労働委員会命令データベース

(この事件の全文情報は、このページの最後でご覧いただけます。)

[命令一覧に戻る]
概要情報
事件番号・通称事件名  東京都労委令和3年(不)第42号
精神医学研究所不当労働行為審査事件 
申立人  個人X 
被申立人  Y一般財団法人(法人) 
命令年月日  令和7年8月5日 
命令区分  棄却 
重要度   
事件概要   本件は、法人が、令和2年度、3年度及び4年度の正職員への転換試験(以下「転換試験」)において申立外C組合の委員長である非正規職員Xを不合格としたことが不当労働行為(組合員であるが故の不利益取扱い)に当たる、として個人Xから救済申立てがなされた事案である。
 東京都労働委員会は、申立てを棄却した。 
命令主文   本件申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 Xは、平成21年8月17日の病院での就労開始日に組合に加入し、団体交渉への出席、役員への就任、指名ストライキへの積極的な参加等を通じて、組合活動に携わり、平成28年10月以降、組合の執行委員長を務めている。
 そして、組合は、過去に当委員会への不当労働行為救済申立てを平成21年と24年に行ったことがある。また、転換試験が始まった後の平成29年にも、組合は、一部の病棟で看護補助者の夜勤をなくすという法人の方針に反対し、ストライキを行った。また、令和2年1月31日と2月12日に、法人が、組合の機関誌の記載内容を問題視し、組合掲示板から撤去するよう要求したことがあった。
 このように、組合は、ストライキや機関誌の発行などを通じて、活発に組合活動を行ってきたといえ、法人との間であつれきが生じたり、不当労働行為救済申立てに至ることもあった。これらから、組合と法人との間には、一定の緊張関係があったといえる。

2 転換試験の内容は所属長評価、面接試験及び適性試験となっており、所属長評価は、所属長が受験者の業務態度や業務能力、業務状況等を踏まえ、態度・意欲評価と業務評価の両面から評価を行うというものであり、その内容自体については一定の合理性があるといえる。
 法人は、「Xが転換試験に不合格となったのは、同人の業務態度や業務能力等に問題があるために転換試験で低い評価を受けたことによるものであり、組合の組合員であることを理由とするものではない」と主張するので、同人の業務態度や業務能力等の問題として挙げられている事象について、以下検討する。

(1)排泄介助
 令和3年1月27日、Xが患者D1の排泄介助を最初から一人で行っていたかについては、必ずしも明らかではないが、看護師から指摘を受けるまで、Xは、この患者が口角から出血していることに気付いておらず、この件について師長B1から指導を受けた。
 当時、Xが勤務していたN病棟は、認知症治療の専門病棟であり、自らの言葉で身体の状態を説明することが困難な患者が入院していることから、看護師や看護補助者には、認知症ではない一般的な入院患者に対する以上に、患者の表情や様子を注意深く観察し、その変化に敏感でいることが求められるといえる。そして、D1は、単語で発語することはあったが、自分の意思などを文章で伝えることはできない患者であった。
 しかしながら、Xは、手足などではなく、顔の一部である口角からの出血に気付いていなかったのであり、法人がXに対し、看護補助者として求められる注意力を欠いていると評価しても不相当であるとはいえない。
 また、師長B1が、この指導の際のXについて、「表情に変化はなく、他人事のように聞き流している印象であった」と報告したこと、審問でXが「その状況においては反省するべき状況じゃないですね」と証言したことからも、法人が、Xはこの件を深刻に捉えておらず反省を示していないと評価したことも無理からぬことである。

(2)買物代行
 嚥下機能が低下している患者は、誤嚥による肺炎や窒息により、生命に危険が及ぶ可能性もあるところ、Xは、買物を依頼した患者D2の嚥下機能が低下していることを認識していたにもかかわらず、看護師から特段の指示を受けていなかったためとして、購入したペットボトル飲料とアイスクリームを、看護師に確認することなくそのままD2に渡し、その後も看護師に報告しなかった。
 そして、Xは、当時、既に病院での看護補助者としての勤務経験が10年を超えていたことも併せ考えると、法人がXに対し、看護補助者として求められる注意力を欠いているとして看護補助者として低い評価を与えたとしても不合理であるとはいえない。

