児童虐待による死亡事例の検証結果等について

(「児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」第1次報告)

平成17年4月

I. 児童虐待による死亡事例の検証

1.  「児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」の設置趣旨
 児童虐待による死亡事例が依然として後をたたない。子ども一人ひとりの死を我々が重く受け止め、こうした子どもの死を決して無駄にすることなく、今後の事件の再発を防止することは、社会全体の責務である。そのためには、これらの事例について子どもの死亡という最悪の結果に至る前にこれを防ぐ手立てがなかったのか、どのような対応をとるべきであったのか、さらに今後どのような対策を強化・推進する必要があるのかを検証することが不可欠である。
 また、平成16年4月に改正され、同年10月に施行された児童虐待の防止等に関する法律の一部を改正する法律において、新たに第4条第5項(注)が設けられ、国及び地方公共団体の責務として、「児童虐待の防止等のために必要な事項についての調査研究及び検証を行う」ことが明確にされたところである。
 こうした状況を踏まえ、社会保障審議会児童部会の下に「児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」(以下「検証委員会」という。)が設置された。検証委員会では、様々な専門分野で構成される有識者が、継続的・定期的に全国の児童虐待による死亡事例等を分析・検証し、全国の児童福祉関係者が認識すべき共通の課題とその対応を取りまとめるとともに、制度やその運用についての改善を促すことをねらいとしている。








( 注)児童虐待の防止等に関する法律
第4条第5項
 国及び地方公共団体は、児童虐待の予防及び早期発見のための方策、児童虐待を受
けた児童のケア並びに児童虐待を行った保護者の指導及び支援のあり方、学校の教職
員及び児童福祉施設の職員が児童虐待の防止に果たすべき役割その他児童虐待の防止
等のために必要な事項についての調査研究及び検証を行うものとする。









2.  検証の対象とした事例の概要等

(1)  検証の対象とした事例及び調査・分析方法
   第1回目の検証としては、平成15年7月1日から同年12月末日までの児童虐待による死亡事例として厚生労働省が把握している24件(25人死亡)について、厚生労働省が関係都道府県・指定都市の児童福祉主管課に対し、以下の調査項目について回答を求めた事例を検証の対象とした。

(調査項目)
  ・ 事例概要
  ・ 死亡した子どもの特性等
  ・ 家族構成(ジェノグラム)
  ・ 当該家庭の養育背景
  ・ 当該事例が発生した市町村における虐待防止ネットワークの有無
  ・ 当該事例についての虐待防止ネットワークの関与、特に個別ケース検討会議を活用した対応の有無
  ・ 対応に関する行政機関の分析・検証
  ・ 当該事例を踏まえ、再発防止のために講じた施策、取り組み
  ・ 事件までの経過、行政機関の関与状況等

   こうした関係都道府県・指定都市からの報告を基に、検証委員会において24事例の総体的な分析を行うとともに、このうち、児童相談所が長い期間関わってきた3事例について関係都道府県・指定都市を対象に個別のヒアリングを実施した。
 なお、各事例とも家庭の背景などの調査内容は、基本的には関係都道府県・指定都市が自ら調査した結果又は関係市町村からの報告の内容に基づいて本検証委員会に提供された情報をもとに分析を行ったものである。したがって、二次的な資料を活用するという制約から、必ずしも全ての論点が網羅されているものではない。

(2)  対象とした24事例(25人死亡)の概要

  (1) 事例の特徴
 虐待を受けた子どもの年齢構成は、0歳児が44.0%、次いで2歳児が20.0%、1歳児が12.0%であり、全て6歳以下の就学前児童であった。(表1)
 さらに、0歳児のうち月齢4か月以下児が81.8%であった。(表2)
 虐待者の続柄は、実母が50.1%、次いで実父が30.0%、内縁関係にある者及び交際相手が13.3%であった。(表3)
 虐待者の年齢構成は、20代が56.6%、30代が26.7%であった。(表4)

表1  虐待を受けた子どもの年齢構成
年齢 0歳 1歳 2歳 3歳 4歳 5歳 6歳 合計
人数 11 3 5 1 2 2 1 25
構成割合(%) 44.0 12.0 20.0 4.0 8.0 8.0 4.0 100.0
構成割合累計 44.0 56.0 76.0 80.0 88.0 96.0 100.0  
*1 事例に虐待を受けた子どもが複数いる場合があり、虐待事例数24件とは一致しない。

表2  虐待を受けた子どもの年齢構成(0歳児再掲)
月齢 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
人数 2 0 1 1 5 1 0 0 0 0 0 1 11
割合(%) 18.2 0 9.1 9.1 45.4 9.1 0 0 0 0 0 9.1 100.0
割合累計 18.2 18.2 27.3 36.4 81.8 90.9 90.9 90.9 90.9 90.9 90.9 100.0  

表3  虐待者の続柄
虐待者 実母 実父 内縁(妻) 内縁(夫) 祖母 交際相手 同居人 合計
人数 15 9 1 1 1 2 1 30
構成割合(%) 50.1 30.0 3.3 3.3 3.3 6.7 3.3 100.0
*1 事例に虐待者が複数いる場合があり、虐待事例数24件とは一致しない。

表4  虐待者の年齢構成
  10代 20代 30代 40代 50代 合計
実母   10 3 2   15
実父 1 4 4     9
内縁(妻)     1     1
内縁(夫)   1       1
祖母         1 1
交際相手 1 1       2
同居人   1       1
総数 2 17 8 2 1 30
構成割合(%) 6.7 56.6 26.7 6.7 3.3 100.0

  (2) 当該家庭の養育背景(表5)
 24事例について養育環境に見られる養育支援が必要となりやすい要素(以下「要支援要素」という。)は、「地域からの孤立」が54.2%、次いで「ひとり親家庭・未婚」が50.0%、「転居して間もない」が33.3%、「経済不安(失業・無職)」が33.3%であった。
 養育者の状況に見られる要支援要素は、「養育者の感情、情緒不安定」が41.7%、次いで「育児不安」が33.3%、「養育者の生育環境上の問題」が25.0%、「養育者の性格的傾向(攻撃的・衝動的)」が20.8%であった。
 子どもの状況に見られる要支援要素は、「未熟児」が29.2%、次いで「発育の遅れ」が16.7%であった。
 また、それぞれの養育背景が24事例のうちどの程度該当していたかの割合については、養育環境が22事例(91.7%)、養育者の状況が19事例(79.2%)、子どもの状況が12事例(50.0%)であった。

