1.患者さんの取扱いの基本
ハンセン病はうつりやすい病気ではありません。外来、検査、入院の取扱いにおいては、HBs抗原陽性(HBe抗原陰性)の患者さんと同等の注意をされれば充分です。隔離や個室の使用、器具の特別の消毒などは不要です。但し、全く治療を受けていない状態のL型ハンセン病の患者さんと、乳幼児との直接の接触は、避けるようにご指導下さい。
治療可能な予後のよい疾患ですから、病名については患者さんに正確にお伝え下さい。但し、まだ社会的偏見が払拭されていない部分もありますので、プライバシーの保護には特にご留意下さい。
2.診断指針
ハンセン病の病変と臨床症状は、らい菌の増殖に伴う直接の組織破壊と、らい菌に対する生体の免疫反応に伴う二次性の組織破壊の両者が複雑に絡み合って成立するので、時に理解が難しいことがある。
3.主な症状
病型に応じて様々の症状を示す。らい菌に対する細胞性免疫がほぼ正常に近いT型(Tuberculoid type、類結核型)では、知覚鈍麻を伴う少数の白斑ないし紅斑と末梢神経肥厚・麻痺で、らい菌はまず検出されない。らい菌に対する細胞性免疫が働かないL型(Lepromatous
type、らい腫型)においては、顔面や四肢に多発する紅斑・丘疹・結節であり、多数のらい菌を組織液の塗抹で検出できる。L型が進行すると手袋・靴下様の知覚鈍麻が出現する。細胞性免疫が不安定なB型(Borderline
type、境界型)では皮疹を伴う多発性神経炎を示す。
神経障害は、四肢伸側や顔面などの低温部の知覚神経(尺骨・橈骨・腓腹・大耳介神経等)が単発で激しく(T型)または多発でゆっくりと(L型)障害され、知覚過敏や知覚低下が起こる。B型では多発性神経炎の症状が当初から強いことが多い。炎症が運動神経に及ぶと、その末梢には運動麻痺や変形がおきる。上記の神経は神経肥厚・圧痛がおこりやすいので、触診が重要。
らい菌抗原の皮内反応であるレプロミン(光田)反応がL型では陰性、T型では陽性であり、逆に血清抗PGL-I抗体はL型が高値、T型が低値を示す。病型を分類する上で有用である。
WHOは、以下の3項目を一つ以上満たす場合をハンセン病と定義している。
−
明らかな知覚脱失を伴う、脱色素あるいは赤い皮疹(単発あるいは多発)
− 末梢神経の障害で、知覚脱失を伴う明らかな末梢神経肥厚がある
− 皮膚からの抗酸菌塗抹検査が陽性
4.病型分類と治癒判定基準
A.リドレー・ジョプリングの分類
Ridley & Jopling(1966)
I・TT・BT・BB・BL・LLの6型
B.コントロールプログラム用のWHO分類(1997)
MB(Multibacillary
多菌型):皮疹が6個以上あるいは皮膚塗抹で抗酸菌陽性
PB(Paucibacillary
少菌型):皮疹が2〜5個かつ皮膚塗抹で抗酸菌陰性
SLPB(Single lesion PB
単一病変少菌型):皮疹が1個だけで菌陰性
(SLPBはインドなどに多いが、日本ではこの状態で診断されることは稀)
C.厚生省病型表示研究班の分類(1988)
リドレー・ジョプリングを基本
以下の条件を満たせば「臨床的治癒」と判定することになった。
鎮静期(q):a)らい菌消失。b)皮疹は消失。らい反応なし。c)知覚障害の拡大や著明な筋力低下なし。d)眼や鼻などに活動性病変なし。
臨床的治癒(C):a)鎮静期の状態がIとTTで2カ年以上続いたとき。b)鎮静期の状態がBT・BB・BL・LLで5カ年以上続いたとき。
5.特殊検査
1)皮膚組織液の塗抹による抗酸菌検査・菌指数 (Bacterial Index)
皮疹部をアルコール綿で拭いたあと、指でつまみ、鋭利なメスで長さ3mm程度に切開し、組織液をメスの先でこすって採り、スライドグラスに塗布する。Ziehl-Neelsen法で染色し、ガフキーに準じた菌指数(BI)0〜6で評価する。
2)血清抗PGL抗体
らい菌はBCGや結核菌などの抗酸菌との共通タンパク抗原(DAKO社の抗BCG抗体に反応)と、らい菌特有の脂質抗原Phenolic
