報道発表資料  トピックス  厚生労働省ホームページ
平成15年1月16日
厚生労働省食品保健部
南 監視安全課長
担当 道野、美上(内2477)

鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査結果について

 鯨由来食品中のPCB・水銀の汚染実態調査等に関して、平成13年度厚生科学特別研究「鯨由来食品の有害化学物質によるヒト健康に及ぼす影響に関する研究」(主任研究者:豊田正武国立医薬品食品衛生研究所食品部長:当時)の調査結果がまとまった。その概要等は下記の通りである。

1 汚染実態調査の結果
(1) 一般市場に流通している鯨由来食品の大半(50%以上)を占める南極海ミンククジラのPCB・水銀濃度は低く、
(2) 汚染濃度は鯨の種類や部位により大きく異なるが、ハクジラ類(ツチクジラ、イシイルカ等)の脂皮、肝臓等には濃度の高いものがあった。

表1.鯨類の汚染実態調査結果の要約

  部位 PCBs (ppm) 総水銀 (ppm) メチル水銀 (ppm)
平均 最小 最大 検体数 平均 最小 最大 検体数 平均 最小 最大 検体数
ツチクジラ
(三陸沖、オホーツク海)
筋肉 0.14 0.07 0.24 5 1.2 0.44 2.6 5 0.70 0.37 1.3 5
脂皮 7.1 5.0 11 5 0.40 0.05 0.7 5 0.04 0.01 0.10 5
心臓 0.05 0.05 0.05 2 0.66 0.58 0.73 2 0.39 0.38 0.40 2
肝臓 0.09 0.08 0.09 2 14 7.1 21 2 0.23 0.17 0.28 2
小腸 0.05 0.03 0.06 2 0.37 0.27 0.46 2 0.07 0.05 0.09 2
ハンドウイルカ
(紀州沖)
筋肉 0.65 0.05 1.2 5 21 1.0 37 5 6.6 0.61 9.7 5
脂皮 21 0.83 47 5 4.0 0.36 7.9 5 1.4 0.25 2.5 5
肝臓 0.80 0.06 1.7 4 416 9.3 870 4 5.0 0.8 7.5 4
腸管 0.17 0.01 0.43 5 13 0.52 26 5 2.9 0.28 4.9 5
肺臓 0.67 0.03 2.5 5 32 0.49 68 5 2.0 0.24 3.6 5
イシイルカ*
(捕獲水域不明)
筋肉 0.26 0.02 0.66 4 1.0 0.74 1.2 4 0.37 0.02 0.67 4
脂皮 5.2 2.9 6.6 4 0.45 0.31 0.7 4 0.11 0.09 0.13 4
コビレゴンドウ*
(捕獲水域不明)
筋肉 0.74 0.09 1.6 4 7.1 4.7 8.9 4 1.5 0.45 2.3 4
脂皮 8.0 0.27 25 4 4.6 2.4 8.9 3 0.44 0.28 0.75 3
ミンククジラ
(南極海)
筋肉 0.0002 0.00008 0.0003 3 0.027 0.003 0.07 227 NA NA NA NA
脂皮 0.058 0.023 0.11 3 NA NA NA NA NA NA NA NA
腎臓 NA NA NA NA 0.045 0.004 0.33 228 NA NA NA NA
ミンククジラ
(北西太平洋)
筋肉 0.03 0.005 0.06 4 0.20 0.0 0.8 638 0.12 0.017 0.19 40
脂皮 1.8 0.29 4.9 17 0.0 <0.01 0.06 15 NA NA NA NA
腎臓 NA NA NA NA 0.8 0.01 4.1 638 0.04 0.004 0.08 40
ニタリクジラ
(北西太平洋)
筋肉 0.02 0.001 0.01 3 0.05 0.004 0.1 93 0.03 0.001 0.04 43
脂皮 0 0.03 0.21 3 NA NA NA NA NA NA NA NA
腎臓 NA NA NA NA 0.22 0.01 0.8 93 0.01 0.001 0.009 43
マッコウクジラ
(北西太平洋)
筋肉 0.08 0.02 0.15 3 2.1 0.9 4.6 13 0.7 0.45 1.1 5
脂皮 1.7 1.1 2.0 3 NA NA NA NA NA NA NA NA
腎臓 NA NA NA NA 60 3.6 250 13 1.1 0.53 1.6 5
*: DNA分析により決定したもの
NA:未分析
(注) ヒゲクジラ類: ミンククジラ、ニタリクジラなど
ハクジラ類: ツチクジラ、ハンドウイルカ、イシイルカ、コビレゴンドウ、マッコウクジラなど


表2.市場調査サンプルからのランダムサンプルの分析結果の要約(2000-2001年の2回分の合計)

鯨種* 部位 PCBs (ppm) 総水銀 (ppm) メチル水銀 (ppm)
平均 最小 最大 検体数 平均 最小 最大 検体数 平均 最小 最大 検体数
ミンククジラ
(南極海)
赤肉 0.01* n.d. 0.01 14 0.03 0.01 0.04 14 0.02* n.d. 0.03 14
畝須/ベーコン 0.04* n.d. 0.07 8 0.01* n.d. 0.02 8 0.01* n.d. 0.01 8
脂皮(塩漬け) 0.04 0.02 0.05 3 n.d.     3 n.d.     3
尾羽(オバイケ) n.d.     1 n.d.     1 n.d.     1
内臓(胃袋) 0.03     1 n.d.     1 n.d.     1
ミンククジラ
(北西太平洋)
赤肉 0.08     1 0.08     1 0.04     1
ニタリクジラ
(北西太平洋)
赤肉 n.d.     1 0.04     1 0.03     1
ツチクジラ
(北西太平洋)
脂皮(塩漬け) 6.0 5.3 6.6 2 0.40 0.28 0.5 2 0.04 0.03 0.05 2
イシイルカ
(北西太平洋)
赤肉 0.21 0.14 0.27 2 1.3 1.2 1.3 2 0.60 0.49 0.70 2
*: DNA分析により決定したもの

