概要情報
| 事件番号・通称事件名 |
神奈川県労委令和5年(不)第14号
富士見丘学園不当労働行為審査事件 |
| 申立人 |
X組合(組合) |
| 被申立人 |
Y法人(法人) |
| 命令年月日 |
令和7年4月25日 |
| 命令区分 |
一部救済 |
| 重要度 |
|
| 事件概要 |
本件は、法人が、①組合に対して、a令和5年7月7日における執行委員長の理事長室での言動は懲戒事由に該当する可能性があり、法人として、対応と再発防止について検討すること、b組合と法人との今後のやり取りは原則として全て文書で行うこと、c他の教職員のいる場における、当該やり取りに関する発言の禁止、d組合活動に関し、法人の備品等の使用の原則禁止に係る記載のある通知書を送付したこと、②組合の令和5年8月1日付け団体交渉の申入れに対して団体交渉の開催期日を引き延ばしたこと、③組合の同年9月4日付け団体交渉の申入れに対して、本件申立てを理由に団体交渉を拒否したこと、④労働委員会の審査手続外で法人に対して組合が質問及び要求を行うことを禁止したことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
神奈川県労働委員会は、①のうちa、b及びdに係るものについて労働組合法第7条第3号、②及び③について同条第2号及び第3号、④について同条第3号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、(ⅰ)①の通知書の撤回とその旨の組合への通知、(ⅱ)②及び③に係る組合の申し入れた団体交渉事項のうち、令和3年10月から令和5年3月までの期間における月の労働時間が187時間を超過した教員の人数及び時間外勤務手当の支払状況について、必要な資料を提示するなどして誠意をもって応じなければならないこと、(ⅲ)文書手交を命じ、その余の申立てを棄却した。 |
| 命令主文 |
1 法人は、組合に対して交付した令和5年7月21日付け通知書を撤回し、その旨を組合に通知しなければならない。
2 法人は、組合が令和5年8月1日及び同年9月4日付けで申し入れた団体交渉事項のうち、令和3年10月から令和4年3月及び同年4月から令和5年3月までの期間における月の労働時間が187時間を超過した教員の人数及び時間外勤務手当の支払状況について、必要な資料を提示するなどして誠意をもって応じなければならない。
3 法人は、本命令受領後、速やかに下記の文書を組合に手交しなければならない。
記
当法人が、①令和5年7月7日の執行委員長の行為は懲戒事由に該当する可能性があるとし、対応と再発防止について検討するとした記載、貴組合とのやり取り(質問、要望、回答等)は、原則として全て文書(メールを含む)で行うこととした記載及び法人が指定する一部の書類の印刷を除き、法人の全ての備品等の使用を禁止した記載を含む令和5年7月21日付け通知書を貴組合に送付したことは、労働組合法第7条第3号に、②貴組合から令和5年8月1日及び同年9月4日付けで申入れのあった団体交渉に応じなかったことは、同条第2号及び第3号に、③令和5年8月31日付け通知書及び同年9月6日付け回答書で、神奈川県労働委員会に対する不当労働行為救済申立てを受けて、貴組合の令和5年6月22日付けの要求に対する回答を労働委員会の手続の中で行うとしたこと及び労働委員会外において理事長に対する質問、要求、進捗確認等の行為を禁止したことは、同条第3号に該当する不当労働行為であると神奈川県労働委員会において認定されました。
今後、このような行為を繰り返さないようにいたします。
X組合
執行委員長 A殿
Y法人
理事長 B
4 その余の申立てを棄却する。 |
| 判断の要旨 |
1 法人が、令和5年7月21日に組合に送信した通知書(以下「5.7.21通知書」)で、以下の(2)~(5)に係る記載をして組合に送付したことは不利益取扱い及び組合の運営に対する支配介入に当たるか否か(争点1)
(1)事実
①校長交代人事や今後の学校運営について理事長Bが説明する場(以下「説明会」)の開催について、組合は、「元校長の不参加という条件さえ整えば開催するとの提案がBからなされ、Bとの間で合意が成立していた」と主張するが、組合が要求する形式及び内容による合意があったとまでは認められない。
②令和5年7月7日に委員長Aが理事長室に来て面談した(以下「5.7.7面談」)際のAの言動(以下「本件抗議」)の態様は、声量を上げて発言しながら、テーブルを叩くものであった。
(2)令和5年7月7日の委員長Aの行為は懲戒事由に該当する可能性があるとし、対応と再発防止について検討するとした記載について
ア 不利益取扱いについて
(ア)5.7.21通知書は、本件抗議について、「大声を上げ、テーブルを叩き、三六協定の書面を破り、その場で説明会開催を承諾するよう強要した」と記載する。そして、同抗議が就業規則に規定された「職員としての品位を失う」行為に該当する可能性がある旨及び学校内でかかる行為が行われたことを重大に受け止め、対処と再発防止について検討する旨を記載している(【記載1】)。
(イ)「不利益性」
これら記載は、組合員A個人に対し、教職員として懲戒処分を受けるかもしれないとの認識を与え、人事上、社会的または組合活動上の悪影響を想像して、精神的に動揺させるもので、不利益性が一定程度認められる。
