労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  東京都労委令和5年(不)第1号
サイネオス・ヘルス・ジャパン不当労働行為審査事件 
申立人  Xユニオン(組合) 
被申立人  Y1会社・Y2会社 
命令年月日  令和7年6月17日 
命令区分  棄却 
重要度   
事件概要   本件は、①組合の団体交渉要求に対する(Y1会社に吸収合併される前の)Y0会社及び親会社であるY2会社の対応、②会議資料の開示を求めた組合員A1に対し、人事マネージャーB1がA1の組合活動に言及したメールを送信し、資料を開示しなかったこと、③計2回の団体交渉における組合員A2に関する会社の発言、④A2に対するけん責処分及び厳重注意、⑤A2の解雇が不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 東京都労働委員会は、申立てを棄却した。 
命令主文   本件申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 令和4年12月5日付回答書(以下「4.12.5回答書」)及び同年12月27日付通知書(以下「4.12.27通知書」)について

(1)組合は、Y0会社及びY2会社(Y2会社はY0会社の本社機能を有し、両社は一体となって組合との団体交渉等に対応。以下、特に明確に区分できる場合のほかは、便宜上両社を併せて「会社」と表記)が4.12.5回答書及び4.12.27通知書により、団体交渉の議題を制限しており、このことは事実上の団体交渉拒否であり、正当な理由のない団体交渉拒否に当たる旨を主張するので、以下検討する。

(2)本件において、労使間で複数回の団体交渉が開催され、会社は、組合の要求を受け入れて措置を講じたり、将来に向けた提案をしたり、文書回答も含め組合の質問に応答したりしているが、議論が深化したり、労使間における問題が収束した事実は見当たらないばかりか、組合の要求事項が団体交渉を重ねるごとに益々拡大ないし拡散している。組合は、「会社の説明が虚偽であったり、矛盾点が多いことが、団体交渉が進展しない要因である」と主張しているとみられるが、会社が、団体交渉において、相応の説明や提案等を行ってきたのに対し、組合は、会社には質問への回答や資料の提供を求める一方で、要求の趣旨に関する会社からの質問には回答しないなどといった対応に終始しており、このような組合の姿勢が団体交渉が進展しない要因となっていたといわざるを得ない。
 そして、Y2会社が4.12.5回答書において、当面、議題の対象にしないとしたものは、①組合員A1の長時間労働の問題、②(A1の部下である)組合員A2に係る「業務命令違反」又は「本件不服従」〔注ミーティングへの不出席のこと〕の撤回、③(A1による)A2へのスポットライト〔注会社の表彰制度〕の付与についての説明、④A2への「退職強要」についてであるところ〔注うち②及び③はA1の降格理由に記載された事項〕、これらは、いずれも、会社が相応の説明を行ってきたにもかかわらず、組合が、自らの要求を明らかにせず、会社のそれまでの説明も踏まえずに、更なる説明や資料要求等を求めていた事項である。
 また、Y2会社が、4.12.27通知書において、(組合が開示を要求している)労働基準監督署の是正指導等のどこが、組合員の労働条件に密接に関連又は共通している問題であるのかを明らかにするよう求めたのは、議論の拡散を防ぎ、組合員の労働条件に関することに絞って交渉を行おうとしたものである。
 したがって、4.12.5回答書及び4.12.27通知書における会社の対応には、会社として相応の事情があったと認められ、正当な理由のない団体交渉の拒否に当たるとはいえない。

2 本件メールについて

 令和4年12月21日のA1の業務改善に関する会議(以下「本件会議」)の後、A1が人事マネージャーB1に、本件会議において画面で見せられた資料の提供を求めると、B1は、「おそらく組合活動で使われると存じます。A1さんのプライベートタイムを組合活動に使われるための一助をB1が行うのではないかと思います。願いとしては貴重なお時間をリラックスタイムに充てて頂けますとありがたく存じます。」と記載のあるメール(以下「本件メール」)を返信し、資料の提供には応じなかった。
 これについて、組合は、「会社が組合活動を嫌悪し、A1が組合と協議しないよう企図したものであって、支配介入に当たる」と主張するが、本件メールの記載からすると、組合活動の阻害を企図したものではなく、A1用に作成した同資料が会社の公式な人事の資料として対外的に取り扱われることを危惧して、開示を差し控えたとみる余地もある。
 また、A1の資料要求は、本件メールの文面上、組合を介さずに個人的に行ったものとみられ、組合としてではなく、会議参加者としての要求であったといえる。そして、①人事マネージャーB1が本件メールで開示を拒否したのも、「現時点ではお渡しすることを控えたい」という暫定的なものにすぎないこと、②本件メールが送信された後、組合は、これについて抗議したり、組合として資料開示を要求したりはしていないことに照らすと、B1が、A1に対して本件メールを送信し、会議資料を開示しなかったことが組合の運営に対する支配介入に当たるとまではいえない。

