労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  埼玉県労委令和6年(不)第1号
コープみらい不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y協同組合(法人) 
命令年月日  令和7年8月21日 
命令区分  棄却 
重要度   
事件概要   本件は、(組合員Aが在職中に発生したと主張する負傷に係る損害について、令和2年9月9日及び5年12月14日に組合と法人との間で団体交渉が行われた後)組合が、令和5年12月24日及び6年1月19日に、Aの長年の功労に対する感謝の意の表明や、同人の失われた人生と名誉の対価としての金銭支払の要望などを議題する団体交渉を申し入れたところ(以下「本件申入れ」)、法人が応じなかったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 埼玉県労働委員会は、申立てを棄却した。 
命令主文   本件申立てを棄却する。  
判断の要旨  1 組合員Aは、労働組合法第7条第2号の「使用者が雇用する労働者」に当たるか(争点1)

(1)組合員Aは、平成26年2月28日に法人を退職し、約2年後の平成28年3月19日に組合に加入した。組合は、法人に対し、Aの組合加入を通知しないまま、Aの退職から約6年半、組合加入から約4年半経過した令和2年7月10日に初めて団体交渉を申し入れた。これは、同年5月4日に別件民事訴訟〔注Aが、法人の安全配慮義務違反による転倒ないし過重労働で平成22年5月5日に脳脊髄液減少症を発症したとして、債務不履行責任に基づき、提起した損害賠償請求訴訟〕を提起した約2か月後であった。
 法人はこれに応じ、令和2年9月9日に1回目の団体交渉が行われた。さらに、法人は、令和5年12月14日に2回目の団体交渉に応じた。2回目の団体交渉は、別件民事訴訟において、令和5年2月17日にさいたま地方裁判所でAの請求が棄却され、同年11月28日に東京高等裁判所でAの控訴が棄却された後に行われた。
 本件申入れは、Aの退職から約10年経過した令和5年12月24日及び令和6年1月19日になされた。
 このように、退職から長期間経過した後の団体交渉申入れであることから、雇用関係終了後の団体交渉応諾義務が認められるか、Aが労働組合法第7条第2号の「使用者が雇用する労働者」に当たるかが問題となる。

(2)労働組合法第7条第2号にいう「使用者が雇用する労働者」とは、原則的には、現に当該使用者が「雇用」している労働者を前提にしていると解される。もっとも、労働条件等を巡る問題は様々であり、雇用関係の前後にわたって生起する場合もある。そのような場合は、当該労働者を「使用者が雇用する労働者」と認めて、団体交渉応諾義務を是認することが、労働組合法の趣旨に沿う場合がある。
 そこで、元従業員たるAを「使用者が雇用する労働者」と認め、使用者に団体交渉応諾義務を負わせる要件としては、①当該紛争が雇用関係と密接に関連して発生し、②使用者において、当該紛争を処理することが可能かつ適当であること、③団体交渉申入れが、雇用関係終了後、社会通念上合理的といえる期間内にされたことを挙げることができる。

(3)本件申入れは、上記要件を満たし、Aは、労働組合法第7条第2号の「使用者が雇用する労働者」に当たるか。

ア 要件①(当該紛争が雇用関係と密接に関連して発生したこと)について

 組合が、本件申入れで、「解決金として失われた人生と名誉の対価として18,444,288円の支払いを要望」していることなどからすれば、要件①の「当該紛争」とは、別件民事訴訟においてAが請求している損害賠償に関するものと認められる。
 思うに、業務中の事故により発症した傷病についての使用者への損害賠償請求であれば、従来の雇用関係と密接に関連して発生した紛争といえなくもないが、組合の要求の前提となる事実が、〔労災補償や民事訴訟において〕客観的に何も認められていない状況の中で、当該紛争が従来の雇用関係と密接に関連して発生したとはいえない。

イ 要件②(使用者において、当該紛争を処理することが可能かつ適当であること)について

 上記要件②の「当該紛争」とは、上記要件①の雇用関係と密接に関連して発生した「当該紛争」を前提としていると解されるから、上記要件①が認められない本件では、上記要件②の「使用者において、当該紛争を処理することが可能かつ適当である」とはいえない。