表5  当該家庭の養育背景
養育環境 養育者の状況 子どもの状況
種別 件数 種別 件数 種別 件数
ひとり親家庭・未婚 12 50.0 育児不安 8 33.3 未熟児 7 29.2
内縁関係の家庭 3 12.5 養育者の性格的傾向
(攻撃的・衝動的)
5 20.8 双子・三つ子 2 8.3
子連れ再婚家庭 2 8.3 養育者の感情、
情緒不安定
10 41.7 子どもの疾患・障害 2 8.3
転居してまもない 8 33.3 養育者の精神疾患 4 16.7 発育の遅れ 4 16.7
地域からの孤立 13 54.2 養育者が長期の疾患 2 8.3 問題行動(多動など) 2 8.3
長期分離有り 2 8.3 養育者の年齢(父・
母いずれかが10代)
1 4.2 保育所・学校等の
長期欠席
1 4.2
経済不安(失業・無職) 8 33.3 配偶者への暴力 2 8.3 その他 1 4.2
健康診査未受診 3 12.5 養育者の
生活環境が不遇
6 25.0      
その他 2 8.3 薬物・アルコール
依存
0 0.0      

  (3) 事例の分類(関係機関及び市町村虐待防止ネットワークの関与)

   ア)  関係機関の関与状況(表6)
 関係機関の関与状況についてみると、24事例のうち、児童相談所が関わっていたのは12事例(50.0%)、関係機関との接点はあったが家庭への支援の必要性はないと判断していたのは6事例(25.0%)、関係機関が虐待やその疑いを認識していたが児童相談所が関わっていなかったのは3事例(12.5%)、関係機関と全く接点をもちえなかったのは3事例(12.5%)であった。

表6  関係機関の関与
  H15.7〜
H15.12
(N=24)
H12.11〜
H15.6
(N=125)


(N=149)
児童相談所が関わっていた事例
虐待以外の養護相談等で関わっていた事例及び転居前の児相が関わっていた事例を含む
12事例
(50.0%)
30事例
(24.0%)
42事例
(28.2%)
関係機関が虐待やその疑いを認識していたが、児童相談所が関わっていなかった事例
3事例
(12.5%)
56事例
(44.8%)
59事例
(39.6%)
関係機関との接点(保育所入所、新生児訪問、乳幼児健診等)はあったが、家庭への支援の必要性はないと判断していた事例
6事例
(25.0%)
22事例
(17.6%)
28事例
(18.8%)
関係機関とまったく接点をもちえなかった事例
3事例
(12.5%)
17事例
(13.6%)
20事例
(13.4%)

   イ)  市町村虐待防止ネットワークの関与
 24事例が発生した市町村において、市町村虐待防止ネットワークを設置済であったのは19市町村(79.2%)であったが、当該事例に虐待防止ネットワークが関与していたのは、2事例(8.3%)であった。このほか、虐待防止ネットワークとは別に、本件事例について、別途関係機関を集め対応を検討したものが3事例(12.5%)あった。

  (4) 事例と接点のあった関係機関等

   ア)  事例と接点があった関係機関(表7−1)
 24事例と何らかの接点があった関係機関等は、延べ82機関あり、その内訳は、保健・医療機関が41.5%、児童福祉機関・施設が36.6%、保育所が9.8%、警察機関が3.7%、市福祉事務所(生活保護)等のその他の機関が8.5%であった。

表7−1  事例と接点があった関係機関(重複計上)
[保健・医療機関] 34 (41.5%)
 ○ 保健機関(25)
  都道府県保健所(9)
  市町村保健センター・市町村保健師(16)
 ○ 医療機関(9)
[児童福祉機関・施設] 30 (36.6%)
 ○ 児童相談所(12)
 ○ 市福祉事務所(児童福祉)(12)
 ○ 児童家庭支援センター(1)
 ○ 乳児院、児童養護施設(2)
 ○ 母子生活支援施設(1)
 ○ 民生児童委員(2)
[保育所・学校機関] 8 ( 9.8%)
 ○ 保育所(8)
[警察機関] 3 ( 3.7%)
 ○ 警察署・警察官(3)
[その他機関] 7 ( 8.5%)
 ○ 市福祉事務所(生活保護)(4)
 ○ 婦人相談所(1)
 ○ 婦人保護施設(1)
 ○ 母子自立支援員(1)

   イ)  関係機関ごとの事例との接点(表7−2)
 それぞれの関係機関ごとに、24事例と関わった割合についてみると、その内訳は、保健機関が70.8%、次いで児童相談所・市福祉事務所が50.0%、続いて医療機関・保育所が29.2%であった。

表7−2  関係機関ごとの事例との接点
[保健・医療機関]
 ○保健機関 ・・・・・・・・・ 17事例(70.8%)
   都道府県保健所
   市町村保健センター・市町村保健師
 ○医療機関 ・・・・・・・・・ 7事例(29.2%)
[児童福祉機関・施設]
 ○児童相談所 ・・・・・・・・ 12事例(50.0%)
 ○市福祉事務所(児童福祉)   12事例(50.0%)
 ○児童家庭支援センター ・・・ 1事例( 4.2%)
 ○乳児院、児童養護施設 ・・・ 2事例( 8.3%)
 ○母子生活支援施設 ・・・・・ 1事例( 4.2%)
 ○民生児童委員 ・・・・・・・ 2事例( 8.3%)
[警察機関]
 ○警察署・警察官 ・・・・・・ 3事例(12.5%)
[その他機関]
 ○市福祉事務所(生活保護)   4事例(16.7%)
 ○婦人相談所 ・・・・・・・・ 1事例( 4.2%)
 ○婦人保護施設 ・・・・・・・ 1事例( 4.2%)
 ○母子自立支援員 ・・・・・・ 1事例( 4.2%)


