある末梢知覚神経、あるいは皮膚の中にいる大食細胞という細胞の中で、らい菌はゆっくりと増殖して障害をきたします。その結果として、(1)さまざまな皮疹(結節や斑紋)が出現し、(2)痛みや温度に対する感覚が局所的に麻痺します。これらの組み合わせは一方だけが目立ったりすることもありますが、基本的には両方の症状があります。また、鼻づまりを合併することもあります。

確定診断

 病気の型(病型)によって違いますが、一般的には全身の皮膚・神経の診察に加えて、皮膚をメスで切って行なう組織液の塗抹検査(スメア)と、皮膚そのものを切りとって行なう病理組織検査(生検)が必要に応じてなされます。血液検査も参考になります。また、病型を決定するためには、皮内に少量の液を注射して、48時間後と4週間後の発赤や硬結を調べるレプロミン反応も行われます。ハンセン病と似た病気も色々とありますので、充分に診察と検査をしてもらう必要があります。

 身体がらい菌に対して強い炎症で反応して神経の症状の強い型(ハンセン病T型)、らい菌に対する身体の抵抗力が弱くて皮膚症状の強い型(ハンセン病L型)、その中間で多発性の神経炎と皮疹のある境界型ハンセン病があります。これらの病型によって、症状や治療方法、治療期間が異なります。


4.治療の方法と注意

 A.どこで、どのように治療すべきか

 かつては、ハンセン病は専門の医療機関(ハンセン病療養所や特定の大学の皮膚科特別外来など)で治療がなされていましたが、現在は世界的にはほかの普通の病気と同じに一般の診療所や病院で治療されています。日本でも、一般病院の皮膚科あるいは神経内科の外来で治療を受けることをお薦めします。なお、これまでの歴史のためもあって、ハンセン病の経験が豊富な医師は日本では少数の医療機関に偏在する傾向があります。これらの医師と、患者さんが治療を受けたい医療機関との間で連携をとって診ていくことが理想です。また,1996年4月からは保険診療の適応になっています.治療には短くても数カ月、普通は数年かかりますので、あわてずに腰をすえて病気とつきあう心づもりが必要です。

 B.経過中に起こるかもしれない合併症

   末梢神経炎

    1)神経痛

    2)知覚麻痺(感じが鈍くなる)

    3)運動麻痺(しびれて動かなくなる)

   虹彩炎(まぶしさ、かすみ)

   らい反応

    1)境界群反応(急に皮膚が赤く腫れる。神経痛の悪化など)

    2)らい性結節性紅斑(熱と皮膚の発赤・化膿)

  これらの合併症によって、一時的には症状が悪化することもありますが、適切な治療を行なえばまた良くなります。眼のまぶしさと神経痛には特に注意してください。


5.後遺症と再発について

 治療法が確立した今日では、後遺症としての手足の変形や失明などの出現頻度は減少しましたが、病気の型と経過によっては、知覚痲痺などの比較的軽い後遺症は完全には防げないこともあります。医師の注意をよく守って下さい。よく使われる薬については下記の治療の実際をごらん下さい。

 現在のリファンピシンを含む多剤療法では、治療終了10年後の再発率は、1%程度と極めてまれになっています。きちんと治療を行なった後では、再発の危険はまずないといえます。


6.最後に

 以上述べましたように、今日ではこの病気は恐ろしい不治の病気ではなく、普通の慢性感染症の一つとして、治療方法の確立した病気になってきました。繰り返しますが、治療を始めれば他人に病気をうつす心配はありませんので、強い神経痛や発熱などがなければ、外来で治療できます。


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  医療従事者の皆さんへ (医療従事者用の診断・治療の指針)


1.患者さんの取扱いの基本
 ハンセン病はうつりやすい病気ではありません。外来、検査、入院の取扱いにおいては、HBs抗原陽性(HBe抗原陰性)の患者さんと同等の注意をされれば充分です。隔離や個室の使用、器具の特別の消毒などは不要です。但し、全く治療を受けていない状態のL型ハンセン病の患者さんと、乳幼児との直接の接触は、避けるようにご指導下さい。
 治療可能な予後のよい疾患ですから、病名については患者さんに正確にお伝え下さい。但し、まだ社会的偏見が払拭されていない部分もありますので、プライバシーの保護には特にご留意下さい。

