戻る
はじめに

 我が国の産業構造、職業構造が変化する中で、労働者の職業意識の変化、企業の人事管理システムの変化及びこれらを背景とする労働移動の増加等、労働市場に変化が生じてきている。また、完全失業率が5%にせまる高水準で推移するなど、雇用失業情勢も依然として厳しい。こうした中で、安定した雇用の維持・確保とともに、労働移動を円滑に進めていくための労働力需給調整機能の強化が雇用対策の中で緊急の課題となっている。
 本委員会は、官民一体となった労働力需給調整機能強化の観点から、職業選択、円滑な労働移動、職業能力開発等を支援する職業情報の収集・提供のあり方について検討し、官民の職業情報提供機能を共通する基盤のうえに強化・充実する方策を提言するため、平成12年9月から平成13年3月までの間に開催されたものである。
 この間、並行して部会による情報ニーズ等の調査、海外の現状調査を実施し、これらを踏まえて、今後の職業情報のあり方について、高度情報通信技術の活用を含めた幅広い視点から具体的検討を行い、今般、検討結果を取りまとめて報告書を公表することとした。
 この報告書の趣旨に基づき、今後、職業情報の収集・提供の総合的な環境整備に向けて、官民により積極的な取組がなされることを期待するものである。

平成13年3月

官民職業情報検討委員会
座長 木村 周


官民職業情報検討委員会 委員

(平成13年3月31日現在)

木村 周 拓殖大学 教授(座長)
大久保 幸夫 株式会社リクルート ワークス研究所 所長
岡本 英雄 上智大学文学部社会学科 教授
木ノ内 博道 株式会社学生援護会 理事
佐々木 和行 (株)ケンブリッジリサーチ研究所 代表取締役社長
松井 博志 日本経営者団体連盟 労務法制部労務管理課長
宮部 寿一 日本労働研究機構 統括研究員
伊岐 典子 厚生労働省職業安定局 業務指導課長
市川 和通 厚生労働省職業安定局 業務指導課主任中央職業指導官
生田 正之 厚生労働省職業安定局 民間需給調整課長
大本 棟弘 厚生労働省職業安定局 労働市場センター業務室主任システム計画官

(部会委員)
宮部 寿一 日本労働研究機構 統括研究員
石井 徹 日本労働研究機構 主任研究員
西澤 弘 政策研究大学院大学 教授
松本 純平 日本労働研究機構 主任研究員
松本 真作 日本労働研究機構 主任研究員
室山 晴美 日本労働研究機構 研究員


目次

I 検討の趣旨

職業名を中心とする職業情報をめぐる動向

(1)職業紹介機関の拡大と職業情報
(2)多様な職業情報提供の必要性
(3)情報化の進展
官民職業情報検討委員会の目的

II 職業情報をめぐる現状

A 我が国における職業情報の現状とニーズ

聞取り調査

(1)調査概要
(2)結果概要
質問紙調査
(1)調査概要
(2)結果概要

B アメリカの職業情報をめぐる現状

必須の情報としての従来からの職業情報

(1)職業辞典
(2)必須の情報としての職業情報
最近の動き
(1)職業情報収集体制の見直し
(2)O*NETとは
(3)O*NETの効用・効果
(4)インターネットにおける求人・求職の情報基盤としてのO*NET
(5)米国労働省が提供する求人・求職に関する総合的情報サイト
(6)企業情報システムとしての共通コードの必要性
(7)米国における職業コード
(8)O*NET、CareerKit等の開発要員、体制等
米国における職業情報整備

III 職業情報をめぐる今後の方向性

今後の職業情報をめぐる視点

(1)多様な職業情報の整備
(2)職業情報における職業名の意義と方向性
(3)横断的な職業情報の整備による関連職業の把握
(4)情報の鮮度の保持
(5)明示できていない情報の明確化
(6)職業情報を使いこなす技術
(7)職業能力開発を支援する職業情報
今後の方向性
(1)職業情報の基礎的データベースの構築
(2)基礎的データベースを活用した支援システムの構築
(3)官民共通職業名の整備
取組の手順
(1)基礎的データベースの構築に向けた検討
(2)支援システムの検討
(3)具体的展開
配慮が求められる関連事項
(1)「しごと情報ネット」の取組
(2)関連した分野での情報整備の取組との連携
(3)職業能力評価システムの整備
(4)人的支援の必要性
(5)求人票、求職票等への反映


I 検討の趣旨
1 背景

(1) 職業紹介機関の拡大と職業情報

 従来、公共職業安定機関が主として行うこととされていた職業紹介、就職支援については、さまざまな形で民間機関における拡大がみられ、平成11年7月の職業 安定法改正以後、名実ともに、公共及び民間の各機関がその特性、活力等を活かし、労働力の需給調整を円滑、的確に行うこと、また、そのための基盤整備が必要であることの認識が高まってきている。
 これまで、旧労働省は改正前の職業安定法に基づき、「労働省編職業分類」を作成し、公共職業安定所における職業紹介や労働統計・調査などに使用してきた。また、これは民間の労働力需給調整機関においても適宜参考にされてきたが、改正職業安定法第15条においては、職業安定局長は官民を問わず職業紹介事業等に共通して使用されるべき標準職業名を定め、普及に努めることとされた。
 こうした中で、職業名を中心とする職業情報の現状をみると、民間の労働力需給調整機関は、求人・求職の動きを敏感に反映した独自の職業区分の設定等、それぞれ独自の職業分類体系を発展させている。これらは、それぞれの目的に添った形で整備されており、それぞれの利用に当たって非常に使いやすい、分かりやすいものになっているが、相互の共通性は乏しい。また、多くは、職種名のみ、あるいは簡単な職務内容の記述程度にとどまっており、求人・求職者がその意志決定の際に必要とする様々な情報ニーズに対応できているとは言い難い面もある。また、民間機関が使用する職業分類体系と「労働省編職業分類」との間で、必ずしも照合が可能とは言えない。

(2) 多様な職業情報提供の必要性

 産業構造の比重が情報・サービス分野にシフトし、精神的活動が仕事内容の大きな部分を占めるようになってきている現状では、職業情報の捉え方も、使用する道具や原材料・設備、製品・サービスの種類と強く結びついた職業名中心の考え方から、新たな展開が求められるようになってきている。
 一方、労働移動を積極的に捉え、転職を経験しながらキャリアを形成していくという意識も拡大しており、また、企業内外の円滑な労働移動も図りつつ中高年齢者の経験や能力を積極的に活かすことが課題となっている。こうした状況の下で、求職側の情報として能力・経験を的確に明示すること、求人側の情報として、仕事の特性(職務内容、職務遂行の要件など)だけでなく就業する人の特性(スキル、能力、適性など)を明らかにすることなど、円滑な労働移動を実現する観点から、いわゆる職種のみによらない、多様な職業情報の提供が求められてきている。

(3) 情報化の進展

 インターネットをはじめとする情報通信技術が急速に進展し、特に、情報のインターラクティブ性、多様な検索機能、現場情報の迅速な反映を可能とするネットワーク技術の進展が、手段としての情報化をもたらすのみならず、職業情報の質をも、静的なものから常に現場の状況の変化を反映した動的なものへ、また、多様な情報を有機的に組み合わせることが可能なものへといった変化をもたらす可能性が生じてきている。

2 官民職業情報検討委員会の目的及び進め方

 本検討委員会は、上記1の背景を踏まえ、官民にわたる労働力需給調整が円滑に進められていくための職業情報の提供のあり方について、広範な視点から検討することとした。
 すなわち、職業名は職業情報の基本的な情報であるが、職業名だけでは職業のイメージを伝えることが困難になってきており、職業を理解し、職業選択、求人、求職、能力開発、雇用管理等に活用していくためには、職業名以外のさまざまな職業情報が提供される必要があるとの基本認識のもと、改正職業安定法第15条に規定された「官民共通の職業名」について従来の職業解説的な面からそのあり方を検討するだけでなく、まず、職業情報をめぐる課題の実証的な検証を行い、これをもとに、今後の職業情報のあり方について幅広い視野から検討・提言することとした。
 具体的な進め方としては、本委員会において課題を概観した後、こうした課題に関連する内外の現状を実証的に把握するため、検討部会に、職業情報ニーズ及び職業情報提供の現状に関する調査、海外における職業情報提供に関する取組状況の把握等を付託した。検討部会は、求職者、求人者、職業紹介・求人情報誌会社を対象とした聞取り調査及びアンケート調査を行うとともに、アメリカのO*NETを中心とする職業情報提供システムについての現地調査を実施し、その結果を本委員会に報告した。本委員会においては、この報告を踏まえ、官民にわたる円滑な労働力需給調整に資する職業情報の収集、蓄積、分析、提供のあり方について検討を行った。

II 職業情報をめぐる現状

A 我が国における職業情報の現状とニーズ

 検討部会において、求人・求職者情報を中心とする職業情報の実情を把握するとともに、就職、採用、マッチング、従業員の異動等の場面における職業情報に対する顕在的、潜在的ニーズや職業情報の問題点及び課題を明らかにすることを目的として聞き取り調査及び質問紙調査を実施した。

1 聞き取り調査

(1) 調査概要

イ 調査対象

公共職業安定機関 - 公共職業安定所(2所)、人材銀行(1所)、その他(1所)
民間職業紹介事業者 - 3所
求人情報誌事業者 - 3社
人材派遣事業者 - 2所
高等学校 - 普通高校(1校)、職業科高校(1校)、総合高校(1校)
大学 - 1校
企業 - 製造業(1社)、小売業(1社)

ロ 調査項目

(1) 個別求人・求職者情報の現状
 求職者の求める求人情報、求人企業の求める求職者情報、求人・求職者のマッチング場面における職業情報の現状等
(2) 職業情報の利用・提供とその整備の実態
 職業分類、新たな職業の把握方法、職業・職務内容の記述方法、個人の特性・経歴の記述方法等
(3) インターネットによる職業情報の提供
 求人・求職者情報の提供、職業情報のデータベース
ハ 調査実施時期

 平成12年9〜10月

(2) 結果概要

イ 求職者の求める求人情報

 求職者の求める求人情報については、概して次のような特徴がみられる。
 新規学卒就職では、高校生は給与・勤務地等の労働条件や職場環境を重視する傾向にあるが、大学生になると企業の経営状況、会社の内情、キャリアなどを強く意識するようになる。高卒就職では、事務系職種の求人が減少し、相対的に技能系職種やサービス業系職種の求人が多数をしめるなかで、特定の職種に対するこだわりを示す例もみられる。大卒の場合には希望する労働条件を満たす企業であれば、自己実現のための環境が整っているかどうかに強い関心を示す傾向にある。他方、学卒就職者は求人側から提供される情報に対して仕事内容に関する情報が十分でないと感じている。
 職業紹介機関(公共職業安定機関及び民間職業紹介事業者。以下1の(2)において同じ。)や求人情報誌を利用する求職者の重視する求人情報は、給与・勤務地等の労働条件や職務内容であり、この傾向は両者に共通してみられる。一方、求職者にとって入手しがたい情報は、職場環境や人間関係などの会社の内情に関する情報である。これらの情報は応募企業の決定に際して重要な情報であるが、一般的には入手が困難である。人材派遣事業者への登録者は派遣先企業での職務内容をもっとも重視する。

