概要情報
| 事件番号・通称事件名 |
東京都労委令和4年(不)第83号
中国電力不当労働行為審査事件 |
| 申立人 |
Xユニオン(組合) |
| 被申立人 |
Y会社(会社) |
| 命令年月日 |
令和7年8月5日 |
| 命令区分 |
却下・棄却 |
| 重要度 |
|
| 事件概要 |
本件は、①元年10月30日から4年8月2日までの計10回の団体交渉における資料の開示等の会社の対応、②その後、会社が、平成28年度から令和4年度までの間の組合員Aの格付及び賃金の是正を議題とする団体交渉に応じなかったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
東京都労働委員会は、①のうち令和3年12月26日以前の団体交渉に係る申立てについて申立期間を徒過した不適法なものとして却下するとともに、その余の申立てを棄却した。 |
| 命令主文 |
1 令和3年12月26日以前の団体交渉に係る申立てを却下する。
2 その余の申立てを棄却する。 |
| 判断の要旨 |
1 第10回までの団体交渉における資料の開示等の会社の対応は、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点1)
団体交渉の申入れや団体交渉は、その都度別個の行為であり、同様の行為が続いているからといって、全体を一つの「継続する行為」(労働組合法第27条第2項)とみることはできないため、本件申立てから1年以上前の令和3年12月26日以前となる、第1回から第6回までの団体交渉に係る申立ては、申立期間を徒過した不適法なものとして、却下せざるを得ない。
(1)会社の人事考課制度の説明について
会社は、組合の要求事項の前提となる、会社の人事考課制度についての共通理解を得るために、組合に対し、人事考課に当たっての会社内での統一的な基準となる、職能等級基準表、業績考課評定基準表及び要求水準行動例を提示した上で、団体交渉及び団体交渉の間の書面での回答において、人事考課要則、職能等級要則などの会社の人事考課制度に関する規程類を提示するとともに、これらの根拠に基づき、以下のように会社の人事考課制度について説明している。
会社は、会社の人事考課制度の理解につながる内容として、①人事考課制度が、業績考課と適性考課とに分かれていること、②業績考課の評定に当たっては、職能等級及び評定要素ごとに評定基準が定められており、六つの評定要素を評定基準に従って多面的に5段階で評定し、その点数に従ってSからEまでの査定符合が導かれるため、営業成績が評定要素となる「組織目標の達成度」だけで評定されるものではなく、組合員Aの営業成績が抜群であると組合が認識していたとしても、高い査定にならないこともあること、③他の五つの評定要素については、様々な業種ごとにいろいろな業務がある中で、定量的な数値基準の設定が困難であること、④業績考課における「組織目標の達成度」の評定要素は、職能等級と職務ランクの関係から点数の補正がなされること、⑤適性考課(昇進適性)の評定要素についても、一律の定量的な基準の提示は困難であり、各評定者の判断になること、⑥営業成績については、(適性考課ではなく)業績考課の「組織目標の達成度」で評価している(ため、営業成績が良くても適性考課(昇進適性)が高い査定になるとは限らない)ことなどを繰り返し説明している。これらの説明は、会社の人事考課制度の枠組みを明らかにするとともに、組合が問題としている評定の仕組みについて丁寧に説明している点で、組合の疑問に対して相応の説明を行っていると評価できる。
また、会社は、会社の人事考課制度の公平性・公正性を担保する仕組みとして、①評定者は、全社的に統一した基準に基づいて評定を行っていること、②評定に当たっては多段階評価を行い、評定者の主観によるバイアスを極力排除していること、③人事考課要則に規定する評定者の遵守事項の、評定者への周知を徹底していること、④会社の人事考課制度が性別によって恣意的に差別するような制度にはなっていないことなどを繰り返し説明している。これらの説明は、組合が問題としている評定の公平性・公正性について、評定者のバイアスがかからないような制度上の仕組みを整えて人事考課制度を運用していることを、根拠を示して説明するものであり、組合の疑問に対して相応の説明を行っていると評価できる。
