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第3章 ワークシェアリング導入のための検討ガイド


1.はじめに
 第2章で企業事例をみたように、ワークシェアリングの導入にあたっては、緊急対応型においても、多様就業型においても、それぞれの企業のおかれた経営環境や経営方針等によって、導入の狙いも具体的な方法も多様である。そこで、本章では、主に第2章の企業事例に基づき整理したワークシェアリングの施策別に導入の狙いと検討すべき事項を整理し、検討のポイントについて解説する。
 まず、受注量や生産量の一時的な減少に雇用を維持しながら対応する緊急対応型ワークシェアリングについて取り上げる。つぎに、多様就業型ワークシェアリングについては、多様化の方法に着目し、(1)短時間勤務、(2)在宅勤務、(3)兼業・副業の三つの勤務形態別に整理する。このうち(1)短時間勤務については、導入テーマ別にさらに四つに分けて導入課題を検討する。すなわち、(1)高齢者雇用の推進のための短時間勤務、(2)多様なキャリア支援および仕事と生活の調和のための短時間勤務、(3)若年者を一人前の職業人に育てるための短時間勤務、(4)本格的なパートタイム雇用の基幹化と均衡処遇である。また、多様な就業形態として、従業員の独立・自営を選択肢の一つとするケースがあるが、これは兼業・副業を認める施策と合わせて検討する。

【本章で検討するワークシェアリング施策】
I  緊急対応型ワークシェアリング
   ・ 受注量や生産量の一時的な減少に、勤務時間の縮減等により雇用機会を維持する施策
II  多様就業型ワークシェアリング
   ・ 多様な就業形態を導入することにより、労働者と企業のニーズを相互充足し、適切な選択肢として雇用機会を維持・創出する施策
 (1)  短時間勤務
  (1)  高齢者雇用の推進
   ・ 高齢者の活用のための短時間勤務(新規雇入、継続雇用、定年延長等)
  (2)  多様なキャリア支援・仕事と生活の調和
   ・ 従業員の多様なキャリア展開を支援し、あるいは仕事と生活の調和(仕事と家庭の両立支援を含む)を進めるための短時間勤務
  (3)  日本版デュアルシステムの導入
   ・ 若年者を一人前の職業人に育てるための、教育訓練機関における座学と組み合わせた企業における短時間のOJT等
  (4)  パート均衡処遇
   ・ 本格的なパートタイム雇用の基幹化と合わせて、正社員とパートタイマーの均衡処遇を図る取組み
 (2)  在宅勤務
   ・ 仕事と生活の調和等(仕事と家庭の両立支援を含む)を進めるための在宅勤務
 (3)  兼業・副業
   ・ 短時間勤務等と合わせて兼業・副業を認める制度(関連制度としての独立・開業支援)


2.緊急対応型ワークシェアリング
 緊急対応型のワークシェアリングは、平成14年3月の政労使合意により、一時的な生産量や売上げの減少により余剰人員が発生した企業が、当面の緊急的な措置として、労使の合意により、生産性の維持・向上を図りつつ雇用を維持するため、所定労働時間の短縮とそれに伴う収入の減額を行う取組みである。これは、個々の企業において従来から行われてきた操業短縮や一時休業等の雇用調整措置とは異なる新たな雇用調整の手段として位置づけられている。
 ここでいう「操業短縮や一時休業等の雇用調整措置」とは、雇用調整助成金の対象として認められるもので、景気の変動などに伴う経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされたことによる一時的な操業短縮措置に伴う休業(所定労働時間の変更を伴わない勤務時間の縮減)・教育訓練あるいは出向を実施する場合に、従前賃金の6割以上の休業補償を前提として、一定の要件を満たすものに対して事業主に助成金が支給される(詳しくは第4章「施策の推進に活用できる各種助成制度」を参照)。
 これに対して、緊急対応型ワークシェアリングでは、就業規則・労働協約等の変更、労使協定の締結により所定労働時間を短縮し、それに伴う収入の減額を行うものである。収入減をする場合には、労使が十分話し合いを行い、当事者の納得の上で行うことが必要であるが、一時休業と異なり、6割以上の休業補償は必ずしも必要とされていないため、より大きな人件費の削減効果を期待できるため、深刻な需要の落ち込みをはじめとする緊急時にあっては雇用維持のための有力な選択肢となる。さらに、構造的な需要の変化に対応するために生産体制の再編成を必要とする場合には、中期的な展望に基づく生産体制の改編を進めるリードタイムを確保するために、緊急対応型ワークシェアリングを活用することができる。

図

 緊急対応型のワークシェアリングについて、導入の狙いと検討事項をまとめたのが、次ページの図表である。以下では、実践例を参考に項目毎に検討のポイントを解説する。

(1) 導入の目的
(1)一時的なコスト削減
(2)熟練従業員の確保による生産回復への対応力の維持
(3)手待ち時間減少によるモラール維持
(4)雇用不安感の解消、会社への忠誠心の維持
(5)生産体制改編へのリードタイムの確保
(6)良好な労使関係の維持
 緊急対応型のワークシェアリングの導入にあたっては、まず導入の目的を明確にしておく必要がある。導入目的に照らして、退職者の不補充と新規採用の抑制・停止、外部労働者の削減、配置転換や出向、さらには希望退職の募集などより直接的な人員削減のための諸施策を比較検討し、利害得失を見極めることが検討の出発点になる。今回事例として取り上げているA社では、経営の深刻度の段階によりどのような雇用調整策が検討対象となるかを整理し、様々な対応策を行ったうえで緊急対応型ワークシェアリングに踏み切っている。

参考: A社における段階別の雇用調整策
  雇用調整の内容 I II III IV
    【既存社員への雇用調整】        
1 残業規制の実施      
2 福利厚生費の抑制      
3 休日・休暇の増加      
4 配置転換の実施      
5 社内公募制の実施    
6 役員報酬のカット      
7 管理職給与のカット      
8 グループ会社への出向      
9 パート社員・嘱託契約社員の契約更新打切り      
10 新規業務の創出      
11 一時休業の実施      
12 希望退職の実施      
13 退職勧奨の実施      
14 整理解雇      
    【新規採用社員の調整】        
1 中途採用の抑制      
2 定期採用の抑制      
3 中途採用の停止      
4 定期採用の停止      


緊急対応型ワークシェアリングの狙いと検討事項

緊急対応型ワークシェアリングの狙いと検討事項

 導入事例をみると、A社は、受注回復への即応力を維持するために、熟練従業員を育成・確保しておくとともに、従業員のモラールを維持し会社への忠誠心や信頼を高める効果を期待する。B社は、短期(6ヶ月までの一時休業)をこえる仕事量と要員数の乖離がある場合に、やや中期的に新しい生産品目の立ち上げや生産体制の改編へのリードタイムを確保するために活用するものとしている。
 より緊急性の高い導入の目的は、言うまでもなく一時的なコスト削減、とくに人件費の削減であろう。仕事量に応じた残業制限や業績に応じた賞与削減は広くみられるが、より踏み込んだ給与の抑制・削減策として、一時休業との比較考量が必要となる。交替制勤務の再編を行ったD社では、6割の休業補償を前提とする一時休業(実際には労使協定により9割補償)との比較の上で、勤務時間の短縮とそれに伴う給与減額を行っている。

(2) 導入部門
(1)全社(生産部門、営業部門、研究開発部門、本社・間接部門)
(2)生産部門(全工場、特定工場)
(3)本社・間接部門
 目的や狙いを明確化すると、次にどの部門を対象に導入するかが検討課題になる。生産・受注量が減少している生産部門が中心になるが、生産ラインと密接な関係にある資材・品質管理・生産技術等の部門の取扱いが焦点になろう。B社では、工場によって生産ラインとそれらの部門の業務が連動している場合と、そうでない場合があるため、具体的な事業所の実情に応じて適用部門の範囲を決定することとしている。
 A社の場合には、勤務時間の短縮措置の延長にあたって、社員間の公平性の観点から、本社や営業部門へも対象を広げている。また、C社では、工場の生産部門は協力会社を含めた生産体制の変更が必要になるため、導入は間接部門のみとした。

(3) 対象従業員
(1)管理職(労働時間管理外の従業員への措置)
(2)一般社員
(3)特定職種
(4)特定年代層(中高年層など)
(5)非正社員、派遣・外注
 対象とする従業員は、導入部門に対応して決まってくるが、通常の労働時間管理の対象から除外されている管理職層の取扱いが一つの課題となる。例えば、A社では、管理職は時間短縮の対象外として、休業日にも出勤することとした。但し、給与については、時間短縮の対象となった一般社員と比べ、役職位により同等かそれ以上の給与カットが行われた。
 C社の場合には、給与削減が生活に与える影響の大きさに配慮し、相対的に給与水準の高い55歳以上の非管理職のみを対象とした。D社は、交替制勤務者のみが対象となった。
 一方、パートタイマーなど短時間勤務者についてはどうか。B社では、準社員などもともと通常の勤務時間が短い者については対象外とし、比例的な勤務時間短縮は行っていない。高い55歳以上の非管理職のみを対象とした。D社は、交替制勤務者のみが対象となった。