glycolipid
(PGL-I、抗体はまだ市販されていない)を持っている。両者は免疫組織化学(星塚敬愛園で引き受けます)に、また後者は血清診断に用いられる。富士レビオより市販のMLPAを用いて血清の抗PGL抗体を測定することにより、L型ハンセン病の活動性の判定ができる。
3)光田(レプロミン)反応
らい菌に対する細胞性免疫の有無とその程度を調べるために、L型ハンセン病患者の結節から採取・死滅させたらい菌を被検者の皮内に接種し、4週間後の硬結で判定する。現在、国内での検査液の入手は困難。
4)PCRによるらい菌の検出
らい菌の持つ熱ショック蛋白の内、他の抗酸菌と交差しない部位のDNA配列は、遺伝子増幅法であるPolymerase Chain Reaction
(PCR)を用いたらい菌の検出に用いられている。培養のできないらい菌を迅速に検出する方法として重要で、組織生検の一部を未固定で凍結乾燥しておけば、PCRによるらい菌の検出が可能。(国立感染症研究所ハンセン病研究センターにご相談下さい)
なお、ハンセン病の診断においては、皮膚科のみならず、神経内科(末梢神経障害の精査)、耳鼻咽喉科(鼻腔内病変の精査)、眼科(らい性虹彩炎の精査)もご考慮下さい。
6.治療指針
以下の基準に従って一般病院(皮膚科あるいは神経内科)で治療されることが望まれます。なお、サリドマイド(100mg)は、最寄りのハンセン病療養所(もしも連絡がとれない場合には星塚敬愛園)の化学療法科(基本治療科)の医師にご連絡して、入手して下さい。
略号(WHOの方式) MDT/MB(Multidrug therapy/multibacillary):皮膚からの塗抹検査で1ヶ所でも抗酸菌陽性または皮疹が6個以上または多発性神経炎(例えば5本以上の神経幹に腫大・圧痛がある場合)に適応。
体重60kgの成人の場合、DDS(レクチゾール)100mg/day、B663(clofazimine、ランプレン)50mg/day、さらにリファンピシン600mg/月とB663・300mgを外来で眼前投与。1年間続ける。(筆者は2年間としている)(なお、WHOの推奨治療期間は、1982〜1992年は最低2年間・可能ならば菌陰性になるまで、1993〜1996年は2年間で中止、1997年からは1年間で中止となっている。)
MDT/PB(Multidrug
therapy/paucibacillary):皮膚からの塗抹検査で抗酸菌陰性かつ皮疹が2〜5個かつ神経障害が神経幹の2本以内の場合に適応。
体重60kgの成人の場合、DDS(レクチゾール)100mg/day、さらにリファンピシン600mg/月を外来で眼前投与。6ヶ月続ける。MDT/SLPB(Multidrug
therapy/Single lesion PB):皮疹が1個だけで菌陰性の場合に適応。
体重60kgの成人の場合、リファンピシン600mg、オフロキサシン400mg、ミノサイクリン100mgを外来で眼前投与。1回のみで治療終了。
7.経過中に起こり得るらい反応について
順調な治療経過をとっていた患者さんが、急に症状の悪化を訴える場合、その多くはらい反応によるものです。以下の原則で治療を行なって下さい。症状によっては、入院も必要になります。また、未治療の新患であっても、当初から反応の状態が見られる(らい反応が初発症状)こともありますので、その場合も以下に準じて対応してください。
1)境界反応(Reversal
reaction 1型反応)
境界型ハンセン病の治療開始後数カ月以内に、急に顔面などの皮膚が赤く腫大し、神経炎が悪化することがある。これは、それまで弱かったらい菌に対する細胞性免疫が回復することによっておこる。化学療法は続けたまま、ステロイドで過剰な炎症を抑えることが重要。ステロイドの漸減は数カ月以上かけてゆっくり行なわねばならないことが多い。
2)らい性結節性紅斑(Erythema
Nodosum Leprosum ENL)
