I 経済社会の変化と企業・労働者を取り巻く状況
1.企業を取り巻く状況
(1)経済・雇用の回復
我が国経済は、平成14年初に緩やかな景気回復局面に入った後、一時的に輸出や生産が弱含みで推移したものの、平成17年央から持ち直しの動きがみられ、その後も長期の景気回復を続けている。雇用情勢についても、厳しさが残るものの改善に広がりがみられるようになっており、平成18年1〜3月期以降、有効求人倍率は1倍を上回っている。ただし、地方圏において厳しい雇用情勢が続いていること、中小・零細企業の雇用の改善が遅れたことなど、地域・企業規模による違いが大きい。
人手不足感が強まる中、バブル景気崩壊後のリストラの中で、これまで採用を手控えてきたことの反動もあって、企業の採用活動が活発になってきている。公共職業安定所における求人の動き(季節調整値、四半期平均値)をみると、平成18年7〜9月期には、新規求人87万人、有効求人233万人と、バブル期や高度経済成長期を超え、既往最高水準となり、平成19年に入って以降も高水準で推移している。
また、団塊世代の労働市場からの引退を控えた技能継承の問題もあって、企業の教育訓練投資は、このところ増加しているが、中小企業では低調なままとなっている(厚生労働省「就労条件総合調査」)。
景気の回復に伴い、人材が流動化する動きも生じている。平成18年上半期雇用動向調査によると、延べ労働移動率は産業計で19.0%と、対前年同期1.1ポイントの低下となったが、情報通信業では17.3%と2.5ポイント上昇するなど、一部において人材流動化の動きがあらわれている。
(2)グローバル化、市場競争激化
グローバル競争の激化や将来予測性の低下に加え、平成13年の商法等の改正による株式会社改革、会計基準改革等の影響もあって、短期的利益を重視する経営姿勢が強まるなど、企業行動が変化している。
財務省「法人企業統計」によると、労働分配率は、平成11年の75.5%をピークに2005年には70%と低下傾向にあるが、特に大企業では平成10年の65.4%から2005年には54.9%にまで低下している。一方、中小企業においては、大幅なコストダウンを迫られ、営業純益は赤字が続き、企業の存続に懸命に努力している状況にあり、労働分配率が80%台後半で高止まりしている。
また、正規労働者の割合が減少する一方、短期的収益拡大、資本利益率向上等の要請が高まる中で、週60時間以上働く者の割合が、30歳代男性で21.7%(総務省「労働力調査」、平成18年)に上っているように、働き盛りの30〜40歳代を中心に長時間労働が顕著となっている。
(3)サービス経済化の進展
総務省「国勢調査」により、平成12年から17年までの5年間の産業別就業者の変化をみると、製造業において135万人減少する一方で、医療・福祉において108万人、サービス業において76万人、情報通信業においては5万人の就業者が、それぞれ増加している。同様に、職業別就業者の変化をみると、専門的・技術的職業従事者が13万人、サービス職業従事者が63万人それぞれ増加している。
このように、就業者の構造の変化からも、サービス経済化の動きが進んでいると考えられるが、こうした中で、多様化する顧客ニーズへの迅速・的確な対応、新たな技術への対応等がますます重要となっている。こうした対応を図るために、新たな付加価値やサービスを生み出す優秀な人材の確保・育成が企業の競争力の源泉となりつつある。
他方、経済のサービス化などに伴い、パート、派遣、契約社員等非正規労働者が増加しており、総務省「労働力調査(詳細結果)」によれば、平成19年1〜3月期1,726万人と、平成14年1〜3月期からの5年間で320万人増加している。個別企業はもとより、企業の枠を超えた社会全体として、これらの者の能力開発やキャリア支援のあり方を考えていく必要がある。
(4)人口減少、少子・高齢化社会の進展
高齢化が進展する一方、少子化が進み、平成17年には初めて人口が自然減となるなど、本格的な人口減少社会に突入し、労働力人口が趨勢的に減少する流れにある。雇用政策研究会による労働力人口の見通しによると、平成16年に6,642万人であった労働力人口は徐々に減少し、平成27年には6,535万人と平成16年の水準から約10万人減少し、さらに20年後の平成42年には6,109万人と平成16年の水準から約530万人減少すると見込まれている。
人口減少下において、適度な経済成長を維持するためには、就業率と生産性の向上が課題となる。このような中、当面、60歳から65歳への年金支給開始年齢の引き上げに伴う団塊の世代等の継続雇用等の処遇の確保とこれからの時代を担う若年人材の確保と育成が重要となっている。
また、女性の労働力率を年齢階級別にみると(総務省「労働力調査」(平成18年))、25〜29歳層(75.7%)と45〜49歳層(74.0%)を左右のピークとして、30〜34歳層(62.8%)をボトムとするM字型カーブを描いており、近年、25〜34歳層の労働力率の大幅な上昇により、M字型の底上げ傾向にあるものの、なお一層の女性労働者の活躍が期待されるところであり、育児期間の前後の就労に限らず、幅広い層の女性が能力を発揮し、活躍することができるようにすることが重要となっている。
2.労働者を取り巻く状況
(1)長寿化と就労のあり方の変化
平均寿命(男性78.56歳、女性85.52歳(平成17年、厚生労働省「第20回生命表」))や健康寿命(男性72.3歳、女性77.7歳(平成14年、WHO報告))が男女とも伸長する中で、引退年齢についても65歳までの継続雇用にとどまらず、個人の意欲・能力に応じて働き続ける環境をつくることが次の課題となりつつある。
また、就業期間の長期化が見込まれるとともに、持続可能な働き方として、ライフサイクルに応じて、短時間労働や在宅勤務を選択したり、職業生涯の中途に於いてキャリアのあり方を見直したり、まとまった能力開発を受ける機会を設けることなどが求められるようになっている。
(2)就業意識・形態の多様化
働く者の就業意識は多様化しつつあり、若年世代を中心として、自らのライフスタイルを重視する傾向や企業組織に依存せず、自立したキャリアを目指す傾向がみられるほか、年代の如何を問わず、職業に対するこだわりと誇りを持ったプロフェッショナル志向を持つ人材も増加している。
就業形態については、正規の職員・従業員が減少する一方、パートタイム労働者、派遣社員、契約社員・嘱託といった非正規の職員・従業員の比率は、平成9年の23.2%(総務省「労働力調査特別調査」2月調査)から平成19年には33.7%(総務省「労働力調査(詳細結果)(1〜3月期平均)にまで高まっている。また、各人の生活上の都合やライフスタイルに配慮した在宅勤務など勤務形態の多様化も進みつつある。
厚生労働省「平成15年就業形態の多様化に関する総合実態調査」により、非正規労働者の増加の背景について、需要面からみると、パートの雇用理由として、「賃金節約のため(55.0%)」、「1日、週の中の仕事の繁閑に対応するため(35.0%)」とする事業所が、また、派遣労働者を活用する理由として、「景気変動に応じて雇用量を調整するため(26.4%)」、「賃金の節約のため(26.2%)」とする事業所が多く、コスト要因や業務の繁閑への対応というニーズが高い。
同調査により、供給面からみると、パート選択の理由として、「自分の都合のよい時間に働けるから(38.8%)」、「勤務時間や労働日数が短いから(28.8%)」、派遣労働者の選択理由として、「組織に縛られたくないから(23.1%)」、「専門的な資格・技能が活かせるから(21.1%)」となっている。こうした需給両面のニーズに対応し、非正規労働者が大幅に増加してきたところであるが、近年、景気回復に伴い、正規労働者の増加がみられている。
こうした多様化、特にパートタイム労働や派遣、契約社員などの増加の一方で、企業の教育訓練機会には、就業形態間で格差が存在しており、厚生労働省「平成18年度能力開発基本調査」によれば、正社員に対しては53.9%の事業所が「計画的なOJT」を、72.2%の事業所が「Off-JT」を実施しているが、非正社員に対しては、教育訓練を実施した事業所の割合は低い水準にとどまっている(「計画的なOJT(32.2%)」、「Off-JT(37.9%)」)。同時に、フルタイムとの賃金格差、キャリア展望のなさなどの問題も指摘されるところであり、二極分化など過度の格差拡大にならないよう仕事の配分、能力開発・キャリアの支援、処遇のあり方等に配慮していくことが求められるようになっている。
(3)健康上の問題、ワーク・ライフ・バランス
近年、長時間労働やストレスを原因とする過労や精神障害に陥る者が急増しており、労災補償の状況をみると、脳血管疾患及び虚血性心疾患等(「過労死」等)事案及び精神障害等事案の支給決定件数は、平成18年度それぞれ355件(平成15年度比13.1%増)、205件(同89.8%増)となっている。
また、労働とは直接関係ないものの、自殺者数(警察庁発表)をみると、平成18年中における自殺者数は32,155人となり、平成10年以降9年連続して3万人を超えている。また、国際的にみても、G8諸国の中で、人口10万人当たりの死亡者数が、ロシアに次いで第2位となっている(平成14年時点)。
こうした働き方に係る深刻な事態を転換し、キャリア継続を支援するためには、企業在籍中から、従業員の心身の健康が維持されるよう、企業は積極的に支援をしていく必要がある。具体的には、従前から実施している、疾病予防のための施策や恒常的な長時間労働の抑制だけでなく、休暇の取得や多様な就業形態の選択などによる働き方と生活の調和、即ち、ワーク・ライフ・バランスを一企業のみならず社会全体で積極的に図っていくことが不可欠となっている。
また、こうした事態の背後にある市場競争の激化やそれに伴う短期的成果重視に偏る傾向に対して、生活等とのバランスをとる方策を根本的に考えていくことが求められる。
II 企業と働く者の関係
1.状況と課題
(1)集団的関係から個別関係への移行
(職業キャリアの自立的展開)
職業生涯が長くなる傾向にある一方、激しい環境変化による企業寿命の短縮、技術や職務の変化等に伴う離転職の可能性の増大など、働く者個人が自ら職業キャリアの方向づけを迫られる機会が拡大している。
また、企業内においても、不確実性やリスクの高まる経営環境の中で、新しい価値を創造するために信念を持って行動する感性や問題意識の高い個人が必要とされ、働く者自らが変化に対応し、自立的にキャリアを切り開くことが求められている。
実際に、厚生労働省「平成18年度能力開発基本調査」において、労働者の職業生活設計についての考え方をみると、正社員においては、「自分で職業生活設計を考えていきたい(31.1%)」、「どちらかといえば自分で職業生活設計を考えていきたい(36.8%)」と考える者の割合は、併せて67.9%と高率となっている(非正社員では合計46.3%)。
また、自己啓発の実施率(過去1年間の実施率)についても、正社員については46.2%(非正社員23.4%)と比較的高率である。
こうした動向に呼応して、後述するように、大企業を中心に、個人の主体的なキャリア開発・形成を支援しようとする動きが活発となっている。こうした動きを企業の中のシステムとして定着させるためには、従業員一人ひとりが「何をしたいのか、どのように働きたいのか」という意識を明確化することや企業内の人事管理や能力開発を中心とするスキル管理、労務管理等のシステムの見直し、さらには、自立的な企業風土を醸成すること等を相互に関連づけながら発展させていく必要がある。
また、こうした施策を進めるに当たっては、各企業の業種・業態や企業の文化・風土、キャリア支援を進めようとする職務の性格などの違いを認識しつつ、その状況に応じ、段階的に進めるなどの模索が必要とされよう。
なお、「職業キャリアの自立(律)」については、キャリア支援政策を論ずる場合、「自律」が使われるのが通常であるが、本研究会では、後述(P27(キャリアの「自律」と「自立」)の考え方から、「自立」の表現を使っている。
(労使関係の個別化)
近年、労働組合の組織率低下や、労働者の就業意識・就業形態の多様化等に伴い、労使関係の個別化が進行している。
最近の労使紛争の動向をみると、集団的労使紛争が減少するとともに、企業組織の再編、人事労務管理の見直し等もあり、個別労使紛争の大幅な増加や多様化が進展している。
具体的に、公的機関に持ち込まれた労使紛争の状況をみると、個別労使紛争については、労働局での相談件数(平成18年度約19万件、対平成15年度比33.1%増)、助言・相談申出件数(同約5,800件、同31.6%増)、あっせん申請件数(同約6,900件、同29.4%増)等いずれも急増しているほか、全国の地方裁判所で受理した労働関係民事訴訟の新規受理件数も2,000件台の水準で推移している。内容的には、労働局紛争調整委員会の平成18年度におけるあっせん申請内容の内訳をみると、解雇(39.4%)、いじめ・嫌がらせ(13.0%)、労働条件の引き下げ(8.3%)、退職勧奨(6.8%)、セクシャアル・ハラスメント(3.5%)、出向・配置転換(3.1%)、その他の労働条件(17.2%)等となっている。
このように、個別労使紛争の急増と多様化、集団的労使紛争の減少の傾向が際立っているが、こうした状況の背景には、労働者の就業意識・就業形態の多様化やそれに伴うキャリアの個別化、多様化が進んでいる実態がある。こうした労使関係の個別化の動きに加え、労働組合の組織率が低下しており、企業内において個々の従業員の抱える問題に、労使双方がどのように対応し、いかに解決していくかは、今後の重要な課題である。