ウ 要件③(団体交渉申入れが、雇用関係終了後、社会通念上合理的といえる期間内にされたこと)について

 本件救済申立てで争われているのは、令和5年12月24日及び令和6年1月19日の本件申入れに法人が応じなかったことであるが、組合の、令和2年7月10日付け「団体交渉の申し入れ」における交渉事項は、「在職中に発生した負傷により失った利益18,444,288円を要求する」などというもので、上記要件①の「当該紛争」と同一である。
 そこで、初めての団体交渉申入れが、雇用関係終了後、社会通念上合理的といえる期間内にされたと認められるか検討する。
 組合は、団体交渉申入れが令和2年になったことについて、①Aが「脳脊髄液減少症」と診断されたのが平成26年12月であったこと、②Aと組合は、労災の手続に注力し、労災や審査請求、再審査請求、行政訴訟を追行していたため、生協の安全配慮義務違反を問う団体交渉を行う暇がなかったことを理由に挙げて、やむを得なかった旨主張しているが、①については、相当長期の潜伏期間のあるアスベストによる損害の事案とは異なり、Aは、診断名はともかく、平成28年の組合加入時に団体交渉を申し入れることは可能であったと考えられること、②については、組合の極めて主観的事情に過ぎないことから、認められない。
 したがって、組合が初めて団体交渉申入れをした時期が、Aの主張する事故ないし発症の日から10年以上、Aの退職から約6年半、Aの組合加入から約4年半経過した令和2年7月10日になったことについて、やむを得ない事情があったとはいえず、雇用関係終了後、社会通念上合理的といえる期間内にされたとは認められない。
 とすれば、その後になされた本件申入れもまた、紛争を同一にするものである以上、上記要件③の「雇用関係終了後、社会通念上合理的といえる期間内にされた」とはいえない。

エ 以上から、上記要件①、②、③はいずれも認められず、Aは、労働組合法第7条第2号の「使用者が雇用する労働者」に当たらない。
 組合は、A以外に法人の雇用する労働者を組織していないのであるから、組合は法人の「雇用する労働者の代表者」であるとはいえない。

(4)上記のとおり、Aは、労働組合法第7条第2号の「使用者が雇用する労働者」に当たらないが、組合は、「本件申入れの議題は義務的団体交渉事項であり、法人が本件申入れに応じなかったことに正当な理由はない」と主張するため、念のため、争点2で検討する。

2 本件申入れに法人が応じなかったことは、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当するか(争点2)

(1)本件申入れに対して、法人は、「組合が判決に対する批判に終始しており、議論できるものではありません」として、応じていない。そこで、本件申入れに法人が応じなかったことは、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当するか、正当な理由の有無が問題となる。

(2)まず、別件民事訴訟は、本件申入れ時には、最高裁に係属中であったところ、裁判例や労働委員会命令は一般に、「当事者の交渉により将来の関係も視野に入れて紛争の解決を目指す団体交渉は、権利義務関係を確定する訴訟とは機能や目的が異なることなどから、団体交渉事項につき別訴が係属中であることは拒否の正当理由にはならない」としている。
 本件においては、法人の従業員で組合員である者は存在せず、将来の関係も視野に入れて紛争の解決を目指すものとはいえないものの、単に別件民事訴訟が係属中であることのみをもって、団体交渉応諾義務を免れるものではないといえる。

(3)組合は、本件申入れにおいて、①Aの長年の功労に対して感謝の意を表すること、②解決金として失われた人生と名誉の対価として1844万4288円の支払い、③「S団地」の配達状況について、若干の質疑、④前回交渉の中で、労働災害通勤災害安全衛生職場会議報告書の件が質されたおり、法人の労務政策企画室室長が答えた「診断書の提出」に関する発言の真意と経緯、⑤一人作業における災害時の現地調査について等、事故後における法人の対応を議題としている。
 そこで、以下、これら各議題について団体交渉拒否の正当な理由があるといえるか検討する。

ア 上記議題①「Aの功労に対する感謝の意」について
 功労に対して感謝の意を表するか否かは、使用者の任意であって、そもそも労働者の労働条件その他の待遇に関する事項ではなく、義務的団体交渉事項ではない。

