08/01/29 「安心と希望の医療確保ビジョン」第2回会議議事録 「安心と希望の医療確保ビジョン」第2回会義          日時:平成20年1月29日(火)18:30〜20:00                     場所:厚生労働省18階専用第22会議室 ○小野看護職員確保対策官   ただいまより「安心と希望の医療確保ビジョン」第2回会議を開催します。本日はご多忙のと ころご参集いただきまして、誠にありがとうございます。なお、舛添大臣は10分ほど遅れて来る との連絡が入っています。舛添大臣が来られましたら、報道よりカメラ撮りの要望がありますの で、一旦、若干中断させていただくことを最初にお断り申し上げます。  議事に入ります前に、お手元に資料1、資料2を用意させていただきました。これは前回の会 議においてお話のありました点です。資料1は、チーム医療のあり方についての諸外国の事例 です。諸外国の医師及び看護師に関します状況。また、資料2は、病床数の各国の比較につい て、急性期と慢性期の病床数の内訳というデータです。いずれも詳細な説明は省かせていただ きますが、今後の議論のご参考にしていただければと存じます。  それでは議事に入らせていただきます。本日は、国際的・歴史的・文化的位置づけを踏まえ た我が国の医療のあり方を検討するため、有識者からのヒアリングを行わせていただきます。 それでは、本日出席していただいています有識者のお2人の先生をご紹介させていただきま す。  まず、尾身茂WHO西太平洋事務局事務局長でいらっしゃいます。尾身局長は自治医科大学 をご卒業後、旧厚生省保険局WHO西太平洋地域事務局感染症対策部長などを経まして、平成 11年にWHO西太平洋事務局長就任、平成15年に再選され現職に至っています。もうひと方、 新村拓北里大学一般教育部長でいらっしゃいます。新村教授は早稲田大学大学院文学研究 科博士課程修了後、京都府立医科大学医学部社会科学教室教授を経て、平成13年より北里 大学一般教育部基礎教育センター教授となられ、平成18年より現職に就かれています。  それでは、まず、尾身事務局長より、国際的な視点から見た我が国の医療についてお話を賜 りたいと思います。尾身事務局長よろしくお願いします。 ○尾身事務局長   どうもありがとうございます。このような席にお招きいただきまして心よりお礼を申し上げます。 時間もそれほどないようなので、直接議題に入らせていただきます。  私は、いま司会の方からご紹介がありましたように、日本を離れてもう20年近くなりました。 外から日本全体を見たり、医療を見たりして、その間アジアはもとよりいろいろな国の保健・医 療を観察する機会が多々ありました。今日は、そういう日本の医療はどうほかと比較されるの かも含めて、WHOの見解というよりはむしろ私個人の見解を少し述べさせていただきたいと思い ます。  いまの日本の医療崩壊などについて、私も新聞でいろいろ読ませていただきます。当然そう いう問題の解決のためには、いったい日本の医療がほかの国とどう違うかを評価する必要があ ると思います。そのときによく使われるのがOECDの医療費のGDPに占める割合や人口数の 1,000人当たりの医師の数です。これはどうも、いま見させていただいたら、すでに前回の会議 でそういうことは議論されているようです。ここで私が簡単に述べると、やはりマクロで見れば、 日本の医療は大変に効率的だと思います。医療費もOECDの中では高いほうではないし、医師 の数もそうです。マクロに対してはつい最近まで私どもも評価していた。日本はある意味で優等 生です。特にアクセスという意味では、圧倒的な優等生です。しかもアメリカなどに比べると、医 療費は使っていないし、医師の数もそれほど多くないのに、これほどのアクセスをしているとい う意味で優等生だったと思います。そのようにマクロでは効率がよい。ところが、もう1つ医療の マクロではなく、もう少しミクロのレベルで見ると、どうもまだ効率という意味ではいくつか改善す るべきところがある。いま見せていただいた資料にはOECDの資料が多分なかったのではない かと思われるので、蛇足になるかもしれませんが、それを述べてみます。  例えば、1年間の医師の診察回数です。これがほかの国に比べると、日本は圧倒的に多い。 それだけフリーアクセスがあることの裏返しだと思いますが、医師にかかる頻数がOECDの中で 圧倒的に多いところがあります。それから、1つの具体的シンボルとして提示させていただきた いのは、CTスキャンです。いまはどこでもレントゲンとともにCTスキャンを撮りますが、そのCT スキャンの普及率は日本がダントツに1位です。  こういうミクロのレベルで見ると、ほかの国々に比べると、まだ改善する余地がある。そういう ことが数量で表われるという意味での特徴だと思われます。しかし、実は数値で表わせる特徴 以外になかなか曰く言い難しという部分の特徴があります。それが3つあります。その3つのう ちの1つ目が、日本の医療はほかの国に比べると、非常によい意味での社会主義的、平等主 義的に一部なっていることです。同時に、自由主義的な側面が混在しているのが、日本の医療 の際だった特徴だと思います。社会主義的、自由主義的とはどういうことかと言えば、具体的に は最近問題になっていますが、国民皆保険があります。ソーシャルなウェルフェア・インシュラン スとして国民皆保険があります。これは、私は個人的には素晴らしいよい意味での社会主義的 な平等主義になっていると思います。  もう1つは、例えばいまの診療報酬においては、基本的には手術するときに、まだ卒業して1 年目の人と、卒業して20年、30年の本当にベテランの人と同じ点数であることです。盲腸くらい ならそれほど差はつきませんでしょうが、複雑な癌の手術をやっても、癌の手術としては両者が 同じ点数になる。そういう意味では平等主義的なところがある。一方で、自由主義的なところと は何かというと、例えば開業するときにほとんど自由です。つまり、これは経済的には、そこに 開業したら儲からないというインセンティブがありますが、それ以外はほとんど、開業をどこでし ようが、どんな科でしようが医師の裁量権に任されています。それから、いまの診療報酬はいろ いろなマネージメントというか、少しずつ欧米のDPCみたいなことが入っているようですが、基本 的にはまだ出来高払いになっています。たくさん検査をすれば、それだけ収入が増える。ある意 味では、そこはイギリスなどとは違って自由主義的なところです。このように自由主義的な側面 と社会主義的な側面が混在しているというのが、非常に際だってほかの国との違いの特徴の1 つです。  数値に表われない2番目の特徴というのが、特にこれは欧米との比較ですが、医療の質で す。量についてはいろいろといま言ったようなことがありますが、医療の質、医師の質、サービ スの質についての客観的評価は、欧米の国に比べると、端的に言えばやや甘くなっています。 もちろん、立派な先生が日本の場合にはいっぱいいますが、全体の評価としては低い。これは どういうことかというと、例えば欧米においては、心臓外科の専門医などはかなり厳しい要求を 課せられています。もちろん、そのことで日本の先生が駄目ということではなく、立派な先生が いっぱいいることを申し上げつつ、しかし日本の場合には全体としての評価のシステムが欧米 に比べると弱い。それから、繰り返しになりますが、質については、たくさんやればそれだけの 利用度があり、報酬が増えますが、短時間にいい手術をしたからといっても、必ずしもそれに見 合う報酬がない。お金などをほとんど考えていない医師が多いと思いますが、実際に経済的な 面で見ると、早く、よくやったからといってファイナンシャルな利用度、報酬にかかってこない。