ロ 求人者の求める求職者情報

 これに対して求人者は、求職者側の情報を次のような観点からみている。
 新規学卒採用の場合には、高卒、大卒とも態度・性格、適性など応募者の人柄、人間関係・コミュニケーション能力を特に重視する傾向にある。
 職業紹介機関や求人情報誌を通じた採用、人材派遣事業者への登録者については、技術者の場合は経験、スキル、年齢、営業職の場合には経験、人的要素(態度・性格、適性)が重視される。経験の中には、従事した職務の内容、当該職務の遂行に必要な能力、仕事上の実績、職務遂行に必要な資格などが含まれる。年齢は重要な基準である。これらの情報に加えて、企業は求職者の価値観、好奇心、素養など詳細な個人的情報の入手を希望している。

ハ マッチングの場面における職業情報

 求人・求職を具体的に結びつけるプロセスであるマッチングの場面についてみると、新規学卒就職では、高卒の場合、学校側の客観的な指標は成績(学力)のみであり、他方、企業は生徒の人柄などの学力以外の部分で採用の判断をする傾向が強く、学校側と企業側との視点の違いが大きい。大卒の採用では、インターネット求人が学生に広範に受け入れられ、情報の提供・入手手段としてのインターネットの活用が普及・浸透しているといえる。
 職業紹介機関におけるマッチングの際の基本的な情報は、仕事内容、求職者のキャリア経歴、資格、求人の給与条件、求職者の希望勤務地、年齢である。小企業では求める人材像が明確になっていないことがしばしばあり、このため仕事内容が十分に明確に記述されていないケースもみられる。また、企業間で職業に関する共通言語がないことがマッチングの障害になっているとの指摘がある。

ニ 職業指導・相談と職業情報

 高校における進路指導の過程では、職業意識を啓発する機会がほとんどなく、生徒に提供する情報は職業というよりも企業に関するものが大半をしめている。生徒は、自律的な職業探索活動を行うことは少なく、学校側の提供する求人・企業情報に全面的に依存している。
 学校教育では必ずしも十分な職業に関するガイダンス活動が行われているとはいえず、その結果、就職の場面になると職業知識や自己理解の欠如に直面する者がしばしば見受けられる。このような者に対しては職務情報、その後のキャリア情報など職業の世界を知るための情報や自己の適性に関する情報を提供することが必要である。しかし、現実には特に若年者はイメージで職業をとらえる傾向があるとされ、職業選択にあたってはマスコミ等の情報に影響されやすい。
 中途採用の場合には、企業は即戦力を求めており、必要なスキルを習得していることが紹介の前提となる。また、紹介担当者は職務内容について十分な知識を持つことも重要であるが、適切な紹介技法を習得していることがいっそう求められている。

ホ 職業情報の整備

(イ) 全般的にみると、いずれの機関・組織においても体系的・効率的に職業情報を収集する体制は必ずしも整備されていない。技術関連の職業だけではなく一般的に職場の変化を反映した最新の職業情報を維持することが困難であるとしている。職業情報の収集については、名称や仕事内容の把握の際に判断に迷う職業があること、企業と求職者との間で共通理解が得られにくい職業があることなどの問題点が指摘されている。その一方で、 職種をある程度まとめた大くくりの分類枠組みの採用、求人誌・新聞等の情報源からの職業情報の収集、独自の職業分類体系や技能測定システムの整備などで職業の変化に対応している例もみられる。
(ロ) 職業分類に関しては、労働市場の動向を反映し、仕事内容の変化に対応したものとなるよう使い勝手を考慮した柔軟な体系で、容易に改訂できるものとすることが望ましいとの指摘がある。各職業に求められる能力(スキル)やレベル(熟練度)を職業を構成するひとつの要素としてとりあげることが示唆されている。
(ハ) 若年者を対象とした職業情報については、若年就業者の多い職業の紹介など職業選択のための適切な情報を提供することが重要であると考えられている。中途採用に関しては、新しい職業名の発生や同一内容の仕事に対して企業によって異なった職業名が用いられているといった問題があり、標準的職業名を設定することや経歴・仕事内容の記述にあたっては職務遂行に必要なスキルを共通言語化して使用することなどが求められている。また、中途採用では即戦力が求められることから、求職者が職種転換する際の客観的な指標としてスキルを用いることのできるようにすべきであるとの意見がみられた。しかし、この点についてはスキルによって職業を記述する場合、技術系の職種ではスキルの指標が比較的自明であるが、事務系ホワイトカラーではスキルの指標についての一般的合意が必ずしも得られているわけではないとの問題がある。

ヘ 職業情報の提供

 情報提供の手段としては、従来、印刷物が中心であったが、コンピュータの普及につれてCD-ROMの利用が高まり、さらに近年ではIT技術の進展とともにインターネットの利用が爆発的に増加している。しかし、職業情報の提供・収集についてインターネットの活用をみると、高校レベルではコンピュータを用いた情報処理教育が十分に行われているとはいえず、またインターネット使用のための回線や予算面で活用を促進するような環境が整備されているとはいえない。大学レベルでは、大卒予定者を対象としたインターネットでの募集が急速に増加していることもあり、大学生の就職活動にはインターネットが不可欠な要素となりつつある。
 職業紹介機関や求人情報誌事業者などではインターネットを通じて求人情報を公開しているケースが多くみられ、求職者は職種や勤務地などの項目を用いて求人の検索ができる仕組みが整備されている。また、求人者と求職者が相互に情報検索のできるサイトなども現れ、インターネットを活用した職業情報の提供が急速に拡大している。

2 質問紙調査

 質問紙調査は、前記聞き取り調査の結果を踏まえ、より広範な機関の回答を基に把握、検証することを目的として実施した。

(1) 調査概要

イ 調査対象

求職者 8,440人
求人企業 4,000社
民間労働力需給調整機関 310社

ロ 調査方法

 一部の企業票を除き、協力機関を通じて、調査票を配布し、郵送により回収した。調査票配布対象は以下のとおり。

個人票(求職者用) ハローワーク経由の配布 2,000人
日本人材紹介事業協会の会員企業経由の配布 5,540人
学生職業センターにおける配布 900人
企業票(求人用) ハローワーク経由の配布 2,000社
無作為抽出による民間企業への配布
(最近3年間毎年、新卒採用又は中途採用を行った民間企業)
2,000社
民間労働力需給調整機関票 日本人材紹介事業協会の会員企業 277社
全国求人情報誌協会の会員企業 33社

ハ 調査項目

(1) 求職者用調査票
・求職活動(職業選択の際の重視項目及び十分な情報が得られないもの、具体的な就職先決定の際の重視項目及び情報が得にくいもの等)
・今後の情報整備(就職・転職等を円滑に行えるようになるための情報の整備・対策、新しいメディアによる就職・職業情報の提供に関する認識)
(2) 求人用調査票
・新卒採用、若年者の中途採用(利用する媒体・機関、重視する情報、知りたいが適切な情報を得られないもの、求人活動において将来利用が増加する媒体・機関等)
・社内、グループ会社内での異動や配置転換(重視する情報、利用したいが適切な情報を得られないもの)
・社内での情報整備、今後の見通し、中高年の転職・再就職
(3) 民間労働力需給調整機関用調査票
・若年、中高年求職者が仕事を選ぶ際に重視する情報及び的確な情報・十分な情報を提供できないもの
・企業が若年技術者、中高年管理者を採用する際に重視する情報及び的確な情報・十分な情報を提供できないもの
・社内での情報の電子化の現状(求人情報、求職者情報、情報の電子化を促進するための条件整備等)
・業務に使用している職業分類、職業情報の現状
・中高年の再就職、若年の就職等がより円滑に進むための情報整備・対策