以上より、会社は、会社の人事考課制度及びその内容の公平性・公正性の担保についての組合の理解を得るべく、組合の疑問にも対応する形で、相応の説明を行っていたとみるのが相当である。
(2)Aの人事考課について
ア 人事考課の概要の説明について
会社は、Aの業績考課及び適正考課について平成28年度から令和2年度分(適正考課については4年度分)までの概要を提示しており、これらの概要には、各評定要素について評定者が考慮した内容及び評定の理由が、評定の裏付けとなる具体的な事実とともに記載されていた。会社は、これら記載に基づき、業績考課及び適性考課(昇進適性)について、Aに対して各評定要素についてどのような評定を行ったのかを具体的に説明している。
これらの会社の対応は、単に制度の説明にとどまらず、Aの個別の評定の内容・理由についても具体的な根拠を示しながら説明を行っている点で、同人の評定の是正を求める組合の疑問に対して一定の応答を行っていると評価できる。
イ 管理2級への職能等級昇進についての説明
会社は、Aが管理2級への職能等級昇進を認められなかった理由について、「人事考課にもとづき、現在の等級に求められる能力を十分に発揮するとともに、一段上位の等級の格付基準を満たすと判断されたときに行う」との職能等級要則の規定を引用して職能等級昇進の基準を説明した上で、人事考課の評定を踏まえた結果、同人が上記の基準を満たしていないと判断されたことを説明し、組合の要求には応じられないことを繰り返し伝えている。
これらの会社の対応は、Aの昇進の可否についても、単なる拒否ではなく、制度上の基準と個別の評定の結果とを結び付けた具体的な説明を行っている点で、Aの昇進を求める組合の疑問に対して一定の応答を行っていると評価できる。
ウ 定量的な基準の有無の説明について
会社は、組合からの、Aの個別の人事考課に関連させた、評定の根拠となる定量的な物差し(基準)の有無についての質問に対しても、人事考課に関する評定基準の根拠資料を示しながら、これらに基づいて評定を行っている旨、業績考課における「組織目標の達成度」以外の評定要素及び適性考課(昇進適性)の評定要素については、定量的な基準を設けることは難しい旨を繰り返し説明し、その上で、評定に当たっては多段階評価を行い、評定者の主観によるバイアスを極力排除していることの説明を加えている。
これらの会社の対応は、評定に客観的な基準を求める組合の疑問に対して一定の応答を行っていると評価できる。
エ 営業成績と評定との関連性について
会社は、Aの個別の人事考課に関連させて、Aの営業成績の優秀さを強調する組合からの質問に対しても、業績考課の評定に当たっては、職能等級及び評定要素ごとに評定基準が定められており、六つの評定要素を評定基準に従って多面的に5段階で評定し、その点数に従って査定符合が導かれるため、営業成績が評定要素となる「組織目標の達成度」だけで評定されるものではなく、Aの営業成績が抜群であると組合が認識していたとしても、高い査定にならないこともあること、営業成績については、(適性考課ではなく)業績考課の「組織目標の達成度」で評価している(ため、適性考課(昇進適性)が高い査定になるとは限らない)ことなどを繰り返し説明するなどしている。
これらの会社の対応は、Aの営業成績についての評価の仕方を、個別の評定要素に紐づけて具体的に説明している点で、Aの営業成績と評価のかいりを問題視する組合の疑問に対して一定の応答を行っていると評価できる。
オ 以上のとおり、会社は、Aの個別の人事考課について、個別の評定の内容・理由を具体的に説明し、その上で、Aの昇進の可否や定量的な基準の設定、営業成績と評定との関連性について、組合の疑問に答える形で、会社の考え方について根拠を示しながら具体的に説明を行い、組合の理解を得る努力をしている。
したがって、会社は、Aの個別の人事考課についても相応の説明を行っているとみるのが相当である。
(3)資料開示について
組合は、会社が、以下のアからエまでに係る資料を開示しなかったことが、不誠実な団体交渉に当たる旨を主張する。
ア 業績考課票及び適性考課票の原本(原紙のコピー)について
