02/10/21 第3回医療安全対策検討会医療に係る事故事例情報の取扱いに関する検討部会      議事録                 医療安全対策検討会議          医療に係る事故事例情報の取扱いに関する検討部会                    第3回          日時 平成14年10月21日(月)16時〜          場所 厚生労働省省議室 ○堺部会長  それでは定刻になりましたので、ただいまから第3回「医療に係る事故事例情報の取 扱いに関する検討部会」を始めます。  本日の議事は「参考人からの意見聴取ならびに質疑についての第2回」でございます。 前回は医療事故を経験なさったご家族の方として、稲垣克己様、「四病院団体協議会」 の医療制度委員会委員、医療安全対策部会委員である大井利夫さんのお二方をお呼びし てご意見を承った後に質疑を行いました。本日は事務局とも相談いたしまして、まず医 療事故を経験なさったご家族の方であり、また宗像久能病院副院長の傍ら「医療過誤原 告の会」、「医療事故調査会」、「医療を良くする女性」の会の世話人等を務めていら っしゃいます久能恒子さん、それからもうお一方、日本外科学会会長で、また北海道大 学医学部附属病院長でもある加藤紘之さん、このお二方をお呼びして、前回と同様にご 意見を承った後に質疑を行いたいと存じます。  これより議事に入らせていただきます。まず、資料の確認をお願いします。 ○新木室長  資料の確認をいたします。本日は2つの資料がございます。まず、検討部会の議事次 第を開いていただきますと、資料1としまして、参考人久能さんから「医療事故の検討 と対策」、また資料2が参考人加藤さんから「医療現場と社会性の立場から」ご提出い ただきました。さらに、本日加藤さんから回覧資料としまして、「医療事故防止対策マ ニュアル」をいただいています。以上です。 ○堺部会長  ありがとうございました。本日の議事の進め方ですが、まず本日招聘しています参考 人の方々からそれぞれの立場からのご意見を伺いまして、その後質疑応答を行うことと します。  まず久能参考人からご意見をよろしくお願いいたします。 ○久能参考人  久能恒子と申します。昨日のことですが、先ほど紹介いただきました「医療過誤原告 」の会の総会がございました。これは全国的組織なのですが、その席において、新たに 私が会長職を担うことになりました。そういうこともありまして、可能な限り、被害を 受けた患者の代弁として語らせていただきたいと思います。  まず、私にこのような発言の場をお与えくださったことに感謝し、うれしく思ってい ます。私は、10年前に17歳の娘を医療ミスによって亡くしています。死亡の原因はミス だけではなく、これを隠そうとする傲慢な医師たちの「心ない対応」によるものでした。 これは一言でいえば、徹底的に患者の話を聞かなかったことに尽きます。  もし、問診を正しく取っていれば、誤診は避けられたでしょう。治療方針の選択も患 者と両親を含んで検討していれば、より安全な手術方法、効果的な薬物療法があったわ けですから、何もいちばん危険な手術を第1選択にすることはなかったでしょう。  ましてや、失敗した術後においては事実を隠すためにだましたり、怒鳴りつけられた り、また患者の希望、生命がけの願いすらことごとく拒否されて、必要な医療処置さえ も故意に放置され、それはまさに地獄そのものでした。この経過の詳しくは、私は3冊 の著作を発行していますので、その中に書いています。いま紹介いただきましたように 医師でありながら、医療裁判の原告として、一審の係争中です。もう、既に10年です。 また原告の会の責任を担うことになりましたが、この12年間、この会には既に8,000件 の被害報告が来ています。  この会の初代会長である コンドウイクオについてですが、彼は老舗のお菓子屋さん で、13歳の息子さんが虫垂炎の術後に植物状態となり、10年後に辛うじて和解で終わっ ています。ご自分の事例が解決の後に会を結成し、その不合理を訴えるために本当に少 年のような純粋な気持で、活動を続けていました。被害者の声は聞きづらく、思い込み の激しい一部の声として、シャットアウトされる中で、自分のことよりも誤ちから学ば ない医療全体を、彼ほど真正面から見詰めた人物はいないと思います。切れば血が出る ような新鮮な情報や豊富な知恵を持った彼の話をもっともっと聞いて、医療に反映して ほしかったと残念でなりません。私たちが抱えているこの医療被害の事実と重荷は、例 えようのない貴重な財産であり、この負の財産をどのように生かすかが被害者に課せら れた命題と位置づけて、医療改革に結びつけることを運動の輪としているところです。  この貴重な体験を通して、話をすすめていきたいと思います。まず、我々は国民とし て医療の進歩と普遍的な倫理を守り、遂行していかなければなりません。医療は崇高な 行為であり、必要なその国の文化なのですから、プラスとマイナスの両面を正しく見究 める必要があります。もともと医療は、マイナスからの出発であり、しかも両刃の剣で す。甚だ危険な行為なのですから、ミスは必ず起こります。また一方、そのすべてにお いて予防が可能であるということに間違いはありません。医療に限らず、事故が起こっ たときにそれが重大であればあるほど、必要なことは、まず起こった事柄の把握と原因 究明です。次に繰り返さないシステムを作ること、そして被害の救済、この3つです。 事故の把握をせず、事実を認めなければ、教訓も救済もありません。  医療の歴史的背景として、日本の医療現場では長年「ミスはあり得ない」として不都 合を隠してきました。これは文化・習慣・教育・経済、さらには信頼のバランスを取る ため、また患者のため、美徳としての背景がありました。これは長期間続いたために修 正がますます困難になっていると私は思っています。医療者にとっては、「隠せたつも り」であっても、一般には常識として知れ渡っています。けれども、どうせ太刀打ちで きないとして仕方なしに「容認」しているだけです。ですから、被害者の怒りは事故そ のものより隠蔽と傲慢にあると言っても、過言ではありません。では、オープンにしさ えすればいいのかとよく聞かれますが、そう短絡的にはいきません。その結果、波及す る事項を念頭に置き、賠償なども当然覚悟しなければなりません。私が集会でお話する ときにお聞きくださる対象相手にかかわらず、同じスタンスと同じ内容しか話してきま せんでした。  けれども、患者の権利に関わってきた医師たちでさえも「久能は医師の癖に不都合を 話して、けしからん」、また被害者からは「やっぱり久能は医師だ。許せん」とお叱り をよく受けることがあります。ここに大きなギャップが存在します。双方の話が噛み合 わないのは、日本的というか、立場の違いによって主張が変わるからです。「医師会だ から」「被害者だから」ではなく、倫理上どうなのかを基本に考えて討議しなければ、 前に進めないということなのではないでしょうか。では、対策として解決の1つに裁判 があります。事例の件数1つにしましても統計すらありませんから、頻度もわかりませ ん。推定では、年間2万とも、5万とも言われています。ですから、すべてを裁判とし て司法で裁くことはできません。私はできるだけ裁判外の解決が望ましいと思っていま す。私が裁判を経験して思うことは、日本において医事紛争は裁判になじまないという ことてす。  まともな審理を行えるほど、共通のルール、マナーの意識が育っていないからです。 裁判所鑑定1つにしましても、庇い合うために、たとえ恣意的に間違った内容であって も、それが裁判所の権威をもって書かれている以上、覆すことは、甚だ困難となります。 裁判に訴えることによって、事実はますます遠去けられ、隠される傾向もあります。 裁判の中に閉じ込められると感じることも多々ございました。私は二重被害がこうして 起こってきたんだなと目の当たりにしたわけです。被害者たちは裁判で医療者が勝つた めに行う医学論争や身勝手な証言に煽られながら、怒りを大きくしてまいります。です から、このまま続けば、今後何が起こっても不思議ではないなという感じさえいたしま す。医療のスタンダードが希薄な日本で、司法は医療過誤に対する見解が明確でないま ま、場当たり的に裁いてきました。不公平で不公正に扱われてきたのは、事実を見るよ り、権威に偏り過ぎたからです。  ですから、裁判外の解決が望ましいとあくまでも思うわけです。しかし、記録の隠蔽 は、これは刑事事件です。先日、医師が逮捕されましたが、やっと取り上げるようにな ったんだなというのが実感でございます。カルテの改ざんは明らかな違法です。刑事事 件は相当です。医療過誤原告の会のアンケートでは提訴の約半数において、具体的な根 拠をもって、「改ざんがあった」と答えています。集会のときには、何人かの人がカル テを実際に持ってきて、私に示されます。私が見ても、「ああ、これは書けるはずのな いカルテだ」、あるいは不都合を隠したというのが第三者にも明らかです。けれども、 改ざんで罪に問われた医師はまずいません。しかも法廷で改ざんと認められても、死亡 との因果関係はないとして不問に付されています。  被害者たちが命がけで叫んでも司法は許してきました。また、やってもいいというお 墨付きを与えてきたことになります。ですから、医師たちに改ざんの罪悪感は薄れてき たのではないでしょうか。私の娘の件でも、10年目になって、やっとカルテの原本を見 せてもらいました。明らかと言えるほどの改ざんがありました。これはコピーですが、 コピーではなかなかわかりませんけれども、いくら消毒液がこぼれて消えたと証言して も、印刷の線まで削るほど擦って紙は薄くなっていました。その上に、二度書きし、一 部破れていました。この原本を見たときのショックは言葉に表すことができません。裁 判において、欧米のように、改ざんがあれば、それだけでも、被告敗訴、改ざんした個 人を罰する法律が是非必要ではないかと思っています。現行の救済システムについて、 医師賠償責任保険がありますが、ご存じのようにこれにも問題があります。  金融商品であるとする保険会社の固いスタンスに医師会が同調しているために救済さ れる範囲が限定されています。因果関係が黒に近い灰色まで、排斥されてしまい、全面 的に救済に役に立っていません。また、有責かどうかを判定する委員会が医師会の内部 機関であるということも、問題です。そこで紛争解決と被害救済システムを構築するた めに、いくつか提案を申し上げます。  まず、第1に事実を記録できるカルテを作成すること、そして、その開示です。事実 を記録できるよう、順序立てた工夫をするということです。2番目に医療事故、医療過 誤白書を厚生労働省から発行するということ。是非これを毎年進めてください。これは 統計によるパターン分析ができます。  現場へのフィードバックができます。再教育の教材となります。その再教育の中には、 事故を起こした医師に対するものの中に是非とも、被害者の声に耳を傾けて理解するこ とを加えると、もっと有効なものになるはずです。