2.診断指針
  ハンセン病の病変と臨床症状は、らい菌の増殖に伴う直接の組織破壊と、らい菌に対する生体の免疫反応に伴う二次性の組織破壊の両者が複雑に絡み合って成立するので、時に理解が難しいことがある。


3.主な症状
 
病型に応じて様々の症状を示す。らい菌に対する細胞性免疫がほぼ正常に近いT型(Tuberculoid type、類結核型)では、知覚鈍麻を伴う少数の白斑ないし紅斑と末梢神経肥厚・麻痺で、らい菌はまず検出されない。らい菌に対する細胞性免疫が働かないL型(Lepromatous type、らい腫型)においては、顔面や四肢に多発する紅斑・丘疹・結節であり、多数のらい菌を組織液の塗抹で検出できる。L型が進行すると手袋・靴下様の知覚鈍麻が出現する。細胞性免疫が不安定なB型(Borderline type、境界型)では皮疹を伴う多発性神経炎を示す。
 神経障害は、四肢伸側や顔面などの低温部の知覚神経(尺骨・橈骨・腓腹・大耳介神経等)が単発で激しく(T型)または多発でゆっくりと(L型)障害され、知覚過敏や知覚低下が起こる。B型では多発性神経炎の症状が当初から強いことが多い。炎症が運動神経に及ぶと、その末梢には運動麻痺や変形がおきる。上記の神経は神経肥厚・圧痛がおこりやすいので、触診が重要。
 らい菌抗原の皮内反応であるレプロミン(光田)反応がL型では陰性、T型では陽性であり、逆に血清抗PGL-I抗体はL型が高値、T型が低値を示す。病型を分類する上で有用である。

 WHOは、以下の3項目を一つ以上満たす場合をハンセン病と定義している。
 − 明らかな知覚脱失を伴う、脱色素あるいは赤い皮疹(単発あるいは多発)
 − 末梢神経の障害で、知覚脱失を伴う明らかな末梢神経肥厚がある
 − 皮膚からの抗酸菌塗抹検査が陽性


4.病型分類と治癒判定基準

 A.リドレー・ジョプリングの分類  Ridley & Jopling(1966)
  I・TT・BT・BB・BL・LLの6型

 B.コントロールプログラム用のWHO分類(1997)
  MB(Multibacillary 多菌型):皮疹が6個以上あるいは皮膚塗抹で抗酸菌陽性
  PB(Paucibacillary 少菌型):皮疹が2〜5個かつ皮膚塗抹で抗酸菌陰性
  SLPB(Single lesion PB 単一病変少菌型):皮疹が1個だけで菌陰性
     (SLPBはインドなどに多いが、日本ではこの状態で診断されることは稀)

 C.厚生省病型表示研究班の分類(1988)
  リドレー・ジョプリングを基本
  以下の条件を満たせば「臨床的治癒」と判定することになった。
  鎮静期(q):a)らい菌消失。b)皮疹は消失。らい反応なし。c)知覚障害の拡大や著明な筋力低下なし。d)眼や鼻などに活動性病変なし。
  臨床的治癒(C):a)鎮静期の状態がIとTTで2カ年以上続いたとき。b)鎮静期の状態がBT・BB・BL・LLで5カ年以上続いたとき。


5.特殊検査
1)皮膚組織液の塗抹による抗酸菌検査・菌指数 (Bacterial Index)
 皮疹部をアルコール綿で拭いたあと、指でつまみ、鋭利なメスで長さ3mm程度に切開し、組織液をメスの先でこすって採り、スライドグラスに塗布する。Ziehl-Neelsen法で染色し、ガフキーに準じた菌指数(BI)0〜6で評価する。