3.  全事例から得られた総括的課題及び対応

(1)  死亡事例によく見られる共通の要素

  (1) 乳幼児に対する虐待
 死亡した子どもの全てが就学前の乳幼児であり、そのうち0歳児が11人(44.0%)を占めている。従来から指摘されているとおり、乳幼児については年齢の低さ自体が虐待死のリスク要因である。
 子どもの死亡原因のうちで最も多かったのが、頭部や顔面への暴力によるものであり、全体の42%に当たる10事例であった。
 このうち2事例では、本件が発生する以前から虐待による頭部や顔面への外傷があると認識していたものの、その危険性が十分に理解されておらず、子どもの安全確保が十分ではなかったと思われる。
 特に、乳幼児の頭部や顔面の外傷は、低年齢であるがゆえの抵抗力の弱さを考慮すると、常に命に関わる危険な虐待として捉えるべきである。また、虐待者の衝動性が抑制できず、頭部、顔面といった人目につく部位への暴力に至るまでエスカレートしている可能性があるという意味においても、極めてハイリスクであるという認識を持つべきである。

  (2) 親の精神疾患
 24事例中、親に精神疾患があると報告された事例は4事例(16.7%)あった。これらの事例の中には、親の精神疾患に関わっている関係機関との連携が十分ではなく、情報不足の状態で援助がなされ、その評価が適切でなかったと考えられる事例があった。また、親の精神疾患に援助者の注意が集まってしまい、虐待の認識までは至らなかったことから、子どもに対する対応が不十分な事例もあった。

  (3) 養育環境及び養育者の状況
 先に述べたとおり、24事例について養育環境に見られる要支援要素は、「地域からの孤立」が54%、次いで「ひとり親家庭・未婚」が50%、「転居して間もない」が33%、「経済不安(失業・無職)」が33%であり、養育支援を必要とする要素を抱えた家庭が多かった。
 また、養育者の状況に見られる要支援要素は、「養育者の感情、情緒不安定」が42%、次いで「育児不安」が33%、「養育者の生育環境上の問題」が25%、「養育者の性格的傾向(攻撃的・衝動的)」が21%であり、何らかの養育支援を必要とする養育者が多かった。
 こうした要素に加え、いわゆる複合家族で内縁関係にある、多子家庭であるなどにより家庭の生活基盤に問題を抱え、何らかの援助が必要と思われる家庭が多かった。

  (4) 子どもが泣きやまない状況
 虐待死に至る暴力を喚起した要素として「子どもが泣きやまない」ことが引き金になった事例が7事例(29.2%)あった。親子関係の観察においては、子どもが泣きやまないといった状況など子どもの扱いが困難になったときに親がどのように対処するのかを関係機関等で把握することが必要である。また、このような親子関係の危機的状況について必要に応じて適切な支援も必要である。

  (5) 虐待の危険性の高まりを示唆する兆候
 援助の過程において、「成長期の子どもの体重が増えない」、「子どもの姿が見えない」、「在宅していて新たな怪我が生じている」、「子どもが帰宅をいやがるそぶりがうかがえる」などの虐待の危険性の高まりを示唆する兆候が見られる場合には、虐待の存在や程度を認識し、的確な対応をとることが必要である。

  (6) 関係機関の援助に対する保護者の拒否
 保健師等の援助担当者の訪問を保護者が拒否したり、家庭訪問の約束を反故にした後で転居した事例など、援助側の働きかけが不可能になった事例が数多くあった。援助を拒否されると、実態把握・評価(以下「アセスメント」という。)や子どもの安全確認ができなくなる。このため、援助を拒否されること自体がハイリスク要因であるという認識を高め、拒否された場合の対応方針をあらかじめ決めておくことが必要である。また、拒否された場合、ただ次の機会を待つのではなく、より積極的な介入が必要であることを認識すべきである。

(2)  児童相談所及び関係機関の対応
   24事例のうち、「児童相談所が関与していた事例」は12事例(50.0%)であり、前回に報告した死亡事例125事例(平成12年11月〜平成15年6月)に関与した割合よりも増加していることがわかる。これは住民への啓発運動が浸透し児童相談所への通告が増えた、或いは関係機関間の連携が進み、児童相談所への相談、或いは通告が増えたためと考えられる。また、「関係機関が援助の必要があるとして関与していた事例」は3事例(12.5%)であり、「児童相談所又は関係機関が支援対象として関与していた事例」は15事例(62.5%)を占めている。さらに、関係機関と何らかの接点があったものを含めると21事例(87.5%)に達している。
 これらの事例に対して児童相談所又は関係機関における虐待の認識とその程度、またこうした認識に至るまでの判断を的確に行う上で次のような問題が見受けられた。

  (1) 関係機関における組織的対応に関する問題
 児童相談所や関係機関によっては、組織的対応に関する体制が十分構築されていない組織もあった。さらに、援助過程における個々の局面に関する認識や対応方法などについての教育・訓練・指導(以下「スーパービジョン」という。)や協議が十分でなく、妥当な対応が図られなかったと考えられる事例があった。意思決定システム、組織的対応、スーパービジョン体制などに関して組織体制の再点検を図る必要がある。
 また、組織内部での担当者間の事例引継や転居した場合のフォロー体制が十分でなかったことが要因であった事例、組織内でケースが完結してしまい、市町村虐待防止ネットワークや他機関との連携がうまく図られなかった事例があったことから、これらの課題に対応する体制を検討する必要がある。

  (2) 援助の方針と姿勢に関する問題
 保護者の同意を重視しすぎる姿勢や保護者との摩擦を回避する対応に偏るなど基本的対応方針に課題があり、結果的に判断の遅延などの問題を招いた事例があった。子どもの安全を最優先し、状況に応じて適時適切に介入的視点に立った支援を導入することが重要である。具体的には、立入調査(児童虐待の防止等に関する法律第9条、児童福祉法第29条)、一時保護(児童福祉法第33条)、施設入所等の措置についての家庭裁判所への申立(児童福祉法第28条)などの手段を講じていくことが考えられる。
 また、こうした介入的視点からの対応の重要性についての認識を高めるとともに、担当者の援助技術の向上とそれを支援するためのスーパービジョン体制の確保が求められる。事例の見立てと判断、対応方針の決定、総括的な援助の方向性の確認の全てについては、組織として対応すべきものであり、これらが的確に図られるよう体制整備を進めていくことは組織としての責務である。