また、一般の方々にも危険性を知ら しめることにもなるわけですから、是非この白書は発行していただきたいと思います。  3番目には被害視点からのリスク・マネージメントの法制化です。監視と検証、対策 と処理のために被害者を裏切らないよう、公的な第三者機関の設立が必要です。保健医 療の制度は、国が委託したものであったとしても、被害を受けた、また受けるであろう 患者を守る、保障するシステム、制度が甚だ貧弱です。相談窓口もない被害者たちは、 藁をも掴む思いで渡り歩きます。  それで、だまそうとすれば、簡単です。弁護士被害に遭った人もかなりあります。ま た、被害者市民運動を隠れみのにしたブローカー的行為も見受けられます。被害の具体 例も既に挙がっています。医療過誤原告の会にも多くの被害、相談が入っていますが、 その中には明らかに公的機関から回されたものも少なくありません。4番目には医療者 も患者も一般の人も、同様に意識が変化してきています。この数年、被害相談を受ける 中で、患者の怒りや主張が少しずつ変わってきているなという感じもします。ですから、 問題に後追いしていくのではなく、少しでも先取りした形で、解決策を検討していく必 要があるということです。  加藤良夫さんの救済センター構想も一案ですが、私は最低でもいいから、保険の充実 を図ることだと思っています。医療者は保険加入を義務とし、患者もまたリスク保険を 医療費そのものに組み込んでしまうとか、また患者自身が加入する保険を確立してもい いと思っています。私の経験から、自分が加入していた事故被害保険がありますが、こ れは適用されませんでした。解決策の中にどうして患者、被害者は蚊帳の外に追い払わ れるのだろうという不思議な思いがしました。また、飛行機のように手術前の掛け捨て 保険があってもいいのではないかという思いもします。  もう1つ、日本の医療事故には特殊性が多々ありますが、それを踏まえた上で、少し 欲張りを申しますと、誇りの持てる医師の養成です。医学部を卒業して進路を選ぶとき、 トラブルの多い分野を避けるのは当然です。信頼と誇りを持てる医療が行えるような医 師の養成と環境を後世につなげるように、そのためにも事故処理には、世想を反映した 先取りした対策が望ましいと私は思っています。最後になりますが、私が娘をミスで亡 くしたときに望んだことは、本当のことが知りたい。早く納得できるようになりたいで した。しかし、ますます遠去けられ、煽られ、煽られながらいままでここまで来てしま ったんだなという感じがします。人はたとえ医療事故によって被害を受けたとしても、 事実を明らかにし、教訓とし、時間を掛けた誠実な対応によって、許そうという気持に もなります。  結果、医師も救われます。その経過中に裏切りは決して許せません。事故はたとえ一 瞬であったとしても、その後の処理には莫大なエネルギーを要することを忘れてはなり ません。中には医療機関そのものの存続の有無にも関わるわけですから、事故の予防と 対策にはお金もかかりますけれども、起こった場合は、はるかに格安となるでしょう。 本来医療の責任者として、医師自身が考え善処すべきことで、日本の特性を生かした解 決策がいろいろあるように思います。その1つに、もし指導者、権威者がお手本を示し たならば、あるいは氷解することかもしれません。医療界、医学界の上に立つ人ほど、 その権威を守るために不都合を閉ざしているからです。これを部下たちがいつの間にか 見習ってまいりました。  けれども、医療の信頼には甚だマイナスであったと言わざるを得ません。アメリカで ベン君という男の子が亡くなったときの対応はとても参考になります。病院側が行った ことは、まず誰がという犯人探しではなく、何がどうして起こったのかを徹底的に検証 して、すべて隠さないということを決めました。もう1つは絶対に患者の悪口を言うな ということを徹底させました。そして、その経過と結果を遺族にも正直に伝えて、補償 を話し合っています。ご両親が解決の後に「1つだけお願いがあります」と言われたそ の内容は、これからも家族を診てくださいますかということでした。こんな対応ができ る信頼関係がほしいものです。  最後に医療過誤原告の会が一昨年発足10年を記念してまとめた決議文を付け加えてお きます。以上です。 ○堺部会長  ありがとうございました。続きまして加藤参考人、ご説明よろしくお願いします。 ○加藤参考人  久能先生からいいお話を伺いましたが、私の意見は参考というよりは現場でいまこん な問題に直面しているという問題提示に近い話になるかもしれません。その点はこうい った問題を本当に前面から真剣に考えるようになった時期がここほんの数年であり、こ れも日本の現状かと思うのですが、そのようなことを踏まえてお聞きいただければあり がたいと思います。  私は一応病院長としては2年目に入っております。この間、診療科の教授としての1 つの立場から、随分違った目で医療は考えなくてはいけないのだということを改めて勉 強している最中です。たまたま外科学会の会長は1年間で交代しますが、この間、いわ ゆる「異状死」の取扱いを中心にし、学会としてこの問題には真剣に取り組まなければ いけないのではないかということを提案したのです。先日あるプレスでの公表や開演が あり、さらには学会というのはいったい何のためにあるのかということ、自分たちが勉 強することはもちろんですが、それが社会的に見てどうなのかということをも極めて重 要な問題であることを提案しつつあります。  3つ目には、たまたま外科の教授としての経験が9年ぐらいになりますが、この間を 思い出してみると、少なくとも医療事故と言われる内容といったことに関して、身につ まされるお話を先ほど伺いました。外科医が「俺に任せとけ」と言うのは、「赤ひげ」 のたとえが当たっているかどうかはわかりませんが、いわゆるパターナリズム、先生に すべてお任せしますという歴史が非常に長かったということになるわけです。その中で、 果たして独善的になってはいないか、あるいは庇い合い、「仕様がないんだよ」という 会話が日常的であったということも事実です。そのようなことを踏まえて、いまの現状 とこれからの医療に何を残していくべきか、ということに真剣に取り組んでいる最中で あります。  時間がなかったのでそれほどまとめられていませんが、これから「オン・ゴーイング 」についてお話しさせていただきます。一応このレジュメに沿っていきたいと思います。 いま回覧されていると思いますが、私たちが医療安全に関する基本的な方針、このよう なものを作っても仕方がないのですが、これをいかに実践するかを本当に先頭切ってや っているつもりでおります。専門の担当の副病院長がこの中にある安全管理室という所 で、リスクマネージャー、あるいは他の方々と毎週月曜日に検討しながら事に当たって います。若い者ばかりがリスクを追うわけではないことから、職員に徹底ということを モットーにしながら一応まとめたものをご覧いただいております。  これについてお話ししますが、多分に他に先行、例えば大阪大学の記録や文言を借り ている場面もあります。まず「医療過誤」という言葉についてです。いろいろ混乱が起 こるので少し整理しますが、医療過誤は医療従事者に過失があるものを日本語として表 示するということです。それでは「インシデント」とは何か、あるいはどのような言葉 を指すのかということですが、一応これがいわゆる「ヒヤリ・ハット事例」を広く包含 し、これには報告、報告から何かを学ぼうという意味合いでインシデントという言葉を 使おうということであります。  資料3頁の「インシデントリポートの取り扱い」の中にあるように、インシデントの 影響度区分のレベル3a、3b辺りが直ちに対応しなければいけない問題であり、aと bに分け、院内の報告という整理を行っています。4頁ですが、「医療安全室」を設置 しました。大学病院の特殊性から、いわゆる講座制がいろいろな壁になっていたことは 事実だと思うのですが、ここが動き出してから、少なくともリスクに関する全病院的な 取り組みの中枢的な機関になりつつあると言えます。婦長経験者で非常に意欲のある人 をリスクマネージャーに置き、副病院長が、毎朝ディスカッションを行っております。 また、リスクの担当医員もおいております。こうした体制を作ることもバラバラになり がちな組織の上では非常に重要なことと考えております。  真ん中にある3番目の「特別部会」については、後ほどご批判いただきたいと思いま すが、事が起こったときの、少なくともレベル3以上の事が起きた際、24時間いつでも 集合するということで、これへの対応、あるいは対策ということの緊急部会として位置 付けておりますが、今日の課題である公的機関への報告、報道に関することに迅速に対 応しようということで具体的に活動を始めております。  次にリスクマネージャーを各部署からということです。結局、この組織は923ベッドの 病院ですが、約80人ぐらいがリスクマネージャーとしてワッペンを付けています。自分 の自覚もさることながら、周りの人たちにきちんとした話ができる立場だということを 知らせるためでもあります。そのようなリスクマネージャーの会を2カ月に1回開催し、 そこで各部署からの実際の事例を持ち寄って勉強することを定期的に行っております。 私も毎回出席するのですが、ここで語ることは意味があることではないかもしれない、 むしろその部署の若い人たちに、あるいは部署の人にこの話をしっかり伝えることやデ ィスカッションしてもらうことが、リスクマネージャー会議の役割であるという話を毎 回うるさいくらいいたします。  6頁に移りますが、いわゆるインシデントの報告ということで、患者にとって少しで も望ましくないことが起こったならば、これを報告し合い勉強の材料にしようというこ とがモットーであります。報告の内容ですが、レベル0から5ということで、レベル3 以上に相当するものは一応重大医療事故という認識で、直ちに科長への報告、あるいは 協議を行うということで速やかな対応を心がけています。次頁は医療事故発生時の対応 ということです。これは科に任せておいたのでは適切な処理が行われるかどうか大変疑 問であります。仲間同士で庇い合いということが起こりがちでありますから、直ちに緊 急部会を開き、事実の徹底究明、患者への対応はどうであったかを話し合うものであり ます。後でいくつかの事例を報告させていただきます。  次頁に移り、基本的な対応として、まず第一に最善の処置を取ること、1つの科ある いは1つの専門科だけで終わるなというのが合言葉であり、最善の治療をするというこ とです。同時に、誠実に速やかな事実の説明をすべきであるということです。確かに影 響が明白でない場合があったとしても、これ自体、起こった事態を正直に話すべきであ るということが、現在ではほぼ徹底していると思います。先ほど久能先生からお話があ った事項を合言葉に、このような基本的な対応法の認識が、多分、間違いなく1,000人 近い職員間に浸透していると思っております。  