3 本件発言Ⅰ及び本件発言Ⅱについて

(1)本件発言Ⅰについて

 令和4年12月20日の第6回団体交渉において、会社が、令和4年10月27日付け及び11月22日付けでA2の業務態度を注意したことについて、人事ディレクターB2がA2のメールによる他の従業員への質問の仕方が明らかに過剰なものであったと述べたのに対し、組合が、それはあなたの主観である、具体的に言ってほしいなどと求めたことから、「たくさんの人が、A2さんの質問を受けて、その人たち、とても恐れてるんです」と述べた(以下「本件発言Ⅰ」)。
 これは、組合の求めに応じて、B2が、客観的な事実を説明しようとして発言したものといえる。実際に、会社の人事部には従業員からの苦情メールが寄せられていることからすれば、B2は、何の根拠もなく本件発言Ⅰを行ったのではなく、それらメールを踏まえて、A2の質問メールに対する従業員の反応を説明したのであるから、本件発言Ⅰが、組合員であるA2を萎縮させようとしたり、同人を個人攻撃するなどして組合の弱体化を企図したものとはいえない。

(2)本件発言Ⅱについて

 令和5年7月5日の第10回団体交渉において、A2の解雇について協議する中で、組合が本件発言Ⅰの裏付けとなる事実関係の説明を求めたのに対し、当初会社は、個人のプライバシーにも関わるとして具体的な回答を控えていたものの、組合が更に事実を説明するよう追及したため、会社は「A2さんと一緒に働くんだったら会社辞めますって方もいらっしゃいました。」と発言した(以下「本件発言Ⅱ」)。
 実際に、会社の人事部には、従業員から、「自分が担当するプロジェクトにA2を継続して受け入れることは理解し難い」、「十分な説明がなく我慢のみを強いられる状況に、場合によっては退職を検討するようなストレスを感じる」旨のメールが寄せられていることから、本件発言Ⅱは、何の根拠もなくなされたものではなく、組合の強い追及を受けて、A2には耳の痛い内容であるけれども、あえて会社として認識している事実を説明したものということができ、組合員であるA2を萎縮させようとしたり、個人攻撃するなどして組合の弱体化を企図したものとはいえない。

(3)以上のとおり、本件発言Ⅰ及び本件発言Ⅱは、組合の組織運営に対する支配介入に当たるとはいえない。

4 本件けん責処分及び本件厳重注意について

(1)本件けん責処分

 令和5年4月5日、Y0会社は、A2の業務態度を問題視し、同人を懲戒処分(けん責処分)とした(以下「本件けん責処分」)。当該処分は、懲戒処分通知書に記載のとおり、A2が業務時間中に行った①無断録音行為、②過剰な質問等による職場内での摩擦の招来、③見境のないパワハラの主張が理由となっている。
 組合は、これについて、「A2の組合活動を嫌悪し、同人を会社から排除する目的で行われたものである」旨を主張するので、まず、本件けん責処分を行うこととなった上記各処分理由について検討する。

ア 無断録音
 会社では、社内ポリシーで、職場での会話を録音することを禁止しているところ、無断録音の事実は全て認められ、しかも再三にわたって会社が録音禁止の注意をしているにもかかわらず、A2は無断録音を強行しているのであるから、会社としては社内ポリシー違反の状態を長期にわたって放置することはできず、職場での円滑なコミュニケーションを阻害するとして、上記無断録音を懲戒処分の対象としたことにも相応の事情があるというべき。

イ 過剰な質問等による職場内での摩擦の招来
 懲戒処分通知書の「過剰な質問・要求、反抗的態度、職務範囲を逸脱した言動等による職場内での摩擦の招来」に記載された各事実は、証拠上事実として認められる。
 そして、この間、会社はA2の業務態度に対して、相手の立場になって対応するよう指導し、これを改めるよう、複数回メールで注意を促しているが、これに対し、A2は、「私には質問する権利もないのか」、「―度に何個までなら質間してもよいのか」などと不服を述べつつ大量の質問を行い、その後も同様の行為を行った。
 会社は、A2のこうした行為が、従業員の業務時間を著しく奪い、職場内に摩擦を生じさせていたと主張しているところ、実際にも従業員から、A2には仕事を頼みにくい、A2をプロジェクトから外してほしいなどの苦情が人事部に寄せられていた。
 これらから、会社が職場の秩序や円滑に業務が遂行できる環境を保つために、上記A2の行為を懲戒処分の対象としたことにも相応の事情があるというべき。

ウ 見境のないパワハラの主張
 A2は、極めて頻回に、かつ、同人と業務上で関わる様々な従業員について「パワハラ」を受けたとの主張を行っており、懲戒処分通知書に記載の事実は、おおむね裏付けのあることが認められる。会社はこうした行為を改めるよう注意してきたが、A2の態度が改まらなかったことから、会社が職場の秩序や円滑に業務が遂行できる環境を保つために、上記A2の行為を懲戒処分の対象としたことにも相応の事情があるというべき。