網掛け:暫定的規制値を超える数値
出典:「鯨由来食品の有害化学物質によるヒト健康に及ぼす影響に関する研究」(平成13年度厚生科学特別研究)


(参考)総括報告書の「E.まとめ」(抜粋)

わが国には古来より鯨を食べる食文化が定着しており、国民全体から見た鯨の摂取量は魚介類と比べ1g以下と極めて少ない。
鯨肉は高蛋白質、低脂肪で、アミノ酸スコアも高く、低アレルギーであり、また含硫アミノ酸や鉄含量が多く、さらにその脂質は低コレステロールで、不飽和脂肪酸が多く含まれ必須脂肪酸も多い。
鯨のPCB及び水銀による汚染濃度は、鯨の種類や部位による違いが極めて大きく、規制値を超えているものもあることから、より詳細な調査の下に食用に適当な種類と部位あるいは不適当な種類と部位を明らかにする必要がある。
生原料としてのミンククジラなどヒゲクジラ類の赤肉はPCB及び水銀汚染も少なく、食用できると考えられるが、特にハクジラ類の皮部や内臓は汚染が多く、食用とするには何らかの摂食指導が必要と考えられる。
鯨は加工品として食べられることが多いが、加工品にもPCBあるいは水銀汚染濃度の高いものが見られる。加工処理の汚染への影響を調べた結果、水銀濃度は加工によりほとんど変化しないが、PCB濃度はサラシ加工で減少することが明らかとなり、PCB濃度の減少にサラシ加工は有用である。
鯨多食者、妊婦、新生児、乳幼児、子供等のハイリスク群については、摂食制限の必要のある鯨食品があればその必要根拠を開示する等の科学的な安全性の対策を取る等鯨の摂取についての注意喚起や摂食指導が必要である。
鯨の種類、捕獲地域によってPCB、水銀による汚染が大きく異なることから、鯨全体に対して一律の摂取制限等を設定するのは合理的ではないため、ハイリスク群である妊婦や小児については、摂食制限の必要のある鯨食品があればその情報を開示するとともに当該鯨食品の摂取を控えることを提案する。
市販の鯨製品については鯨の種類の名称等に不適切な場合が多くみられることから、表示の改善を強く指導すべきである。

2 厚生労働省の今後の対応
(1)鯨類(特にハクジラ類)については、農林水産省と連携してさらに汚染実態調査を行う。
(2)妊産婦、若齢者、鯨類を含む魚介類多食者に関しては、魚介類についての汚染実態調査に基づく水銀摂取量の推計を行う。
(3)これらの調査結果等を踏まえて、適切な食事指導の内容等必要な方策について検討する。
(4)農林水産省を連携して、鯨由来食品について鯨の種類と捕獲海域が表示されるよう指導する。
(注)厚生科学研究において1995〜1999年の我が国における通常の食事からの水銀の摂取量平均は、9.0μg/人/日と報告されており、水銀の暫定的摂取量である35.5μg/人/日の約3割である。



厚生科学特別研究

鯨由来食品の有害化学物質によるヒト健康に及ぼす影響に関する研究

総括研究報告書

主任研究者 豊田正武 国立医薬品食品衛生研究所 食品部長
(現 実践女子大学生活科学部 教授)
分担研究者 藤瀬良弘 (財)日本鯨類研究所 部長
赤木洋勝 環境省国立水俣病総合研究センター 国際・総合研究部長
小栗一太 九州大学薬学部 教授
浮島美之 静岡県環境衛生科学研究所 部長
協力研究者 高橋哲夫 北海道立研究所 課長
長南隆夫、佐藤千鶴子、橋本諭   〃
加藤秀弘(独法)水産総合研究センター 遠洋水産研究所 鯨類生態研究室長
井上正子 日本医療栄養センター センター長