(4) 導入方法
(1)操業短縮・一時休業
(2)所定労働時間の短縮(短縮時間と短縮方法)
  a. 1日あたり労働時間の短縮(昼勤の一律短縮)
  b. 交替制勤務の再編成(一直あたり時短、休日増)
  c. 休日増(一律休日設定、交代での個別休日設定)
 導入方法には、大きく分けて二つの方法があり、その一つは所定労働時間の変更を行わず、操業短縮に応じた一時休業(休業・教育訓練または出向)の措置をとるものである。先に触れたように要件を満たせば、雇用調整助成金の対象となる。
 一方、所定労働時間の短縮を行う方法をとる場合は、短縮方法によりさらに3つの方法が考えられる。第一は1日あたりの労働時間短縮である。C社の例がこれにあたり、昼勤の所定労働時間を7時間55分から7時間に短縮した。
 第二に、交替勤務の班直体制の再編成を行う方法である。D社では4班二交替から6班三交替に変更し、一直あたり勤務時間を12時間から8時間に短縮した。なお、班直体制の見直しにより、所定労働時間を短縮する場合にも、一直あたりの勤務時間を変えずに休日を増やすことも考えられる。D社の場合には、顧客からの短納期の注文に即応できる能力を維持しておくため、休日を増やす方法はとらなかった。
 第三は、休日増である。A社がこの方法で、一週あたりの休日数を3日とした。適用にあたっては、工場部門は一斉の休日とし、営業や本社・間接部門は個人別に計画的に交代で休む形をとった。具体的な方法については、業務の性格とともに、顧客へのサービスを落とさない工夫が重要となろう。
 なお、短縮時間については、週あたりの所定労働時間が30時間を下回ると、雇用保険における被保険者資格が短時間労働被保険者となり、20時間を下回ると被保険者資格がなくなる。留意が必要となる。

(5) 実施期間
(1)開始・終了期日
(2)延長・中止など実施期間の変更条件
 実施期間については、開始および終了期日を定めることとなるが、とくに重要になるのは、延長・中止など一旦時短措置を導入した後の変更条件や手続きを定めておくことであろう。
 D社では、3ヶ月単位での実施・見直しを前提に6班三交替制を導入後、導入した3工場のうちの1工場では短納期の受注増が発生したため、1ヶ月で終了している。また、A社では、当初3ヶ月の予定で導入し、その後さらに3ヶ月間の延長を行っている。

(6) 給与等の取扱い
(1)短縮時間と給与の削減・補償の幅
(2)給与水準の低いものへの配慮
(3)賞与、退職金、昇給、諸手当(職務関連、生活関連)、超過勤務単価などの取扱い
(4)社会保険の取扱い
(5)休日・休暇の取扱い
(6)復元規定
 給与については、操業短縮に伴う一時休業の場合には、平均賃金の6割以上の休業補償を行うことが求められる。一方、所定内労働時間の短縮の場合には、政労使合意に明記された通り、所定労働時間の短縮に伴う収入の減額を行うことになるが、時間あたり賃金は減少させないことが条件となる。これを前提に、労使間の協議が行われることになるが、事例から読み取ることができる協議のポイントは次の通りである。
 A社は、休日のうち毎月1日は年次有給休暇の一斉取得日にあてた上で、会社都合による休業の補償として8割を手当として支給した。D社は、基本給は時間比例で削減するものの、協力手当を設けることにより時間短縮による給与削減を緩和している。B社は、時短割合よりも緩やかな給与削減率をあらかじめ設定している。
 給与水準の低い従業員への配慮としては、B社の場合には社内の年齢別最低賃金を下回らないことを条件としている。また、C社では、育児・介護短時間勤務を応用して時間比例での給与削減としたが、先述のとおり、相対的に給与水準の高い55歳以上の社員に限定して適用することで対応した。
 一方、基本給以外の処遇や福利厚生については、B社では基本給に連動する手当や賞与の定率部分については、変更後の基本給を基準に算出するが、その他の手当や退職金・退職年金は変更しない。昇給は変更前の基本給ベースで実施することとしているため、労働時間の復元にあたっては変更前の給与カーブが維持されることになる。
 なお、健康保険・厚生年金保険については、短時間労働者の被保険者資格の取扱いは、同様の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね3/4以上である場合に、被保険者資格を有することになる。保険料は、3ヶ月間の平均標準報酬月額が従前の標準報酬月額に比べ2等級以上の差が生じた場合には、標準報酬月額を改定する。

(7) 生産性向上策
(1)生産方法の改善・見直し
(2)人材育成(余裕時間を活用したOJT、OffJT)
 緊急対応型ワークシェアリングは、政労使合意において、生産性の維持・向上を図りつつ雇用を維持するための施策とされている。基本的には、手待ち時間等を削減することを通じて、あるいは間接部門等では仕事の効率化を通じて、時間あたり生産性を向上させる視点が重要となる。交替制勤務での一直あたりの勤務時間の削減も、生産方法の改善による時間あたり生産性の向上策といえよう。
 一方、A社は、若手従業員を対象にした多能化のためのOJTを計画的に実施しており、従業員の能力開発による生産性向上に積極的に取組んだ事例として参考になる。

(8) 実施環境整備
(1)残業の削減
(2)派遣・外注見直し
(3)配置転換、出向
(4)賞与抑制など他の人件費抑制施策
(5)採用抑制、退職者不補充
 実施環境の整備に関する検討事項については、B社の事例を中心にそのポイントを触れておく。B社では、ワークシェアリング導入の要件として、協力企業などの外部就業者を削減したこと、要員の再配置努力をしたことを挙げており、外注・派遣の見直しや配置転換・出向といった施策によっても対応できない場合に適用することとしている。また時間外労働・休日労働は行わないこととしており、残業の削減も前提としている。
 なお、D社の場合には、対象が半導体という需要変動の大きい製品の生産工場であることから、勤務時間の短縮中であっても受注が増えた場合には休日出勤で対応することが予め取決められ、現に勤務体制変更後まもなく休日出勤が発生している。
 残業については、原則として行わないこととする場合においても、突発的な必要がないとはいえないことから、法定労働時間である週40時間まで、あるいは短縮前の所定労働時間までの所定外労働時間について、割増賃金の支払いの有無については事前に取決めておく必要があろう。
 実施環境の整備としては、他の人件費を含むコスト削減施策を含め、全社的な緊急対応策について、従業員に十分説明することが必要なことは言うまでもない。施策への理解を得るためにも、現状の危機感と将来見通しやビジョンを共有することが重要である。労働組合のない企業では、A社が行ったように全社員に対する説明会など、より徹底した対応が求められよう。

(9) 公的助成金等の活用
(1)雇用調整助成金
(2)ワークシェアリングに係る緊急雇用創出特別奨励金
(3)キャリア形成促進助成金
(4)教育訓練給付金
(5)その他
 緊急対応型ワークシェアリングの実施にあたって、活用の可能性がある公的な助成制度は上の通りである。詳しくは第4章を参照のこと。

(10) 服務規程
(1)兼業・副業の可否
(2)社内・グループ内等での派遣労働
 ワークシェアリングの実施期間中について、兼業・副業を認めることの可否については賛否両論の議論がある。競争相手といえる企業で就業することを禁止する競業避止は当然であるが、就業規則に兼業禁止規定がある場合にも、時短によって給与の減額がある場合には、兼業を認めても良いのではないかという意見がある。大手の総合電機会社では、休日を増やす形で交替制勤務の変更を行った工場で、兼業を認めたケースがある。
 また、短縮勤務を導入する場合に、企業グループ内の労働者派遣会社に登録して、積極的に兼業を推進することが検討された会社もある。
 具体的な検討のポイントは、兼業・副業の項(p〇〇)を参照されたい。

(11) 制度の取り決め方
(1)就業規則(恒久or時限)
(2)労使協定
  a. 基本(恒久)協定+実施(時限)協定
  b. 時限協定
 ワークシェアリングの導入において、始業及び終業時刻を変更することにより就業規則の変更を要する場合は、所定の手続を経て、所轄労働基準監督署長に提出する必要がある。また、B社のように、労使で合意した仕組みを恒久的な制度として協定し、具体的な適用について当該事業所の労使で実施協定を結ぶ場合や、当初から個別かつ時限的な協定とする場合などが考えられる。


3.多様就業型ワークシェアリング
 多様就業型ワークシェアリングの導入によって、多様な働き方を適切に選択できるようにすることは、働き方やライフスタイルの見直し、経営効率の向上、生産性向上と少子高齢化社会の支え手の増加、労働力需給のミスマッチの縮小といった効果が期待されている。労働者がその能力を十分発揮できるようにし、企業の活力を高めていくためには、多様な働き方が適切な選択肢として位置づけられることが必要となる。
 適切な選択肢として多様な働き方を推進する場合には、創出する雇用機会の質を考慮した適正な雇用条件を確保することが重要である。パートタイム雇用が増加傾向にあるが、その雇用条件をみると、一般に正社員に比べて時間あたり賃金は低水準にあり、その格差は拡大傾向にある。一方、正社員の労働時間は、30〜40歳代の働き盛り世代を中心に、週60時間をこえるような長時間労働をする者の割合が増加している(「平成15年版国民生活白書」総務省)。つまり、長時間で賃金の高い正社員か、時間が短く低賃金のパートタイムかの二者択一を迫るような状況が生じていると言わざるを得ない。多様就業型ワークシェアリングは、企業内においても、社会全体においても、労働者がその能力を十分に発揮できるような働き方の選択肢を増やしていくものでなければならない。
 本章第一節で述べた通り、多様就業型ワークシェアリングについては、多様化の方法に着目し、短時間勤務、在宅勤務、兼業・副業の三つの勤務形態別に整理する。このうち短時間勤務については、導入テーマ別にさらに四つに分けて導入課題を検討する。すなわち、高齢者雇用の推進、多様なキャリア支援および仕事と生活の調和、日本版デュアルシステムの導入、パート均衡処遇である。また、兼業・副業と合わせて独立・自営支援のための施策を取り上げる。