(2)人材育成・スキルマネジメント
市場における競争が激化する中で、新たな付加価値やサービスを生み出す人材が競争力の源泉となりつつあり、各企業とも優れた人材の確保と育成が経営戦略の要となっている。
特に、バブル期に人材の確保・育成に十分手をかけられなかったことから、景気・雇用が回復し、安定した経済に入った昨今、人材育成を中心に人事改革を進めようとする企業も少なくない。
(人材育成の状況)
人材育成の方法としては、OJTとOff-JTがあるが、厚生労働省「平成18年度能力開発基本調査」によってみると、平成17年度1年間に正社員に対し、計画的OJTを実施した事業所は53.9%(非正社員は32.2%)、同じく正社員に対し、Off-JTを実施した事業所は72.2%(非正社員37.9%)となっている。また、OJTとOff-JTの関係について、OJTを重視する(「重視するに近い」を含む。)企業が75.3%であり、Off-JT重視(「重視するに近い」を含む。)企業の22.9%を大幅に上回っている。今後、どちらを重視するかという問についても、65.8%の企業がOJTを重視するとしている。
また、能力開発責任主体については、能力開発を「企業の責任」(「企業の責任に近い」を含む。)とする企業は68.4%であり、「労働者個人の責任」(「労働者個人の責任に近い」を含む。)とする企業(30.0%)の倍以上である。今後のあり方についても、「企業の責任」とする企業は74.8%にのぼっている(「労働者個人の責任」23.7%)。
このほか、能力開発投資の負担については、「企業の負担」(「企業の負担に近い」を含む。)とする企業は62.3%であり、「本人の負担」(「本人の負担に近い」を含む。)の36.0%を上回っている。
次に、Off-JTの内容としては、階層別研修、管理、技術、営業などの職能別研修、課題別研修などが一般的である。上記調査によって、正社員のOff-JTの受講内容をみると、社外で行われたOff-JTについては、職能別研修が最も多く35.2%、次いで、課題別研修22.3%、階層別研修15.8%、その他の教育研修12.6%となっており、社内で行われたOff-JTについては、階層別研修が36.3%、職能別研修35.9%、課題別研修32.3%、その他14.0%となっている。
Off-JTを受講した者について、受講した教育訓練の実施主体をみると、正社員については、公益法人その他の業界団体が23.1%、民間教育訓練機関32.4%、自社66.5%、経営者団体9.5%となっている。これに対し、非正社員は、自社76.5%、民間教育訓練機関10.1%、経営者団体4.6%、公益法人その他の業界団体9.9%と実施主体の割合が大きく異なっている(ただし、非正社員全体のOff-JT実施率自体が37.9%と低い。)。
(スキルマネジメントの動き)
求められる能力の変化に伴い、近年、技術・技能の修得にとどまらず、リーダーシップ、チームワーク力、革新力など、成果に結びつく思考・行動特性(コンピテンシー)等が注目される方向にあり、人材育成方法としても、OJTやOff-JT訓練にとどまらず、幅広く、スキルマネジメントが追求されている。スキルマネジメントは、スキルをどう保有し、活用し、育成していくかを管理していくものであり、各人のスキルとコンピテンシーを評価して格付けするとともに、スキル目標に従って、育成する計画を立て、自らスキル向上を図ることを支援するものである。
スキルマネジメントを進めるうえで、能力評価を如何に行うかがとりわけ、重要な鍵となる。元々、人の能力を評価することは極めて困難な課題であり、いくら手間と時間をかけても正確に評価できるとは限らない。このため、能力評価のやり方については、職能資格制度などにみられるように、「ある程度概括的に評価する」という考え方も有力である。
しかしながら、こうした評価の仕方は、結果的に年功的な運用につながり易い面もある。近年の急激な技術革新等の変化に対応するため、評価が下がることもありうる実質的に機能する仕組みとして、コーチの介在のもと、スキル評価の委員会で討議して決める等、手間と時間をかけ、本人の納得感、公平感のある評価制度の構築を図っている例もある。
人材育成、スキルマネジメントを進めるに当たっては、往々にして、人材流出の懸念や短期的な成果を求める経営管理との関係が問題となる。
人材流出の懸念という点については、80%以上の企業が優れた人材の採用を課題として挙げる一方、5割の企業が人材流出に悩んでいるという民間の調査結果の例があるように、個人のキャリア支援や育成を行っても、人材流出により、投資を回収できないことを懸念する向きもある。しかしながら、人材育成やキャリア支援に力を入れることは、求人難の時代にあって、優れた人材を集める大きな誘因であり、優れた企業の中には、人を育てることによって社会に貢献できることを誇りとするものも少なくない。
短期的成果を求める経営管理という点では、近年、成果主義的人事管理が普及しつつあるが、一人ひとりの能力を伸ばし評価することが原点にないと、人材戦略として行き詰まりかねない。特に、市場競争が激化する中で、株主価値最大化のため、短期的成果を求める経営動向もみられるが、中長期的な人材育成との折り合いをどのようにつけるかは大きな課題である。この点、通常の業務を遂行するラインの上司とは別に、スキルを持続的に育成する観点の上司も設け、ツーキャップ制として短期的業務の要請と中長期的な人材育成という要請のバランスをとっている例もある。
《コラム1》「『コーチ制度』による“2Way”コミュニケーション」(A社)
A社では、ビジネスマネジメントとスキルマネジメントの両立を図るとともに、綿密なカウンセリング等を実現する観点から、「コーチ制度」を導入している。
コーチ制度とは、いわゆるライン長とは別に、自分が組織で最も尊敬する人を一人コーチとして任命し、その人に色々なキャリアに関する相談を「腹を割って」できるようにするもの。上司との関係だけでは、どうしても当面の業務処理が優先されたり、相談しにくいことも出てくる。腹を割った相談ができるコーチは、いわゆるショックアブソーバー的な役割をしている。
コーチは、スキル評価に当たっても重要な働きをしている。A社では、スキル評価のレベル(6段階)を上げるためには、「パネル」と呼ばれるスキル評価のためのコミッティー(アセッサー会議)で審議を受け、了承される必要がある。このパネルにおいて、コーチは本人の代弁者となって、様々な証拠を示しながらレベルを上げることの妥当性を説明し、討議が行われる。
一人の審議に1ヶ月以上の期間を費やすことになるため、関係者には大変な負荷になるが、サービス業においてスキル評価は根幹をなす重要事ということで、社として絶対に守るべきという姿勢でやっている。このことが、本人にとっては、評価の納得性、公平性を高めることにつながっている。
(3)技能継承の問題
団塊の世代の引退が始まる、いわゆる2007年問題や、少子化による若年者の減少、非正規労働者の増加などにより、ものづくりの現場において、技能継承について、困難な状況が生じている。
厚生労働省「平成18年度能力開発基本調査」によれば、団塊の世代の退職等により発生する技能継承について、「問題がある」事業所は29.6%であるが、ほとんどの事業所で何らかの取組が行われている。内訳としては、「退職者の中から必要な者を選抜して雇用延長、嘱託による再雇用を行い、指導者として活用している(81.1%)」、「中途採用を増やしている(43.2%)」、「新規若年者の採用を増やしている(38.0%)」が主なものである。反面、具体的な技能継承を意識した取組までは十分至っておらず、「技能継承のための特別な教育訓練により、若年・中堅層に対する技能・ノウハウ等伝承している」は21.1%、「退職予定者の伝承すべき技能・ノウハウ等を文書化、データベース化、マニュアル化している」は23.3%にとどまっている。
日本のものづくり産業の状況をみると、経済のグローバル化に伴う対外直接投資が進展する一方、国内製造拠点は、製品の開発、設計・試作、品質確保、人材育成など、いわゆるマザー工場としての機能を有しており、海外生産が拡大する中で、その重要性は増大している。
こうしたマザー工場としての機能を維持・発展させるためには、高度な技術・技能のみならず、裾野を含めた幅広い技能の継承を進める必要があるが、次のような点で、いくつかの懸念が生じている。
まず、技能継承に関わる問題の一つに、企業規模の如何を問わず、非正規労働者の増加の問題がある。多くの製造現場では、正規労働者以外に、パートタイム労働者、派遣労働者、請負労働者(日系人を含む。)等が混在しており、製品の品質を保ちつつ、効率的に生産していくためには、これら労働者のマネジメントのあり方が重要になりつつある。特に、ものづくり現場の技能は、一朝一夕で身に付くものではなく、現場の技能蓄積を図りつつ、徐々に伝承していくものであり、文化・風土も重要である。こうした性格を持ったものづくり現場の技能について、短期的に入れ替わる非正規労働者や外部の労働者が増える中で、どのように継承していくかが大きな課題である(ただし、厚生労働省「平成18年度能力開発基本調査」によると、33.2%の事業所が、技能継承の取組として、非正規労働者の活用を挙げている。)。
また、少子化が進み、若年世代の数が絶対的に不足しているうえに、製造業において若年世代を中心に人材確保難の状況も見受けられる。特に、中小製造業においては、この傾向が顕著であり、技能継承の受け手がなく、各地の中小企業集積の貴重な技能が失われかねない状況にある。
このほか、今後のものづくり産業を持続・発展させるためには、我が国の技能者を育成する教育をどこで行うかという問題がある。これまで、一部の公共職業能力開発施設(都道府県立職業能力開発校、雇用・能力開発機構立職業能力開発大学校や高等専門学校等)における育成のほか、工業学校がその役割を担ってきた。しかしながら、近年、工業高校への進学が、必ずしも、本来のものづくりを担う職業意識を伴ったものではなく、ものづくり人材育成としての機能が弱まってきており、職業選択と教育の関連という観点から、そのあり方を抜本的に考え直すことも必要である。
(4)キャリア支援
(キャリア意識・自己啓発)
前述したとおり、企業内外を問わず、労働者を取り巻く状況は急激に変化しており、従業員自ら、職業キャリアの方向づけをしていくことが求められるようになってきている。
厚生労働省「平成18年度能力開発基本調査」によって、従業員の意識をみると、これからの職業生活設計について、正社員では、「自分で職業生活設計を考えていきたい」とする者(「どちらかといえば、自分で職業生活設計を考えていきたい」を含む。)は67.9%(非正社員では46.3%)と高率になっている。
また、従業員の自己啓発の実施状況をみると、正社員については、46.2%の実施率(非正社員23.4%)である。
自己啓発の目的は、同「平成17年度能力開発基本調査」によると「現在の仕事に必要な知識・能力を身につけるため」79.3%、「将来の仕事やキャリアアップに備えて」53.4%、「資格取得のため」29.0%である。また、自己啓発の実施形態は、正社員においては「社内の自主的な勉強会・研究会への参加」42.8%、「ラジオ・テレビ・専門書・インターネットなどによる自学・自習」39.0%「民間教育訓練機関(民間企業、公益法人、各種団体)の講習会・セミナーへの参加」28.6%、「通信教育の受講」21.3%となっている(同「平成18年度能力開発基本調査」)。
自己啓発の問題として、正社員の挙げている点は、「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」60.5%、「費用がかかりすぎる」40.3%、「セミナー等の情報が得にくい」23.9%、「自己啓発の結果が社内で評価されない」22.6%、「適当な教育訓練機関が見つからない」21.5%、「コース受講や資格取得の効果が定かでない」21.4%、「休暇取得・早退等が会社の都合でできない」20.2%であり、休暇・早退を含め、時間の確保が最大の課題となっている。
(キャリア支援)
従業員の自己啓発意識の高まりに応じて、大企業を中心に、社内制度としてキャリア支援を行うところが増えてきている。キャリア支援の内容としては、キャリア・コンサルティング、カウンセリング等の相談、キャリア・プランの策定支援、自己啓発・能力開発の支援、教育訓練休暇などの休暇の付与や、自己申告制、FA制、公募制などの主体的なキャリア・プランを尊重した配置・任用の仕組みなどである。
このうち、キャリア・コンサルティングについては、現在それを実施している人材がいる企業は7.8%(規模計。規模別には、1001人以上規模17.8%、101〜1000人規模5.8%、100人以下規模3.5%)であり、キャリア・コンサルタントがいない企業においては、「育成・導入する予定がない」(63.4%)に次いで、「育成・導入について検討したい」(22.0%)となっている(キャリア・コンサルティング協議会「キャリア・コンサルティングに関する実態調査結果報告書」平成19年3月)。
