労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  岡山県労委令和5年(不)第1号
三石深井不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和7年8月18日 
命令区分  棄却 
重要度   
事件概要   本件は、会社が、組合の申し入れた令和4年冬季一時金並びに基本給引上げ及び各種手当の増額を要求した令和5年春闘要求を交渉事項とする計6回の団体交渉(以下「本件団体交渉」)において、①計算書類を開示しなかったこと、②三六協定締結を一時金支給の条件とする旨の回答を行ったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 岡山県労働委員会は、申立てを棄却した。 
命令主文   本件申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 会社が、令和4年冬季一時金、令和5年春闘要求等に関する第22回から第27回までの計6回の団体交渉において、組合に対する回答に関し、組合が要求する計算書類((貸借対照表、損益計算書、一般販売管理費明細書及び製造原価明細書))を開示しないまま行った説明は、労働組合法第7条第2号に規定する不誠実な団体交渉に該当するか(争点1)

(1)団体交渉における誠実交渉義務

 使用者には労働者の代表者と誠実に交渉に当たる義務(誠実交渉義務)があるが、当該義務は、交渉相手である組合の交渉過程での要求内容や態度の変化によって影響を受ける相対的・流動的義務であるから、使用者が誠実に団体交渉に当たったかどうかについては、「①他方当事者である組合の㋐合意を求める努力の有無・程度、㋑要求の具体性や追求の程度」、「②これに応じた使用者側の㋒回答又は反論の提示の有無・程度、㋓その回答又は反論の具体的根拠についての説明の有無・程度、㋔必要な資料の提示の有無・程度」等を総合的に考慮して、使用者において組合との合意達成の可能性を模索したといえるかどうかにより判断すべき。

(2)「組合の合意を求める努力の有無・程度」((1)①㋐)

ア 組合は、本件団体交渉以前から、会社代表者に対して、「おどれ経営者でもなんでもねえ、こら。社長でもなんでもねえ。」、「ほんまつめさすで指ほんま」などの言動を繰り返してきたが、このような言動が交渉態度として不適切であることは論を侯たない。
 そして、組合は、本件団体交渉においても、会社代表者に対し、「それでよく経営者って名乗れるなっていうのが。」、「まあ社長こんなくだらんことで会社潰すんやから、あんたの経営者としての器こんなもんってことや。」などと、また、会社代理人弁護士に対し、少なくとも「ヒルみてえなやつやな。」、「喋っとるから黙っとけばえんじゃ。鬱陶しいな。」などの発言を繰り返した。

イ 本件団体交渉期間を含む令和4年10月から令和5年3月までの間、組合は、会社敷地の出入り口付近へ組合旗を合計14本設置したが、組合はこれを正当な争議行為と主張している。
 しかし、令和5年3月17日、岡山地方裁判所は、本件組合旗の設置は会社の施設を使用して行われる正当なものとして保護される争議行為に該当しないなどと判断して、組合旗の撤去を命じており、その後、組合旗の設置に関し、組合及び組合員が連帯して180万円の損害賠償責任を負う旨の判決もなされている。
 これらから、上記の組合の主張には理由がない。

ウ 会社は、令和5年2月27日付け組合あて回答書において、「このまま三六協定が締結できず、業績が回復しない場合には、会社解散も含めた今後の展開を検討しなければならない場合がある」などと言及しているが、これはあくまで会社の経営状況を踏まえた一般的な可能性に言及するに過ぎないといえる。
 しかし、これに対して、組合代表者は、同年3月2日の第25回団体交渉において、「一応まあ社長こういうの具体的に検討されることなんで、まあ組合からちょっとお手伝いして、それちょっと加速させてもええかなって思ってるんで」などと発言しているが、これらの発言は、組合が、労働組合結成の基盤ともいうべき会社の解散に向けて自ら行動する意思を表明するものであり、労働組合結成の目的を逸脱する言動といわざるをえないものであって、交渉態度として不適切というほかない。

エ 以上の本件団体交渉期間中の組合側の言動は、労働組合法第2条に定める「労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ること」との労働組合の主たる組織目的を逸脱するものであり、団体交渉事項に係る会社との合意を目指す対応として、社会通念上相当と認められる限度を逸脱し、会社との合意達成を阻害するものというべきで、組合における会社との合意を求める努力の程度が十分であったとは到底認めがたい。

(3)「組合の要求の具体性や追及の程度」((1)①㋑)