ニ 調査実施時期

 平成12年12月
 有効回収率は、個人票(求職者用)が14.8%、企業票(求人用)が30.5%、民間労働力需給調整機関票が30.6%である。

(2) 結果概要

イ 求職者の求める職業情報

(イ) 職業選択過程
 調査では、求職者の求職活動について、まず幅広い職業分野の中から職業を絞り込む過程と具体的な就職先を決定する際の二つの段階を想定して、それぞれにおいて重視・必要とされる職業情報について現状を把握した。
 表1は、職業を絞り込む際に重視する情報を、学生とそれ以外の者で比較したものである。両者とも最も重視するものが「仕事の内容」である。この傾向は性別、年齢別に詳細に見ても共通している。これ以外の情報になると学生であるか、そうでないかによって比較的明瞭な違いがみられる。学生についてみると、約半数の者(49.3%)が「労働条件」を重視する一方、自己に「適した興味、関心」(55.9%)や「職場環境」(54.4%)など自己と職場との対応関係を求める情報を重視する者が過半をしめている。次いで、「職業の将来性」のような長期的視点から職業をみる者も1/3弱(30.9%)に達している。これに対して、「必要な技能・スキル・知識」(20.6%)や「必要な基礎能力、適性」(20.6%)など現実の仕事遂行に必要な情報を重視する者は相対的に少ない。これは、大半の者がこれまで就業経験がないという事実を反映した結果であると考えられる。
 他方、学生以外の者をみると、「労働条件」を重視する者が7割(70.4%)をしめ、「必要な技能・スキル・知識」(43.4%)や「必要な基礎能力、適性」(30.3%)を重視する者も3割を越えている。これらの者は、20代と30代の若年者が過半をしめ、大半の者がこれまでに就業経験があることから学生とは異なり、職業についてより現実的な情報を重視する姿勢をとっているものとみられる。また、「職場環境」(55.3%)、「適した興味・関心」(39.4%)、「職業の将来性」(37.5)など自己と職業との対応や長期的視点から職業を考える傾向が強くみられる点は学生にみられた傾向と同様である。しかし、学生以外の者は、大半の項目において重視する割合が学生よりも高く、情報に対する積極的姿勢がみられる。
 求職者の重視する情報と実際に流通している情報との間には、ズレのみられるものがある。重視する割合の最も高い「仕事の内容」に対して、学生では4割の者(40.4%)が、学生以外では約半数の者(49.2%)が情報の不足を指摘している。仕事内容に関する情報は、職業を理解するために不可欠な、また最も基本的な情報であり、職業選択にあたって十分に提供されることが望ましい情報であるが、求職者には必ずしも十分に提供されていない現実が窺える。
 同様に、重視する割合が高く、かつ不足していると考える割合の高い情報は、「職場環境」(学生54.4%、学生以外57.8%)と「職業の将来性」(学生36.0%、学生以外34.0%)である。これらの情報は、産業、事業所による違いが大きいこと、職業の将来展望に関する情報であることなどから一般的・客観的な情報を提供することが困難であるとみられる。そのためこれらの情報が不足していると回答することはある程度当然と考えられる。
 これ以外の情報については、学生のなかでは「必要な技能・スキル・知識」(25.0%)、「必要な基礎能力、適性」(23.5%)、「適した態度、性格」(22.1%)に関する情報が不足していると考える者が相対的に多く、学生以外の者のなかでは「労働条件」(38.6%)、「必要な技能・スキル・知識」(29.9%)、「必要な基礎能力、適性」(25.7%)に関する情報をあげる者が多い。このようにスキルや能力・適性に関する情報が不足していると考える点では、両者は共通している。
(ロ) 就職先決定時に求職者の求める求人情報
 具体的な就職先を決定する場面では、求職者は前記の職業選択の時とは異なる職業情報ニーズを持っている。これは、就職企業選択時には個別企業の発信する求人情報に対して意志決定を行わなければならないという環境的な背景が異なっていることが大きい。職業探索時には主として職業の大要を把握するための情報に焦点が当てられているが、就職先選択時にはより現実的な視点からの情報が求められているといえる。
 全般的にみると、求職者の重視する割合の高い情報は「仕事の内容」(学生77.9%、学生以外82.7%)や労働条件(「労働時間・休日」、「賃金」)、「勤務地」(学生72.8%、学生以外78.7%)である(表2)。「募集職種名」を重視する者も多く(学生72.8%、学生以外64.3%)、職種名が企業選択の有力な手がかりになっていることを窺わせる。このような全般的傾向は、募集職種名を除いて学生よりも学生以外の者に強く表れている。学生の特徴は、企業選択の際に職業名を強く意識していることである。
 これら5つの情報項目のうち入手することが困難だと考えている者の割合が高い情報は、「仕事の内容」である(学生34.6%、学生以外40.1%)。仕事の内容は、最も多くの者が重視していながら、重視する割合の高い5つの情報項目のなかで入手することが困難だと考える者の割合が最も高い情報でもある。仕事内容を情報として伝えるためには、情報発信者の側の仕事内容に対する理解の促進とともに、情報として記述するための視点の整理や用語の整備が必要である。
 これら5つ以外の情報で重視する傾向にあるのは、「雇用形態」(学生36.8%、学生以外60.5%)、「職場の雰囲気」(学生51.5%、学生以外53.2%)、「社内の人間関係」(学生38.2%、学生以外42.1%)、「企業の成長性・安定性」(学生36.8%、学生以外39.9%)である。これは性別、年齢別を問わず求職者全体に共通している。しかし、これらの情報のうち「職場の雰囲気」、「社内の人間関係」、「企業の成長性・安定性」は、言語による表現や情報伝達が困難だと考えられる情報でもある。事実、「職場の雰囲気」と「社内の人間関係」については6割前後の者が入手しがたい情報と考え、「企業の成長性・安定性」についても1/3程度の者が得がたいと回答している。
 一方、民間労働力需給調整機関の立場からみた若年者、中高年者の求人情報探索行動(表3)は、「仕事の内容」(若年91.6%、中高年80.0%)、「労働条件」(若年92.6%、中高年78.9%)、「勤務地」(若年77.9%、中高年71.6%)の3項目を重視しているという点においては上述の求職者自身の回答と同様の傾向が認められる。しかし、「募集職種名」については、過半の者が重視すると回答しているが(学生65.3%、中高年52.6%)、求職者自身の回答よりも重視する者の割合がやや低くなっている。このような民間労働力需給調整機関と求職者との回答のズレには、2つの方向がみられる。「職場の雰囲気」や「社内の人間関係」に対しては、重視すると考えている者の割合が民間労働力需給調整機関のほうが低くなっている。逆に、「企業の成長性・安定性」、「仕事に必要なスキル」に対しては、重視すると考えている者の割合が民間労働力需給調整機関のほうが高くなっている。つまり民間労働力需給調整機関は、「職場の雰囲気」や「社内の人間関係」のような情報は求職者自身ほどには重視せず、「企業の成長性・安定性」や「仕事に必要なスキル」に関する情報は求職者自身よりも重視する傾向がみられる。
 求職者の求める求人情報のうち民間労働力需給調整機関が十分な情報を提供できないと考える割合の高いものは、「社内の人間関係」(77.9%)、「職場の雰囲気」(68.4%)、「企業の成長性・安定性」(37.9%)の3項目である。これらはいずれも言語による表現や客観的記述の困難な情報である。しかし、これらの情報は求職者が重視し、かつ不足を訴えている情報でもある。

ロ 採用過程において企業の求める求職者情報

 次に、企業が求める求職者情報をみてみよう。求人企業調査では、聞き取り調査において募集対象者によって求める情報に違いがあることが判明した点を踏まえて、技術・研究職と事務系総合職の採用場面における求職者情報のうち重視するものを選択するように求めた。まず、職種を問わず、「仕事への意欲」(技術・研究職76.5%、事務系総合職82.4%)を重視する企業が最も多くみられた(表4)。この情報に次いで、技術・研究職では「基礎的能力、適性」(52.6%)と「技術・スキル・知識」(51.7%)を、また、事務系総合職では「態度、行動」(61.0%)と「基礎的能力、適性」(60.2%)を重視する企業の割合が高い。このような情報の重視点の違いはそれぞれの仕事の特質を反映したものとも考えられる。技術・研究職では「態度、行動」を重視する企業も多く(49.9%)、採用の際には意欲や態度などの求職者の心理的側面がスキルや能力とともに並列的に重視されるという特徴が表れている。事務系総合職では、求職者の心理的側面がいっそう重視される傾向にある。一方、情報のなかで「経験、経歴」を重視する企業は1/3以下に止まっている(技術・研究職32.7%、事務系総合職25.8%)。
 このように採用の際に重視すると回答した割合の高い項目は、企業が得にくいと考えている情報でもある。「態度、行動」に関する情報に対して過半の企業(52.1%)は情報の入手が困難であると回答し、「仕事への意欲」(43.3%)と「基礎的能力、適性」(43.0%)については4割以上、「技術、スキル、知識」は4割弱の企業(38.1%)で得にくいと指摘している。「仕事への意欲」や「態度、行動」など求職者の心理に関する情報は、客観的な指標を作成して評価することや、言語表現をする際の適切な用語・表現の未整備など情報提供のための環境が整備されているとはいえず、このため提供されている情報は限定的であると考えられる。これら2項目に比べて「技術、スキル、知識」や「基礎的能力、適性」は客観的指標を用いた記述や表現に適していると考えられるが、入手しがたいと回答している企業が多くみられたことから、これらの項目についても情報提供のための環境が十分には整備されていない現実があるものと考えられる。
 求人企業調査の本質問項目に対応して、民間労働力需給調整機関調査では、若年技術者と中高年管理者を採用する際の重視する情報を尋ねている(表5)。若年技術者では「技術、スキル、知識」(87.4%)、中高年管理者では「経験、経歴」(88.4%)を重視すると回答した割合が最も高く、企業調査で重視する割合の最も高かった「仕事への意欲」を重視する割合(若年技術者83.2%、中高年管理職69.5%)を上回っている。これらとともに、若年技術者では「基礎的能力、適性」(70.5%)と「経験、経歴」(69.5%)を、中高年管理職では「技術、スキル、知識」(84.2%)と「態度、行動」(55.8%)を重視すると考える機関の割合が高い。このように若年技術者の採用では、仕事の遂行に必要な能力を中心とした情報を重視し、中高年管理職の採用では、経験に裏打ちされたスキルを重視する点が特徴といえよう。
 民間労働力需給調整機関が企業に的確な情報を提供できないと考える割合の最も高い項目は、「基礎的能力、適性」(47.4%)である。これに次いで、「態度、行動」(43.2%)、「仕事への意欲」(35.8%)が指摘されている。また、「技術、スキル、知識」(29.5%)も相対的に高い割合をしめている。このように民間労働力需給調整機関が的確な情報を提供できないと考えている項目は、企業が得にくいと考えている情報と符号することが確認された。

ハ 求職者のための情報の整備、対策等

 労働市場における円滑な労働移動を進めるためには、制度面における整備を図るとともに、それと同時に情報面での下支えが必要である。就職に限らず、転職、再就職などの際に求職者が最も役立つと考える制度面での対策は、「専門的に支援する体制の整備」(57.2%)である(表6)。きめ細かな相談やガイダンスに始まり、就職に至るまでの過程で専門的な立場からの支援が得られるような体制の整備が強く求められているといえる。また、「学生時代から実際の職業に触れる機会の拡充」が必要であると考える者も比較的多いが(37.6%)、この選択肢を選ぶ者は学生以外の者よりも学生に多く、後者の期待の高さを示している。
 これらの制度面の整備に加えて、ITを活用したインターネット上のさまざまな情報サービスが就職等の際に役に立つと考える者が多くみられる。すなわち、「ネット上の求人情報」(52.4%)、「ネット上で提供される仕事・職業ガイド情報」(42.4%)、「ITを活用した新しい就職支援サービス」(37.6%)、「ネット上で閲覧できる能力開発情報」(37.3%)、「ネット上で手軽にできる職業興味検査、適性検査」(31.6%)などである。インターネットでの情報提供は、学生以外の者よりも学生において就職等に非常に役立つと考えている者が多いことが特徴である。
 このようにインターネット技術を活用した情報提供サービス対しては積極的、肯定的に評価する者が多いが、その影響や限界についても認識している者が多い。プラスの面では、インターネット等のニューメディアは、「職探しが効率的になり便利」(75.9%)、「職業を幅広く詳しく知ることができる」(59.6%)、「欲しい情報がいつでも入手できる」(59.0%)など従来のメディアに比べて利便性が高まるとみる者が過半をしめている(表7)。その一方で、7割を越える者が「情報格差が発生する」(76.8%)、「個人情報の流用・悪用が懸念される」(71.4%)ことなどの問題点を指摘し、マイナス面での影響を懸念する者が多い。また、情報格差に関する意識の高まりがみられ、大半の者(86.6%)は「パソコンを使えない人のための基盤整備」が必要であると考えている。それとともに、「今までのメディアも必要に応じ使い分け」(81.4%)を行い、情報が入手しやすくなっても「人の介在するサービスの重要性は不変」(70.6%)と考える者が多数をしめている。
 以上は求職者個人の視点であるが、次に、民間労働力需給調整機関や企業は情報整備の方向をどのようにみているか概観してみよう。民間労働力需給調整機関では、若年者の円滑な就職のためには、対策としては「学生時代に実際の職業に触れる機会の増加」(50.5%)や「中高校での職業教育・キャリアガイダンスの充実」(32.6%)など在学中における職業意識の啓発が有効であると考える機関が多く、情報の面では、インターネットを活用した、「求人情報の拡充・整備」(35.8%)、「仕事・職業ガイドの提供」(32.6%)などが有効であるとみる機関が相対的に多い(表8)。
 中高年の円滑な労働移動のための対策に関する一般企業の視点をみると、「年功的な賃金・処遇から、仕事に応じた賃金・処遇への意識変化」(50.5%)や「再就職を専門的に支援する体制の整備」(47.2%)が有効であると考える企業が約半数をしめている(表9)。情報面では、「インターネット上の求人情報の整備」(38.5%)が有効であるとする企業の割合が最も高い。また、インターネット上の求人情報に加えて、「インターネット上の中高年人材データベースの公開」(31.8%)や「インターネットでの仕事・職業ガイドの提供」(31.0%)も整備すべき有効な情報として指摘する企業が多い。