9頁は特別部会がPHSを持ち、日常的には「安全推進室」と言われる所へ24時間緊 急集合します。各部署では必ずラウンドをし、緑の腕章を付けています。後ほど申し上 げますが、私自身もラウンドをします。「セーフティパトロール」と称して病院長、看 護部長と各担当部署へ行き、リスクに関する問題点は何か、とにかく予防で、事故が起 こらないように、起こったら事実を話そうということを呼び掛けていくというパトロー ルをしております。  次頁は特別部会のことです。第3条の構成員に関しては、いま少し私自身に反省があ ります。この構成員では全く身内のメンバーでしかないということです。いちばん後ろ の頁にあるように、その他にメディアの方、あるいは院外の医師、弁護士の方々、患者 の会といったメンバーを第6条にある「必要に応じて」ではなく、固定メンバーとして 同数この会に入っていただき、24時間いつでも来てもらうのは大変ではありますが、そ のような熱意のある方に参加していただくということです。レベル3以上の起こった事 例にどう対応すべきかについてこの特別部会で話し合うということの提案をしており、 現在人選がほぼ終わったところです。  次頁にあるのは、いわば病院長会議の報告に近いのですが、(4)(5)(6)に関しては病 院長が直ちに指揮をし、文部科学省、厚生労働省への報告を含め、警察、報道機関への 報告が必要かどうか、あるいはすべきかどうかを判断する部会になっております。以上 がレジュメにおける私たちの病院の医療安全管理に対する基本的方針と実践事実であり ます。  次はこのようなことが実際にはどのようになされているかということで、「事例の発 生原因に学ぶ対策」としました。そこにグラフがあるかと思いますが、遅ればせながら、 平成12年度から私たちとしてもこのようなインシデントレポートが定着するようになり ました。平成12年度1年間では月平均40件でした。平成13年度1年間では月平均145例、 全部で1,741件になり、これは入院ベッド数923に1,700件のインシデントレポートが起 こっているということになります。今年4月から8月までの5カ月間に992例、月平均 では約200例のインシデントレポートが出てくるようになった、という表現が当たって いますでしょうか。このような事実があり、多分1年間で2,000件になるであろうと思 われます。  内容を見ると、平成13年度のレベルですと、いわゆるレベル1のパーセンテージはあ まり多くなかったのですが73%に増えました。半面、レベル2については34%から12% に減ったということがあります。「こんなことは」といった潜在化していたものが、い わば職員の自覚でこのようなものを報告し合い、勉強しようといったムードが定着して きたのではないかと考えております。  次は先ほど話しましたリスクマネージャーの連絡会議についてです。非常に活発な議 論の下に行われ、大変いいまとめをしてくると私も感心しているのですが、平成13年度 は内服薬、輸血、注射、チューブトラブル、ME機器、診断の6回の勉強会を2カ月に 1回ずつ行いました。非常に熱心な討議が行われ、そこから3番目に書いてあるような 改善状況を病院長宛に文書で、例えば薬剤の分包器、チューブを新しく試作したので取 り入れてほしいというような具体的な改善策などがどんどん出されることになります。 輸血に関しては、夜、研修医が簡易クロスマッチをして起こりがちなトラブルに対して、 輸血部以外の検査部の技官が、自分たちが夜当直を手伝いするということでトレーニン グを開始したり、あるマシーンを導入したりと、輸血あるいは内服薬のトラブルをでき るだけ少なくしようという、職員自身がこの取り組みに参画してくれるニーズが非常に 多くなりました。  今年は各科の取り組みをそこに示してありますが、いま回覧してある中に、各科で自 分たちはこのような対策をしたいということを真剣に考えてくれています。中段以降に ある平成12年度の1例を報告しますが、これは5歳の男児でした。10月頃の研修医が少 し慣れた頃に、ある整形外科の患者がMRIを撮りたいということで、1人で連れてい ったのですが暴れて撮れないということでした。ここで問題なのですが、その研修医は 同僚であり一緒に卒業した小児科の医師にどうしたらいいかを電話で聞いたところ、あ る薬剤を何mgとかと言ったらしいのですが、何ccかを注射してしまい、検査が終わった 時点で昏睡に入ってしまったのです。指導医はそのとき胸騒ぎがしたと言うのですが行 ってみるとその子がもう呼吸をしていないということで、直ちに挿管をし2週間、しか し完全な意識の回復までにはいきませんでした。ただ、幸いにも、全くラッキーなこと だったのですが心身に問題がないということでした。  このことについて、本人自身からリスクマネージャー会議の際報告をしてもらいまし た。非常に酷なことだったとは思うのですが、「これはお前のいわばエラーだ」と、み んなのために報告するようにと言いましたら、快く納得してくれました。このことは若 い研修医にとって非常に何か心打つものがあったようで、それを機に自分たちから勉強 を始めたということで、私たちも当人たちも、あるいは研修医も教訓になった事例です。 その後、指導医も直接指導すること、「必ず一緒に行く」ということでダブルチェック し、研修医には年3回から4回、今年は4回になりますが、研修医だけを集めた勉強会 に参加してもらうことになっております。これには100%の参加です。もしここに欠席 した者は研修はさせないという院内のきまりがあります。ただ、やむを得ず来れない者 が毎年4、5人ぐらいはおりますので、私自身が直接病院長室で約1時間、このような エラーについての対話をいたします。これは意識の持ち方の問題だと思うので、一種の スタート、ミスが起こりやすいということで徹底しています。  次頁は「最近の事例」についてですが、実は先ほどの統計は8月末まででしたが、3 週間前にこんなことが起こりました。胸腹部の大動脈瘤の人工血管置換後の3週間目の 74歳の患者だったのですが、もうすっかり元気になり釧路に帰るというその退院の前に、 新たな瘤、あるいは吻合部は問題ないかということで造影CT、イオパミロン、これは 厚生労働省に直ちに報告いたしましたが、これを急速注入し、ルーティンにはしている のですが検査しました。外から監視しているわけですが、元気にドームの中に入り特別 な動きはなかったのです。上がってきたときに、車椅子に乗ってふらふらと倒れ、ここ ですでに心肺停止なのです。こちらの検査室には緊急蘇生があるので、救急部が駆けつ けすぐ挿管しましたが死亡しました。  1時間後に特別会合が開かれ、これにいわゆる医療過誤は存在しなかったのかという ことを徹底的に専門科による聴取をしました。いちばん根拠になったのは、そのとき造 影されたCTなのですが、造影剤が静脈に停滞していて心臓になかなかターンしない、 プールしている現象があったのです。これは造影剤を入れた比較的早い時間から心機能 が急激に低下しているのです。最終的に専門科に相当数集まってもらい、「アナフィラ キシーショック」であるという結論が出たわけです。その際、アナフィラキシーショッ クの予知は可能だったのではないかということでいろいろ討論しましたが、このような 病気なのでその前3回造影CTをやっているのです。同じ薬剤を使っていて何の反応も ない、しかし4回目にアナフィラキシーショックが起こりうるということなのです。  これについて様々な論文を見ると、ご承知かと思いますが、我々は造影剤のテストを してから血管造影をしていたのですが、これは現在中止しているのです。むしろ、テス ト剤によってショック死をしている事例のほうが多いということがわかりました。世界 中が、いま日本もそうですが、造影剤のテストは全く無意味であるということなのです。 アナフィラキシーショックは何度か後でも起こりうるというデータがあるのです。この 場合はやむを得ないアナフィラキシーショックが主因であったと一応断定しました。  この委員会が、いわゆる第三者評価に耐えるかどうかということには少し問題があり ますが、院内の他科の専門科以下6人の構成でこれを判断いたしました。この後、市の 保健所、あるいは厚生労働省、文部科学省はもちろんですが、いわゆる今日の課題であ る「社会的公表」、要するに警察に届けるか、マスメディアの方に報道するかというこ とについて随分議論しました。この間、釧路から長男と次男が来られましたが、その診 療科の科長を通してこのことについて話し合いをしましたところ、「十分に治療しても らった、これ以上は望まない」ということだったので、いわゆる社会的公表は実施しな いということにいたしました。これがほんの3週間前のことで、本当にこのようなこと が起こらないようにと念じながら毎日やってきたつもりですが、事実医療にはこのよう なことが起こりうるのだということを実感いたしました。  改善策を直ちに取りましたが、10月16日から実施していることがそこに書いてありま す。造影CTのときの主治医の付添いや放射線医が直前に話をする内容について、いろ いろ改善策が出されました。パルスオキシメーターを装着しながらドームの中へ入れる ことがわかりましたので、Poor Riskの患者にはそのような対応をしたいとい うことを、改善策として全病院的な提示をしました。このようなことで始まったのです が、このディスカッションをした際、例えば泌尿器科の患者はほとんど高齢者ですが、 造影CTというのはルーティンに行われるわけです。年間CTだけで16,000件撮ります。 全部同意を取っていたら、外来が終わらないという叫び声がくるわけですが、しかしこ れはやはり原則論です。機械を導入するとかいろいろな簡便法を入れることで、何とか これを実施しようという形になりました。始まったばかりですのでどのような結果にな るかはわかりません。  そのようなことで、全部署的な取り組みでは、まず最初に起こった初動対応と言いま すか、とにかくそのことが大事であること、何よりも予防が大事であるということで、 私自身は緑の腕章を付け、セーフティパトロールと称してすでに4カ所ぐらい行きまし た。行ってみると大変です。やはり透析の患者などの管理は非常にリスクが高いです。 ICUの中の、いわば火事場のような毎日、いろいろなマシーンがたくさん入り込んで いるので、相当な医療設備を整え、マンパワーも充足しないとミスが起こるということ を本当に実感いたします。現場の医療グループからも叫び声がだんだん高くなってきて います。これには無尽蔵の経済的なバックアップというわけにはいきませんから、その 中で何ができるかということを本当に感じるのです。彼らを医療過誤が起こったときの、 言葉は悪いですが罪人にするにはあまりにも酷だという環境であることも事実でありま す。私たち管理側がなすべきことも非常に多いということを改めて実感いたします。  そのような全病院的な取り組みの中で、特に感じたことは医療工学士の方々のことで す。