(1) 高齢者雇用の推進のための短時間勤務
 高齢者雇用の推進のための短時間勤務制には、高齢者パートの新規雇入、定年に到達した従業員の再雇用等の継続雇用での短時間勤務、65歳までの定年延長に伴う短時間勤務等が含まれる。導入の狙いと検討事項をまとめたのが、次ページの図表である。以下では、実践例を参考に項目毎に検討のポイントを解説する。

(1) 導入の目的
(1)経験・技術技能・知識をもった社員の活用
(2)60歳前半層の雇用機会の確保
(3)技術技能の伝承と次代の人材育成
(4)総額人件費の抑制・削減
(5)稼働率の向上、需要への柔軟な対応力の維持・向上
(6)労働力の確保

高齢者雇用推進のための短時間勤務制度の狙いと検討事項

高齢者雇用推進のための短時間勤務制度の狙いと検討事項

 公的年金の支給開始年齢の引上げに伴って、60歳以降65歳までの高齢者の雇用機会を確保することが大きな課題になっている。今後、50歳代の団塊の世代が60歳代になるにつれて、企業は、技術技能を伝承し、次代を担う若い世代の人材を育成する必要に迫られるようになる。つまり、豊富な経験・技術技能・知識をもった従業員をいかにうまく活用し戦力化していくかが、企業の重要な人材戦略の一つになってくる。
 こうした目的をもって、60歳を迎える自社の従業員を対象に、雇用機会を創出するために短時間勤務制度を活用する例は少なくない。第2章で紹介している事例では、F社は再雇用による継続雇用で、G社は定年延長によって、高齢者の短時間勤務を推進している。
 一方、E社は、土日の稼動を実現するための労働力の確保策として、短時間勤務の高齢者を新規に採用し、稼働率の向上と需要への柔軟な対応力を向上させている。
 高齢者を活用することで総額人件費を抑制することも、導入の目的の一つとなる。これは、高齢者の賃金水準が、在職老齢年金の受給額等との調整を勘案して設定されることが多いからである。

(2) 導入部門
(1)全社
(2)特定部門(生産部門、営業部門、研究開発、本社・間接部門)
 高齢者の短時間勤務を導入する場合、配置する部門は、導入目的と対象者によって決まってくるが、基本的には全社ということになろう。とくに、高齢者が長年培ってきた経験・技術技能・知識を活用するとすれば、各々が在籍していた部署や担当してきた仕事に配置することが最も合理的だからである。事例企業でも、基本的にはそうした考え方に立ち、それぞれの高齢者の能力が活かせる仕事に就けている。
 また、E社の場合には、生産部門のオペレーターへの配置を前提として、新規に短時間勤務の高齢者を雇入れている。

(3) 対象従業員
(1)新規採用(職種、役職など)
(2)在籍社員(管理・非管理職、職種など)
 対象となる従業員については、事例で取り上げた継続雇用や定年延長を行っている企業では、希望する従業員全員が対象となっている。
 高年齢者雇用安定法の改正により、今後は年金支給開始年齢の引上げに伴って65歳までの定年の引上げ、継続雇用制度の導入等が事業主に求められる予定である。現在、継続雇用制度を導入している場合でも、能力と意欲があり会社が認めた者、あるいは生産・現業職に限定して実施している企業も少なくない。今後は、職種等の限定や会社による選抜が行われる場合には、その基準を明確にする必要が生ずることになる。
 定年延長を行ったG社では、短時間勤務を選択した場合には管理職には就くことができない。管理職としてのキャリアを希望する場合には、フルタイム勤務のコースを選択することとなっている。また、新規雇入のE社の場合には、生産部門のオペレーターへの配置が前提であるが、当該職種の経験は不問としている。

(4) 導入方法
(1)定年延長
(2)継続雇用
(3)新規雇入
 在籍している従業員に対する導入方法については、定年延長と再雇用等の継続雇用を活用する方法が代表的である。企業は、自社の経営方針や労務構成、業務内容等に応じて導入方法を選択することになる。その際、高齢者の活用と処遇についての企業の考え方が、導入方法の選択の基本要因となろう。
 このうち定年延長の場合には、正規の従業員としての役割期待の下で勤務を継続することになる。G社の事例のように正規従業員=フルタイムでなければならないという発想から脱却することによって、多様な就業形態を構想できよう。また、企業にとっては退職金の支給年齢が繰り上がることから、退職給付債務の圧縮効果も期待できる。
 再雇用での継続雇用の場合には、有期労働契約とすることが一般的であり、定年前の役割や処遇と切り離すことができる。在職老齢年金等を含め、所得保障に関する公的な枠組みを前提とした報酬設定が可能になる。
 一方、E社のように新たに高齢者を雇入れる場合には、有期労働契約での採用が一般的である。この場合には、継続雇用と同様に年金との調整のほか、地域の労働市場の状況を踏まえた処遇水準の決定が必要となろう。

(5) 勤務時間編成
(1)1日あたり短時間勤務
(2)週あたり勤務日数・勤務曜日
 勤務時間や勤務日の編成について、事例の各社に共通しているのは、1日あたりの勤務時間を短縮する選択肢と、週あたりの勤務日数を少なくする選択肢を用意して、本人の希望と業務のニーズを適合させていることである。
 とくに特徴的なのは、E社のケースである。当初、土日勤務を行う高齢者を採用し、その実績を踏まえて週日へ勤務日を拡大するとともに、生産に必要な要員数と個々人の勤務希望日を柔軟に調整して、毎月の稼動スケジュールを作成している。
 なお、週あたりの所定労働時間が30時間未満であれば、雇用保険における被保険者資格が短時間労働被保険者となり、20時間未満の場合は被保険者資格がない。健康保険・厚生年金保険については、短時間労働者の被保険者資格の取扱いは、同様の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね3/4以上ある場合に、被保険者資格を有することになる。勤務時間編成上は、これら社会保険の取り扱いに留意が必要となる。

(6) 給与等の設定
(1)給与水準と処遇制度(給与、賞与、評価、退職金・年金等)
(2)年金との調整、社会保険の取扱い
 まず、定年延長の場合の給与水準と処遇制度については、G社の事例をみると、60歳以前の世代から実力主義を徹底することにより、役割や仕事の成果に応じた処遇を目指していることがポイントである。その方向は、生産性に見合った処遇を実現することにある。具体的には、50歳以降の給与は職務給と業績給で構成され、短時間勤務者の給与は時間比例で算定される仕組みである。また、退職金は55歳時点で確定する。
 F社の継続雇用である「ワークシェアコース」では、処遇は定年到達時点の職能資格グループ(特別管理職、管理指導職、指導職以下)に応じて、処遇水準が決まる。週3日勤務の標準的なケースの場合で、賞与を合わせた年収が200万円から300万円となる。
 また、新規に高齢者を採用しているE社の場合には、地域相場を反映して時給800円以上としている。
 給与額による在職老齢年金の支給調整および高年齢雇用継続給付の仕組みについては、第4章に解説がある。また、社会保険加入資格については、(5)勤務時間編成を参照のこと。

(7) 生産性向上策
(1)バリアフリー化の推進
(2)若年層とのペアリングなど要員編成
(3)生産量の変動に応じた柔軟な勤務編成方式の確立
(4)若手への技術技能の伝承、多能化教育の実施
 高齢者雇用の推進にあたっての生産性向上策については、生産部門に高齢者を配置したE社の取組みが参考になる。
 バリアフリー化については、自動化の独自ラインの導入をはじめ、畳敷きの休憩室の設置、冷暖房設備の改善を行っている。勤務編成については、勤務時間の項で触れた通り、生産に必要な要員数と個々人の勤務希望日を柔軟に調整して、毎月の稼動スケジュールを作成することで、生産量に応じた柔軟な要員編成を実現している。
 要員配置については、新規に雇入れた高齢者が業務を習熟するまでの間、新規採用の高齢者2名につき正社員1名を配置する要員編成を組み、習熟に合わせて正社員数を次第に減らす工夫を行っている。E社では、これらの施策と並行して「かじや学校」や「駒場村塾」を開催し、新卒採用者を含めた若手従業員への技術技能の伝承や多能化教育が行われている。

(8) 実施環境整備
(1)現役世代からの人事制度の見直し(給与・退職金・年金、活用など)
(2)キャリア教育、ライフプラン設計支援
 実施環境の整備については、G社の事例について給与の項で触れたように、定年延長を行う場合には、60歳以前の世代から処遇制度を見直すことがポイントとなる。また、同社では、退職金支給額を55歳時点で確定することにより、高齢期の働き方の選択に中立的な仕組みとしている。
 F社では、様々な働き方の選択肢の一つとして継続雇用制度を位置づけているが、自らの働き方を自己責任で選択できるよう環境整備を行っている。節目、節目で自らのキャリアやライフプラン設計を支援することを目的としたセミナーや休暇、面接等がそれである。