ニ 社内における職業情報の整備状況

(イ) 異動や配置転換における重視項目
 企業は従業員の異動や配置転換に際して職業に関する情報の中ではどのような項目を重視しているのであろうか。技術・研究職と事務系総合職をみると、基本的には上述(2)ロの採用時に重視する項目とほぼ重なり合うと考えられる。すなわち、「仕事への意欲」(技術・研究職61.9%、事務系総合職63.8%)、「技術・スキル・知識」(技術・研究職59.9%、事務系総合職49.6%)を重視する企業が多い(表10)。採用時の重視点と大きく異なる点は、いずれの職においても「実績、業績」、「経験、経歴」を重視する企業が半数をしめていることである。これ以外の項目で重視する割合の高いものは、「基礎的能力、適性」や「態度、行動」などである。
 従業員の異動や配置転換の際に利用したい情報のうち入手することが困難だと考えている情報は、割合の高い順に、「本人の将来目標」(34.5%)、「仕事への意欲」(31.4%)、「態度、行動」(30.0%)、「基礎的能力、適性」(29.7%)、「興味、関心」(27.3%)となっている。このうち、本人の将来目標や興味・関心は自己申告等によってある程度把握することは可能である。しかし、仕事への意欲や態度・行動は上司等による観察や評価は可能であっても客観性の確保が困難な項目である。
 また、約3割の企業では基礎的能力・適性に関する情報が入手しがたいと考えており、この点にはふたつの問題が潜んでいると考えられる。第1は、人サイドの情報収集の問題である。すなわち、従業員の職務遂行上の能力や適性を適切に把握するための心理検査用具等の普及の問題が関連している。第2は、職務に従事している人の平均像の把握の問題である。当該職務に従事している人の能力・適性に関するデータの整備とその蓄積が関係している。
(ロ) 社内における職業情報の取り組み
 企業内における職業に関する情報の整備状況をみると、「各ポストの仕事内容の簡単な記述」(40.3%)や「各職務の明確な記述」(36.3%)など職業の内容についての記述資料を整えている企業は半数に満たない(表11)。職務やスキルの記述を行う際に適当な用語がないと指摘する企業は2割弱であり、実際に各ポストや職務に関する記述資料を整備している企業では記述の際に用語はあまり問題になっていないと考えられる。しかし、この点については用語そのものに問題がないことを意味しているわけではないことに注意しなければならない。職務やスキルは、ある面では企業特殊的にならざるをえず、そのような企業特殊的な職務やスキルをそれを表すために企業内で用いている用語を使って記述している可能性が高いからである。
 次に、社内の人材面の情報についてみると、異動や配置転換の際に活用する社内人材の情報が十分に整備されていると回答した企業は2割に過ぎず、6割を越える企業では社内の人材データベースを整備する必要があると考えている。データベース作成の際には上述(イ)の情報項目が指針となりうるであろう。そうであれば、企業は入手困難だと考えている情報について何らかの対応をとることを求められているといえる。

ホ 汎用的職業情報の整備の現状と方向

(イ) 職業分類の現状
 職務を単位として職業を区分したものが職業分類である。現在わが国の公務部門では統計表章用として総務庁が作成している日本標準職業分類と、職業紹介・職業相談等の業務に使用する労働省編職業分類のふたつが広く用いられている。民間労働力需給調整機関調査によると、求人における募集職種や求職者の希望職種を分類するために職業分類を使用している機関は8割を越えている。その分類体系をみると、全体の約半数(49.5%)のものは各社独自の分類設定である。労働省編職業分類やそれに準拠した分類を用いている機関は1/4を上回り(26.3%)、日本標準職業分類やそれに準拠した分類を使用している機関は少数(7.4%)に止まっている。
 職業分類は産業構造や仕事内容の変化に伴って随時見直しが必要である。分類体系を定期的に見直す機関は全体の1/4程度(26.3%)に過ぎず、過半の機関では新たに把握した職業名を「その他」の分類コードに入れるか(32.6%)、「その他」から新たな職業を独立させること(24.2%)によって職業の変化に対応している。変化の急速な分野では、分類体系の見直しがいっそう切実な問題となっている。特に見直しが必要となっている分野は、IT及び通信関連の職業である(77.9%)。次いで、福祉関係(23.2%)やバイオ関係(23.2%)の分野を指摘する機関が多いが、割合としてはIT及び通信関連分野の1/3以下である。
 職業名は、従来、一般的には仕事内容を表す名称が多く用いられてきたが、「同じ内容の仕事が新たな呼び方になることが多くなっている」(54.7%)との指摘や、「仕事内容が分からない新たな職業名が多くなっている」(38.9%)と考えている機関が多くみられる。また、職業情報の整備にあたって、職務や個人のスキルを記述する際に適切な用語がなく不自由だと考えている機関(職務44.2%、スキル35.8%)が、不自由とは考えない機関の割合(職務25.3%、スキル24.2%)を大きく上回っている。この点は、上述ニ(ロ)の事実に反するようにみえるが、ニ(ロ)では企業が自社内の職務やスキルを記述する観点から回答していることに対して、この設問の対象になっている民間労働力需給調整機関では、企業・業界横断的な観点から職務やスキルの記述の問題点を指摘している点に注意しなければならない。すなわち、個別企業内では職務・スキルを記述できても、記述用語の共有化・一般化が行われていない環境下では当該職務・スキルを企業・業界横断的に記述する際には記述用語の障壁に直面することになる。

(ロ) 必要とされる情報とその提供方法
 企業は、組織の垣根を越えて広く社会一般で活用される職業情報にはどのような内容が含まれるべきであると考えているのだろうか。社会的に整備すべき職業情報として相対的に必要性が高いと認識するものは「職務遂行に必要な技術・スキル水準の客観的な目安」(43.0%)と「職業の内容(職務レベルでの仕事内容の客観的な記述)」(34.0%)の2項目である(表12)。これらの項目に次いで、「職業に必要な教育・訓練・経験等のレベルの情報」(28.0%)と「求職者の適性要件と職種の必要要件との間の客観的な対応関係の資料」(22.7%)を指摘する企業が多い。これらの情報は、「職業の内容」を除いて、いずれも採用や従業員の異動等の際の重要なポイントとなるものであり、その意味では企業にとって社会的に整備される必要性が高いと判断されるものである。これに対して、「職業の内容」に関する情報は、採用や従業員の異動等に用いられるというより、情報の活用主体はむしろ求職者側にある。求職者の当該職業に関する意識の啓発・向上のための情報整備である面が強い。
 企業に対する上述の問と同じ質問を民間労働力需給調整機関に行った。その回答結果は、企業調査の結果とほぼ同様である。情報整備が是非とも必要であると回答した割合の最も高い項目は、「職業の内容」(49.5%)と「職務遂行に必要な技術・スキル水準の客観的な目安」(42.1%)のふたつである。前者はマッチングにあたり、当該職業の一般的な仕事内容を把握する必要から求められ、後者はマッチングそのものの可能性を検討する際の情報として求められているとみられる。このように企業の立場からも、また求人・求職者のマッチングを行う民間労働力需給調整機関の立場からも同じ結果となり、これらの情報が各般から強く求められていることの反映といえよう。
 次に、このようにして整備された一般的な職業情報の提供形態についてみると、民間労働力需給調整機関では、今後は、インターネットでの提供を希望する機関が圧倒的多数をしめている(83.2%)。しかし、インターネットは印刷物の利点をすべて代替できるわけではなく、印刷物には他のメディアとは異なる固有の利便性があるため、今後機関が半数(50.5%)をしめている。

表1 求職者が職業選択時に重視する情報と不足している情報
(%)
  学生 学生以外の者
重視 不足 重視 不足 重視 不足
仕事の内容 85.3 46.6 88.2 40.4 88.6 49.2
必要な技能・スキル・知識 39.1 28.5 20.6 25.0 43.4 29.9
必要な基礎能力、適性 28.1 24.6 20.6 23.5 30.3 25.7
必要な健康・体力 16.1 7.2 6.6 6.6 18.2 7.6
適した興味・関心 39.9 9.1 55.9 12.5 39.4 9.0
適した態度・性格 16.7 12.3 19.9 22.1 16.8 11.6
必要な学歴・専攻 10.0 3.8 11.8 5.1 10.2 3.9
必要な免許・資格 20.6 8.5 19.1 11.8 21.8 8.3
職業の将来性 35.6 33.0 30.9 36.0 37.5 34.0
労働条件 65.5 34.8 49.3 15.4 70.4 38.6
職場環境 53.3 55.4 54.4 54.4 55.3 57.8
(注)「重視する」、「不足している」と回答した求職者の割合


表2 求職者が就職先決定時に重視する情報と知りたいが得にくい情報
(%)
  学生 学生以外
重視 得にくい 重視 得にくい 重視 得にくい
募集職種名 65.7 7.6 72.8 2.9 64.3 7.9
募集の学歴 18.6 3.4 20.6 2.9 18.4 3.5
募集の年齢 44.3 6.8 18.4 5.9 47.9 6.6
仕事の内容 82.2 39.9 77.9 34.6 82.7 40.1
仕事に必要なスキル 31.5 21.9 20.6 19.1 32.7 22.3
必要な資格・免許 26.4 7.3 24.3 11.0 26.8 7.0
経験の有無 38.1 13.5 19.1 11.0 40.0 13.4
賃金 66.1 25.2 47.1 11.0 68.8 26.9
労働時間・休日 66.8 23.9 58.1 16.9 67.7 24.5
雇用形態 57.6 13.3 36.8 7.4 60.5 14.0
勤務地 78.4 11.3 72.8 17.6 78.7 10.0
採用後の社内キャリア 10.5 24.4 8.8 18.4 11.1 24.9
教育訓練制度 13.8 19.9 17.6 18.4 13.6 20.0
経営理念 18.3 22.8 11.0 5.9 18.6 24.6
職場の雰囲気 52.9 65.8 51.5 65.4 53.2 66.2
社内の人間関係 41.4 58.8 38.2 58.8 42.1 59.6
企業の成長性・安定性 39.3 39.4 36.8 33.1 39.9 40.2
福利厚生 34.7 20.6 34.6 8.1 34.9 22.1
(注)「重視する」、「得にくい」と回答した求職者の割合