(3)受話器の清拭
 受話器の清拭に係る一件があったのは、新型コロナウイルス感染症の流行が深刻になっており、政府がまん延防止等重点措置を執るなどしていた状況下で、とりわけ医療機関や高齢者養護施設では、院内感染を防ぐべく、様々な対策を講じていたことは周知の事実である。
 このような状況下で、Xが自分の使用した受話器をそのまま師長B2に渡そうとしたことを、法人が院内感染の危険性を軽視した軽率な行為であると評価したとしても致し方ないものといえる。

(4)指摘事項について反省や改善がみられないこと
 法人においては、①平成22年に師長B3が、Xの服装の乱れを度々指摘し、接遇の一環として改善を求めていたこと、②師長B3は、Xについて、業務改善等に消極的である、病院や病棟の方向性に組織人として協調しようとする姿勢が乏しいと評価していたこと、③平成27年には、師長B3が、Xに対し、必要以上の休憩は好ましくないと指導を行ったこと、④法人は、各年度の転換試験に臨むXの服装や頭髪などの身だしなみが試験を受ける立場の者としてふさわしいものではないと判断していたことが認められる。
 そして、法人は転換試験において、このようなマナーや身だしなみの問題及び仕事に関する姿勢並びに患者に対する姿勢をもって、Xを低く評価したものであり、平成27年度から30年度までの各転換試験については当該評価内容につき、法人からXに伝えられていた。
 また、本件審査手続において、転換試験における所属長評価の評価項目が明らかにされたが、その後に行われた令和4年度の転換試験の受験についても、Xは、「そもそも何で落ちてるのかが、全く理解、分からない」、「対応のしようがない」などと述べている。
 このように、Xは、続けて不合格となっている転換試験で、どのような点で低い評価を受けたのかについて幾度も説明を受けているが、審問でのXの上記証言からもうかがえるとおり、低い評価を受けた点について改善を図ろうと仕事への取り組み方など勤務態度を具体的に改めていたというような事情は見当たらない。

(5)小括
 上記のとおり、法人における転換試験は、所属長評価、面接試験及び適性試験となっており、所属長評価は、所属長が受験者の業務態度や業務能力、業務状況等を踏まえ、態度・意欲評価と業務評価の両面から評価を行っているところ、当該転換試験の内容については一定の合理性があるといえる。
 そして、本件においては、法人はXの業務態度や業務能力等について、上記(1)から(4)までの事象のほかにも問題であるとするものを複数主張し、当該問題を併せて評価の対象としているが、各問題の真偽は必ずしも明らかではない。
 しかし、上記(1)から(4)までのXの業務態度や業務能力に係る事象をみると、同人が看護師ではなく看護補助者という立場であることを考えても、認知症患者や高齢の患者の看護に携わる者として求められる注意力や安全に対する意識がXに不足していると法人が評価しても不合理であるとはいえない。
 また、Xは、本件の審問において、排泄介助の問題について、患者D1の出血の件は反省するべき状況ではないと述べたり、買物代行について、看護師から指示があるべきだったと述べているところ、このような言辞からうかがえるXの仕事に対する姿勢、職場での協調性という点からも、法人がXについて非正規職員から正職員への転換を認めないと判断したことについて、不相当とまではいえない。

3 そして、労使関係についてみると、前記1のとおり、組合と法人との間には一定の緊張関係があったといえる一方で、法人は、ベースアップや一時金、コロナ禍における業務改善などで、組合の要求事項や提案を取り入れ、実現してきたこともあり、現に、平成27年度の転換試験では、調理補助者であるが、他の組合員が合格し、正職員となった事例もあるのであって、労使双方が激しく対立を続ける敵対的な関係であったとまでは認められない。

4 そうすると、Xが平成28年から組合の執行委員長を務め、組合と法人との間に一定の緊張関係があったことは認められるものの、前記2(5)のとおり、法人がXの業務態度や業務能力について問題があると考え、Xを非正規職員から正職員への転換を認めないと判断したことに不自然なところは認められない。加えて、転換試験の受験者数延べ49名のうち合格者が17名であり、その17名の合格者の中に組合員がいることも併せ考えると、法人が令和2年度から4年度までの転換試験においてXを不合格としたことが、同人が組合員であるが故の不利益取扱いに当たるとまではいえない。 

[先頭に戻る]
 
[全文情報] この事件の全文情報は約383KByteあります。 また、PDF形式になっていますので、ご覧になるにはAdobe Reader(無料)のダウンロードが必要です。