労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  岐阜県労委令和6年(不)第5号
不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和7年7月29日 
命令区分  却下 
重要度   
事件概要   本件は、会社が組合からの団体交渉申入れに応じなかったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 岐阜県労働委員会は、組合は、労働組合法第7条第2号において会社が団体交渉を義務付けられる相手方に当たらないなどとして、申立てを却下した。 
命令主文   本件申立てを却下する。 
判断の要旨  1 労働組合法第7条第2号の「使用者が雇用する労働者」について

 労働組合法の予定する団体交渉とは、使用者がその雇用する労働者の属する労働組合との間で、労働条件や労使関係ルール等について合意を得て正常な労使関係を構築、樹立することを目的として行う交渉(労働組合法第1条第1項、第6条、第14条、第16条)であることからすれば、同法第7条第2号にいう「使用者が雇用する労働者」とは、原則として現に使用者に雇用されている労働者を意味すると解される。
 したがって、同号において使用者が団体交渉を義務付けられる相手方は、原則として「現に使用者と雇用関係にある労働者」の代表者と認められる労働組合を指すというべき。
 この点について、組合は、「団体交渉は組合と会社間で行うものであるところ、組合は、中央労働委員会の資格審査に適合する労働組合であって、現に存在しているのであるから、組合に会社に雇用されている組合員が存在しないからといって、団体交渉応諾義務を免れることはできない」と主張する。しかし、資格審査は労働組合が労働組合法の規定する手続きに参与し、又は同法の規定する救済を受ける資格を得るためのものであるのに対し、労働組合法第7条第2号の「使用者が雇用する労働者の代表者」と認められるか否かは上記団体交渉制度の趣旨目的に照らして判断されるものであるから、仮に組合が同法第2条及び第5条第2項の規定に適合するいわゆる法適合組合であるとしても、そのことから直ちに同法第7条第2号の「使用者が雇用する労働者」を代表する労働組合であると認められるとは限らず、組合の上記主張は採用できない。
 もっとも、使用者と労働者との間に生じる問題は様々であり、解雇等の雇用関係の存在そのものが争われるものや、在職中の未払賃金や退職金の支払い等の在職中の雇用関係に起因して退職後に紛争が顕在化するものなどもあり、現に雇用関係が存在しない場合においても、労働者が加入する労働組合と使用者との間の団体交渉について、労働組合法の保護を及ぼす必要性を認めるべき場合も存在する。しかし、現在雇用関係にない使用者に対し無制限に団体交渉応諾を義務付けることは、使用者に不当に重い義務を負わせることとなり、その結果として団体交渉制度の上記趣旨にもとることにもなりかねない。
 このような、団体交渉制度の趣旨及び労働組合法第7条第2号の解釈を前提とした上で、現に雇用関係にない者に関する団体交渉の必要性を踏まえるならば、同号が基礎として必要としている雇用関係には、現にその関係が存続している場合だけでなく、①「解雇され又は退職した労働者の解雇又は退職の是非やそれらに関係する条件等の問題が、雇用関係の終了に際して提起された場合」も含まれると解される。さらに、②「雇用期間継続中に個別労働紛争を含む労働条件等に係る紛争が顕在化していた問題について、雇用関係終了後に、当該労働者の所属する労働組合が団体交渉を申し入れた場合」についても、雇用関係がある場合と同様に解する余地があるといえる。

2 本件申立ての場合

(1)これを本件申立てについてみるに、組合の組合員のうち会社が雇用する者は平成25年1月以降存在しておらず、本件団体交渉事項(平成15年に発生したN油槽所火災事故(以下「本件火災事故」)についての説明及び愛労委平成17年(不)第4号不当労働行為救済申立事件の平成21年3月19日付け命令(以下「愛知県労委命令」)の履行を要求する件)について組合が会社に団体交渉を申し入れた令和6年3月5日時点においても組合の組合員の中に「現に使用者と雇用関係にある労働者」が存在していなかったことは明らかである。
 そこで、次に会社と組合の組合員の雇用関係が、上記1の①又は②の場合に該当するか否かについて検討する。