L型ハンセン病の治療開始後数年たって、皮疹はほぼ引いた頃に、熱発、皮膚の発赤・化膿などがおこることがある。虹彩炎・神経炎も伴うことがあり、放置できない。TNFαの産生を抑制するサリトマイドが著効するが、ステロイドも有効。
8.治療の実際(筆者の方法であり、WHOの方法とは一部異なる)
(1)L型で、神経症状や反応性皮疹がほとんどない場合。
外来、MDT/MB、2年間(あるいは皮膚からの塗抹で抗酸菌陰性になるまで)。
(2)L型で、強い神経症状(リバーサル反応による神経炎)がある場合。
入院、B663 100mg/dayにステロイド(プレドニン換算30〜20mg)でスタートし、2〜8週間して症状が落ちつけば、MDT/MBにプレドニン10〜5mgを併用し、プレドニンはゆっくりと漸減して、外来に移行。2年間。
(3)L型で、らい性結節性紅斑(ENL)がある場合。
入院、サリドマイド100mg就眠前投与し、1〜2週間して落ちついてきたら、サリドマイドを漸減(50→25mg)させて、MDT/MBを開始、外来に移行。
(4)境界型で、神経炎や反応性皮疹がほとんどない場合。
外来、MDT/MB
(5)境界型で、神経炎が強い場合。
入院、B663 100mg/dayにステロイド(プレドニン換算30〜20mg)でスタートし、2〜8週間して症状が落ちつけば、ステロイドをゆっくりと漸減する。6ヶ月以上かけてステロイドは切るが、筋肉注射の徐放性ステロイドが必要のことも多い。B663は100mg/隔日に減らしても良い。神経炎が落ちつけば外来に移行。神経炎の悪化を防ぐため、リファンピシンやDDSはB663投与が3ヶ月以上経過して、神経炎がある程度落ちつくまでは使わないほうが安全。
(6)類結核型
外来、MDT/PBで6ヶ月。
9.治療の理論的背景
リファンピシンは強い殺菌効果のある薬剤である。WHOのMDTでは主として経済性から月1回という変則的投与法がとられているが、結核と同じような毎日投与では、急激ならい菌の死滅にともなってENLが多発した歴史もある。我々の経験では月1回の投与で充分の治療効果を得ている。
B663は、皮膚(とくにらい菌の多い部位)に黒褐色の色素沈着をきたすという副作用があるものの、殺菌効果と並んで、抗炎症効果も持つ薬剤で、らい反応の予防のためにも極めて重要な薬剤である。色素沈着に対して患者さんの抵抗がある場合には週1回100mgでも最低限の治療効果は期待できる。
抗菌剤とステロイドの併用は、他の感染症においてもしばしば用いられるが、その場合に生体の免疫能を抑えるステロイドがらい菌の増殖を促進するのではないかとの不安があるかもしれない。しかし、臨床の実際においては、リファンピシン、B663あるいはニューキノロン剤がきちんと服用されておれば、ステロイドによるらい菌増殖は問題にはならない。それよりも、らい反応に伴う種々の合併症のほうが長期的には大きな問題になる。
10.病理学的診断基準
1)ハンセン病病変の特徴
A.肉芽腫性炎症である。
T型では、らい菌を少量含んだ類上皮細胞が、多数のリンパ球によって取り囲まれる。この病像は、結核やサルコイドーシスに良く似ている。一方L型では、らい菌を多量に含んだ大食細胞が密に増殖し、リンパ球は少数である。黄色腫や、皮膚線維腫(組織球腫)に似ることがある。また、L型の経過中にらい性結節性紅斑(ENL)を起こしているような場合には、この上に血管炎や多核白血球(好中球)の強い浸潤が見られるために、診断は困難のことがある。
B.末梢神経を侵す。
T型では、らい菌を含んだ末梢神経は急激に腫大するが、組織学的には、神経は類上皮肉芽腫によって完全に破壊されている。時間がたつと膿瘍化、石灰化や線維化が見られる。腫大して痛みのある神経は、神経鞘腫や神経線維腫などでも見られるが、組織学的には容易に鑑別できる。L型では、病変の初期には末梢神経は普通の染色では一見正常に見えるが、抗酸菌染色ではその中に抗酸菌を証明できることが多い。後になると、末梢神経は変性して均一の構造に見えるようになる。いづれにしろ、皮膚生検では真皮内の末梢神経を注意深く観察することが重要。電顕的にはシュワン細胞とマクロファージの胞体内に桿菌が見られる。