会社は、会社の考えや運用方法として、被評定者への原本開示を前提としていないことやその理由(フィードバック面接での説明、公平・公正な制度運用への支障)を具体的に説明して組合の理解を得る努力をしている。そして、その上で、考課票の概要を提示し、これに基づいて個別の評定の内容を説明しているのであるから、原本の開示を拒否した点のみを捉えて会社の対応が不誠実であるとみるのは相当でない。
また、会社が、保存期間経過後の考課票原本を順次廃棄するとした点についても、会社は、会社の人事考課要則において考課票の保存期間が3年と規定されていることを説明する一方で、手動消去されずに残存していたAの過去の適性考課の概要については、組合に開示するなどの柔軟な姿勢もみせている。会社が、文書の保存期間の規定にのっとった対応を取ることは一定の合理性があるといえ、また既に組合に対して概要を示して説明を行っている考課関連データについて順次廃棄を行ったとしても必ずしも不自然な対応とはいえない。加えて会社は、回答書や団体交渉において、一定の譲歩の姿勢もみせている。
これらの会社の対応は、制度上及び実務上の制約を説明しつつ、これを踏まえて可能な範囲での情報提供と説明を行っている点で、交渉の実効性を確保するための対応を継続していたと評価できるものであり、不誠実とはいえない。
イ Aの育成計画について
会社は、組合からのAの育成計画の開示要求に対し、「本人等への開示を前提とした既存の資料はないため、内容を確認したい理由及び確認したい事項を教えてほしい」旨を一貫して伝えていたものの、組合は、人材育成と人事考課は一体のものと考えるためとするだけで、会社が求めた具体的な説明は行っていない。また、会社は、組合に対し、Aの育成計画の概要が記載された、適性考課(職務適性)の概要を提示し、AのOJTの内容についてはこれを参照されたい旨などを伝えている。
これらの会社の対応は、組合の要求趣旨の理解に努める姿勢をみせた上で、一定の資料を開示している点で、交渉の実効性を確保するための対応を継続していたと評価でき、不誠実とはいえない。
ウ 査定評価分布等の資料(①C1セールスセンターとC2営業所の事務系従業員の査定評価分布(平成28年度から令和3年度分まで、男女別・職能等級別)、②H県内の全セールスセンターの事務系従業員の査定評価分布(平成28年度から令和3年度分まで、男女別・資格等級別)、③Aと同期・同学歴入社者の職能等級・クラス別の推移(平成27年度から令和2年度分まで、同期同学歴者は番号によって表示し、男女別として各人の年度ごとの動きが分かるもの))について
上記①及び②について、会社は、組合の要求に応じて既に一定の資料を提出しており、これらの資料においては男女間格差が認められるような分布にはなっていない中で、組合は、追加資料の必要性を十分に説明しないまま、当初の資料提示から2年以上経過した後に資料の追加要求を行っているのであるから、このような状況において会社が開示に応じなかったことには一定の合理性が認められ、こうした会社の対応が不誠実とはいえない。
また、上記③について、会社は、組合の要求に対して段階的かつ柔軟に資料を開示し、当初の提示後も追加要求に応じて修正・補足を行っており、開示できないとした部分についても、個人(の査定符号)の特定という明確な理由を説明していることからすれば、会社が、組合が求める形での資料の開示に応じなかったとしても、こうした会社の対応が不誠実とはいえない。
エ 公平・公正な評価を担保する根拠資料及び査定符号の判断根拠資料について
会社は、会社の人事考課制度の公平性・公正性を担保する内容として、評定者は、全社的に統一した基準に基づいて評定を行っていること、評定に当たっては多段階評価を行い、評定者の主観によるバイアスを極力排除していること、人事考課要則に規定する評定者の遵守事項の、評定者の周知を徹底していることなどを繰り返し説明している。その上で、業績考課の評定に際しては、「組織目標の達成度」以外の五つの評定要素は、定量的な数値基準の設定が困難であること、適性考課(昇進適性)の評定に際しても、一律の定量的な基準の提示は困難であり、各評定者の判断になることを繰り返し説明している。
これらの会社の対応は、評定の根拠資料(社内基準)や運用における遵守事項を明らかにした上で、定量的な基準設定の困難さを説明している点で、評定に客観的な基準を求める組合の疑問に対して一定の応答を行っていると評価できるものであり、会社が、組合の求める形での資料の開示に応じなかったとしても、不誠実とはいえない。
