概要情報
| 事件番号・通称事件名 |
東京都労委令和3年(不)第54号
幹福祉会不当労働行為審査事件 |
| 申立人 |
X1組合・X2分会(組合ら) |
| 被申立人 |
Y社会福祉法人(法人) |
| 命令年月日 |
令和7年9月16日 |
| 命令区分 |
一部救済 |
| 重要度 |
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| 事件概要 |
本件は、①団体交渉における、N事業所に係る拠点区分間繰入金(法人本部と各事業所の間の資金の移動)に関する説明についての法人の対応、②法人が労働基準監督署から交付された是正勧告書の全面開示要求に応じなかったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
東京都労働委員会は、①について労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、(ⅰ)N事業所の元年度決算の赤字と関連する拠点区分間繰入金の内容について、組合らが、その説明を求める団体交渉を申し入れたときは、資料を示して具体的に説明するなどして、誠実に協議に応じなければならないこと、(ⅱ)文書の交付及び掲示等を命じ、その余の申立てを棄却した。 |
| 命令主文 |
1 法人は、令和4年1月19日の団体交渉において、賃上げができない理由として法人が回答したN事業所の元年度決算の赤字と関連する拠点区分間繰入金の内容について、組合らが、その説明を求める団体交渉を申し入れたときは、資料を示して具体的に説明するなどして、誠実に協議に応じなければならない。
2 法人は、本命令書受領の日から1週間以内に、下記内容の文書を組合らに交付するとともに、同一内容の文書を55センチメートル×80センチメートル(新聞紙2頁大)の白紙に楷書で明瞭に墨書して、法人のN事業所内の職員の見やすい場所に10日間掲示しなければならない。
記
年 月 日
X1組合
執行委員長 A殿
X2分会
分会長 A殿
Y法人
理事長 B
令和4年1月19日の団体交渉における、N事業所の元年度決算の赤字と関連する拠点区分間繰入金の内容の説明に係る当法人の対応は、東京都労働委員会において不当労働行為と認定されました。
今後、このような行為を繰り返さないよう留意します。
3 法人は、前項を履行したときは、速やかに当委員会に文書で報告しなければならない。
4 その余の申立てを棄却する。 |
| 判断の要旨 |
1 N事業所に係る拠点区分間繰入金(以下「本件分担金」)に関する説明についての団体交渉における法人の対応は、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点1)
(1)組合らは、法人に対し、X2分会の結成以降、文書にて本件分担金の説明を繰り返し求めているところ、法人は、①各事業所の拠点区分間繰入金によって法人の運営が行われている、②本件分担金の金額は経営に関する事項であり、職員の労働条件や雇用そのものとの関係はないなどと回答し、具体的な内容の説明には応じていない。
(2)そして、団体交渉においても組合らは、①第8回団体交渉にて、令和元年度はN事業所の事業収入が増収となり人件費率が減少したにもかかわらず、本件分担金の増加により赤字決算に陥っている、その負担がなければ人件費をもう少し増やすことが可能であるとして、本件分担金の説明を求め、②第10回団体交渉にて、過去5年間の事業収入が伸び続けている一方で、本件分担金が年により増減していることを指摘し、来年度も賃上げできないのであれば本件分担金の内容について資料を示して説明すべきであると主張し、③第11回団体交渉にて、事業収入が横ばいであるのに令和3年度の年度末一時金が不支給とされたのは、本件分担金の大幅な負担増が原因としか考えられないとして、年度末一時金を不支給とするならば、赤字決算であるにもかかわらず本件分担金を増加させた理由を説明するように求めている。
上記を踏まえれば、組合らは、N事業所の事業収支が増収や黒字であるにもかかわらず賃上げが実現しないことや年度末一時金が不支給となったことの原因が本件分担金の負担にあるとして、N事業所の赤字との関連において本件分担金に係る具体的な説明を求めていたとみるのが相当である。
(3)これに対して法人は、①第8回団体交渉では、N事業所の赤字は人件費を多く支出しているためであるとか、本件分担金は法人の運営に関する事項であり説明する必要はないなどと回答し、②第10回団体交渉では、N事業所の赤字は人件費の増加が原因であり本件分担金との関係はない、本件分担金の内容は経営事項であるため説明できないなどと回答し、③第11回団体交渉では、年度の年度末一時金の不支給については、N事業所が赤字のために支給が難しいと判断したと述べる一方で、本件分担金は経営に関することであり回答できないなどと述べている。
以上からすれば、法人は、N事業所の赤字の原因として、人件費を多く支出しているとの抽象的な説明を行うのみであり、また赤字を招いている原因が本件分担金にあるとの組合らの指摘に対しても、本件分担金は経営に関する事項であるなどと述べて回答を避けておりN事業所の赤字の原因について具体的に説明していたとはいい難い。
(4)そして、第14回団体交渉では、法人は、平成30年度及び令和元年度のN事業所の収支状況をまとめた資料を組合らに示した上で、賃上げができなかった理由は元年度決算が赤字であったためであると説明し、その赤字の原因として、①人件費が増加したこと及び②弁護士費用が必要となり本件分担金が増加したことを挙げている。
これに対し、組合らは、①N事業所の元年度の事業収支だけを見れば増収を達成し黒字であること、②人件費の増加は約80万円にとどまること、③本件分担金の多額の負担が決算の赤字に影響していることを指摘し、賃上げができない理由との関連において本件分担金の内訳や内容を明らかにするよう求めているが、法人は、「本件分担金は法人を運営するお金である」と述べるだけで具体的な説明を行っていない。