  (3) アセスメントと援助計画の設定に関する問題
 児童相談所や関係機関が長期に関わっているものの、膠着化して状況が変化していない事例などにおいて、アセスメントと援助計画の設定に問題があったと考えられる事例が複数見受けられた。
 これらの事例においては、虐待問題の発生につながる親の生育環境や現在の家庭環境(配偶者からの暴力など)を背景とした親の心理的側面への理解不足、認識不足があったと考えられる。そして、家族全体を捉えたアセスメントやアプローチの必要性があった。しかしながら、単純な養護相談として個別の養育支援のみに関心事項が偏り、虐待の発生につながる家族関係の問題やその心理的側面などの家族全体へのアセスメントが欠如したままの対応を取っていた事例が見られた。さらに、その結果、虐待の認識が不足し、リスクの判断、援助方針及び援助計画の設定が適切ではなかったと考えられる。
 このうち、援助計画に関する問題としては以下のようなものが指摘された。
   ア)  援助計画の設定に際しては、当該援助計画が有効ではないと判断された場合の対応をあらかじめ定めておくことが原則であるが、こうした設定がなされずに長期的に膠着状態のまま援助が中断していた事例
   イ)  定期的な児童相談所への来所や他の親族との同居などを条件に措置解除がなされたが、その条件が遵守されなかったり、変化したにもかかわらず、それらに応じた適切な対応が図られなかった事例
   ウ)  関係機関の援助が保護者から拒否された時の対応が考えられなかった事例
   これらは極めてハイリスクであるとの認識を持つべきであり、次の段階の方策を検討し、適切な対応を図る必要がある。
 このために、一度決定された援助方針は恒久的なものではなく、その後の状況の変化に応じて柔軟な方針変更がなされる必要がある。特に、家族関係に変化が生じた場合などには、これに対応するための措置を講じる必要があることを認識すべきである。そのためにも家族全体を視野に入れたアセスメント及び援助計画の設定が必要であると考える。
 なお、家族など特定の者からのみの情報に頼ったことにより、情報不足が生じ、結果的に判断を誤り、情報が事前に認識されていれば最悪の結果に至らなかったかもしれないと思われる事例もあった。また、家族の特定の者からの「問題なくうまくいっている」との情報を重視しすぎて、問題点を指摘する第三者からの情報について、リスク判断を誤ったと思われる事例もあることから、家族など当事者からの情報の信憑性などについては十分に吟味する必要がある。

  (4) 組織的進捗管理に関する問題
 今回の事例の中には、アセスメントや援助計画が担当者や一部の職員に任され、組織としての進捗管理が不十分な事例があった。
 したがって、今後、市町村との連携も含め、組織としての進捗管理を行い、定期的かつ必要に応じて点検していくことが必要である。

  (5) 児童相談所と福祉施設の連携に関する問題
 児童相談所が援助に関わり、乳児院や母子生活支援施設などの福祉施設に入所していた事例において、児童相談所や関係機関からの援助の内容や連携が必ずしも十分でなかったことも要因と考えられるものがあった。
 まず、ア)母子生活支援施設での事例において、入所の窓口である福祉事務所が初期対応していたことから児童相談所の対応姿勢が必ずしも積極的でなかったこと、イ)福祉施設に入所していることで関係者の安心感が先行し、ハイリスクであることの認識が持てなかったこと、ウ)福祉施設からの虐待通告であること自体がすでに極めてハイリスクの状況であるということを示唆するものであるにもかかわらず、そうした認識が持たれなかった事例があった。
 また、他の事例では、措置解除に当たり、児童相談所と施設の間において家族との再統合に関しての役割と責任の所在が明確にされていなかったことから、援助が不十分となった事例があった。この事例においては地域の援助機関も関与していたが、それぞれの関係機関や施設の相互の立場での援助の役割や内容が必ずしも客観的に明確にされていなかったため、虐待の危険性についての認識に至らず、意思疎通が十分に図られなかったことが要因の一つであると考えられる。
 これらの事例を踏まえると、施設入所時における関係機関の対応及び施設退所時における児童相談所、関係機関や施設の役割を明確にしておく必要がある。また、家族再統合プログラムなどの開発・普及とこれを実施するための体制整備が課題である。その一方で、家族再統合が困難であり、施設入所や里親による援助を長期的に必要とする場合も多いことから、各地方公共団体において必要十分な社会的養護体制の整備を図ることが個々の子どもやその家族の状況に応じた適切な対応策を講じるための条件である。

  (6) 医療機関の認識と対応に関する問題
 今回の事例の中には、医療機関が関わった事例も多い。医療機関が関わった時点で、虐待に関する重大な危機を認識できなかった問題点がある。したがって、医療機関としてのその後の対応も十分なされていない事例も見られた。とりわけ、保健機関、児童相談所との連携が十分なされておらず、その他の関係機関も含めた援助や対応が十分なされていない事例があった。医療機関は、虐待に関する認識をより一層高めると同時に、関係機関との連携も含めた対応を充実させていく必要がある。