む しろ、極端な話をすれば、手術がうまくいかなくて何回もいろいろとやったほうが収入が上がると いうことも起きています。  数で表われない3つ目の特徴が、これも全部ではありませんが、多くの国は医師が専門医と いわゆるゲートキーパーに分れている。いまの日本の場合には、かかりつけ医、総合医、家庭 医という3つの言葉が併存して、いろいろな学会などで使われています。ジェネラリストと専門医 がかなりはっきり分かれていて、しかも専門医と総合医というか、かかりつけ医の人たちも資格 としてちゃんと認められています。そこの中で連携があり、はっきりした役割分担がされていま す。イギリスなどはその典型ですが、その他のヨーロッパの国々では、そういうことをやっている ところが結構あります。  これが3つの特徴だと思います。そういう中で、私が外から見たり、日本の専門家の先生とい ろいろ話す機会を通じ、また新聞などで見たりして、いま日本の大変素晴らしい制度がある意 味では曲がり角にきているようにも感じます。新聞などには医療崩壊などと言われているようで す。一部は臨床研修という新しい制度があって、大学の医局などがトリガーになっていると説明 がされています。確かにトリガーだったかもしれないが、こういう問題は前からすでにあったのだ と思う。それは3つの根源的な問題があったと思います。もちろん、これは日本の医師、厚労省、 各県団体が十分それをやったと言った上のことですが、3つの根源的な課題が理由としてあっ たのではないか。  1つは医療人、それから医療、サービスというのが、本来は共通の公共財として扱われるべ きものです。車やテレビというような好みによって、あるいはお金があるとかないとかによって、 買ったり買わなかったりというものではなくて、どんな人でも、いずれは必ず病気になりますから、 そのリスクをみんなでプールする。公共財であると。一部の人たちのものではない。医師のもの だけではない。保険料は税金ではないですが、みんな保険料を払って、リスクを取り、サポート するもの、つまり公共財である。しかし、この公共財という認識が必ずしも高くなかった。低かっ たということが1つあったと思います。  2つ目の大きな理由は、厚労省、政治家の方がいろいろと努力をされてきたのですが、ただし 全体として見れば、医療のターニングポイントに差しかかっているにもかかわらず、日本の医療 のビジョン、あるいはビジョンと言わないまでもイメージ、どのような医療が日本の医療のあるべ き姿なのかが国民的コンセンサスになっていなかったことです。一部では欧米型、アメリカ型の 民間保険を入れてみたいという希望もあるし、いや、そうではなく介護保険をという考え方もあ る。では、こういう日本の高齢化社会、医療費が増え、医療保険もパンクしそうになっている中 で、どういう医療サービスのシステムのあり方があるかという大きなビジョンがなかなか見えて こない。ややもすると、やはり場当たり的な方法でずうっときていたのかもしれない点がありま す。  3つ目の問題は先ほど少し触れました。特に地域の現場における機会の共有、連携などもす でにいま行われているようですが、これがやはり診療所は診療所、病院は病院ということで、地 域全体でダイナミックな連携をする動きが少ないことです。いまは確かに産婦人科の付属の科 ということで起きているようですが、これまではややそういう部分が足りなかったのだろうと思い ます。  そういうことから考えて、最後に私見ですが、これからどんな考え方があるか述べたいと思い ます。もちろん、私は細かいことは知りませんので、細かい点はほかの先生方にお任せします が、いったいどんな大きなコンセプトがこれから必要なのかというと、おそらく5つぐらいあると思 う。1つは先ほどの流れで言えば、医療、医師が公共財であるという概念をしっかりと浸透させ なければいけないと思います。もちろん、医師など医療従事者のプロフェッショナル集団として の職業の自由、どこで働くか、何を研究するかなどは、最大限尊重すると同時にいわゆる公共 の福祉という部分も考えなくてはいけない。極端な例ですが、ある医師が耳鼻科や皮膚科など のある科にいって、大事なほかの科に人がいないというのは、やはり公共財という観点からす ると、これはどこかで是正をしなければいけないと思う。それがまず第1点であります。  第2点の基本のコンセプトというのは、そろそろ日本は過渡期のターニングポイントに差しか かっっているので、そろそろ大きな医療システムのデザインを構築する必要があると思う。具体 的にはいろいろあると思います。いちばん私が大事だと思うのは、いまの人口動態、病気のパ ターン、それから人々の動きなどを勘案すれば、だいたい各地域にどれだけの医師が必要で、 どれだけの科が必要かがわかる。いまの道路交通のことも考え、人口のことも考え、病気のパ ターンを考えたりすれば、ある程度この地域ではどれだけの医師がそれぞれの科に必要かが わかってくる。もちろん、細かい100%のアグリーメントはないでしょうが、ある程度の最大公約 数的なところまではできるのだと思います。そういう意味では、いまの臨床研修で行っている人 たちも、やはりある程度県などで分ければいい。行きたいところはどうしても競争になり、東海地 方に希望が集まるかもしれませんが、それに漏れた人が次に行くなどの調整を行って、最終的 には日本全国うまくいくのではないか。そこには教育病院としてのしっかりした施設がないとい けません。そこについては別途に報告があると思いますが、そういうことが必要だと思います。  それから、いまの2つ目の中のサブセットとして、そろそろ日本でも考えなくてはいけない問題 があります。それは診療報酬の制度の中でも、インセンティブを入れる考え方です。つまり、結 果がよりよく出た場合には、それだけの報酬が、いわゆるフラットのレートの上にさらに乗るとい うシステムを、最近イギリスなどでは導入しています。これはやる気が出てくるシステムです。イ ギリスでさえと言ってもいいかもしれません。そういう意味でそろそろ診療報酬などの中に医療 の質を、難しいことですが、反映させるような時代がきているのだと思います。  コンセプトの3つ目は、地域における連携です。これは病診連携ということで、厚労省を中心 にずうっとやられていることです。また、専門家とさっき言ったゼネラルな人たちとをうまく連携さ せた、そして何でも専門的な病院ではなくする必要が私はあると思う。役割をはっきり分担させ ることが3つ目で、地域における連携だと思います。  4つ目は、医師全体がプロフェッショナルな集団になる。自浄性とでもいうか、例えば専門家 には要件が甘いというようなことでありますが、こういうことももう少し改善したい。私の直感では、 ヨーロッパの医師は日本よりは尊敬度がやや高いと思う。そういうことで、医師にも少し努力が 必要だという気がします。  最後になりますが、こうした新しい日本の医療のビジョンには、どうしても保険料を使っている 国民のことを考えなくてはいけません。国民的なもう少し広い会議の場、議論の場を設けたい。 それにはもちろん政治家、厚労省の官僚、同時に医師のグループなどに来ていただき、患者さ んのグループやマスコミなども入れて、こうした広い国民的なコンセンサスを考えたい。急がなく てもいい。これは党利党略の話ではなく、数年をかけてもいいから、もっと腰を落ち着けてそう いう議論を始める時期にきているのではないかという気が私はします。簡単ですが、だいたいそ んなことで今日の宿題にさせていただきます。○小野看護職員確保対策官 ありがとうござい ました。