表3 民間労働力需給調整機関が若年求職者及び中高年求職者が仕事を選ぶ際に重視すると考える情報と十分な情報提供ができない情報
(%)
  若年求職者の
重視する情報
中高年求職者の
重視する情報
十分な情報提供
のできないもの
募集職種名 65.3 52.6 3.2
募集の学歴 15.8 8.4 0.0
募集の年齢 24.2 73.7 2.1
仕事の内容 91.6 80.0 13.7
仕事に必要なスキル 54.7 49.5 10.5
必要な資格・免許 27.4 31.6 0.0
経験の有無 48.4 63.2 2.1
労働条件 92.6 78.9 12.6
雇用形態 46.3 49.5 3.2
勤務地 77.9 71.6 0.0
採用後の社内キャリア 20.0 8.4 46.3
教育訓練制度 15.8 1.1 30.5
経営理念 15.8 29.5 32.6
職場の雰囲気 35.8 15.8 68.4
社内の人間関係 20.0 21.1 77.9
企業の成長性・安定性 71.6 42.1 37.9
福利厚生 27.4 12.6 14.7
(注)「重視する」、「十分な情報提供ができていない」と回答した民間労働力需給調整機関の割合


表4 企業が技術・研究職と事務系総合職の採用過程において重視する情報と得にくいと考える情報
(%)
  技術・研究職
の採用時に重視
事務系総合職
の採用時に重視
得にくいと
考える情報
技術、スキル、知識 51.7 34.0 38.1
経験、経歴 32.7 25.8 10.1
基礎的能力、適性 52.6 60.2 43.0
興味、関心 27.4 32.0 17.5
態度、行動 49.9 61.0 52.1
仕事への意欲 76.5 82.4 43.3
本人の将来の目標 21.4 25.0 25.7
学歴、専攻 9.2 6.1 0.4
資格、免許 21.4 12.4 1.5
体力、健康 47.8 50.0 24.1
(注)「重視する」、「得にくい」と回答した企業の割合


表5 民間労働力需給調整機関が若年技術者及び中高年管理者の採用過程において企業が重視すると考える情報と的確な情報を提供できない情報
(%)
  若年技術者
の採用時に重視
中高年管理者
の採用時に重視
的確な情報を
提供できないもの
技術、スキル、知識 87.4 84.2 29.5
経験、経歴 69.5 88.4 9.5
基礎的能力、適性 70.5 29.5 47.4
興味、関心 27.4 12.6 22.1
態度、行動 52.6 55.8 43.2
仕事への意欲 83.2 69.5 35.8
本人の将来目標 24.2 7.4 31.6
学歴、専攻 46.3 25.3 0.0
資格、免許 36.8 29.5 0.0
体力、健康 34.7 55.8 30.5
求職者の希望職種 38.9 33.7 5.3
求職者のする賃金水準 46.3 55.8 2.1
求職者が希望する勤務地 29.5 24.2 2.1
その他 0.0 4.2 5.3
(注)「重視する」、「的確な情報を提供できない」と回答した民間労働力需給調整機関の割合


表6 就職、転職、再就職を円滑に行うために求職者が役立つと考える対策及び情報
(%)
 
  学生 学生以外
利用しやすく整備されたネット上の求人情報 52.4 60.3 51.6
ネット上で希望職種を登録し企業に公開されるサービス 35.2 41.9 34.5
ネット上で提供される職業・仕事ガイドの情報 42.4 50.0 41.3
ネット上で閲覧できる能力開発のための情報 37.3 34.6 37.9
ネット上で手軽にできる職業興味検査、適性検査 31.6 41.9 30.4
様々な新しい就職支援サービス 37.7 48.5 36.1
就職、転職、再就職を専門的に支援する体制の整備 57.2 58.1 57.3
中学、高校で職業教育やキャリアガイダンスの充実 26.0 30.1 25.8
学生時代から実際の職業に触れる機会の拡充 37.6 47.8 36.8
若年層のトライアル制度、任期制雇用の拡大 22.9 26.5 22.6
その他 1.1 0.7 1.2
(注)「非常に役立つ」と回答した求職者の割合


表7 ニューメディアを活用した就職・職業情報の提供に関する求職者の認識
(%)
 
  学生 学生以外
職探しが効率的になり便利 75.9 87.5 75.4
職業を幅広く詳しく知ることができる 59.6 61.0 60.1
情報が多くなりすぎて面倒 32.0 33.8 32.4
情報機器の使い手によって情報格差が生まれる 76.8 79.4 77.3
職業相談等の人が介在するサービスの重要性は不変 70.6 67.6 72.0
パソコンを使えない人のための基盤整備が必要 86.6 91.9 86.7
今までのメディアも必要に応じて使い分ける 81.4 84.6 81.6
情報が誰にでも公平に提供される 38.8 39.7 39.0
自分の欲しい情報がいつでも入手できる 59.0 59.6 59.6
個人情報の流用・悪用が懸念される 71.4 76.5 71.4
(注)「YES」と回答した求職者の割合


表8 若年者の円滑な就職のために有効と考える情報整備・対策
(%)
インターネットでの仕事・職業ガイドの提供 32.6
インターネットでの職業興味検査・適性検査の実施 27.4
インターネット上での若年向けの求人情報の拡充・整備 35.8
インターネットでの若年者人材バンクの公開 28.4
IT化のもとでの新しい就職支援サービス 25.3
中高校での職業教育・キャリアガイダンスの充実 32.6
学生時代に実際の職業に触れる機会の増加 50.5
トライアル雇用制度、任期制雇用の拡充 27.4
気軽に安心して利用できる体制の整備 24.2
(注)「非常に有効」と回答した民間労働力需給調整機関の割合


表9 企業が中高年の円滑な労働移動のために有効と考える情報整備・対策
(%)
インターネット上での中高年人材データベースの公開 31.8
中高年が利用しやすい、インターネット上の求人情報の整備 38.5
インターネットでの中高年のための仕事・職業ガイドの提供 31.0
インターネットにおける中高年の能力開発のためのデータベースの閲覧 22.3
中高年の人材活用の好事例等の情報をインターネットで検索 21.2
中高年の転職、再就職を専門的に支援する体制の整備 47.2
年功的な賃金・処遇から、仕事に応じた賃金・処遇への意識変化 50.5
(注)「非常に有効」と回答した企業の割合


表10 社内やグループ会社内で技術・研究職、事務系総合職の異動・配置転換を行う際に重視する情報と利用したいが得られない情報

(%)
  技術・研究織 事務系総合職 利用したいが、
得られない情報
技術、スキル、知識 59.9 49.6 17.3
経験、経歴 50.0 47.1 3.9
実績、業績 56.3 50.3 7.1
基礎的能力、適性 42.7 49.1 29.7
興味、関心 20.9 20.7 27.3
態度、行動 38.4 44.9 30.0
仕事への意欲 61.9 63.8 31.4
本人の将来目標 21.9 20.0 34.5
学歴、専攻 3.1 3.1 0.4
資格、免許 20.0 10.7 1.6
体力、健康 31.0 31.6 7.9
(注)「重視する」、「利用したいが得られない」と回答した企業の割合


表11 社内における職業情報の整備状況
(%)
各ポストの仕事内容を簡単に書いた資料の用意 40.3
各職務を明確に記述した資料(職務記述書)の用意 36.3
求人の際、職務内容・必要なスキル等を明確に記述 49.3
社内の職務を記述する際、適当な用語がなく不自由 18.3
社員のスキルを記述する際、適当な用語がなく不自由 19.6
社員の異動・配置転換に活用する社内人材の情報を整備 21.2
異動・最適配置のために社内人材データベースの整備が必要 66.2
(注)「Yes」と回答した企業の割合


表12 社会的に整備すべきであると考える職業情報
(%)
  企業 需給調整機関
職業の内容(職務レベルでの仕事内容の客観的な記述) 34.0 49.5
職務遂行に必要な技術・スキル水準の客観的な目安 43.0 42.1
職業に必要な教育・訓練、経験等のレベルの情報 28.0 24.2
各職業の統計データ(就業者数、賃金・労働時間等の労働条件) 15.5 22.1
今後の動向、将来展望(今後の増減、過不足等の情報) 19.1 26.3
求職者の適性要件と職種の必要要件との客観的な対応関係の資料、データ 22.7 24.2
職種転換可能性の客観的データ 13.7 21.1
就職、転職、再就職のための教育・訓練機関のデータベース 16.5 13.7
(注)「非常に必要」と回答した企業、民間労働力需給調整機関の割合


B.アメリカの職業情報をめぐる現状

 離転職が多く、個人も文字通り職業を選んで就職し、企業も空きの出たポストの職種で人材を募集する米国社会では、職業あるいは職種に関する情報は就職、転職、募集、採用における基盤となる情報として以前より整備されてきた。
 米国では近年、特に1990年代後半、行政の効率化とインターネットの普及により、情報収集、情報提供の方法が様変わりしている。
 このため、海外における職業情報提供の取組例として、米国における職業情報の整備状況を調査した。

1.必須の情報としての従来からの職業情報

(1) 職業辞典(Dictionary of Occupational Titles: DOT)

 全米5カ所の職務分析センターにおいて、専門の職員が職務分析を行い、職業情報の収集を行い、それを職業辞典(DOT)として集大成し(図1)、また、その若年者向けの解説冊子として、職業ハンドブック(Occupational Outlook Handbook)が作成されてきた。

(2) 必須の情報としての職業情報―基本情報としての冊子とコンピュータによるキャリアガイダンスシステム―

 職業辞典と職業ハンドブックは政府からも出版されているが、民間出版会社からも様々に工夫、加工された印刷物が出ており、書店では必ず陳列される定番商品となっている。文字通り「就職」が行われる米国社会においては、このような冊子は個人の求職者にとっても、また、人材を採用する企業にとっても必須の基礎的情報として利用されてきた。
 また、この職業辞典等の情報をもとにコンピュータによる総合的なキャリアガイダンスシステム(DISCOVER、SIGI-Plus等)が開発され(図2)、高校、大学の就職センター等で活用されてきた。


図1 米国労働省の職業辞典(Dictionary of Occupational Titles: DOT)
(略)


図2 米国ACTのDISCOVERのメインメニュー

図2 米国ACTのDISCOVERのメインメニュー


2.最近の動き―情報基盤整備としてのO*NETプロジェクト―

(1) 職業情報収集体制の見直し:O*NETプロジェクト

 必須の情報として職業情報の重要性は変わらないが、より効率的に、最新の情報を収集できるよう、職業情報の収集・整理の体制が見直されており、従来のように職務分析員が企業に赴き、職務分析を行うのではなく、従業員と雇用主に対する構造化された質問紙を用いて、職業情報を収集する体制に変わろうとしている。
 この新たな職業情報収集はO*NETプロジェクトのもとに行われており、DOTに代わるより多面的且つ最新の情報を反映した職業情報データベースとして、機能するよう開発が進められている。