(5)この点、法人は、「本件分担金は、各事業所の事業活動の収支ではなく法人本部の運営に係る経費分担であるから、組合員の労働条件との直接の関連はない」と主張する。
しかし、法人は、第14回団体交渉において、賃上げができなかった理由は元年度決算の赤字であると説明しており、その赤字には、組合らが指摘するとおり、本件分担金の多寡が影響しているのであるから、本件分担金の多寡は、賃上げや年度末一時金などの賃金の支給判断に影響を与え得るものとして、組合員の労働条件と関わるものといわざるを得ない。
(6)また、法人は、「組合らは本件分担金について何をどのように説明すべきかの指針すらも全く明示していない」とも主張する。
しかし、組合らは、賃上げができない理由として法人が説明した決算の赤字には、本件分担金の多額の負担が影響していることを具体的に指摘し、その赤字の原因との関連において、本件分担金の内容や内訳を明らかにするよう説明を求めていたのであるから、法人の上記主張は採用できない。
(7)以上のとおり、法人は、第14回団体交渉において、賃上げができなかった理由は元年度決算の赤字であると説明したにもかかわらず、組合がN事業所の赤字の原因であると指摘して説明を求めた本件分担金について、その内容や内訳といった具体的な説明に応じておらず、賃上げができない理由である赤字の原因について十分な説明を行っていないのであるから、このような法人の対応は不誠実な団体交渉に当たる。
2 法人が労働基準監督署から交付された是正勧告書(以下「本件是正勧告書」)の全面開示要求に応じなかったことは、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点2)
(1)組合らは、法人が労働基準監督署から計3回にわたり是正勧告を受けたことを踏まえ、法人に対し、要求書や団体交渉にて本件是正勧告書の開示を繰り返し求めているが、法人は、①本件是正勧告書は、法人の経営に関わる資料である、②労働基準監督署と会社との間の文書である、③法人は労働基準監督署の指導に適切に対応している、④団体交渉でその内容を説明してきたなどと回答して開示に応じていない。
(2)本件是正勧告書では、労働者の最低限の労働条件や安全と健康の確保を目的とする強行法規である労働基準法及び労働安全衛生法等の違反が指摘されたのであるから、法人が労働基準監督署から上記法令の違反の指摘を受けた事項は、組合員の労働条件等の低下を招き、その就業にも少なからず影響を及ぼすものであったといえる。また、組合らが、団体交渉において、「一部黒塗りされた本件是正勧告書ではどこに問題があったのかが分からない、全部を明らかにした上で協議することが必要である」などと述べていることからすれば、組合らが本件是正勧告書の開示を求めたことは、労働基準監督署の指摘事項や是正措置の内容等を正確に把握して、低下した労働条件等の回復や今後の再発防止等の協議を求める趣旨であったといえる。
そして、組合らの上記趣旨を踏まえた協議を進めるに当たっては、法人には、本件是正勧告書にて指摘を受けた事項や是正措置を講じた内容などについて説明することが求められるところ、その開示要求には素っ気ない対応をしており、上記の対応には全く問題がないとはいえない。
(3)しかし法人は、本件是正勧告書の開示には応じられないとしながらも、①第4回団体交渉の終了後の令和2年4月3日付けの「ご連絡」にて、今後の団体交渉を円滑に進めるためとして、第2回是正勧告書の内容が「組合員Aの時間外労働及び深夜労働の割増賃金の算定基礎賃金に処遇改善手当が算入されていない」旨の指摘であることを情報提供し、また、②第6回団体交渉では、第1回是正勧告書における指摘内容は「三六協定を締結せずに時間外労働を行わせたこと」であり、組合の主張するような労働者代表選挙についての指摘は受けていないことを回答し、③第8回団体交渉においても同趣旨の言及をしているなど、労働基準監督署の指摘事項の内容について一応の説明をしている。
また、第3回是正勧告書については、法人が組合らにその内容を説明したのかは不明であるものの、第14回団体交渉では、第3回是正勧告書の指摘内容が「深夜業務などの特定業務への従事者に年2回実施すべき健康診断を法人が実施していないこと」であることを前提として、労使間で議論が行われており、その際に組合らは第3回是正勧告書の開示を求める旨の発言もしていない。
(4)そして、上記の本件是正勧告書の指摘事項に係る労使のやり取りをみると、①第2回是正勧告書の指摘事項については、組合らが過去2年分を超えた分を含めた割増賃金の差額の遡及支払を求めて労使間で文書のやり取りを行った後、第10回団体交渉及び第11回団体交渉において、組合らの上記要求をめぐって労使間のやり取りが行われ、また、②第3回是正勧告書の指摘事項についても、第14回団体交渉にて当該指摘事項が年2回の健康診断の不実施であることを前提としたやり取りが労使間で行われており、労働基準監督署から指摘を受けた事項について具体的に協議が進められていた。
(5)以上を踏まえると、法人は、本件是正勧告書の開示要求には応じていないものの、労働基準監督署から指摘を受けた事項については一応の説明を行い、また、労使間では本件是正勧告書の指摘事項について、具体的な協議が行われていたとみるのが相当であり、本件是正勧告書が組合らに開示されていないことが、団体交渉において議論を進めることへの具体的な障害となっていたとまではみることはできない。
そうすると、法人が本件是正勧告書の開示に応じなかったとしても、そのことをもって、本件是正勧告書の指摘事項についての団体交渉における協議の機会が損なわれたり、その進展が阻害されたとまで評価することはできず、よって、法人が労働基準監督署から交付された本件是正勧告書の全面開示要求に応じなかったことは、不誠実な団体交渉に当たるとはいえない。 |