(3)  市町村虐待防止ネットワークに関する問題
   24事例のうち、関係市町村が虐待防止ネットワークを設置していたのは19市町村(79.2%)であったが、代表者会議、実務者会議、個別ケース検討会議の三層構造を持ったネットワークを設置していたのは3市(12.5%)に過ぎなかった。
 当該事例に虐待防止ネットワークが関与していたのは、2事例(8.3%)であり、このほか、虐待防止ネットワークとは別に、本件事例について、別途関係機関を集め対応を検討したものが3事例(12.5%)あった。
 個別ケース検討会議を開催していたにもかかわらず死亡した事例においては、関係機関が連携して適切な時期に適切な援助が行われていたのかどうか、さらに関与しながらもなぜ機能しなかったのか等を検証しておく必要がある。また、残りの関与のなかった事例において、ネットワークが関与する必要性がなかったのか、関与が必要な事例ならば、なぜネットワークが活用されなかったのか等を検証しておく必要がある。
 各事例から見受けられる関係機関との連携上の問題としては次のようなものがある。
  (1)  在宅指導などの場合における虐待防止ネットワークの実務者レベルでの関与や地域の子育て支援の活用策が十分講じられていない。
  (2)  関係機関間の連携において、連携先の機関の動きを一方的に解釈しているものや相互の役割が明確にされていないことによる情報の伝達不足がある。
  (3)  医療機関における虐待の認識の向上や福祉部門との連携の構築などの体制整備を図る必要性がある。
  (4)  乳幼児の死亡事例が多いことから保健部門と福祉部門との連携の強化、実効性のあるネットワークの構築・活用を一層図る必要性がある。ネットワークの個別ケース検討会議等を活用し、関係機関で事例ごとに、情報の提供及び共有を図り、アセスメントを行った上で援助を実施し、さらに評価を行い、必要性に応じて援助方針の見直しを行うことが必要である。
  (5)  虐待防止ネットワークは構築されており、一定の情報の共有はなされているが、組織の末端までの情報伝達システムが不十分である。個別ケース検討会議が効果的に開催されていたのかどうか、個別ケース検討会議で決定された役割分担について共通認識が十分されていたのかどうか、責任の押し付け合いになっていなかったかどうか等を検証することが必要である。
  (6)  本年4月1日から個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)が全面施行されており、こうした個人情報保護の要請と関係機関における情報共有との関係が問題となり得るが、子どもの命を守ることが最優先されるべきであり、消極的になるべきではない。
 虐待事例に適切に対応していくためには、虐待防止ネットワークを構成する関係機関間における情報の交換とそれに基づく援助方針の共有化が不可欠である。改正児童福祉法において、要保護児童対策地域協議会が法定化され、その構成員に守秘義務が課せられたことから、本協議会を積極的に活用し、情報交換や連携を進めていくことが望まれる。


4.  三事例の個別ヒアリングから得られた課題
 今回の検証においては、児童相談所が長期に関わっていた三事例について、関係都道府県・指定都市から個別にヒアリングを行うことにより詳細な分析を実施したところ、次のような問題が見受けられた。
 なお、個人情報保護等の観点から、各事例の内容については個別情報が特定されないよう記載上の配慮を行っている。

【事例A】
 (1) 関係機関の関与
 保育所、家庭児童相談室を通じた虐待通告に対し、児童相談所が関係機関とともに長期的に在宅指導をしていた事例
 (2) 家庭環境、養育環境等
 地域から孤立した家庭で、父、母、多子家族。死亡した子どもは幼児。頭部打撲による脳障害で死亡
 (3) 本事例における課題
ア)  事例の見立て、アセスメント
 当初の児童相談所に対する相談は、死亡した子どもと上のきょうだいに顔面、頭部の怪我があったという保育所及び家庭児童相談員からのものであった。まず、頭部、顔面の怪我という点についてハイリスクであると見なされなかった点に問題がある。
 また、両親が虐待を否定していたことや2か月後に新しい傷がなかったこと(保育所長に確認)などから一時保護は行わず、保育所に見守りを依頼していた。この時点での親や家族の状況についてのアセスメント、虐待の程度の認識、一時保護の必要性の検討が適切になされたか、さらには組織的に判断されたかが検討すべき課題であると考えられる。
 さらに、担当者の専門性やそのバックアップ体制、スーパービジョン体制についても考慮すべき課題があったと考えられる。
イ)  児童相談所の状況把握と対応
 児童相談所が関わっていた2年間に、死亡した子どもに児童相談所が直接会ったのは5回のみであった。児童相談所は保育所を通じて状況把握を行い、親に対する対応を間接的に行っていたが、家族を含めて総合的な状況の把握や対応がなされていたかが検討すべき課題である。
 また、親との関係を重視しすぎることから介入的なアプローチに消極的であったと考えられ、子どもの安全確認・安全確保が優先されなかった。
ウ)  状況の変化(保育所の退所)への対応
 援助の経過中に保育所を退所したが、これまでキーパーソンとしての役割を担ってきた関係機関との接点が切れたという状況に対して危機意識が不足していた。また、援助についての親の拒否に対してリスクの認識が十分ではなかった。保育所を退所することで援助者との接点が失われたが、その後長期にわたって具体的な対応がなされていないなどのケースワーク上の課題があった。

【事例B】
 (1) 関係機関の関与
 児童相談所、保健センター、家庭児童相談室、保育所等が子どもの養育、虐待に関して一時保護及び在宅指導を通じて長期的に関与
 (2) 家庭環境、養育環境等
 母子家庭、経済的不安あり、養育者の生育環境上の問題あり、母方祖母、母、多子家族。死亡した子どもは幼児。脳内出血により死亡
 (3) 本事例における課題
ア)  一時保護解除時のアセスメント、解除後の支援体制
 当初、児童相談所に対しては、母親の家出に関する祖母からの養育相談があったことから、家庭児童相談室、保育所入所などによる支援を実施した。
 その後、保育所から子どもが怪我をしているとの情報があり、一時保護を実施した。
 1か月後に一時保護を解除し、継続指導及び関係機関を含めたサポートを実施した。これも含め、この事例においては最初の一時保護から死亡時までの3年間に3回の一時保護とその解除を繰り返した。こうした入退所の繰り返しについて適切な評価がなされていたかが検討すべき課題である。また、社会的養護を担う施設の不足やケア体制が不十分であることから、子どもの引き取りもやむを得ないとの方針決定に傾いていった面があった。
 さらに、母親が再度同居している状況を含めて、子ども、家族、地域についての状況の変化、サポート体制、他機関からの情報について評価が的確であったか不明確な部分があった。
 特に、虐待が疑われる受傷が見られたという情報に対して、親との関係性を重視しすぎた結果、的確なリスク評価がなされず、子どもの安全確認・安全確保が優先されなかったという面が見られた。
 また、本事例における母親の行動からは薬物依存の後遺症が推測されるが、精神保健分野からの専門的視点がなかったことも親に対する対応が適切に行えなかった要因の一つであった。
イ)  状況の変化に対する対応
 母の友人をキーパーソンとしてこの家族の状況確認や母への対応などを行っていたが、この存在が失われた後における対応が的確でなかったと考えられる。家族への援助の状況把握や介入の仕方をどうするかというケース・マネージメントに課題があったと考えられる。
ウ)  関係機関(民生委員等)からの情報への対応、情報管理
 関わりをもっていた家庭児童相談員及び民生委員からの「子どもの姿が見えない。閉じこめられているのではないか。」との複数回の情報に対して、的確な対応がなされなかったと考えられる。
 また、これらの情報管理についても組織的対応がなされなかったなどの問題があったと考えられる。
 なお、子どもの状況確認や母への説得などの対応を母の友人のみに委ねているが、この点についても他の方法がなかったのかが検討すべき課題である。また、この友人がキーパーソンとして機能しなくなった後に、これに代わる適切な対応策を講じなければならないという意識に欠ける面があった。
エ)  情報の妥当性の判断
 虐待が疑われる状況下において、家庭内の状態について母からの情報に基づき危険性はないと判断しているが、その情報のみに頼ることの妥当性やリスク判断に問題があったと考えられる。