専門にあれだけディスプレーターから透析の機械、注入器など、きちんと制御して くれる専門家、女子医大の事件も人工心肺の問題があったかと思いますが、これも非常 に重要だと思いました。内科、外来診療などのいろいろな取り組みについては省略させ ていただきます。この頁の終わりぐらいになりますが、いわゆる中立的な第三者機関の 設置、先ほど久能先生からもお話がありましたが、この辺りのことを18頁に記載させて いただきました。少しダブると思いますが、私たちの中にも、いわゆる市民代表、マス メディアの方々、弁護士会の方々、院外の医療関係者、有識者の5人の方を人選し、緊 急部会の委員になっていただいております。そのようなことと経済的基盤を使って医療 工学士、あるいは危機センターの管理というようなことも非常に大事かと思います。最 後の頁にCOMLの辻本さんがメンバーにいらっしゃいますが、患者自身が病院の運営 というか取り組みに参加していただければ大変ありがたいという気持ちを強くしており ます。このような病院全体の取り組みの中で医療事故情報の取扱いをお考えいただけれ ばありがたい、現場からこのように感じております。  後半は簡単にさせていただきますが、いわゆる社会的立場と申し上げました外科学会 あるいは病院長会議の提案がそこにあります。20頁から23頁の「診療記録の開示」のと ころで、研修医に次のように言っております。ほぼ定着しましたが、「カルテは医師の ものではない、これは患者のものである」と。ちょっと格好良過ぎる言い方かもしれま せんが、栄養師、看護師がさっとカルテを見て、どのような診療方針で行われているか がわからなくてはいけないということです。例えば専門的な云々で、文献上こんなこと が語られている、それを間違った英語で書かれてある、これはみんなのカルテではない、 それはマイ ノートブックである、別にすべきだということがほぼ定着しつつあるとい うことです。カルテは医師のものではないということです。これをさらに徹底したいと 考えております。  今日のテーマは、26頁の「医療事故の公表」ということだろうと思います。ここに「 公表のメリット」という非常に大きい問題がありますが、デメリットということも病院 長会議のまとめに置いております。「徒に広範な情報提供が、場合によっては混乱や誤 解を招く懸念も起こりうる」ということ、また次頁にあるように、「短い紙面の中で、 情報を通じた情報提供には限界があることも事実ではないだろうか」ということ、さら に「事故とは言えないニアミス事例などについてまで幅広く報道される意義については 慎重な検討が必要ではないだろうか」というような意見を提言しております。やはり、 事実が起こったら、心からの謝罪がまず第1であること、再発防止を誓って、患者、家 族に納得してもらえるようにすること、久能先生が先ほど最後に言われた医療従事者の 気持ちの持ち様こそが、患者との間に対話を生み出す、それは次の医療を担う者を育て るのだという視点も実に大事だと思うわけです。そのようなことから、病院長会議とし ても真剣に取り組みを始めているところです。  次頁の「病院間での情報の共有」は厚生局によって全国的に行われていることです。 11月中旬、北海道においてリスクに関するワークショップが計画されており、私も少し お話をさせていただくことになっています。もう少し後ろのほうで、30頁の「外部の視 点の導入」、ここにいわゆる第三者の視点を入れていただくこと、つまり専門家あるい は患者の立場、報道機関の方、倫理の方という機関が早くできるよう祈っております。  次頁には警察へ報告することの是非論、意義が述べられています。結論的に申し上げ ますと、どのような事例を警察に報告すべきかということです。病院長会議でこのよう なことがありました。九州のある病院長ですが、いわゆるレベル3aのインシデントの ことを報道機関に公表したのです。そうしたら、報道機関の方が病院長の所へ毎朝3人 も4人も来たそうです。どのような人が何を起こしたのかということを、是非知らせる べきだと、なぜならば警察に報告したのだからというわけです。その報道機関の方は「 先生は警察に届けたのですよ。その事実を報告しないのはおかしい」と、しかしこれに 対してその病院長は頑として受け入れず、「これはそんなことのためにするのではない 」と、患者さんの側に立ったことであり、患者や家族のプライバシーもあるが、もっと いい医師を育てたいからそのようにしたのだと言って応じなかったそうです。  私どもがいま合意していることは、いわゆる医療過誤、過誤の存在が明らかである場 合、因果関係が明らかで重大な結果に陥ったときは警察に届けるべきであるということ です。これは大変辛く重いことなのですが、次の医療を育てるために、いまどうしても 指導者として果たさなければならないことであろうと考えております。  最後に日本外科学会としての取り組みですが、これはかなり遅れてはいましたが、よ うやく今回法医学会が「異状死とは、医療に関わるすべての重大事故、あるいは死亡は 異状死である」とのアナウンスをしました。一応外科系の10の学会がいろいろな話し合 いを持ち、医療行為の中の合併症として、予期しうる、予期される死亡は「異状死」と は言わないということを報告しました。その本意は、いわゆる医療行為の本質を考慮し ますと、説明は十分に、あるいは危険な部位がここにありますということを言った上で、 いわば医療協約といいましょうか、患者さんが、それでもこの治療をやりたいと同意さ れた場合、その予期した合併症が不幸にして起こってしまった場合については、診療中 の1つの臨床経過と考えざるを得ない。したがって、これは重大で明らかな医療過誤に よって起こったこととは同一に考えることはできない、というのが一応この宣言の中に あります。  このようなことをして、いわゆる回避する意味合いは全くありません。そうではなく て、本来の医療が本来のように行われるべきということ。また、良い医師づくりが学会 の役割と思いますので、そのような意味では、学会としての1つのきちっとした姿勢を 出しながら、その方針を出したいということから、このような報告をさせていただいた 次第です。  以上、医療現場の立場と、いわゆる社会的な立場から報告させていただきました。あ りがとうございました。 ○堺部会長  ありがとうございました。それでは質疑応答に入りたいと思います。まず久能参考人 へのご質疑をお願いし、その後、加藤参考人へのご質疑をお願いし、最後に両参考人へ の共通したご質疑をお願いします。  では、久能参考人に、委員の方々、ご質疑いかがでしょうか。 ○川端委員  いまの医療過誤に裁判で対応するのは、対応し切れないし不適切だというご意見でし たが、実際にご経験になって、あるいは原告の会の代表者としていろいろな事例をお知 りになって、一体どこがいちばんいけないのか。例えば民事裁判で、医療過誤の問題を 取り扱おうとした場合に、どの点がいちばんの欠陥なのかとお考えですか。 ○久能参考人  医療裁判の問題は、まず不公平であるということ。専門的なもの、また密室で行われ たもの、資料はすべて医療側にあるということ、また長期間かかるということ、この2 つが大きな欠点です。3つ目には、費用がかかりすぎるということです。長期間、費用 をかけながら、裁判を維持する元は何かというと、原告の財力と生命なのです。これが なければ続けられない。そのために、被害者は二重、三重に苦しまなければいけない。  もちろん、その間、医療者も苦しい思いをするでしょうけれども、患者、被害者は相 手が作った、被告が作った資料によって立件・立証の義務が患者にあるわけですから、 非常に過酷な義務を課せられます。時間的なものは、専門部会ができまして、かなり改 善されてはいますが、不公平は残っています。 ○川端委員  先ほど言われた中に、裁判所が行う鑑定を委嘱された医師の意見が恣意的だというご 指摘がありました。裁判所のほうで今、それぞれの専門学会に鑑定を依頼するルートを 開こうとして、一部の学会ではそれに応じようということになったようですが、そうい う形でも、やはり公正な鑑定は期待できないというお考えですか。これは、医療のスタ ンダードがそもそも不明確だから、場当たり的な裁きになると言われたこととも関係す るかと思うのですが。 ○久能参考人  学会そのものが、鑑定を引き受けるということは、形の上では非常に魅力的です。で も、学会そのものが、今まで医療事故に関して、それだけ熱心に発言、検討してきたか というと、決してそうではないということです。それまで医療事故、医療ミスに関して はないものとされてきて、その人たちがなぜ裁判所鑑定を全面的に引き受けられるので すか。患者、被害者側からしますと、正しい、正直な鑑定書を出し続けることによって、 その人、その学会、そのグループに対する信頼があるわけです。過去にそういう鑑定が なくて、いま急にそういうことを言われるということは、非常に不信感を抱くというこ とになります。  また、学会そのものが行う鑑定には、どうしても庇い合うということがある。自分の 上に立つ人の事故を、学会員がどうして鑑定できますか。鑑定ができないのに、裁判所 鑑定として事実でないものを書いたとしたら、もうそれでおしまいなのです。不信感は 永久に残ったまま、闇の中になってしまう。ですから、もしどうしてもそれをするなら、 第三者の監督というか、もう1つ鑑定人と違う組織の者が必要だと思っています。 ○加藤参考人  冒頭に申し上げましたが、先生がおっしゃられたような体質があったことは事実だろ うと思います。そのようなことに強い反省も内部にはありまして、森先生が中心になっ ている調査会からいろいろな問いかけをして、随分ディスカッションをしました。会長 が安全委員会の委員長を担当するということになって、名誉教授クラスの方、評議員の 方にアンケートをお願いしました。医療界が変わらなければいけないのではないかとい うことで、「鑑定人をお引き受けいただけますか」というアンケートを出しました。 430人に出し、210人の方が、喜んで引き受けようという結果になっています。チームの 組み方は、ある事例に関してリーダーが複数名、専門領域もありますが、違った目でと いうことです。  従来は、裁判所からある方に、鑑定が個人的にいく。そこで、1人、2人の意見が重 視されて、鑑定結果が出されているというのが事実だったように思うのです。それは公 平性を欠く。学会が、この機関、「ナマミの会」のフェアネスを背負って担当しようと いう呼びかけですので、今後は鑑定人への積極的な参画が、社会的役割であるという自 覚が相当強く出てきていると思うのです。会長が責任を持って安全委員会の委員長を担 当する。そして、会長が、この方ならばというふうにして任命する。しかも複数名を任 命する。このようなことで、何とか学会が社会に貢献し得る役割の幅が出てきたように、 私自身は感じておりますので、今後の方向は少し明るいと考えております。 ○堺部会長  事故の鑑定に関することで、他の委員の方々、何かご質疑はございませんか。 ○長谷川委員  従来の法廷の制度ではいろいろ問題がある。