続いて新村先生からお話をいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 ○新村教授  「歴史から見た医療のあり方」というレジュメをお配りしていると思います。私の課題は、日本 の医療の歴史を踏まえて、現代の医療が抱えている問題をどう見たらいいのか。あるいは、将 来どのような方向に進めたらいいかということを課題としております。一応、課題を6つ提示させ ていただきます。歴史の話となりますと、話が非常に長くなります。それで大変嫌われるのです が、できるだけ手短にお話をさせていただきます。 ○小野看護職員確保対策官   大臣がお見えになりました。ちょっとお休みをいただきたいと思います。すみません。 ○舛添厚生労働大臣   どうもすみません。ご承知のような国会の大混乱ということで、やっといま参りました。  また8時から衆議院本会議がありますので、7時45分ぐらいには出ないといけないと思いま すが、引き続き今日は第2回目ということです。  いま官邸でも第1回の社会保障国民会議、いま我々がやっているこの「安心と希望の医療確 保」というのと同じようなテーマについて、官邸に、全国民を代表する人たちに集まっていただい てやっております。私たちのこの検討結果と、非常に接点を持つことになると思いますので、こ こでもしっかりと議論していただきたいと思います。ありがとうございます。 ○小野看護職員確保対策官   恐縮ですが、カメラはここまでということでよろしくお願いします。では新村先生、続きをお願 いいたします。 ○新村教授   現代の医療が抱えている課題を、歴史から見たときにどうなるのかという話です。  まず第1番目に「看取りのあり方」ということです。古代においてもうすでに看取りの方法とい うのがマニユアル化されております。それは最初はお寺さんの間で行われていたわけですが、 それが中世になると一般の教訓書、あるいは日常の生活の指南書、指導書というものの中に 取り入れられていく。そして江戸時代になると、それが広く踏襲されていわゆる教養、常識として 看取りの仕方が定形化されていくことになるわけです。ところが明治を迎えますと、廃仏毀釈と 言いましょうか、人心の仏教離れというのが起こって、今までの看取りのあり方が大きく変わっ てきます。それと同時に西洋の医学、あるいは看護学が入ってきます。そうしますと、いままで の看取りというのは、家族とか親族、あるいは信仰仲間といったような人たちが看取りをし、死 の確認をして死後の処置をしていた。それが明治7年に「医制」が公布されて、基本的な、今後 進むべき医療の形が打ち出される。その中で、いままで看取りの前面にいた家族や親族が背 後に引っ込んでしまう。いわゆる医療の専門家、医師あるいは派出看護婦という人たちが看取 りの前面に出てきて、家族はそのお手伝いをするというように変わってまいります。  それともう1つ、明治7年に打ち出されたことは、いままで死は家族や親族において確認され ればよかったのが、医師、いままで医師に資格はありませんでしたが、この後は資格を要求さ れます。国から資格を付与された医師、半公人となったその医師が死の確認をして、死亡診断 書を出さなければ埋葬、火葬ができないという形に切り替えられます。そうしますと、人は一生 のうちに一度は医師にかかるという、そういう習慣というか、医療に頼る心性(メンタリティ)とい うのが生まれてきました。また、かつては医師はターミナルケアには関わらなかった。というの は、死というのはけがれを生ずる。死は敗北という考え方もあり死を避けていた。ところが、医 師は死亡の確認をしなければならないということになって、次第にその死亡前の状態、要する にターミナルな状態に医師が関わるようになってきました。  こういう状態で戦後の1960年代ぐらいまではきていたわけですが、高度経済成長の中で核 家族化が進み、地縁、血縁というつながりがなくなり、伝統的な看取りの文化というものが消失 していく。そして1977年に、在宅死よりも病院死が増える。病院死が増えていく中で、看取りの 方法、技術や知識、技能といったものが、地域からも家族からも消えてしまう。そういった状況 の中で再び厚生労働省が、在宅医療を進めて在宅死しなさいと。こう言われても家族のほうで は困ってしまう。どのように看取ればいいのかがわからないわけです。ある程度頑張っても、最 後になると救急車を呼んで病院死させてしまう。それが現状なわけです。  ですから在宅死を進めようとするならば、再び看取りの文化というのを勉強しなおす必要が ある。文化というのは、ほかっておけば衰退してなくなってしまうものです。教育という力がなけ れば文化というのは継承されないわけです。かつては、戦前までは学校教育の中で、高等女学 校の家政学の授業の中で、看取りというのがきちんと教えられていました。知識も、技能も教え られていたわけです。そして農村においては、女子青年団において講習会がもたれていました。 また、祖父母や父母から、あるいは地域においてそういう教育がなされていた。現在は年間110 万人ぐらい亡くなっていて、その8割は65歳以上であり、死というのは年をとらなければこない ものと思っているわけですが、戦前は65歳以上の割合が、1935年で23%。要するに死ぬ人の 4分の3は若い人なのです。死亡はあらゆる年齢層に行きわたっていた。ですからしょっちゅう 死があって、いかに看取り、いかに葬儀をするか、死後処置をいかにするかということをじかに 勉強していた。そういう環境があったわけです。いまは病院死という形で看取りを学ぶ環境もな くなっている。  在宅での看取りに関して歴史を踏まえて言うならば、1つは学校教育、要するに家庭科の授 業の中で看取りの文化、看取るための技能や知識を教育する必要があること。いま公民館等 で介護の実習とか講習会が行われているわけですが、そこで看取りの仕方、死はどうやって確 認すればいいのか、死後処置はどうすればいいのか、死んだあとの法的な処理はどうすれば いいのか、ということを教えればいいわけです。在宅死がいちばんいいと言っているわけではあ りませんが、死にゆく者にとって選択肢が増えることは大変いいことだろうと思います。  私が京都の医学部の教授をしていたときにやった全国的な調査では、高齢者の8割は、条 件が整えば家で死にたいと言っているわけです。そのあと追跡調査もしましたが、実際に希望 した所で死ねたという人は3割なのです。要するに、高齢者の7割は自分の希望する所以外の 所で亡くなっているわけです。いままで自分は家族のために働いてきたと思って、自分の最後 の願いを家族に話したところ、7割が拒否されている。そうなってみると、自分はなんのために 生きてきたのか、という思いを持って死なれたのではないか、そんな感想を持ちました。  もう1つ、在宅での看取りというのは、そういう高齢者の希望をかなえさせるという意味だけで なく、若い人にとってのいわゆるデス・エデュケーションになるわけです。要するに死を考える機 会を与えることになる。死を考えるということは、いかに生きるかを考えること。それがデス・エデ ュケーションの本来の意味なわけです。そういう意味もかねて看取りの文化というものを、もう少 し勉強する機会を持つべきであると思います。そして地域の人たちがそういうことを勉強し、看 取りのためのネットワークというものができれば、安心して、自分が生活している場所で死ねる。 それは町を活性化させることにもつながっていくと思っております。  2番目は「医師の資質と養成のあり方」です。古代には典薬寮という役所がありました。いま の厚生労働省に相当する役所で、ここには病院もあり、医療者の養成等も行われていました。 