また、どのような場を通して従業員に自分自身のキャリア形成を考えてもらうようにしているかについては、「上司との面談」が48.0%で最も多く、以下、「教育訓練機関の情報提供を通して」29.2%、「自己申告制度」27.7%、「そのようなことは特に行っていない」22.8%となっており、専門的なツールを持ってキャリア支援を行っている企業は少数にとどまっている(同「平成17年度能力開発基本調査」)。
他方、正社員の自己啓発を支援している事業所は77.3%に達しており、自己啓発支援している事業所についてみると、その内容的には、「受講料などの金銭的援助」63.4%、「教育訓練機関、通信教育等に関する情報提供」40.5%、「就業時間の配慮」43.0%、「社内での自主的な勉強会等に対する援助」41.1%となっている(同「平成18年度能力開発基本調査」)。
このように、全体として、従業員自ら職業生活設計をする必要性は広く認められつつあるものの、そのためのキャリア支援、特にキャリア・コンサルティングや自己申告制度など専門的な仕組みを設けて行うことは、今後の課題にとどまっている。
(5)人材の多様化
近年、事業の高度化が求められる中で、経営のプロのみならず、顧客や技術革新の動向に即応して、潜在的ニーズの掘り起こしや、問題発見・解決を行う現場のプロフェッショナル人材が求められる一方、競争激化に伴うコストダウンや事業の繁閑に応ずる必要性から、パートタイム労働者、派遣労働者等が増加している。
このうち、プロフェッショナル人材については、これまで必ずしも明確な定義がなされているわけではないが、その特色として、高度で専門的な知識や技術に加え、自分の専門性やキャリアについて、明確なイメージを持ち、そのことによって、仕事に対するこだわりや職業倫理を発揮できることが挙げられよう。
多くの企業で、市場競争に勝ち抜くため、こうしたプロフェッショナル人材の育成に向けた取組がなされ始めている。これまで従業員の職業キャリアについては、企業まかせの傾向があったが、個人のキャリアの自立化が求められる中で、プロフェッショナル人材のあり方は、今後の人材育成の一つの方向性を示すものとして注目される。
なお、こうしたプロフェッショナル人材は、企業の競争力を支える象徴的な存在であるが、他方、すべての人材がプロフェッショナルである必要はなく、業務を的確に遂行できる人材も重要であることはいうまでもない。これら二つの人材をどのように組み合わせ、全体の組織を機能させていくか、また、それぞれにふさわしいキャリア支援のあり方をどうしていくかが、今後の経営にとっての大きな課題になると思われる。
また、こうした人材以外に、パートタイム労働者や派遣労働者、契約社員など、いわゆる非正規労働者が増加しており、中核的業務や専門性の高い業務を担う者も少なくない。
元来、こうした就業形態は、仕事の性格・内容にかかわらず、働く者の就業上の都合や意識に応じて柔軟に選択できることが理想であり、就業意識、ライフスタイル等に応じたキャリアコースの多様化を図る中で、適切に位置づけ、能力開発やキャリア支援を行っていくことが必要である。
《コラム2》「『プロフェッショナル人材』の育成」(A社)
A社では、経営幹部たる役員となりうる人材の育成とともに、マネジメントではなく、高い技術的専門性をもって企業の技術力向上への貢献を期待できるプロフェッショナル人材の育成に向けた取組を行っている。
育成のポイントとして、次のような点が挙げられている。
(1) それぞれの専門コースにトッププロが存在し、その人をモデルとして、スキル を高めるモチベーションを得、自分のキャリアパスを描けること
(2) プロフェッショナル人材になる前の試行錯誤する準備期間があらかじめ設定されていること
(3) コーチやメンターの制度があり、自分で選んだコーチ、メンターと十分相談できること
(4) 自立を支援する仕組みや企業文化があること
(6)ワーク・ライフ・バランス
厳しい企業間競争や短期的な収益率を重視する経営方針の浸透などに伴い、30〜40歳代男性を中心とする長時間労働とストレスの増大及びそれによる過労やメンタルヘルスの問題に陥る者の増加が目立っている。
その対応としては、長時間労働の抑制や年休の消化、カウンセリング制度の導入・活用などを講ずることなどの防止策にとどまらず、さらに介護・育児などの従業員の生活上の都合に応じた働き方や家庭・地域の生活と調和のとれた働き方を実現することなど、生き生きと働ける環境づくりが求められている。
ワーク・ライフ・バランスを図るためには、一般的に、業務のやり方を点検し、無駄な業務の排除、業務の指示の仕方や職務権限の配分の見直しなどによる労働時間の削減を図ること、フレックスタイム制、裁量労働制などの導入による時間の自由度の向上や個別化を図ること、各種休暇制度の導入・定着や代替員の確保など制度面での見直しを進めていく必要があろう。
また、ワーク・ライフ・バランスの状況は、地域や業務の性格により異なっており、例えば、地方の工場労働者では、若い頃から地域密着型で様々な社会貢献活動を行っている例が少なくないが、都市勤務ホワイトカラーの場合、地域とのつながりも薄い、時間も十分とれないなど、ワーク・ライフ・バランスを進めるに当たっては、こうした違いを踏まえ、メリハリのある対応を行っていく必要があると思われる。
(7)中小企業の経営環境と人材
グローバルな市場における競争が激化する中で、大企業も技術開発投資など生き残るための戦略が重要になっており、経済が回復する中にあっても、系列の如何を問わず、コストと品質により中小企業が選別される傾向にある。
このため、多くの中小企業は、発注者の更なるコストダウンの要請により、人件費を抑制するとともに、業務面でも、受注獲得、短期の業務遂行に追われる状況となっている。
こうした中で、中小企業の中でも、環境変化への対応力や企業力により、格差が付きつつある。中には、例えば金型分野で、関連分野を含め広範なグループ化を図り、連携し合いながら国内外のものづくりのサポートを行い、高い収益をあげている例もある。
こうしたグループへの参加は、個々の中小企業にとって、設備を低価格で入手したり、低金利の融資を受けたり、グループ全体で人材を確保できるほか、国内外のビジネスチャンスの情報を幅広く入手できるなどの多くのメリットを享受できる。
他方、こうしたグループへの参加など環境変化への対応を図れない企業は、更なる過当競争にさらされ、極めて厳しい経営環境に陥っている。
このような状況のもと、人材面では、資金余力がないことによる人材投資が低迷するとともに、コストダウンを図るため、パートタイム労働者や派遣労働者が増加していること、業務に追われOJTを行う余裕がないことなどに加え、若年人材の確保難も手伝って、技能継承が困難になっているほか、長時間労働による自己啓発やワーク・ライフ・バランス機会の減少など、キャリアの持続可能性が懸念される状況になっている。
2 世代別のキャリア形成の状況と課題
長期にわたる職業生涯においては、多くの場合、いくつかの転機となる節目の時期が訪れる。こうした節目をどう乗り越えるかが重要な意味を持っており、こうした節目として、
(1) 学校から就労に至る時期(若年期)
(2) 中年期
(3) 定年退職前後の時期(高齢期)
に焦点を当て、その状況を考えていく必要がある。
(1) 若年期における問題
労働市場において、若年労働力人口が減少する一方で、フリーターやニート状態にある者が高水準で推移している。フリーターの数は減少傾向にあるとはいえ、平成18年時点で187万人と依然高水準であるとともに、新卒採用が特に厳しい時期、いわゆる就職氷河期に正社員となれず、フリーターにとどまっている若者(年長フリーター(25〜34歳)は92万人となっている。
これらの者については、基本的な職業意識や職業能力を習得すべき時期にそれを習得できない結果、その後の職業キャリアの円滑な発展が阻害されることが懸念される。
また、このようなフリーターを含む非正規労働者比率の上昇を背景に、若年層において低所得者層の割合が上昇するなど、所得格差の拡大の動きが見られる。特に、年長フリーター等は、キャリア形成も十分ではなく、正規労働者となることを希望しても就職が難しい状況にあり、今後の所得格差の拡大や固定化が懸念されている。
企業に入社するまでの教育のあり方は、その後のキャリア形成に大きな影響を与える。在学中のキャリア教育が十分でないことに加え、学生側も働くことのリアリティに欠け、様々な情報に流されている。このため、職業意識が十分に醸成されていない者が増大するとともに、自らの資質と進路とのミスマッチも深刻化しているという指摘もなされている。
また、学校教育自体が企業・産業界のニーズに合致していないという指摘もなされている。教育機関と企業との様々な交流による緊密な関係構築、企業の求める能力情報の開示とそれを踏まえた教育内容の強化等を進め、相互理解を促進していくことが求められる。
このほか、企業に就職してから、3年間の離職率が中卒7割、高卒5割、大卒3割という、いわゆる「7・5・3現象」は、基本的に変わっておらず、上記のような学校教育と企業の間のギャップや学生側の働くリアリティの欠如などを埋める対策のほか、いわゆる第二新卒市場の形成といった問題についても考えていく必要がある。
(2)中年期におけるキャリアの節目の問題
職業キャリアが長くなる中で、長い生涯のキャリアを見通した場合、その途中でキャリアのあり方を考え、見直す節目が必要となる。
特に、中年期の入り口に当たる時期は、次のような点において、大きな節目であると考えられる。
[1] 日本の上場企業の平均的な課長昇進年齢は40歳であり、40歳前後の時期は、一般のスタッフ、メンバーから、管理職層、リーダーになる切り替わりの時期に当たる。このため、仕事における負荷が重くなるとともに、キャリア上の葛藤を生む時期でもある。
[2] 能力という面でみると、一定の知識や技術を持ち、仕事をこなせる反面、明確な能力開発上の目標が設定しにくく、自己評価でも、「能力の停滞」が確認できる。
[3] また、40歳は、「人生の正午」と言われるように、年齢的にも変わり目の時期に当たっている。具体的には、子供の教育の問題や親の介護など、家庭における責任が重くなる一方、体力の衰えの自覚や生涯の残された寿命や自分の強みや弱みを含めた能力についての限界感が出てくる時期である。
[4] さらに、早い出世や賃金の高さなど客観的なキャリアの損得勘定の価値観からの転換、すなわち、自分にとって本当に価値を感ずるものや能力を発揮できるものについての主観的なこだわりが生じてくる一方、現実には、それが実現できないことによるキャリア上の葛藤が生ずる時期でもある。
こうしたキャリアの節目である中年期問題への対応を誤ると、「諦めや思考停止」、「会社への過度の依存」を生じかねない。
今後、バブル時の大量採用世代が中年期を迎えること、ポスト不足が深刻化してくること、定年延長等との関係で職業キャリアが長期化すること等を考えると、企業にとっても、「キャリアの中年期問題」が重要テーマになる。従業員に自己を客観視させるタイミングとツールを与え、ミドルの活性化に向けた取組を進めていくことが求められよう。
(長時間労働と二極化)
このほか、週の労働時間が60時間以上の長時間労働者が増加する中で、特に30歳代男性の21.7%が長時間労働となっている。こうした長時間労働の増加は、育児・介護と働くこととの両立などのワーク・ライフ・バランスや、メンタルヘルスを含めた心身の健康保持に悪影響を及ぼすだけでなく、自発的な職業能力開発を行うに当たり、金銭面や情報面以上に大きな制約要因となっている。
また、働く女性にとっても、自分自身の問題に加え、男性の家事・育児時間が短いこととあいまって、妊娠・出産を契機に離職する女性労働者の割合が7割にのぼるなど、子育てと仕事のどちらかをあきらめざるをえないという就労の継続か出産・子育てかの二者択一を迫られる場合も多く、このことが少子化の加速につながっているとも指摘されている。
一方で、労働時間等の制約は少ないが雇用が不安定な非正規労働者が増加し、いわば働き方の「二極化」が進んでいる状況にある。こうした状況は、特に人口減少社会にあって、多様な人材を確保し、その能力の有効発揮を図るうえで、企業にとっても制約要因となるものであり、社会全体にとっても、少子化や社会保障制度等に関わる大きな制約要因となる問題であるといえる。
(3)高齢期における問題
定年前後の高齢期のキャリアにみられる特徴として、定年退職が一つの節目になって、個人の仕事観に大きな変化がもたらされることが挙げられる。
一つには、実年齢と感覚的な自分の年齢との差をみると、ほとんど全ての人が自分は若いと考えており、実年齢より6歳から10歳ぐらい若いと思っている層が一番多く、仕事についても、「まだまだできる」、「やりたい」という気持ちが強い。
他方、社会的には、定年退職者として位置づけられたり、老人扱いされたりすることに対しては、強い反発を感じているが、出身企業には世話になりたくない気持ちが強い人もいる中で、現実に、自分で仕事を探しても労働市場において見合った仕事をみつけられない実態とのギャップに直面している。
こうした状態のまま、何らかのキャリア支援もせずに放置すると、企業の用意した再雇用の道を選ばずに結果的には引退したり、モチベーションの沸かないまま、再雇用や定年延長の措置の対象となるなど、せっかくの能力発揮意欲や就労意欲を空回りさせてしまいかねない。
こうした中で、高齢者がやりがいを感じながら生き生きと働き続け、企業もその能力を最大限に活用できるようにするためには、働き方をそれまでと少し変えて、「無理なく」働ける環境や、自分が働いていることが誰かの「役に立っている」ことを実感させる状況をつくることが重要である。