エ 以上のとおり、懲戒処分通知書で懲戒対象事実とされた各事実については、おおむね裏付けがあり、会社が、それを前提に本件けん責処分を行ったことには相応の事情があったといえる。
 これについて組合は、「会社がA2の組合活動を嫌悪し、同人を会社から排除する目的で懲戒事由を作り込んでいった」と主張する。しかし、会社が組合との団体交渉を殊更に避けたり、不誠実な対応をしている事実は認められず、もう一人の組合員であるA1の処遇は本件結審時において変化はなく、そのほか、会社が、組合やA2の組合活動への嫌悪故に、本件けん責処分を行ったと認めるに足りる事情は、特にうかがえない。
 これらから、会社が本件けん責処分を行ったことには相応の事情があり、一方で、組合の主張はいずれも採用することができないから、本件けん責処分は、A2が組合員であるが故の不利益取扱いにも、組合の運営に対する支配介入にも、不当労働行為救済申立てを行ったが故の不利益取扱いにも当たらない。

(2)本件厳重注意
 Y0会社は、令和5年4月5日にA2に対し本件けん責処分を行った後、同年6月6日、同人に対し(業務態度が改善されないとして、)さらに本件厳重注意を行った(以下「本件厳重注意」)。
 このことについて組合は、「会社が事実経緯をねじ曲げ、A2に処分を意図的に積み重ねる目的で本件厳重注意を行った」と主張するので、以下、本件けん責処分から本件厳重注意に至る経緯を踏まえて検討する。
 本件けん責処分の後、令和5年4月12日、A2は人事ディレクターB2にメールを送信し、私は非違行為を行っていない、本件けん責処分の撤回を求めるなどと述べて、始末書は提出しないことを伝えた。そして、5月17日の上司との面談でも依然としてA2が録音を要求していたことがうかがえる。5月19日にマネージャーB3が3日前にA2の承諾した懇親会のサポート業務について指導すると、比較的短時間のサポート業務にもかかわらず、このことについてのやり取りが約2週間にわたって続いている。その間、マネージャーB3が、こうしたやり取りは本当に非効率であるとして今後のコミュニケーションの改善を求めたが、A2は、どのやり取りに改善を求めているのか理解できないと回答した。
 以上の経緯に照らすと、本件厳重注意は、本件けん責処分からわずか2か月後になされたものであるが、本件けん責処分以降も、A2の業務態度が改善されず、具体的な支障も生じていたことからすれば、会社が本件厳重注意を行ったことには相応の事情があったということができ、A2が組合員であるが故の不利益取扱いにも、組合の運営に対する支配介入にも、不当労働行為救済申立てを行ったが故の不利益取扱いにも当たらない。

5 本件解雇について

 Y0会社は、A2の業務態度が改善されないとして、令和5年6月6日に本件厳重注意をし、6月28日、同人を同日付けで普通解雇とした(以下「本件解雇」)。
 これについて、組合は、「本件厳重注意以降、懲戒理由となり得る出来事が起きていないのにもかかわらず、会社はA2を解雇しており、このことは、会社が、組合嫌悪に基づき、A2を排除する目的で本件解雇を行ったことを示している」旨を主張する。しかし、解雇通知書をみれば、会社は、本件けん責処分以降もA2の業務態度が改善しないことを本件解雇の理由としており、本件厳重注意から本件解雇までの間の事情のみを解雇理由としているものではない。
 本件けん責処分以降、A2の業務態度は改善されず、本件厳重注意以降も、A2は、厳重注意書に対し何ら反論しなかったにもかかわらず、上司との面談の設定に特段の理由もなく長時間を要し、マネージャーB3は、「このような業務態度について、改善のご意志はありますでしょうか。改善のご意志があるのであれば、速やかに御連絡下さい」と記載したメールをA2に送信したが、これに対し、A2が返信した事実は見当たらない。令和5年6月21日に実施された面談においても、A2は、まず録音を要求し、その後の面談においては、録音をしない代わりにメモを取り、メモのために面談を何度も中断させたり、業務に関係があるとはいえない批判的な発言をするなど、A2の業務態度が改善される見込みはうかがえない状況であった。
 本件解雇は、本件厳重注意から約3週間程度で行われ、やや唐突な感は否定できないものの、上記の経緯のとおり、会社は、A2の業務態度について同人に対し注意や指導を長期にわたって行ってきており、それにもかかわらず、本件厳重注意以降においても、改善の見込みがうかがえない状況が継続していたのであるから、会社が、A2には改善の見込みがないと判断したことにも相応の理由があるというべき。
 組合は、本件解雇について、組合嫌悪に基づき、A2を排除する目的で、解雇理由を作り込んだ旨の主張をしているが、会社が組合との団体交渉を殊更に避けたり、不誠実な対応をしている事実は認められず、もう一人の組合員であるA1の処遇は本件結審時において変化はなく、そのほか、会社が、組合やA2の組合活動への嫌悪故に、本件解雇を行ったと認めるに足りる事情は、特にうかがうことができないから、会社が、組合やA2の組合活動等を嫌悪して、本件解雇を行ったとまで認めることはできない。
 したがって、会社が本件解雇を行ったことは、A2が組合員であるが故の不利益取扱い、組合の運営に対する支配介入、不当労働行為救済申立てを行ったが故の不利益取扱いのいずれにも当たらない。 

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