ここでの特徴的なことは教養が重視されていたことです。2年間の教養課程があって、その後に 5〜7年の専門課程がある。16歳で入学をして最大9年。大学院もあった。それを医得業生と言 っているわけですが、教養が重視され、医療者の職業倫理が強調され、理論よりも実際、技能 が重視されました。  医師の評価の方法もすでに奈良時代、平安時代にありました。どういうようにやっているのか と言いますと、患者のほうが、医療が終わったところで典薬寮に報告書を出すわけです。その 報告書を1年間プールさせて、治癒率が7割以上だと上、5割以上だと中、4割だと下となって、 下は解官、クビになるわけです。要するに患者が医療の質を評価する。そういうシステムが古 代にきちんと行われていたということです。なお、現代の新しい臨床研修の方式は、いろいろな 所を回ってそれぞれその場所でいちばんいいもの、最良のものを吸収するというシステムにな っているわけですが、それはまさに昔の遍歴医のあり方かと思います。  3番目は「病院のあり方」。日本の病院というのは、診療所がそのまま大きくなって生まれて いるわけです。要するに病院と診療所との間に機能分化がない。先ほど尾身先生がおっしゃら れたことですが、機能分化がないところに真の連携はないわけです。はっきりと分化させた上で はじめて連携、病診連携が可能になるということです。少し前に地域医療支援病院というのが つくられましたが、あまり耳に入ってこない。オープンシステムという形をとって医師会立でやら れているのでしょうが、そういう病院のあり方というのが今後広がっていけばいいと思います。  欧米の病院は寄付とか慈善とか、教会付属という形で生まれたものです。ですから皆さんが その病院に対する愛着を持っている。自分たちが参画している病院という意識があるわけです。 そういった意識を、いまの日本の病院の中に持たせるような工夫ができないものか、例えば寄 付控除が行われるとか、あるいは、病院のボランティアの育成を図るようなことが必要ではない かかと思います。また、病院の建設ラッシュというのは、日露戦争から第一次世界大戦、あるい は1960年前後に起こっているわけですが、経済が伸びる、あるいは生活水準が上がる時期に は医療に対する需要も上がっている。医療需要が上がれば供給も増えるし、供給がまた新たな 需要を掘り起こすという関係になっているので、経済の伸びを抑えないかぎり、医療費を削減す るというのはとても難しい、困難だという印象を持っております。  4番目は「健康管理のあり方」。18世紀はじめの貝原益軒の『養生訓』は有名なものですが、 これは古代からある話を貝原益軒がまとめたもの、彼の独創的な部分はほんの少しかなと思 います。この中でいまに生かせるところは何かと言いますと、健康の自己管理、自己責任という ことですが、これはいまは非常に難しいことだろうと思っております。  そもそも江戸時代の中後期になると、この貝原益軒の考え方を否定する動きも出ています。 『養生訓』は健康を管理することによって長生きしなさい。なぜ長生きしなければいけないのか。 それは人格の完成、いわゆる老熟というのを目指さなければいけないし、自分を生んでくれた 天地、あるいは父母に対する孝行、親孝行のためであると言います。長寿のために健康という ことが求められていたわけです。ところが江戸時代中期になると、長生きなんてよくない、介護 負担が増えるだけだ。年をとるということは、生活の質、人生の質が下がることなのだ、大して いいことはないのだ。一方、健康管理のために禁欲あるいは中庸ということが求められていた わけですが、それを一日中、あるいは1年中気にしながら生きていると、逆にストレスがたまっ て短命になるよ、という養生を否定する風潮が出てきます。ほどほどの養生で、ほどほどの健 康を得て、ほどほどのところで死んだほうがいい、適当なところでおさらばしたほうがいいという 考え方が、江戸中期以降出てくる。健康の自己管理を強く求めることはできないということで す。  5分ほど過ぎてしまいましたので、この辺でおしまいにさせていただきます。 ○小野看護職員確保対策官   申し訳ありませんでした。時間の関係で恐縮です。それではお2人のご説明を踏まえてディス カッションのほうに入りたいと思いますので、どなた様からでも、ご意見よろしくお願いします。 ○野中委員   尾身先生、新村先生、どうもありがとうございました。いろいろ興味あるお話をいただいたの ですが、私はその中で連携という話が。これはどちらの先生も言われたと思いますが、新村先 生のお話の中で、日本の病院は、小さな診療所が拡大してなったものだということで、結局、機 能分化ということを自らがわからないと連携できないということ。まさにそうだと思うのです。ただ 私は、この連携が日本の医療の中で進まない原因としては、連携ということが、いわゆる医療 機関のための連携というように語られているからだと思うのです。  私は大学病院に13年間いて、そのあと診療所を浅草で開業しています。その経験から考え ますと、連携は大事なんだけれども、連携がなぜ進まないかというと、医療のほうから連携を語 るからで、地域住民のために、適切な医療を提供するために連携があるのだという考え方が、 大事だと思います。それが最終的には医療経済が適切になるために重要だと思うのです。この 辺の議論が足りないと思っております。例えば外国で、連携するときのコンセプトというか、それ が病院、医療機関のためなのか。それはなかなか判断しづらいと思いますが、新村先生が言 われたように役割分担、機能分化がわかっていればそれはもっとできやすいと思うのです。  そういう視点から尾身先生が、日本以外の国を見られて、連携というのは、どういう形から構 築されているかを、少しお話いただけたらと思います。 ○尾身事務局長   私もいま野中先生がおっしゃったこと全く賛成で、ヨーロッパ、特に北欧のほうが連携がうまく いっているというのは、看護師のことも含めて最近、タスクのシェアリングということがよく言われ ていると思いますが、日本の場合にはシステムがリジットで、医師に例えば注射の問題やら何 やらいろいろあって、なかなかいまの時代に、役割が流動的でフレキシブルになってないですよ ね。そういう意味では、いまこういう時期にきたので、それぞれその役割専門医の人と総合医の 人、看護師なんかもずいぶん。本来は医師がやらなくてもいいようなことをやっているのですよ ね。ところがヨーロッパなどは、やはり合理主義の国だから、やるべきこととやらなくてもいいこと がはっきりしている。その他の人は事務の人、コアワーカーの人とはっきり分かれているから、 日本に比べると非常にすっきりしている感じがします。  いまのお話の、連携が住民本位なのか医師側なのかというのは、最終的には、いわゆる医 療の体制を誰がつくるかという話ですね。これがやはりデモクラシーの歴史と関係すると思いま すが、医療の保険料は一般の人が払っているわけだから、彼らの需要に合うというのがやや。 いま、患者中心というようなことが言われていますが、やはり常にニーズが先にあって、医療供 給者の都合でやるというのは北欧にはほとんどない。医師というのはニーズがあってはじめて やるのだからということで、ちゃんとした国では、医療関係者の都合とかなんかでくるということ はほとんどない。日本に比べてないという感じがしますね。だからそういう意味では役割分担と、 各地域で必要な医師の数とか、診療科ごとの数、それは向こうは決めているのですね。それが 国によっては、プロフェッショナルな集団が主導するときもあるし、厚生省、日本で言えば厚生 省が中心になって住民がやることもある。