そのためには、
[1] 中年期(ミドル)の段階から、キャリアデザインの仕方や高齢期のキャリアを準備していくことや多様なコースを設け、選択できるようにすること
[2] 高齢者の能力と価値観に合った職務の開発などを進めること
[3] 能力、価値観、就業ニーズ等の多様化に応じ、勤務時間、日数、場所、仕事の内容等の多様化を図るとともに、それに応じた賃金・処遇や職場環境の改善を図ることなどが必要であろう。
《コラム3》「キャリアの長期化に対応し支援制度を再構築」(B社)
B社では、職業生涯の長期化に対応するため、各種のキャリア開発支援制度の導入を図った。
多様な選択に対応する複線型人事制度を整備する観点から、定年退職コース及び雇用形態変更のうえで雇用延長するコースに加え、定年以前から会社の支援を受けながら第2の人生(セカンドライフ)を選択するコースを用意した。セカンドライフコースを選択した場合には、有給での休職制度や支援一時金制度が適用される。
また、職業キャリアの長期化や複線型人事制度の導入に伴い、一つのモデルで定年後の人生設計を考えるこれまでの「ライフデザイン研修」を改め、40歳、47歳、50歳の3つの節目でキャリア・プランとライフプランを考えさせる「トータルライフプログラム研修」を導入した。
さらに、目標管理面談時においてキャリア面談も実施することとしたほか、キャリア・プランの実現性を向上させるためのキャリアチャレンジ制度(社内FA)の実施、各事業所へのキャリア相談室の設置等を図っている。
III 政策の展開
1.政策のあり方
(1)これまでの職業能力開発行政
これまでの職業能力開発行政は、概ね、(1)公共職業訓練中心の時代(昭和33年職業訓練法制定)、(2)民間(企業)ニーズに応じた職業能力開発の促進の時代(昭和60年職業能力開発促進法への改正)を経て、(3)職業キャリア支援政策の推進中心の時代に移ってきた。
職業キャリア支援政策は、平成13年の雇用対策法及び職業能力開発促進法の改正によって、初めて位置づけられた。すなわち、雇用対策法の改正により、第3条(基本理念)の規定は、「労働者は、その職業生活の設計が適切に行われ、並びにその設計に即した能力の開発及び向上(中略)が効果的に実施されることにより、職業生活の全期間を通じて、その職業の安定が図られるように配慮されるものとする。」と改められた。また、職業能力開発促進法においても、「キャリア形成」という言葉は使用されていないものの、第3条(職業能力開発促進の基本理念)において、「この法律の規定による職業能力の開発及び向上の促進は、(中略)労働者の職業生活設計に配慮しつつ(中略)行われることを基本理念とする。」と規定された。
(キャリア支援の概念と政策背景)
「キャリア」とは、一般的に「経歴」、「経験」、「発展」、更には「関連した職務の連鎖」等と表現されている。「職業能力」との関連で考えると、「職業能力」は「キャリア」を積んだ結果として蓄積されるものであるのに対し、「キャリア」は職業経験を通して「職業能力」を蓄積していく過程の概念である。
「キャリア形成」とは、このような「キャリア」の概念を前提として、個人が職業能力を作り上げていくこと、すなわち、「関連した職業経験の連鎖を通して職業能力を形成していくこと」と捉えることが適当である。
「キャリア形成」や「キャリア支援」が政策的に重要となってきた背景の一つに、ポスト工業化社会或いは知識社会といわれる時代に入り、働く者に求められる職業能力のあり方や職業能力開発の方法が質的に異なってきたという状況がある。
これまでの社会、特に工業化社会における職業能力開発の方法は、総じて、一定の知識・技能水準の目標が決まった職業訓練が中心であり、いわゆる座学中心のOFF-JTと実践に即したOJTから構成されてきた。しかしながら、ポスト工業化社会で求められる能力として、「問題発見・解決能力」、「変化に対応する能力」、「付加価値を創造する能力」等幅広い能力が求められる傾向になり、目標や方法の決まった職業訓練の範疇だけでは、もはや対応できなくなりつつある。むしろ、仕事そのものを遂行する中で、そうした能力や深い意味での「意欲」・「動機」を引き出すことが求められ、その方法としては、仕事の配分や裁量の与え方、仕事に対するアドバイス・支援、モチベーションを高めることなどを組み合わせることによって、本人の意欲に基づく能力開発を進めることが重要になってきている。
こうした意味において、職業能力開発政策として、仕事そのものを遂行する過程の中で、動機づけや能力開発という視点で支援していくことや、職業能力の継続的蓄積が可能となるよう職務経験のつながりに配慮することが益々重要となり、「職業キャリア支援」という概念が政策を導く理念になってきているといえよう。
(職業キャリア支援政策の内容)
キャリア支援政策の内容としては、大別すると、職業キャリアを支援するインフラの整備と職業生活の全期間を通じた職業キャリア支援であり、それぞれ、次のような政策を講じている。
○ 職業キャリアを支援するインフラ整備
(1) 官民連携による能力開発に必要な多様な教育訓練システムの充実強化
(2) 職業能力を評価するための基準・制度の整備
(3) 職業能力開発に関する情報収集・提供体制の充実強化
(4) キャリア形成の促進のための支援システムの整備
・高度なキャリア・コンサルティング技法の開発
・キャリア・コンサルタント等キャリア支援を担う人材の育成
・企業内におけるキャリア形成支援に係る助成金等の援助
○ 職業生涯の全期間を通じた職業キャリア支援
(1) 準備期間の支援
・生徒・学生の職業との触れ合い、インターンシップ
・フリーターの能力開発(日本版デュアルシステム等)
・ニート対策(自立塾、地域若者サポートステーション等)
(2) 発展期における支援
・企業内の能力開発支援(助成金、情報提供等)
・企業の枠を超えた支援(官民連携による様々な教育訓練の提供、技能検定等能力評価)
(3) 円熟期における支援
・キャリア・コンサルティングの提供
・地域貢献活動を含めた起業支援
(2)生涯キャリア支援の必要性
経済のグローバル化や急速な技術革新が進展する一方、本格的高齢化社会やポスト工業化社会が到来する中で、前述したように、働き方、人材育成のあり方、個人と企業等の組織との関係を含め、働く者の職業生涯のあり方を巡って、大きな転機を迎えている。
(職業生涯の長期化と職業キャリアの見直し)
特に、少子高齢化の進展に伴う社会的コストの増大や社会的活力の喪失が懸念される一方、中高年齢者の働く意欲と能力が高く、平均寿命(健康寿命)と引退期との開きが大きい状況の中で、高齢者自身の活力ある生活のためにはもちろん、今後の本格的高齢化社会を乗り切る展望を開くためには、団塊の世代を嚆矢として、意欲と能力に応じ、エージフリーで働ける環境をつくることが重要な課題となっている。
そのためには、高齢者の職業生涯を長くする環境を整えるとともに、職業キャリアのあり方について、職業生涯という観点から、見直しが必要となってこよう。その具体的必要性については、個人、企業及び社会それぞれの視点から、次のように整理できよう。
第一に、個人の視点でみると、平均寿命、健康寿命が伸長する中で、年金支給開始年齢の65歳以降も働き続けたいとする意向が強くなっており、その理由として、経済的理由のほか、健康を維持するため、自分の経験を活かし自分の人生を肯定するため、社会とのつながりを感じるためとする者も多い。多くの働く者が、こうした意欲・経験・能力を活かし、長く働き続けるためには、高齢期になってからの就業の場の確保だけでなく、職業生涯の各段階において、能力を修得し、積み重ねられるような方策や、メンタル面を含め健康を維持し、生き生きと働き、暮らせる方策を進める必要がある。
第二に、企業の視点でみると、定年延長や再雇用の社会的要請が高まるにつれ、中高年齢になっても、生き生きと働き続けられるための施策を考えなければならなくなっている。女性の出産後の継続就労に関する問題についても、休暇制度を整備するだけでなく、実態として、男性も女性も長期的に仕事と生活のバランスがとれるような職場環境を整備していく必要がある。さらに、40歳代を中心にミドル層を如何に活性化させるかは、企業の競争力にかかわる重要な案件だが、方法論は未整備である。
第三に、社会の視点でみても、人口減少と高齢化が進む中で、就業率を高めることが、経済発展、社会的負担の減少など、経済・社会の活力という点から重要な課題となっているが、健康寿命は伸びているにもかかわらず、65歳以降の就業率は下がっており、どのように就業を支援するかは、今後の大きな課題である。また、一度キャリアのブランクを作ってしまった人でも、学習機会等を与えられ再チャレンジできる社会をつくることや、多様な働き方の成功モデルをつくることにより、様々な資質・能力の個人が希望を持ち、充実した職業やキャリアを歩めるようにすることは、今後のポスト工業化社会にとって本質的重要性を持つものである。
(キャリアの持続可能性)
さらに、長期にわたる職業生涯を持続可能なものとして、発展させていくためには、単に「職業」の視点にとどまらず、家庭や地域の生活のあり方との関連を視野に入れて、働き方を見直していく必要がある。
特に、これまでの長時間労働などの働き方が、家庭のコミュニケーションや団らんの機会の減少をもたらしたり、自営業者等の減少と相まって、地域における様々な活動の制約となってきた面も否定し難い。
「ひと」としての生涯を充実して過ごすためには、育児や介護の時間の確保はもちろん、こうした家庭や地域の生活と調和のとれた働き方(ワーク・ライフ・バランス)を進めていく必要があり、それによって、働く者個人も「ひと」として豊かな感性と多彩な発想を持ち、持続的な成長が可能となり、企業活動の活性化や均衡ある社会の発展につながるものと考えられる。
(職業キャリア概念の広がり)
求められる職業能力の変化によって、「職業キャリア支援」という視点が重要になる中で、支援の対象となる「職業キャリア」の範囲をどこまで考えるべきか。
職業能力を幅広く捉えていく必要性が高まっている中で、雇用関係や使用従属関係の有無等の法形式的な区別は、対象を区切る指標として必ずしも適切ではない。
「職業キャリア」として考えた場合、企業での労働、自営業者あるいは家族従業者としての活動など、報酬を得て社会活動を行う場合が中心になることは当然であるが、職業能力を、新たな製品やサービスを作り出したり、工夫したりする「知恵」や「感性」などを含めた人としての幅広い能力も含め考えると、職業キャリアそのものではないものの、地域での様々な社会貢献活動やNPO活動、健全な家庭生活を営むことなども、生涯キャリアの一環をなすものとして視野に入れて考えていく必要があろう。
(生涯キャリア支援の考え方)
上記のように、働く者は、経済活動の主体であると同時に、次世代を生み育てる生活者でもあり、付加価値を創造する文化的・社会的活動主体でもある。特に少子高齢化社会やポスト工業化社会が到来する中にあっては、そうした言わば「ひと」としての多様な活動を可能とし、成長できる働き方を実現していくことが、本人の能力開発・発揮という点のみならず、企業や経済社会の発展にとっても重要であると考えられる。
働く者一人ひとりについて、こうした働き方を実現していく観点に立って、職業キャリアを生涯にわたり持続可能かつ発展性のあるものとしていくことが必要であり、そのための様々な取組を包括する理念・考え方が「生涯キャリア支援」の考え方であるといえよう。
こうした「生涯キャリア支援」の観点から、働く者の職業キャリアのあり方を見直す主なポイントとして、
(1) 過度に企業に依存した職業キャリアや意識から、自立できる方向へ支援していくこと
(2) 長い職業生涯におけるキャリアの転機や節目で、今後のキャリアを考える機会やまとまった能力開発機会などが与えられること
(3) 失敗しても、教育訓練が受けられることなどにより、再チャレンジできる社会であること
また、こうした職業キャリアの発展を支え、「ひと」としての生涯を充実して過ごす観点から、あわせて次のような点を挙げることができよう。
(1) 働く者個人のライフステージ等に応じて多様な働き方が柔軟に選択できること
(2) 育児・介護に限らず、広い意味で家庭生活や地域での活動等と調和の取れた働き方(ワーク・ライフ・バランス)が図られること
こうした考え方を基軸に据えながら、「企業」として何ができるのか、何をなすべきなのか、逆に、企業にできないことは何か、企業を超えて「政府」その他が取り組むべきことは何か、といったことを考えていくことが必要である。
2.企業の取組
(1)生涯キャリア支援と企業の役割
(人材育成と企業の役割)
企業は、投資家、金融機関等から資金を集め、労働者を雇用し、生産・サービス活動を行うことによって、社会に貢献し、収益をあげている。
こうした活動を行う中で、企業は、株主、取引先、従業員、消費者、社会など様々な利害関係者(ステークホルダー)との関係を持っており、企業は、収益をあげることを目的としつつも、同時に社会的公器としての性格を持っている。
特に、従業員との関係においては、「雇用」をすることによって、報酬を支払い生活を支えるとともに、その「育成」を図るという2つの大きな役割を果たす立場にあるといえよう。
企業が人材育成を行うことについては、流動化や早期に退職する人も出てくる中で、経済合理性の観点から、投資をしても回収できない可能性があるとの議論もある。