イ 上記議題②「解決金として1844万4288円の支払い」について
 この議題において、組合は、別件民事訴訟でAが法人に対して請求した損害賠償額から弁護士費用相当損害を差し引いた額を解決金として要求している。そして、「①団体交渉は紛争の解決という将来のためのものであり、裁判と並行して行われることに独自の意義があること、また、②別件民事訴訟での要求金額にこだわっておらず、別件民事訴訟は、本件申入れ時点で確定していないことから、同一の請求を団体交渉議題に挙げることは問題ない」と主張する。
 しかし、本件申入れ時点で、法人と労働契約関係のある組合員は存在せず、団体交渉が裁判と並行して行われることに将来にわたる労働関係を形成するなどの独自の意義は認められない。また、金額にこだわらない旨付言したとしても、組合は、Aの主張する事故を前提として法人に対し別件民事訴訟と実質的に同一の請求をしている。
 この点、高裁判決後の令和5年12月14日の2回目の団体交渉において、①組合は「司法には限界があり判決には誤りがある、それを乗り越えて一致点を作り出すのが団体交渉である」などと主張し、これに対し、②法人は「Aの主張する事故の事実を認定しなかった高裁判決を前提にするしかない」などと繰り返し説明した。これらからすれば、Aの主張する事故の有無について、組合と法人との間ではその認識に大きく隔たりがあり、本件議題について、これ以上交渉を重ねても労使いずれかの譲歩によって交渉が進展する余地はなかったとみるのが相当である。
 したがって、別件民事訴訟判決は、本件申入れ時点で確定していなかったとしても、組合と法人との間において、Aの主張する事故を前提とする本件議題に関する交渉は、既に平行線になっていたといえる。

ウ 上記議題③「S団地の配達状況についての若干の質疑」について
 組合は、「別件民事訴訟の事実認定と重なるものもあるが、Aの功労の確認及び現在の配達作業の安全確保を求める観点からの質問事項である」と主張する。
 しかし、①Aの功労の確認は、団体交渉事項になりえず、また、本件申入れ時点から現在に至るまで法人と労働契約関係のある組合員はいないことから、組合の構成員たる労働者の労働条件その他の待遇に関する事項に該当しない。

エ 上記議題④「労働災害通勤災害安全衛生職場会議報告書提出に関する(法人の労務政策企画室室長の)発言の真意と経緯」について
 組合は、「当該報告書の提出年月日が、Aの主張する事故発生から10日以上経過した平成22年5月18日付けとなった経緯を把握しておらず、労働災害に関する事項であることから質問した」などとする。
 しかし、同報告書の提出年月日如何によって、労働災害の成否が左右されるものとは考えにくい。また、本件事項は、本件申入れの約13年半前の話であり、当時の経緯を正確に確認することは困難である。そのため、団体交渉を行ったとしても、当時の事情について労使の共通認識が図られるなど交渉が進展する余地はなかったと考えられる。

オ 上記議題⑤「現地調査について等事故後の法人の対応」について
 組合は、「事故後の法人の対応については、別件民事訴訟で何ら判断されておらず、労働災害に関する事項であること、また、現在の配達作業の安全確保を求める観点を含んだ質問事項であることから、この議題は義務的団体交渉事項である」などと主張する。
 しかし、別件民事訴訟において判断されていないからといって、直ちに義務的団体交渉事項となるものではない。また、本件申入れ時点から現在に至るまで、法人と労働契約関係にある組合員はおらず、現在の配達作業の安全確保は、組合の構成員たる労働者の労働条件その他の待遇に関する事項に該当しない。

カ 以上のとおり、本件申入れの全議題について団体交渉拒否の正当な理由があるといえる。

(5)争点1で判断したとおり、Aは、法人が「雇用する労働者」に当たらず、また、上記で判断したとおり、本件申入れの全議題について、法人の団体交渉拒否の正当な理由が認められる。
 したがって、法人が本件申入れに応じなかったことは労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当しない。

3 法人が本件申入れに応じなかったことは、労働組合法第7条第3号の不当労働行為に該当するか(争点3)

 前記判断のとおり、法人が組合からの本件申入れに応じなかったことは、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当しないから、団体交渉を拒否したことをもって、(組合が主張するような)組合の活動が無力であると思わせるものとはいえず、支配介入に当たらない。
 したがって、法人が本件申入れに応じなかったことは、労働組合法第7条第3号の不当労働行為に該当しない。 

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