2)血清抗PGL抗体
 らい菌はBCGや結核菌などの抗酸菌との共通タンパク抗原(DAKO社の抗BCG抗体に反応)と、らい菌特有の脂質抗原Phenolic glycolipid (PGL-I、抗体はまだ市販されていない)を持っている。両者は免疫組織化学(星塚敬愛園で引き受けます)に、また後者は血清診断に用いられる。富士レビオより市販のMLPAを用いて血清の抗PGL抗体を測定することにより、L型ハンセン病の活動性の判定ができる。

3)光田(レプロミン)反応
 らい菌に対する細胞性免疫の有無とその程度を調べるために、L型ハンセン病患者の結節から採取・死滅させたらい菌を被検者の皮内に接種し、4週間後の硬結で判定する。現在、国内での検査液の入手は困難。

4)PCRによるらい菌の検出
 らい菌の持つ熱ショック蛋白の内、他の抗酸菌と交差しない部位のDNA配列は、遺伝子増幅法であるPolymerase Chain Reaction (PCR)を用いたらい菌の検出に用いられている。培養のできないらい菌を迅速に検出する方法として重要で、組織生検の一部を未固定で凍結乾燥しておけば、PCRによるらい菌の検出が可能。(国立感染症研究所ハンセン病研究センターにご相談下さい)
 なお、ハンセン病の診断においては、皮膚科のみならず、神経内科(末梢神経障害の精査)、耳鼻咽喉科(鼻腔内病変の精査)、眼科(らい性虹彩炎の精査)もご考慮下さい。

6.治療指針
 以下の基準に従って一般病院(皮膚科あるいは神経内科)で治療されることが望まれます。なお、サリドマイド(100mg)は、最寄りのハンセン病療養所(もしも連絡がとれない場合には星塚敬愛園)の化学療法科(基本治療科)の医師にご連絡して、入手して下さい。
 略号(WHOの方式) MDT/MB(Multidrug therapy/multibacillary):皮膚からの塗抹検査で1ヶ所でも抗酸菌陽性または皮疹が6個以上または多発性神経炎(例えば5本以上の神経幹に腫大・圧痛がある場合)に適応。
 体重60kgの成人の場合、DDS(レクチゾール)100mg/day、B663(clofazimine、ランプレン)50mg/day、さらにリファンピシン600mg/月とB663・300mgを外来で眼前投与。1年間続ける。(筆者は2年間としている)(なお、WHOの推奨治療期間は、1982〜1992年は最低2年間・可能ならば菌陰性になるまで、1993〜1996年は2年間で中止、1997年からは1年間で中止となっている。)
 MDT/PB(Multidrug therapy/paucibacillary):皮膚からの塗抹検査で抗酸菌陰性かつ皮疹が2〜5個かつ神経障害が神経幹の2本以内の場合に適応。
 体重60kgの成人の場合、DDS(レクチゾール)100mg/day、さらにリファンピシン600mg/月を外来で眼前投与。6ヶ月続ける。MDT/SLPB(Multidrug therapy/Single lesion PB):皮疹が1個だけで菌陰性の場合に適応。
 体重60kgの成人の場合、リファンピシン600mg、オフロキサシン400mg、ミノサイクリン100mgを外来で眼前投与。1回のみで治療終了。

7.経過中に起こり得るらい反応について
 順調な治療経過をとっていた患者さんが、急に症状の悪化を訴える場合、その多くはらい反応によるものです。以下の原則で治療を行なって下さい。症状によっては、入院も必要になります。また、未治療の新患であっても、当初から反応の状態が見られる(らい反応が初発症状)こともありますので、その場合も以下に準じて対応してください。

 1)境界反応(Reversal reaction 1型反応)
 境界型ハンセン病の治療開始後数カ月以内に、急に顔面などの皮膚が赤く腫大し、神経炎が悪化することがある。これは、それまで弱かったらい菌に対する細胞性免疫が回復することによっておこる。化学療法は続けたまま、ステロイドで過剰な炎症を抑えることが重要。ステロイドの漸減は数カ月以上かけてゆっくり行なわねばならないことが多い。