(2) O*NETとは

 O*NETは職業辞典DOTに替わるものとして開発されている職業に関する総合的なデータベースである。より多くの情報があれば、より多くの就職や転職の機会があるとの思想に沿って作られている。自分の経験や能力に合った他の仕事があるか、自分の興味や能力を生かせる職業はどのようなものか等を検索することができる。
 約1000の職業それぞれについて、以下のような情報が含まれており、各職業の各カテゴリは0〜100の評定値が入っている。O*NET全体としては約1000の職業を行、各項目とそのカテゴリ(総計、約500)を列とするマトリックス(行列)となっている。約1000の職業の分類は後で述べるSOCに基づいており、列を構成する項目は情報のあるもの、必要性が高いものから順次開発されている。

○ スキル―― 46のBasic skillとCross-Functional skill。
○ 仕事内容―― どのようなことをする仕事か。42のカテゴリ。
○ 興味―― ホランドの興味領域尺度の6類型。
○ 価値観―― 職務に関連した17の価値観(Work Style)。達成、承認等。
○ Work Context―― 仕事に関連した46の身体的、社会的要因。
○ Organizational Context―― 仕事に関係する51の組織特性。
○ 経験訓練―― 仕事に必要な経験と教育訓練。


図3 O*NET開始画面( http://online.onetcenter.org/ )

図3 O*NET開始画面

(3) O*NETの効用・効果

 O*NETについては、米国では下記のような効果が期待されている。

○ 人事担当者(HR professional)、企業経営者
・ 採用や教育訓練をより的確に行う
・ 採用時にどのようなスキル等が必要かを明らかにする
・ 社員の教育訓練を設計する際、仕事内容、スキル等を明確にする
・ 正確で詳細な職務記述を可能にする
・ 昇進、昇格の際の判断基準
・ 社員の再就職等を斡旋する際の情報
○ 求職者
・ 各職業のスキル、興味、教育訓練等の情報
・ どの職業が自分に合っているか
・ 自分をどのように伸ばすか(教育訓練)

(参考1)O*NETのデータを利用した一般向けシステムの開発

 O*NETは巨大なデータベースであり、個人が直接利用する際には難しい面がある。そのためO*NETのデータを利用し、中学生、高校生でも職業の探索が行えるシステム(Webサイト)がニューヨーク州労働局で作られている(CareerZone 図4)。
 また、コンピュータによるキャリアガイダンスシステムDISCOVERを開発してきたACT社も、システムの基礎データとしてDOTに替わりO*NETを利用するようになっている。


図4 O*Netのデータを活用した中高生用職業情報サイト(CareerZone)
http://www.explore.cornell.edu/newcareerzone/
(略)


(参考2)興味、能力、価値観の測定ツール:プロファイラー

 O*NETは興味、能力、価値観等から検索できるが、個人のこれらの側面を測定するツールが開発されている。

Interest Profiler(興味)   Ability Profiler(能力)
Work Importance Locator and Work Importance Profiler(価値観)

(4) インターネットにおける求人・求職の情報基盤としてのO*NET

 現在、米国労働省ではCareer Kit(後述)として、求人・求職情報(America’s Job Bank : AJB)、就職・転職を支援する情報サイト(Career InfoNet)、就職・転職のための教育訓練機関の情報バンク(America’s Learning eXchange)等をインターネット上で公開している。これらのシステムを職業という共通言語により(特にスキルを中心として)結びつけるものとして、O*NETが位置づけられている。
 例えば、自分の持っているスキル、知識を生かせる職業は何か、就職、転職に必要な知識はどこの教育訓練機関に行けば習得できるか、従業員の再就職を斡旋する際、従業員のスキルを生かせるのはどのような職業か、空きポストの人材を捜すときにそのポストに必要なスキルは何か、等々をこれらのシステムで調べる場合、このスキル、知識等が共通の用語として、それぞれのシステムで用いられていなければ相互に情報を利用することはできない。このためのシステム全体の共通用語、また、その基準(0〜100)を示すものとしてO*NETが位置づけられている。


図5 仕事と人、教育訓練を結びつける共通言語
図5 仕事と人、教育訓練を結びつける共通言語(America’s Career Kit, AJBの開発責任者が筆者らへの説明で描いた図)


(5) 米国労働省が提供する求人・求職に関する総合的情報サイト:America's Career Kit

 現在、米国労働省では求人・求職に関する総合的な情報サイトとして、以下の情報をネット上で公開しており、これらをまとめてAmerica's Career Kitと呼んでいる。

 図6 America’s Career Kitの構成(参考1を参照)

America's Job Bank(AJB)―― 全米の安定所、民間企業等から集めた求人情報約150万件、個人が登録した全米からの求職情報約80万件。
America's Career InfoNet(ACINET) ― 職業展望(成長職業、雇用機会の多い職業等々)、職業毎の給与情報、就職に必要な要件、州毎の情報、職業探索ツール、キャリアの情報源(約4千のサイトをリンク)等を提供。
America's Learning eXchange(ALX)―― 教育訓練情報。6千の教育訓練機関、30万のプログラム、セミナー、コースを紹介。
Service Locator―― 個人の求職者、求人会社の双方に必要な雇用と教育訓練に関する職業安定所やチャイルドケア等の施設の場所をインターネット上で検索できる。
O*NET―― 前出、インターネット上の総合的な職業データベース。


図7 America’s Job BankとCareer InfoNetのサイトページ
(略)


(6) 企業情報システムとしての共通コードの必要性

 離転職の多い米国企業では、これに関わる業務のコンピュータによる自動化がかなり進んでおり、1997年のSHRM(Society for human resource management)の調査でも、すでに86%の企業でHR情報システム(HR information system、図8参照)が導入されている。このような情報システムは外部のインターネットとの連携が図られており、企業内の空きポストの情報を自動的にインターネットの求人情報サイトに提示することも可能になっている。
 例えば米国労働省のインターネット上の求人情報サイトであるAJBは、もともとは全国の職業安定所に集まる求人情報を一括提供するものであるが、企業のHR情報システムからの情報を直接入力することも行われている。2000年11月現在、AJBには150万件の求人があるが、このうち約60万件がこうした企業のHR情報システムから直接入力されたものである。
 様々な情報システムが導入され、それがインターネットを介して相互に連携して使われるこれからの情報ネットワーク社会を考えると、そこで用いられる分類、コード、基準の共通化が必要となる。IT化を支える社会基盤、情報基盤として共通用語の必要性が位置づけられる。

図8 HR情報システムの例
(http://www.peoplesoft.com/) (http://www.sap.com/)
(略)


(7) 米国における職業コード―DOTからSOCへ―

 米国労働省では職業紹介等に用いることを目的として、職業辞典(DOT)のコードであるDOTコードを用いてきた。このコードは9桁のコードであり、中央の3桁は労働者機能(DPT: Data, People, Thing)に対応し、このコードだけでどのような職業の概要がDPTの水準からわかるように工夫されたものである。このDOTコードは現在も使われているが、SOC(Standard Occupational Classification)への代替がすすめられている。O*NETも当初、DOTに準拠したO*NETコードで開発されたが(O*NET 98)、現在はSOCを用いたシステムになっている(O*NET 3.0)。
 コンピュータ処理を前提としない、冊子と手作業では分類体系は作業効率上非常に重要な意味があったが、コンピュータでの多面的な分類、ソート(並び替え)が容易に行える今日、コードの分類体系にはかつてのような役割はなくなっている。今回、O*NETがSOCを採用したことも、O*NETがデーターベースとして様々な角度からの検索が可能なことから、職業コードは統計等で広く用いられているSOCに準拠したものと考えられる。
 SOCは1980年に労働統計局(BLS)によって作成され、最近では1998年に改訂版が公表されている。現在のO*NET 3.0はこの1998年に改訂された分類を用いている。SOCの分類体系は23の大分類(major group)、96の小分類(minor group)、449の代表職業名(broad occupation)があり、全体では820以上の職業名が収録されている。SOCよりもO*NET 3.0の方が収録職種の数が多いため、O*NET3.0ではSOCに3桁の枝番号を付与し対応している。SOCについては本章最後の「参考2:SOCの分類体系」と、http://www.bls.gov/soc/soc_home.htm を参照のこと。

(8) O*NET、Career Kit等の開発要員、体制等

 ここでは開発体制、サポート要員等について整理する。O*NETはかなり大規模なプロジェクトであり、またAJBを含むCareer Kitも全体としては、膨大な情報を提供するシステムであるが、以下にみるようにO*NETプロジェクトに関わる労働省の職員は2.5名(3名うち1名は兼任)、Career Kit担当の労働省職員も全部で5名である。大規模なプロジェクト、大規模なシステムの開発、運営を行っているが、その体制は弾力性のあるものとなっている。
 予算に関しては、開発の当初からの額は明確ではないが、継続的なO*NETの開発、職業情報の収集等に年間約700万ドルの予算が認められている。O*NET開発の責任者の個人的な意見としては、年間1000万ドルから1200万ドル必要と考えているとのことであった。

○ O*NETプロジェクト・コンソーシアム(連邦労働省他)
 職業情報の収集(労働者、雇用者アンケート調査)、O*NET online(Webサイト)の管理、研究開発等を行う。コンソーシアム全体で約30名。ノースキャロライナのO*NETセンター(下出)に15名、連邦労働省には、連邦政府職員2.5名(3名だが内1名は兼任)、コントラクターからの出向者7名等、計15名がいる。
○ O*NETセンター (ノースキャロライナ州)
 ノースキャロライナ州にあった職務分析センターが改組されたものであり、職員は15名。職員の身分は州政府職員であるが、給与は連邦から来ている。O*NET3.0の開発、今年から始まる予定の情報収集本調査のプリテスト等を担当。
○ Career Kit 担当(連邦労働省)
 Career Kit全体の開発等を担当。連邦政府職員5名、コントラクターからの出向者約10名。
○ AJBサービスセンター (ニューヨーク州)
 AJBの運用、利用に関する問い合わせ等を担当、職員は35名。職員の身分は州政府職員であるが、給与は連邦から来ている。AJBのシステムはApplied Theory社に運用を依託。
○ Career Kit サービスセンター (ミネソタ州)
 Career Kitの利用者からの問い合わせ等を担当。もともとミネソタ州でLearning eXchange を開発してきた。

3.米国における職業情報整備

 IT革命の震源地であり、インターネットの多様な活用が広範に進む米国は、人材の流動化の面でも参考になる点が多いものと考え、その状況をみてきたが、ここでの報告をまとめると以下のように言えよう。

(1) 離転職の多い米国社会では、以前から職種毎の情報、職業情報は社会に必要な情報として整備されてきた(職業辞典DOT等)。

(2) 近年、より効率的な情報収集、より最新の情報を収集することを目的として、職業情報の収集体制が見直されている。業務遂行の体制も弾力性のあるプロジェクトによって行われている。(O*NETプロジェクト)。

