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第1章 自殺の現状と自殺予防対策の必要性
第1節 自殺の現状
 厚生労働省人口動態統計によると、自殺死亡数は、平成9年の23,494人(男性15,901人、女性7,593人)から平成10年に31,755人(男性22,349人、女性9,406人)と急増した。平成13年の人口動態統計によると、自殺は、死因の第6位、男女別に見ると、男性で第6位、女性で第8位となっている。近年の自殺の急増は、45〜60歳の中年男性の自殺死亡数の増加によるところが大きい。
 自殺の原因・動機としては、健康問題が最も多く、経済・生活問題、家庭問題がこれに続く(警察庁「自殺の概要」)。特に、平成9年及び10年においては、経済・生活問題、勤務問題を動機とした自殺や無職者の自殺が顕著に増加している。一方、生命的危険性の高い手段により自殺を図ったものの、幸い救命された者について、うつ病、統合失調症(精神分裂病)及び近縁疾患、アルコールや薬物による精神や行動の障害等の精神疾患を有する者の割合が75%で、中でもうつ病の割合が高いと報告されており、自殺は、精神疾患と強い相関関係があることが示唆されている。

第2節 自殺の背景
1.自殺増加の時代背景
 現在、幸せの「ものさし」が変わってきており、物質的豊かさを求めるという時代は終わりつつある。所得・生活水準の向上により、物質的欲求は満たされつつある一方、生きる意味・希望といった精神面での欲求が満たされ難くなっている面もある。また、職場や地域においては、人と人とのつながりや絆が薄れ、仲間作りが困難な状況となっていることも多い。生きる不安や孤独感を抱え、誰にも相談できないような状況になると、さらに大きな精神的苦痛がもたらされる。さらに、社会環境が大きく変化し、これまでの堅固な価値観が失われる中、この変化にどう適応するのかという現代人の心の悩みは大きい。一方で、長びく不況を背景として、将来に対する漠然とした不安も広がっている。このような大人のストレスは、家族内で子どもにも長期的に深刻な影響を及ぼすことも懸念される。

 自殺死亡数を急増させた中年男性一般に目を向けると、いわゆる「中年危機」問題がある。長年、社会生活を送る中、自らの能力の限界や行き詰まりを感じ、また、健康上の問題も顕在化してくる。さらに、子どもの自立、配偶者との関係の変化、親の病気や死等、家族の問題も重なる時期であることから、心の健康問題を抱えやすい。また、男性は女性に比べて相談すること自体が恥ずかしいと考え、相談することについて抵抗感が大きく、問題を深刻化しがちであるという指摘もある。

2.自殺に至る心理
 人が自殺に至るまでには、さまざまな背景と複雑な心理的過程がある。自殺の真の理由を知ることは難しい。また、自殺を自由意思の現れや個人の選択として捉える見方もある。しかし、自殺した者の心理を分析していくと、自殺を自ら選んだのではなく、追い詰められ、どこにも行き場がなくなり、唯一の解決策が自殺しかないという状態に追い込まれる過程が見えてくる。さらに、社会的なつながりの減少や自分が生きていても役に立たないという意識、いわゆる役割喪失感から、危機的な状況にまで追い込まれてしまう過程、あるいは逆に、役割を背負いすぎて、耐えきれなくなるといった過程も明らかになる。また、このような過程でうつ病を発症し、正常な判断ができなくなることも多い。自殺は、自由意思に基づく行為というよりは、いわば「追い込まれての死」であると考えられる。

 このような状態に追い込まれる前に周囲の人に相談できれば、また、追いこまれても、“もう死んでしまいたい”という本人のサインに周囲の人が気づくことができれば、自殺に至ることを回避することができると思われる。

 自殺のリスク(高橋祥友委員:「自殺のサインを読みとる」)
1) 自殺未遂歴自殺未遂の状況、方法、意図、周囲からの反応等を検討。
2) 精神疾患の既往気分障害、統合失調症、人格障害、アルコール依存症、薬物依存症等。
3) サポート不足未婚者、離婚者、配偶者との別離。近親者の死亡を最近経験。
4) 性別自殺既遂者:男>女 自殺未遂者:女>男
5) 年齢年齢が高くなるとともに、自殺死亡率も上昇する。
6) 喪失体験経済的損失、地位の失墜、病気や外傷、近親者の死亡、訴訟を起こされる等。
7) 自殺の家族歴近親者に自殺者が存在するか?(知人に自殺者を認めるか)
8) 事故傾性事故を防ぐのに必要な措置を不注意にも取らない。慢性疾患に対する予防あるいは医学的な助言を無視する。

第3節 なぜ、自殺予防対策を実施するのか

 自殺は、本人にとってこの上ない悲劇であるだけでなく、家族や周囲の者に計り知れない大きな悲しみや困難をもたらすものである。また、社会全体にとっても大きな損失となる。したがって、効果的な予防対策を実施することは緊急の課題である。

 精神科医の臨床経験によると、「自殺したい」と訴える人は、「死にたい」と言いながらも「生きたい」という気持ちとの間を非常に激しく揺れ動いており、深い苦しみや不安を抱えている。また、うつ病を発症して、死にたい気持ちが出てきた人であっても、治療が効を奏し、死にたい気持ちが消えてしまうということが多い。このように、「死にたい」という人を救う方策は存在しており、これに基づき、自殺予防対策を行う必要がある。

 自殺は、周囲の者にもさまざまな影響を与える。特に、子どもの自殺は、家族や友人に長期間にわたる精神的な影響を与え続け、また、親の自殺は、子どもの心に大きな傷や自責感を残すことも多い。「あしなが育英会」で活動する自殺死亡者の遺児の一人が、「他の人に自分達と同じような苦しみはさせたくない。そういう思いから、自殺者を減らしたいという思いに駆り立てられて、ずっと自殺予防のための活動をやってきました。」と語ったように、家族や周囲の悲しみや苦しみは計り知れない。このような不幸な事態を防ぐ意味で、自殺予防対策の必要性は大きい。


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