(2)①「解雇され又は退職した労働者の解雇又は退職の是非やそれらに関係する条件等の問題が、雇用関係の終了に際して提起された場合」に該当するか否かについて

 本件団体交渉事項は本件火災事故についての説明及び愛知県労委命令の履行要求に関するものであるところ、当該命令は、本件火災事故を議題とする団体交渉に誠実に応じ事故の原因に関し具体的に説明すること、及び謝罪等を内容とする文書交付を命ずるものであって、上記①「解雇され又は退職した労働者の解雇又は退職の是非やそれらに関係する条件等の問題が雇用関係の終了に際して提起された場合」には該当しない。

(3)②「雇用期間継続中に個別労働紛争を含む労働条件等に係る紛争が顕在化していた問題について、雇用関係終了後に、当該労働者の所属する労働組合が団体交渉を申し入れた場合」に該当するか否かについて

 愛知県労働委員会は愛知県労委命令において、本件火災事故を交渉事項とすることについて「本件火災事故が、労働条件の一部である労働安全の問題にかかわるものである」とした上で、「本件火災事故の原因如何は、労働者の労働安全にかかわる問題として団体交渉の対象になる」と判断している。しかるに本件団体交渉事項は、この愛知県労委命令の履行を求めるものであるから、②「雇用期間継続中に個別労働紛争を含む労働条件等に係る紛争が顕在化していた問題について、雇用関係終了後に、当該労働者の所属する労働組合が団体交渉を申し入れた場合」に該当するものと認める余地がないわけではない。
 しかし、退職後の労働者の在職中の労働条件に関して、使用者に無制限に団体交渉を義務付けることは、使用者側に不当に重い義務を負わせ、不必要な紛争の拡大にもつながりかねず、正常な労使関係の構築、樹立という団体交渉制度の趣旨に反することにもなりかねない。したがって、退職後の労働者を「使用者が雇用する労働者」と認めることができるのは、例えば、雇用期間中の労働条件が原因で退職後健康障害が発生しその補償等を求めて紛争が生じている場合など、当該紛争がその労働者が退職する前の雇用関係と密接に関連して発生したものと評価でき、その労働者の現在及び将来の労働環境に影響を与え得る場合に限られるというべき。
 しかるに、この点について、愛知県労委命令においては、組合の目的が「主として、本件火災事故の原因追及にあったことは」、「明らかであり、その対象として、とりわけ作業手順に注目していたものと認められる。」と判断しており、当該命令により認定された事実経過に照らすと、組合員の中に本件火災事故による死亡、負傷等の被害を受けた者がいたとの事情はうかがえず、そのことに関連した補償等の紛争が生じていたとも認められない。
 また、愛知県労働委員会は、当該命令において、「会社には再発を防止し、労働環境の安全を確保するため、本件火災事故の原因を可能な限り究明し、その上で安全対策を講じる責務がある。」と判断しているが、組合の組合員で会社が雇用する者は平成25年1月以降存在せず、今後組合の組合員が会社に復帰することも予想しがたいことから、本件火災事故を契機とした会社の安全対策が、組合の組合員の現在及び将来の労働環境に対して影響を与えることはないものと認めるのが相当である。

(4)以上のとおり、本件申立てにおける団体交渉の主題は、組合員であった労働者が退職する前の雇用関係と密接に関連して発生した紛争に関するものと評価することができず、労働者の現在及び将来の労働環境に影響を与えるものとも認めがたいため、組合は不当労働行為救済申立てを行うことができる「使用者が雇用する労働者」の代表者とは認められない。
 したがって、組合は、労働組合法第7条第2号において会社が団体交渉を義務付けられる相手方に当たらないことは明らかであり、会社が組合からの団体交渉申入れに応じなかったことは、同号の不当労働行為に該当しない。 

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