(3) 米国労働省ではインターネットを通じて求人求職情報、就職・転職のための情報、教育訓練情報を提供しているが、これらを共通の用語、共通の基準で利用できるようにするためにもO*NETが必要とされている。

(4) 米国では、各企業でHR情報システム(HR information system)の導入が進んでおり、このようなシステムは社外のインターネットと連携したものとなっている。このようなHR情報システムがスムーズに機能するためにも、採用、就職、転職等に関わるスキル、知識、仕事内容等のコードの共通化が求められている。

(5) 各社のシステムがインターネットを介して相互に連携し機能する、これからのIT時代において、それぞれの分野でのコード、定義、水準等の共通化が必要とされている。インターネットの普及によって、従来企業内あるいは企業グループ内に限定されていたオンラインでの接続が、全てのシステムの相互接続の可能性を持つこととなり、この意味でも共通用語、共通基準が必要とされている。

(6) O*NETを構成する興味、スキル、能力、仕事内容等々の各項目、またその尺度化、測定方法等に関しては、米国では広範な研究活動が行われている。このような研究成果の蓄積のエッセンスとして今回のO*NETも設計されている。社会、経済的事象に関する科学的な測定方法、その尺度化、また妥当性、有用性の検討等、層の厚い継続的な研究活動が必要と考えられる。


□ 参考1―米国労働省America’s Career Kitのパンフレット (略)

□参考2――職業分類SOC(Standard Occupational Classification)の構造

1.SOCの大分類(23 major groups)

11-0000 Management Occupations
13-0000 Business and Financial Operations Occupations
15-0000 Computer and Mathematical Occupations
17-0000 Architecture and Engineering Occupations
19-0000 Life, Physical, and Social Science Occupations
21-0000 Community and Social Services Occupations
23-0000 Legal Occupations
25-0000 Education, Training, and Library Occupations
27-0000 Arts, Design, Entertainment, Sports, and Media Occupations
29-0000 Healthcare Practitioners and Technical Occupations
31-0000 Healthcare Support Occupations
33-0000 Protective Service Occupations
35-0000 Food Preparation and Serving Related Occupations
37-0000 Building and Grounds Cleaning and Maintenance Occupations
39-0000 Personal Care and Service Occupations
41-0000 Sales and Related Occupations
43-0000 Office and Administrative Support Occupations
45-0000 Farming, Fishing, and Forestry Occupations
47-0000 Construction and Extraction Occupations
49-0000 Installation, Maintenance, and Repair Occupations
51-0000 Production Occupations
53-0000 Transportation and Material Moving Occupations
55-0000 Military Specific Occupations
2.SOC の大分類以下の体系例
15-0000 Computer and Mathematical Occupations
 15-1000 Computer Specialists
 15-1010 Computer and Information Scientists, Research
15-1011 Computer and Information Scientists, Research
 15-1020 Computer Programmers
15-1021 Computer Programmers
 15-1030 Computer Software Engineers
15-1031 Computer Software Engineers, Applications
15-1032 Computer Software Engineers, Systems Software
 15-1040 Computer Support Specialists
15-1041 Computer Support Specialists
 15-1050 Computer Systems Analysts
15-1051 Computer Systems Analysts
 15-1060 Database Administrators
15-1061 Database Administrators
 15-1070 Network and Computer Systems Administrators
15-1071 Network and Computer Systems Administrators
 15-1080 Network Systems and Data Communications Analysts
15-1081 Network Systems and Data Communications Analysts
 15-1090 Miscellaneous Computer Specialists
15-1099 Computer Specialists, All Other

15-2000 Mathematical Science Occupations
 15-2010 Actuaries

15-2011 Actuaries
 15-2020 Mathematicians
15-2021 Mathematicians
 15-2030 Operations Research Analysts
15-2031 Operations Research Analysts
 15-2040 Statisticians
15-2041 Statisticians
 15-2090 Miscellaneous Mathematical Science Occupations
15-2091 Mathematical Technicians
15-2099 Mathematical Science Occupations, All Other


III 職業情報をめぐる今後の方向性

1 今後の職業情報をめぐる視点

 前記IIで明らかにされた職業情報をめぐる動向、現状を踏まえ、今後の職業情報のあり方について整理すると、以下の視点をあげることができる。

(1) 多様な職業情報の整備

 求職者・求人者の求める職業情報は幅広いものがある。また、求職者の場合、年齢や職業経験の違いによって、求人者の場合、事業の種類、事業所規模の違い、募集職種によって求める情報が異なっている。ニーズ調査によれば、求職者にとって職務内容、労働条件は重要であるが、これらのみならず、将来のキャリア形成に関連する環境、さらには、職場環境、人間関係等の会社の内情についての情報も求められている。一方、 求人者においては、求職者の情報に関して、態度・性格・適性など人柄、人間関係・コミュニケーション能力、経験・スキルが重視される。経験・スキルの中には、過去に従事した職務内容、仕事上の実績、職務の遂行に必要な資格などが含まれる。
 さらに、こうした具体的な求職・求人活動場面だけではなく、若年者を中心とした教育現場における職業教育・職業指導の場面、高齢化や事業内容の変化に伴う企業内における人事雇用管理・能力開発等の場面、また、労働者個人が労働市場の中で自らの適性を把握しつつ職業選択や能力開発を行う場面等、今後積極的な取組の重要性が増加すると考えられる職業生活をめぐるさまざまな場面で、それぞれのニーズに応じたきめ細かな職業情報が求められている。
 これらのことから、職業情報については、情報の内容を豊かにすることが重要であり、仕事の内容、必要なスキル・技能、経験、適性、さらには、職務の位置づけ、将来性、能力開発の方法・機関、能力評価、賃金、労働力需給状況等といった、情報の受け手の幅広い情報ニーズに対応することのできる体系が求められる。

(2) 職業情報における職業名の意義と方向性

 職業選択が様々な観点からアプローチされるとしても、職業名は、職業相談、職業紹介において、職業選択等の拠り所として、また、多様な職業情報の見出し語の役割を果たすものとして、その重要性は大きい。
 各般において行われる職業相談、職業紹介等の連携を確保するという観点や、求職者、求人者等の混乱を回避するという観点、また、統計的に活用して労働市場のマクロの状況を判断する観点からも、職業名には一定の概念の共通性を持たせていく必要がある。
 こうしたことから、職業名については、今後、官民共通のものの整理に取り組む必要があるが、その基本は、単に細分類職種について細かく職務や課業を記述していくことを重視するのではなく、他の多様な情報と有機的にリンクさせて活用し、求人・求職者の意志決定を支援し、官民における職業相談、職業紹介をより円滑化する観点を重視する必要がある。すなわち、職業名の意義は、利用者のニーズに合わせた職業情報の柔軟な探索、編集の可能性と関連させて考える必要がある。

(3) 横断的な職業情報の整備による関連職業の把握

 今後、拡大すると見込まれる労働移動、とりわけ職種を越えた労働移動に対応するために、転職可能性を正しく把握できる職業情報の充実を図っていくことが必要である。
 そうした職業情報を整備するためには、職業を構成する仕事の内容を分析することにより、必要な能力や適性、経験を明確にし、それを踏まえて複数の職業に共通する項目を見いだし、この項目を種々の視点から大項目に括り、これによって相互に共通性を持つ職業を横断的に把握できるようにすることが必要である。
 こうした共通する項目をベースにして職業の情報を広く提供していくことは、転職を余儀なくされる求職者にとっての職業選択の基盤となるだけでなく、従業員の職場配置や能力開発といった点から、求人者にとっても意義のあるものということができる。

(4)情報の鮮度の保持

 提供される職業情報が、その時々のニーズに的確に対応していくためには、情報の範囲の充実とともに、情報の鮮度の保持が配慮されなければならない。職業をめぐる様々な側面で変化のスピードが加速化することが予想される今後において、一度蓄積された情報が何年もそのままにされているとすれば、その情報は陳腐化した使いものにならないものとなってしまうおそれがある。したがって、産業、労働市場、意識等状況の変化に的確に対応したものとするため、産業界、労働力需給調整機関等の協力を得て、現場からフィードバックされる情報を反映できるような情報提供の体系の構築が求められる。

(5)明示できていない情報の明確化

 職業情報の充実に関連して、明示されにくい特性の明確化の問題がある。多くの求人者が採用の際に重視する「人柄」、「交渉力」、「対人能力」等の言葉で表現される特性がある。これら明示化できていない能力について、より具体的な指標にブレークダウンすることと等により明確化を図ることが検討される必要がある。近年、コンピテンシー(高業績者が成果達成の際に取る行動様式)の分析・研究、これを人事戦略に活用しようとする企業等の動きも現れてきており、今後は、キャリアカウンセリングによる支援や自己申告制などの普及とともに、客観性のある指標となることが期待される。
 企業には、特定の職業における職務遂行に必要な能力を分かりやすい形で企業の内外に示すとともに、求職者の求めているものを理解し、職業を表現する知識・能力を高める努力が求められる。現在、企業側では、機密性、効率性、採用コスト、採用部署と人事部門の距離感(現場ニーズと人事ニーズの差異)など職業情報の公開には阻害要因が多く、結果として職業情報は概して企業イメージ、職種、年齢、労働条件に限られるケースが多い。通常の求人情報には欠けている、仕事内容、仕事の遂行に必要な能力などの指標や、仕事に従事している人の特性等の情報は、採用、配置等においてむしろ重要な要素となる等、これらは、企業内の人材の有効活用においても必要な視点である。今後、希少価値のスキルを持った人材や有能な人材を中心に、求人者が提供する職業情報から求職者イニシアティブを持って企業選択を行っていく傾向が強まると予想される中で、求人側から、人の特性を含めた内容豊富な職業情報の公開が必要である。
 明示されない職業情報の明確化が必要なことは、求職者側における、自己の経験、職業能力、適性などの情報についても同様である。求職者は職務経歴書の記述能力の向上等によって、特性、興味、適性等の情報を具体的に表現する能力が求められる。

(6)職業情報を使いこなす能力

 今後、情報化の進展の中で、多面的な職業情報を自らの判断で検索し、活用することが広く普及する一方で、検索する側の職業に対する理解度が、必要とする情報を効率的に得ることや、それを職業生活に有効に活用することに大きく影響する。
 このため、今後の職業情報のあり方を検討する際に、職業と職業情報について国民各層の関心を高めるとともに、求職者、求人者とも、職業についての基本的な知識を十分に持ちそれを使いこなす能力、すなわち、いわゆる「職業リテラシィ」を身につけることが重要な課題として位置づけられる。

(7)職業能力開発を支援する職業情報

 経済・産業構造の転換、雇用に関する労働者の意識の変化、労働移動の増加、企業による人材の即戦力志向の高まり等に伴い、企業主導の能力開発に加え、労働者の自発性を重視した職業能力開発の重要性が増してきている。
 このため、キャリア形成支援、職業能力評価システムの整備、多様な教育訓練システム等の必要性が指摘されているが、職業情報の整備にあたっては、こうした企業あるいは個人の自発的な能力開発の取組を支援する情報内容、仕組みとすることが意識される必要がある。