A.研究目的

 現在わが国における鯨に由来する食品は、水産庁が調査捕鯨を実施している南・北太平洋のミンククジラ、国が採取の管理を実施しているハナゴンドウ、ツチクジラ等沿岸小型捕鯨、自治体が捕獲枠を設定しているイシイルカ等のイルカ漁業及び沿岸定置網からの混獲等、様々な種類に依存しているが、クジラ類の採取は水産庁が厳重に管理している。また、食形態としては赤肉、尾身等の骨格筋、畝須等の脂皮、内蔵等から生肉またそれらの加工食品が製造かつ販売されている。しかし、環境庁が環境指標動物としてクジラ類の有害化学物質を調査したところ、PCB及び水銀について高濃度の汚染が認められたと報告し、またノルウェーからのクジラの輸入も予定されている等わが国を巡る環境は変化しつつある。
 一方、食品汚染物としてのPCBや水銀は、昭和47及び48年に厚生省によりそれぞれ暫定的規制値が定められており、遠洋沖合魚介類でPCBが0.5ppm、魚介類の水銀が総水銀0.4ppm、メチル水銀として0.3ppmとなっている。クジラ、イルカ等の鯨類についてもこの暫定規制値が適用されているが、採取場所や消費地域が限定されていること及び摂食量が少ないこと等の理由により、それらの汚染状況や摂食によるヒトの健康に及ぼす影響等についての本格的な検討は、これまでほとんどなされていない。
 そこで本研究ではクジラ類由来食品について高濃度の残留が懸念されているPCB及び水銀の汚染状況を把握すると共に、この調査結果等を基にクジラ類由来食品のリスク評価を実施して食品衛生上の問題点を把握し、特に多食者や地域住民等のハイリスク者について、リスクコミュニケーションの一環として適切な摂食指導等の情報提供についても検討することとした。
 即ち、調査捕鯨による鯨類及び沿岸小型鯨類のPCB及び水銀(総水銀、メチル水銀)を部位別に測定し汚染状況を把握し、同時にクジラ類は尾身等生食されるものの他、ベーコンや畝須等に加工されて摂食されることが多いため、加工前後のPCBと水銀の消長を調査し、減少の有無を検証する。またこれらの濃度データと実際の摂食量調査をもとに、食品衛生上の問題点の整理と摂食指導のあり方を検討する。


B.研究方法

1.実態調査研究

 捕獲検体のツチクジラ4検体16試料、バンドウイルカ1検体24試料、イシイルカ1検体8試料及びコビレゴンドウ1検体8試料、市場調査試料のミンククジラ28検体、ツチクジラ2検体、イシイルカ2検体及びニタリクジラ1検体を試料として用いた。
 PCBの分析は、昭和47年1月29日付環食第46号及び昭和47年7月3日付環食第385号の「PCB分析法について」に記載された方法に従った。南極海及び北西太平洋鯨類捕獲調査事業で収集された鯨体のPCB分析は「食品汚染物質試験法」(衛生試験法・注解、日本薬学会(1990))に記載された方法に従った。
総水銀は、昭和48年7月23日付環乳第99号「魚介類の水銀の暫定的規制値について」に記載された方法及び同号に記載された代替法であるAOAC法に準じて分析した。南極海及び北西太平洋鯨類捕獲調査事業で収集された鯨体の総水銀の分析は還元気化原子吸光光度法により従った。
メチル水銀の分析は、昭和48年7月23日付環乳第99号「魚介類の水銀の暫定的規制値について」に記載された方法に従った。
また、粗脂肪はエーテル抽出法(昭和11年4月26日衛新第13号「栄養表示基準における栄養成分等の分析方法等について」に記載された方法)より求めた。
 検出限界は大部分のデータでPCB0.01ppm、総水銀0.01ppm、メチル水銀0.01ppm、粗脂肪0.1%であった。

2.加工影響調査

 南極海ミンククジラの畝須5試料と尾羽5試料、北西太平洋ツチクジラの赤肉5試料、北西太平洋ミンククジラの副産物7試料、ニタリクジラの副産物12試料、マッコウクジラの副産物30試料を用いた。これら原料からその加工品(ベーコン、オバイケ、タレ)を調製し、加工前後の濃度を比較し、加工による濃度変化を調べた。
 分析法は上記に従い、システイン処理は赤肉をすり身とし、0.5%システイン塩酸塩溶液に3回浸漬・ろ過処理を行った。

3.食品衛生上の問題点の整理

 PCB及び水銀に関するリスク評価に関連した我が国及び世界の規制の現状、毒性発現、人体への影響、鯨の汚染についての文献等から、両者の問題点を整理した。

4.リスクコミュニケーションの検討

 まず、鯨類由来食品の利用の歴史、鯨類関連漁業の現状、国内における鯨類由来食品の伝統的多食地域と摂食形態、消費流通の実態をレビューした。次いで、水銀とPCBの毒性と栄養条件との相互作用についての文献を調査し、これらの情報を元に望ましい鯨肉利用献立を作成した。最後に、日本人が鯨を安全に食べるための観点から諸外国の状況を調べ、リスクアナリシスの一環としてのリスク・コミュニケーションのあり方等をまとめた。


C.研究結果及び考察

1.実態調査

 ツチクジラ、バンドウイルカ、イシイルカ、コビレゴンドウ、マッコウクジラなど、主に魚類やイカ類などを主に餌生物として利用しているハクジラ類は、一般に、脂皮中にPCBが、また筋肉中に水銀が高濃度蓄積しており、そのレベルは昭和47〜48年に通知されたPCB及び水銀の暫定的規制値を上回っていた。
一方、ミンククジラ、ニタリクジラなど、低次の栄養段階にあるオキアミやコペポーダなどを主に餌生物として利用しているヒゲクジラ類では一般にPCBや水銀も低く、特に南極海のミンククジラではこれら有害物質の濃度は大幅に低く、暫定的規制値の10分の1以下であった。北西太平洋のニタリクジラについても同様に規制値以下と考えられたが、オキアミに加えてサンマやカタクチイワシなどの表層性魚類を多量に捕食している北西太平洋のミンククジラでは、脂皮中のPCBが規制値を越えるものが認められたが、同種の筋肉ではPCBや水銀濃度は暫定的規制値下回るものが殆どであった。
また、一般市場に流通している鯨類由来食品の調査により、現在店頭展示されている同商品の大半(50%以上)が南極海のミンククジラであり、これらの食品中のPCBや水銀濃度も低いことが明らかとなったが、これら食品は正確な鯨種を表示したものが非常に少なく(全体の16〜25%)、今後の正確な表示の徹底が図られる必要があろう。

