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21世紀は『生命の世紀』といわれるように、近年のバイオ・ゲノム等の科学技術の進歩等にはめざましいものがあり、高い有効性を発揮する医薬品が開発されてきているが、このような医薬品の中には、高度の薬学的管理が必要なものがある。
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また、我が国は本格的な高齢社会を迎えており、高齢者の保健・医療の充実が重要な課題となっている。高齢者は、慢性疾患に対する薬剤を継続的に服用すると同時に他の疾病に対する薬剤を併用する可能性が高く、また、薬剤に対する反応性に個人差が大きいなど、高齢者に対する薬物療法にはより専門的な薬学的ケアが求められる。
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さらに、生活の質(QOL)の追求等に伴い、自分の健康により関心を持つ国民が増えてきており、身近にある一般用医薬品等を利用しながら自分自身の健康を自ら改善・維持するという考え方が広がりつつある。
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このような中、複数の診療科の受診により処方された薬剤の重複投薬の防止・相互作用の有無の確認を行うとともに、適切な服薬指導により医薬品の有効性を最大限に発揮し副作用を最小限にすることなどを目的とした「医薬分業」が着実に定着しつつある。
また、入院患者に処方された薬剤及びその服薬状況を管理するとともに、効能・効果、副作用等に関する状況を把握した上で服薬指導を行う「薬剤管理指導業務」の進展にも著しいものがある。
このように、薬剤師が医薬品の適正使用を図るための業務を行う機会が大きく増加してきている。
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法令上も、平成4年の医療法の改正により薬剤師が医療の担い手と位置付けられ、また、平成8年の薬剤師法の改正により調剤時における情報提供が義務化されるなど、薬剤師業務の充実が求められてきている。
さらに、平成14年に薬事法が改正され、薬剤師を含む医薬関係者は、医薬品の使用による副作用、医療用具の使用による不具合又はこれらの使用による感染症の発生について、保健衛生上の危害の発生又は拡大防止の観点から報告の必要があると判断した症例について、厚生労働大臣に報告することが平成15年7月より義務化されたとともに、平成17年度より医薬品の製造販売業において、医薬品の品質保証や安全管理の最終的な責任を負う総括製造販売責任者は薬剤師でなくてはならないこととしているところであり、薬剤師に対する期待がさらに高まっている。
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このように、薬剤師を取り巻く環境は大きく変化しており、薬剤師はこのような変化に対応し、国民の期待に応えていかなくてはならない。 |
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薬局・病院における薬剤師については、その一部の薬剤師において、本来果たすべき役割を果たしていないといった指摘が従来よりなされているとともに、薬剤師を取り巻く環境の変化に対応し、国民のニーズに応えた十分な業務を行っているとは必ずしも言えないのが現状である。
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医薬分業については、薬剤師が処方内容についての疑義照会を行い、より適切な処方に変更されるなどの成果が現れているものの、一部においては、(1)必要な薬歴管理を行っていない又は薬歴を十分活かしていない、(2)個々の患者に対応したものではなく画一的な情報提供を行っているなどの理由により、医薬分業のメリットが十分に発揮されていないとの指摘もある。
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一方、病棟においても、薬剤管理指導業務等は着実に進展してはいるものの、薬剤師については、必ずしも、チーム医療の一員として薬剤師が発揮するべき役割を十分に発揮していない、患者にその役割が見えていないなどの指摘もある。
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また、近年、医薬品に関連する事故が数多く発生しているが、調剤の段階から実際に患者が服用するまでのすべての段階を通じての薬剤に関する総合的リスク管理を、薬剤師が、事故の未然防止に十分有効といえるまでには行っていないといったことも指摘されている。
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一般用医薬品については、医師の指示ではなく消費者自らが薬局・薬店で購入して使用する医薬品として、安全性の確保を重視して承認されているものであるが、数多くの副作用報告が厚生労働省に寄せられるなど、その使用には専門家の適切な情報提供が必要である。
しかしながら、薬局・薬店における薬剤師が、一般用医薬品を他の物品と同様に、単に販売しているだけとなっているケースもあり、薬剤師としての責務が果たされていないとの指摘がある。