C.組織内に、らい菌を証明する。
らい菌は抗酸菌で、組織切片でも適切に染色すれば菌を証明できる。Ziehl-Neelsen法ではらい菌は染まりにくいため、Fite法や、その松本変法が良い。L型やB型では比較的容易に証明できるが、T型では菌数が少ないために、その証明は困難である。さらに、抗酸菌が証明できても、それがらい菌であるかどうかはこれまで証明の方法が少なかった。最近になって我々は抗PGL抗体による免疫組織化学的方法で、らい菌を他の抗酸菌から簡単に鑑別できるようになった。また、市販の抗BCG抗体による免疫組織化学でも染色される。これらの免疫染色は国立感染症研究所ハンセン病研究センターまたは星塚敬愛園研究検査科に依頼すれば可能である。
D.上記の所見の総合判断。
臨床所見の記載が適切で、ハンセン病を疑わせる末梢神経病変があれば(T型やB型)、病理診断は比較的容易であるが、L型で知覚障害が捉えられていない症例では、他の疾患との鑑別は意外と困難である。
2)L型における、病期と病理所見の対応
A.新しい病変: 丸くはっきりした結節で、大食細胞が紡錘形をとる。
B.熟した病変: 泡沫状の大食細胞がらい菌を多量に抱える(globi)。
C.消退期: 泡沫細胞は残るが、らい菌はほぼ死滅。Fite染色では陰性だが、BCGやPGL免疫組織化学では陽性。
D.治癒期: 特異的所見はない。
3)らい反応の病理
A.境界反応 Reversal reaction
(B)Tと同様のリンパ球を含む類上皮肉芽腫を形成する。L型に特徴的な泡沫細胞の残存がありながら、類上皮細胞が混在する場合には、境界群
反応と判断しやすいが、泡沫細胞がない場合には境界型との鑑別は困難である。
B.らい性結節性紅斑 Erythema nodosum leprosum (ENL)
L型の消退期病変(大型の泡沫細胞)に加えて、好中球の浸潤を伴う。化膿巣と良く似ている。
【参考文献】
1.Jopling WH, McDougall AC: Handbook of leprosy, 4th ed. Heinemann,
London, 1988.
2.Leprosy 2nd ed. . Edited by Hasting RC, Churchill Livingstone, London,
1994
3.ハンセン病医学 東海大学出版会, 1997
4.Ridley DS: Skin biopsy in leprosy, 2nd ed.
Documenta Geigy, Basle, 1985.
5.Ridley DS, Jopling WH: Classification of leprosy
according to immunity - A five group system. Int J Leprosy 54:255-273,
1966.
6.WHO
Expert Committee on Leprosy, 6th report. Technical report series 768, WHO,
Geneva, 1988.
7.A guide to eliminating leprosy as a public health problem, WHO,
Geneva, 1995.
8.WHO expert committee on leprosy, 7th report. Technical report series
874, WHO, Geneva, 1998
9.後藤正道・鈴木正和・北島信一・今泉正臣:星塚敬愛園におけるらいの変遷と現状−20年間の菌陽性率と再発の分析.日本らい学会雑誌62:1-12,1993.
10.後藤正道:らい.現代病理学体系5巻(炎症と感染)
327-338, 1995.
平成8年(1995年)3月発行 1997年3月オンライン版改訂(一部改定1999年8月17日)
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