【事例C】
 (1) 関係機関の関与
 児童相談所、乳児院、保健センターが子どもの養育に関して施設入所、退所後の在宅指導を通じて長期的に関与
 (2) 家庭環境、養育環境等
 父、母、多子家庭。死亡した子どもは幼児。乳児院を退所後に家庭に引き取られ、そこで虐待を受け死亡
 (3) 本事例における課題
ア)  妊娠期、周産期、出産直後のケア
 本人は、妊娠中から子どもの養育に拒否的で、当初母子手帳の交付も受けていなかった。また、出産もケアを全く受けない自宅分娩であった。児童相談所等関係機関はその状況について危機感を持たず、調査をしていなかった。
 この時点での出産状況に関する調査や家族からの支援の可否、養育への意識も含めた家族の関係のアセスメント及びサポート体制の取り方によって状況は異なっていた可能性があると考えられる。
 また、自宅分娩後に医療機関が関係しているが、出産状況からも特に養育支援を必要とする事例であるとの認識を医療機関が持つべきであった。この点において、医療機関の認識と、医療機関・保健機関・児童相談所間の連携に問題があったと考えられる。
イ)  状況の変化時におけるアセスメント
 家族の子どもに対する養育意思は、当初は拒否的であったが、乳児院入所後しばらくして受入れに転じ、引き取りの意向を示した。児童相談所の意識としてはできるだけ子どもの引き取りの方向性を取りたいという考えが先行し、この時点での状況の変化に関しての要因分析は十分実施されている状況ではなかったと考えられる。
 しかしながら、この時点でも養育意思を含めた家族の関係のアセスメント、状況変化の背景にある要因分析がなされていれば、死亡に至らなかった可能性があると考えられる。また、施設の不足などの社会的養護体制が不十分であったという点も援助方針の設定に偏りを与えた面もあると考えられる。
 また、このような子どもの引き取りという流れへの対応に関して、必ずしも組織的なスーパービジョンが行われる体制ではなかったことも課題であると考えられる。
ウ)  愛着形成の問題
 乳児院退所までの経過は、家族の引き取り意向表明から退所まで約6か月の期間において月に1〜2回程度の面会、一時帰宅が2回のみであったが、退所時点では、「良好な愛着関係が図られており、問題ない」との評価が行われている。アセスメントの問題がうかがわれる。
 本事例は、出産直後から乳児院に入所しており、こうした事例において短期間で愛着形成が十分なされることは困難であるという認識を持つべきである。なお、一般的には、乳児院入所児は誰に対しても愛着と思えるような関わりをする傾向があるが、それは真の意味での愛着とは言えないことに留意すべきである。
エ)  機関連携、情報伝達
 乳児院退所後においては、保健センターも一定の役割を担うこととしていたが、具体的な内容の指示に欠けていたことによりフォロー体制が十分構築されていなかった。
 また、施設入所時における体重等の情報が保健センターに伝達されていなかったため、施設退所後は体重が減少していたにもかかわらず、体重が正常域にあったことから異常に気づけなかったという機関連携上の問題があった。
 これに関しては、その後、関係地方公共団体における検証を経て、施設、保健所、保健師のアフターケアのシステムが構築されるといった改善策が講じられた。

 【 まとめ】
 児童相談所が長期に関与した前述の三事例に共通する教訓としては、以下のとおりである。

 (1)  援助の基本的な方針や姿勢
 家族との関係を重視しすぎる姿勢やそれに偏った対応方針が、結果的に判断の遅延などにつながりやすいという状況が共通して見られた。子どもの命を守ることを最優先とし、状況に応じた適時適切な介入的視点に立った支援の導入や対応姿勢をとることが必要である。

 (2)  状況に対応した援助方針の見直し等
 児童相談所が長期に関わってきた事例は、リスクの高い状況に置かれていても長期にわたり大事に至らなかったことからくる関係者の安心感や関係性が良くなったという思いこみ、問題が頻発していないから大丈夫といった判断が落とし穴となる。
 このため、当初設定した援助方針や援助計画が有効に機能しているかどうかについて評価することを常に心がけ、機能していないと判断した場合は、早急に援助方針や援助計画を立て直すことが必要である。とりわけ、家族や子どもの状況が把握できなくなった時こそ、新たな危険性が生じているという意識を常に持つことが必要である。
 また、例えば、ア)保護者との関係が硬直状態に陥り、状況が変化しないとき、イ)援助方針の前提条件が変化したときには、子ども、家族、地域に関して再度情報を整理した上でアセスメントを行い、援助方針を見直し、適切な対策を講じることが必要である。
 さらに、長期に関わることにより、いずれかの時点で児童相談所の担当者が交替する可能性が高まるので、組織として適切に引継ぎが行われることが重要である。また、関係機関の担当者や地域でのキーパーソンも変わることがあるので、日頃より児童相談所はネットワーク等を介して、事例に関する情報が入りやすいようにコミュニケーションを密にしておく必要がある。