いろいろなバリエーションがありますが、野放図という か、医師の裁量権に任せるという国はあまり多くないです。  そういう意味でも、その機能をはっきりさせるということと、もう1つ、その上に大きなフレームワ ーク、その両方が必要で、多くの国ではそれがやられている。日本もそろそろそれをやったほう がいいのではないかという気はします。 ○野中委員   その話として、新村先生が言われた、例えば職業倫理とか、その辺の部分が実際には欠け ているのか。そういう視点なのでしょうか。  尾身先生が言われたことに追加します。20年ぐらい前から、地域医療計画が区市町村でも 立てられている。都道府県でも立てられていますが、実際にはいま尾身先生が言われたような 視点で、地域医療計画をきちんと立てているかと言えば、ベッド数の話としてずっと流れてきた のが地域の現状だと思います。  このあいだ大臣が飯田に行かれて産婦人科の話を聞かれましたが、私とすれば、地域の住 民にとって、どのくらいのお産があって、どのくらいのリスクがあるか、そのリスクに対してどうい う医師とか。そういう地域として、個人個人で病院をやっていくのはいいと思いますが、その病 院がトータルとして見たときに、どういうような体制でいるべきかということを考えるのが地域医 療計画だと思うのです。しかしどうも、そういう視点で地域医療計画を語ってもなかなかはね返 ってこない。その1つの原因は、行政にそういう話を、地域医療計画で立てると。もしそこで反応 すると、実際には地域がもっとお金をつぎ込まなければならないという現実もあったし、片方で は、そういう話が医療の統制という話になっていて、なかなかできないという部分があると思う のですね。  その辺のことは、本来は統制することではなくて、いままでずっと日本の医療は、ある面で職 業倫理とか医師の倫理でやられていたわけですから。片方ではそれをはぐくむという姿勢が大 事だと思います。その辺では新村先生、どういうお考えがあるかちょっと。 ○新村教授   機能分化というのは病診だけではなくて、いろいろなコメディカルの部分においてもきちんと 行っていく必要があるわけですが、もう1つ大事なことは、福祉で言えば、ケアマネジャー的な 役割を担う人が医療の場面でも必要だと。いままでは医師がそれを担ってきたわけですが、ど うしても中途半端になってしまう。また威圧的な部分も、中にはあるわけですよね。ですから、マ ネジメントをする専門家を養成することが非常に大事だと思っています。  倫理の面では、いま大学でチーム医療というのを1年生のときからやっていまして、その中で、 1年次の段階ではいわゆる倫理が中心になるわけです。医療者としての倫理ですね。医の倫理 も含めてやっているわけです。そういう積み重ねがあってはじめて、なんとか身につくものだろう と思います。 ○辻本委員   いまの医療倫理のお話で、1年生ぐらいでというお話が出ましたが、医学部の1年生に患者 の想いを話したときに、やはり、ほとんど実感がないのですね。先ほどのお話にもありましたよ うに、家で祖父母を看取ったという経験もなければ、命に関する教育を受けないままに医学部 の1年生になっての医療倫理。そうすると大体居眠りの時間ということになってしまって、そうい ったことが少しもはぐくまれていないドクターが排出される現実があるように思います。そこで教 鞭を取って、実際に医学部の学生にも医療倫理の教育をしておられる立場で、その辺はどのよ うにお感じになって、今後をどう変えていったらいいか、教えていただきたいと思います。 ○新村教授   やはり講義になると非常に難しい。また、社会経験が非常に乏しい1年生の段階では非常に 難しい面がありますが、いわゆる体験学習という形で外の福祉施設、重度心身障害者の施設と か精神病院とか、いろいろな所に行かせて体験させているわけですね。それが非常にいい刺激 になっております。そして、同じ授業を6年生でもやるのですが、反応が全然違っています。だ から体験というか、それが決め手だろうと。いろいろなディスカッションをしながらという形の講義 の進め方もありますが、やはり体験が非常に必要だと思っています。 ○矢崎委員   尾身先生の、医療資源を公共財として考えるべきだというお話、税金の部分も医療費に入っ ていますので、そういう意味で賛成なのですが、医療側もそういう意識、例えば、学会が専門医 についてもどう規制するか、あるいは行政側の関与もあると思いますが、国民の皆さんも医療 というのを公共財としての意識を持っていただきたい。医療資源も限られているもので、例えば 先ほどのフリーアクセスということで、フリーアクセスの誤解と言いますか、受診率が極めて高 いとか、病院にとっても救急患者というのは、本当に必要なのかなという疑問を感ずる患者が 多い。専門医療への過度な期待と言いますか、そういうことで病院にかかられている。国民全 体が医療のあり方というのを議論していかないと、コンセンサスを得られないと難しいのではな いかなと感じます。  先ほど病診連携ということで、地域とのコミュニケーションが我が国で足りないのではないか ということでしたが、やはり、日本の病院のあり方が、新村先生の診療所が拡大して病院となっ たというのは、欧米系はそうなのですね。ところが日本は明治維新になって、国が大学をつくっ て付属病院をつくった。ですから国立病院が、全国の病床の30%近くを占めていた時代が長く て、病床数がすごく増えたのは、国民皆保険で入院医療が受けやすくなって、それで民間の医 療法人の病院がうんと増えたということが今日まであると思うのです。それまでは大学病院が 中心となっていたので。  欧米では診療所から病院、大学ができたので、歴史的に地域とはコミュニケーションは密に できているのですが、日本ではまず大きな病院を建てて、教育も自己完結型でやってきました ね。だからそういう意味で、人事も、必ずしも地域に開かれたオープンなシステムではない。どう もそういうことで、地域医療ニーズを汲み上げた地域の医療システムの形成というのは、なかな か難しいところがあるのではないか。特に公的病院、自治体病院は住民の強い意思が働いて、 なかなかうまく集約化ができないということもあって、我が国の医療システム再構築といっても、 なかなか前途多難だなという気が、実感としてあります。 ○舛添厚生労働大臣   中座しますのでちょっとよろしいですか。尾身さんのお話が聞けなくて大変残念ですが、いま ペーパーとメモをいただきました。医療のいろいろな資源というのは、公共財として見たときに、 いま矢崎先生からお話がありましたが、日本はちょっと違うのではないか。というのは、例えば 病院でも私立、公立、国立がある。そうすると、どこまでの計画性と、どこまでの規制が許される のか。パブリックブーツというのはフリーライダーを許すということなのです。経済学的に言うとフ リーライダーを許すからこそ、国が規制してやれるわけです。道路をつくるにしてもそうで、みん な只でそれを使ってしまいますから。  そうすると、いま喫緊の課題で、先ほど飯田の国民対話の話をなさいましたが、とにかくもう 全国で、例えば4月1日から閉鎖しなければいけない所がある。これをどうしますかというとき に、2か月しかありませんから。いま、産科学会の先生方にもお願いして、最終ディフェンスライ ンはどこだ。最終防衛線、これが落ちたらもう降参だという所を挙げてもらう。そうすると、例え ば長野県だと5つぐらい病院はあります。目先の話だと、1人いなくなって駄目ならそこに1人医 者をなんでもいいからつぎ込むというのは当面の対症療法になるのですけれども、やはり最終 的には集約化を進めないと話にならないのです。では集約化してどこかの拠点病院に医師を集 める。