しかしながら、人を育てることは、企業自身にとって、経営の重要な領域であり、また、近時、いわゆる成果主義を取り入れる企業が増加している中で、こうした成果主義を機能させるための前提として、不可欠なものである。
さらに、企業の社会的責任の中でも極めて大きなものであり、その成果として得られた能力の発揮の場が当該企業の中でなく、最終的に社会のほかの場で活かされることも含め、企業が社会的責任として人を育てる役割を担っていると考えるべきであろう。
また、経済合理性という観点でみても、中長期的に考えれば、投資したその人から回収できなくとも、人を育てることを熱心にやっている企業に優れた人材は集まるのであり、結果的に、企業全体としては、それに見合うメリットを回収できるといえよう。
(企業とキャリア支援)
さらに、キャリア支援と企業の関係について考えると、キャリア支援は、企業にとって広い意味でのモチベーション施策として位置づけることができる。
従業員の働く意欲を喚起し、パフォーマンスを高めるには、ボーナス・各種奨励金など働くインセンティブを強化する方策や従業員の事業・経営への参加・コミットメントを強める方策がある。
しかしながら、個人が考えている自分のキャリアの方向性と自分の担当している仕事の方向性が合っているときに、深いレベルで本来的な仕事に対する意欲が喚起されるのであり、動機付けを含め、最も深いところで働くことのモチベーションを与える施策がキャリア支援であるといえよう。
また、キャリア支援は、人材育成の一環であり、企業の人材育成についての役割は、狭い意味での能力開発に限らず、こうしたキャリア支援や持続可能な働き方、さらには、ワーク・ライフ・バランスを含め、従業員が生き生きと働くための支援、すなわち、生涯キャリア支援まで拡げて考えていくことが必要である。
(キャリアの「自律」と「自立」)
キャリア支援の目標として、「キャリアの自律(立)」ということが問題になる。キャリア論では、一般的に、「キャリア自律」という表現がなされることが通常であり、自分のキャリアを自身でしっかり考え、主導権を持って取り組むことを意味している。
これに対し、「キャリア自立」は、企業との関係において、依存的な関係から、より対等な関係に移行する観点や企業における職業キャリアに限らず、社会人としての生涯キャリアのあり方を考える観点から、自ら自立するキャリアの姿を一つのあり方として想定するものである。
両者の関係については、「自ら律する」中で、「自ら立つ」という意味で、「自律」の中に「自立」が含まれる面があるとともに、「自立」という状態に行くまでのプロセスを含む概念として「自律」を捉えることができよう。
本報告においては、企業との関係で従業員のキャリアのあり方を論ずる場合、企業依存からの切替をどう進めていくかが一つの論点となっていること、「生涯キャリア」を考える場合、家庭や地域での生活を含めた「ひと」としてのキャリアのあり方を重視する必要があることから、あえて、「キャリアの自立」という表現を使っている。
(2)従業員に対するキャリア支援
(キャリア支援の進め方)
前述したように、企業内におけるキャリア支援の実態は、総じて、意欲はありながらも、現実の行動に必ずしも十分に結びついていない状況にある。
こうした状況は、職種、業種・業態、企業の文化・風土、さらには、企業規模による違いが大きく、一部、先進的な企業はあるものの、全体的な数字にあらわれてこないものと思われる。
キャリア支援を進めていくに当たっては、現実問題として、まず、終身雇用のもとでの意識から徐々に改革を促すことが重要であり、ファイナンシャル・プランも含め、長期のキャリア・プランに対する「意識づけ」をいろいろなステージで行うことや、これと並行して、キャリアの多様性を認め、選択肢を用意し、自ら挑戦して選択できるよう環境を整備するとともに、併せて、採用戦略や雇用のポートフォリオを考え、硬直化しない雇用マネジメントを考えていくことなどが重要であろう。
また、個別・具体的なキャリア支援においては、キャリア・プランとの擦り合わせを行いつつ、どのような配置・任用を行うかが最もポイントとなるところであり、そこに人材育成もついて形になってくる。さらに、いくつかの仕事を経験させる中で、自己を客観視させ、その中で専門をみつけることにより、本格的なキャリアの展開に入っていくことができる。
(戦略的対応)
上記のようなキャリア支援を本格的に深めていくためには、次のように、関連する課題への取組、スキルマネジメントの深化、多様なキャリアのマネジメントなどを含めた戦略的対応が必要になってくる。
第一に、キャリア支援を進める条件として、次のような課題について、併せ取り組んでいくことが不可欠である。
(1) 時間の確保
働き方の見直しなどにより、従業員が能力開発やワーク・ライフ・バランスを図るための時間の確保を図ること
(2) 場の提供
キャリアの多様化・複線化に対応し、選択の対象となる就業の場を提供すること
(3) 力の養成
教育・研修、自己啓発などにより、自立へ向けた意識改革とキャリア・プランに沿った能力開発を進めることや、仕事の配置・任用、経験によって、自らの専門軸を見つけさせること
第二に、キャリア支援の中核をなすスキルの向上を効果的に進めるためには、次のことに配慮してスキルマネジメントを進める必要がある。
(1) 自らの技術・技能・能力を客観視するタイミングとツールを従業員に与えること
(2) 自分がなりたいと思うようなモデル、対象者をつくること
(3) 学習したいと思ったときに、すぐにそれを可能とする環境をつくること
(4) 評価を含め、学習すると良いことがあることを理解させること
第三に、個人の主体的なキャリア形成を支援することとなれば、必然的に、企業内におけるキャリアのあり方は、多様とならざるを得ない。企業は、多様なキャリアのあり方を前提として、それをマネジメントすることが求められる。
キャリアの多様なあり方をマネジメントしていくうえでは、
(1) 専門性や技術の高さ(プロフェッショナル・定型業務 など)
(2) 仕事の性格(ブルーカラー・ホワイトカラー など)
(3) ライフステージ、ライフスタイル等(若年・中年・高齢 など)など、
いくつかの視点から、多様なキャリアについて、パターンに分けて考えていくことが必要である。
また、多様なキャリアをマネジメントするための負荷は大きくなるところであり、多様な人材の組み合わせにより最適な組織・チームづくりに係るノウハウの蓄積やそれを担う専門的資質の人材の育成なども課題となってこよう。
《コラム4》「『企業内大学』を軸とした一貫性のある人材育成の実現」(C社)
C社では、全社員の育成のランドマークとして、「研修提供」機能と「キャリアサポート」機能を有する企業内大学を設立することとした。C社の研修体系は、基本的には、社員が属する分野別の研修と、キャリアアップの節目ごとに行われる階層別研修から成り立っている。企業内大学は、階層別研修を担当する人事部と、分野研修を担当する社内各部門の研修担当との「共同運営組織」として設立され、それぞれの研修プログラムが編集、体系化される。社内の「人材情報システム」等を通じて、研修メニューは一元管理・公開される。これにより、社員に対して研修内容の一貫性と受講機会の平等性を担保するとともに、選択研修を拡大することにより、自分野以外の研修も受講できる機会を広げていくこととしている。企業内大学は、社員一人ひとりの「個」を把握したキャリアサポート機能も有している。「人材情報システム」においては、自らのキャリア・プランや経歴、研修受講歴等が登録されるほか、研修情報やキャリア設計のための各種情報等が提供される。
(キャリア支援の専門的体制)
現在、職場において、従業員の抱える問題は、個人のキャリアデザイン・開発に直結する問題以外に、メンタルヘルス、モチベーション、職場の人間関係、ワーク・ライフ・バランスなど、関連した各種の問題やハラスメント、コンプライアンス等きわめて多様である。
これら多様な問題への対応は、上司や人事スタッフなどが、個人的センス・力量で対応してきたほか、対応の窓口も、事業所人事、労働組合、健康相談室、ハラスメント委員会など相談が必ずしも有機的にリンクされていないケースが少なくない。
しかしながら、職業キャリアを中心とする従業員の抱える諸問題は、相談に当たって時間と専門性を要する問題であり、本来、専門的な役割・仕組みをつくり、対処していくことが重要である。
先に述べたように、キャリア・コンサルティングを実施している人材がいる企業は7.8%に過ぎないが、育成・導入に前向きな企業も見られるところであり、今後、従業員の自立に向けたキャリア支援が重要になってくるなかで、個々人に着目し、企業のニーズと個々人の希望とをマッチングするためのきめ細かな支援が益々重要になっているといえよう。
また、キャリア・コンサルティングについて、雇用や人事異動の場面と人材育成の場面とに分けて考えると、人材育成の場面については、キャリア・コンサルティングのほか、より個人と個人のつながりに着目したメンタリングやコーチングも活用されており、専門的な階層化も必要となってこよう。
このほか、人材育成やキャリア支援は、従来、人事が担ってきたが、最近の人事・教育の変革の流れの中で、ヒューマンリレーションズセンターなど個人の視点に立って、人事部門とは距離を置きつつ、様々な個人支援サービスをコーディネートする取組も出てきており、注目される。
《コラム5》「メンタリングとコーチング」
メンタリングは、「精神健康」を意味する「メンタルヘルス」と言葉が似ているが、実際は語源も意味も異なり、ギリシャの叙事詩「オデュッセイア」中の人物名「メントル」が語源と言われている。オデッセウス王がトロイ遠征のときに幼い息子の行く末を案じ、かつての盟友であり賢人の誉れ高い「メントル」に養育を頼んだという。叙事詩の中では、メントルは、よき教育者、理解者、ロールモデル、後見人としてうたわれている。
その後メンターは、同じ活動分野で人生を送る後輩にとって、「職業人生の先達」という役割を果たす存在となった。メンターのイメージ及び役割は様々であるが、藤井、金井、関本(1996)によれば、メンターとは「職業という世界において、仕事上の秘訣を教え、コーチし、役割(ロール)モデルとなり、重要な人物への紹介役を果たすなどによって、メンタリングの受け手(メンティ)のキャリア発達を援助する存在」と定義し、本質を明らかにしている。
また、コーチングは、もともと「馬車」(コーチ)という意味から、「大切な人を、その人が望むところまで送り届ける」という意味が加わったのが語源と言われている。
コーチングには厳密な定義はないが、まわりの人の能力を引き出すことに優れた人のコミュニケーションを観察し、体系的にまとめたものがコーチング・スキルと言われるものである。具体的なビジネスコーチング・スキルとしては、・自分のやりかたを押し付けない・指示命令を最小限に・話をよく聞く・存在を認めている等があげられている。
(3)キャリアの転換期における支援
年金支給開始年齢が65歳となり、就業開始年齢が遅くなったとしても、職業生涯は、40年を超える長期に及ぶこととなり、その間、技術革新をはじめ、激しい環境変化に見舞われることが予測される。
こうした長期にわたる職業生涯を充実して過ごすためには、何回か訪れるキャリアの転機において、能力や意欲の停滞や労働市場からの撤退などの危機を乗り越え、いかに上手く次のキャリア展開を図っていくかが重要であり、そうした時期に集中してキャリア支援を講じていく必要がある。
こうした時期としては、前述したように、
[1] 若年期 (長期継続的な)初職に就く前後
[2] 結婚から育児の初期にかけての時期
[3] 中年期 中年期の入り口に至る時期
[4] 高齢期 定年を迎える前後
などが、それに当たる。
(中年期におけるキャリアの再生)
このうち、前述したように中年期の入り口に至る時期の問題は、本人にとって職業生涯が長期化する中で、年齢的な面のみならず、職責、家庭責任などを含め、中途で立ち止まり、キャリアのあり方を見直す時期として重要な意味を持つ。また、企業にとっても、ポスト不足が顕在化する中でのバブル期に大量採用した世代の活性化、引退年齢が延びる中でのミドル段階からのキャリア支援のあり方が重要なテーマになっている。具体的には、次のような点を中心に、キャリアのあり方を立ち止まって考える機会をつくることが必要である。
第一に、組織の期待と自分の志向との擦り合わせをすることが重要である。この時期になると、「会社はこういうもの」、「こういうことは自由にならない」、「会社は自分にこれを求めている」など、自分流に思い込んでしまい、本当に会社が考えていること、求めていることとのギャップが生じがちであり、今後のキャリアにおける選択の可能性について、よく見えていないところを会社側と擦り合わせをする必要がある。
第二に、生活に必要な最低限の収入の見極めが重要である。この時期は、収入が次第に増加してくるが、ある程度収入がある中で、自分が譲れない最低限のことをするための生活費を考えると、一定の幅をもって生活や職業の選択を考えることができ、葛藤を乗り越えるエネルギーとなる。
第三に、強みの認識と強みを活かす戦略の策定である。40歳前後になると、基礎的な能力は修得し、自分の強みと弱みを認識しつつも、「弱み」は直りにくいという段階になり、戦略的には、「強み」を活かすことに特化し、自分のキャリア展開を図ることが考えられる。