2.加工影響調査

 鯨原料中に残留するPCB及び水銀(総水銀、メチル水銀)の食品加工工程における量的変化を明らかにするため、鯨類由来食品の原料(南極海ミンククジラの畝須、南極海ミンククジラの尾羽、北西太平洋ツチクジラの赤肉)とその加工品(ベーコン、オバイケ、タレ)を調製し、これらの濃度を比較した。
 原料中のPCB濃度は低く、特に南極海ミンククジラでは暫定的規制値を大きく下回っており、畝須では全てが検出限界(0.01μg/g)以下であった。また、ツチクジラの赤肉も規制値を超える試料は認められなかった。一方、総水銀及びメチル水銀はミンククジラ畝須及び尾羽において大きく下回り、全て暫定的規制値の50分の1から10分の1以下であったが、ツチクジラの赤肉ではすべての試料でこの規制値を超えており、最も高い試料では規制値の7倍以上の総水銀、9倍以上のメチル水銀が検出された。
これらの原料を加工したベーコン、オバイケ及びタレ中のPCB及び水銀濃度を、原料のそれと比較すると、南極海ミンククジラにおいては、ベーコンへの加工では総水銀では20〜30%減少したが、メチル水銀では逆に50〜400%上昇する傾向を示した。しかしながら、その濃度は、原料である畝と同様に、PCBや総水銀及びメチル水銀ともに暫定的規制値を大きく下回っていた。また、オバイケにおいても同様に暫定的規制値以下であることを示した。一方、ツチクジラ赤肉の加工品であるタレでは、総水銀及びメチル水銀はそれぞれ原料の21%及び29%濃度上昇が認められ、PCBでは145%の濃度上昇する傾向が認められた。
また、同様に北西太平洋鯨類捕獲調査で捕獲されたミンククジラ、ニタリクジラ及びマッコウクジラの加工品についても同様の検討を行った。これらの原料中PCB濃度は、ミンククジラの皮類(尾羽、畝須、本皮)及びマッコウクジラ尾羽、本皮、脳皮で暫定的規制値を上回り、ミンククジラ赤肉及びマッコウクジラ赤肉及び頭部の本床では規制値を下回っていた。また、ニタリクジラでは、全ての原料が規制値を下回っていた。一方、原料中の総水銀及びメチル水銀はマッコウクジラの赤肉を除いた全ての検体で規制値を下回っていた。
これらの加工品中のPCBは、ミンククジラのベーコン及び塩蔵皮を除く全ての加工品で暫定的規制値を下回っていた。また、ニタリクジラのマメ及びサエズリ等の加工(脱水)によって脂肪含有量が見かけ上増加する場合を除き、PCB濃度は一般に脂肪の減少とともに、減少しており、特にサラシ加工については、その効果が顕著であることが明らかとなった。一方、水銀は、マッコウクジラのコロ(総水銀及びメチル水銀)やニタリクジラのマメ(総水銀のみ)で規制値を上回っており、むしろ加工による脱水によって濃縮する傾向のあることが分かった。しかしながら、マッコウクジラの冷凍赤肉をシステイン溶液で処理した水銀除去実験の結果は、総水銀及びメチル水銀とも、約80%もの水銀が除去されることが分かった。