したがって、法廷外の何らかの調停の制 度を考えたほうがいいとおっしゃいました。その中に、いわゆる鑑定の問題もあると思 うのです。つまり、法廷外で捜査権や司法権がないような組織の場合に、どうしても証 拠集めは難しくなると思うのですが、法廷でなくてもきちんと捜査権、司法権、ならび に鑑定までをするような組織が現実的にあり得るのでしょうか。 ○久能参考人  公平に、公正に鑑定書を自分の名前を出して書きましょうということは、日本の医学 界にはあまりなかったことです。公正に書こうとしても、どうしても鑑定書の内容が、 書く人によって変わってくる。そこで、5年前に医療事故調査会というのが立ち上がっ て、全国的にかなりの医師たちが、鑑定書を書くことを引き受けようということで集ま っています。その中のデータとしては、75%が過誤である、あとの25%は過誤ではない と返事をしています。そういう鑑定をするからこそ、調査会の鑑定は信頼されてきたの ではないかと思うのです。  もし、鑑定を引き受けたとしたら、私たちでさえもどうぞこの事件は過誤ではありま せんようにと祈りながら書くと思うのです。正しく鑑定ができる組織があるかといえば、 医療事故調査会においても、やはり鑑定を間違えることがあります。でも、間違ったと 思う時は、本人や代表世話人が、きちんともう一度検証し直しています。 ○長谷川委員  捜査権や司法権がない場合に、証拠等を集めることは難しいですよね。法廷以外の組 織として、どういう組織を想定されて、お考えになっているのかをお聞きしたいのです。 ○久能参考人  法廷外の対策というのは、もちろん検証は必要です。医療事故調査会に依頼されるも のは、提訴の前の段階が多いです。その中で、過誤ではないと判断された人は、もう提 訴はしません。 ○児玉委員  私は、病院側の代理人の弁護士を務めております。弁護士の立場で何を望むかという と、安定した、予測可能な公正な意見が鑑定人から出されることを、当然のことながら、 私個人は大変強く希望しています。弁護士業務として、クライアントから聞かれること というのは、この事件は最終的に法廷で争ったらどうなるか。それを的確に予想してア ドバイスがほしいというニーズが、病院側にも当然あるわけですので、でき得る限り、 公正で客観的なご意見を鑑定人からきちんといただきたい、ということを私自身も念 願しています。  そういう立場からの質問ですが、鑑定人としていつも医療訴訟に関与する場合、2つ のファクターが必要だろうと思います。1つは専門知識、もう1つは公平・中立さ、こ の2つのファクターがなければ鑑定人は成り立たないだろうと思っています。専門知識 を持っていること、公平・中立さを兼ね備えるためには、ランダムに選んだ個人の鑑定 人に依拠するのではなく、やはり学会等の専門知識を持ち、公平さを社会的に期待され ている機関が、適切に対応する、ということが極めて重要だと思っているのですが、そ の点はいかがでしょうか。 ○久能参考人  私もそれを望まないわけではありません。それならば、学会そのものの中に、医療事 故から学ぶ、検証する部会があって然るべきだと思うのです。いくら会長の責任におい て鑑定を引き受けるといいましても、その鑑定の内容が公表されていない。学会の中で 公表し、それが会員の複数の目に触れて検証する、そういうものがあって然るべきでは ないかと思います。本来は、事故を防止する、検討するというのは、学会そのものにあ るのが本筋なのです。ですから、学会の中にどうぞそういう検討会を作ってください。 ○加藤参考人  具体的には、日本外科学会も、日本消化器外科学会も、もうプログラムのかなりの重 要な部分に、医療事故への対応といいますか、あるいは具体的事例を持ち寄り、弁護士 会の代表の方にも、またメディアの代表の方にも、厚生労働省の方にも、シンポジスト として参加していただいて、そこで本来のあり方を会員と一緒に考えるということが設 定されています。このようなことは、会員に幅広く徹底し、何を社会還元すべきかとい うことは、もうかなり日常的なことになりました。  その上で、いわば中立性を持った専門官、しかし現役の教授ですと、どうもやはり偏 りもあり、あるいは社会経験も少ないということで、退官した後、少し幅広くものが見 えるような方をチーフに置いて、なおかつ専門の方と複数でチームを構成して、フェア ネスを追求する、という動きがいわば普通になってきていますね。普通といいますか、 急速に浸透しつつあります。このような機関は、私自身は最も信頼がおけるというふう に、現時点では思っています。 ○児玉委員  医療不信の根源にあるのは、医療界に自浄作用がないという厳しいご指摘だと思うの です。学会でさえも自浄作用が持てないとするならば、日本の医療の未来は絶望だけだ と思うのです。そういう観点から、学会がどういう仕組みで医療に関しての検証を行え るか。少なくとも前提として、裁判の場面で鑑定人が意見を言うにあたって、学会がど ういう仕組みを作れば、原告の側で納得がいくのだろうか。学会で、個人の先生がたま たまクジを引き当てて鑑定人をやるという制度は、大変欠陥のあるあり方だと思います。 学会自身が自らの名前で、きちんとその制度を作っていただき、またその結果を学会員 に周知して、どの先生はどういうジャンルでどういう意見を言っているか、ということ をきちんと周知していただく。できれば、鑑定のプロセスをきちんと一般に公開してい く、ということが重要ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。 〇久能参考人  そのとおりだと思います。私の事例で申しわけありませんが、私は裁判所鑑定人とい う方を鑑定しました。その方に、今回厚生労働省が発行した研究班のデータを見せまし たら、こういう研究班があることは知っていたが、内容は知らないと言うのです。この 内容と照らし合わせれば、とてもそういう鑑定書は書けるものではないというのを平気 で書いてくる。それが、先ほどおっしゃったように、大学教授の現役だからかもしれま せん。これだけ立派な厚生労働省の報告が、もう1962年にあった。でも10年前はこれさ えも知らない。もっと古い感覚の鑑定書をお書きになっているわけです。せっかくこれ だけ分厚い報告書がありながら、どうして現場に、特に大学人に通じなかったかという ことを申し上げたい。しかも、鑑定書を書こうとする専門家がです。厚生労働省では、 いろいろな研究班が報告をされます。その報告書が末端の医療機関、ましてや大学人に 本当に伝わる方法を、どうしたらいいかを考えていただきたいと思います。 ○児玉委員  もう1つ、これも久能先生、加藤先生にお尋ねしたいところなのですが、実際に鑑定 をやっていただく場合、意見が本来は多数あるはずの事案がありますね。これについて、 1人の鑑定人が独断で1つの意見を言う、これがいちばん困ると私は思っているので す。多数の方に関与していただいて、学会内でも意見が分かれるところであれば、それ はその旨きちんと法廷に報告してほしいと思うのですが、その点はいかがでしょうか。 ○加藤参考人  学会の話が中心になっていますが、これは例えば私のほうですと、札幌地方裁判所が 一応呼びかけて、3大学で同時並行でこういった鑑定を引き受けていただけないだろう かということでやります。来週も、もう3回目の協議会がありますが、具体的にはどう いう方法で鑑定を引き受けるかというと、病院長を中心にした委員が各大学に5人おり まして、ある事例が起こった時、依頼された時に、これは誰をチーフにするかをまず協 議する。多分退官した名誉教授をチーフにすると思うのですが、それで専門家を入れて チームをつくって鑑定を行うということになります。  これは、私どもの学内の、いわば教授会の合意です。もう積極的に、社会還元の1つ ということで、教授会の決議にしているわけです。そして、北大病院がこれは引き受け ます、という結果を出すことになっています。したがって、これはある個人の意見、あ るいは単数の、1人か2人の意見では、こういったものは判断されるべきではないとい う認識が、もう完全にできています。あるいは実行しています。これはもう全国的に浸 透しつつあると私は認識しています。私の周辺ではそのようにやっています。 ○堺部会長  鑑定のことだけを論じるわけにはまいりませんので、次の発言で鑑定のことは終わり にさせていただきます。 ○児玉委員  本来、鑑定というのは司法政策の問題で、厚生労働省で医療政策の問題として論じる のは、私はちょっと違うのではないかと思っています。むしろ、訴訟前のところでお尋 ねしたいのです。つまり、訴訟になってから、学会が責任を持って公正な意見を出す仕 組みというのは、実はその延長線上に、訴訟になる前に、患者のクレームをきちんと受 けとめて、その患者の権利擁護のために、適切に客観的な意見を学会が述べる、そうい う仕組みが期待されているのではないかと思うのですが、この点、久能先生は私と同じ ような考え方を持っていただけますでしょうか。 ○久能参考人  それは望ましいことです。もし、私の場合もきちんとした検証がなされていれば、ま た医療を受けている時にも、第三者の評価があれば、訴訟は絶対に起こしません。 ○児玉委員  私は、久能先生のお言葉の中に、刑事処罰ではなく、事実が知りたいというお気持が 溢れているというふうに感じているのです。私の経験でも、警察は急にカルテを持って こられてもよく分からないということがほとんどで、あまり適切な処理をしていない。 大変気の毒な看護婦がスケープゴートになったり、大変悪質な事案が警察では見逃され たり、そういうことはままある。やはり、この場面でも、専門知識と公平性を持った学 会等の関与は不可欠ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。 ○久能参考人  そのとおりです。しかし、私の場合には、学会のトップの人がかかわった事件です。 トップの人がかかわった医療事故に関して、誰が正直な鑑定が書けるでしょうか。 ○児玉委員  そうすると、そういう事例では、もう警察に行かざるを得ないというお考えなのでし ょうか。 ○久能参考人  基本的に、医療事故を司法で、刑事で扱うべきではないと私は思っています。それは むしろ危険です。そういうことによって、せっかくコミュニケーションをとろう、ある いはオープンにしようという社会の流れが逆行する恐れもあるということです。ですか ら、それは望みません。あくまでも先生がおっしゃったように、裁判外で、裁判を起こ す前にもっときちんとしたシステム化、法制化が必要だと思っています。あるいは、医 療過誤を司る法律があるとなおいいという感じがします。 ○児玉委員  最後に、加藤先生にお尋ねしたいのですが、先生の資料で31頁のいちばん下に、「な ぜ警察署に報告するのか」とあります。この「報告」という言葉は法律上極めて不正確 な言葉で、医師法に基づく届出なのか、あるいは自首なのか、あるいは第三者による告 発なのかということが、法律論としてはきちんと詰められなければいけない。