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このように、医療の担い手として果たすべき役割を十分に果たせていない薬剤師が存在していると考えられ、患者のニーズに必ずしも応えられていないところがある。これについては、これまでの薬剤師教育が、医薬品の物質的性質の理解等に重点を置いており、医薬品と疾病との関わりを十分に理解するための教育や、薬局・病院における実務実習が十分に行われていないことが一つの理由と考えられる。現状では、職場での自己努力で必要な知識・経験等を身につけざるを得ない状況となっているが、これらの課題・問題点を解決するためには、大学教育の段階から、国家試験のあり方の見直しや生涯研修の充実に至るまで、薬剤師を医療及び社会的ニーズに対応できる方向に養成する必要がある。 |
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薬剤師の業務については、まだ十分に行われていないところがあるという指摘があることを踏まえ、国民に良質の医療を提供する観点から、薬剤師の役割を、単なる調剤のみならず、医療の担い手としての原点に立ってその役割を確認する必要がある。
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薬剤師の役割は、最適な薬物療法を責任を持って提供すること(薬学的ケア)にある。また、今日では、医療の範囲が診断・治療のみにとどまらず、保健・予防からリハビリ・終末ケアにまで広がってきており、薬物療法に関連する薬剤師の実務上の責任範囲も広がってきている。
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患者に最適の薬物療法を提供するためには、薬剤の調製、患者への服薬指導を行うにとどまらず、薬剤の交付後における患者の服薬状況を確認するとともに、実際の治療の一部として期待される薬物療法の効果が得られているか、薬剤による副作用が発生していないかについて確認し、医療関係者に適切なアドバイスを行う必要がある。
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また、服薬指導を行うにあたっては、医薬品の効能・効果、副作用等について十分に患者の理解を得る必要があるとともに、患者が適切に服薬することができるように配慮するべきである。そのためには、医薬品の効能・効果、副作用等について画一的に情報提供するのではなく、患者とのコミュニケーションや薬歴管理などを通して、個々の患者の病態を理解し、さらには患者の心理状態、社会的背景等を踏まえた上で行うことが重要である。
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さらに、医薬品の専門家として、薬物療法に関する情報の収集及び科学的根拠に基づいた評価を行い、個々の患者に対する治療計画の中で、医師の処方に際し適切なアドバイスを行うとともに、状況に応じて批判的な観点を持つこと、薬物療法に関して疑問を有する患者に対し適切に対応することなども求められる。
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また、医療安全についても国民の関心が極めて高くなっているが、医療事故の中で最も多いのは薬剤に関連するものであることを認識し、医療サービスの提供過程で起こりうる事故のリスクの軽減に対し、医薬品の専門家の立場から貢献していくことが必要である。
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また、一般用医薬品の販売に当たっては、薬剤の管理はもとより、他の医薬品を服用していないか、アレルギー体質でないかなどの確認を行い、適切な情報提供を行うとともに、必要に応じて受診を勧めるなど、国民が自らの健康を改善し維持しようとする努力を適切にサポートすることが求められている。
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一方、製薬企業等においては、患者・医療現場のニーズを踏まえた有効性・安全性の高い医薬品の開発、医薬品の副作用情報等の関係者への迅速かつ適切な提供等を行うにあたり、指導的役割とともに主体的な貢献をも果たすことが期待されている。
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さらに、医薬品の開発に関し、病院・診療所における倫理的かつ科学的な治験の実施のため、医薬品に関する知識に基づく治験薬の評価、副作用の予測など薬剤師の専門性が発揮されることが期待される。
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このように、薬剤師には、最適の薬物療法の提供、服薬指導、医療安全対策、一般用医薬品の適正な販売、医薬品の開発など幅広い分野における役割があるとともに、在宅医療、介護、地域保健等に対しても、他の医療関係者と連携を図りつつ、医薬品の専門家としての貢献を図る必要がある。これらの役割を果たし、チーム医療の一員として社会のニーズに応えるためには、まず、薬剤師に求められる能力が何であるかについて考察を行う必要がある。 |
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薬剤師を取り巻く環境の変化を踏まえ、医薬品の開発、製造、流通及び市販後のすべての段階において、薬剤師がその役割を果たすことが求められているが、まだ、十分にその期待に応えられていないのが現状である。薬剤師が期待される役割を果たし、現状の課題や問題点を改善するためには、薬剤師として備えておくべき必須の能力を一層充実させる必要がある。