そうすると、かかりつけのお医者さんというのはみんな私立というかプライベートにやって いるのでしょうから、そのネットワークの構築というのは、例えば私が権限をもって何らかの法律 に基づいて、強制力を持ってやれるのかどうなのか。おそらくそれは非常に難しいと思います。  ですから、医局の医師派遣機能も落ちていると言うけれども、ではいままでどおり医局だけに 頼っていていいのかという話もあるわけです。  それから、市立とか県立とかではない非公立のところからの悲鳴はあまり聞こえてきません。  なぜ市立病院、なぜ県立病院なのですかと言ったときに、そこが危ない、地域の拠点ですよと 言われるけれども、公立だけで話をするのはいけないが、医療法人では相当に努力をして問題 の回避を行うようにしている。なんで公立病院だけが起こっているのだということにもメスを入れ ないと、そこに一つの甘えの構造があったり、官の悪さがあればこれは直していかないといけな いと思うのです。  いろいろな問題があると思うのですが、是非その統制、計画性、しかし、フリーなマーケットと いうものの整理が難しいと思いながら、目先の産科問題を抱えているものですから、本当はそ のときに同時に集約化を。例えば集約化して外から医師を入れないでも、長野なら長野だけで 集約化と連携をやることにより、自己完結的にできればそれがいちばんいいのですが、それま での強制力はないし、そこまでやっていいかどうか。職業選択の自由が医師にもあるわけです から。というようなことをいまちょっと感じました。野中先生、それには何か答えはあるのでしょう か。 ○野中委員   答えはすぐにはないと思います。ただ、長野県のテレビのレポートを見ていて、それはそのだ いぶ前のレポートですけれども、私の友人が長野で産婦人科を開業していたわけですが、私も 昭和22年生まれですからだんだん還暦に近くなって、そうなってだんだんお産がつらくなるので やめたいという話になる。その地区の中で、産科が急に1つの病院にしかなくなったというレポ ートを見たことがあります。  やはり医師の労働の限界というか、あるいは特に医師が固まって、都会でたくさんいるところ といないところで働く人たちが、それが同じように評価されるかどうかという部分がなかなか難し いだろう。そこに自由性というものとどうやってやるかという問題が多少あると思います。ただ、 私とすれば、地域医療計画を立てたときに、平成元年から立てているわけですから、本来はそ ういう地域の医療の構造というのは、本当はわかっていた部分があるのではないだろうかと思 うのです。 ○舛添厚生労働大臣   新村先生、奈良・平安のときの遍歴医みたいなのを、いま医師派遣で使えないかなと思うの ですが、何かヒントがあればお願いします。 ○新村教授   福岡県の知っているホスピス医なのですが、ワンボックスカーの中にいろいろな機材を積み 込んで、それで移動して回っているのです。そういう形が1つ可能かと思います。要するに、施 設を構えて1カ所に固定している必要はないわけですから。そうではなくて、求めに応じて移動 して、ワンボックスカーで行くような対応も可能かと思っています。 ○舛添厚生労働大臣   奈良・平安の時代というのは、要するに国家が、あなたはどこに行きなさいと、医師の派遣を 決めたのでしょうか。 ○新村教授   そうです。その他に、要するにクビになった連中がいるわけで、そういう連中が渡り薬師とな って町を回っていて、呼び込みがあるとその場所で手術なんかもした。古代でも白内障の手術 などをやっているわけです。 ○西川厚生労働副大臣   基本的に、厚生労働省の1つの方向性は、いわば拠点の大きな病院と、地域のいわゆるか かりつけ医に分化していって、それをやっていくというものです。基本線は、そうなるべきだと、 皆さん思っていらっしゃると思っていいのでしょうか。  それにはジェネラリストを一体誰が育てるのだろうか。医師会の会長さんたちにも聞いていま すが、ジェネラリストを育てるとは、医学教育の中で一体誰がそれをできるのかという問題です が、その2点をお答えいただきたい。 ○尾身事務局長   まず、賛成ですかというのは、私も大賛成です。それから、GEPの話ですが、専門家の先生方 はもうご存じで、釈迦に説法かもしれませんけれども、このいわゆるジェネラルフィジシャンが、 いわゆるプライマリーヘルスケアという中で、その人がいる地域といない地域を比較した場合、 もうこれはいわゆるエビデンスを示すような文献があって、やはりそれがうまく専門家の人と連 携しているところはヘルスのアウトカムがよくて、リソースが非常に有効に使われている。  日本はあまりこれに興味がなくて、あまり知られていないのですけれども、この文献というか いろいろなスタディが、ヨーロッパやシンガポールとか、そういうところに出ているのです。それを 誰がやるかというのはまた別ですけれども、私はある意味で特化する、専門家の人は大事です から、がんの専門家はいなくては困るわけです。縦の専門家ですよね。あるいは心臓の専門家 の人は、世界のレベルを絶対に知ってもらわなくては困るわけです。  もう1つの横の専門家というものです。私がいろいろな人とお話をしたとき、年齢層にもよると 思いますけれども大体人によって違いますが、30%プラスマイナスの患者は、むしろ大学病院 であっても、看護はついていないところに行ったほうがいいという人がいるぐらいです。  むしろそれが普通の高齢者の人になれば、そのように横にコモンのディジーズのことのケア やマネージのことをして、どこまできたら専門の矢崎先生に渡すべきかとか、そういうトレーニン グは縦のトレーニングとは違うわけです。そこはやはり私はどこか専門の、それぞれの大学で やったりどこかでやる、それは絶対にこれからの時代にはそうしないともたない、すべての専門 で、そう思います。 ○西川厚生労働副大臣   大学の医学部に、そういうものを育てる科を作るか、専門ジェネラリスト医師専門大学にする か、そういう考えですね。 ○矢崎委員   おっしゃるとおりで、医学がこの20年、特に直近の10年、医療技術がものすごく進歩して、 新しい技術、例えば内視鏡手術とか薬もいろいろ開発されていますね。インスリンでもすごくい ろいろな種類が出ていて、それをうまく使いこなすのが医療技術の醍醐味というか、そういうとこ ろで若い医師は、それを上達しようと思ってその道に進んでいって、ジェネラリストに対する魅力 がいままで欠けていたわけです。いま、社会はそれを必要としている。  いまの野中先生の診療上のあり方も、やはり考え直していただかないといけないのではない か。要するに、先ほども申し上げましたけれども、患者が何でも病院に行かないと気がすまない。 それでオーバーワークになって、いまは破綻している状況です。そこにフリーアクセスのための プライマリーケアとか、救急の波が病院にもろにぶつかっている。ですから、その前にしっかりし た堤防を作っていただきたい。その堤防の役割をなす、診療所の診療能力の優れた医師がそ こで待ちかまえている。いま、問題なのは、病院は情報の開示というか内容を随分知ってもらっ ているのですが、診療所はなかなか一般の人たちには、この診療所はどういう特色を持って、 どういう先生がいるのかがよくわからないところがあります。ですから、その診療所も機能分化 する。例えば在宅でしっかり診られるような先生とか、あるいは病院に行かなくても安心して時 間外に訪ねていけるような診療所。いま診療報酬の世界で時間外診療を高めても、患者のほう がそういうところに行くだろうかというのもあるのです。