09/12/10 第1回慢性の痛みに関する検討会議事録           第1回慢性の痛みに関する検討会                    日時 平成21年12月10日(木)          10:00〜12:00          場所 経済産業省別館10階1031会議室 ○渡辺課長補佐  それでは「慢性の痛みに関する検討会」を開催いたします。委員の先生方にはお忙し い中、日程調整をしていただきまして多くご出席をいただけることになりました。あり がとうございます。私は事務局を担当している厚生労働省疾病対策課の渡辺と申します 。よろしくお願いいたします。  まず、先生方の出欠状況についてご報告させていただきます。本日、日本医師会の内 田先生は遅れて出席されるというご連絡をいただいております。竹内先生と辻本先生は 、今日は都合がつかないということでした。各先生方のご紹介に関しては、手元にある 出席者の名簿と座席表をもって代えさせていただくことをご了解いただけたらと思いま す。申し訳ございません。本日は、オブザーバとして順天堂大学医学部附属病院緩和ケ アセンターの室長をされている井関先生にお越しいただき、後ほどプレゼンテーション をお願いしております。井関先生、よろしくお願いいたします。それでは検討会の開会 に当たりまして、上田健康局長よりご挨拶を申し上げます。 ○上田健康局長  委員の皆様方には、委員のご就任を引き受けていただきまして、また、本日はお忙し い中をお集まりいただきましてありがとうございます。日頃から先生方には私どもの健 康行政に対して、格段のご理解、ご協力をいただいております。厚くお礼を申し上げま す。  我が国におきましては、言うまでもなく人口構造、疾病構造の変化に伴いまして、急 性期疾患のみならず、慢性疾患対策、これは国民の健康負荷という点では大きいものが ございまして、これに対しては一層の充実が求められていると考えているところです。 こうした現状を踏まえて、私どもにおきまして今年の7月から8月にかけて、慢性疾患対 策の更なる充実に向けた検討会を開催して、慢性疾患対策のあり方について検討結果を 取りまとめていただきました。  この検討結果を受けまして、1つは慢性疾患につきましては、急性期疾患のみならず、 やはり、国民の健康負荷が非常に大きいという点があります。そして長期にその治療や 経過が及ぶものですから、それをしっかり社会全体で支えていく必要があるのだろうと 考えております。特に、私ども慢性疾患対策の中で、例えば、糖尿病とか腎疾患対策を やっておりますが、何か大きなもので見逃しているものはないかと検討したわけですが 、先ほどの検討会の結果から、1つは慢性疼痛があるのではないか。もう1つはCOPD対策 があるのではないかと考えているところです。そういうことで、今後は慢性疼痛に関わ る対策の充実について、十分な検討を行うべきということになったわけです。本日の慢 性の痛みに関する検討会はこういう提言を受けて、具体的にこの問題を検討するために 開催に至ったということです。  痛みの問題は生体の警告信号として大変に重要な感覚ですが、それが慢性化すること で患者さんは大いに苦しんで、そのQOLが大きく低下することは間違いございません。 一方、痛みは不快な感覚的・情動的体験と定義されておりますように、その強さや質を 客観的に評価することが困難という見方もございます。また、慢性の痛みを引き起こす 疾患は、筋・骨格系及び結合組織の疾患をはじめ、口腔外科領域の疾患、あるいは婦人 科疾患、原因が解明されていない難治性の疼痛を来たす疾患などさまざまで、関係する 領域は非常に多岐にわたっていると考えております。  この検討会におきましては、これまで光を当ててこられなかった慢性の痛みについて 、各分野の先生方にさまざまな切り口からご議論をいただきまして、今後の痛み対策を 具体的に検討をしていただければと考えております。是非、積極的なご意見を頂戴でき るようお願いしたいと存じます。最後になりますが、この議論が患者さんが主体となる 痛み対策に、社会全体で取り組む意識の醸成とそのための基盤づくりにつながることを 期待して、私の挨拶とお礼に変えさせていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げ ます。 ○事務局  続きまして、本日の会議の進め方についてご説明いたします。お手元の資料の議事次 第をご覧ください。2、「『慢性の痛み』の現状について」ということで、事務局から 簡単に説明させていただきまして、井関先生、牛田先生、柴田先生からのプレゼンテー ションを予定しております。3は「『慢性の痛み』をとりまく課題について」というこ とで、フリーディスカッションを予定しております。  続きまして、資料の確認をさせていただきます。お手元の資料をご確認ください。資 料1は「慢性の痛みに関する検討会開催要綱(案)」、資料2は「慢性の痛みをとりまく 状況とこれまでの経緯について」、資料3は「慢性疼痛治療ペインクリニックの臨床」、 資料4は「運動器の慢性痛を取り扱う視点から」、資料5は「医療における慢性痛の問題 点」、資料6は「慢性疾患対策の更なる充実に向けた検討会検討概要」となっております 。お手元の資料で足りないものがございましたらおっしゃってください。よろしいでし ょうか。  資料1の「開催要綱(案)」についてご意見はありますか。この「開催要綱」に従っ て、座長を選任したいと思います。お手元に名簿をお配りしておりますが、どなたか座 長に関しまして、自選、他選ございましたらよろしくお願いいたします。 ○宮岡委員  精神・神経センターの葛原先生にお願いできればと思います。 ○事務局  ほかにご意見はございませんか。それでは葛原先生に座長をお願いしたいと思います 。葛原先生、よろしくお願いいたします。 ○葛原委員  それではいまご推挙がありましたので、力不足ではありますが座長を務めさせていた だきます。よろしくお願いいたします。 ○事務局  これからは葛原先生に進行をお願いしたいと思います。葛原先生、よろしくお願いい たします。 ○葛原座長  以後は私のほうで進行を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします。最初 にプレゼンテーションから始まりますので、資料2につきまして、事務局からご説明を お願いいたします。 ○事務局  「慢性の痛みをとりまく状況とこれまでの経緯について」ということで紹介させてい ただきます。痛みを取り扱うに当たりまして、慢性疾患の更なる充実に向けた検討会を 7月、8月に健康局で行ったわけです。その検討概要の中に、筋・骨格系及び結合組織の 疾患、COPDの問題について、施策のあり方を検討していくことが重要ではないかという 提言です。  受療頻度の高い疾患に共通する課題である慢性疼痛は、当該疾患を有する者の、QOL に大きな影響を与えるということで、身体面、精神面及び社会面が複雑に関与している ため、診療科を超えた全人的なアプローチが必要なのではないかという提言をいただい ております。それを踏まえて、今回、慢性の痛みに関する検討会を開催することといた しました。  本検討会での検討項目は、対象としては慢性の痛み、がん性の疼痛に関してはある程 度対処の仕方が固まりつつありますので、今回は除きたいと思います。筋・骨格系及び 結合組織の疾患を対象とさせていただきます。  まず、慢性の痛みを取り巻く課題を整理するとともに、今後の痛み診療に必要なこと についてご議論をいただければと考えております。筋・骨格系及び結合組織の疾患と慢 性の痛みについて、概況というか、事務局で調べた簡単なスライドを提示いたします。 (スライド開始)  このスライドは人口の将来推計となっております。ご覧になってわかるように、65 歳以上の割合が増えているという背景がございます。一般診療医療費構成割合で上位5 傷病別のものをお持ちしたのですが、いちばん上の総数におきましては、循環器系疾患 、新生物、腎尿路生殖器系の疾患や呼吸器系の疾患、精神及び行動の障害があるのです が、65歳以上となりますと、3番目に筋・骨格系及び結合組織の疾患が出てまいります。  平成20年の患者調査を基にしますと、1番の推計外来患者数ですが、調査日当日に病 院等を受診した患者の推計数は94万5,300人となっております。人口10万人対の受療率が 740人となっております。この受療率の推計外来患者数は消化器疾患に次いで、2番目に 多いことがわかっております。平成19年の国民医療費の調査によりますと、筋・骨格系 及び結合組織の疾患において1.8兆円のお金がかかっていると示されております。  ほかに、服部先生が書かれた論文を引用させていただきましたが、慢性疼痛の保有者 が13.4%いらっしゃって、推計では1,700万人ぐらいいらっしゃるのではないかと。痛み が和らいでいない、ずっと続いている方が77.6%ではないかというデータもあります。  痛みの定義をもう一度確認しておきます。先ほど局長のご挨拶にもありましたが、痛 みとは組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか、このような障害をあらわす言 葉をつかって述べられる不快な感覚・情動体験となっております。  この検討会で取り扱う慢性の痛みというのは、一定期間(月単位)以上続く痛みで、 その痛みの存在が身体的、社会的に大きな影響を及ぼすものを慢性の痛みとして、取り 扱っていきたいと考えております。  慢性疾患の検討概要にもありましたが、慢性の痛みというのが身体面のみならず、社 会生活面、精神心理面に大きな影響を及ぼしますので、診療科の枠組みを超えた総合的 、集学的なアプローチが必要なのではないかと考えております。事務局からは以上です 。 ○葛原座長  どうもありがとうございました。これまであった痛みの検討会の検討課題の結果も踏 まえて、痛みを取り巻く現状と、これまでの経緯についてお話をいただきましたが、何 かご質問はございますか。  この会は今年度から来年度の初めにかけて、4回程度でまとめとお聞きしているので すが、最初ですから、渡辺さんのほうからどういうことに対しての結論が求められてい るのか、もう一回、かい摘まんで皆さんにお伝えいただけませんか。 ○事務局  痛みと取り組むに当たりまして、かなり痛みと向き合う立場によっても、感じ方や考 え方は違ってくると思います。私たち検討会を行うに当たって、どんなふうに整理した らいいかと非常に悩んだのですが、まずは、皆さんが痛み診療や患者さんの立場でも結 構ですし、現状を皆さんで話し合っていただいて、どういった課題があるのかを洗い出 したい、というのが1点です。その上で、それぞれの課題に対して、どのような対策が 今後必要なのかというところを整理できたらいいなと考えております。  検討会の進み具合によって、どこまで具体的な対策に踏み込めるかわからないのです が、そういった痛みを取り巻く状況を少しでも整理したいという思いで、この検討会に 臨んでいただけたらと思います。 ○健康局長  補足をすると、例えば糖尿病や腎疾患とか、国の対策をいま進めている疾患グループ が、慢性疾患についてはいくつかあるわけです。前回の検討会で議論した中で、その痛 みというのは疾患単位では括れないという問題があって、それはどうするかというのは なかなか難しい問題です。しかし、症状として痛みを抱えている方は随分おられるとい うことで、それに対して、我々としては何かすべきではないか、何ができるのだろうか ということが、やはり出発点にあるのではないかと思っています。  もう1つ提言をいただいているCOPDのほうは、タバコ対策を含めて考えなければいけな いということです。高齢者の場合には、肺気腫がどんどん進んでくる方もおられますの で、それは別途やろうと思っています。それは割とCOPDという形で括りやすいのですが 、痛みというのは疾患横断的な部分がありまして、その辺の整理から入らなければいけ ないのだろうということと、その上で国として何ができるか。しかし、大きな健康問題 であることには間違いないということで、少し入口が漠とした形で先生方にお願いする のは恐縮ですが、その上で国として何をすべきか。あるいは国民、社会、医療関係者に 何を呼びかけていくべきか、そういうことをまとめていただいたらいいのではないかと 思っております。 ○葛原座長  どうもありがとうございました。局長、渡辺補佐のお話にもありましたように、慢性 疾患という中で、すでに糖尿病や腎疾患のような、対応が何らかの形でとられているも のがあるわけです。メタボリックシンドロームや高血圧もそうですし、老化性の病気の 認知症や脳卒中、あるいは難病については、別に班会議があるわけです。そういう点で は、痛みという症状はあるが原因疾患は非常に多彩な分野に跨がって、しかも、ADLや QOLを非常に阻害している痛みについては、従来の範疇には入らないので、ここで取り 上げて、どういう対策があるかを検討する。ですから、そこの現状認識、整理をして、 どういうことができるかというところまでを提言するのが課題ということで、これから 検討していただきたいということです。  痛みの中でも、がん性疼痛は昔から有名なもので、1つ仕分けができています。頭痛 に関しては、心の健康科学で班会議ができていまして、片頭痛に関しては、最近科学的 なエビデンスもできてきたということで取組みも進んでおります。がん性疼痛と頭痛は 除いていただいて、あとは委員の顔ぶれをご覧いただいてもわかるように、脳神経外科 から精神科まで、それから整形外科やリウマチ関係の方、社会学的分野の方と、いろい ろな分野の専門家が入っていらっしゃいます。従来の範疇からははみ出すけれども、痛 みということで社会生活が阻害され、学校へ行くことができないとか、あるいは仕事へ 行くことができないという方は、たくさんいらっしゃるわけです。それにどういう対策 がとれるかという方向を示すことを目指して、ご検討をお願いしたいと思います。とい うような前置きですが、何かご質問はありますか。何をやったらいいのかということも 含めて、もし、ご質問があればお願いします。 ○安達委員  そうしますと、むしろ痛みありきで、そこからスタートすると考えていいのですね。 例えば、痛みを起こさないために、予防的なことを提言するとか、そういうことではな くて、痛みがあってそれに対する対策と考えてよろしいのですか。 ○葛原座長  おそらく、予防も含めて実際行動は、この次の新しい委員会の課題で、現在、痛みを 訴えているような状況にはどういうものがあるか、ということをまず整理することから 始まるのではないかと思います。  例えば、線維筋痛症のように、最近若い人で多く見るものもあって、痛みは必ずしも 老人の病気とは限りません。骨・関節、あるいは結合組織の病気というのは、たぶん高 齢者のほうが多いと思います。そこで、年齢、あるいは特別のカテゴリーには限定せず に整理して、そのあと、いま痛みをどう取り除くかということと、そういう痛みを起こ さないような予防法があるかどうか、ということを医学的、社会的に対策のやり方を提 言していくという方向ではないかと思います。だいたいそういうことでよろしいのでし ょうか。もし、厚労省のほうから付け加えていただければお願いします。 ○上田健康局長  予防は当然、予防なしに議論はできないと思っておりますので、含めていただいて結 構です。葛原先生がおっしゃったように、まずは現状分析をして、当然ながらその結果 として、何をすればいいかという中に予防の問題は入ってくるのだろうと思います。 ○戸山委員  私も同じような意見で、痛みというものはもっと早く取り上げてほしかったなという 感じがいたします。たぶん、ここでは痛みの定義、範囲、取り上げるべきものをどうい うふうにするかというのが、まず基本だと思います。  その次は実態で、現状がどうなっているかという把握になるのではないかと思います 。その次になると、その中でそれを押さえるために基礎研究の分野であるとか、予防が どうなっているとか、治療がどうなっているのか。ないしは、新しい流れがどうなって いるかという形に進むのかなと思います。  私は整形外科で、たしかに高齢化になって、運動器疾患というものも少しずつ取り上 げられてきております。その障害があると、1つは機能障害なので、例えば下肢機能が 落ちるとか、いろいろな形でQOLやADLが下がってくると。これは確かに、積極的にいろ いろなことをやられているのですが、もう1つは痛みなのです。その痛みというのは1つ ではなくて、トータルで取り組まなければいけないというところにもきていると思うの で、是非、痛みをいままで取り上げられた範疇で、総合的にやるというのは非常に重要 だと思います。そんな感じで会議が進められればなというのが、私の意見です。 ○葛原座長  そういうような方向ということで、よろしいですか。ですから、婦人科の先生の分野 では、私も、中年女性の「血の道」というので相談を受けたりすることもありますが、 いろいろな不定愁訴も含めて、痛みというのはいろいろな臓器疾患に随伴してきて、場 合によってはもともとの病気よりも、痛みのほうで社会生活が阻害されているという方 もたくさんいらっしゃると思いますので、そういう対策や予防の方向が、打ち出せれば いちばんいいのではないかと思っています。そこをまず確認していただいて、次の方向 にいかないと、何を今後検討していくのかが、だんだん薄れていってしまうということ もありますから、まずは現状認識から始めて、痛みというのがどういうところから起こ っているか、それへの対応はどうなっているかをまず検討したいと思います。その中で 、対策や予防についての課題の整理をしていく、という具合に考えていただきたいと思 います。  次は、順天堂大学の井関先生から、痛み外来というか、ペインクリニックの現状と、 どういう課題がそこで浮かんでいるか、ご講演をいただきたいと思います。先生、よろ しくお願いいたします。 ○井関オブザーバー  順天堂大学麻酔科ペインクリニックの井関です。私どもはペインクリニック、痛みの 治療として、横断的にさまざまな疾患を取り扱いながら、痛みという観点から患者さん の苦痛を治療している外来です。  本日は痛みの臨床ということで、私どもの施設で行っているペインクリニックの臨床 をご紹介させていただきます。  まず、「社会からの疼痛緩和に対するニーズ」についてです。非がん疼痛に関しては 、手術療法の限界が最近ある程度明らかとなってきたこと、また疾患の慢性化・複雑化 といったようなもの、神経障害性疼痛の拡大、さらに高齢化という状況から、非常に疼 痛緩和に対するニーズは、非がん疼痛の間で高まっていると考えられています。  ところで、ペインクリニックという所がどのような診療部門であるかということは、 インターネット等で調べてよくわかっている一般の方もいらっしゃいますが、カタカナ ですし、何をしている所か、わかりづらいというところもあります。わたしたちは、患 者さんに対する説明として、ペインクリニックは痛みの治療を専門的に行う診療科であ り、一般的な鎮痛薬は効かない痛みであるとか、原因疾患を治療しても取れない痛みな どが治療の対象になりますよ、というふうにお話をさせていただいています。  その中で、どのような治療を行っていくかということは、さまざまな治療手段を駆使 して、個人個人に合った方法で痛みを和らげることが、ペインクリニックの使命と考え ております。  一方、医学生や医療従事者に対する説明として、ペインクリニックという所は痛みの 治療を行う臨床の部門ですが、それ以外に、その臨床を通して疼痛生理や薬理学を学ぶ 、さらに、痛みによって変化する人間の行動心理や、疼痛疾患が社会に及ぼす影響を学 ぶ部門であるということで、当大学では、大学院の中に麻酔学と疼痛制御学と2つのコ ースを設けております。  また、ペインクリニックでの治療対象としては非がん疼痛もがん疼痛も両者あります 。どのような治療法を取り入れているかについて、簡単にご説明致しますと、まず、薬 物療法です。それから、治療の主軸として1つのターゲット治療と考えて神経ブロック 療法を含むinterventional pain managementと総称されるものがあります。さらに行動 認知療法や運動療法、物理療法等は当科だけではなかなか行えることではありませんの で、さまざまな科と連携をとって行っている状況です。  次に、ペインクリニックの治療疾患ということですが、横断的にどんな疾患を治療し ているのかということになります。ペインクリニックでの治療対象になり難い痛み、例 えば、胃潰瘍や胆石といったような痛みであれば、抗潰瘍剤をまず使っていただくこと が痛みの緩和にもつながります。原疾患の治療が、直接痛みの緩和にしっかりと短時間 でつながる疾患は、私どもの治療対象にはなりません。ただし、胆石や尿管結石で長い 時間苦しんでいる患者さんに対しては、一時的に痛みを取るということでお手伝いをす ることは可能です。  一方、ペインクリニックでの治療が主となる疾患としては、原疾患の根治治療が困難 な痛みとして、がんに伴う痛み、もしくは膠原病に伴う血管炎や末梢循環障害、閉塞性 動脈硬化症やバージャー病といった方々の痛みです。もう1つは、痛みの治療イコール 原疾患の治療となるような痛みです。この中には、三叉神経痛はよい適応であり、運動 機能が全く障害されていない脊椎疾患、そして頭痛もあります。  もう1つは、痛みだけが残るような病態ということになります。こちらのほうは帯状 疱疹後の神経痛や、術後痛や外傷、骨折後の長引く痛みというようなものが入ってきま す。  ペインクリニックという場所で、どのような診断と治療が進められているかというこ とを簡単に書いてみました。日本は、どの科でも自由に患者さんが、かかっていただけ るシステムがありますので、患者さんが直接いらっしゃることもありますし、もちろん 、さまざまな診療科を通して治療された後に、私どものペインクリニックにいらっしゃ る方も、ご紹介でいらっしゃる方もおります。  