労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  兵庫県労委令和5年(不)第7号
不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y学校法人(法人) 
命令年月日  令和7年8月7日 
命令区分  全部救済 
重要度   
事件概要   本件は、令和5年10月13日から7年2月6日までにかけて行われた計6回の団体交渉(以下「本件団体交渉」)において、理事長や運営する高校の校長を出席させず、また、組合が要求していた資料の提供及びそれに基づく説明をしなかった法人の対応が不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 兵庫県労働委員会は、①高校の教員に係る昇給幅の拡大に関し、財務資料の提供及びそれに基づく説明をしなかったこと、②専門学校の運営が高校の教員の労働条件に及ぼす影響に関し、必要な資料の提供及びそれに基づく説明をしなかったことについて、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、(ⅰ)「教員の昇給幅を4号給から6号給に引き上げること」に係る団体交渉において、財務資料を提供し、それに基づく説明をして誠実に応じなければならないこと、(ⅱ)「専門学校の運営が高校の教員の労働条件に及ぼす影響」に係る団体交渉において、必要な資料を提供し、それに基づく説明をして誠実に応じなければならないことを命じた。 
命令主文  1 法人は、「教員の昇給幅を4号給から6号給に引き上げること」に係る団体交渉において、財務資料(少なくとも資金収支計算書、事業活動収支計算書、貸借対照表、借入金明細書、財産目録)を提供し、それに基づく説明をして誠実に応じなければならない。

2 法人は、「専門学校の運営が高校の教員の労働条件に及ぼす影響」に係る団体交渉において、必要な資料を提供し、それに基づく説明をして誠実に応じなければならない。 
判断の要旨  ○本件団体交渉における法人の対応は、不誠実な団体交渉に該当するか(争点)

1 判断の枠組み

 労働組合法第7条第2号の趣旨及び目的に照らせば、使用者は、単に労働組合の要求や主張を聞くだけでなく、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求及び主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示したりするなどの誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があり、使用者がこのような誠実交渉義務に違反した場合にも、同号が禁止する不当労働行為に該当するものと解すべきである。
 そこで、本件団体交渉における法人の対応、すなわち、①本件団体交渉に理事長B1及び校長B2が出席しなかったこと、②財務資料を提供せず、それに基づき説明しなかったことが、誠実交渉義務に違反するかについて以下検討する。

2 本件団体交渉の出席者について

(1)上記1で示した判断の枠組みは、団体交渉の出席者についても該当する。
 団体交渉においては、常にその場で結論を得られるとは限らず、場合によっては、交渉内容を精査するため、理事会や取締役会等で協議の上、後日、使用者としての結論を出すことも認められる。よって、団体交渉における使用者側の出席者とは、必ずしも使用者の代表者である必要はないが、労働組合の要求に対応して、使用者側の見解の根拠を具体的に示すなどする権限を有している必要があると解される。そして、交渉担当者が実質的な交渉権限を有していたか否かは、形式的な交渉権限の委任を受けていたか否かだけではなく、実際の団体交渉における具体的な言動を踏まえて、実質的な交渉権限を有する者としての対応を行ったか否かを事柄の実質に即して検討すべきである。
 組合は、「正当な理由なく使用者代表者が団体交渉への出席を拒否し労働組合との直接の対話をしないことは、誠実交渉義務違反となる」と主張するが、団体交渉における使用者側の出席者は必ずしも使用者の代表者である必要はないから、組合の主張には理由がない。

(2)令和3年4月14日に行われた当委員会におけるあっせん手続において、当委員会が、「使用者及び組合は、事前に団体交渉の議題、時間、場所及び出席者について調整の上、議題について交渉権限のある者が出席して交渉にあたるものとする」というあっせん案を提示した際に、組合及び法人は、「交渉権限ある者とは校長であること」を確認した上で、あっせん案を受諾したという経緯がある。このことからすれば、本件団体交渉には校長が出席すべきであり、合理的な理由なく欠席することは許されないが、校長B2は、団体交渉は欠席することが必要である趣旨の診断を受けており、本件団体交渉に出席しなかったことには合理的な理由が認められるというべきである。
 そして、理事長B1から委任を受けて本件団体交渉に出席した弁護士B3や校長代行B4は、組合からの質問や要望に対して、一定の理由とともに、法人の見解を説明しており、実質的な交渉権限を有する者として誠実な対応を行っていたと認められる。
 さらに、令和6年4月団体交渉以降は校長B2を別室に待機させ、必要に応じて、B2自身の回答を伝えることができる態勢を準備していたことをも考慮に入れれば、法人は、団体交渉における組合の要求に誠意をもって対応できる態勢をとっていたと認められる。