それをあ えて、一環して「報告」という曖昧な言葉で取り扱っておられるということを感じるわ けです。ただ、それにしても、「刑事罰を課されるべき重大な事故を引き起こしてしま ったような場合には、自主的かつ速やかに警察署に報告することが正しい」とこの頁に は書いてあります。  つまり、警察への報告というのは、例えば病院の設置者、管理者のお立場でいうと、 「刑事罰を課されるべき」という判断があるはずです。36〜37頁に今回の外科学会のス テートメントが載っていますが、率直に申しまして私は極めて不満です。なぜならば、 私どものように現場で病院のディフェンスを担当している弁護士から言えば、迷った事 案、ただでさえ死亡とか傷害の痛手を負っている親族や患者さんとの間で、押し問答の ような説明を繰り返していることは大変に消耗です、お互いに傷つきます。それよりは、 学会自らが、「うちに公正な判断をするこういうチームがある、ここに全部の資料を持 ってこい」と受けとめていただければ、私どもとしては大変心強く思うわけです。今回、 外科学会として、受けとめていただくのではなく、警察へ行けと言われた。これに大変 な衝撃を受けているわけです。その点についていかがでしょうか。 ○加藤参考人  それは、31頁にありますように、いわゆる第三者、学会だけでは一方的な形になって しまうという意味で、そういう受けとめの機関を何とかして作りたい。ある都道府県で は、医師会が主導して、医師だけではない機関を作り、そこにまず届けてもらう。その 上で、これはあまりにも初歩的、これは刑事罰に値するというのを内部的に判断してや っている事例があります。学会単独で云々することは、果たしてどんなものだろうか。  アメリカには、警察に行く前に、ケンジデイという機関があります。そういったもの を置こうという社会性が日本にはまだないというレベルで、学会が独自に、学会だけの メンバーでそれを構成するというのは、社会的認知という面ではまだまだ無理であると いう判断をしたのが事実です。そういったことで、過渡的には、この病院長会議の提案 に従わざるを得ない時期である、という結果です。 ○堺部会長  鑑定の話から始まって、だいぶ問題が拡散し、当検討部会の根幹にかかわることにも 話題が触れてきたと思いますので、ただいまのご議論を打ち切るのではなく、もう少し 発展させて継続させたいと考えます。特に法律のご専門の方々のご意見も伺いたいと思 いますが、どなたかいかがですか。 ○前田委員  先ほどのお話のように、刑事罰とか訴訟にいって、後から厳しくというよりは、なる べく事故が起こらないように、また医療の世界できちっとした倫理を持ってというのは よく分かったのですが、1つ確認させていただきたいのは、医療事故を刑事で裁くべき ではないというご趣旨の中身です。事故が起こらないようにしなければいけない、なる べく裁判にいかないようにというのはよく分かるのですが、大きな事故が起こってしま った後、民事にいくとどうしてもお金がかかる、長い時間がかかります。お金がない人 にとっては、刑事で何とかしてほしいという意識は、当然国民の中に広くあると思うの です。その時に、非常に重大な事件は別だというご趣旨なのかもしれませんが、刑事で 裁くべきでないというご趣旨は、今まであまりにも刑事が不甲斐ないといいますか、文 句を言っても起訴してくれないし、ちゃんとやってくれなかったと。それ以外に、刑事 でやると非常にデメリットがある、医療過誤の問題を駄目にしてしまうというようなご 趣旨が何か含まれているのでしょうか。 ○久能参考人  刑事で裁くこと、あるいは医師が逮捕されるということは、非常なショックですよね。 事故防止のために、あるいは隠蔽を改めるために持っていくならそれはいいです。被 害者たちは、諸手を挙げて喜びました。でも、それでいいんですかということを問いた いわけです。そういうことによって医療界におけるショックと萎縮、諸々のことを考え ると、これはヤバイなというのがあの時、瞬間に思ったことです。  もちろん、カルテの改ざんは、これは別です。改ざんは刑事ですが、医療ミスそのも のは、そういう裁き方ですと、いわゆるトカゲの尻尾切りになってしまう。それよりも システムを変えて、繰り返さない教訓を作ることのほうがもっと大事です。誰がやった かという犯人探しではなく、なぜ起こったのかという全体的な検索のほうがより大切だ ということを言いたかったわけです。 ○前田委員  加藤先生に教えていただきたいのですが、私も医師法21条の絡みで医事課の方と議論 をしたことがあり、勉強させていただいたのですが、異状の有無というのは非常に難し い問題で、これを形式的に適用していきますと、医者の側で事故があった時に、もう自 ら自白しなければいけないみたいな幅が非常に広くなる。ですから、外科学会が大英断 をされたとびっくりしたのですが、この中で、重大で明白な医療過誤に基づくもので、 因果性がきちんとしたものであれば、やはり警察に届け出る義務があると。これが、学 会の中でどういうニュアンスで受け止められているか。かなり抵抗感があるのではない かと、外から見ていて思ったのです。法律家としては、こういうスタンスで医者の側で いいんだと。もちろん、異状とはどの程度をいうか、どの程度が重大な過誤かというの を詰めていくという問題が我々としてはあるわけですが、全体として、やはりこの方向 で動かなければいけないということで、ほぼ固まっているという感じなのでしょうか。 ○加藤参考人  この資料は、今月号の会員の雑誌に公告しました。これは何度も意見を寄せてもらっ た結果なのですが、外科学会としては、これでいきます、これが医者の基本的な倫理感 であるというところでスタートしましたので、これは会員の方が認知をして公告をした、 そういうアナウンスメントです。ただ、家族の方が「それはやめてほしい」という強い 希望を述べられた場合には、警察に届けることができないという立場に立つと思うので すが、そうでない場合には、積極的にそういう姿勢でいこうということです。  初歩的ミスというのは、明らかに勉強不足か、あるいはいくら疲れていたといっても、 これは明らかなエラーですので、そこはこのように対応するということを全員で一致し たということです。私どもからしますと、1つは社会に対する責任であるということで、 先ほど児玉委員からご質問がありましたように、もう少し第三者的なといいますか、で きれば厚生労働省が関与した、社会があまねく認める機関で判断していただきたいこと なのですが、とりあえずこのようなことで、社会へ1つの役割を果たしていきたい。こ れが永久に残るとは実は考えてはおりません。 ○樋口(範)委員  私も法学部に籍を置いた者ですので、いまの児玉委員のお話と前田委員のお話に関連 させて、2点だけ質問させていただきたいと思います。その前に、一言だけコメントを すると、これは私の単なる意見なのですが、この外科学会の文章の中に、黙秘権等の憲 法上の権利もあるが、医師に求められる高い倫理性を考えるとこうするんだ、というふ うに書いておられます。その気持は非常によく分かるのですが、法律家の間では、刑法 というのは倫理に非常に密接に関連したものではあるが、刑法が定めているのは最低限 度の倫理なのです。だから、高い倫理を刑法が定めていて、警察が高い倫理を維持する というのは、法律家にとっては、あっと驚くような話なので、発想が全く逆転している ような印象を受けるのです。ほかに方法はないのだろうか。医師が高い倫理を維持する ために、警察に駆け込むというのではなく、ほかの方法をむしろ探していただきたいよ うな気がするのですが、それは私の勝手な意見です。  その上で、具体的な話で、加藤先生の資料でいくと2頁に「アクシデント・レポート 」というのがあります。平成12年度のアクシデント事例が、先ほどご紹介があった事例、 MRI検査実施のために、子供が暴れてしようがないので鎮静目的で、しかし薬剤を5 倍量、研修医が投与してしまった。結果的には、その子供は大丈夫になって良かったと いうことなのですが、この事例で結果的に良くなかった場合、重症の何かが残ったか、 あるいは亡くなってしまったという場合、久能先生は、こういう場合でもやはり刑事事 件で解決することではないと。もちろん、カルテ改ざんとかが途中であれば、それはま た別の話ですが、この事例だけで刑事事件に持っていくのはどうか、というふうにお考 えなのかということを、確認のためにお伺いしたいと思います。  また、逆にこれで結果が悪かった場合に、北大病院では、加藤先生はこれを警察にす ぐに通報するということを、今の制度の中ではされるのだろうかということ。これはハ ッピーな事例ですが、それでも北大の関係者の方は、実は5倍量を投与してしまったと いうことで、この後、こういう対策をとっているということを患者の親御さんにまで全 部報告をされているのかどうか、その点を教えていただければと思います。 ○久能参考人  医療事故を、すべて刑事で扱うべきではないとは思っていません。例外的なものは必 要です。しかし、事故が起こって、もし死亡した場合に、医療関係者が逮捕されること を覚悟の上で、すべて明らかにし、警察に出頭していくようなことがあれば、患者の家 族としてはどう思うでしょうか。その時の対応次第によっては、行かないでほしい、も ういいよという気持になるかもしれません。警察に届け出ることが、高い倫理感ではな い、低い倫理感だと言われましたが、この場合に自ら警察に出頭する、逮捕されに行く ということは、低い倫理感ではないと思うのです。むしろ、相当の覚悟がないといけな いのではないかと思います。私たちが、あまりにもミゼラブルな被害を受けてきている から、そう思うのかもしれません。 ○加藤参考人  これは発端は、法医学会がかなり早い時期に、いわゆる異状死とは何かということで、 治療上の死亡はもうすべて異状死である、24時間以内に届けるべきだというアナウンス を強く出されたのです。これでは、本来の医療は成立しない。あるいは学問的、サイエ ンティフィックなレベルはそこから腰を引いてしまう。これは患者にとっては不幸であ るということから、相当真剣に数年間考えてきた結果なのです。しかし、これを届け出 ない、あるいは何か方法を打たないと、外科医グループといいますか、医師グループの 相変わらずの体質ということも考えたのです。そのような意見で、いまの時点では、法 医学会への答えとして、自らの姿勢を正すという意味で、この方法しかないだろうとい う選択をしたことも事実です。  この5歳の方が亡くなられた、あるいは脳死状態になった時に、私どもはやはり届け ます。これを警察署がどう判断されるかは、またいろいろな方法論があると思いますが、 一応警察署に届ける。実は、私どもは前もって年に1回警察に相談に行っているのです。 「このような事件が全国的に報道されているのですが、どうでしょうか」と。警察のほ うでは、非常にびっくりされています。「どう対応していいか、専門の者が誰もいない よ」ということなのです。