3.食品衛生上の問題点の整理

 我が国では、昭和43年に西日本においてPCBが混入したライスオイルによる食中毒油症事件が発生し、患者の主な症状は、眼脂過多、ニキビ様皮疹、爪の黒変あるいは皮膚色の変化・色素沈着など多岐にわたる。油症患者では、体重59 kg の人が120日間にわたってPCBを総量0.5 g摂取して発症したのが最少量とみなされている。この数値に動物と人の種差などいくつかの安全係数を掛けて、我が国のPCB暫定的耐容摂取量が定められている。PCBは脂溶性が高く、難代謝性の同族体が多く体内蓄積性が高いため、PCBによる健康影響を受ける可能性のあるハイリスク者は、妊婦、胎児、新生児・乳幼児である。油症事件の患者妊婦においては、原因ライスオイルの多量摂取による死産児が、認められている。油症妊婦胎児の特徴的な症状は、発育遅延と新生児油症と呼ばれる色素沈着である。免疫抑制作用と考えられる症状や経母乳油症児の症例も報告されている。またin vitroにおいて弱いエストロゲン様作用のあることも報告されている。
 PCBは脂溶性の化学物質であり脂肪の多い部分に蓄積するため、食物連鎖と共に濃縮され、メチル水銀と同様、食物連鎖の上位の鯨には蓄積しやすいと考えられる。PCBは主に鯨の皮の部位に蓄積され、赤肉にはほとんど蓄積されない。赤肉の部位はPCBは少なく、検出限界値以下のものもあったが、皮には赤肉よりも高濃度(数ppm単位)のPCBが検出されている試料もある。従って、クジラの食性、品種、部位による汚染実態を把握し、特にクジラ多食者のリスク低減への対策が必要である。
 わが国では過去に、不知火海沿岸および阿賀野川流域において2回にわたるメチル水銀による広域な環境汚染が発生し、不幸にも多数の犠牲者、中毒患者を出すなど取り返しのつかない大規模かつ悲惨な被害を経験した。これらの原因は、直接鰓からまたは食物連鎖を通じて魚介類にメチル水銀が濃縮され、これらの魚介類を地域住民が多食することにより発生したものである。水俣病の病像は中枢神経を中心とする神経系が障害されるメチル水銀による中毒性疾患で、主要な臨床症候は四肢末端の感覚障害、小脳性運動失調、求心性視野狭窄、中枢性眼球運動障害、中枢性聴力障害、中枢性平衡機能障害等である。また、母親が妊娠中にメチル水銀の曝露を受けたことにより、脳性小児マヒ様の障害を来す胎児性の水俣病も発生している。食品の中では魚介類の可食部に含まれる水銀の殆んどがメチル水銀(95〜100%)の形態で存在し、魚介類及びその加工品が日本人のメチル水銀の主要な曝露源である。メチル水銀曝露の指標として血液中メチル水銀濃度及び毛髪中水銀濃度も良く使用されている。
 厚生省は、1973年、内外の研究資料に基づき十分な安全率を見込んで検討した結果、体重50kgの成人の一週間のメチル水銀の暫定的摂取量限度を0.17mgと決め、これを前提とし、魚介類の毎日平均摂食量を108.9gとし、魚肉中メチル水銀濃度を0.3ppm以下とする魚介類の暫定的基準値を定めている。但し、当時のメチル水銀測定技術上の問題を考慮し、実際的な基準は総水銀量で定めることとし、当時の魚介類中水銀中メチル水銀の占める割合を約75%と仮定し、総水銀量として0.4ppmとする魚介類の暫定的基準値を定めている。
 クジラ肉中水銀濃度は種、大きさ(年齢)、捕獲地ごとに水銀含有量が異なり、厚生省が定めた暫定基準値を遥かに超えているものが多く、日本で食される対象クジラ毎の肉部のメチル水銀を測定するとともに、実際上の摂取量調査結果を踏まえた上で安全性の評価を行う必要がある。更にクジラ内臓中水銀濃度は種、大きさ(年齢)、捕獲地ごとに水銀含有量が異なるが異常に高い水銀濃度を持つ事例がみられ、クジラ肉以上に安全性上の評価に対する配慮が必要である。特に胎児はメチル水銀曝露に対するリスクが成人よりはるかに高く、魚介類を多食する集団及びメチル水銀汚染の危惧される地域住民では、妊娠可能な年齢にある女性への考慮が最重要項目とされている。平均的な日本人はフェロー諸島の人たちほどにはクジラ肉を食べる量は多くは無いと考えられるがクジラ肉摂食頻度の多い人に対してその回数の低減。妊婦及び小児に対してはクジラ肉の摂食を控えることの勧告が必要と思われる。特に、クジラ内蔵の摂食には厳重な注意が必要である。

4.リスクコミュニケーションの検討

4.1 鯨類の摂食実態と流通の現状

【背景】
鯨類はおよそ4500万年前に陸上哺乳類から分化し、現世鯨類はヒゲクジラ類(亜目)とハクジラ類(亜目)に大別され、最近の分類体系では2亜目15科83種に整理されている。
 我が国では食の観点から見れば鯨類は魚類の一部として認識され、有史以前より鯨食文化が認められている。16世紀中頃より組織的な捕鯨が中部地方で発祥し西日本に伝播し、突取り式捕鯨、網取式捕鯨、近代捕鯨を経て、世界に類を見ない鯨食文化が形成されてきた。また、このことは、食料科学の面からも我が国における食料原料の多様性を産みだし、また高蛋白低脂肪の健康食品供給の観点からも、鯨食文化は独自の地位を築いてきた。

【実態と分析】
伝統的な鯨多食地域は、年代や対象鯨類がことなるものの、和歌山県太地町、長崎県有川町、下関市ほか西日本に存在し、県単位で見ると、和歌山県、長崎県、高知県、山口県、大阪府、福岡県が伝統的鯨多食域である。一方、千葉県、岩手県、宮城県、北海道には現行漁業(小型捕鯨、いるか漁業)根拠地があり、やはり鯨の多食域を形成している。摂食形態は、対象種や臓器によって異なるが、ヒゲクジラ類は刺身やベーコン、ハクジラ類では煮込みやステーキとして食される。
 国際捕鯨委員会(IWC)の管轄する種類は、ヒゲクジラ全10種(学術区分では13種)とハクジラ類のマッコウクジラ及びキタトックリクジラ、計12種である。IWCの決議によって、現在商業捕鯨は停止されている。しかし、我が国は国際捕鯨取締条約八条に基づいて、鯨類捕獲調査を実施し、2001年現在、南極海でクロミンククジラ400頭、北西太平洋でニタリクジラ50頭、ミンククジラ100頭、マッコウクジラ10頭を捕獲している。
 我が国にはこのほか、IWC管轄種以外の鯨類を捕獲する小型捕鯨業(農林水産大臣許可漁業)とイルカ漁業(県知事許可漁業)があり、それぞれ中型及び小型のハクジラ類を捕獲している。また、2001年7月よりDNA登録ほかの手続きを行えば、混獲した鯨類の流通が可能になった。
 2001年度に我が国で生産された鯨由来食品は、およそ3,500〜4,100トン程度と推定され、国民一人あたりに換算した年間摂食量は、わずか28〜30gにすぎない。三手法によって求めた在庫市場に流通する鯨類由来製品は、南極海のクロミンククジラが流通の大きな部分を占めており(45.0〜51%)、次いで、イシイルカも全体の8〜20%に相当する量が市場に出荷されている。鯨類由来食品は我が国の伝統的食料源ではあるが、伝統的鯨食地域でさえ鯨類食品の摂取量は少なく、日常的な畜肉や魚類、さらに穀類と比べれば流通量、摂取量共に比較にならないほどの少ない。また、全国流通は大半が南極産の汚染度の低いヒゲクジラ類であり、その他の生産物はきわめてローカル色の強い食材である。
 こうした希少流通(摂取)食品を、日常的食品の基準で取り扱うことは妥当ではなく、また鯨由来食品の危険性が科学的に明らかになっていない状況下で、これまた日常食品と同基準でのプレコーショナルな扱いも妥当とは考えにくい。
 2001年7月の省令改正によって定置網による混獲鯨が合法的に一般市場に流通できるようになり、今後はこのような混獲鯨の流通が増加することが予測される。しかし、これらのクジラもすべてがDNA登録されているので、市場調査における鯨種判別とともに個体識別も同時に行うことで、密漁や密輸の監視のみならず、鯨製品の流通過程を調べることが可能である。
 鯨製品の店頭展示品の大半が鯨種及び産地が十分に明記されておらず、全鯨製品の60−75%が鯨種名の表示がない。また、全体のおよそ10%程度が誤った鯨種名が表示されており、正しい鯨種が表記されたラベルは16−25%にすぎない。