このように、中年期は、生涯キャリアの大きな転機の時期であり、ここで動機づけに失敗すると、一種の諦め、思考停止が起こりかねず、いかにこの時期を乗り切って、キャリアの再生を図るかについて、企業内外の集中的なキャリア支援が必要になろう。
(高齢期のキャリア支援)
また、社会の高齢化が進む中で、体力に恵まれ、働く意欲と能力も高い団塊の世代を中心に、いかに能力発揮の場をつくるかは、今後の高齢化社会を占う試金石となる。
定年前後の高齢期のキャリアの特徴としては、前述したように、ほとんどの高齢者が、実年齢より若い気持ちでおり、仕事に対する意欲と自信を持っているにもかかわらず、定年退職者として位置づけられたり、現実に自分に見合った仕事がないことのギャップに直面している。
こうした中で、生き生きと働いていくための条件として、
(1) 「不慣れな仕事ではない」、「他人から命令されない」、「責任が重すぎない」、「長時間労働でない」など、無理なく働けるものであること
(2) 自分が働いていることで、若い人達、仲間、顧客、社会など、誰かのために役に立っていることを実感しながら働ける環境をつくること
が重要であり、さらに、
(3) 昔、諦めて選択しなかった仕事について、眠っていた意欲・才能をよみがえらせ、少しでも関わっていきたいという気持ちを生かすこと
なども、選択肢を考えるうえで無視できない。
こうした条件を踏まえたうえで、具体的な支援の方法として、次のように、いくつかの切り口が考えられる。
第一に、高齢者の能力や価値観に合った職務の開発であり、例えば、後輩に教えたいという意欲を活かした「教える仕事」や、相手に喜んでもらいたいという気持ちを活かした「個人向けサービス」などの職務の開発が考えられる。
第二に、高齢者の再学習という問題であり、定年退職後のキャリアが、10年以上続くなどであれば、十分投資回収可能である。ポテンシャルがあれば、新たに学習した分野で高い業績を挙げることも夢ではない時代がやってきている。
第三に、新規高齢者採用の取組である。現在は、定年というタイミングで一旦労働市場に出た高齢者を、新規に外から迎え入れるという発想はほとんどない。高齢者層の求人職種は、警備員・守衛、個人向け営業、清掃、ホームヘルパーなどに限られているが、今後、職務や市場の開発が進めば、一つの可能性として考えることができる。
第四に、雇用にこだわらない新規開業の支援である。近年、60歳代の新規開業案件が増えているというデータがあり、今後、期待できる分野である。
そのほか、高齢者の働き方として、若者との組み合わせによる仕事形態の開発が重要になってくる。例えば、専門の小売店などで、高齢者の問題解決能力の高さと若者のITリテラシー能力の高さを組み合わせて相乗効果を発揮し、成功している例などもあり、こうした工夫が高齢者の能力を活かすことにつながってくる。
高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの高年齢者雇用確保措置が設けられたが、高齢者が能力発揮できる環境をより充分なものにしていく必要がある。これまでのキャリアモデルにいわば「接ぎ木」して対応している企業も多いと考えられ、今後、上記のような高齢者の意欲と能力を引き出し、生き生きと働く状況をつくることや企業内に限らず、様々な地域貢献活動への参加を含め、エージフリーで働ける社会へ向けた努力をしていくことが求められる。
《コラム6》「高齢化が進む製造業企業の挑戦」(D社)
D社は、川上型のメーカー企業で、これまで途中で関係会社に出向させるというマネジメントをあまり行わず60歳定年まで働くことが前提になってきた。
高年齢者雇用安定法改正を機に従業員にキャリア・プランに関する希望を聞いたところ、グループ内の就労(再雇用)を希望する者が最も多く、今後、グループ内の就労希望者の一層の増加が見込まれることから、グループワイドでの雇用の場の確保に努めている。
今後は、「ロングスパンでキャリアを考えてもらうこと」「キャリアの多様性を認めてもらうこと」といったキャリアに対する個々人の意識改革も必要になってくることから、生活設計(ファイナンシャル・プラン)も含め、キャリア・プランに対する意識付けを色々なステージで行っていくこととしている。雇用ポートフォリオの議論をベースに、アウトソーシングも含め、雇用が硬直化しないようなマネジメントへの転換を徐々に図っている。
また、将来にわたりグループ内外を通じて活躍できる場を増やす(転職支援の意味も含む)ためにも、「余人をもって代え難い専門性の育成」「技術継承要員、匠としての活躍の場の設計」が重要であり、そのためのOJT・Off-JT、人事配置、インセンティブの付与等に努めている(高度専門職制度を07年に導入)。
(4)ワーク・ライフ・バランス
働く者は、経済活動の主体であると同時に、次世代を生み育てる生活者でもあり、付加価値を創造する文化的・社会的活動主体でもある。
こうした観点に立って、働く者個人が、出産・育児・介護など生活者としての暮らしが十分できるよう配慮することは当然であるが、さらに今後は、家庭内で家族と共に過ごす時間の確保や地域での様々な活動に取り組むことができるようにすることが求められる。
前者については、本人のためだけでなく、家族の団らんを通した喜びや子どもの広い意味での情緒の育成・教育という点でも、社会的に重要性を持つ。
また、後者については、自営業者の減少、専業主婦層の減少などにより、地域活動の担い手が減少する中で、大企業が中心になり、労働者が地域で活動できるよう時間を与えることが重要になってくる。
こうした従業員のワーク・ライフ・バランスを図ることは、企業にとってみると、
[1] 従業員の仕事と私生活の調和を支援することで競争力を高めることができる。
[2] 特に、従業員が多様な価値観を持った人材となることによって、従業員活力の最大化を図れる。
[3] 自分の価値観やライフスタイルを大事にしながら、能力と意欲を引き出してくれる組織、自由で柔軟性のある職場環境や風土が、優秀な人材の確保と定着に寄与するなどの効果が期待される。
なお、実際、企業のCSR報告書には、ワーク・ライフ・バランスを含めた人材育成の項目が盛り込まれるようになっており、学生は、CSR報告書を重視して会社選択に活用する傾向もみられると言われている。
《コラム7》「男性の働き方見直しを含むワーク・ライフ・バランス施策へ」(E社)
E社では、ワーク・ライフ・バランスは、従業員の仕事と私生活の調和を支援することで企業の競争力を高めるものと定義している。各種の両立支援策はすでに導入を終え、今後は、ファミリーフレンドリーよりも広い施策を目指し、男性を含めた働き方の見直しに着手することとしている。
これまでの総合職に対する成果主義は、いわば全社員に成果を問い、新しい価値創造を求める運用がなされてきたが、逆に一般社員的な制度を導入すること(ゆっくりと習熟していくような仕事を認めること)を検討している。
これまでの子育て支援のための休暇等の充実を図るほか、自己啓発・自己投資のための休暇として「留学休暇制度」「留学離職制度」の導入を検討している。また、有休取得率の向上に向けて、「積み立て休暇制度」の導入、「夏季休暇」の改定(原則2週間取得の奨励)、「リフレッシュ休暇制度」の拡充(現行は10年目と20年目で、休暇を取得するとボーナスを支給)を検討している。既にコアタイムなしのフレックス制度(スーパーフレックス)を導入しているが、今後は、在宅勤務制度の導入、ジョブシェアリング制度のテスト導入等を進めていくこととしている。
(5)集団的・共同体的な働き方との関係
従来、企業中心であった労働者の職業キャリアのあり方について、自立化へ向かっての変化や、労使関係の個別化が進む一方で、働き方の法的仕組みや意識の面では、なお、集団的・共同体的な枠組みに基づいている面がある。
例えば、労働契約は、企業と個々の労働者がきめ細かな取決めをすることは稀であり、多くは就業規則による包括的な契約の決定方法がとられ、業務の遂行や残業についても包括的な指揮・命令権のもとになされるのが一般的である。
また、職務の範囲や権限についても、明確に規定される場合は少なく、労働者自身の契約意識が十分発達しているとは言い難い。
これまでの工業社会においては、組織を中心とする集団的・共同体的特質が効果的に機能し、例えば組織全体への視野を広げるとともに、前後の工程・関連部署との連携やチームワークのよさにつながり、工業化社会のメカニズムと適合し、効率的な産業・経済活動を可能とした。
反面、こうした特質が、働き方の面で、ワーク・ライフ・バランスの進展の支障となったり、正規・非正規という言葉に表れるような処遇面での格差や壁を生み出している面もある。
今後、ポスト工業化社会が進行し、働き方や労使関係について、さらに個別化が進む中で、こうしたメリットも含めた集団的・共同体的特質との関係をどうしていくか模索が求められる。
(6)企業の社会的責任(CSR)
前述したように、企業は、収益をあげることを目的としつつも、同時に、社会的公器として、株主、取引先、従業員、地域社会などとの関係において、その責任を果たすべき(社会的責任、CSR)存在である。
こうしたCSRの問題を考えるに当たっては、従業員との関係が重要であり、その際、雇用することによって報酬を支払い生活を支えるというだけでなく、広い意味で従業員を育成すること、特に、生涯キャリア支援の視点を含めて考えていくことが重要である。
金融機関や労働組合の影響力が弱まり、日本企業のガバナンスが変化する中で、従業員が働く意味を自ら問い、自立的なキャリア形成を図るよう支援することによって、従業員がやりがいを持って、生き生きと働くことができ、職場に活気と信頼感をもたらすことができる。そうしたことが、不祥事を未然に防ぎ、質の高い商品やサービスにつながり、ステークホルダーの満足度を引き上げることにつながるものと考えられるからである。
また、今後、人材面のCSRは、従業員との関係だけでなく、次のように、幅広く、人材に関して市場や地域社会に対する具体的貢献を考えていくことが求められよう。
[1] 外部の労働市場づくりに資する人材ニーズ開示や技術者・技能者などの人材の派遣協力
[2] 教育機関との連携による実践型人材養成システムなどの構築と若年者の受入
[3] 従業員の地域貢献活動のための時間の確保と情報提供などの支援
[4] 企業OBやOGなどが活躍できる場の提供
さらに、雇用・労働関係情報やワーク・ライフ・バランス関係の情報の開示により、学生などの就職活動の目安に供することやSRIなどの市場化へ協力することも重要な課題として考えていく必要がある。
3.今後の政策の展開
(1)教育システムとの連携
(学校から企業に至るシステム)
若年層のキャリアに係る問題として、ニート、フリーター等の問題だけでなく、学校教育、特に大学教育と企業に入社してからのギャップが大きく、その社会的ロスやコストが大きい問題がある。
具体的には、企業側から基礎学力やコミュニケーション能力の不足、働くことのリアリティの欠如などが指摘される一方、大学側からは、企業のあり方の変化や企業の人材ニーズなど求めているものが伝わってこないという声もある。
働くことのリアリティや情報を学生に伝えるためには、企業が学生と緊密な関係を構築し、インターンシップ、職場見学を進めるほか、教員の企業実習、講師派遣、基金寄付講座等により交流を図っていくことが重要であると考えられる。
ただし、こうした企業への就職の連続性を確保することは重要であるとしても、他方、大学教育の本来の役割を再考する必要がある。若い時期に、社会に出てからは経験できない時間を与えられ、分析力、論理的思考能力、読解力、応用力、物事の本質を捉える力など、今後必要とされる「問題発見・解決能力」や「付加価値創造能力」などにつながる高度な知的能力を鍛錬することは、今後の社会で活躍していくためには極めて重要であり、必ずしも実践的なことがよいというわけではない。
したがって、ポスト工業化社会の中で、市場や企業の求める人材像と能力を明らかにするとともに、その中で学校教育や大学教育の果たすべき役割をしっかりと位置づけていくことを抜本的に考えなければならない。
また、若年者の上記のような基礎的な能力に係る問題は、必ずしも学校教育だけの問題ではなく、家庭内における日常的な躾・規律や教育、地域社会の教育力の低下や諸活動への参加の機会の減少、身近に働く姿を見ることができなくなったことなどの要因も大きいものと考えられる。
したがって、ワーク・ライフ・バランスなどにより、家庭や地域の生活を確保するとともに、NPO等の団体を中心に地域のネットワーク、諸活動を活性化させ、家庭や地域の教育力を取り戻していくことを考えなければならない。
(生涯学習との関係)
生涯キャリアを考えていくうえで、「生涯学習」との関係を整理していくことが必要である。生涯学習という概念は、1980年代後半に出てきたものであるが、今般の教育基本法の改正で、生涯学習の理念として、次のように第3条に取り入れられた。「国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。」
欧米では、1970年代に産業構造の変化や高度化などによって、知識や技術のスクラップアンドビルドが必要となり、リカレント教育を受ける機会を持たせるなど、生涯にわたって学ぶ必要があるという観点から、「生涯教育」という考え方が出てきた。
他方、我が国では、こうした欧米のような高度な仕事をしている人に学び直しをさせるという視点ではなく、「生涯学習」は、趣味として、あるいは余暇を使って学習することを含め、一般の人々が幅広く様々な学習をすることを支援する観点から、政策展開が図られてきた。