私どものペインクリニックにいらっしゃったときに、もう一度痛みの性状・原因を診 断して、その方への治療方針・計画を立て直すこともあります。その際には、もちろん 問診はとても大切ですが、それ以外に画像診断や神経学的な検査や所見といったような ものが非常に参考になります。  そこで、場合によっては原疾患の治療が、やはり痛みの治療につながるのではないか ということで、他科に紹介することもあります。我々の所で治療をしていこうと決定し た後にはさまざまな治療が、それぞれの患者さんに応じて選択されていくわけです。そ の中では患者さんの治療に関するご希望、思い、目的を聞いていくことがとても大切に なります。  治療内容の中には、まず薬物療法があります。これはNSAIDs以外に特殊な薬剤として 医療用麻薬、抗うつ薬、抗てんかん薬を中心とした薬剤があります。  その他に神経ブロック療法を含めるinterventional pain managementと言われる治療 法があります。さらに先ほどもお話ししたように、理学療法、行動認知療法といったよ うなものを行っています。さまざまな治療法を併用して行っていく場合もあれば、単独 でどれかを選択していくのが適切な患者さんもいらっしゃいますので、個々の患者さん によるかと思います。  では、どのような患者さんが、ペインクリニックを受診されているかということを簡 単にご紹介させていただきます。こちらは去年、初診でいらした患者さん方ですが、や はり、3分の1程度が脊椎疾患の方、特に腰椎疾患の方が多うございます。それ以外では 、膠原病で痛みを持っている患者さん、痛みだけが残っているような病態の方、三叉神 経痛の方、頭痛の方とさまざまです。私どもの施設では、初診患者数がこの15年間に3. 5倍になっていますが、その中で脊椎疾患の方々は10倍に増えていますので、やはり、 脊椎疾患の痛みの方は多くなっていると思います。これは、高齢化に伴ってのことであ ると思われます。  初診患者数は、延びを示しておりますが、その中でも脊椎疾患の痛みの方は増えてい るということになります。私どもはいろいろな治療を併用しておりますが、母体は麻酔 科ですので、やはり神経ブロックの治療も積極的に行ってはおります。  古典的な治療としては注射器と薬液を使った神経ブロックもありますし、総合的に神 経ブロック以外にinterventional pain managementとしては、高周波熱凝固治療、エピ ドラスコピー、そして脊髄刺激療法等があります。  こちらは神経ブロックの内訳です。これは何も装置を使わないで行っている神経ブロ ックになります。  こちらのほうはレントゲン透視の装置を使ったり、最近ではできるだけ低侵襲にとい うことを考えて超音波エコーを使って行った神経ブロックの内訳になります。なぜこの ような治療法を行っているかと申しますと、1つは、神経ブロックだけで痛みが取れる 患者さんも、もちろんいらっしゃる。また、他の治療、薬剤療法と併用することで、相 乗効果が得られる方もいらっしゃいます。慢性痛を考えますと、慢性痛が増悪したとき に、1つの治療法としての選択肢として、さらに慢性化を予防するための1つの治療法と して、interventional pain managementを使わせていただいておりますが、これだけが ペインクリニックの治療法ではありません。  なお、われわれのペインクリニックは、母体が麻酔科ですので、麻酔科の特徴を生か してどのような治療を行っているかということを簡単にお示ししておりますが、先ほど から重複してお話しておりますように、痛みをみる専門医という立場から、当然総合的 にいろいろな面において治療法を選択していきながら、治療効果を高めることに心掛け ております。  その中でも大きな軸となっているのは、私どもの施設では、神経ブロックを始めとす るinterventional pain managementと薬物療法と2つの方法であり、できるだけ両者を 早期から組み合わせることで、痛みを慢性化させないことを目標に考えております。  もちろん、神経ブロックや薬物療法が、全く治療法として適切でない慢性疼痛もたく さんあります。例えば、もともとの痛みからどんどん苦悩が広がり、疼痛行動となって いるような痛み行動、うつ状態といった精神的な面が非常に大きく出ている、古典的な 慢性疼痛の概念に基づいた痛みであれば、やはり違うアプローチが必要になってまいり ます。  一方、そのようなものではなく、当然、知覚神経機構そのものがずっと悪循環を生じ ている痛みであるとか、急性痛の性状が継続している慢性痛もありますので、このよう な痛みに関しては、先ほど申したようなアプローチが必要かと存じます。  そこで、我々が臨床で遭遇する慢性痛の痛みには、どのようなパターンがあるか考え てみました。特に、これは身体的な痛みとして、interventional pain managementや 薬物療法を通じて、取っていくべき痛みが多いのではないかというものに対して見てみ ました。そうしますと、急性痛が遷延化、もしくはそれが慢性疼痛となってしまった痛 み。さらに病態の進行に伴って必然的に増悪する痛み。そして継続と増悪を繰り返す痛 み。さらに適切な治療がなされてないために、ただ継続している痛みなどがあるかと思 います。こちらのほうは、お手元にある資料の1つをわかりやすく表形式にしたもので す。  なお、私どもペインクリニックで治療していく中で、2つの年齢層によって、目標も ゴールも違うのではないかなと最近痛感しております。1つは若中年の慢性疼痛ですが、 この方々は痛みが長引くために、学業、家庭生活、社会の継続が不可能となっておりま す。その結果、日本の生産性の低下に結び付いておりますし、若い方ですから、その方 々の人生設計が大きく変化していきます。ですから、これらの方々の痛みを取って、そ の方らしい生活に戻っていただくことは急務であると思います。  一方、高齢者の慢性疼痛はどうでしょうか。これはご高齢の方であれば痛みによって ADLは簡単に低下していきます。その結果、身体的には廃用性萎縮がきますし、精神的 には不安、うつ、認知症といったものに発展します。ですから、日本では高齢社会にな っておりますが、今後、健康寿命=平均寿命に近づけるような痛みの緩和を目指してい くことが必要かと考えております。  こちらのほうは資料にないのですが、急性痛であっても、一時的に痛みがあるという ことで、どれぐらい総合的にそれぞれの患者さんにとって負担になっているかというこ とを簡単にご紹介させていただきます。  私どもが行った前向きのスタディの1つである、腰椎椎間板ヘルニアに対する硬膜外 ブロック療法の治療効果の1つです。発症3カ月以内の方々なので、あまり心因性の疼痛 は含まれていないかと思います。そのような方々の神経根症状を有する椎間板ヘルニア 、MRIと一致した神経根症状があって、NSAIDsでは効かない方に神経ブロックをした治 療効果というものを、まずは痛みという点からビジュアル・アナログスケール(VAS) という痛みの評価とQOLというところからSF36というものを取って、初診、1カ月後、3 カ月後、6カ月後で経過を追ってみました。私どもは、できるだけ慢性疼痛になること を回避できるのであれば、早期からの介入で回避できないかという思いがありまして、 いつも行っている治療に関して、このような臨床研究にトライしてみました。  そうしますと、痛みのビジュアル・アナログスケールというのは高いほうが強いとい うことですが、我々の治療法でVASは、1カ月後はかなり良くなっていらっしゃいます。 もちろん3カ月待てば、一般的には椎間板ヘルニアの痛みは自然に治ると言われており ますが、できるだけ早く社会生活をしていただきたいという気持がありまして、硬膜外 ブロックを行っております。  ただし、痛みには、精神面の関与もゼロではありません。痛みがある場合には、どん な人間でも痛みがこれからどうなるのか、という状態不安は高くなります。一方、もと もとご自身に、痛みがなくても不安が高い人と不安がない人といらっしゃるので、不安 を状態不安と潜在不安に分けれるSTAIを使用して、潜在不安(いつでも不安度が高い人 )の高低によっても治療効果が異なるかをみてみました。若干、潜在不安が高い患者の ほうが、VASの改善が乏しい傾向にあることから、神経ブロックに加えて、またはそれ 以外の異なるアプローチが必要になってくるのではないかと考えられました。  次に、こちらのSF36をグラフ化したものでは、左側が精神面でどれぐらい障害されて いるか、右側が身体面にどれくらい影響を受けているか、です。3カ月以内の痛みを持っ ている患者さんでも、初診のときに非常に痛みが強いために、精神的にも身体的にも、 心身両面から健康度が失われていることがわかります。また、身体的な痛みが軽減する ことで、心の健康も回復していく様子がわかります。  そうしますと、このようなことも踏まえて、私たち慢性疼痛治療にとって大切なこと をペインクリニックの観点から考えますと、まず、2つの点があります。1つは患者にと っていちばん適切なアプローチを行うこと。もう1つは、患者に最良の疼痛緩和が提供 できるように心掛けることではないかと思います。まず、いちばん適切なアプローチに 関しては、同疾患であっても、いちばん適切と考えられる治療は同一ではなく、患者に よって異なる場合があること、また、同じ患者でも、時期(病期や症状)によっていち ばん適切と考えられる治療法は異なってくることを理解する必要があります。一方、最 良の疼痛緩和が提供できるように心掛けることとは、さまざまな治療を組み合わせるこ とができる能力を養うことでもあります。さらに他の診療科や、多職種の医療従事者の 協力が有効である場合には、その働きかけをすることでもあります。  こちらは自案の慢性痛を持つ患者さんへの療養支援のポイントです。私どもとしては 、まずは、慢性痛の第1に支援のポイントとして、患者さんのQOL、生活の質を高めるこ とを、掲げています。それを中心にさまざまな分野の医療従事者がストラテジーを立て て、協力して疼痛治療を行っていくことができれば、日本で慢性疼痛に苦しんでいる方 々の割合が、いちばん減るのではないかと考えております。以上です。ありがとうござ いました。 ○葛原座長  どうもありがとうございました。ペインクリニックの現状について、さまざまな疾患 の方が来られていることと、どういう方向の治療をしていらっしゃるのかということに ついてご発言をいただきました。予定時間は過ぎていますが、あとで30分ぐらいフリー ディスカッションの時間を取っているのが多少短くなりますが、いまここで訊いておい たほうがいいことがありましたらいかがでしょうか。 ○真田委員  先ほど痛みの評価をされていましたが、それは研究的にされるのか、一般的に痛みク リニックとして、必ず痛みの評価はこのようにしているということはありますか。 ○井関オブザーバー  すべての患者さんに行っているわけではありませんが、かなりの患者さんに痛みの評 価はさせていただきます。 ○真田委員  それはいまのようなVASか何かですか。 ○井関オブザーバー  そうです。必ずVASは定期的に。それは最低限お取りいたしますし、やはり、治療を 開始する前に、その方の心身の状態がどこにあるのかということで、SF36は行っている ことも多うございます。すべてというわけにはいかないのですが、かなりの患者様に行 っていることがあります。 ○真田委員  ありがとうございました。 ○葛原座長  QOL評価というのは、ほぼ全部の患者さんに実施し、ある程度フォローもしておられ る。先ほど何カ月、何カ月と出ていましたが、そういうことですね。 ○井関オブザーバー  すべての疾患に行っているかと申しますと、すべてというところまでは網羅されてい ません。まず初診のときに、どのような状況にいらっしゃるかがいちばん大切かなと思 います。そのときに患者に対する痛み治療のアプローチを間違いますと、違う方向に行 ってしまうということがあります。 ○真田委員  ちょっと長くなりますが、私の看護の立場で、いかに患者さんのQOLを向上させるか という観点から立つと、SF36を選ばれた理由を教えていただきたいのです。もしそれ が痛みとして非常に関係のあるスケールであると先生がご認識されているのかというこ とです。 ○井関オブザーバー  さまざまな評価法があると思いますので、例えば、腰椎疾患であればRDQのようなも のをお取りしますが、それぞれのどの評価表も完全ではないと思います。帯状疱疹のよ うな方であれば、実際に身体的に動くことはあまり難しくありませんので、抑うつであ るとか、そちらの評価法のほうが良い場合もあります。ですから、完全ではありません が、SF36は痛みの評価にもよく使用されています。 ○真田委員  ありがとうございました。 ○戸山委員  脊椎疾患が結構多いですが、原疾患のいちばん最初からチーム医療として、元の所と 先生の所が一緒に取り組んでいらっしゃるのか、それとも原疾患がいて、なかなか遺残 で難しいものを、先生の所がお引き受けしてやっているのかというのが1つです。もう 1つは、例えば、当該診療科とどのような形でこういう痛みに関するチーム医療を組ん でいらっしゃるのか。その2点をお聞きします。 ○井関オブザーバー  脊椎疾患の方々は、ご紹介いただく先生方がかなりさまざまです。一般で整形外科を 開業されている先生からもご紹介をいただきますし、当院の整形外科の先生からもご紹 介をいただきます。患者様がご自分でいらっしゃることもありますので、もともといら っしゃる母集団がさまざまです。  その中で、私どもが必要であれば、もちろん紹介してくださった先生方とも連携をと りますが、患者が希望されれば、紹介元での治療もそのまま継続して頂きます。その上 で、医学的に必要であれば、当院の整形外科の専門外来と連携をとって、患者様を拝見 していることがいちばん多うございます。ですから、まだ一度も脊椎診という所にかか っていなければ、まず脊椎診にもかかっていただいて、患者様がいまいちばん必要な医 療を提供させていただくという形を、当院の整形外科と連携をとって行っております。 ○葛原座長  基本的には、ペインクリニックだけで終結するのではなくて、連携する科とメインの 病気を受け持っている診療科とが連携しながらやっていることが多いという具合に理解 してよろしいですか。そういうことでしょうか。 ○井関オブザーバー  はい。ただ、手術の適用がないということになりますと、例えば、1年に1回受診し ていただくこともさせてはいただいておりますが、ほとんどその場合は当科で終結して いることが多いかと思います。 ○牛田委員  そうしますと、チームとして例えば脊椎と定期的にカンファレンスを持つとか、そう いうようなシステムの構築は、これからみたいな感じで考えておいたらよろしいのです か。 ○井関オブザーバー  定期的なカンファレンスまではお持ちしていないのですが、私どもは診療科同士の距 離が少なく併診がさかんである大学病院ですので、適切に必要なときに、いつでも顔を 見ることができて、必要であればいつでも電話をすることができます。ほとんど患者さ んとの情報は共有できていると考えております。それぞれの施設によって、それぞれの 部門の距離は異なるかと思いますが、理学療法との連携も非常に密に行うことができて いると思います。 ○戸山委員  フィードバックはどういうふうにしているのですか。例えば、開業医の方やいろいろ な方が来ますよね。それが実際、こういう形で治りました、こうなんですということで 戻すのはすごく大事だと思うのですが、それはどういうふうにおやりになっているので すか。 ○井関オブザーバー  ある程度お楽になられた場合には、例えばこのような治療を継続していただければと いうような形で、医療連携を通してお返事をお書きするという形を、初診時のみではな く、転帰について、もう一度お書きすることになっております。 ○宮岡委員  治りにくい痛みの方が多いと思うのですが、治療を始める前に、その治療に反応する かどうかの可能性についてどのように説明し、患者さんからどんなインフォームド・コ ンセントを得られるのですか。 ○井関オブザーバー  疾患によっても、年齢によっても、病態によってもかなり異なります。個人差のある 治療であり、痛みの完全な緩和はむずかしいため、QOLの向上が一番の目標であること を伝えます。例えば、膠原病等であればなかなか治らない疾患ですので、それに伴う痛 みで、膠原病の先生方では、なかなか痛みが取れない場合に、ご紹介いただくというこ とになります。もちろん膠原病の治療そのものは継続されておりますので、その中で、 例えば私どもが、痛みの増悪のときに私たちはお手伝いをさせていただきます、という ようなお話をすることも多うございます。その場合には、患者さんは膠原病そのものは もちろん治らないので、増悪寛解、痛みに関しては繰り返すことはご存じでいらっしゃ ると思います。また、疾患によっては、ここに来れば治るのではないかと期待して来ら れる方もおりますので、それは疾患によってそれぞれ違うのですが、加齢ともに出てき た痛みであれば、完全にゼロにすることはもちろんできないというお話を最初にさせて いただきます。痛み治療のゴールはQOLをできるだけ維持する、もしくは上げることな ので、そこに関してできるお手伝いをさせていただくのが、私どもの施設の役割である という話をさせていただきます。もちろん、皆さんに必ず治るというお話はさせていた だいておりません。 ○柴田委員  私も麻酔科出身で、ペインクリニック、あるいは痛みの治療というのを長年している のですが、いま井関先生がお話されたことは、井関先生の施設は非常に優れた施設であ るのでそうしていると。この席は現状の報告ということですので、井関先生が今されて いることが、日本のペインクリニックと看板が上がっている所のすべてでされているわ けでは毛頭ない、ということはご認識いただきたいと思います。 ○葛原座長  ということのようで、このようなチーム診療に近付けるにはどうしたらいいか、とい うことのほうが、今後やっていかなければいけないかもしれないということです。井関 先生、長時間どうもありがとうございました。それでは全体として遅れておりますが、 次は資料4に基づいて、牛田先生にお願いしたいと思います。 ○牛田委員  愛知医科大学の牛田です。よろしくお願いいたします。私自身は整形外科医で、私た ちが運営している学際的痛みセンターという所は、私は整形外科、麻酔科の先生、精神 科の先生、それから臨床心理士及びPT、ナースで運営している少しユニークなユニット になっています。  主には整形外科や脳外科といろいろな所から紹介を受けているのですが、運動器の慢 性痛を取り扱っていることが多いものですから、今日はそういう立場からということで お話させていただきたいと思います。  これは運動器の慢性痛を挙げたものです。たくさんのものがありますが、例えば職業、 生活の心身のストレスからくるような痛み、職業性の腰背部痛、頚部痛、加齢に伴う脊 椎や四肢の関節の痛み、変形性関節症、変形性脊椎症など、こういうものがあります。  また、皆様もご存じのように、関節リウマチなどの骨・軟骨破壊性の疾患もあります。 紹介されてくるものの多くは、手術後の遺残性の疼痛のことも多いです。頚椎の手術後 や腰痛の手術後というものもあります。脊髄や神経損傷後の痛み、外傷性の頚部症候群、 いわゆるむち打ち症や脊髄損傷のものです。ペインクリニックで扱われることの多い Complex Regional Pain Syndromeというのは、なかなか治らないような、手がビリビ リ痛くてしようがないという疾患とか、そういうふうなものが運動器の慢性痛と大きく 括ると、こういうものがあるのではないかと考えられると思います。  運動器の痛みという観点から見てみますと、これは厚生労働省が平成19年に行った国 民生活基礎調査の概況から取ってきたものです。自覚症状としては、人口1,000人当たり で見てみますと、男性の場合は1,000人中、大体80人弱ぐらいに腰痛を訴える者がいて、 肩こりが50人位です。女性の場合は120人以上が肩こりを有しており、腰痛も100人以上 、また、手足の関節痛も非常に多いです。とにかく、我々国民が訴えている症状の多く は、運動器の痛みであるということが言えようかと思います。非常に多い数字になって くるかと思います。皆さんの中にも、こういうふうなもので悩んでいる人が、少なから ずいるのではないかと考えられます。  次に、通院者について調べてみますと、男性の場合は高血圧、糖尿病、歯の病気に次 いで、腰痛症、腰の痛みで病院を受診している者が第4位にきております。女性の場合 は高血圧に次いで、腰痛症は2番目になっているということです。もちろんこの人数に ついては、平成16年と平成19年の厚労省のデータから見ますと、少しずつ増えてきてい る傾向があるのではないかと思います。これは社会の高齢化に伴うものと考えられるか と思います。  これは我々の施設を受診した患者さんで、理学療法を施行している患者さんの中で見 てみますと、やはり、多いのは腰背部痛のもの、それから首の痛みのものということに なってきます。それではどのぐらいの実際の患者数がいるのかということになってきま すと、運動器の痛みの患者数を先ほどの国民生活基礎調査から推計しますと、関節症で 1,560万人、腰痛症が2,400万人と非常に多い数字です。東京大学が現在行っているROAD 研究からの推計では、X線上、変形性膝関節症を認める者が全国で2,400万人、そのうち 痛みがある者が820万人で、女性のほうが男性よりも3倍ぐらい多い傾向が出ています。 また腰椎に関しても、変形性腰椎症は非常に多くて3,000万人、そのうち痛みがある者 は1,020万人で、やはり女性のほうが若干多い傾向がある。非常に多い人数であるとい うことが言えるかと思います。  こういうものが原因で、どのような結果がもたらされるかですが、要介護度II、III、 IV、Vとなった原因について厚労省が調べたデータによると、脳血管疾患、高齢者廃用 、認知症、骨折・転倒などに次いで、関節・腰痛疾患によって介護を必要としているこ とが多いことが報告されています。