(9) 公的助成金等の活用
(1)継続雇用定着促進助成金
(2)特定求職者雇用開発助成金
(3)試行雇用奨励金
(4)在職老齢年金
(5)高年齢雇用継続給付
(6)その他
 高齢者雇用を推進する多様就業型ワークシェアリングの実施にあたって、活用の可能性がある公的な助成金等の制度と本人への公的給付は上の通りである。詳しくは第4章を参照のこと。

(10) その他の多様化施策との関係
(1)兼業・副業
(2)在宅勤務
(3)独立・自営
(4)その他
 短時間雇用を導入する際には、それが高齢者を対象とする場合にも、兼業・副業を認めるか、在宅勤務を認めるか、あるいは独立・自営との関係等について検討しておく必要があろう。
 F社あるいはH社の事例に見られるように、中高齢期以降のキャリア選択の多様性や可能性を踏まえて自己実現を支援しようとする企業もある。このような場合には、むしろ個人開業など自営的な働き方に移行する準備期間として、兼業・副業を積極的に認め、さらには業務委託・請負等により独立・自営を支援することも施策に組み入れられる。
 また、在宅勤務については、育児や介護等に伴って通勤が困難な場合に認める企業が見られるようになってきたが、大都市圏での長時間通勤を解消する意味でも、高齢者を対象とした制度導入も考えられよう。業務の性格によるが、情報技術を活用して体力の低下を克服し、高齢者の能力を有効に発揮してもらう方法として、全体の普及が期待される。
 詳しくは、在宅勤務および兼業・副業(独立・自営を含む)の節を参照されたい。

(2) 多様なキャリア支援および仕事と生活の調和のための短時間勤務
 短時間勤務のうち、ここでは多様なキャリア支援および仕事と生活の調和をテーマとして推進される勤務制度を取り上げる。多様なキャリア支援は、従業員のライフコースやキャリアに関する展望に基づいて、その実現を支援するために多様な働き方を導入するものである。仕事と生活の調和は、育児・介護等の家庭生活さらに自己啓発やボランティアなど、より広く個人の生き方のニーズと仕事との調和を図るために、多様な働き方を導入するものをさす。この両者は、個々人の長いライフ・キャリアの発達の視点に立つか、その時々のライフステージの視点に立つか、という視点の違いはあるが、勤務制度の導入の検討事項は共通しているものと考えられる。
 これらをテーマとした短時間勤務について、導入する狙いと導入にあたって検討すべき事項をまとめたのが、次ページの図表である。以下では、実践例を参考に項目毎に検討のポイントを解説する。

(1) 導入の目的
(1)育児・介護などの家庭責任への対応
(2)ボランティアなど個人生活志向への対応
(3)教育訓練・自己啓発など人材投資への対応
(4)人材の確保・リテンション(引き止め)
(5)戦略・専門人材の確保
(6)従業員の活性化
(7)独立・自営の準備支援
 育児・介護など家庭責任への対応を目的とする短時間勤務制度は、近年急速に導入企業が広がってきている。女性雇用管理基本調査(厚生労働省)によれば、育児のための短時間勤務制度を導入している事業所の割合は、平成14年度で38.5%となり、平成11年度の29.9%から大幅に上昇した。介護のための短時間勤務制度についても、同期間に27.7%から38.5%へと導入する企業の割合が高まっている。
 一方、これらの育児・介護との両立の観点をこえて、より広く個人生活上のニーズに対して短時間勤務制度を活用する企業事例も見られるようになってきた。事例として取り上げているI社やJ社では、ボランティアなどの個人の生活志向、あるいは自己啓発等の教育訓練など自己投資にも対応して、希望する従業員に広く短時間勤務を認めていこうとする方向性が示されている。
 これらの企業では、経験や高い能力をもつ従業員が、個人生活上のニーズによる事由で退職することを防ぎ、むしろ積極的に専門性が高い人材や顧客に価値を提供できる優秀な人材を引きとめるという狙いが込められている。こうした施策は、単に対象となった従業員だけでなく、従業員全体を活性化する効果も期待される。

多様なキャリア支援および仕事と生活の調和のための短時間勤務制度の狙いと検討事項

多様なキャリア支援および仕事と生活の調和のための短時間勤務制度の狙いと検討事項

 また、今後は、良質な若年人材を確保するとともに雇用のミスマッチを減少させるため、企業での短時間勤務によるOJT等と教育訓練機関での教育訓練を実施する日本版デュアルシステム(*)を導入することも検討の対象になろう。
 なお、主として兼業・副業を認めるケースに見られるように、勤務時間を短縮することにより、個々人のキャリア支援の一つとして独立・自営等の準備を支援するものもある。
 (*) 日本版デュアルシステム・・・企業における実習訓練と教育訓練機関における座学とを一体的に組み合わせた教育訓練を行うことにより、若年者を一人前の職業人に育てることを目的とする新たな人材育成システム

(2) 導入部門
(1)全社
(2)特定部門(生産部門、営業部門、研究開発、本社・間接部門)
 多様なキャリア支援および仕事と生活の調和を目的とする短時間勤務制度の導入部門は、基本的には全社が対象となろう。第2章で取り上げている企業においては、部門を限定した事例は見られない。

(3) 対象従業員
(1)在籍社員(管理・非管理職、職種、年代層など)
(2)新規雇入(職種、役職など)
 在籍者を対象とする場合、その対象となる従業員を合理的な理由なしに限定することは、従業員の公平性の観点から好ましくないだろう。I社の例を見ても、役員と出向者を除き、管理職を含む全従業員を対象としている。
 経営施策と連動させて、年代など特定の従業員層に入れるケースもある。例えば、H社の場合は、増加する50歳代の従業員の戦力化に合わせて、この年代層を対象として、短時間勤務を含むキャリア支援の多様な選択肢を導入している。
 一方、短時間であっても、経営にとって戦略的なあるいは専門性の高い人材を新たに獲得するために、こうした制度を活用するとすれば、配置先の職種や役職は経営の必要性に応じて決まってくる。今後は、こうしたより戦略的な短時間勤務の活用も考えられよう。

(4) 導入方法
(1)正社員(一時的か恒久的か)
(2)契約社員
 導入方法について、正社員を対象とした短時間勤務制度の場合には、恒久的な短時間勤務を認める例は少なく、短時間勤務ができる期間を定める例が多い。
 具体的には、取得事由の要件について期間を定めるケースと取得できる年月としての期間を定めるケースが見られる。前者では、例えばG社では育児の場合1子につき満4歳までの4年以内、介護の場合には同一事由につき1年以内となっている。後者の例としては、J社では短時間勤務を行う事由が消滅するまでとし1年毎に見直すこととしている。I社でも1年更新としているが、2〜3年の利用が想定されている。但し、育児については、子が中学に入学するまでという適用要件による期間制限もある。
 一方、経営にとって戦略的に必要な人材を獲得するために、新たに短時間勤務者を雇入れる場合には、有期労働契約を活用することが現実的となろう。

(5) 勤務時間編成
(1)1日あたり短時間勤務
(2)週あたり勤務日数・勤務曜日
 勤務時間については、1日あたりの勤務時間を短縮するものと、週あたりの勤務日数を短縮するものがある。
 このうち勤務時間の短縮では、J社は通常勤務の75%程度を基本に1日5.5〜7時間勤務、G社は4時間50分、5時間5分、6時間5分から選択する仕組みである。一方、H社の「フレックス・ワーク」制度は、週2日を上限に曜日を設定して休む形となっている。また、I社の場合には、通常の6割と8割の選択肢が用意され、1日あたりの短時間勤務と週あたり3日ないし4日の勤務が選べるようになっている。
 なお、週あたりの所定労働時間が30時間未満になると、雇用保険における被保険者資格が短時間労働被保険者となり、20時間未満の場合は被保険者資格がなくなる。健康保険・厚生年金保険については、短時間労働者の被保険者資格の取扱いは、同様の業務に従事する通常の就労者の労働時間及び所定労働日数のおおむね3/4以上である場合に、被保険者資格を有することになる。勤務時間編成上は、これら社会保険の取扱いに留意が必要となる。

(6) 給与等の設定
(1)処遇制度(給与、賞与、評価、退職金・年金等)
(2)社会保険の取扱い
 給与については、短縮時間分に対して、給与および賞与を含む報酬を比例的に減額する措置が一般的である。I社では、通常の所定時間の6割勤務の場合に報酬を通常の5割、8割勤務の場合に通常の7割とすることになっている。各社とも、基本的には一時的な短時間勤務制度としているため、評価や昇給等を含む給与制度は、通常勤務者と共通である。
 社会保険の被保険者資格については、勤務時間の項の通りである。保険料は、3ヶ月間の平均標準報酬月額が従前の標準報酬月額に比べ2等級以上の差が生じた場合には、標準報酬月額を改定する。