 2)らい性結節性紅斑(Erythema Nodosum Leprosum ENL)
 L型ハンセン病の治療開始後数年たって、皮疹はほぼ引いた頃に、熱発、皮膚の発赤・化膿などがおこることがある。虹彩炎・神経炎も伴うことがあり、放置できない。TNFαの産生を抑制するサリトマイドが著効するが、ステロイドも有効。


8.治療の実際(筆者の方法であり、WHOの方法とは一部異なる)
(1)L型で、神経症状や反応性皮疹がほとんどない場合。
 外来、MDT/MB、2年間(あるいは皮膚からの塗抹で抗酸菌陰性になるまで)。

(2)L型で、強い神経症状(リバーサル反応による神経炎)がある場合。
 入院、B663 100mg/dayにステロイド(プレドニン換算30〜20mg)でスタートし、2〜8週間して症状が落ちつけば、MDT/MBにプレドニン10〜5mgを併用し、プレドニンはゆっくりと漸減して、外来に移行。2年間。

(3)L型で、らい性結節性紅斑(ENL)がある場合。
 入院、サリドマイド100mg就眠前投与し、1〜2週間して落ちついてきたら、サリドマイドを漸減(50→25mg)させて、MDT/MBを開始、外来に移行。

(4)境界型で、神経炎や反応性皮疹がほとんどない場合。
 外来、MDT/MB

(5)境界型で、神経炎が強い場合。
 入院、B663 100mg/dayにステロイド(プレドニン換算30〜20mg)でスタートし、2〜8週間して症状が落ちつけば、ステロイドをゆっくりと漸減する。6ヶ月以上かけてステロイドは切るが、筋肉注射の徐放性ステロイドが必要のことも多い。B663は100mg/隔日に減らしても良い。神経炎が落ちつけば外来に移行。神経炎の悪化を防ぐため、リファンピシンやDDSはB663投与が3ヶ月以上経過して、神経炎がある程度落ちつくまでは使わないほうが安全。

(6)類結核型
 外来、MDT/PBで6ヶ月。

9.治療の理論的背景
 リファンピシンは強い殺菌効果のある薬剤である。WHOのMDTでは主として経済性から月1回という変則的投与法がとられているが、結核と同じような毎日投与では、急激ならい菌の死滅にともなってENLが多発した歴史もある。我々の経験では月1回の投与で充分の治療効果を得ている。
 B663は、皮膚(とくにらい菌の多い部位)に黒褐色の色素沈着をきたすという副作用があるものの、殺菌効果と並んで、抗炎症効果も持つ薬剤で、らい反応の予防のためにも極めて重要な薬剤である。色素沈着に対して患者さんの抵抗がある場合には週1回100mgでも最低限の治療効果は期待できる。
 抗菌剤とステロイドの併用は、他の感染症においてもしばしば用いられるが、その場合に生体の免疫能を抑えるステロイドがらい菌の増殖を促進するのではないかとの不安があるかもしれない。しかし、臨床の実際においては、リファンピシン、B663あるいはニューキノロン剤がきちんと服用されておれば、ステロイドによるらい菌増殖は問題にはならない。それよりも、らい反応に伴う種々の合併症のほうが長期的には大きな問題になる。

10.病理学的診断基準
1)ハンセン病病変の特徴

 A.肉芽腫性炎症である。
 T型では、らい菌を少量含んだ類上皮細胞が、多数のリンパ球によって取り囲まれる。この病像は、結核やサルコイドーシスに良く似ている。一方L型では、らい菌を多量に含んだ大食細胞が密に増殖し、リンパ球は少数である。黄色腫や、皮膚線維腫(組織球腫)に似ることがある。また、L型の経過中にらい性結節性紅斑(ENL)を起こしているような場合には、この上に血管炎や多核白血球(好中球)の強い浸潤が見られるために、診断は困難のことがある。