 (3)  ハイリスク要因への注意
 乳幼児の頭部・顔面の怪我、胎児への拒否感やケアを全く受けない自宅分娩などハイリスク要因に敏感になることが大切であり、入念にアセスメントを行うことが必要である。

 (4)  担当者の専門性の向上とスーパービジョン体制の強化
 担当者は、援助に対する保護者の拒否など支援の接点がなくなった時点において、ア)子ども、家族、地域についての状況の変化、イ)地域のサポート体制、ウ)他機関からの情報について的確に評価することが必要である。
 一方で、接点がなくなってから事件発生までの間の状況の把握が十分でなかったことや、薬物依存者に対する認識不足などが見られた。
 このような事態を防ぐため、専門性の向上やスーパービジョン体制を強化する必要がある。

 (5)  在宅支援サービスを含めた社会的養護の体制整備
 社会的養護を担う施設や里親等が不足していることから、家庭が子どもを引き取る環境が十分整っていない場合でも、こうした方向性に希望的観測も含めて判断が偏る傾向がある。家族の再統合や家庭の養育力の再生・強化を図るためのプログラムの実践と普及が重要であることは言うまでもないが、これらの環境整備を図りつつ、子どもの引き取りの時期等については慎重に判断されるべきである。
 このための基礎的条件として、都道府県・指定都市においては、要保護児童に関する地域の状況を十分に把握し、在宅支援サービスを含めた必要十分な社会的養護の体制を確保する必要があり、国としてもこれを支援していくことが必要である。


II.  地方公共団体における児童虐待による死亡事例等の検証のあり方

   虐待による子どもの死亡をなくし、子どもの心身の成長に重大な影響をもたらす虐待を防止するためには、不幸にして生じた死亡事例等についての検証を十分に行う必要がある。検証に当たっては、虐待に至った背景、当該家庭と地域・社会との関係、関係機関の対応などを詳細に把握し、未然防止あるいは深刻化防止のための課題を明らかにした上で、必要な対策を講ずる必要がある。
 管内で発生した児童虐待による死亡事例や死亡に至らないまでも深刻な虐待事例などの情報を積極的に収集、検証するとともに、虐待の防止策を講じることは地方公共団体の責務であるが、検証に関して積極的な対応が図られていない地方公共団体も存在する状況である。
 このことは、検証の重要性が十分認識されていないこと、検証を実施する場合の手法等が明確でないことにも要因があると考えられることから、ここでは検証を実施する場合における基本的考え方や視点について、実際に地方公共団体において実施された検証から得られた情報も踏まえて記述することとする。

1.  地方公共団体における児童虐待による死亡事例等の検証方法

(1)  検証への関わり方の姿勢
   死亡事例等の検証の実施主体及び性格としては、(1)市福祉事務所や市町村保健センターなどの市町村の関係機関が個別事例に関与していた場合については、当該市町村が課題を抽出し、これを踏まえた対応体制の整備を図るために必要となる一次的な検証と、(2)都道府県においてこれら市町村の検証結果を踏まえ、専門的・技術的観点からの支援を含めた管内市町村の体制の点検、広域的観点からの社会的養護の体制整備のために必要となる二次的な検証とがある。
 また、都道府県においても児童相談所などが個別事例に関与していた場合などに一次的検証を実施することが必要となる。
 これらの検証の実施過程においては、関係機関等における対応経過の確認、アセスメントの内容、援助方針等の決定方法、あるいは他の機関との意思疎通が結果的にどうであったのかなどについて、関係機関等の記録の分析や個別ヒアリングなどの過程で事実関係や経過を明らかにしていくことになる。事例検証はあくまでも今後の児童虐待防止対策を構築する上での課題を抽出することを重要な意義・目的とするものであり、関わりのあった関係機関や関係者の個別判断について責任の追及を目的とする姿勢は避けるべきである。
 したがって、検討会等において担当者等の個別ヒアリングを実施する場合は、ヒアリング体制や出席についての本人の意向を十分に配慮することが望ましい。

(2)  死亡事例等の分析の視点
   事例の分析に当たっては、まず、事例の経過を整理することが求められることから、各関係機関において経過記録等から事実関係の再確認をすることになるが、複数の機関が関わっていた事例の場合、他機関への情報の伝達、指示内容等の具体的内容を確認し、それぞれの機関における情報に関して重要度の認識や齟齬の有無を確認する必要がある。
 事例の経過の中で援助方針などの決定事項については、判定会議の実施など組織的判断の有無、判断の具体的根拠や一時保護解除などの場合において前提とした条件及び前提条件が変化した場合における事前の対応方針の有無などを確認する必要がある。
 また、援助経過のうち担当者が重要と考えていた事項や判断要素についても明確にしておくとともに、状況の変化があった事項についてはその要因などを明確にする必要がある。
 さらに、事件後において判明、確認された事実関係についてもその旨がわかるよう整理しておくことが必要である。

(3)  検証の実施方法等

  (1) 実施主体、実施方法等
 検証の実施方法については、いくつかの方法があるが例示すると次のようなものがある。

  【 都道府県の担当部局が検証を行う場合】
 市町村及び都道府県の機関が複数関わっていた事例の検証では、それぞれの機関において整理した経過記録を基にしたヒアリングの実施により、事実関係の全体像及び要因となった事項を明確にすることとなる。
 また、判断の誤り等の要因を分析する上では、援助担当者が判断に至った要因として、担当者のこうあって欲しいという思いとか、担当者と当該事例の親とがどういうパートナーシップにあったのかとか、児童虐待や配偶者からの暴力が発生するメカニズムについて理解が不足していなかったかなど、詳細な検証を行うことが必要である。
 この調査結果から得られた課題を踏まえた検証結果に基づき、今後の体制の整備を構築することとなるが、この場合に抽象的な検証結果は有効な防止対策に繋がりにくいため、できる限り具体的な検証結果を導き出せる視点を持つことが必要である。

  【 市町村が検証を行う場合】
 市町村においては、その課題や対策の内容が都道府県レベルとは異なることから、個別に検証を実施する必要があり、都道府県とその内容を共有することが必要である。一例として、虐待防止ネットワークの実務者会議又は個別ケース検討会議において、虐待事例の検証を実施することとしているところもある。