(7) 要員確保
(1)フルタイムから短時間へ移行する場合の補充要員の確保
(2)ジョブシェアリングの導入
 フルタイムの従業員が短時間勤務に移行する場合には、職場の要員確保が課題となる。G社は、売り場についてはパートタイマーの採用・配置による人員補充で対応している。労働者派遣法の改正により対象業務が拡大されたため、今後は人材派遣の活用によって要員を確保する企業も増えるものと考えられる。
 欧米諸国では一人分の仕事を二人で担当するジョブシェアリングを導入する事例が見られる。わが国でも、今後、より専門的な業務へと短時間勤務の適用事例が広がるとすれば、こうした取組みも参考になろう。

(8) 生産性向上策
(1)職務の明確化・再配分
(2)業務引継ぎの円滑化
(3)情報共有・ナレッジマネジメント策の導入
(4)人材育成・能力開発
 短時間勤務の導入は、休職・休業をとる場合と比較して、仕事を継続することにより、知識や技術の陳腐化を避けることができ、個々人の能力や生産性を維持・向上させることができる効果や、勤務時間の短縮によって時間あたりの生産性はむしろ高まるという評価も、導入企業から聞かれる。
 職場における生産性向上に向けては、職務の明確化、職務配分の変更、情報共有やナレッジマネジメント(知識や情報を経営資源として蓄積・共有・活用するための方策)のための取組み等が求められる。G社のように、もともと営業時間が通常の勤務時間より長い会社では、業務の引継ぎを円滑にする知恵が職場に根付いているが、継続する業務処理や顧客対応に問題が生じないようにする工夫も必要となろう。
 短時間勤務者を含めて、より効果的な仕事の仕方を目指す視点も重要である。例えば、I社では、ラインの人事管理を重視し、各職場で知恵を出し合って短時間勤務をする社員をバックアップすることを基本としている。
 なお、短時間勤務を選択することによって、人材育成や能力開発の機会を失わないようにすることも重要である。

(9) 実施環境整備
(1)フルタイムの人事処遇制度との制度均衡
(2)昇進・昇格等キャリア管理の適正な運用
(3)キャリア教育、ライフプラン設計支援
 実施環境の整備としては、まずフルタイムの従業員との均衡処遇の確保が重要となる。その場合には、給与等の水準だけでなく、処遇制度等の決め方が鍵となる。各社の事例では、フルタイムの従業員が一定期間のみ短時間勤務を行うことが想定されているため、現状では通常勤務の従業員と同一の取扱いとした上で、時間比例等によって処遇水準を決めている。各社とも評価や昇給・昇進の取扱いについては、通常勤務者と同様にし、短時間勤務を行うことによって不利益を被らないものとしているが、職場での運用の徹底が重要である。
 短時間勤務が、多様なキャリア形成を支援し、ライフステージにおける仕事と生活の調和を目指す取組みとすれば、従業員の個々人が自らのキャリアや生き方を自ら設計し、伸ばしていくことができる環境づくりが大切になる。そのためには、キャリア教育やライフプラン研修をはじめとした支援策を拡充していくことが求められる。

(10) 公的助成金等の活用
(1)キャリア形成促進助成金
(2)育児両立支援奨励金
(3)教育訓練給付金
(4)その他
 多様なキャリア支援および仕事と生活の調和のための短時間勤務による多様就業型ワークシェアリングの実施にあたって、活用の可能性がある公的な助成金制度と本人への公的給付は上の通りである。詳しくは第4章を参照のこと。

(11) その他の多様化施策との関係
(1)高齢者雇用
(2)兼業・副業
(3)在宅勤務
(4)独立・自営
(5)育児・介護・教育訓練・ボランティア等関連休暇制度
(6)その他
 短時間勤務を導入する際には、高齢者など他の短時間勤務との関係、兼業・副業や独立・自営、在宅勤務等との関係について検討しておく必要があろう。
 正社員を対象とする一時的な短時間勤務制度については、高齢者の再雇用における短時間勤務やいわゆるパートタイムとは切り離して考えられることが多い。それぞれに、企業が期待する役割や責任は異なることが多いが、適切かつ統合的に位置づけておく必要があろう。
 一方、H社の「フレックス・ワーク」は、兼業・副業を認めて独立していく足がかりとしている。I社やJ社では、在宅勤務も用意されており、従業員は必要な場合、ニーズに合わせていずれかを選択することになる。詳しくは、在宅勤務および兼業・副業(独立・自営を含む)の節を参照されたい。
 なお、育児、介護、教育訓練、ボランティア等については、法定または企業独自での休業・休暇制度があり、接続的な利用も含めて円滑な運用・活用が図れるよう配慮も必要となる。

(3) 若年者を一人前の職業人に育てるための短時間勤務
 今後、少子高齢化が進む中で、良質な若年労働力の確保や後継者の育成は企業にとって重要な課題となる。しかし、従来のように若年者を採用し、自社内で十分な時間と費用をかけながら育成することは、企業にとって大きな負担となっている傾向が見られる。また、若年者の就業観も変化しており、その結果、失業率は10%を超える水準となっている(「平成15年版国民生活白書」総務省)。さらに、無業者やフリーターも増加しており、わが国の次世代を担う若年者の職業能力の開発・キャリア形成に対して大きな懸念が生じている。
 こうした状況を打開するため、平成16年3月、日本版デュアルシステム協議会報告が出された。そこで、この報告を参考にしながら、若年者を一人前の職業人に育てるための短時間勤務を進めるための課題を検討する。狙いと検討すべき事項をまとめたのが次図である。以下では、項目毎のポイントを解説する。

(1) 導入の目的
(1)良質な若年人材・後継者の確保
(2)若年者を訓練する負担の軽減
(3)若年者の職場定着
 「7・5・3」離職(*)といわれるように、若年者の職場定着率はそれほど高くない水準にある。多くの費用と時間を費やし、訓練コストをかけたにも関わらず、若年者は早期に離職してしまう。
 (*) 「7・5・3」離職・・・中卒者の7割、高卒者の5割、大卒者の3割が3年以内に離職していること
 若年者が離職する理由の1つとして「仕事が自分に合わない」ということがあげられる(「若年者キャリア支援研究会報告書」厚生労働省 平成15年)。このため、入社するとどのような仕事を行うのかを実際に若年者に体験してもらうことが、若年者の職場定着にとって重要となろう。また、成果・業績が厳しく求められる中で、若年者の職業能力開発を行う余裕がなくなってきているため、教育訓練機関にOff-JTの部分をアウトソーシングすることにより、自社の若年者育成はOJTに絞ることができるようになり、若年者を育成する負担を軽減することができる。

(2) 導入部門
(1)全社
(2)特定部門(生産部門、営業部門、研究開発、本社・間接部門)
 日本版デュアルシステムの導入部門は、基本的に全社が対象になろう。ただし、生産部門や経理部門等、評価制度の確立している分野のほうが導入しやすい。

若年者を一人前の職業人に育てるための短時間勤務制度の狙いと検討事項

若年者を一人前の職業人に育てるための短時間勤務制度の狙いと検討事項

(3) 導入方法
(1)正社員
(2)契約社員
 若年者を採用する際に締結する雇用契約について、雇用期間を定める場合と定めない場合が考えられよう。日本版デュアルシステムでも、正社員のみならず有期雇用パート等の形態により訓練を実施しても助成金が給付される制度になっている。

(4) 勤務時間編成
(1)1日あたり短時間勤務
(2)週あたり勤務日数・勤務曜日
 勤務時間について、1日あたりの勤務時間を短縮してするものと、週あたりの勤務日数を短縮するものがある。業務の都合だけではなく、Off-JTを実施する教育訓練機関とも調整する必要が出てこよう。
 なお、週あたりの所定労働時間が20時間以上になると雇用保険における被保険者資格が付与され、30時間未満になると短時間労働被保険者となる。健康保険・厚生年金保険については、短時間労働者の被保険者資格の取扱いは、同様の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね3/4以上である場合に、被保険者資格を有することになる。

(5) 給与等の設定
(1)処遇制度(給与、賞与、評価、退職金・年金等)
(2)社会保険の取扱い
 給与については、通常通り雇用契約で定める形となる。他の短時間勤務と同様に、通常勤務の賃金額から比例的に減額する等が考えられる。社会保険の被保険者資格については、勤務時間の項の通りである。

(6) 生産性向上策
(1)Off-JTによる能力開発
(2)技能伝承
 若年者を一人前の職業人に育てるための短時間勤務では、若年者は業務遂行と並行して職業訓練を受けているため、その訓練成果による生産性向上が期待できる。あわせて企業内でのOJTによる技能伝承を行うことができる。

(7) 実施契約の整備
(1)労働条件に関する契約
(2)訓練終了後の取り決め
 日本版デュアルシステムでは、契約の雛形を例示することにより雇用契約等の整備の重要性を訴えている。雇用契約には、雇用期間、就業場所、訓練場所、就業時間、所定外労働の有無、休日休暇、賃金、社会保険等を盛り込まなければならない。
 また、訓練終了後の雇用や評価についても事前に取り決めておく必要があろう。さらに若年者本人に対しても守秘義務等遵守事項の取り決めをしなければならないだろう。

(8) 公的助成制度等の活用
(1)キャリア形成促進助成金
(2)その他
 日本版デュアルシステムによる多様就業型ワークシェアリングの実施にあたって、活用の可能性がある公的な助成金制度と本人への公的給付は上の通りである。詳しくは第4章を参照のこと。