 組合は、計算書類自体の開示に固執していたものの、当該開示を必要とする理由については、本件団体交渉において何ら具体的かつ説得力ある説明がなされておらず、また、役員報酬額を除き、計算書類中のいかなる項目について開示を必要とするのかにつき、具体的に特定した上で開示を要求していたとはいえない。
 そして、本件団体交渉において、従業員の人件費、役員報酬額、弁護士費用の額を確認させるために計算書類自体の開示が必要であったとはいえない。また、従業員の人件費については本件団体交渉に際して事実上説明がなされ、役員報酬額及び弁護士費用の額については、そもそも開示が必要であったとはいえない。そして、弁護士費用以外に無駄遣いの存在が組合から具体的に指摘されていたともいえない。
 したがって、本件団体交渉において、組合から会社に対し、計算書類自体の開示の必要性があると認められる程度に具体的な要求がなされていたとは認められない。

(4)「会社側の回答又は反論の提示の有無・程度」、「その具体的根拠及び説明の有無・程度」、「必要な資料の提示の有無・程度」((1)②㋒㋓㋔)

 会社は、組合からの団体交渉の申入れに対し、おおむね1か月程度以内の期日に団体交渉に応じており、また、売上及び利益(損失)等の数値については、団体交渉に際して組合に閲覧させ、又は、随時、文書により開示ないし説明していた。
 また、会社は、本件団体交渉の経過を踏まえて、組合に対し、三六協定の締結を条件とする支給額の増額も含め、低額ではあっても一時金の支給をする旨の提案を行い、また、組合からの要求に応じて退職金積立額について全従業員に対する個別の通知を行うなどの対応をしており、これらは組合との合意達成の可能性を模索するための対応であったと評価できる。
 したがって、会社は、計算書類自体の開示には応じなかったものの、組合に対して、随時、売上や損失などの数値の開示ないし説明、冬季一時金の引上げの提案、退職金積立額の通知等、組合からの要求に応じて、合意達成の可能性を模索するための対応を継続的に行っていたと評価できる。

(5)総合評価

ア 一般的に、会社は、団体交渉に際し、会社の財務状況が争点となっている場合において、組合から具体的な要求があったときには、組合に対して、会社の財務状況を把握できる資料を提示したり、それに代わる方法によって説明する義務を負うというべきであるが、常に計算書類そのものを開示すべき義務を負っているとはいえない。

イ 会社と組合との労使関係は、継続的に激しく対立している状況であったが、その原因は、主として組合による社会的に相当と認められる限度を逸脱する言動にあったというべき。

ウ そのような状況下においても、会社は、計算書類自体の開示には応じなかったものの、組合との合意達成の可能性を模索するための対応を継続的に行っていたと評価できる。
 これに対し、本件団体交渉において、組合から会社に対し、計算書類自体の開示の必要性があると認められる程度に具体的な要求がなされていたとは認められない。

エ 更に、組合から会社に対しては、本件団体交渉以前より、社会的相当性を逸脱する不適切な言動が継続的になされており、本件団体交渉は、労使関係が激しく対立している状況下に開催されたが、そのような状況下において、組合が会社に対し、役員報酬額の開示を求めたり、会社が依頼した弁護士の費用等は無駄遣いであるなどと執勤に難詰したりしていたことは、実際に組合がそのような意図を持っていたかどうかは別にしても、組合の要求が、会社の経営管理事項に対して不当に介入する意思を持った要求、あるいは会社を攻撃ないし困惑させ、ひいては会社の存続を妨害することを目的とした要求であると会社が認識したとしてもやむをえないものというべき。
 そうすると、特に労使間の激しい対立状況を前提とした場合においては、開示の必要性に関する具体的かつ説得力ある説明を欠いた組合からの計算書類自体の開示要求に対し、これに応ずべき義務が会社にあったと評価することには躊躇を覚えざるをえない。
 そして、上記(3)における検討からすれば、結局、本件団体交渉において当該開示をすべき具体的必要性があったとは認められない。

オ 以上の事情を総合的に考慮すると、本件団体交渉において、会社は計算書類自体の開示には応じていないとしても、随時、資料の提示や経営状況の説明などの対応を行っており、かかる対応は不誠実とまではいえない。
 したがって、本件団体交渉に際しての会社の対応は、誠実交渉義務に反するものであったとまでは認められず、労働組合法第7条第2号の不当労働行為には該当しない。

2 会社が、令和4年冬季一時金、令和5年春闘要求等に関する第24回から第27回までの団体交渉において、三六協定の締結を条件とする旨の回答を行ったことは、労働組合法第7条第2号に規定する不誠実な団体交渉に該当するか(争点2)