  (2) 専門家等の第三者による関与等
 死亡事例等の分析・検証の実施及び今後の体制構築の検討に当たっては、当該事例の社会に与える影響度や課題の重要性あるいは専門的見地からの検討の必要性などを考慮し、専門家等の第三者による関与や意見の反映を図る必要がある。
 この専門家等の第三者による関与や意見の反映の方法としては、ア)審議会委員、イ)外部委員による検討チーム、ウ)自治体及び外部委員による合同検討チームでの検討の実施が考えられるが、客観性、専門性の観点からは、できるだけ外部委員の視点を入れることが必要である。その際、当該外部委員の守秘義務については十分留意する必要がある。
 また、児童相談体制に市町村が入ることで、福祉、保健、医療、教育などの観点及び地域ネットワークや啓発といった観点から幅広い取り組みが重要になるという視点をもつことが必要である。
 なお、今後の市町村の果たす児童相談の役割や関係機関間の連携の必要性を踏まえると、都道府県レベルの検討においても市町村の役割とこれへの後方支援の在り方など市町村と都道府県の関係についての視点を考慮する必要がある。

  (3) 検証結果の公表等
 死亡事例等の概要、課題、今後の体制整備など検証結果の公表については、他市町村や関係機関等への周知などの必要性に応じて実施することが望まれる。
 この場合、個人のプライバシーに配慮し、個人情報の扱いについて自治体の条例等に基づき十分留意する必要がある。

  (4) 検証に当たっての留意点
 先に述べたように、事例検証はあくまでも今後の児童虐待防止対策を構築する上での課題を抽出することを目的とするものであることから、関わりのあった関係機関や関係者の個別判断について責任の追及は避けるべきであり、次のようなことにも留意が必要である。
   ア)  検討会等において担当者の個別ヒアリングを実施する場合は、ヒアリング体制や出席についての本人の意向への十分な配慮が必要である。
   イ)  検証結果から得られた課題は、関係組織・機関の課題として位置付けることとし、担当者個人の問題とすべきではない。
   ウ)  検証と併せて、担当者のメンタルヘルスケア、組織への総合的な援助の方向性の確認などを適切な時期に行うことが必要である。
   エ)  検証結果が、職員の処分の有無やその内容に反映することが考えられることから、担当者個人の責任問題に終始することなく、組織の体制強化につながるものにしていくよう、人事部局との十分な調整が必要である。

2.  国及び地方公共団体における検証結果の意義及び課題への対応
 先に記述したように、児童虐待による死亡事例等の検証の目的は、当該地方公共団体の現状の体制に関する課題の抽出及びこれを踏まえた対応体制の強化を図ることである。
 さらに、これらの事例から国(検証委員会)や都道府県が二次的な検証を実施し、関係者に共通する課題等について分析・公表することは、直接の当事者でなくても類似の課題への検証力を高めることになることから、類似した要因による死亡事例等の発生を未然に防止することが期待される。
 また、死亡事例等は様々な要因が複雑に絡み合って発生している場合が多いことから、現場担当者の努力だけを求めるものではなく、現場担当者を支援する組織的対応力の強化、関係機関間の連携の強化、要保護児童に対応する社会的資源の充実など多角的観点から対策を強化していく必要がある。こうした点について、国、地方公共団体、その他の関係機関が共通認識を持って対応していくためにも、事例の検証作業を有意義なものとしなければならない。

 ○ おわりに

   国(検証委員会)は、地方公共団体が実施した死亡事例等の検証を基にして、資料の分析や必要に応じたヒアリングを実施し、問題点や対応方策について検証してきている。
 今回の検証作業の中では、例えば、一部の地域においては、一時保護所や施設の受入れ体制に余力がなく、一時保護へのためらいや措置解除の判断に影響を与えていた事例、あるいは援助に携わる機関の人事体制などが要因でその対応を左右した事例なども存在することが見受けられた。このような実情は、関係地方公共団体のヒアリングの中でも指摘された。こうした点にも留意して対策に取り組む必要がある。
 また、家族の再統合や家庭の養育機能の再生・強化に向け、虐待を受けた子どものみならず、親を含めた家族への支援を的確に行うための在宅支援サービスが現状では不十分と言わざるを得ない。今後、こうした点も念頭に置き、国及び地方公共団体において対策を強化していく必要がある。
 さらに、先般の児童福祉法の改正により、平成17年4月から、市町村が児童相談の第一義的な窓口となったことから、市町村においても、この検証結果を参考に児童相談体制の整備に十分活用していくことが望まれる。



【参考】

1. 児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会委員

岩城 正光  NPO法人子どもの虐待防止ネットワーク・あいち理事長
奥山 眞紀子  国立成育医療センターこころの診療部部長
柏女 霊峰  淑徳大学社会学部社会福祉学科教授
坂本 正子  大阪府中央子ども家庭センター次長兼虐待対応課長
 (〜平成17年3月末 大阪府健康福祉部児童家庭室家庭支援課課長補佐)
津崎 哲郎  花園大学社会福祉学部教授
西澤 哲  大阪大学大学院人間科学研究科助教授
野田 正人  立命館大学産業社会学部教授
松原 康雄  明治学院大学社会学部社会福祉学科教授

 ◎: 委員長、 ○: 委員長代理


2. 児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会開催経過

 □ 「児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」

 第1回  平成16年10月28日(水)
  ・ 今後の検証の進め方
  ・ 調査対象事例についての総括的検証

 第2回  平成16年12月27日(月)
  ・ 調査対象事例についての総括的検証

 第3回  平成17年 2月17日(木)
  ・ 個別事例について自治体からのヒアリング

 第4回  平成17年 4月18日(月)
  ・ 報告書案についての検討

 □ 「児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」事例検討ワーキンググループ

 第1回  平成16年12月16日(木)
  ・ 調査対象事例についての精査

 第2回  平成17年 3月31日(木)
  ・ 報告書案についての検討

照会先
雇用均等・児童家庭局
  総務課虐待防止対策室 相澤・竹中
電話 03-5253-1111 (内線7894、7799)

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