(9) 他の多様化施策との関係
(1)高齢者雇用
(2)その他
 日本版デュアルシステムを導入する場合、短時間勤務高齢者との組合せを工夫することで、何かと対立的に捉えられている高齢者と若年者のベストミックスが実現できる。例えば、高齢者の短時間勤務と若年者のOJTを組み合わせた技能伝承等が考えられる。

(4) 本格的なパートタイム雇用の基幹化と均衡処遇
 近年、パートタイム雇用は著しく増加し、平成15年の労働力調査(総務省統計局)によれば、週の労働時間が35時間未満の短時間雇用者(非農林業)は、約1,260万人、雇用者に占める割合は約24%に達している。とくに女性雇用者に占める割合は、約40%と高い。また、パートタイム労働者総合実態調査(厚生労働省)を見ると、パート等労働者のうち役職についている者の割合は、平成2年の約4%であったものが平成13年には約12%に上昇している。多様な就業形態のあり方に関する調査(21世紀職業財団)によれば、正社員と同じ仕事をしているパート等労働者が3年前と比べて増加している、という事業所の割合は、平成13年で約43%にのぼる。
 このように、パートタイム雇用は、量的に拡大するとともに、質的にも高度な仕事に就くようになってきており、企業の中でより基幹的な労働力としての活用、つまり基幹化が進んでいることが確認できる。
 その一方で、パートタイム労働者と一般労働者の賃金格差は、拡大傾向にある。女性について、一般労働者の時間あたり賃金を100とした場合、パートタイム労働者は平成5年に約70であったものが、平成15年には約66となっている。
 こうした状況を踏まえて、平成15年8月、パートタイム労働指針が改正された(巻末資料参照)。同指針は、パートタイム労働者の適正な労働条件の確保と雇用管理の改善に関して、事業主が講じなければならない措置を定めたものである。今次改正では、パートタイム労働者と正社員の均衡を考慮した処遇のあり方が示されている。
 そこで、同指針を踏まえつつ、本格的にパートタイム雇用の基幹化を図るとともに、均衡処遇を進めるための課題を検討する。狙いと検討すべき事項をまとめたのが、次ページの図表である。以下では、企業の実践事例を参考に、項目毎のポイントを解説する。

(1) 導入の目的
(1)短時間就業ニーズへの対応
(2)ローコスト・オペレーションの実現
(3)パートタイムの量・質両面の基幹化、人材活用
(4)業務量の変動・繁閑に応じた人材活用の効率化
 パートタイム雇用は、ローコスト・オペレーションを実現しようとする企業側のニーズだけでなく、家庭や個人の都合に合わせて短時間働きたいという就業ニーズに合致することによって拡大していく。企業では、業務量の変動や繁閑に応じた人材の効率的な確保と活用を図ることも、パートタイム雇用を拡大する狙いとなる。
 こうした目的の下で、パートタイム雇用を積極的に活用してきた代表的な業種は、飲食業や小売業である(パートタイム雇用比率はそれぞれ約74%、約55%(厚生労働省「パートタイム労働者総合実態調査報告」平成13年))。これらパート活用が進んでいる業種では、パートタイマーの能力を高め、労働意欲を維持・向上することが経営の生命線になってきた。つまり、単に労働力を確保する方策としてだけでなく、人材活用において、より高度な役割を期待するようになってきたのである。

本格的なパートタイム雇用の基幹化と均衡処遇の狙いと検討事項

本格的なパートタイム雇用の基幹化と均衡処遇の狙いと検討事項

 そうなると、パートタイマーを正社員と分離して低く処遇するという人事管理では、パートタイマーを動機付け、その能力を引き出すことはできなくなる。K社の事例に見られるように、パートタイマーを企業経営の基幹的な人材と位置づけて、本格的に活用を進めるためにこそ、均衡処遇が必要になってくるといえよう。

(2) 導入部門
(1)全社
(2)特定部門(生産部門、営業部門、研究開発、本社・間接部門)
 基本的には全社での対応が必要になるが、パートタイマーを活用する部門(あるいは事業部門)が限定されている場合には、当該部門での検討が中心となろう。

(3) 対象職種・ポスト
(1)パート対応職種
(2)パートでの役職登用(部長クラス、課長クラスなど)
 パート活用を本格化しようとする場合、どういった職種で、どのような役割期待をするかが検討の出発点になる。従来、日本企業の多くは、パートタイマーには定型的な業務や補助的な役割を期待し、正社員とは分離して活用していこうとする傾向が強かった。
 K社の場合には、鮮魚・デリカ・精肉といった売り場を中心に、職種としてはレジや販売、品出し、発注といった業務から、生鮮技術者や薬剤師といった専門職まで、役職レベルでは、課長クラスとなる売り場責任者までの役割をパートタイマーに期待する。さらに、能力と意欲のある者については、副店長や店長クラスまでの昇進に道を開いている。
 なお、小売業や飲食業では、一旦パートとして採用された従業員について、その能力と意欲によってフルタイムの正社員へ登用する仕組みをもっている企業は少なくない。そのような場合においても、どのレベルの役割までパートタイムのままで活用を進めるかがポイントとなる。

(4) 導入方法
(1)雇用形態によらない社員区分の整備(時間、転居有無、職種・職位等)
(2)フルタイム・パートタイムの相互転換の確保
 本格的なパート活用を行う場合、それを可能にするためにまず必要になるのが、従業員区分の見直しであろう。従来型の役割分担を前提にした正社員かパートタイマーかという雇用形態による従業員区分では、人材活用の基幹化が進まないからである。
 K社の場合には、従来のパートタイマーと正社員という雇用形態による区分を廃止し、働き方の変化によって契約区分を分類する仕組みを導入している。具体的には、勤務形態がフルタイムかパートタイムであるか、また転勤ができるかできないかによって、4つの契約区分を設定している。
 K社では、前述のように、勤務がパートタイムで転居不可という、従来のパートタイムの働き方を希望する場合でも、課長クラスまでの登用が予定されている。さらに専門職や店長・副店長クラスのようなプロフェッショナル人材については、働き方にとらわれない登用ができる区分を設けているのが特徴である。
 こうした新たな区分を制度化するためには、従業員をどのような基準で格付けるかが重要になる。格付けの基準としては、一般に、職務遂行能力による職能資格制度と、職務の重要性や難易度による職務分類制度がある。近年は、役割による等級制度など両者を折衷した格付け制度もみられるようになった。K社の場合には、職務と職能の要素を折衷して、全従業員に共通の新たな格付け(資格)制度を導入している。
 格付け(資格)制度は、それぞれの企業が業種・業態の特性や雇用管理の方針に基づいて決めるものであるが、働き方の違いによって異なった基準を適用する場合においても、区分間の相互関連性を確保しておく必要がある。とりわけ、働き方の変更や転換を認めるとすれば、この点がポイントになろう。

(5) 勤務時間編成
(1)1日あたり短時間勤務
(2)週あたり勤務日数・勤務曜日
 個々のパートタイマーの勤務時間は、一般に、1日のうちで都合の良い、希望する時間帯のみの勤務、あるいは希望する曜日のみの勤務が可能になるように設定される。あるいは、企業が要員計画に基づき必要な曜日や時間帯に、希望や都合が適合する者が採用・配置される。
 K社では、勤務形態がフルタイマーとされる場合には、土日・祝日や夕刻の繁忙時間帯に勤務できることが前提になっている。このように業種・業態によっては、フルタイム(主として正社員)とパートタイムの勤務時間の設定の違いに、単に勤務時間の長さだけではない要素がありうる点にも留意が必要である。企業においては、残業の可否が重要な要素となる場合もあると考えられる。
 なお、週あたりの所定労働時間が30時間未満の場合、雇用保険における被保険者資格が短時間労働被保険者となり、20時間未満の場合は被保険者資格がない。健康保険・厚生年金保険については、短時間労働者の被保険者資格の取扱いは、同様の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね3/4以上ある場合に、被保険者資格を有することになる。勤務時間編成上は、これら社会保険の取扱いに留意が必要となる。

(6) 給与等の設定
(1)給与水準と処遇制度(給与、賞与、評価、退職金・年金等)
(2)社会保険の取扱い
 パートタイマーと正社員の処遇の均衡を考える場合には、給与水準(決まり方)と給与制度(決め方)の二つの視点から検討する必要がある。
 なお、均衡処遇の検討にあたっては、働き方・働かせ方といった人材の活用の仕組みや運用等が同じかどうか、また、担当する職務に共通性があるとしても、職務の範囲や責任が同じかどうかを、実態として確認しておくことが重要になる。この点について、詳しくは、巻末のパートタイム労働指針を参照されたい。
 まず、水準については、パートタイマーと正社員が、同様のレベルの職務や役割を担当する場合において、給与水準に格差があるとすれば、その格差が働き方、つまり人材活用の仕組みや運用等の違いによる合理的なものとすることがポイントとなる。
 一方、より重要になるのは、決め方としての給与制度である。わが国では、従来、正社員の格付け基準には職能資格制度による能力基準(職能給)を採用し、パートタイマーは仕事基準(職務給)とすることが多かった。均衡処遇を進める場合には、格付け制度を共通化した給与体系とすることがまず考えられるが、パートタイマーと正社員とで格付け制度や給与体系が異なる場合については、その相互関連性を確保しておくことが重要である。
 K社の場合には、格付け基準を共通にした上で、同一資格=同一賃金、同一役割=同一賃金の考え方をベースとし、さらに転勤があるかないかといった働き方の違いを反映して、給与が決まる仕組みとなっている。また、転宅なしでフルタイム勤務を行う従業員については、有期契約となるため、退職金を賞与で前払いする形で、均衡が図られている。
 なお、社会保険の被保険者資格については、勤務時間の項の通りである。また、所得税の課税や国民年金の加入基準となる年収(それぞれ103万円、130万円)のところで、就業調整が発生する可能性があることには、留意が必要となる。