【今後の課題】
以上の実態分析から、今後以下の点を検討すべきと考えられる:
(1) 鯨種、生産物の部位、海域による汚染物質の蓄積度は異なっており、消費者が種類、海域、臓器を認識できるようなラベル表示の導入。
(2) それらを消費者が判断できるバックグランド情報を与える。科学的分析の次第によっては、摂食頭指導等を含む指導も盛り込む。
(3) しかし、摂食指導等規制を強化する場合には、事前に伝統的鯨食地域における、鯨種臓器別摂取量と病理学的調査を実施することが必要。
鯨類関連漁業は、資源科学的な事実ではなく、政治上の問題や過激な動物愛護や環境運動の標的として過剰な批判にさらされてきた歴史もあり、通常の食料源生産産業に比べ、環境団体の攻撃対象とされやすく、イメージが先行しやすい体質を持っている。従って、鯨類関連漁業は潜在的にイメージや風評に弱い体質があり、どのような摂食規制をとるにせよ、業界が受ける打撃は大きく、規制もしくは批判イメージが過度の場合には業界が壊滅することも覚悟しておく必要がある。従って、安全性の基準設定は、十分に科学的であり且つ妥当、そして、生産者自らも納得する科学的な根拠に立脚することが望まれる。

4.2 水銀・PCBの毒性と栄養条件との相互関係及び望ましい献立作成の研究

 食品成分表では肉類に分類される鯨は、食物としてのメリットとデメリットの両者及び含まれる環境汚染物の体内動態を十分理解してから食品として利用するべきである。即ち、鯨食のメリットは、鯨肉が高蛋白質、低脂肪で、アミノ酸スコアも高く、低アレルギーであることも知られ、またメタロチオネイン合成に必要な含硫アミノ酸が多いことである。さらにその脂質は低コレステロールで、不飽和脂肪酸が多く含まれ必須脂肪酸も多く、鉄含量も高い。一方、鯨食のデメリットは、まず水銀汚染であり、プランクトン食のヒゲ鯨類(ミンククジラ、ニタリクジラ等)では内臓を除いて水銀含量は低いが、魚を食べる歯鯨類(マッコウクジラ、イルカ等)では水銀含量が高くなっている。従ってミンククジラ等ではそれらの内臓以外は食べても問題はないと推察される。一方メチル水銀についてはその生体内代謝に関連した食品成分が知られており、フィチン酸は吸収阻害、セレン及びメタロチオネインは毒性発現を抑制する。第2のデメリットであるPCB汚染は、脂肪含量の多いクジラの皮脂で高く、赤肉では少なくなっている。PCBの動態に関連した食品成分として,VA、VC、高アミノ酸スコア、飽和脂肪酸の多い植物油が毒性発現の抑制に役立っている。また食物繊維やクロロフィルはPCBの吸着排泄を促進している。
 そこでこれら鯨肉の特徴を生かし、PCBやメチル水銀の吸収を阻害し、また毒性発現を抑制する栄養素等を含む食品と組み合わせて摂取することにより、鯨肉食による環境汚染物の健康へのリスクを低減させるための献立(環境汚染対策メニュー)を考案した。例として、鯨の三色揚げ、鯨汁、ガーリックソテー、鯨のたたき、鯨のカルパッチョ、鯨の八幡巻き、鯨の冷しゃぶ、鯨と豆のサラダ等のメニューを作成した。

4.3 リスクコミュニケーション

 海外での鯨、魚類を摂食することによるPCB及び水銀に起因する健康被害の調査事例として、デンマーク領フェロー諸島住民のヒレナガゴンドウ肉の摂食による健康影響評価と、セーシェル諸島住民の魚摂食による健康影響評価を紹介した。また、米国FDAが魚に含まれる水銀の危険性について、妊娠中の女性、将来妊娠する女児のための重要なメッセージとして消費者に魚の摂取制限と注意を喚起した内容と、米国EPAが主催した化学的に汚染された魚を食べることの健康に対する影響についての全国リスク・コミュニケーション会議の概要についても紹介した。
 食品の安全性に関する規格基準を作成する場合、リスクアナリシスの手法に基づいて行うことが国際的に認識されている。このリスクアナリシスは、リスクアセスメント、リスクマネジメント、リスク・コミュニケーションの3つの要素から成りたち、特にリスク・コミュニケーションは重要な作業となっている。日本人が鯨を安全に食べるための、リスクアナリシスの調査内容、政策内容、リスク・コミュニケーションの作業の進め方等についての記述を行った。
さらに、鯨の種類、捕獲地域によるPCB及び水銀汚染状況の概要、鯨の摂食制限の必要性、鯨製品の表示とDNA 鑑定を用いた鯨種判別による市場監視、ダイオキシン類の一部であるコプラナーPCBとしての食品衛生上の評価等の項目について記述し、鯨を摂食することのリスクメッセージ作成と今後の対応について考察した。