(4)団体交渉の引き延ばしについて
ア 本件の審理対象以前の団体交渉の経過
会社は、本件の審理対象となる第7回以降の団体交渉に至るまで、組合との間で、約2年の間に6回の団体交渉を行っており、各回の交渉時間は約二、三時間に及んでおり、これらの継続的な交渉経過からは、会社の交渉を引き延ばす意図は認め難い。
イ 第7回以降の団体交渉の経過について
第7回以降の団体交渉について、組合の当初の要求どおりの日程では団体交渉が開催されてはいないものの、会社は、出席予定者の都合や会議室の確保、年度末の繁忙など、具体的かつ業務上の事情に基づく理由を挙げて日程再調整を行っており、このような事情は、会社が一方的に交渉を拒否するのではなく、現実的な制約の中で交渉の実施に向けた調整を行っていたことを示すものとみるのが相当である。また、その結果、組合の希望日程から約1か月の期間内に、再調整後の団体交渉が開催されていることが認められ、全体としてみた場合にも、約7か月の期間に4回の団体交渉が、各回約2時間にわたって行われていることからすれば、会社の対応が団体交渉の引き延ばしを意図したものではあったと認めることはできない。
したがって、こうした会社の対応が不誠実とはいえない。
(5)結論
会社は、会社の人事考課制度及びその公平性・公正性の担保について、組合の理解を得るべく相応の説明を行っており、また、Aの個別の人事考課についても、評定の内容や理由を具体的に説明し、同人の昇進の可否や定量的な基準の設定、営業成績と評定との関連性についても、組合の疑問に答える形で具体的な説明を行っている。
また、組合からの資料開示要求に対しては、会社として対応可能な範囲で相当程度の資料を提供しており、組合の追加要求に対しては組合に要求の趣旨を確認した上で資料の追加等の対応をしており、開示できない部分については、開示できない明確な理由を説明するなど相応の対応をしている。
さらに、会社の対応が、団体交渉の引き延ばしを意図したものであったとはいえない。
以上のとおりであるから、第10回団体交渉までの団体交渉における資料の開示等の会社の対応は、不誠実な団体交渉に当たらない。
2 令和4年8月2日の第10回団体交渉の後、会社が、平成28年度から令和4年度までの間のAの格付及び賃金の是正を議題とする団体交渉に応じなかったことは、正当な理由のない団体交渉拒否に当たるか否か(争点2)
会社は、組合が要求する、Aの昇進や定量的な物差し(基準)の提示などには応じていないものの、会社の人事考課制度やAの個別の評定について、会社としての主張や説明を尽くしており、交渉の実効性を確保するための相当程度の資料の開示を行っている。これに対して組合は、会社の説明に対する具体的な反論や新たな提案を示すことなく、評価制度の透明性やAの評価の妥当性に関する問題提起を繰り返し行い、その都度、内容に若干の差異はあるものの、趣旨としては同様の資料開示や説明を求め続けていた。
そうすると、会社は、会社としての主張や説明を尽くしている一方、組合は、同じ問題提起を繰り返し、同様の資料開示や説明を求め続けた結果、双方の主張は平行線となり、組合の要求事項について、交渉の実質的な進展が見込めない行き詰まりの状況にあったとみるのが相当である。
したがって、このような状況において、Aの昇進要求に応じることができないことを一貫して伝えている会社としては、第10回団体交渉を終えた時点で、組合の要求事項についてこれ以上団体交渉を重ねても何ら進展は見込めない段階に至っていると判断し、以降の組合との団体交渉においても、組合との間で実質的・建設的な交渉を行うことは期待できないと考え、団体交渉を行わないと判断したのもやむを得ないものといわざるを得ない。
以上のとおり、第10回団体交渉終了時点において、組合の要求事項について、組合と会社の双方の主張は平行線に至っており、交渉が進展する見込みのない行き詰まりの状態に達していたのであるから、会社が団体交渉に応じなかったことに正当な理由がないとはいえず、令和4年8月2日の第10回団体交渉の後、会社が、平成28年度から令和4年度までの間のAの格付及び賃金の是正を議題とする団体交渉に応じなかったことは、正当な理由のない団体交渉拒否には当たらない。 |