(7) 生産性向上策
(1)職務の明確化・再配分
(2)業務引継ぎの円滑化
(3)人材育成のための配置、教育訓練の整備
 生産性の向上を図るためには、職務の明確化、職務配分の変更などパートタイマーが担当する職務をどのように切り出し、業務の引継ぎを円滑にするかが基本となる。同時に、パートタイマーにより高度な仕事や役割を担当してもらうとすれば、人材育成や能力開発の機会を確保、提供していくことが重要である。
 これまで、企業がパート活用を進めるにあたっては、総額人件費の抑制の視点が強調されがちであったが、本格的に基幹化を進める場合には、人材を育成し、動機付け、仕事の成果を高めるという視点がポイントとなろう。

(8) 実施環境整備
(1)フルタイムの人事処遇制度との制度均衡
(2)昇進・昇格等キャリア管理の適正な運用
 実施環境の整備としては、均衡処遇の確保が重要であり、具体的には、給与の項で触れた通りであるが、その運用においては評価がポイントになる。適切に働きぶりを評価し、動機付け、昇給や昇進・昇格等の人事処遇に反映していくことが求められる。
 とくに、パートタイマーの勤続年数が伸び、より重要な役割を担うようになれば、正社員と同様に、パートタイマーについても、配置、育成、活用など雇用管理に長期的な視点が不可欠になる。

(9) 公的助成金等の活用
(1)キャリア形成促進助成金
(2)教育訓練給付金
(3)その他
 パート活用による多様就業型ワークシェアリングの実施にあたって、活用の可能性がある公的な助成金制度と本人への公的給付は上の通りである。詳しくは第4章を参照のこと。

(10) その他の多様化施策との関係
(1)正社員の一時的な短時間勤務制度
(2)その他
 パートタイマーの基幹化と均衡処遇を進めていくと、育児・介護を事由とするものなど一時的に短時間勤務を行う正社員との関係の整理が課題になりうる。例えば、勤務時間や配置転換など働き方に実態的な違いはないが、処遇格差が発生するといったケースである。この場合には、一時的に転勤や所定外労働のない働き方であっても、人材活用の仕組みや運用等が異なるものとして整理することができる。
 これは一例にすぎないが、今後、企業が均衡処遇を推進する場合には、多様な働き方を適切かつ統合的に整理し、位置づけておく必要が高まるであろう。

(5) 在宅勤務
 近年、IT化の進展に伴い、情報通信機器を活用して、働く者が時間と場所を自由に選択して働くことのできる働き方として、テレワークが注目されている。その中で、企業に雇用されている従業員が、情報通信機器を活用して労働時間の全部または一部について、自宅で業務に従事する勤務形態が、ここで取り上げる「在宅勤務」である。
 在宅勤務は、労働者が仕事と生活の調和を図りながら、その能力を発揮して生産性を向上させることができ、また、個々の生きがいや働きがいの充実を実現することができる次世代のワークスタイルとして期待される。国土交通省の調査(「テレワーク・SOHOの推進による地域活性化のための総合的支援方策検討調査」 平成15年3月)によれば、在宅勤務を実施することがある者(週8時間以上テレワークを実施している者のうち自宅で実施することがある者)は、平成13年時点で約214万人、労働者全体の約4%を占める。
 しかし、在宅勤務については、私生活にむやみに介入すべきでない自宅が業務に従事する場所であるという点や、勤務時間帯と日常生活時間帯とが混在せざるをえない点等から、労働基準関係法令の適用関係を整理し直し、適切な労務管理が行われる必要がある。
 そこで、平成16年3月に、在宅勤務が、適切な就業環境の下で実現が図られることを目的として「情報通信機器を活用した在宅勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」が策定された(巻末資料参照)。
 ここでは、同ガイドラインを踏まえつつ、在宅勤務を進めるための課題を検討する。狙いと検討すべき事項をまとめたのが、次の図表である。以下では、企業の実践事例を参考に、項目毎のポイントを解説する。

(1) 導入の目的
(1)育児・介護などの家庭責任への対応
(2)ボランティアなど個人生活志向への対応
(3)教育訓練・自己啓発など人材投資への対応
(4)人材の確保・リテンション(引き止め)
(5)戦略・専門人材の確保
(6)従業員の活性化
(7)独立・自営の準備支援
 在宅勤務は、労働者が仕事と生活の調和を図りながら、その能力を発揮して生産性を向上させることができる働き方として期待されている。したがって、在宅勤務を導入する目的は本節の(2)多様なキャリア支援及び仕事と生活の調和のための短時間勤務と共通するところがある。
 つまり、在宅勤務の導入によって、育児・介護等からボランティアや自己啓発まで、さらには本人の疾病や障害等通勤が困難な場合も含めて、家庭や個人の生活上のニーズと仕事の調和を図ることができる。このことは、そうしたニーズをもつ人材の引き止めや従業員の活性化をもたらす効果も期待できる。
 事例で取り上げているI社のe-ワーク制度、J社のWork @ Home ともにこうした幅広い狙いをもって、短時間勤務制度と平行して制度を導入しているのが特徴である。
 また、在宅勤務を活用して、経営にとって戦略的に重要な人材を新規に雇入れることもできよう。さらに、テレワークには、事業主と雇用関係をもたず請負契約等で業務に従事する働き方として、一般に在宅就業、在宅ワーク等と呼ばれる「SOHO」がある。こうした働き方を念頭に置けば、独立・自営の準備・移行過程として在宅勤務を活用することもできよう。

在宅勤務の狙いと検討事項

在宅勤務の狙いと検討事項


在宅勤務等テレワークの類型
テレワーク
雇用 非雇用(SOHO)
在宅勤務
サテライトオフィス勤務
モバイルワーク
在宅就業
在宅ワーク

 テレワークには、雇用形態で行われるものと非雇用の形態で行われるものがある。このうち雇用形態で行われるものには、(1)自宅で勤務する「在宅勤務」、(2)郊外等の小規模なオフィスで勤務する「サテライトオフィス勤務」、(3)臨機応変に選択した場所をオフィスとする「モバイルワーク」がある。

(2) 導入部門
(1)全社
(2)特定部門(生産部門、営業部門、研究開発、本社・間接部門)
 導入部門については、業務の特性によって、その対象範囲を決めることになる。例えば、工場等の生産設備が必要な部門に導入することはそもそも難しいであろう。
 I社では、営業・サービス部門が対象から除かれている。テレワークには、携帯の情報端末を活用して、臨機応変に選択した場所で業務に従事する「モバイルワーク」があるが、同社においてもシステムの営業部門にはそうした働き方が導入されている。

(3) 対象従業員
(1)在籍社員(管理・非管理職、職種、年代層など)
(2)新規採用(職種、役職など)
 対象となる従業員については、J社の場合には、仕事の成果が客観的に判断でき、上司が業績評価を正常に行えることが条件としている。I社では、資格制度上のバンド6(副主任レベル)以上の社員としているが、これは自らの判断で業務遂行が可能な従業員を対象とするという趣旨からである。
 両社の事例から、在宅勤務の対象は、業務の進め方について自己の裁量が確保され、自律的に業務を行うことができる者であって、業務の結果が成果物によって評価できるような仕事を担当する者といえる。
 なお、在宅勤務で新規雇入れを行う場合においても、こうした要件を満たすことが前提となろう。

(4) 導入方法
(1)正社員(一時的か恒久的か)
(2)契約社員
 事例の二社はいずれも正社員を対象に導入しているが、J社の場合は、事由が消滅するまでとし、一時的な勤務形態として位置づけている。I社では、育児・介護を事由として導入された当初は、子が中学に入学するまで、したがって12年間を最長としていた。その後、上記のように担当業務と資格を要件として、事由の限定をはずしたことにより、制度上は在宅勤務期間を定める規定がなくなっている。
 また、両社ともに適用は1年毎に見直すこととしていることから、在宅勤務での新規雇入れの場合には、有期雇用契約とすることも考えられよう。

(5) 勤務時間編成
(1)在宅勤務時の勤務時間管理
(2)在宅勤務日・出勤日の設定
 在宅勤務の勤務時間について、I社では、所属長の承認が得られれば残業ができることになっている。勤務時間の管理については、安全衛生上の配慮も忘れてはならない視点である。
 勤務日・出勤日については、I社ではとくに規定はないが、実態としては週2〜3日程度を在宅勤務として、出社曜日をあらかじめ決めている者が多い。J社では、週1日は出社することが要件となっている。
 なお、在宅勤務を導入する場合に、事業場外労働のみなし労働時間制を適用することも可能である。この点については、巻末のガイドラインを参照されたい。