 B.末梢神経を侵す。
 T型では、らい菌を含んだ末梢神経は急激に腫大するが、組織学的には、神経は類上皮肉芽腫によって完全に破壊されている。時間がたつと膿瘍化、石灰化や線維化が見られる。腫大して痛みのある神経は、神経鞘腫や神経線維腫などでも見られるが、組織学的には容易に鑑別できる。L型では、病変の初期には末梢神経は普通の染色では一見正常に見えるが、抗酸菌染色ではその中に抗酸菌を証明できることが多い。後になると、末梢神経は変性して均一の構造に見えるようになる。いづれにしろ、皮膚生検では真皮内の末梢神経を注意深く観察することが重要。電顕的にはシュワン細胞とマクロファージの胞体内に桿菌が見られる。

 C.組織内に、らい菌を証明する。
 らい菌は抗酸菌で、組織切片でも適切に染色すれば菌を証明できる。Ziehl-Neelsen法ではらい菌は染まりにくいため、Fite法や、その松本変法が良い。L型やB型では比較的容易に証明できるが、T型では菌数が少ないために、その証明は困難である。さらに、抗酸菌が証明できても、それがらい菌であるかどうかはこれまで証明の方法が少なかった。最近になって我々は抗PGL抗体による免疫組織化学的方法で、らい菌を他の抗酸菌から簡単に鑑別できるようになった。また、市販の抗BCG抗体による免疫組織化学でも染色される。これらの免疫染色は国立感染症研究所ハンセン病研究センターまたは星塚敬愛園研究検査科に依頼すれば可能である。

 D.上記の所見の総合判断。
 臨床所見の記載が適切で、ハンセン病を疑わせる末梢神経病変があれば(T型やB型)、病理診断は比較的容易であるが、L型で知覚障害が捉えられていない症例では、他の疾患との鑑別は意外と困難である。

2)L型における、病期と病理所見の対応
 A.新しい病変: 丸くはっきりした結節で、大食細胞が紡錘形をとる。
 B.熟した病変: 泡沫状の大食細胞がらい菌を多量に抱える(globi)。
 C.消退期: 泡沫細胞は残るが、らい菌はほぼ死滅。Fite染色では陰性だが、BCGやPGL免疫組織化学では陽性。
 D.治癒期: 特異的所見はない。

3)らい反応の病理
 A.境界反応 Reversal reaction
  (B)Tと同様のリンパ球を含む類上皮肉芽腫を形成する。L型に特徴的な泡沫細胞の残存がありながら、類上皮細胞が混在する場合には、境界群
反応と判断しやすいが、泡沫細胞がない場合には境界型との鑑別は困難である。

 B.らい性結節性紅斑 Erythema nodosum leprosum (ENL)
  L型の消退期病変(大型の泡沫細胞)に加えて、好中球の浸潤を伴う。化膿巣と良く似ている。

【参考文献】
1.Jopling WH, McDougall AC: Handbook of leprosy, 4th ed. Heinemann, London, 1988.
2.Leprosy 2nd ed. . Edited by Hasting RC, Churchill Livingstone, London, 1994
3.ハンセン病医学 東海大学出版会, 1997
4.Ridley DS: Skin biopsy in leprosy, 2nd ed. Documenta Geigy, Basle, 1985.
5.Ridley DS, Jopling WH: Classification of leprosy according to immunity - A five group system. Int J Leprosy 54:255-273, 1966.
6.WHO Expert Committee on Leprosy, 6th report. Technical report series 768, WHO, Geneva, 1988.
7.A guide to eliminating leprosy as a public health problem, WHO, Geneva, 1995.
8.WHO expert committee on leprosy, 7th report. Technical report series 874, WHO, Geneva, 1998
9.後藤正道・鈴木正和・北島信一・今泉正臣:星塚敬愛園におけるらいの変遷と現状−20年間の菌陽性率と再発の分析.日本らい学会雑誌62:1-12,1993.
10.後藤正道:らい.現代病理学体系5巻(炎症と感染) 327-338, 1995.

平成8年(1995年)3月発行 1997年3月オンライン版改訂(一部改定1999年8月17日)


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