また要支援、要介護度Iのもう少し軽度の者はもっ と多くて、高齢者廃用に次いで関節・腰痛疾患がその原因となってきています。  これは我が国の課題でもあろうかと思いますが、我々の国民は平均寿命が2005年の段 階で、男性は78.1歳、女性は85歳ぐらいですけれども、実際に介護も何も要らなくて済 んでいる、いわゆる健康寿命という点から見ると、男性は72歳、女性は77歳です。すな わち男性であれば6年、女性であれば8年ぐらい、痛みだけが原因とは限りませんが介護 を受けています。その多くの原因が運動器の痛みである可能性がある。そういうことが 言えると思います。  これは痛みの例を出してみました。見てわかりますように、変形性膝関節症で非常に 膝が曲がっている患者さんの写真です。症状としては動かすと痛い、歩くと痛い、進行 時では安静時痛もあります。特に動き始めが痛いというのが特徴です。こういう方が受 診されるとX線検査が行われますが、軟骨が摩耗していたり、半月板が摩耗していたり、 骨の変形が起こってきていることが判ります。ただ、ここで言えることは、画像異常が あっても痛くない場合が多いということです。False positiveが多いということでもあ ります。先ほどもありましたように、レントゲン上の異常というのは、例えば腰椎症で あれば3,000万人近く、関節症でも2,000数百万人とかですが、実際に痛い患者の数とな ると、もう少し少なくて3分の1ぐらいにはなろうかと思います。いずれにしてもこうい う変形は加齢によって起こってきます。  こういう疾患に対して、治療としては関節の運動訓練とか、資料にはありませんが投 薬、関節注射、装具療法、理学療法などが行われています。有効な人もあるのですが、 有効でない人も多いというのが実情です。保存治療が無効な重症例は人工関節を主体と した治療が現在行われています。これが人工関節ですが、このような金属を入れて治療 することになります。  これは、人工関節を入れて膝がきれいになったところの写真ですが、どのぐらいの数 が行われているかとなると、お手元の資料にもありますように、現在は膝関節の置換術 が6.4万人、股関節の置換術が4.2万人です。ですから膝や股関節、あるいは運動器に痛 みを持っている患者さんはものすごく多い中で、こういう治療を受けている人は、手術 までいくとそんなに多くはない。しかし、それは確実に増えてきていることは言えると 思います。  問題点としては、こういう大きな手術になってくると、高齢者ではリスクが高いです けれども、手術適応が困難な中で、手術をしたら必ず痛みが全部とれるかというと、残 る場合もあるというのが問題点かと思います。リスクの高い人口が今後増加することを 考えると、保存療法で良くならなくて、手術療法に至れない多くの人に、より安全かつ 痛みとADLの改善に有効で、なおかつ多くの患者さんに提供出来る医療を今後して差し 上げられるのかが、我々全員が持つ課題になってくるだろと思います。  これは私の患者の1例を出しました。先ほどからレントゲンで痛い人と痛くない人が あると言いましたが、これはレントゲン上、左のスライドは軟骨がちびている格好です けれども痛くない。こっちの症例は変形はあまりないのですが、痛みが強い。こういう のもありますので、こちらの症例のように変形があってもあまり痛くなくて生活に困ら なければ、そういうのが今後の治療を考える方向性として、可能性があると考えたりす ることもあります。  次に腰痛の場合です。腰痛に関して言うと、これは高知医大や高知県野球協議会が調 べたもので、中学生や高校生でも非常に高い確率で20〜30%に腰痛がある。また職業性 の腰痛も非常に多くあって、それについて言うと徐々に増えてきています。2007年度で は業務上疾病のうち、6割を占めるようになってきている。どんな場合に多いかという と、もちろん高齢者で多いわけですが、65歳以上の高齢者を取ってみると、高知市内と 農村部を比べると農村部が多い。したがって腰痛というのはライフスタイルと深い関係 にあって、高頻度であることがわかると思います。  腰痛の原因を考えると、最近はMRIの診断が進歩してきてたくさん行われていますが、 椎間板性の疼痛、椎間関節性の痛み、神経根性の痛み等、いろいろなものが挙げられて います。ここでは詳しいことは申し述べませんが、加齢変化に陥った組織が痛みの悪循 環の原因を成して、神経を介して痛みを形成している。腰や殿部に不快な痛みを訴える ということが言えると思われます。  長く続く腰痛の大きな原因と考えられるものとしては、変形性脊椎症がいちばん多い ので、それについて見てみると、NSAIDsや筋弛緩剤などの筋肉を和らげる薬は有効なの ですが、ADL向上の面から見ると、まだまだ不十分であるということが言えると思いま す。物理療法で温めたり理学療法をやったりすると、一時的にはいいのですが、すぐに また元に戻ることが多いです。一部の人でかなり長い間効いている人もいますが、短い 期間のことが多いのが実情です。  腰痛に対する手術療法ですが、一部の腰痛や神経障害のある患者には有効ですが、腰 痛だけの患者には原則的に有効性は乏しい。慢性腰痛は人口が多いにもかかわらず、現 在の治療体系では良くならないことが多いのが現状ではないかと思います。したがって、 小侵襲外科治療などを含めた新しい医療の構築が望まれると思います。  また、痛みがあると安静にしがちですけれども、運動器を安静に保った際に起こる病 理学的変化について列挙してみました。関節滑膜の癒着、軟骨の圧迫壊死云々が起こっ てきたり、筋肉を見てみると、筋肉のtypeが安静をとるだけでtypeI線維がtypeII線維 優位に変わってみたり、いろいろなことが起こってきます。また神経学的にもいろいろ なことが起こってくる。お配りした資料に書いてあるとおりです。こういう安静・不動 ですね、すなわち動かずにじっとしていると、不動化開始10日ぐらいからこのような病 理学的変化が起こり始めることが知られています。  運動器の廃用と二次的な痛みですが、いま、動かさずに廃用にしているといろいろな ことが起こるという話をしました。運動器で安静にしていると廃用のために組織は固く なり、神経や脊髄の機能変化も起こってきて、限局した所の痛みが起こってきてみたり 、さらに痛い所があるものですから、それを代償性に庇ったりすると痛みの部位が広が ってきたりする。筋などの要素によって不快感の強い痛みが広がってきたりする。これ が非常に大きな問題になったりします。二次性の問題が大きくなったりするということ です。したがってバイオメカニクス、神経メカニズムに加えて“痛いので動かしたくな い”“安静にしていたい”などの心理も痛みの広がりに関与していると考えられます。 二次的な問題を防ぐための運動訓練の推進なども必要かもしれないと考えられます。  これは我々が行った研究結果のデータを出しています。これは腰痛や膝痛など運動器 の痛みの直接のものではなくて、手にびりびりするような痛みがあるアロデニアという 症状を持つ患者さんです。風が当たっても痛い、冷たい物を触わったりすると飛び上が るように痛いという患者さんですが、そういう人に痛い所を触わられているようなビデ オを観てもらいます。そうすると、健常者が手を触わられているビデオを観ても、脳の 角回という後ろの領域しか反応しませんが、アロデニアの痛みの患者さんでは前頭前野 、うつ病の関係があるような所とか、情動に関係のあるような前帯状回に非常に強い脳 活動が観察されてくることになります。同時にこういうCRPSの人や脊髄損傷等のアロデ ニア症状をもつ患者さんでは、手が痛いときに、痛い所を触わられているようなビデオ を見ただけで、非常に気分が悪いということを訴えます。一部の人は2日ぐらい気分が 悪くて仕事ができなかったと報告しましたので、そういうことから考えると、痛みは脳 が大きなウエイトを占めていることがわかります。アロデニア患者はビデオを観るだけ で非常に強い不快感を経験するということです。  慢性的な痛みは局所だけでなく、脳にも大きな影響が出てきていると考えられます。 心理的、社会的な要因としては、職場への不満、幼少児からの様々の経験、家庭内の問 題、抑うつ気質、経済的な不安など、こういう局所の器質的問題がもともとあったとし ても、そういうものがオーバーラップしてきて、痛みを増悪させて慢性化につながって くる。最近では脳内のN-アセチルアスパラギン酸(NAA)といった脳内物質の低下や、脳 の部分萎縮を含めた慢性的な脳機能異常を引き起こすことが報告されています。脳や神 経系の変化にも注目しつつ、それに伴ってこういうことがあったりすると、さらに脳で の問題が体の問題、動かさないだとかにもつながってきて、二次的な問題を引き起こす と考えられますから、それを予防したり改善していくことも必要なのではないかと考え ているところです。 ○葛原座長  ありがとうございました。骨、関節、運動器の疾患による痛みを中心に、廃用症候群 やアロデニア、最近の大脳生理学など、画像を用いた脳研究では、脳が痛みを感ずると いうよりは、むしろ刺激されて痛みとして感じるような状況が起こっている一連のお話 を伺いましたが、何かご質問はございますか。よろしいですか。もしありましたら最後 のところで、ほかの分野とつなげてやっていただければと思います。それでは3番目、 最後のご講演ですが、柴田先生からお願いします。 ○柴田委員  大阪大学の柴田です。私は井関先生と同じように麻酔科がベースですけれども、長年 、痛みをライフワークとしていますので、現況についてお話させていただきたいと思い ます。  日本は痛みの問題に関して、臨床面で欧米先進国に比べるとかなり遅れていると言わ ざるを得ない。その客観的な証拠としては、製薬会社の鎮痛薬のマーケットです。麻薬 性鎮痛薬が、国民1人当たりに換算すると欧米の5分の1から10分の1です。片頭痛のトリ プタン製剤も10分の1程度と伺っていて、痛みは我慢するものであるという文化がある わけです。この文化そのものは日本人の勤勉さにも相通ずるところで、決して悪いこと ではないと思います。しかし、これが行き過ぎると患者さんにとっては望ましくない。 非常に辛い思いをして、社会にも影響を与えることが起こり得るのではないかと思いま す。  これは2004年、服部先生という方が日本の痛みの現況を把握するということで、イン ターネットを利用して調査された研究結果です。現在、身体に何らかの痛みがあって掛 かっている診療科を網羅すると、先ほどプレゼンテーションされた牛田先生の整形外科 が45%、井関先生や我々の麻酔科、ペインクリニックの両方を足しても1.6%で、2番目 の一般内科とかマッサージが上位を占めているわけです。痛みだけを診療の対象にする 所は決して多くないことが、おわかりいただけると思います。  実際に腰が痛くなったときに、どこへ行くかということです。