「その時は先生方に意見を聞く」と言いますから、「いやい や、我々は聞かれても困る立場です」「じゃあ、別の何か組織がありますか」「それは ないようです」ということで、日本にはこの制度は全く根づいていないというのが事実 です。  したがって、警察ということが妥当であるかどうかは、おそらく5年後ぐらいに歴史 が決めていくことを期待していますし、私たちも動きたいとは思っていますが、これが いちばん良い方法であるはずはないと思っています。しかし、現時点で制度上考えると、 これしか方法はない。これによって、とにかくミスを予防する。このことは勉強しなけ ればいけないんだということを自覚しよう、という意味合いが実は強いと考えています。 ○樋口(範)委員  このアクシデント事例で、この結果は、この子供さんは回復されて問題はなかったの ですが、念のために確認ですが、患者さんの家族のほうへは、5倍量投与してしまった、 したがって一時的にこういう状態が生じた。その後、こういう形で、ダブルチェックそ の他で対策を整えているというところまで、報告というか、情報提供ということはされ ておられるのでしょうか。 ○加藤参考人  書類でやっています。次のような事実がありました。このような対策をして、今後に 備えたということは、昨年と今年の2回、課長がその後の取組み対策を手紙で母親に差 し上げており、少し喜んだような意味の返事をいただいています。 ○三宅委員  いまのお話をずっと伺っていると、かなり大きな事故が起きて、裁判になるというこ とが中心になっていたと思いますが、医師の高い倫理性を維持するにはどうすればいい か、私はそこに是非ポイントを置いてほしいと思うのです。私がいちばん疑問に思って いることは、たまたま日本医師会が出している「医の倫理」のシンポジウムの小冊子を 最近読んだのですが、諸外国では、医師集団、日本で言えば医師会のようなものが統括 して、自分たちの職業を守るために、倫理性をきちんと守るために、自分たちの職業集 団の中にそういう浄化作用が働くようなシステムを持っている。それが日本にはないわ けです。それが最も根本的な問題ではないかと思うのです。  そういった機能を、国によっては医師会に丸投げ、医師集団に「そういうことをやり なさい」という。しかも、その医師集団に免許の剥奪まで全部やらせているということ があるのです。そういう仕組みがまずあれば、医師集団の中でかなり浄化作用は働くと 思うのです。先程来の、警察問題その他のことについては、明らかに刑事事件、あるい はそういうものの対象になるものは当然そちらで扱われて結構ですが、それ以前の問題 は、医師集団の中で解決するという仕組みを是非作ってほしいと思っています。 ○星委員  私からは2点申し上げたいと思います。1点は、いま三宅委員がおっしゃったことは 全くそのとおりだと思います。そういう意味で、私は外科学会の対応にはやはり疑問が 残るし、先程来のお話の中で、研修医にそういうふうに教えている、あるいは研修医に そういうことを認識させているということを何度もおっしゃいましたが、では今、実践 をしている我々がどうなのかということに対しては、何か不安を拭えない感じがあって、 だからこそ外のオーソリティに何か頼らなければならないということに結びつくのかな ということさえ感じてしまいます。つまり、学会という組織が信頼がおけないものだ、 警察のほうが信頼できるからそこに持っていくんだということを、学会自らが、あるい は医師集団自らが認めてしまうということは、まさに我々の高い倫理感を放棄すること になりはしないかということが大変に気がかりであります。3頁のいちばん下に書いて あることが、まさにいま私が申し上げたようなこととつながるだろうと思います。つま り、次の世代が誇りを持ってこの世界に入ってこられるような環境を作ることが大切だ、 そのためには、やはり学会なり、医師である我々が、きちんとした社会に対する責任を 果たすべきだと思います。  もう1点、ちょっと誤解があるようなので確認です。久能参考人の資料3頁の上のほ う、救済の話です。これは、後ほど議論をする時間があると思いますが、たまたまここ に医師会の話が出ていますので、若干、誤解があるのかと感じておりますが、細かい点 についてはまた久能先生とお話をさせていただきます。ここでいわれている医師賠償責 任保険という制度は、あくまで有責無責を損保会社が勝手に決めているということでは ありませんし、医師会内部がマルかバツかを勝手に決めて、問題を闇に葬っているとい うものではないので、そこはまたチャンスがあればご報告をさせていただきたいと思い ます。後者はどうでもいい話ですが、1点目の話は、私は三宅委員と同じ考えを持って いるということを申し上げます。 ○樋口(正)委員  久能先生は、裁判外ADRで解決する方策ということを言われました。それは理想で すが、すぐには間に合わないと思います。私は、東京都で100例に近い事例をもう何年 もやっているのですが、現実にはいま星委員がおっしゃいましたように、民事、刑事と もに、やはり裁判がいちばん中立公平な立場だと思います。第三者が認めなければ、我 々医師仲間がするといっても駄目だと思いますので、現在の時点では、とりあえず裁判 という方策でやっていく。久能先生は、民事に替わる賠償金の何とかとおっしゃいまし たが、最終的にそれに不満な場合は裁判という方法で解決できるわけですし、司法界も 司法関係者を増やして、5年後には5万人といっていますから、多分そのころには司法 界の整備もされると思います。現在、2年間でやるように、ちゃんとフローチャートも できておりますので、多分2年ごとにどんどん解決されると思いますから、ADRが立 ち上がるまでは、しようがないのではないかと思います。  鑑定人の問題は、私は産婦人科ですが、産婦人科は「日本産婦人科医会」というのが あり、もう何十年も前から毎年、改訂版を出しながら医療事故、医事紛争防止に努めて おり、鑑定人リストというのも全国的に作っており、専門ごとにリストがあります。加 藤先生がおっしゃいましたように、受けるか受けないかという返事も持っています。た だし、不信感が先立っていますと、裁判所から依頼があって、鑑定人のリストを出して も、原告側が拒否してくる例が多く、では完全中立な第三者の鑑定人を日本国内で見つ けることができるかというと、それはないと思います。ですから、そこは信用していた だいて、鑑定人を原告側に認めていただかないと、堂々めぐりをしてしまう。  日本産科婦人科学会というのは学会ですが、日本産婦人科医会というのは臨床部会で、 それがドッキングしてリストを作っています。中立公平なというのが、どこまで中立公 平かということを言い出すと、他所の国にお願いするしかしようがないような実態があ る。やはりどこかで歩み寄っていただいて、それこそ中立公平ということは、まさに倫 理にかかわる問題だと思いますので、外からいくら言っても駄目だと思います。鑑定人 をされる方の倫理にかかわる問題だと私は感じております。 ○辻本委員  私どもの電話相談にも、月に300件ぐらい届く中で、30〜40%ぐらいが医療不信とい うような、漠然とした状況ではありますが、そうした相談が届きます。国民の不信感と いうものが極に達しているのではないか、そんな危機感すら感じております。そういう 状況の中で、今日お二方のお話を聞かせていただき、少し感想を申し上げたいと思いま す。  久能さんのお話の中で、鑑定書の議論があり、そこに費用の問題が出てこなかったの ですが、私どもへの相談者の方で、鑑定書を書いていただくと50万も80万もお金がかか ると。全体に費用がかかるというご指摘がありましたが、やはり鑑定書ということ、プ ロフェッショナルの意見を書いてもらうことに費用がかかる、これは消費者意識の中で 私どもが引き受けていかなければいけない問題ですが、誰もが50万、100万払える状況 ではない。そういったことも併せて、システムとして考えていく時に、この費用の問題 も1点加えていただきたいと思いました。  また、ドクターの教育ということですが、ミスのない人間が優れていて、ミスを犯す 人間はおろか者と、基本的にそうしたものが潜在意識の中に育まれてしまっているのが ドクターではないかと私たちは常に考えております。優れたドクターが犯したミスはミ スではなく、誰もが犯すものであり、決してそれは避けることはできない。そういう論 点が、やはり鑑定書の中にも多く見られるように思います。そうした意味で、やはり教 育というところからこの問題を、もっと掘り下げていく必要があるのではないかと思い ます。  お二方に是非ご意見を聞かせていただきたいのですが、私もかねてより第三者機関と いうことの必要性をさまざまな形で発言をしてまいりました。しかし、私ども自体も、 第三者のつもりで活動はしておりますが、第三者のあり様が、非常に時代が激しく動く 中で、どこに第三者という視点を置いていいのかどうか、私たち自身も分からない状況 になるぐらい難しい問題だと思っています。そこで、お二方がお考えになられる第三者 という機関のあり様、人選、その辺りを具体的に、どのような私見を持っていらっしゃ るのか、参考のために聞かせていただきたいと思います。 ○久能参考人  第三者機関の中には、もちろん専門家も必要でしょうが、本当に素人の目で、一般の 社会常識を持った人であれば、陪審という形で参加できると思います。できれば、必ず 被害者の声を反映してほしいということです。 ○加藤参考人  具体的にやりましたことは、いわゆる市民代表の中で、非常にそのことで勉強され、 自分の意見を述べられている方の中から1人、マスメディアの代表の方。これは連合の 組織に依頼しました。輪番になるかもしれませんが、そのほうがフェアだろうというこ と。もう1人は弁護士会の代表の方、これは地域の弁護士会にお願いしました。そのほ うがフェアだと思ったからです。もう1人は、いわゆる有識者といわれる方、これは市 民とはちょっと立場を違えての有識者、これはこちらからお願いしました。それに院外 の医療関係者で、医師会にお願いしました。これは良いかどうか分かりませんが、ある 特定の方をお願いするのはむしろ偏りがあるということで、医師会の組織の代表を選ん でいただきました。この5人の方と院内の今までの5人、同じ数の部会で、いろいろな ことを協議していこう、これより他はないかと思い、そうしました。 ○黒田委員  2点、申し上げたいと思います。1つは、約30年前に航空関係でディスカッションを している論議をまた繰り返して聞いているような気がしました。現存のいろいろな刑法、 民法の法律の中で、どう医療事故をこなしていくか。それで果たして医療事故は減るの か、という大変大きな疑問を持っております。航空界が航空事故調査委員会を作った経 緯、そういうの流れをもう一度勉強してみる必要はないだろうかという気がいたしまし た。刑法、民法を超えて、国民の安全のためにはどうあらねばならないかというディス カッションがやられたわけです。  そこでは責任は追求しないようになっています。