一方、職業能力開発の考え方は、これまで雇用関係にのみ焦点が当てられてきたが、「生涯キャリア支援」は、上記のように生産活動だけでなく、「ひと」としての様々な活動も視野に入れ、こうした活動ができる持続可能な働き方を支援するものである。
こうした「生涯キャリア」の視点からすると、生涯学習は、次の点で、強い関連性を持っており、今後、連携を深めていくことが不可欠である。
第一に、高齢者や主婦層が、そのキャリアとして、NPO活動を含め地域での様々な社会貢献活動や健全な家庭生活を営むことなどは重要であり、生涯キャリアの一環をなすものとして、視野に入れて考えていく必要があるが、こうした視点は、生涯学習とも共通するものである。
第二に、家庭や地域の人材育成力の再生・再構築を進めるためには、高齢者、主婦層に限らず、一般の人々が、様々な関心に応じて、地域での諸活動に取り組めるようにすることが重要であり、こうした取組の促進として、生涯学習が大きな推進力となることが期待される。
第三に、今般の教育基本法の改正で、大学は、その「成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする」とされ、生涯学習の一環を担うこととなった。今後、生涯キャリアの節目において、キャリアを見直したり、まとまった教育訓練を受けるための本格的受け皿となることが期待される。
(2)キャリアの持続可能性の確保
(節目におけるキャリア支援)
職業生涯が長くなる中で、職業キャリアの中に節目を設け、キャリアのあり方を見直したり、まとまった教育訓練の機会をつくることは、職業キャリアを持続可能なものとしていくうえで、不可欠である。
若年層については、パート、請負等の形態による就労期間が長期に及ぶ場合には、キャリア・コンサルティングを受けさせ、一定のキャリア方針を持って能力開発を受けること等ができるよう節目を設けて、自らの意志によるキャリアの転換を後押ししていく必要がある。
また、長期勤続者について、サバティカル、リフレッシュ休暇、教育訓練休暇などの休暇制度の導入は、未だ限られている(厚生労働省「平成18年度能力開発基本調査」において教育訓練制度を導入している事業所は10.3%)ものの、規模が大きくなる程導入率は高くなり、大企業(5,000人以上)では28.2%と高率になっている。
こうした休暇制度については、現段階では、助成措置(有給の場合の賃金補助)を講じているに過ぎないが、今後、一定年限、継続雇用した場合のサバティカル休暇のような仕組みの導入に向け、年休未消化分の教育訓練休暇への切替等、政策的対応を図っていく必要がある。
(再チャレンジ支援)
働く者を取り巻く環境が急激に変化し、企業寿命が短くなる中で、生涯複数回、転職することが珍しくない社会となりつつある。その意味で、転職時に綿密なキャリア・コンサルティングを行い、必要に応じ、訓練を受けるなどにより、次のキャリアにつなげる公的機能を強化することは喫緊の課題である。
今後は、さらに、離転職者に限らず、フリーターや母子家庭の母など職業能力開発の機会を得にくい人々に対して、学習の機会を与え、再チャレンジできるようにしていくことが求められる。
こうした対策としては、
(1) 単なる教育訓練の実施ではなく、就労に結びつく実践的な訓練として、教育訓練機関における座学と企業における実習とを結びつけた教育訓練システムの活用を図ること
(2) 上記システムへの積極的な誘導や綿密なキャリア・コンサルティングを行うこと
(3) 教育訓練修了後、たとえ実習実施企業に就職しない場合であっても、実践力の評価を行い就職可能性を高めること
などが重要である。
また、こうした対策を進めるに当たっては、実習の場の積極的提供、人材ニーズの開示、教育訓練や評価のシステム作りなどについて、産業界・企業の協力が不可欠である。
(高齢者の持続的な働き方の支援)
高齢者の雇用については、法改正により段階的に65歳までの継続雇用確保が義務づけられたところであり、政策的には、まず、職域開発などにより能力を活かした雇用の場が確保できるよう支援することによって、この定着を進めることが重要な課題である。
さらに、65歳であっても、平均寿命はもちろん、健康寿命(男子絵72.3歳、女性77.7歳、2002年)との開きも大きい中で、意欲と能力に応じ、70歳まで働ける仕組みを模索し、エージフリーへとつなげていくことが必要である。
そのためには、従前の職務を継続するだけでなく、前述したような、高齢者に見合った職務の開発、高齢者の再教育支援や高齢者の新規採用など様々な取組を支援し、良いモデル事例をつくり、普及させていくことが効果的であろう。
また、最近、60歳代の新規開業案件が増えているというデータがあり、新規開業の支援という切り口も考えていく必要がある。特に、若者とお互いの強みを組み合わせた仕事形態の開発は、一つのアイディアとして注目される。
このほか、高齢期の活動として、地域における様々な貢献活動に従事することも有力な選択肢であり、高齢期になってからではなく、むしろ、在職中から、こうした活動に携わり、加齢につれ軸足を移して行くことを可能とする仕組みづくりやそのためのワーク・ライフ・バランス促進を図っていくことも重要な課題である。
(ワーク・ライフ・バランス対策と生涯キャリア支援)
ワーク・ライフ・バランス対策としては、既に、育児・介護に係る休業制度や時間外労働の制限の制度の義務化、短時間勤務制度や教育訓練休暇制度の普及促進、長時間労働の抑制、フレックスタイムや裁量労働制の導入などがなされている。
しかしながら、グローバル化等に伴う企業間競争が激化する中で、30〜40歳代を中心に長時間労働の状況にあり、労働時間の削減策のほか、サーベイによる経営者の危機意識の喚起、業務の進め方や仕事配分の見直し、代替者の確保等の措置の徹底、労務管理に係る専門家の助言・指導、後述するような集団的な契約の仕組みの転換などを組み合わせ推進していくことが必要であると考えられる。
また、今後、上記で述べてきたような生涯キャリア支援の視点から、政策を推進していく契機として、ワーク・ライフ・バランスも含め、企業内における従業員のキャリアの状況、問題などについて、若年層、中年層、高齢層それぞれ、転換期に焦点を当てつつ、サーベイを行い、それに基づいて企業内のキャリア支援のあり方を見直すなど生涯キャリア支援へ向けた流れを作り出す政策を検討する必要があろう。
(3)インフラづくり
(産業界主導による取組、専門職集団の育成)
働く者の能力開発や評価をより的確に行っていくためには、企業が求める職務や人材像を能力要件として具体的に示すとともに、働く者も、企業が示す能力要件に照らして自らの職業能力を把握・提示でき、不足している能力の開発向上も図ることができるような、双方をつなぐ「共通言語」や共通の基準が求められる。
特に、今後、企業や働く者を取り巻く環境の急激な悪化により、労働力の流動化が進むことも予想される中で、こうした共通言語や能力に係る基準づくりを行って、本格的に外部労働市場を形成していくことは、喫緊の課題である。
これまでにも、国と業界団体との協力の下に、平成15年来、主要な産業分野ごとに能力評価基準をつくってきた。能力評価基準は、職務を作業の細かい記述を含め、4段階に分析、体系化したもので、職種について、共通言語で定義している点で、これからの市場づくりの尺度になりうる要素を持っている。
しかしながら、この基準だけで、そのまま能力評価制度が策定できるわけではなく、現場で必要とされる技能・技術との擦り合わせが不可欠である。
訓練や能力評価のベースとなる基準づくりやそれを元にした実際の訓練・評価の実施が通用性のある実践的なものとなるためには、何より企業現場の技術・技能の開示と協力が不可欠であり、産業界が主体となって取り組み、国がこれを支援する必要がある。
さらに、こうした基準の策定・運用等と教育訓練や能力評価の実施は、それぞれの分野の専門家にまかせることが必要であり、現在、技能検定や能力評価の基準について、アドホックに集まっている専門家を、恒常的なものとして組織化し、そうした専門家集団が主体となって、これらの取組が行えるようにしていく必要がある。
このほか、教育訓練や能力評価の適正な実施のためには、優れた指導者と評価者が不可欠である。また、能力に係る基準を策定するについても、現場の技術・技能を共通言語で分析し、基準に落とし込む専門家が必要である。
最近、団塊の世代の技術者・高度技能者が企業内において、勤務延長により技能継承に携わる例が増えているが、企業内のみならず、こうした指導者、評価者、分析者等として、中小企業に対する支援も含め、幅広く人材に係る仕事に携わることが期待される。
(教育訓練を担う機関・団体の育成)
働く者の自己啓発や企業の派遣研修を行う場合、受け皿となる教育訓練機関の教育訓練の内容・質・料金などが問題となる。
教育訓練機関は、大別すると、株式会社形態の教育訓練機関、専修・各種学校、公共の教育訓練機関のほか、中間領域として、公益法人その他の業界団体と経営者団体がある。
これらのうち、民間教育訓練機関の役割分担をみると、
・株式会社形態の教育訓練機関と経営者団体は、事務・管理系労働者を主要な対象者として、階層別研修を実施。
・公益法人その他の業界団体は、専門職系労働者(研究・技術職、現業職、医療・看護・福祉職)を主要な対象として、専門研修を中心に実施。
・専修・各種学校は、対象者を特定していない。
価格面では、株式会社形態の教育訓練機関と専修・各種学校は高価格帯、公益法人その他の業界団体と経営者団体は低価格帯のサービスを提供している。
今後、これらの教育訓練機関の分業体制を整備し、中小企業も含め幅広い労働者・企業の教育訓練ニーズに応えられるようにするとともに、個々の教育訓練機関のレベルアップを図る必要がある。
具体的には、
第一に、分業体制として、企業あるいは業界を超えた広い範囲で共通的に求められる知識や能力の養成については、株式会社形態の教育訓練機関、専修・各種学校が担うことが効果的であるが、特定の業界あるいは職種に共通するニーズに対しては、特定業種、業界に対応して組織されている公益法人や経営者団体が重要な役割を担っている。今後、こうした公益法人や経営者団体の役割の強化を含め、教育訓練プログラムの開発、専門家の養成などの点で、政策的支援を与えていく必要がある。
第二に、個々の教育訓練機関のレベルアップとしては、業界団体の組織化の促進と業界としての取組を進めていくことが考えられる。また、その評価については、教育訓練コース受講の公的評価試験合格率を公表するなどにより、サービスの質に関する情報を開示することなどを検討していく必要がある。
(学習機会の確保)
前述のように、多様な教育訓練機関が存在し、それぞれに応じた研修や教育訓練を実施しており、労働者や企業にとって、学習するチャンスがどれだけあるかが見えるようにしていく必要がある。
そのためには、学習機会についての全体を統合したポータルサイトをつくり、あらゆる学習機会が探索できるようにしていくことが求められる。現在、民間で様々なポータルサイトができており、公的なものも整備されている。これらのものを統合してワンストップで情報サービスを提供できるようにするとともに、今後の課題として、これらのコースの実績など質に係る情報も載せていくことを検討する必要がある。
他方、こうした情報へのアクセスと並んで、講座やコースを受ける場合のガイダンスや資金面での支援、さらには、修了後の学力・能力認定などによって、単なる学習機会の確保にとどまらず、実質的に能力の開発・評価に資するシステムとして構築していくことが望まれる。
(キャリア・コンサルティングの高度化)
キャリア相談・支援を行う上で、専門的人材の養成は急務となっている。厚生労働省では、平成14年度から、キャリア・コンサルティング実施に必要な能力の体系化を図るとともに、5年間で5万人のキャリア・コンサルタントを目指し、官民で取り組んでいるが、平成18年10月末で4万2,000人に達したところである。
キャリア・コンサルタント養成講座を修了した者の活動の場をみると、企業の人事・人材開発担当者21%、職業紹介・派遣・再就職支援会社の相談担当者19%、学校の進路・就職担当者5%となっている。
キャリア・コンサルタント養成の推進としては、民間の養成機関の集まりであるキャリア・コンサルティング協議会が平成16年に発足し、キャリア・コンサルタント養成のための各種調査や試行的実務研修を行うほか、今後のあり方についての議論を自主的に進めている。
また、事業主が従業員にキャリア・コンサルティングやキャリア・コンサルタント能力評価試験を受けさせた場合の事業主に対する助成措置やキャリア・コンサルタント養成講座を一定の基準に基づき指定し、受講する雇用者に対し、教育訓練給付の支給を行っている。
今後の課題として、社会と一般への普及・認知を図ること、より高度なキャリア・コンサルティング制度の構築、企業、学校、人材あっせん・紹介機関等、活動分野・活動領域に応じた能力体系や役割の明確化と専門性の付与を行うことにより、それぞれの場で、実践的なキャリア支援を進めることなどが挙げられる。
特に、現段階のキャリア・コンサルティングの機能は、個人の問題解決に特化した傾向があり、仕事に対する能力の伸長、職場や組織の活力につなげる機能がついていないため、企業として積極的に取り組む状況になっていない面がある。今後、こうした点を含め、個人のキャリア形成と組織活力の両立を図る視点から、キャリア・コンサルティングの高度化を進めていく必要がある。