D.結論

1.実態調査結果

鯨類由来食品の原料となる鯨種について各部位の有害物質の汚染状況を調べたところ、捕獲調査(調査捕鯨)で捕獲されているヒゲクジラでは、一部をのぞき、総水銀、メチル水銀及びPCB濃度はともに低く、特に、一般市場にも多く流通している南極海ミンククジラは、どの部位をとっても、規制値の10分の1以下である傾向を示していた。
一方、小型捕鯨やイルカ漁業が対象としているハクジラ類(ツチクジラやイシイルカ、コビレゴンドウなど)やマッコウクジラは、脂皮では主にPCBが、筋肉では主に水銀がともに高く蓄積されており、これらは、昭和47年から48年に定められた暫定的規制値を大きく上回っていることが確認された。
 また、一般市場に流通している鯨類由来食品の調査により、現在店頭展示されている同商品の大半(50%以上)が南極海のミンククジラであり、これらの食品中のPCBや水銀濃度も低いことが明らかとなった。PCB及び水銀の蓄積量は、鯨種や海域によって異なっていることから、前記したように市場流通食品に鯨種の正確な表示がなされていない(正確な表示は全体の16〜25%)ことは、消費者への情報提供の面から支障があり、今後の正確な表示の徹底が図られる必要があろう。

2.鯨類由来食品の原料32試料及びその加工品及び試験品47試料について、それらに残留するPCB及び水銀(総水銀、メチル水銀)を調査した。
 南極海ミンククジラの尾羽と畝須、並びにその加工品であるオバイケとベーコンは、原料加工品ともに、PCBや水銀の暫定的規制値を大きく下回っていた。
 その他の原料中のPCB濃度は、北西太平洋のミンククジラやマッコウクジラの原料の中には暫定的規制値を超える試料が認められた。また、総水銀及びメチル水銀濃度はツチクジラ赤肉及びマッコウクジラの赤肉で規制値を上回っていた。
一方,加工品では、北西太平洋ミンククジラのベーコンや塩蔵皮でPCBが、またツチクジラのタレやマッコウクジラのコロ、ニタリクジラのマメで水銀が規制値を上回っていた(ニタリクジラのマメはメチル水銀が暫定的規制値を下回っていたため、規制以下と判断された)。
 PCBの除去については、脂肪分を流失させる加工法、特にサラシ加工が有効であることが分かった。一方、水銀については、現在の加工法の中には有効なものが認められなかった。水銀についてはシステインによる脱水銀の方法のあることが報告されていることから、同溶液を用いた水銀除去実験を行ったところ、この方法が有効であることが分かった。しかしながら、食品添加物としてのシステイン溶液の使用には現在のところ、制限があり、同方法を実際に適用するためには、所定の検査等を受ける必要がある。

3.食品衛生上の問題点について(摂取可能量の計算)

 水銀の暫定的耐容摂取量は35.5μg/人/日であり、わが国における通常の食品からの水銀の摂取量は厚生科学研究の1995〜1999年の平均値では9.0μg/人/日であることから、水銀摂取が可能な余裕量は26.5μg/人/日となる。従って、本研究の調査結果から、南極海ミンククジラの場合筋肉の水銀の平均濃度は0.027μg/gであるから、摂取可能な南極海ミンククジラの筋肉量は981gとなる。また北西太洋ミンククジラの筋肉の水銀濃度は平均0.20μg/gであるから、摂取可能な筋肉量は132gとなる。一方、ニタリクジラの筋肉の平均水銀濃度は0.05μg/gであるから、摂取可能な筋肉量は530gとなる。よって、ミンククジラ等低汚染鯨赤肉の摂取は1日約100g以内にすれば毎日食べ続けた場合においても耐容摂取量内におさまることになる。
 PCBの暫定的耐容摂取量は250μg/人/日であり、わが国における通常の食品からのPCBの摂取量は同様の調査で平均値が1.1μg/人/日であることから、PCB摂取が可能な余裕量は248.9μg/人/日となる。従って、本研究の調査結果から、北西太平洋のミンククジラの脂皮中の平均PCB濃度は1.8μg/gであるから、摂取可能なこのミンククジラの脂皮量は138gとなる。またツチクジラの場合は平均PCB濃度が7.1μg/gであり、摂取可能量は35gとなる。バンドウイルカ、イシイルカ、コビレゴンドウの場合は平均濃度が21、5.2、8.0μg/gであることから、摂取可能な量は12g、48g、31gとなる。よって、PCB汚染濃度が2μg/g以下の汚染の鯨脂皮の摂取は1日約100g以内、5μg/g以上の高汚染の鯨脂皮の摂取は10〜50g以下にすれば毎日食べ続けた場合においても耐容摂取量内におさまることになる。