2 今後の方向性

 上記1の視点に基づき、労働市場における情報インフラの整備の観点から、今後の職業情報充実に向けての具体的な方向性について以下の通り提言する。

(1) 職業情報の基礎的データベースの構築

 職業情報を整備する目的は、円滑な労働力需給調整や職業生活の各段階において必要となる情報を的確に提供するとともに、労働市場において使われる共通言語を整備することにより、需給ギャップを明らかにし、マッチング効率を高め、能力開発が促進されること等にある。
 産業・職業構造の変化、労働移動を重ねつつキャリアアップしていく傾向の高まり等に対応する職業情報を考えた場合には、いわゆる職業分類を細分化・精緻化する方式ではなく、仕事の内容、求められる能力ばかりでなく、上記1に示した関連する豊富な情報を有機的に活用できる体制を考えていくことが重要になる。
 そのためには、まず、職業に関する幅広い情報が収集構築される必要がある。具体的には、一定のまとまりとしての職業を単位に、その仕事内容、特徴、必要とされるスキル、能力、経験、就業実態、労働条件、労働力需給、従事者の特性等の関連諸情報をデータベース化し、様々な情報ニーズに応えることのできるシステムを構築するものである。職業情報に対する多面的な要請に応えるために、最近の情報通信技術を駆使したシステムを構築するもので、社会が等しく共有できる職業情報の基盤として、職務内容など仕事の特性に関する情報だけでなく人の特性(スキル、能力、適性など)や労働市場に関する情報も含んだ職業に関するデータベースを構築することは、画期的なものとして期待される。
 具体的には、アメリカのO*NETのような、職業情報の基礎データをデータベース化し、インターネット上に広く公開するシステムが参考になるものと考えられる。
 なお、こうした取組の成否を左右する要素は、採用・雇用慣行、人事慣行、職業情報の浸透度、民間の新規事業展開の土壌の有無等と多く、我が国独自の雇用慣行、企業の人事制度を踏まえた我が国で必要とされる職業に関する情報や項目などについての学術的、実践的な基礎研究が一層必要となってくる。また、諸外国の先行的な職業情報収集・提供事例もさらに検討することが望ましい。

(2) 基礎的データベースを活用した支援システムの構築

 職業情報の総合的情報データベースはあくまでも基礎的なデータの集合であり、必ずしもこれだけでそのまま、様々なニーズに有効に応えられるものとは限らない。こうした基礎的データベースを核として種々の支援システムがリンクする体制を構築することが次に求められることになる。
 アメリカの例で言えば、Career Kit(AJB、ACINET、ALX、Service Locator等)、Career Zone、DISCOVER等のO*NETを活用した各種支援システムである。
 こうした支援システムの構築には、官民が参加する体制が必要である。
 アメリカのO*NET においては、職種、職務、求められる能力・現在の業務遂行能力という一連の情報データ・ベースを政府が整備し、それを無償で自由に使える情報源として、民間人材サービス会社、民間出版社等が活用している。
 データベースの構築は、これを活用する応用システムの開発が伴う必要がある。データベースを基礎としたさまざまな応用システムの開発、例えば、職業適性診断システム、さまざまな職種でのスキルの身につけ方やキャリアアップの道筋などと組み合わせたシステムとすることにより、利用価値が高まるが、こうしたシステムの開発には官民の各機関が積極的に取り組むことが重要であり、また、データベース、関連システムが広く活用されることを促進する必要がある。

(3) 官民共通職業名の整備

 今後の職業情報のあり方としては、上記のとおり、情報化を最大限活かしつつ各般のニーズに応えるものとしてのデータベース化を核に整備されていくものと考えられるが、職業安定法第15条に規定された共通して使用されるべき職業名については、これら職業情報の総合的情報データベース化を検討する中で、最も効率的な情報の単位が検討されていくことより、その整備が図られていく必要があると考えられる。
 従来の職業名にとらわれることなく、実際のニーズに最も応え得る職業の単位を共通職業名として規定することにより、法規定の趣旨である官民にわたる円滑な需給調整に真に資するものとなり、また、基礎的な共通言語としての職業名が就職活動時点のみならず、職業生活全般においても有効なキーワードとしてこれまで以上に役立つものとなると考えられる。

3 取組の手順

(1) 基礎的データベースの構築に向けた検討

 情報ニーズを取り込んだ多様性に富む情報の収集と提供に関しては、今後の情報通信技術の動向などを配慮しながらさらに検討を要する。
 その際、職業ハンドブック、しごと事典等既存の職業情報データの蓄積を活かし、その拡張可能性の検討を手掛かりとすること、その結果を踏まえた不足している情報の試行的収集、これらを活用した数職種によるプロトタイプの試作による情報内容及び検索・提供システムの検討等といったプロセスが考えられる。
 また、求人情報において必要な人材を明確にするための求人内容の具体的記述方法の検討(仕事の内容、必要な能力・経験等の職業仕様)、求職者の持つ仕事の遂行能力・経験の具体的表記方法の検討、スキル・経験の分析を基礎にした関連する(異動可能な)職業の情報、職業能力を客観的に評価するシステム、あるスキルを持った者が一定のスキルに到達するために必要な追加の経験・教育の分析システム等の検討により、従来は明示されなかった情報を明示化し、職業情報を充実することが必要である。

(2) 支援システムの検討

 支援システムの構築については、求職者、求人者等に対する直接的な支援サービスに関わるものであり、官民の種々の機関によって、積極的に検討・開発が進められることが望まれる。
 もちろん、その検討に当たっては、活用すべき基礎的データベースがどのように構築されるかが大きく影響するものであるが、逆に、基礎的データベースのあり方を検討するに当たっても、その活用・支援システムがどのようなものになるかを想定することも効率的なシステムを構築する上で重要である。
 このため、支援システムのあり方等についても、アメリカ等の状況の把握に勤めるとともに、比較的早い段階から、関係者を含めた検討の場を設け、基礎的データベースの構築にフィードバックがなされるよう配慮される必要がある。
 この場合も、コンピュータによる適性診断システム、職業ガイダンスのあり方に関する研究等、既存の取組成果を手掛かりとすることができる。

(3) 具体的展開

 これらの検討には一定の時間を要することが想定されることから、その検討事項の優先順位を判断し、順次活用していくという姿勢が必要である。例えば、高失業率が続く現状において、より円滑な再就職支援を図るという観点から、充実すべき情報のうち、各職業に必要なスキルや経験等についての明確化と実態把握から着手するということが想定される。
 検討の進め方としては、

(1) 既存データの再構築等を通じた、基礎的データベースとして必要な情報内容及び収集蓄積方策の検討
(2) 基礎的データベースの収集・蓄積の単位となるべき職業の設定方針の検討
(3) 基礎的データベース収集提供システムの検討
(4) 想定される各種支援システムの検討
等から取り組み、順次、数職種について基礎的データベースプロトタイプの試作、各種支援システムの具体的ニーズ把握等を経て、基礎的データベースシステムの構築、各種支援システムへの活用、他の既存システムとのリンク等に取り組むことが考えられる。
 また、検討の早い段階に、情報収集や提供の仕組み、維持管理方法、経費等について、我が国にふさわしいあり方を十分に精査する必要があり、同時に、各分野で取り組まれている関連情報のシステム等と整合性をとりつつ、データの共有も図っていくことが重要である。
 さらに、基礎的データベース、支援システムの検討に当たっては、官民の関係機関が参加して行う必要があり、特に、利用者への情報提供サービスに直接的に関わる支援システムの開発については、労働力需給調整機関、業界団体等種々の関係機関が積極的に取り組むことが望まれる。

4 配慮が求められる関連事項

(1) 「しごと情報ネット」の取組

 平成12年10月より、学識経験者及び労働力需給調整に関わる関係者から構成される運営協議会が設けられ、官民の労働力需給調整機関が保有する求人・求職情報から取り出されたインデックス情報を、インターネットを利用して一覧、検索できるようにし、参加機関のホームページにリンクする等の方法により詳細情報にアクセスするしくみである「しごと情報ネット」の検討が進められている。
 この「しごと情報ネット」において、職種もインデックス情報の基本事項の一項目として、当面、労働省編職業分類を基礎として区分を設定することを原則とし、民間参加機関の職業分類方法等を参考としつつ、このシステム用に用いる分類の区分を設けることが検討されている。
 労働力の円滑な需給調整を図るためには、職業情報のあり方について、本報告書で指摘されたように更に長期的に検討を深めていく必要があり、「しごと情報ネット」の今後の運営においても、こうした検討結果を活かしていくことが重要であると言えよう。

(2) 関連した分野での情報整備の取組との連携

 現在、職業に関連する各分野で情報通信技術を活用した情報整備の動きが活発化している。これらは、それぞれ個別の目的をもって行われているが、これらの間で互いに情報のやりとりができることにより情報価値が飛躍的に高まる。
 本検討委員会が提唱する情報データベースは、もとより様々な支援システムや情報データベースに情報を活用される(取り込まれる)ことを前提として構築しようとするものであるが、本データベースを核とし、関連する情報にリンクあるいは読込みを行うような有機的連携が意図される必要がある。

(3) 職業能力評価システムの整備

 転職、職業紹介等の場面において、他の職種でも活かせる求職者のスキル、経験、実績等を把握することが重要であり、職業能力を評価するシステムを整備することが必要になる。

(4) 人的支援の必要性

 労働移動が円滑に行われるためには、求職者の適性、能力、過去の経歴等を明確化したうえで将来の転職可能性を判断することが必要になるが、これをデータのみで表現し、判断することはできず、最終的には人間に頼るところが大きい。さらに、若年者には、職業知識を得ることや自己理解のための職業情報を基盤とした支援が必要とされている。特に最近の求職者(若手を中心とした)が転・就職に際して関心の強いポイントは、入社後どのようなスキルが身につき、将来どんなキャリアアップにつながるのかである。これらを検討するための支援が必要である。
 このため、いわゆるキャリアカウンセラーとしての能力を有する者が転職支援の場面で関与することが重要になる。インターネット検索や職業紹介技法の高度化に備え、専門的人材の育成にも配慮が必要である。

(5) 求人票、求職票等への反映

 整備された職業情報を十分に活用していくためには、職業相談、職業紹介等の場面における求人票、求職票等、様々な支援活動において使用される各種帳票等が的確にこれらを反映したものとなるよう必要な見直しが行われる必要がある。 また、求職者が職業検索に使用したキーワードを整理分析し、これを求人者等に提示することにより適切な求人情報の提供を求め、これらの情報が過不足なく記載されるよう求人票の見直しを行なうこと等の対応も今後の取組として想定される。


トップへ
戻る