(4)市場の形成と社会性
(契約に基づく労使関係の構築)
労働者の職業キャリアのあり方の自立が求められる一方、働き方の法的仕組みや意識の面では、前述したとおり、就業規則による包括的な契約の決定方法や包括的な指揮・命令権による業務の遂行や残業がなされている。
こうした法的仕組みは、企業組織の集団的・共同体的性格と対をなすものであり、本格的にキャリアの自立やワーク・ライフ・バランスを図るためには、こうした企業の体質や法的仕組みを個別化へ向けて徐々に変えていく努力が必要であると思われる。
現在においても、勤務地限定契約や職種限定契約、短時間勤務制度など、包括的、一般的でない個別の契約による労働関係の例も少なくない。
しかしながら、全体として、こうした例は少数にとどまっている。今後は、例えば、育児・介護休業期間中の時間外労働の制限の制度のように、教育訓練を受けることをあらかじめ明示して届け出た場合は、残業させない等、包括的な残業命令の例外事由を設けたり、職務やキャリアのあり方について、何らかの取り決めをする等、労使ともキャリア・プランやライフサイクル等に応じ、契約内容の個別化に向けた取組が求められよう。
また、労使の契約意識を高めていくことが求められており、現実の労使関係の中で、双方が様々な契約上の工夫ができるよう、教育を行うことや、各種の契約を集め、整理したうえで、状況に応じた様々なモデル契約や約款などの情報提供を行うことなども検討課題として考えられる。
(長期雇用と流動化)
景気の回復に伴い、労働力流動化の兆しはあるものの、大企業を中心とする長期雇用の状況は、基本的には変わっていない。
近年、各企業は、市場競争に対応するため、高度な専門性を持ったプロフェッショナル人材の育成を進めつつあるが、今後、こうしたプロフェッショナル人材を中心に流動化が進み、長期雇用慣行に一部変化が生ずる可能性もある。
プロフェッショナル人材は、明確な定義があるわけではないが、弁護士、公認会計士などの資格に基づくもののほか、コンサルタント、システム設計、FPなど一部の分野において、独立自営の形態をとって活動しており、高い専門性を持ち、それを拠り所として、仕事に対するこだわりと倫理性を持つ点に特色がみられる。
こうした人材は、これまで長期雇用慣行のもとで組織に忠実に職業キャリアを送ってきた従業員とタイプを異にしており、市場で通用する高い専門能力を追求し、その専門能力を活かして独立自営を目指すなど、組織に従属しない流動化傾向を持っている。
企業にとっては、市場競争を生き抜くためには、プロ人材をどれだけ育成し抱えられるかがポイントになる一方、せっかく育成しても引き抜かれる心配もあり、プロ人材を惹き付けるためには、人材育成をはじめ、企業の文化・価値観の醸成を図ることなどにより、企業自体の魅力をつける努力が必要になってこよう。
政策的には、こうしたプロ人材の職域の広がりや流動化が進めば、これまでの一つの企業内における「雇用の安定」を旨とした政策体系以外に、「職」を中心としてEmployability(労働市場価値を含んだ職業能力、即ち、労働市場における能力評価、能力開発目標の基準となる実践的な就業能力)を高める政策を本格的に検討していくことが必要となろう。
その場合、予想される施策のポイントとしては、
(1) 個人に対する支援策、コンサルティングや教育訓練に係る援助の強化、
(2) 能力評価基準の策定等市場づくりと能力の認定
(3) 専門職集団の育成と集団による教育訓練、能力評価などの実施・格付け
などの施策が必要とされよう。また、プロ人材は、「育てる」ものでなく「育つ」ものともいわれる。この観点から、個人に対する支援策については、人材育成面にとどまらず、働きやすい環境づくり全般に亘る支援が重要となってこよう。
(中間的組織の発達と新たな「公」の形成)
企業と働く者個人の関係が、より個人の自立した方向へ向かう中で、個人が自らの志向に応じ、様々な活動をするためには、状況に応じ、企業外の組織ないし人々と交流し、ネットワークを形成していくことが必要になってくる。
例えば、まとまった教育訓練を受けるためには、大学の社会人教育が受け皿の一つとなっており、リカレント教育の役割を果たすとともに、企業人にとっては、自らのキャリアを考え直し、人的ネットワークをつくるプラットフォームの役割を果たしている。
また、地域で様々な貢献活動を行う場合には、NPO法人やコミュニティビジネスなどに属するか、関与して、ネットワークの中の一員として活動していくことになる。
さらに、前記のプロフェッショナルのような場合には、職能集団や専門集団に関与して、お互いに啓発、切磋琢磨し合うことにより、専門能力を高めていくこと等が考えられる。
こうした個人の多彩な活動を支えるネットワークや組織がどのようにできてくるかが、今後の社会のあり方を決める重要な要因になると思われる。特に、多元的で豊かな知識社会を導くためには、こうした場づくりを積極的に進めていく必要がある。
今後、団塊の世代が大量に企業から出てくるが、これらの世代は、従来の高齢者に比べ、健康に恵まれ、活動意欲や能力も高い。これらの人材を上記のような様々なネットワークや中間組織に適切に誘導し、これら活動の支え手として活躍してもらうことによって、従来の社団や財団と異なる新たな「公」の場を形成することが期待される。
(CSR・SRIと市場の社会性)
グローバル化の進展や技術革新の進展、規制緩和等の影響により、市場における競争は、益々激化しており、各企業は、そのためのコストダウンや短期的な成果を迫られている。
このため、各企業は、人材の育成・キャリア支援、ワーク・ライフ・バランス等を図っていく必要性・重要性は認めつつも、経営環境の厳しい中小企業を中心に、目前の現実を優先させがちである。
しかしながら、こうした市場の圧倒的な影響力のままに放置すれば、働く者の職業生活だけでなく、家庭や地域を含めた社会全体の持続可能性が失われかねない。
そうした意味において、今後、消費・投資市場、労働市場を含め、人材の育成・キャリア支援との関わりにおける市場のあり方を模索しなければ、根本的な解決策に達し得ない可能性がある。
近年、企業の社会的責任(CSR)が盛んに議論されるようになり、こうしたCSRと連動した投資ファンド(SRI)も多く設立されるなど、投資市場の中で、CSRに取り組む企業を評価する動きが出ている。
また、労働市場の中でも、大学の就職コーナーに企業のCSR報告書が並べられ、学生が企業を選択する際の参考に供されている。
こうした動きは、単なる一過性のものではなく、次のように、市場のあり方を考える本質的なヒントを与えるものと考えられる。
第一に、市場は、必ずしも物理法則のような法則だけで動くのではなく、消費、投資や労働力の提供を行う「ひと」の判断によって動くものであること。
第二に、消費行動や投資行動は、通常、財・サービスの品質・価格、企業の収益力・生産性が判断基準となるが、それが絶対的なものとは限らず、「ひと」の判断である以上、財・サービスを提供する企業や投資の対象となる企業の文化・価値観・行動によっても変わりうること。
第三に、投資者、消費者の多くは、働く者でもあり、消費や投資をするに当たって、サービスを提供する企業の「労働や働く者」に対する考え方・価値観は重要なメルクマールになりうること。
このように、競争市場の圧倒的な影響力の前に、各種の人材育成やキャリア支援政策が後退を余儀なくされる傾向にある中で、投資・消費行動に際して、「ひと」としての立場に立つことにより、市場自体に社会性を持たせ、こうした政策の推進力としていくことができれば、今後の社会の新たな道を開く可能性が生じてこよう。
4.おわりに
職業能力開発行政は、これまで、公共職業訓練中心の時代、民間能力開発促進の時代を経て、平成13年以来、職業キャリア支援政策の推進中心の時代に移ってきた。
今般は、さらに、長寿社会に伴い職業生涯が長期化する中で、「生涯キャリア支援」をキーワードとして、キャリアの持続的な発展を可能とする条件や、そのための企業を中心とする支援や政策のあり方を探ってきた。その結果、大企業を中心とする働く者のキャリア上の問題の所在や今後検討すべき課題などが浮き彫りになってきた。
第一に、企業規模、業種・業態等による違いが大きいとはいえ、従業員の処遇について、これまでの企業に依存する職業キャリアのあり方から、従業員がより自立したキャリアを歩むよう支援していく方向への切替が明確になってきた。
特に、単に「自律」にとどまらず、「自立」に至ることまで視野に入れつつも、その手法としては、支援しつつ「背中を押す」状況にあり、多くの企業が、過渡期として悩みつつ、試行錯誤を重ねている。
第二に、職業キャリアの長期化が見込まれる中で、「生涯」のキャリア支援という切り口が重要性を増しており、次の視点で取り組むことの重要性が示された。
まず、長い職業生涯の中で、多くの場合、いくつかの転機となる節目の時期が訪れる。働く者にとって、こうした時期をどう乗り越えるかが、次のキャリア展開、ひいては、生涯にわたるキャリアの発展にとって重要な意味を持っている。
特に、「生涯」のキャリアの発展を考えると、これまで十分議論されていなかった視点として、中年期の節目において、次のキャリア展開へ向け、どのように意欲と能力を引き出すかが重要であり、自らのキャリアを振り返り、自分を客観視する機会づくり、きめ細かなキャリア情報や選択肢の提示、「強み」を生かす戦略など、対象者に応じた多様なキャリア支援のあり方を考えていく必要が確認された。
また、「生涯」キャリアを持続可能なものとして発展させていくためには、「職業キャリア」自体の範囲を、雇用労働に限らず、自営、NPO活動など幅広く視野に入れるとともに、単に、「職業」の視点にとどまらず、次世代を生み育てる生活者や付加価値を創造する文化的・社会的活動主体としての視点を含め、調和のとれた働き方(ワーク・ライフ・バランス)を進めていくことが不可欠となっている。このことによって、働く者個人の持続的な成長が可能となり、企業活動の活性化や均衡ある社会の発展につながる。
さらに、「生涯」キャリア支援政策の新たな展開が求められる。これまでにも、若年期、中年期、高齢期などの各世代に応じたキャリア支援政策は講じてきているが、新たな展開として、上記のような課題に応じ、(1)キャリアの転機となる節目における支援策(キャリア・ブレイク、転機におけるキャリア・コンサルティング、選択肢や場の提供)、(2)実効あるワーク・ライフ・バランス対策を進めるほか、今後は、さらに、各世代の従業員の意識調査(サーベイ)などを起点として、企業内において、各世代が生き生き働けるような環境づくりにつなげていくことなどを検討する必要がある。
第三に、キャリア支援を推進するために、企業のできないことについて、国を中心として、公的な政策を進めていくことの重要性が確認された。こうした政策の中心になるものとして、
(1) キャリア支援インフラの整備が不可欠であり、具体的には、産業界主導による訓練や能力評価基準の整備と支援、さらには、教育訓練を担う機関・団体の育成、学習機会に係る検索・ポータルサイトの構築、個人のキャリア形成と企業組織の活性化の双方を進めるキャリア・コンサルティングの高度化などが重要である
(2) また、企業内だけで、多様なキャリア展開に見合う選択肢を提示することは困難であり、企業グループ内でのキャリア開発を含め、中高年齢者などを中心に、様々な職務の開発や起業を支援していくこと、NPO等の活動を含め地域貢献的活動などの受け皿の開発を、キャリア支援政策に併せ、講じていく必要がある
ことなどが明確にされた。
以上のような論点を中心に、企業内の実態を踏まえ、キャリア支援に係る多様な論点について、整理、方向づけがなされたが、同時に、今後、さらに議論すべき課題として、いくつかの論点を問題提起したところである。
例えば、働く者のキャリア自立やワーク・ライフ・バランスのとれた働き方を進めていくためには、企業における過度に共同体的・集団的働き方から、個人が契約に基づいて働き方を選択できる仕組みを変えていくことなど、働き方の意識や慣行、制度面・法律面の仕組みを見直すことの必要性が指摘された。また、企業と働く者の関係が、依存から自立へと次第に変わる中で、これまでの一つの企業内における雇用の安定を旨とした政策に加え、「職」を中心としてEmployabilityを高める施策や個人の多彩な活動を支えるネットワーク・組織をつくる施策、さらには、こうしたネットワークや中間組織を核として、新たな「公」を形成していくことの重要性も提言された。
さらに、より抜本的な課題として、グローバル化する市場における競争が激化する中で、働く者がワーク・ライフ・バランスを図りながら持続的にキャリアを発展させる環境づくりをどうつくるかが問われており、新たな可能性として、CSRなどを含めた市場のあり方を模索する必要性についても付言したところである。
以上のとおり、今回の研究会は、大企業における実務家を中心に、「生涯キャリア」をキーワードとして、キャリア支援のあり方を展望したところであり、将来的な課題も含め、今後の検討課題を明らかにしてきた。
今後、これらの検討が、本報告書を契機として、さらに深められ、働く者の生涯キャリア支援が現実の企業・社会の中で実効ある形で定着し、働く者が長い生涯キャリアを持続的に発展させられるようになることが期待される。