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薬剤師は、処方せんを受け取ってから患者に薬剤を交付するまでの、一連の調剤行為を正確に行えることはもとより、医薬品の専門家として、医薬品の品質・有効性・安全性の科学的評価を総合的な視野から行い、患者の治療計画全体を理解した上で、個別の患者に合わせた最適な薬物療法について医療関係者にアドバイスする能力が必要である。
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適切な服薬指導を行うためには、患者から必要な情報を得るためのコミュニケーション能力に加え、個々の患者で異なる病態、患者の心理、社会的背景等を理解する能力が必要である。
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また、病院・診療所の薬剤師はもちろんのこと、薬局の薬剤師についても患者に医療を提供する医療チームの一員として貢献するためには、医療関係者と十分な対話を行う必要があり、そのためには、各医療従事者の専門分野を理解する能力が必要である。
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さらに、医薬品に係る事故を防止するため、処方内容に関する疑義照会、誤投与の防止など医薬品に係る総合的なリスク管理能力が必要である。
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これらの能力は、製薬企業において、患者や医療現場のニーズを踏まえた有効性・安全性の高い医薬品の開発を行うにあたって、病院・診療所の医師等と十分な意思疎通を図り、薬剤の臨床における有効性・安全性の評価等を行い、副作用情報について適切に関係者に情報提供する上でも重要であると考えられる。
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薬剤師としては、このような能力を将来にわたって発展させることが必要である。
したがって、そのための基盤として、例えば、次のような基礎的な知識・技能・態度を教育課程で身につけておく必要がある。
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拡充するべき知識
「疾病・病態を理解し、治療計画等の医療全般を把握する知識」、
「臨床的な有効性・安全性の評価に関する知識」、
「最先端の生命科学の知識」 等 |
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身につけるべき技能
「薬物治療計画への助言・管理・評価」、
「医薬情報についての関係者とのコミュニケーション」、
「安全情報処理とリスク管理」、
「医薬品の専門家としての問題解決能力」 等 |
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必要な態度
「医療の担い手としての態度、倫理観」等 |
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欧米諸国においても、以上のような能力を養うために、教育課程における臨床面の強化が図られてきている。 |
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平成8年に作成された現行のカリキュラムである『薬学教育モデルカリキュラム』は、物理・化学・生物系の基礎薬学や薬理作用など、医薬品という物質を理解することを中心に構成されていた。
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一方、社会のニーズに応えることのできる薬剤師及び薬学研究者の育成を図るため、平成14年8月に作成された『薬学教育モデル・コアカリキュラム』においては、薬物治療に役立つ情報など、薬剤師が臨床で必要となる項目が拡充されており、薬剤師国家試験の受験資格として、本カリキュラムで示されたような教育内容を修了していることが必要である。
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この『薬学教育モデル・コアカリキュラム』は、平成8年に作成された『薬学教育モデルカリキュラム』より項目にして約4割程度増加している。また、従来から行われている項目についてもより深く学習する内容になっており、『薬学教育モデル・コアカリキュラム』を履修するだけでも4年間以上の期間を要すると考えられる。
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また、『薬学教育モデル・コアカリキュラム』に加え、「教養科目」、「卒業実習」、最低6ヶ月程度の「実務実習」、学生の選択に応えるための「選択科目」が必要である。
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これらを踏まえると、薬剤師養成としての薬学教育は、医療薬学及び臨床教育の充実した6年間の教育期間が必要である。なお、アメリカ、イギリス、フランス及びドイツにおいて、教養教育を含めた薬剤師養成教育が6年間であることを踏まえると、国際的な観点からみても妥当な期間である。
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薬剤師の養成は、臨床実習のほか、教育課程全体を通して薬剤師になることへのモチベーションを高めることの重要性を考慮すると、医療の担い手となるにふさわしい医療薬学及び臨床教育の充実した一貫した内容の教育課程とするべきである。