家族が行ってよかった からというので接骨院へ行く人もいると思いますし、うわさを聞いてペインクリニック へ行く人もいるかと思います。これはその方の偶然ということで決まるわけです。  どこへ行っても、軽症で急性の腰痛であれば放置しておいても自然に治ることも多い ですから、治ればいいのですが、慢性化してなかなか治らないとあちこちへ行くわけで す。また戻って来るのですけれども、1つずつ叩いていては大変なのです。できたら、 この先でつながっていてほしいというところがあるわけです。  このように腰痛を一つとりましても、うまく治ればいいけれども、慢性化した場合に どういうふうに診療していくかというのは系統立ったものがない。いろいろなガイドラ インが国内のいろいろな学会でも出ていますし、国際的にもいろいろな腰痛に対しての 予防や対策のガイドラインが出ていますが、かなり大きな違いがあるのです。それで患 者さんはどれがいいのかわからない。医学的にもどれがいいのか今は示せない状態なの ですが、少なくともそういうものであって、いまは患者自身もいろいろなことで勉強さ れますから、そういう資料を提供できるようにならなければと感じています。  こういう腰痛や関節痛のように、非常に頻度の高い慢性の痛みもありますが、一方で は、先ほどお話に出たCRPS、怪我で切断した後にいつまでも痛いといった幻肢痛、あま り知られていませんが、脳卒中の後は5〜10%の患者さんが麻痺した所に痛みが出る脳 卒中後疼痛、古くは視床痛と呼ばれましたけれども、そういう病態を呈することがわか っていて、これがまた難治性でなかなか治りにくいわけです。そういう痛みに対しての 受け皿がないのが現況です。  これはそのうちの1つの例で、脊髄損傷の例を取らせていただきました。これは「日 本せきずい基金」という所が2004年にまとめたものです。脊髄腫瘍で苦しんだ患者さん が、痛みの緩和を求めていろいろ医療機関を受診されたけれども、痛みが緩和しなかっ たし、なかなか納得できる対応をしてもらえなかったという思いから、痛みにもかかわ らず、こういう大きな調査を完遂されたということで、非常に敬服に値する報告書かと 思います。  実際に脊髄損傷というのは、後で述べる神経障害性疼痛の中でも最も痛みを起こしや すい病態として知られています。何と脊髄損傷1,700人のうち、3分の2の方がいま現在 痛みがあるということで。先ほどのように車椅子でバスケットをしている方は痛みがな いか、あるいは痛みがあってもそれを克服している状態です。同じ麻痺であっても、痛 みのために何もする気が起きなくて家に閉じこもっている方が、かなりの数おられるこ とがわかっています。  実際、その痛みに対してどういうことがされているかですが、そもそも痛みのある患 者さんの中で、痛みに対して何らかの治療を受けた方は半数しかおられない。その受け た方でも多くの場合、麻痺の専門医に痛みに関してあまり取り上げていただけなくて、 消炎鎮痛薬やビタミン剤を投与し、「それで効果がなかったら我慢するしかないね」と 言われている。それでどうしても満足できなくて、ペインクリニックや脳外科を受診す るわけですが、そこでは、脊髄をもっと麻痺させる治療を受けるしかないという最後の 手段で、脊髄の近くにアルコールを入れたり、あるいは手術的に切断したりしますが、 こういう方法は何十年も前に欧米でかなりやられて、全く効果がないことがわかってい るのです。結局、効果はなかったということで両極端な状況です。いま、どこへ行って も解決できる方法はないのですが、しかし、欧米で有効性が示されている内服治療があ って、それの十分な説明を受けている方は非常に少ないですから、情報が行っていない ことがわかると思います。  痛みの問題を論ずるときに、いろいろ難しい問題があります。まずご理解いただきた いのは、わかりやすく言うと痛みには3つあります。侵害受容性疼痛というのは、痛み の受容器が興奮して、それが神経から運ばれて時々刻々脳で感じるような痛みです。手 術の後の傷の痛みやがんの痛みの多くは侵害受容性疼痛です。リウマチに伴う痛みは慢 性であってもこういうものがあります。  神経障害性疼痛というのは、先ほどの脊髄損傷後の痛みや脳卒中後の痛み、外傷の後 の末梢神経損傷後、糖尿病や帯状疱疹のように末梢神経が障害される疾患に伴うものを 神経障害性疼痛と言います。この治療法は研究はされているのですが決定的なものがな くて、内服薬の効果でいろいろなエビデンスが出てきている状況です。  心因性疼痛ですが、純粋な心因性疼痛というのはあまり多くないのです。うつ病や不 安の高い状態、あるいは他に何か非常にストレスがあって、それが無意識のうちに自分 の中で身体への痛みへと投射されて苦しむ。夏樹静子さんの『椅子がこわい』という本 がありますが、そういうので有名になりました。実際の患者さんは、この3つの要素を ある一定の頻度で持っていて、それぞれ慢性化につながっているとご理解いただくのが いいと思います。  急性痛、慢性痛という括りもあって、急性痛というのはオンゴーイングです。神経を 伝わる痛みであって、これは原因がありますから原因を取り去れば治ることが多いわけ です。慢性の痛みでも、膝が痛いときに人工関節に変えることで治ることが多いわけで す。そういうのが急性痛あるいは急性痛を繰り返して長く続いたものです。こういうも のは手術や麻薬性鎮痛薬、消炎鎮痛薬が有効で、割と医療の与し易い痛みです。  それに対して慢性痛というのは、神経系が痛み受容器と痛みを感じる脳が一本の線で つながっているわけではなく、脊髄から脳へ伝わる、また脳から脊髄にそれを制御する 機構があり、非常に複雑な経路を持っていて、インプットになる刺激の強さとアウトプ ットである痛みの感じ方との関連は必ずしもリニアではない。可塑性というのが非常に 問題になり、そういうものが痛みを増幅している場合がある。  一方で人間あるいは社会が、その患者さんの痛み行動に影響を与える。慢性の腰痛症 というのは国際的にはこういう捉え方をしています。労働災害の問題が関わってきて、 ヨーロッパのガイドラインは、生物心理社会モデルをベースメントにしたガイドライン を作っています。日本ではまだこういうものが取り上げられていないと認識してもらえ ればと思います。こういうものは治療そのものが困難ですし、原因の除去も困難です。 どうしていいか誰も自信を持って言えないところがあります。鎮痛薬も無効な場合が多 くて、多面的なアプローチが必要です。  痛みの取組みがなかなか進まない多くの1つの理由は、とらえ所がないということだ と思います。でも実際の医療の中では痛みという感覚を非常に利用しているわけです。 病院を受診する患者さんの動機の半分以上は体のどこかの痛みです。先ほど胃潰瘍や胆 石という話を井関先生がされましたが、そういうのは診断して治療すれば痛みはとれる のです。医療は痛みというものを利用して、それがあるからこそ治療できて、痛みとい う感覚を持つ敏感な性質を利用しているわけです。  しかし、先ほど言いましたように痛覚系というのは可塑性に富んだ系ですので、刺激 の量とアウトプットの痛みの強さは不正確なところがある。このことは実はあまり知ら れていなくて、最近の脳機能科学でようやくこれが証明されてきた。今までの医療に携 わった者は、痛みというのは敏感で、同じ治療をしてもある時は「痛い」と言われたり、 ある時は「大丈夫」と言われ、信頼できない感覚と医療者は受け止めてしまって、なか なか取り上げられないのです。精神的なものだろうとか、あの人は痛がりの人だとか、 そういうようなことで、取り上げられてこなかったわけです。  しかし、痛覚系という性質がいろいろな研究で明らかになってきていますし、痛みの 強さの評価法が自己申告制ではありますが、いろいろなスケールや多角的な行動の評価 法、QOLやADLを評価するようなものを、痛みのアウトプットとして扱って研究や治療の 対象とすることが、欧米では一般的になっていますし、決してできないことではないと 思います。  実際、現場で感じることで井関先生とも重複するのですが、先ほどの脊髄障害性の痛 みのように緩和できない痛みを、新しい方法を開発して和らげたい。たとえ痛みは和ら げられなくても、それによって下がる機能を何とか維持できるようなサポート体制を充 実させたい。痛みに対する教育を医療者にももっと持っていただきたいし、一般の方に も持っていただきたい。1つの例ですが、特殊な脳神経外科的な治療でDREZ lesionとい うのがあります。これはどういうのかというと腕神経叢引き抜き損傷と言って、バイク 事故で手がガーンと引っ張られたときに腕神経が引き抜ける。上肢が麻痺するのですが 、一部の患者さんは激痛を訴えます。そういう患者さんにはどんな治療をしてもびくと もしない。本当に地獄のような状態になるわけですが、DREZ lesionという患者さんの セレクションをきちッとやれば劇的に治るのです。  こういう方法は患者さんも少ないので、実際に日本でやっている人は極めて少なく、 専門医でもこういう方法があることはご存じないのです。ですから、そういう情報をシ ェアしていただきたいし、そういうことができる施設も増やしていただきたい。これは 1つの例ですが、井関先生のような充実した痛みのアプローチというのは、もっと広げ る必要があるだろうと思います。比較的多い帯状疱疹の後の痛みや線維筋痛症に関して は、何が有効かきちっと研究しなければいけないので、そういうデータのプールのシス テムや、研究面での発展が望まれます。  どういうふうに取りまとめたらいいかですが、こういう痛みは多岐にわたり、どう取 り上げていいか難しいと思いますけれども、今回、厚生労働省で取り上げていただける ということで私なりに考えたのは、脊椎疾患や変形性関節症、末梢神経障害など比較的 頻度が高くて、一般内科医も診る慢性の痛み、整形外科でも比較的頻度の高いものを一 群にして、そもそもどうしてそんな状態が起こるのか、よくわかっていない神経障害性 疼痛、CRPS、脊髄損傷、脳卒中後の痛みといった難治性疼痛を一群にする。それから頭 痛、過敏性腸炎、婦人科的疾患に伴う痛みなど、割と狭い範囲で罹っているそれ以外の 機能的疾患を一群にする。扱うときにはこの3つがどうかと考えています。  私たち大阪大学は、2006年に疼痛医療センターを設立し、いま申し上げたようなコン セプトで機能しています。がんの痛みの緩和の部分と筋・骨格系、慢性疼痛部門は2つ 一緒に活動していますが、我々麻酔科、脳神経外科、整形外科が中心で、薬剤部や理学 療法部に支えていただいている形です。主に難治性疼痛疾患について、いろいろな角度 から医学的意見を述べてアプローチしたり、定期的なカンファレンスをしたり、共通で 発表したりしています。ベースメントを持った上での業務ですので、非常に活発にやっ ているとまでは言えないかと思います。  アメリカでは2001〜2010年“the Decade of Pain Control and Research”というこ とで、痛みに対しての取組みでは慢性痛の実態調査や医師への再教育、痛みを見直す国 民週間の設定、五つ目のバイタルサインとして痛みを評価する習慣、慢性痛がもたらす 社会的損失への取組みなど、こういうものに10年がかりで取り組んでいて、その最終年 に差しかかろうとしているわけです。