4.リスク・コミュニケーション

 我が国では有史以前より鯨食文化が認められ、16世紀中頃より組織的な捕鯨が中部地方で発祥し、近代捕鯨を経て、高蛋白低脂肪の健康食品供給の観点からも世界に類を見ない鯨食文化が形成されてきた。即ち伝統的な鯨多食地域では、摂食形態は対象種や臓器によって異なるが、ヒゲクジラ類は刺身やベーコン、ハクジラ類では煮込みやステーキとして食される。2001年度に国民一人あたりに換算した年間摂食量は、わずか28〜30gにすぎない。また在庫市場に流通する鯨類由来製品は、南極海のクロミンククジラが流通の大半を占め、次いで、イシイルカが2割弱となっている。こうした希少流通(摂取)食品を、日常的食品の基準で取り扱うことは妥当ではない。また、鯨類関連漁業は潜在的にイメージや風評に弱い体質があり、安全性の基準設定は、十分に科学的であり且つ妥当、そして、生産者自らも納得する科学的な根拠に立脚することが望まれる。
 従って、今後鯨を摂食することの安全性を考える上で、リスク・コミュニケーションは重要な作業となる。鯨多食地域の人々、消費者グループ等の不安の多くは正確な情報が不足していることから生ずる。リスクアセスメントの綿密な調査結果から、摂食してはいけない鯨食品があれば市場から排除し、また妊娠の可能性のある女性等に対しては、摂食制限の必要のある鯨食品があればその必要根拠を開示する等、科学的な安全性の対策をとるとともに、各関係者の対話によるリスク管理を行うためリスク・コミュニケーションの確立が望まれる。
 南氷洋で調査捕鯨により捕獲されたクロミンククジラにはPCB、水銀による汚染が全くない一方で、各種のイルカを含むハクジラ類には汚染されたものがあるように、鯨の種類、捕獲地域によってPCB、水銀による汚染が大きく異なる。そのため鯨全体に対して一律の摂食制限等を設定するのは合理的でない。更に、日本人は鯨以外にも水銀、PCBをある程度含んでいる魚類を多く摂取するため、暴露量評価、リスク解析を行ったうえで、汚染度別にグルーピングされた鯨種(捕獲地域も含む)の摂食量を設定することが必要と考える。またPCB、水銀等について影響を受けるリスクの大きい女性、子供等については、鯨を安全に食べるための特別なメッセージが必要となろう。さらに水銀の含有量が特に高い各種のイルカを含むハクジラ類の腎臓、肝臓等の内臓は、加工品も含めて流通・販売を禁止すべきと考える。
 鯨種、捕獲地域によってPCBと水銀の汚染レベルが大きく異なることから、鯨製品の表示は、鯨種、鯨の捕獲地域等についての明確な表示を行う必要があり、特別な表示規定を作成するのが望ましい。また市場にある鯨加工品のDNA 鑑定による鯨種判別の監視体制が確立されることも重要と考える。


E.まとめ
わが国には古来より鯨を食べる食文化が定着しており、国民全体から見た鯨の摂取量は魚介類と比べ1g以下と極めて少ない。
鯨肉は高蛋白質、低脂肪で、アミノ酸スコアも高く、低アレルギーであり、また含硫アミノ酸や鉄含量が多く、さらにその脂質は低コレステロールで、不飽和脂肪酸が多く含まれ必須脂肪酸も多いことから、鯨食には極めて健康上望ましいメリットが多い。
鯨のPCB及び水銀による汚染濃度は、鯨の種類や部位による違いが極めて大きく、規制値を超えているものもあることから、より詳細な調査の下に食用に適当な種類と部位あるいは不適当な種類と部位を明らかにする必要がある。
生原料としてのミンククジラなどヒゲクジラ類の赤肉はPCB及び水銀汚染も少なく、食用できると考えられるが、特にハクジラ類の皮部や内臓は汚染が多く、食用とするには何らかの摂食指導が必要と考えられる。
鯨は加工品として食べられることが多いが、加工品にもPCBあるいは水銀汚染濃度の高いものが見られる。加工処理の汚染への影響を調べた結果、水銀濃度は加工によりほとんど変化しないが、PCB濃度はサラシ加工で減少することが明らかとなり、PCB濃度の減少にサラシ加工は有用である。
鯨食によるPCB及び水銀の1日摂取量は、鯨の1日喫食量が少ないためそれ自体単独での摂取リスクは低いと考えられるが、他の魚類の喫食によるPCB及び水銀の摂取量が多いことを勘案すると、鯨多食者等の場合には考慮が必要である。
鯨多食者、妊婦、新生児、乳幼児、子供等のハイリスク群については、摂食制限の必要のある鯨食品があればその必要根拠を開示する等の科学的な安全性の対策を取る等鯨の摂取についての注意喚起や摂食指導が必要である。
ハイリスク群である多食者については、鯨摂取による総合的なリスクを考え、鯨食の回数の低減や毎日摂取し続ける者には1日摂取量を100g以下に押さえることを提案する。
鯨の種類、捕獲地域によってPCB、水銀による汚染が大きく異なることから、鯨全体に対して一律の摂取制限等を設定するのは合理的ではないため、ハイリスク群である妊婦や小児については、摂食制限の必要のある鯨食品があればその情報を開示するとともに当該鯨食品の摂取を控えることを提案する。
市販の鯨製品については鯨の種類の名称等に不適切な場合が多くみられることから、表示の改善を強く指導すべきである。


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