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なお、薬学教育は研究者等の養成も重要であることから、この点にも配慮する必要があるとの意見がある。 |
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病院における実務実習は、平成14年度において、受入学生数が8,566人、受入施設数が1714施設(4週間以上受入施設1045施設、4週間未満受入施設1151施設)となっており、ほとんどの大学で必修化されつつあるなど、近年、着実に充実されてきている。一方、薬局における実務実習は、受入学生数が平成14年度において3,154名、受入施設数が平成15年3月末において受入施設が約5000施設となっており、薬学生の入学定員が平成14年度において8,110人であることを踏まえると、まだ十分に実施されていない。
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長期実務実習を実現するためには、病院においては実習期間の延長、薬局においては受入施設の確保を図る必要がある。薬学部は付属病院を持たないため、学外において実習を行わなければならないという特性を踏まえると、一の大学に対し特定の一の研修施設という受入体制ではなく、全国的に調整を行うことが必要である。
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また、病院における長期実務実習については、病院長、病院開設者等の協力を求める必要があり、行政からも関係諸団体に対し必要な協力依頼を行うことが期待される。
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長期実務実習の実施へ円滑に移行するためには、現行の4年間の教育期間においても、期間は短くならざるを得ないものの、薬剤師免許取得を目指す全ての学生が、薬局及び病院において実習を行うようにするべきである。
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なお、実習施設の受入体制に関して、薬局については、日本薬剤師会が、薬学教育協議会との連携のもと、日本薬剤師会の地域ブロックが受入薬局を調整するシステムを構築している。一方、病院については、従来より薬学教育協議会が実習施設の調整を行ってきている。このような、受入体制の整備に関する取り組み等から考えて、長期実務実習は、数年間程度の準備期間があれば十分対応可能であると考えられる。 |
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実務実習は大学の教育課程で行われるものであるにも関わらず、これまで、受入施設に任されている面が強く、十分な実習が行われていないとの指摘がある。長期実務実習を実施するにあたっては、このような指摘を踏まえつつ、その質を確保する必要がある。
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実務実習の質を確保するためには、薬学の教育課程として実務実習を指導できる薬剤師を育成すること、受入施設が一定の基準を満たしていること、実務実習の成果について客観的に評価されることなどが重要である。
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指導を行う薬剤師の育成については、臨床業務を行っている薬剤師は教育経験が少ないこと踏まえ、薬剤師と大学が密接な連携を図りながら、指導できる薬剤師を計画的に養成していく必要がある。
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指導薬剤師の養成にあたっては、薬学の知識が現場でどのように活用されているのかを薬学生に理解させるという指導薬剤師本来の重要な役割に加え、精神的なサポートや学習の道筋を示すことなど、コーディネータとしての役割も大きいことにも配慮するべきである。
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また、実習の受入施設となる薬局・病院には、それぞれの施設間に差があり、一つの薬局又は病院で必要なすべての実習項目を行えない可能性がある。実習を均一の内容とするためには、複数の薬局・病院で実習を行うシステムを構築するなど、大学と薬局・病院が個別に契約をするのではなく、大学と薬局・病院が組織として対応する必要がある。なお、現在、日本薬剤師会においては、薬学教育協議会とともに、複数の薬局で実習を行うことを前提として受入体制を整備しており、日本病院薬剤師会においても、各地域におけるグループ制による受入体制を構築すべくモデル事業を行っているところである。
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今後、長期実務実習の受入体制を構築するに当たっては、薬剤師が医療チームの一員として活躍することが期待されていることを踏まえ、医療関係職種の業務を理解することを目的として、医師、看護師等をはじめとする関係者の幅広い協力を得る必要がある。
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また、実務実習をより質の高いものとするためには、実務実習を行う前提として、学生が基本的な知識・技能・態度を修得していることを確認することを目的とした共用試験(※)を実施することが有用と考えられる。 |