(3)以上からすると、本件団体交渉に理事長B1及び校長B2が出席しなかったことは、労働組合法第7条第2号に該当しない。

3 財務資料の提供及びそれに基づく説明について

(1)法人が、本件団体交渉を通じて、組合が要求する財務資料を組合に提供しなかったことについては、争いがない。
 組合と法人のやり取りを見ると、令和5年8月4日付けの団体交渉申入れにおいて組合が要求した、①教員の昇給幅の拡大、②財務資料の提供及び③専門学校に係る説明について、法人は本件団体交渉を通じて、①教員の昇給幅の拡大については、高校の生徒数が減少している等のためできない、②財務資料の提供については、情報公開規程にのっとって閲覧をした上で、個別に疑問に思う点を質問してほしい、③専門学校の運営状況を理由に高校の教員の待遇を下げることはない旨を回答しているので、以下検討する。

(2)情報公開規程による閲覧が可能であることを理由に、財務資料を提供しなかった法人の対応が誠実交渉義務を果たしたといえるか

ア 法人における財務情報の公開制度についてみるに、財務資料をその場で閲覧することはできるが、複写、撮影等はできない旨情報公開規程に定められており、組合員Aが令和6年3月12日に同規程に基づいて財務資料を閲覧した際にも、複写、録音やメモを取ることは禁止されていた。また、同規程において、公開対象となっている資料は、「財産目録」、「貸借対照表」、「資金収支計算書」、「事業報告書」及び「監査報告書」であり、組合の要求する「借入金明細書及びそれに付随する計算書」については当該公開規程では入手不可能である。
 これらから判断すると、情報公開規程による財務資料の閲覧制度は、団体交渉における必要な資料の提供とは明らかに異なるものであり、閲覧のみが可能で、複写、録音やメモが許されていないという条件下では、財務資料に記載された情報を分析して疑問点を団体交渉で質問することは極めて困難であったというべきであるから、同制度の存在をもって、財務資料の提供と同視することはできない。

イ 法人は、①具体的な科目を特定すれば開示を検討する旨組合に伝えている、②団体交渉において、組合が知りたい科目について複数回質問したことがあるが、組合からは具体的な回答は得られなかったと主張する。
 しかし、情報公開規程に基づく閲覧においては、複写、録音やメモを取ることが禁止されているところ、閲覧のみをもって、組合が知りたい事項を特定することは困難であったというべきであるから、法人の主張には理由がない。

ウ 以上からすると、情報公開規程による閲覧が可能であることを理由に、財務資料を提供しなかった法人の対応は誠実交渉義務を果たしていたとはいえない。

(3)教員の昇給幅の拡大に関し、法人が財務資料に基づく説明をしなかったことが誠実交渉義務違反に当たるか

ア 教員の昇給幅の拡大に係る組合と法人とのやり取りから、本件団体交渉において、法人は財務資料の提供について検討しながら、最終的には一切の財務資料を提供しなかったことが認められる。

イ 法人は、令和2年度から5年度までの事業活動収支に関する数字を記載した資料を用いて、一応の説明をしていると評価できる。
 それを受けて、組合は具体的な質問をして財務資料の提供を求めたところ、法人は、一旦は目的外使用しないことを約す趣旨の誓約書の作成を条件に、財務資料を開示すると回答した。これに対し、組合が目的外使用しないことを条件とする合意書案を提示したにもかかわらず、その後、法人は更に条件を加重した合意書案を提示し、最終的には組合がいかなる目的で開示を求めるかが不明だとして情報公開規程に基づく資料の閲覧のみを認めると回答した。
 このように法人が財務資料の提供についての方針を何度も翻したことは、労使の信頼関係を損なうもので不誠実な対応と言わざるを得ない。
 法人は、一旦法人として財務資料を組合に提供すると回答したのであるから、その後法人としての方針が変わり、資料を提供できなくなった場合には、その理由を組合が納得するように具体的に説明する必要があり、合意達成に向けて真摯に努力すべき義務があったというべきである。