原因をいかに追求し、対策を講ずる かということです。日本の同じ行政組織の中において、そういうものを作っていった1 つの歴史があるわけです。厚生労働省が考えなければいけないのは、やはり国民全体の 安全の話であって、それを支えようとしながら各先生方、病院の方々、医師会の方々、 学会の方々がいろいろご苦労をされているのですが、一体、国としてはこのシステムを 今後どう作っていくのかということを、そろそろ考えていかなければいけないだろうと いう気がいたします。もちろん、航空・鉄道事故調査委員会とは、先ほどからお話があ るような第三者機関の作り方はいろいろ差がある、問題があるだろうとは思うのですが、 かつて日本の行政組織の中に現に作ってあるものの中の、皆さんのご意見を達成できる ような組織のあり方を考えるべきではなかろうかという気がいたしました。  2点目、これは加藤先生にお聞きしたいのですが、いちばん大切なことは、報告シス テムをいかにうまく使うかということではなくて、そのシステムをいかにフィードバッ クして、改善していくかということが大切だと思います。どうしても守れないエラーを 起こすシステムから、どうやって逃れるかということだろうと思うのです。エラーを起 こすシステムを残しておきながら、エラーを起こすなという精神的な教育は、もう終わ ったのだろうと思うのです。ですから、北大病院をはじめとして、確かに難しいことを するための教育訓練という言葉を我々は簡単に使うのですが、注意でカバーができない から、繰り返し事故が起こっているのであって、そういう事象に対してどう考えていく か、という方法をどうお考えになっておられるのかをお聞きしたいと思います。 ○加藤参考人  私どもの事例は、決して減っていない。これは何を意味するかということは先ほどお 話しましたが、こんなことが大きな事故に、レベル3につながるということを、やはり お互いの勉強の材料に報告し合う。この意義は、私は大きいと思うのです。この先です が、それならば例えば分薬器とか、点滴のセットで誤注入は絶対に起こらないようなシ ステムの導入とか、そういう気がついたところで少しずつ器具を変えていっています。  もう1つは、やはり専門家、例えばレスピレーター、呼吸機器の扱える医療工学士が いてくれると、夜中にアラームが鳴ったのだが、どこをいじっていいか分からない、こ れが医療事故なのです。研修医は、そのトレーニングは受けていない、勉強の幅が大き すぎる。したがって、設備、施設、人、専門家、これは医療経済が無限に近いことにな ります。しかし、いちばん緊急で、できるものからそれを達成していくことで、その部 分をカバーしていく。起きるのはやむを得ない、という視点に立つとすれば、それはレ ベル0か1の問題で収めたいというのが、いま実践しているところです。  これだけの事例、機械が複雑になる、医療が高度化する。そうすると、とにかく寝る 暇もない作業と勉強、その中でこういった事例が起こっていることは事実です。これが 医療の本質であろうかと思っています。お答えになりませんが、日々、チームが一丸と なって努力するしかないというのが心情です。 ○岸委員  1点だけ、お二人にお伺いさせていただきます。久能さんが書いておられる医療事故 白書を発行するというご指摘、これはまさにこの検討部会が目指している1つの姿だと 思うのですが、これを実現するためにはどうすればいいか。誠に大ざっぱな質問で恐縮 ですが、とりわけ加藤先生には、北大方式をそのまま拡大していって、この白書を作る ことにつながるのか。あるいは、北大方式を全国に広げるには、いくつかの問題点があ るのかどうか、その点をお伺いしたいと思います。 ○久能参考人  医療過誤白書を作るためには、アクシデント、インシデントではなく、もっと重篤な 医療ミス、医療過誤によって障害が起こる、この症例こそを白書にしてもらいたいとい うことです。そのためには、そういうものが事例として上がってこないと駄目なのです。 陰蔽されては何もならない。陰蔽するのではなく、それを出すこと。事故が起こるとい うことを前提にしてこれを作ってほしい。今までも、医師会の中にはその事例が山ほど あります。でも、医師会の中は「開かずの間」で、それが公表されていない。公表しな くてもいいのですが、少なくとも国の機関として、医師会に上がったものは全部把握し てほしい。できると思います。 ○加藤参考人  いま見ていただいたのは2回目の改訂版ですが、この途中でも書いてありますように、 まだまだ整備されていない。整備されていないという意味は、研修医をはじめとして、 まだ未経験のもの、あるいは経験者でもうっかりミスという、そのようなところまです べていっているか。白書を出すことに意義ありなのですが、結局それは人がやる。その チームがこの問題にどれくらい真剣に取り組んでいるか、これがすべてだろうと思うの です。  しかし、ガイドラインがないとやりにくい。達成できないという面があろうかと思い ます。これは厚生労働省の仕事だろうと思うのですが、こんなに事故のある機械がまだ あるという報告を集積して、それを業界に出し、即改善していただきたい。我々が作っ ている点滴セットの改善策では遅々たるものです。もっと精力を傾けて改善していただ きたい。また、どうしても医療従事者の充実、専門家のトレーニングが必要だと思いま す。医療工学者のトレーニングは2年間か3年間で相当のレベルまでいきます。人工心 肺を自由に動かせるというような、ここの充実をした上で、医師が医師として働ける環 境を整えていただく。これがもっと大事なことだと思います。  私どもの調査によりますと、2年間の研修医が1週間に労働している時間は109時間 なのです。疲労困憊の中、夜中にエスピレーターのアラームが鳴った時に、どう対応す るかの責任までも負っている。何かが起こって明白な事故ならば警察に届けると、これ はあまりにも過酷です。そういった意味で、白書を出すことである程度整備されると思 いますが、それをアシストする環境、あるいはいろいろな方々の協力がないと、この目 的は達成し得ない。非常にトータル的な国民健康の問題が大きい。そこへの呼びかけの 発火点になるという意味で、是非出したいと思います。もし、少しでも参考になる部分 があれば採用していただければありがたいと思います。 ○堺部会長  北大方式に関する岸委員のご質問へのお答えはいかがでしょうか。 ○加藤参考人  もしお役に立つことがありましたら、私どもは何度でも改訂していきたいと思います し、良いものを集めていきたいと思っています。 ○岡谷委員  時間もありませんので、看護の立場からの感想を1点だけ申し上げます。先ほど三宅 委員が、専門職能団体に、やはり自浄作用が必要ではないかとおっしゃいましたが、ま さに私たちもそれは本当にそう思いますが、なかなか今の仕組みの中では、どのように 作っていけばいいかというので頭を悩ませています。看護職の場合には、最終行為者に なりやすいというところがあり、どんな医療事故でも関係していっているというのがあ ると思うのですが、専門職能団体としては、やはり国民に対しての説明責任と、看護職 の立場を守っていくということも、一方で役割として課せられている部分があります。  その両方をどういうふうにうまくバランスをとっていくかというところでは、やはり 予防に優る方策はないかと思います。同じような事故が続いて、その事故の状況を情報 としていただいて、一体何が原因だったのか、どこが問題だったのかということを分析 しようと思っても、事故そのものがオープンに語られない、そういう現状があるのでは ないかと思いますので、この事故事例情報の取扱いは、この検討会でもっと踏み込んだ 検討が行われて、何か具体的な有効な案が出てくることを私自身も期待しますし、その ように貢献していきたいと思っています。 ○井上委員  基本的には、鑑定人と呼ばれる人たちが、公正中立になるための基準というものが要 るかと考えています。1つは、スタンダード・オブ・ケア、医療標準というものの考え 方が要る。鑑定人の方々が基準になる、どこで鑑定をやっても大体偏りのない鑑定が出 るような、スタンダード・オブ・ケアというものの考え方が要ると思いました。今日、 三宅委員のお話を聞いて思ったのですが、非常に希少な症例の場合は、やはり学会が判 定すべきだろうし、それ以前に非常に標準的な医療が行われている場合は、看護協会と か日本医師会とか、日本薬剤師会とかいった職能団体が、スタンダード・オブ・ケアを 確立をしていくことが必要かと感じました。  もう1点、加藤先生の事例の中で、イオパミロンの投与例があって、その判定会議を されているのですが、こういった場合は、やはりEBMが要る。独立した2つ以上の文 献で、基準に副作用の発生頻度とかそういったものを判定していくためのEBMが非常 に重要なポイントになってくる。私は薬剤師ですので、そう思うのですが、特にEBM の部分については、根拠文献が、公正な根拠文献かどうかというのが非常に重要になっ てきます。そういった場合、やはり製薬企業から提供される根拠文献に加えて、厚生労 働省の医薬局から提供される根拠文献というのは、非常に重要なものになってくるとい う気がしています。加藤先生に、この時の判定にEBMを使われたかどうかお聞きでき ればと思います。 ○加藤参考人  EBMと申し上げていいかどうか、委員会では、アメリカの放射線学会が出している 3万7,000件の造影剤投与による作用例の報告を見たのです。そこから後は、孫文献に なりました。3編でしたが、母数が非常に大きいので、それを根拠にして、日本の放射 線学会が決めたという文献を根拠にしました。そのデータによると、アメリカの方々は、 常にランダム・コントロール・スタディをしますので、造影剤1ccの注入テストを何千 人と何千人やってみたら、テストをしないでいきなり検査した方が、副作用がなかった、 要するに事故がなかったという報告を頼りにしています。これは信頼できると考えたも のですから、それを根拠にしました。 ○堺部会長  まだまだ議論は尽きないと思いますが、予定の時間を超えましたので、本日はここま でにさせていただきたいと存じます。久能さん、加藤さんのお二人、大変お忙しい中を おいでくださいまして、改めてお礼を申し上げます。  次回ですが、前回と今回、2回にわたりまして医療事故の関係者および医療関係者の ご意見を伺いました。次回は、また別の視点からの外部の有識者のご意見を伺いたいと 存じます。人選につきましては、事務局と相談してお願いしたいと考えております。で は、次回の日程について、事務局からご報告をいたします。 ○新木室長  次回は、11月14日(木)15時から17時の間、ここ省議室において開催させていただき ます。詳細につきましては、また委員の方々にご連絡させていただきます。 ○部会長  それでは、本日はこれで閉会させていただきます。どうもありがとうございました。 (照会先) 医政局総務課医療安全推進室企画指導係 電話 03-5253-1111(内線2579)