こういうモデルがあるので、日本でも是非取り組 めたらと思います。  痛みというのは、もっと痛みの性質や起こり方を診断の中で教育すれば、不必要な検 査などをしなくても診断に辿り着けたりしますし、私も何度もそういう見当違いの診断 で送られて来た患者さんを診ていますが、痛みにしっかり注目することは大事だと思い ます。痛みを管理することで術後痛などADLの向上が早くなって、入院期間を短くして 医療費が抑制できる海外のデータもあります。慢性の痛み治療によって高額な医療費が かかる部分も削減できる可能性があるかと思います。そういう慢性の痛みを持っている 方のADLを上げることにより、社会的損失を抑えられる可能性があるかと思います。  今回、お集まりいただいた先生方はいろいろなベースメントの方かと思いますが、そ の壁を超えて、痛みという症状に対しての共通の認識をシェアすることによって、それ ぞれのアプローチのメリット、デメリットをお互いに知り合うことで、いい方向にいけ るのではないかと考えています。以上です。ありがとうございました。 ○葛原座長  ありがとうございました。ただいまのご発表に関して何かご質問はございますか。 ○内山委員  冒頭で、日本人の痛みに対する鎮痛薬の量ということで、我慢ということをお話いた だきましたが、痛み行動については日本人の特徴というのはあるのですか。 ○柴田委員  研究結果の部分と、私がどう思うかというのがあって、こういう痛み行動についての 研究というのはほとんどないですね。服部先生の痛みについての研究が唯一で、ほとん どメスは入れられたことがないわけです。  痛み行動について、海外のペインセンターに留学していた人たちから伝え聞いたり、 私も見学したりするのですが、なかなか実態はわからないです。言葉の問題もあります し、その方がどういうふうに感じているかというのは、本当のところ日本人同士でもわ からないところがありますので、それ以上言いにくいですね。 ○内山委員  わかりました。ご意見を伺っていて痛みを我慢するということで、むしろ痛み行動と いうところも我慢したまま、適応的な行動ができるのであれば、それはある意味でアダ プテーションできているのかもしれない。逆のことがあるのであれば個々の治療という よりもシステムとして、そこのディスクレパンシーを埋めていくような横断的な方法が、 共通のテーマになると思って伺いました。 ○片山委員  先生の所の疼痛医療センターですが、経済活動をする組織として経済合理性はいかが なのでしょうか。 ○柴田委員  全くないです。 ○片山委員  そこをどうも、この会では指摘すべきではないかと思います。 ○葛原座長  経済活動というのは、具体的にお金とか予算ということですか。 ○柴田委員  疼痛医療センターは1つの取組みとして、今まで人と人とのつながりでそういうこと をしていたのですが、こういうのをプロモートする意味では、組織としてみんなに知っ てもらうことが必要だろうということで、それに関連する人たちの賛同を得て構築した ということです。 ○葛原座長  あと、いかがでしょうか。昨今の医療問題を見ると患者から医療機関へのアクセスの 仕方の検討や、医療の側から国民への啓蒙活動の必要性を痛感します。日本は医療機関 へは自由アクセスで、いい点もあるのでしょうが弊害もあって、症状が治らないからと 10カ所ぐらいの医療機関へ次々と行っている人を私もたくさん見るわけです。そういう ことをどう解決するかも、おそらく今後の1つの課題だと思います。 ○真田委員  先生が最初に、日本は慢性疼痛の対応が大変遅れているとおっしゃっていましたが、 実際、米国あるいはヨーロッパなどではガイドラインや学会があって活動しているとい うことなのでしょうか。どこまで何が発達して日本との違いがあるのでしょうか。 ○柴田委員  痛み専門の経済活動が成り立つ組織があるというのは1つあります。ペインセンター と呼ばれていますけれども、そういうものがあるというのが1つです。下世話な例です が、アメリカのテレビドラマで「ドクターハウス」というのがあって、その中でガバペ ンチンという薬剤が出てきますが、これはてんかんの薬で先ほど述べた神経障害性疼痛 に効果のある薬です。その話題が「ドクターハウス」の中で出てくるのです。おそらく 神経障害性疼痛にガバペンチンが効くことを知っている一般臨床医は、日本ではごく一 部だと思います。そういうことからも、一般臨床医の痛みに対しての認識にはかなりの 差があるだろうと予想されます。 ○真田委員  この慢性疼痛を語る共通の場が、アメリカやヨーロッパであるなと思うのと、痛みの 概念あるいは対応に関する学会からのガイドラインが出ているとか、そういう情報はご ざいませんか。 ○柴田委員  海外ではたくさんあると思います。そういう学会もありますし、痛み関連の研究ある いは痛みの国際学会などに行くと、日本だけでなく東洋は非常に限られた狭い範囲だけ の人で、ほかの高血圧やがんの国際学会に比べると、東洋の方は少ないのではないかと いう気がしています。 ○真田委員  申し上げたかったことは、日本との違いが何かわかれば、そこからまた課題を出しや すいと思いまして、お話させていただきました。 ○葛原座長  いまのガバペンチンというのは、欧米では緩和医療のたぶんファーストチョイスに入 っていると思います。日本ではてんかん以外は適用がないですから、もしいちばんいい 薬だと思って出せば保険で切られて、全部医師のほうの赤字に算定されることもあると 思います。日本の国民皆保険というのはこういう一面もあるということで、保険収載さ れない限り、世界常識のいちばん効く薬は使えないというのはよくあることです。そう いうこともある意味では問題が出てくるかもしれません。 ○井関オブザーバー  本質から離れますけれども、薬物療法に関して言えば、日本はほとんど承認されてい ない薬がほとんどなので、そういう意味では海外と一緒に考えることは難しい現状だと 思います。海外では神経障害性疼痛で薬物療法であればこういうガイドラインとか、1 薬剤について例えばオピオイドであればこういうガイドラインと、それぞれガイドライ ンを持って、家庭医に対してもそれを啓蒙する形で使っていると思います。 ○牛田委員  その他には葛原先生が先ほどおっしゃったように、いわゆるドクターショッピングと いうのがすごく多く問題です。私たちの所はペインクリニック的なこともやっています し、運動療法的なものとかいろいろやっていますけれども、関連するような情報がいろ いろな所からインターネット等を介してあちこちに流れているのです。そうすると、あ っちでこういう医療がいいと言うと、そちらにバーッと人が行ってみたいな感じになり ますので、例えば私たちが、それはあまり効かないと思いますと言っても、そっちのほ うに行ってしまうのです。それでまた良くならないから帰って来ましたという格好も多 いです。すごく無駄なことが行われていますので、情報を整理して発信することをして いかないと、よくないのだろうと思ったりします。 ○戸山委員  いま柴田先生からアメリカの事情も少しお話いただいて、スライドの何枚目かに我が 国の場合はどこの門をたたくかで治療法が異なるということで、いわゆる鍼灸、東洋、 接骨云々というのがあって、これは我が国独特の状況下にあると。アメリカの場合です と10年で来年に総括が出るのでしょうけれども、これはかなりいい方向に向かっている のか。それとも、それを参考にしながらチャンネルを切り換えていくのが、いちばんい い方向なのか。それとも先ほど話したように我慢の国民だから、日本ではこういう構築 に関してはどうなのかなという感じがしますが、いかがなのでしょうか。かなりアメリ カでは状況としていい方向に向かっているのか、同じような方向なのか、世界的にどう なのか、我が国が独特で取り組まなければいけないのか、どうなのでしょうか。大きい 課題になってしまって申し訳ありません。 ○柴田委員  経験がないのでわからないですが、印象というか、今までのこういう疾病ごとに取り 組んできたものというのは、短期的なアウトカムが期待できると思います。痛みという のは評価法がなくはないですが、それ自身でのアウトプットを何でするか。いちばんき れいに納得できるのは医療費の形かと思いますが、なかなかそれの算出の仕方とかも難 しいので、目に見える形でアウトプットを短期的に出すというのは困難だと思います。 ですから、まずは整理というところになるかと思います。  その整理となると、がんの痛みの場合にはあまりそういう問題は起こりませんが、慢 性の腰痛症に関しては手術がいいという立場の方、運動療法がいいという立場の方がい て、双方が納得できるものというのはなかなか難しい。特にアメリカなどはそうだろう と思います。日本の場合はアメリカより、ある意味、そういうものに関してはまだ与し 易いのではないかという気はしていますが、それぞれの痛みによって取組み方も変えざ るを得ないという気はします。そういう意味で先ほど言った3つの分け方というのは、 そういう面でもいいのではないかと私は考えています。 ○牛田委員  補足すると、例えば国際疼痛学会でも麻酔科と基礎研究者が多くを占めていたりして 、アメリカでも基本的にまだばらばらな状態のところもあります、実際にアメリカでは 痛みの10年という取り組みをやったのですが、クリントン大統領のときに出た後、すぐ に湾岸戦争に突入したり何かで、結局、研究費も付かずにあまり進んでいないと言われ ています。ですからあまり変わっていないというのが実情と聞いているのですが、最終 の報告はまだないのでわかりません。 ○葛原座長  あと何かございますか。それでは時間がないので5分程度で、全体を通して何かご質 問がございますか。私から2つぐらいあるのですが、1つは、特に認知行動療法あるいは 行動認知療法というのでしょうか、最近、いろいろな分野で実施されています。薬物や 外科的なこと以外にも、先ほどの鍼灸や東洋医学、あるいは心理療法など、いろいろな 分野で取り入れるというのが出ていました。先生のスライドにも出ていたと思いますが 、そういうスタッフが柴田先生の所や内田先生の所で加わっていらっしゃるのか、それ が質問1です。質問2は、「最近、流行ってきている痛み」として、線維筋痛症という のはかなり外来にも来ることがあります。これは神経内科も来ますし、精神科あるいは リウマチ科にも来ているのではないかと思います。それについて宮岡先生から一言いた だければと思いますが、いかがでしょうか。まず心理療法などをやるスタッフの参加に ついて、いかがですか。 ○柴田委員  心理療法については、たぶん井関先生より私の関わっている機会が多かったと思って コメントさせていただきますが、欧米の心理療法のメインのターゲットは、failed back syndromeと言って、腰痛に対して手術をして、遺残した痛みでまた何度も手術す る、そういう患者さんが多くて社会問題になったのです。