(6) 給与等の設定
(1)処遇制度(給与、賞与、評価、退職金・年金等)
(2)社会保険の取扱い
 両社とも、給与を含む処遇制度や社会保険の取扱いは、通常勤務の従業員と全く同一である。在宅勤務の場合には、働きぶりに対する評価がより重要となるが、とくに仕事の成果に対する業績評価が適切に行われる必要があろう。

(7) 生産性向上策
(1)職務の明確化・再配分
(2)業務引継ぎ・連絡相談の円滑化
(3)情報共有・ナレッジマネジメント策の導入
 在宅勤務は、総務省「テレワーク人口等に関する調査」(平成14年)等をみると、事業主、在宅勤務者ともに、「仕事の生産性・効率性の向上」を評価するものが多い。こうした生産性向上の効果を高めるためには、職務の再配分等によって仕事の範囲を明確化しておく必要があるが、業務引継ぎや連絡相談の円滑化、さらには情報共有やナレッジマネジメント(知識や情報を経営資源として蓄積・共有・活用するための方策)のための取組み等も重要である。
 I社では、社外のどこからでも接続できる社内LANとして在宅支援システムが確立しており、e-ミーティング(遠隔会議システム)をはじめ社内ITインフラも充実している。ADSLの普及によって自宅からのアクセスもストレスがなくなり、こうしたシステムの活用がさらに進んでいる。

(8) 実施環境整備
(1)フルタイムの人事処遇制度との制度均衡
(2)昇進・昇格等キャリア管理の適正な運用
(3)自宅・通信環境とセキュリティー環境の整備
(4)人材育成・能力開発
 実施環境の整備としては、通常勤務者と異なる評価制度や給与制度を導入する場合には、在宅勤務者が懸念を抱くことのないように扱う必要がある。事例のように通常勤務者と同じであっても、在宅勤務を選択したことが、昇進・昇格の上で不利にならないよう留意が必要である。
 事例企業は、いずれもIT系の企業であるため、もともと情報通信環境が整備されているが、これも在宅勤務を成功させるためには重要な点であろう。
 また、在宅で勤務する場合には、教育訓練の機会を得られにくくなる恐れもある。I社で、e-ラーニング(インターネットを利用した遠隔研修システム)が活用されていることも参考になろう。

(9) 公的助成金等の活用
(1)キャリア形成促進助成金
(2)教育訓練給付金
(3)その他
 在宅勤務による多様就業型ワークシェアリングの実施にあたって、活用の可能性がある公的な助成金制度と本人への公的給付は上の通りである。詳しくは第4章を参照のこと。

(10) その他の多様化施策との関係
(1)短時間勤務制度
(2)兼業・副業
(3)独立・自営
(4)その他
 事例の企業では、在宅勤務は、フルタイム勤務を前提として自宅で勤務することができる仕組みであるが、短時間勤務を自宅で行うことも考えられる。このような場合においては、業務量と所要の就業時間が見合っているかどうかについて、慎重な見極めが必要となろう。
 また、兼業・副業や独立・自営については、導入目的で触れたように、非雇用の在宅就業への準備、移行過程として在宅勤務を位置づけることもできる。この場合には、在宅勤務が、従業員自身の選択を支援する仕組みであることを確認しておく必要があろう。

(6) 兼業・副業
 わが国では、就業規則等によって、従業員が使用者の許可なく兼職することを禁止する企業は少なくない。一般に、労務提供つまり労働義務に支障を生じさせることや、競合他社で就労することを防ぐ(競業避止)という狙いによる規定である。この競業避止義務に違反するケースとしては、競合他社での就労のほかに、競合他社の設立やその準備行為もある。
 ここでは、多様な就業形態の一つとして、むしろ積極的に従業員が兼業や副業を行うことを認める選択肢を用意していこうという施策を取り上げる。兼業・副業を認める場合には、従業員が、能力開発を含めて、転職の準備をすることを支援したり、独立・自営による開業の準備を支援したりする施策も視野に入ってくる。
 兼業・副業を認める制度を導入する狙いと検討すべき事項をまとめたのが、次の図表である。以下では、企業の実践事例を参考に、項目毎のポイントを解説する。

(1) 導入の目的
(1)多様なキャリア形成支援
(2)独立・自営の準備支援
(3)転職の準備支援
(4)能力開発支援
 今回取り上げている企業事例の中で、兼業・副業を認める選択肢をもつのは、H社とF社である。いずれも、従業員がもつ様々なキャリア志向の実現を支援することを狙いとして、転職や独立・自営の準備や自己啓発のために短時間勤務を行うことができる仕組みである。
 H社の場合には、社内での兼職を可能にする働き方も用意されており、これは社内の希望業務に就くことによって、専門的な能力を発揮あるいは開発し、自らのキャリアの可能性を切り開こうとするものである。

(2) 対象従業員
(1)在籍社員(管理・非管理職、職種、年代など)
 H社は、50歳代の従業員を対象としている。今後増加するこの年代の従業員を戦力化すると同時に、転職志向や独立志向のある従業員の自己実現を支援することを目指している。一方、F社は、定年退職後の多様な働き方、生き方を支援する制度の選択肢の一つと位置づけ、55歳時点で兼業が認められる短時間勤務のコースを選ぶことができる。

兼業・副業の狙いと検討事項

兼業・副業の狙いと検討事項

(3) 導入方法
(1)短時間勤務での他社兼業
(2)短時間勤務での個人開業
(3)フルタイムでの社内兼業
 両社とも、他社での兼業や開業準備を行うために、勤務時間を短縮する制度としている。F社は「マイプランステップコース」、H社は「フレックス・ワーク制度」と名づけている。H社は、勤務時間の短縮の他に、一定の所得保障をしながら1年間を上限に休職する制度も用意している。
 また、H社の社内兼職を認める「ダブル・ジョブプログラム」は、社内のダブル・ジョブの求人に従業員が自らの意思で応募し、兼務分(30%以内)を合わせてフルタイム勤務を行うものである。期間は1年以内である。

(4) 勤務時間編成
(1)1日あたり短時間勤務
(2)週あたり勤務日数・勤務曜日
(3)社内兼業の場合の勤務時間の割振
 勤務時間の編成は、1日あたりの勤務時間短縮と週あたりの勤務日数の短縮が考えられるが、両社とも勤務日数を減ずる形の制度となっている。H社は、1日単位で2日(40%)までとなっており、曜日指定を基本としているが、隔週で休むこともできる。F社は、週1日減らして週4日勤務となる。
 なお、H社の社内兼職の場合には、兼職割合を30%までとしているが、兼職先での勤務の時間帯や曜日は、業務の性格によって柔軟に対応することとなっている。

(5) 給与等の設定
(1)処遇制度(給与、賞与、評価、退職金・年金等)
(2)社会保険の取扱い
 給与等の処遇の取扱いについては、両社とも休日分を時間比例で控除することとなっている。なお、H社の社内兼職では、評価についても7割、3割と兼職割合に合わせて処遇に反映することとしている。
 他社での兼業を認めた場合に、実務的な課題となるのは社会保険の取扱いであろう。厚生年金・健康保険は、兼業先でも被保険者資格を有する時は、給与を合算して加入することになる。事例では、事業所を選択して厚生年金や健康保険に加入することになる。この場合、雇用保険についても、従前の事業所で加入することになるが、給与は合算しない。

(6) 実施規程の整備
(1)競合避止の確保
(2)兼業期間の制限
(3)兼業期間後の復職・退職
 まず、競業避止については、在籍中であることを考慮すれば、当然にその義務を負うことになる。トラブルを未然に防ぐためにも、転職や独立・自営の準備を支援するという制度の趣旨に沿って、個別に承認する手続きを定めておくことがよいだろう。
 兼業期間については、F社では最長で55歳から60歳までの5年間、H社では1年以内となっている。また、H社は、兼業期間後の復職を認めており、これは転職や独立準備のための1年間の休職制度についても同様である。

(7) 独立・自営の支援
(1)ビジネスパートナーとしての協業
(2)契約条件の整備
 H社の場合には、独立・自営の準備を支援するだけでなく、従業員が独立した後においても、会社のビジネスパートナーとして協業していくほか、元従業員が個人事業主の協同組合をつくり、共同の事業展開や共済等のサービスを提供する構想をもっている。また、F社の場合には、60歳の定年退職後に会社から業務を請負う形の自営的な就業の選択肢として「フリー契約コース」を設けている。
 こうした従業員であった個人事業主への業務の発注に際しては、次のような契約条件について、あらかじめ整備しておく必要があろう。
 a)発注対象業務と単価、b)就業時間に配慮した納期設定、c)検収手続きと瑕疵の取扱い、d)支払い条件・サイト、e)トラブルが生じたときの対応方法、f)守秘義務とセキュリティー確保策

(8) 公的助成金等の活用
(1)キャリア形成促進助成金
(2)教育訓練給付金
(3)その他
 兼業・副業による多様就業型ワークシェアリングの実施にあたって、活用の可能性がある公的な助成金制度と本人への公的給付は上の通りである。詳しくは第4章を参照のこと。

(9) その他の多様化施策との関係
(1)短時間勤務制度
(2)在宅勤務
 事例企業のように、勤務時間の短縮が行われる場合については、短時間勤務そのものに関する検討課題は、(2)短時間勤務の項を参照されたい。また、在宅勤務を認める場合もありうるが、その場合には(4)の在宅勤務を参照してほしい。


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