ですから、やはりしっかり病院以外にサテ ライト機能を持ったような診療所みたいな、防波堤を作る必要があるのではないかと思うので す。  いま、厚労省が総合科という課題で、そういう医師を育てるにはどうしたらいいかを考えてお られると思いますが、1つは教育の最初から、そういうしっかりしたプログラムでGPを育てる必要 性。もう1つは、せっかく専門医療で修練を積んだ先生が、地域でぽっと開業されるのではなく て、そこの経験を活かして教育をして、タワーマンションみたいに専門家でそびえ立つのではな く、もう少し裾野を持った富士山型の裾野を再教育して持っていただく。病院の前に、これは必 ずしもイギリスのようにゲートキーパーとか、陣頭ということでなく、患者がそういう診療所を選 ぶような仕組みを作れば、ちょっと病院の負担が減っていくのではないか。  それから、死ぬことの哲学の教育と言われていますが、資料2の最後の頁で紫の施設内長 期ケア病床というのがありますが、これは我が国でものすごく少なくて、アメリカとか他では多い のです。例えばアメリカでは往年の大スターが、80歳後半で亡くなったとき、結構ナーシングホ ームで亡くなるという死亡記事が多いのです。  ただ、日本は功なり名を遂げた人は、有名病院とか大学病院で死ぬのがステイタスシンボル みたいな考えなのです。したがって、家族も患者さんが最善の医療を施したことにより、死を容 認するというところがある。それがナーシングホームだと、世の中から捨てられた、家族も捨て たという感情になる。  これを是非なくすようにしないと、こういう施設内長期ケア病床で、我が国では在宅医療とい っても、在宅死というのはなかなか現実的には難しい状況がある。もう1つ何かしっかりした施 設をつくって、必ずしも見放したのではない、患者である後期高齢者が喜んで入るようなものを つくらないと、なかなか難しいかなと。 ○小野看護職員確保対策官   申し訳ございません。議論中ですが、そろそろ大臣、副大臣、政務官は国会へまいります。 (大臣、副大臣、政務官退室) ○野中委員   いま、矢崎先生が言われたことはある面ではわかる部分があるのですが、例えば、いま私も 現場で、がんの末期とかALSとか、そういう患者さんを診させていただいているわけです。病院 で医療を受けているときに、例えば病院の中での医療と、地域の中での医療がどう違うのかと か、そういう話を本当はもっとすべきであると思う。先ほど新村先生が言われたような、医療の 中のケアマネージャーではなくて、医療のマネージメントというか、生活との辺の部分をきちんと するような仕組みが、病院の中で大事だと私は思います。  そして医師が専門医であるとか、GPであるとかということを、ある面で分けることは必要です が、必ずしもすぐに分けることが可能かというと、私は可能でないと思います。GEPのことを勉強 するのに、例えば総合科に行って勉強できるかといったら、私は全くできないと思います。むし ろ現場で体験をしなければならないと思う。  日本の中で在宅というのは、ある面で厚労省から急に財源的に言われた部分もあるのかと 思います。先ほど新村先生が言われたように、長寿であることがいかに大事かということですが、 それは長く生きることではなくて、長く家族と一緒にいられることを実現することが、根底だと私 は思うのです。  例えば様々な選択があると思いますけれども、ただ単にいわゆる介護などが大変だからとい う視点だけで、施設とかそういうものを選択できないというのは、全くおかしいと私は思います。 まだまだその辺に関しては、看取りとかその人たちの最後の人生を、どう送るか、もっと言えば 死ぬ前の生きている時間を、もっと人間らしく生きられるように医療でどう実現するかが、日本 の医療の中でいちばん欠けていると私は思っています。その辺の部分を実現するのが、私は 現場のGPだと思っています。  ゲートキーパーと診療所の医師がそう思われているのですが、むしろ逆で、病院から退院し た後に、人生の最後を終えるまでのサポートをするのが診療所の医者であって、それが逆にな ったときに、その診療所がプライマリーケアで自宅の患者を病気によっては病院にお願いする、 あるいは自分たちで支えていくということの違いだと思う。  どうもその辺の出発点を間違えているような議論があって、それがむしろ病院と国民にとっては、 何か病気や体に違和感を抱えたら、病院に行ったほうが何とか適切な医療ができるだろうと 思うのです。  そうではなくて、まずゲートキーパーというかゲートオープナーという視点で、現場の診療所 の医者がまず診るということを、国民の人たちにもっとわかるように、これからもっと啓蒙してい かなければならないと私は思います。  最終的には、先ほど新村先生が言われた中の、長寿というのが何のためなのか。そのことを もっと言えば、ピンピンコロリがよくなってしまうという時代は、本当はおかしいと思いますし、む しろどんな病気を抱えていても、ある程度住みなれた地域とか病気、医療、施設の中で生きら れるという、その生きられるところに意味をつけるところが、私は大事だと思うのです。日本の医 療でいちばん欠けているのは、そこではないかと私は思っています。  日本の医療が進歩するには、大学病院がもっと進歩してほしいと思います。その後の受け皿 とか、そこにいくまでの過程をもっと温かい目で見て、社会保障の中ではもっと大事にする必要 があるのではないかと私は思います。以上です。 ○辻本委員   先ほどから議論をお聞きしていて、最終的には患者がどう医療と向き合うか、その問題が今 回もクリアになったとお聞きしました。第1回目の会議のときに、それぞれ好きなことを言っても いいというときに、私は患者が成熟することが、いちばん大切ではないかと思っているという意 見を述べました。  つまり、成熟した判断能力を持って自立する。もっと言えば、医療の限界や不確実性をちゃん と引き受けて、それでもなお主体的に医療参加するという、そういう患者になることしか、この問 題の解決の方法はないように思うのです。  ところが、昭和36年から国民皆保険が整備されて、ほぼ40年間パターナリズムが当たり前 で、良くも悪くも、患者もお任せしますと甘えてきた。自分のことを自分のこととして考えずにすま せてきた。そうすることが、むしろいい患者として扱ってもらえるのではないかという誤解と期待 も含めて、そういう受け身の姿勢を培ってしまったのだと思うのです。  それが今日急激に変化を来したのは、いわゆる医療不信という問題から問題意識を持った ためです。しかも、それはすべての患者ではなく、ごく一部の人であるということです。やはりメ ディアの方向づけや声が大きい患者がいるとそちらに引きずられてしまうということで、国民全 員が漠然とした不信感を抱いてしまっているという現状があるわけです。  先ほど来のお話から、公共財の認識が低いとか、国民的コンセンサスに対して患者側の意 識が低いという指摘がありました。本当にそうだと思うことと、この歴史的な背景の中で、そのよ うに育てられてきたということを思うなか、それでも変えていかなければいけないこの時に、どの ように国民的議論を起こせばいいのか。  例えば、コミュニティディスカッションのようなことを提案していただいていますけれども、そう いう場で発言する患者、問題意識を持った患者というのは、何らかの被害体験を持ったり、不 信という根底で自らを支えて、精一杯の思いで発言をするような人です。そうすると、自ずと対 立的な構造であったり、批判的な構造であったりで、なかなか協働するという関係性が作れな いのです。  先ほどのお話で、古代には患者が医師を評価してセレクトしてきた時代があったそうですが、 どうやったらそこまで行けるのだろうと思いながら伺っていました。