(1)団体交渉は、労使当事者が双方の主張を提示し、相互に検討、議論して合意達成の可能性を模索するものであり、使用者が自らの主張を提示することは、誠実な交渉態度の一内容として当然想定されている。また、団体交渉の経過は流動的なものであるから、交渉の展開に応じて、労使双方とも自らの主張の変更、対案など新たな主張の追加、あるいは従前の主張の撤回も想定されている。
 したがって、使用者が、組合の要求等を踏まえながら、合意達成の可能性を模索するための行為の一環として、①組合の主張に対する反論として自らの主張を行ったり、②組合の主張を踏まえた対案を示したりすることは、(使用者が組合との合意達成を阻害するためにあえて新たな提案を持ち出すなど)当該主張ないし対案の提示自体が不誠実であると評価すべき特段の事情がない限り、交渉における対応として当然に予定されているというべき。

(2)本件において、会社と組合との三六協定は、令和3年11月30日、組合により一方的に破棄され、それ以降、本件団体交渉時までに三六協定は締結されていない状況であった。
 そして、①本件団体交渉時、会社では平成23年以来11期ぶりの赤字が見込まれる状況となっていたとされ、また、②組合代表者も、会社の受注業務において、受注から納期まで1年以上を要するのは通常のことと認めていることからすれば、会社が、業績回復のために顧客の要望に安定的、持続的に応えることが可能となる内容の三六協定の締結が必要であると考え、有効期間を1年とする三六協定の締結に組合が応じることを条件として、冬季一時金を一律基本給の1.0か月へ増額する旨の回答を行ったことは、合意達成の可能性を模索するための対応として不合理とはいえない。
 これに対して、組合は、「三六協定の締結ありきの提案であり、また、三六協定を条件とする一時金支給の提案は時間外労働に三六協定を必要とする法の趣旨を無視した不当なものである」などと主張している。
 しかし、経緯をみるに、①会社は、令和4年冬季一時金について、当初は三六協定の締結を条件とせずに一律基本給の0.5か月分の支給を提案していたものの、③令和4年12月8日の第22回団体交渉及び令和5年1月10日の第23回団体交渉においても妥結に至らなかったことから、⑤会社が、交渉状況を踏まえた新たな提案として、同年1月31日付け回答書にて「顧客の要望に安定的、持続的に応えることが可能となる内容(有効期間を1年とするなど)」の三六協定の締結を条件として一時金の増額(一律基本給の1.0か月分とする旨)を提案するに至っている。
 したがって、当該提案は、むしろ合意達成の可能性を模索するために行われた合理的なものとみるべきであって、会社が三六協定ありきの提案を行っていた、あるいは、組合との合意達成を阻害するためにあえて三六協定の締結を条件とする一時金支給の提案が持ち出されたとは認められず、また、会社の提案が時間外労働に三六協定を必要としている法の趣旨を没却する提案であるともいえない。
 更に、組合は、「労務管理ができていない状態での三六協定の締結は困難であり、そのような状況下において三六協定の締結を条件とする一時金支給の提案に固執したことは不誠実である」とも主張する。
 しかし、仮に、本件団体交渉当時、会社において適切な残業時間管理のための労務管理ができていない状態であったとする組合の主張が事実であるとしても、適切な労務管理のための制度設計については、別途、団体交渉やその他の機会を通じて協議、解決することが可能であって、会社が適切な残業時間管理の体制に関する協議を一切拒否しているといった特段の事情がない限り、三六協定の締結を条件とする一時金支給の提案が不誠実であると評価されるものではない。
 そして、本件において、会社は、組合からの時間外労働に係る適切な管理体制についての要望に対して、「原則として従業員から残業申請してもらい、各課の長や工場長代理等が事前承認することを検討している」旨を組合に対して説明した上、組合からの提案にも耳を傾ける姿勢を示していたことがうかがわれ、時間外労働及び休日労働(残業)に関する適切な労務管理のための制度設計について、団体交渉やその他の機会における協議を拒否していたとはいえない。
 したがって、いずれにしても、本件団体交渉において会社が三六協定の締結を条件とする一時金支給の提案を行ったこと自体が不誠実な対応であったとはいえない。

(3)以上のとおり、会社からの三六協定の締結を条件とする一時金の増額提案は、会社の経営実態に照らし合理的な提案であるといえ、合意達成の可能性を模索するための対応として不合理とはいえないし、三六協定の締結ありきの提案であるとも、また、法の趣旨を無視した不当なものであるともいえない。
 したがって、当該提案は、誠実交渉義務に違反しているとはいえず、労働組合法第7条第2号の不当労働行為には該当しない。 

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