ウ 法人は、「組合の要求事項が給与の昇給幅の拡大であり、学校法人においては生徒数等からどの程度の収入があり、また、教員数等からどの程度の支出があるのかはおおよそ推測可能なのであるから、団体交渉の場において、法人がおおよその数字を伝え、また、組合において情報公開規程にのっとって財務資料を閲覧する機会があった本件においては、労使の対立点を可能な限り解消する努力を行っていたものといえる」と主張する。
 しかし、情報公開規程による閲覧が可能であることをもって、法人が誠実交渉義務を果たしていたとはいえないから、法人の主張には理由がない。

エ 以上からすると、教員の昇給幅の拡大の要求に関連して、法人が財務資料の提供についての方針を何度も翻し、財務資料に基づく説明をしなかったことは、労働組合法第7条第2号に該当する。

(4)専門学校の運営について、法人が財務資料に基づく説明をしなかったことが誠実交渉義務違反に当たるか

ア 専門学校に係る組合と法人のやり取りから、組合が、専門学校が赤字になった場合に補填する目的で高校の教員の給与を下げられることを危惧し、保育に係る学校の経営状況が全県的に厳しい中で新たに専門学校を開設した経緯、中長期的な計画や専門学校に係る財務資料等を要求していたことが認められる。
 一方で、法人は、本件団体交渉において、専門学校に係る組合からの質問に口頭で回答していたものの、専門学校の赤字が高校の教員の給与の引下げにつながるのではないかという組合の危惧に対しては、具体的な資料を提供することなく、専門学校が赤字になっても高校の教員の給与に影響しない旨を繰り返し回答し、さらに、令和6年11月21日付け「ご連絡」において、専門学校の運営については、団体交渉で議論する事項ではない旨述べている。

イ この点、誠実な団体交渉が義務付けられる対象、すなわち、義務的団体交渉事項とは、団体交渉を申し入れた労働者の団体の構成員たる労働者の労働条件その他の待遇、当該団体と使用者との間の団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なものと解するのが相当である。したがって、専門学校の運営についても、その経営や管理に関する事項は、法人の専権に属し、原則として義務的団体交渉事項には該当しないが、専門学校の運営が高校の教員の労働条件その他の待遇に関係する限りで、義務的団体交渉事項になるというべきである。
 本件団体交渉の過程を見ると、組合は、専門学校の運営が高校の教員の労働条件に影響を及ぼすことを危惧して専門学校の運営についての説明を要求し、これに対し、法人は、法人の自己資金内で創立費として運用していること、専門学校の成果を理由に高校の教員の給与を減額しないことを説明している。しかし、専門学校の運営で赤字が続けば、同一法人内の高校の教員の労働条件に影響が出ることは十分に考えられるから、法人は、単に専門学校の成果を理由に高校の教員の給与を減額することはないと説明するだけでは足りず、専門学校の運営計画や生徒数推移表、創立費の運営状況等必要な資料を提示して、それに基づいて専門学校の運営が高校の教員の給与に影響しない根拠について具体的に説明する必要がある。
 したがって、法人は、専門学校の経営状況が法人及び高校に与える影響の有無について、必要な資料を提示して具体的に説明し、組合の上記危惧を解消しようと努める義務があったというべきである。

ウ 法人は、①専門学校について、情報公開規程に基づいての開示を行う旨組合に教示していたが対応がなかった、②専門学校の現状の入学者数、今後の目標や具体的な対応について文書で回答するとともに、学生募集のための方策等について、本件団体交渉において口頭で回答を行っていると主張する。
 しかし、①情報公開規程による閲覧が可能であることにより、法人が誠実交渉義務を果たしていたとはいえないこと及び②専門学校に係る説明要求に対する法人の対応は、誠実交渉義務を果たしていたとは言い難いことから、法人の主張には理由がない。

エ 以上からすると、専門学校に係る説明に関連して、法人が資料に基づく説明をしなかったことは、労働組合法第7条第2号に該当する。

(5)以上のとおり、法人が①昇給幅の拡大に関し、財務資料の提供及びそれに基づく説明をしなかったこと並びに②専門学校の運営が高校の教員の労働条件に及ぼす影響に関し、必要な資料の提供及びそれに基づく説明をしなかったことは、団体交渉に真摯に対応し合意達成の可能性を模索していたものとはいえず、労働組合法第7条第2号に該当する。 

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