私たち患者がいまどのように その道を歩んで行ったらいいのか、あるいは世界各国の中でそういうことを実現してきた国、あ るいは国民をもしご覧になっていたら、是非アドバイスをいただきたいと思うのですが、いかが でしょうか。 ○小野看護職員確保対策官   いかがでしょう。 ○新村教授   どこの国でどういうことをやっているかはわかりませんが、いま大学では学生による教員評価 というのが盛んに行われています。それの医療版と考えれば、そのためには学生を教育しなけ ればいけないのです。どう批判的な能力を養わせるか。それが前提で、学生による教員の評価 が活きてくるわけです。それをきちんとやる必要があると思います。 ○辻本委員   批判するだけでは、私はいけないと思うのです。もちろん批判の目で見る、その中で何を良し として、これはこうではないこうあってほしいという、そういう意味でいうと批判の目だけではない。 私は学生の教員評価というのは、プラスだけではないと思っています。 ○新村教授   批判というよりも、批評ですね、批評能力です。 ○尾身事務局長   いまの辻本さんの、患者はどうしたらいいかという話を大変面白く聞きました。大臣は、公共 財のことは基本的にはいいけれども、いろいろ難しいことがあると。つまり県立病院とか公立病 院と私立の法人との問題がある。それから矢崎先生の、公共財というのは、実は日本でやるに はいろいろな困難があるという話と、辻本さんの話は、私は切り口は違うけれども同じことだと 思うのです。  何故かと言うと、私は外から見ているから細かいことはわからないが、大きなピクチャーから はどんな形に見えるかと言うと、たった2時間の間だけでも様々な問題が、恐らく前の会議でも 出たかもしれませんが、1つの問題はすべてにリンクしている。先ほど大臣がいみじくもおっしゃ ったのですが、いまそこに産婦人科医がいないから行くということは、当座の火を消すことはで きるけれども、それをやっても大きな問題の解決にはならないということです。まさにこれは外か ら見ていると、いまの医療をどう解決するかとういうのは、1、2カ月で国民のコンセンサスが得 られるとは思わないのです。  それだけ複雑で、公共財としては、プロフェッショナルフリーダムをどういうかという大臣がお っしゃった問題とか、乗り越えなければならない課題がごまんとあるわけです。と同時に、公共 財と言っても、はっきり言えば国民のわがままもあるという話もあるし、医師自身が疲弊してしま っているという現実、それをどうバランスを取るかというのは、かなり大きな図を描かないと、1つ やってもどこかでまた補正しなければいけなくなる。  答えになるかどうかわかりませんが、この問題は、5つの基本コンセプトの最後に言いました けれども、いろいろな利害の集団があって、医師にも患者にもいろいろあるし、それぞれのグル ープの利害関係で言ったらごまんとある。戸口局長などはそれで毎日苦労されていると思うの ですが、そういうことだと思うのです。ところが、それを最大公約数でどこがいいところかを見つ けるのが、この作業ですよね。しかし、これは一部の小さなルームでやって解決するような問題 ではない。もっと平場でやれば、自分たちの言っていることがそうそう通らないということだって わかってくるわけです。  これをするためには、国民の代表の政治家が来て、行政のプロの官僚に来てもらい、医療の プロ、患者さん、こうした人が議論して、ここまでは決まった、ここには批判がある、ここは修正し ようということを、公の場で1年2年かけてやるプロセスがないと、この問題はまた場当たり的に なる。いまの医師不足は、数から言えばいまがきっとボトムにきているわけです。  そういうことで、本質的な問題を解決しないまま行ってしまう可能性があるので、私としては、 是非厚生労働省にお願いしたいのは、1回ではなくて2年3年でもする。言ってみれば、これは 日本の文化をどうするかという、かなり根元的に日本の文化、日本の国民性すべてにかかって いる問題です。1、2カ月で回答が出る問題ではないと思うのです。  その意味では、今回舛添大臣のリーダーシップで続いたものが、次の大臣になっても、党が どちらが勝とうとも、コアな人がいて、さらにやるというプロセスにしないと、やっていることをまた 変えることになってしまう。そういう中で患者の人たちも、その中の大切なプレーヤーとして、み んなの前で言うから、わがままが言えないし、医師会もわがままが言えないという、バランスが 働くのではないかというのが、外から見たときの感じです。  そういう部分をやっている国はあります。カリフォルニア州ではそれをやっています。スウェー デンでも、そういう運動があると思います。そういう国民的なムーブメントというのはそろそろ必 要になる。それは医療だけではなくて、他の部分もそうかもしれません。  しつこくなりますけれど、これは日本の文化とか社会に根ざした問題で、ちょっとやって解決 できるものではない。むしろ少し時間がかかってそれだけやり甲斐のあることなのだろうという 気がします。 ○矢崎委員   おっしゃるとおりで、このビジョンの会議は、短期的なものではなくて中長期的な方針を立てる という話です。私も我が国の医療のいろいろな課題を申し上げましたけれども、そういう課題を1 つずつ議論するとエンドレスになってしまって、解がなかなか見つけられないわけです。ですか ら、私どもはこの会議で大胆に方針を立てて、我が国の医療のあり方、方向性はこうだというこ とを出さない限り、いろいろなファクターを考慮に入れると、なかなか方程式が解けないのです。  私は病院で、野中先生は診療所で、辻本さんは患者、市民ということで、この中で大臣のリー ダーシップのもとうまくまとめて、思い切った方針を提言しないと、せっかくの会議が議論で終わ ってしまう可能性があります。まさに尾身先生の言われた提案を、我々がわが国の医療情勢を 鑑みて、どういうふうに答えを出していくかということで、将来の方針が自ずから浮かび上がって くると思うのです。  ですから、例えば最初の提案で、医師の数を今後どうするかということも大きな課題だったの です。私が実はまとめ役だったときは、定員が増えていまでも増加している。ですからマクロ的 には、2035年には医師が充足して、その後は過剰になるだろうとされている。ミクロで考えると、 医療の質が変わってきているし、病院の入院需要が高齢化でどんどん増えてきたときに、従来 の医師のカウントで今後もいいかどうかということも、考えていかなければならない。できるだけ 従来の考えにとらわれずに、方針を立てればと思っています。 ○辻本委員   現実ということで、この間ある地域の産婦人科の医師が、年間1,000例ぐらいお産を扱って いたのですが、もう疲弊しきってやめてしまったのです。その方と話をしたときに、地域の人たち が困るではないかと、患者の側から申し上げたら、本当に悲しそうな顔で「困ってくれたらいい んだよ。そうすると、初めて私がやってきたことが、わかってもらえるかもしれないもんね」とおっ しゃいました。  これがすべてではないのですが、日本の医療の置かれている状況なのだと、胸の痛む思い で話を聞いてきたばかりなものですから、聞いていただきたいと思いました。 ○小野看護職員確保対策官   どうもありがとうございました。お話は尽きないところですが、時間も参りましたので、本日の 会議はこれで終了させていただきたいと思います。尾身先生、新村先生、本日はどうもありがと うございました。次回の会議につきましては、日程を追って事務局より連絡させていただきたい と思います。本日はこれで閉会といたします。どうもありがとうございました。