それを克服するために、腰痛 というのはバイオロジカルな問題だけでなく、サイコソーシャルな問題も関連している というので、患者教育と実際の理学療法で社会復帰させるプログラムなのです。  日本では幸か不幸か、脊椎外科医がアメリカよりも手術適応をきちっとしているので 、そういう悲劇が社会問題にまでは発展していないし、そのニーズは今まで言われてこ なかったので、実際にそれに取り組んでいる施設はほとんどないということ。個々のド クターが勉強して善意でやっているのが現況です。 ○葛原座長  あとの先生方、いまの件に関して何かございましたら。 ○牛田委員  私たちの所は精神科の先生と臨床心理士がいて、ケースカンファレンスを定期的にや ったりするようにしています。実際、欧米でも痛みなどに関連して精神科的な診断とい うか、例えば脊椎手術をするときに必ず精神科、あるいは心理的なコンサルテーション が行われるのですが、一方で国内ではほとんどの場合そういうのが行われていないのが 現状なので、そこら辺のところは今後、また変えていかないといけないところかと思っ ています。 ○井関オブザーバー  その治療そのものを行う、行わないは別にして、少なくとも、医師が適切な治療法を 予想できるように、痛みに対する理解に関して、医師教育という点では卒前のところか ら必要なのかなと感じています。そしてもう1つ、行動認知療法というのは時間もかか りますし、そちらに関してのサポートというのはなかなかありませんので、柴田先生が おっしゃるように、皆さんがいま善意でやっていらっしゃるところだと思いますが、非 常に部分的ではあっても、そういうサポートがプラスになる疼痛患者さんはたくさんい らっしゃると思います。 ○葛原座長  あと線維筋痛症に関して、宮岡先生、いかがですか。 ○宮岡委員  精神科の宮岡でございます。先生からいまお話のありました線維筋痛症について、私 はこの疾患の学会にも関わっているのですが、アメリカのあるペインのクリニックのナ ースが前に来たときに、「何で診断基準も曖昧なFibromyalgia(線維筋痛症)という病 名を、あなたたちはよく使うのか」と聞いたら、立ち所に「メンタルディスオーダー (精神疾患)では保険がきかないから。医療費が出ないから」という答えが返ってきた のです。さらに彼女は非常に割り切って、「慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome)と一緒でしょう」という答えを、すぐに返されたものですから私はびっくり したのです。一般的な見方ではないかもしれませんが、全く医療費の体系が違うことが 病名にも関係しうるという面はあると思います。線維筋痛症と他の疾患は鑑別すべきか 、合併を認めるのかという議論もまだ不十分です。このような周辺の問題を除外してい った時、どのような病態が線維筋痛症の中核として残ってくるか、このあたりが今後の 課題のように思います。  日本でも、いまの認知行動療法、面接やカウンセリングには医療費があまり付かない ので多く実施すればするほど、医療機関は赤字になるともいえます。それが、本当はメ ンタルなことが関係していても、まずは薬を使おうとか、まず身体的な治療をしようと いう方針につながっているかもしれません。医師自身もメンタルは苦手だし、患者さん もメンタルと言われるのは避けたいし、メンタルに対応すると病院も儲からないという 苦悩の状況になっているともいえそうです。この現状は、今回のような機会に考えてい ただいたほうがいいという気がします。  補足ですが、結局、痛みの問題というのは、身体各科の医師が、身体面を治療し尽く した後で、「体に異常がないから、精神的なことが問題ではないか」と考えて、精神科 医に依頼することが多いのです。身体的な治療をやり尽くした後で精神科に依頼された 場合は、治療が非常に難しい。特に外科的な治療まで入ってしまうとますます難しくな ります。その場合に、先ほど質問させていただきましたが、過去の治療でどういうイン フォームド・コンセントを得ているかが重要になってきます。いちばん困るのは、身体 科の医師から「身体面の治療を行ったけれど治らなかった。あと精神科でよろしく」と 紹介される患者さんで、患者さんは「前の先生は『この治療をやったら治る』と言った のに治らなかった。そしたら『どうもメンタルな問題が関係していそうだから、精神科 で相談してごらん』と言われた」と話されるような場合です。前の医師が『この治療を やったら治る』と言った治療に十分なエビデンスがない場合、不適切な説明をもとに治 療が実施された訳ですから、精神科治療を含めたその後の医療がうまく進むとは思えま せん。そのあたりのことにどう対処するかと言ったら、先ほどから出ている早い時期に チーム医療の形で、きちんと包括的なアセスメントをしていくことだと思います。 ○葛原座長  いま、宮岡先生がおっしゃったように、私も神経内科が専門ですので整形外科や産婦 人科など、いろいろなところから痛みが止まらないというので、そういう科の検査では 異常はないから、神経系に何か原因はないかと言ってきます。神経学的検査では異常は ないので訊いてみると、手術する前あるいは検査の前に、「こうすれば治る」というイ ンフォームド・コンセントを受けた方が多いわけです。そうすると「結局、治らない」 という場合には医師不信になって来ることになるので、最初から「完全には治らない」 と言っておいていただければ、こういうことは起こらなかったのではないかという気が します。要するに「100%、痛みがなくなるわけではない」ということの説明ができて いない。お互いに楽観的に考えた結果が不信の原因になっているということも含めて、 先ほど医師教育、医学教育、あるいは患者教育もあるのでしょうが、病気にどう取り組 むかという説明で変な不信を作らないことも非常に大事なのではないか。特に原因がよ くわからない痛みとしびれに関しては、そういう問題を痛感します。そろそろ時間です けれども、最後に御発言ありますか。 ○内田委員  今日の検討会を通して感じたのですが、慢性疼痛の患者さんで非常に複雑な患者さん は、回り回って専門の所に行くケースが多いと思いますけれども、ほとんどのケースで は、一般医というか開業の段階でまず診るわけです。私は以前、順天堂のペインクリニ ックにいたこともあるのですが、私が感じるのは、専門医と一般医の慢性疼痛に関する 認識のギャップがものすごく大きいのです。一般医の慢性疼痛に関する認識と患者さん 自身が抱えている悩みとのギャップもすごく大きい。それが埋められるような何かの努 力をしないと解決できない感じを今日のお話を聞いていてすごく持ちました。  医療提供側には、特にそういうところで患者さんの立場に立って慢性疼痛を捉える、 痛みを捉えるところの認識が育っていかないと、これはあくまでも症候の1つですから、 治療はちゃんとしていますよという認識が、いつも医療提供側にある。それでとれない のはしようがないとか、あるいは本当に対症療法的な治療で、この程度ですよという形 での解決の仕方しかなくて、それに満足できない人はどんどんドクターショッピングに 回ることになっていくのです。この専門医と一般医のギャップ、一般医と患者さんのギ ャップをどうやって埋めていくか、その取組みが非常に重要だと思います。 ○真田委員  内田先生がおっしゃったのと同様に、今日のディスカッションでは、看護師の役割が あまり出てこなかったのは残念に思いました。ペインを専門とする認定看護師も実際に いますし、24時間の生活を支援するナースたちがアレンジできる、痛みに対するケアも あると思います。もう少し情報を先生方に提供できるように、ナース側からのアプロー チがまだ不十分ではないかと今日感じました。情報提供として、そういうナースがいる ことを知っていただければと思います。 ○葛原座長  この辺でまとめたいと思いますが、今日はどういう問題があるかということと、何を するかということのディスカッションで、特に今日でまとめなければいけないというこ とではないのですが、3人の先生方にご講演いただき、我々自身の中でも何となくはっ きりしていなかったペインについて、現況はおわかりいただいたと思います。私も医者 嫌いであまり医者には行かないのですが、歯が痛くなったときだけは物を食う気も起こ らないので歯医者には行きますから、ペインというのは、それがあるだけで何もする気 が起こらなくなるぐらい辛いものだということも前提条件です。痛みがある人の悩みを ゼロにできなくても、どう緩和するかというのは、国民の生産性から教育、あるいは健 康長寿ということも含めて非常に大事な課題だということは、今日、皆さんにも再認識 していただけたのではないかと思います。  今後は、1つは痛みの仕分けということで、「仕分け」は最近流行の言葉ですけれど も、特に今まで手が付いていないところの痛みにどう取り組んでいくか。それと一緒に 仕組みの問題として、内田委員が最後にまとめてくださったように、痛みが起こったと きにまず行くプライマリーケアの医師がどう対応するか。そういうときの患者さんとプ ライマリーケアの先生方に、どういうことを知っておいていただくべきか。またプライ マリーケアのところでうまくいかないものを、臓器別の専門医あるいは臓器別専門医と 組んでペインをやっている専門家たちに、どうつなげていくか。そういう形でのアクセ スとか対応の問題が1つあろうかと思います。  最後は、真田委員がおっしゃったように、例えば医師で対応したほうがいいこと、薬 剤師も含めて薬を中心として対応すること、手術を中心とすること、看護師、薬剤師、 あるいは日本では点数化されていなくて赤字になるばかりなのですが、心理療法ができ る人はいるわけです。いま臨床心理士に関しては検査しか保険は通っていなくて、治療 はできないことになっていると思いますが、そういう種類のことにどう対応するかも含 めて、いろいろなレベルの痛みに、プライマリーケアの方、医療関係のいろいろな方が どう携わっていくか。更に家族の方の対応の仕方も患者さんの痛みを強くしたり弱くし たりしていると思いますから、そういう国民教育も含めて、今後、取り組んでいくこと になると思います。  今日はこのくらいのところで、まとめはよろしいですか。あとは事務局に今後の日程 と、次に何をやるかをアナウンスしていただいて、終了したいと思います。よろしくお 願いします。 ○事務局   先生方、今日は本当にありがとうございました。日程は今後調整させていただきます が、今年度中に2回目を開催できたらと思っています。また連絡いたします。今後の進 め方については、今日の議事録等をもう1回事務局で確認し、各先生方ともご相談して 進めてまいります。議事録については確認させていただいた後にホームページに掲載す ることになりますので、その点、よろしくお願いします。先生方、今日はありがとうご ざいました。 【照会先】  厚生労働省健康局疾病対策課  代表 : 03(5253)1111  内線 : 2354