(ウ)不当労働行為意思
a「大声を上げ、テーブルを叩き」の記載に虚偽や誇張は認められず、5.7.21通知書の内容を不合理とはいえない。また、「説明会開催を承諾するよう強要した」、「弁護士から、本件抗議について、刑法第223条(強要)の構成要件に該当するとの指摘を受けた」旨の記載には一定の理由がある。なお、弁護士からの指摘に係る記載部分のみをもって、直ちに不当労働行為意思を推認できるものではない。
b「懲戒事由に該当するとの指摘」について、①本件抗議の態様、②委員長Aら3名の突然の訪問により、理事長Bは、予期せぬ形で本件抗議への単独での対峙を余儀なくされたこと、③Bが本件抗議に対し恐怖心を覚えたことは否定できず、かかる行為が、就業時間中に学校の構内で行われたことについて、法人が、職場の秩序を乱すものと重大に捉え、「職員としての品位を失う」行為に該当する可能性がある旨指摘したことには一定の理由がある。
組合は、「本件抗議は、理事長Bが労使合意を反故にするような不誠実な態度をとり続けたことが原因である」旨主張するが、①上記(1)①の事実、②5.7.7面談は事前の連絡もなく始まり、理事長Bは再検討の余裕がないまま対応せざるを得なかったこと、③私立学校の校長人事は理事会が決定するものであることも併せ考慮すれば、Bが即答を避ける対応に終始したことは、直ちに非難される行為とはいい難い。
また、5.7.21通知書で問題視されているのは、組合員A個人の行き過ぎた言動であり、5.7.7面談そのものではないから、組合活動を理由として懲戒処分を示唆したとはいえない。
c本件抗議が懲戒事由に該当する可能性がある旨の通知は、もっぱら職場の秩序維持の観点からなされ、組合員A個人が組合員であったことや組合活動を理由とするものとまではいえない。
dこれらから、法人が、5.7.21通知書において【記載①】の通知をしたことは、組合員に対する不利益取扱いには当たらない。
イ 支配介入について
5.7.21通知書は、組合を名宛人とする通知書であるところ、本件抗議が懲戒事由に該当する可能性がある旨を組合に通知して公にする必要性があったとまでは認められない。このような通知は、法人が本件抗議についてそのように捉えていることを他の組合員にも知らしめるものとなり得、ひいては他の組合員がその後の組合活動に不安を覚え、組合活動が抑制されるおそれがあることは否定できない。
加えて、5.7.21通知書においては、組合活動を制限する旨、本件抗議がかかる制限の契機となっている旨の記載も含まれており、このような記載を含む通知の送付は、組合の組織力・団結力に影響を及ぼしかねない。
したがって、法人が、5.7.21通知書で【記載1】の記載をして、これを組合員A個人ではなく、組合に送付したことは、組合の組織力の弱体化を招きかねない行為であり、組合の運営に対する支配介入に当たる。
(3)執行委員長及びその他の組合員に対して、組合と法人とのやり取り(質問、要望、回答等)は、原則として全て文書(メールを含む)で行うこととした記載【記載②】について
ア 不利益取扱いについて
労働組合法第7条第1号は、組合員個人に対する不利益取扱いを禁止した規定であるところ、【記載2】に係る通知は、組合に対するものとみるのが相当であるから、組合員A個人に対する不利益取扱いに当たらない。
イ 支配介入について
(ア)【記載2】は、組合の組織力に一定の影響を及ぼすと認められる。
(イ)「【記載2】に係る通知の要否」について、①理事長Bが本件抗議に恐怖心を覚えたこと自体は否定できないが、抗議の態様に照らすと、相対するBの身体に危害が及ぶ性質のものであったとまではいえないこと、②本件抗議は突発的に起きた行為と認められ、同様の行為が再発する蓋然性が高いとまではいえないこと、③本件抗議は組合員A個人による行為であって、他の組合員が同様の行為を行う蓋然性が高いと認めるに足りる証拠はないことに照らせば、法人が、委員長Aのみならず組合に対して、本件記載2を通知して、これまで認めてきた理事長Bとの対面でのやり取りを禁止する必要性があったとまでは認められない。
(ウ)校長交代人事を巡る対立が深刻化していた中で、法人は、本件抗議を契機として、組合に対し、これまで認めてきた労働条件に関する組合と法人とのやり取りを全て文書で行うよう制限し、これにより組合は労働条件に関する直接の交渉を制限されることになった。
【記載2】は、労働条件の交渉を行うという組合の機能を阻害し、組合の法人に対する交渉能力について組合員に疑義を生じさせ、ひいては組合の団結力を弱める可能性のある行為である。したがって、法人が、5.7.21通知書で【記載2】の記載をして組合に送付したことは、組合の運営に対する支配介入に当たる。
(4)執行委員長及びその他の組合員に対して、他の教職員がいる場において、組合と法人とのやり取り(質問、要望、回答等)に関する発言を禁止した記載【記載3】について
ア 不利益取扱いについて
5.7.21通知書には、「職員会議等の他の教職員がいる場において貴協議会とのやり取り(質問、要望、回答等)に関する発言は今後一切行わないで下さい」と記載されているが、上記(3)アと同様の理由により、組合員A個人に対する不利益取扱いに当たらない。
イ 支配介入について
当該通知は、就業時間中の職員会議等の場において、労使協議の場で行うべき質問、要望、回答等を行うことを禁止することを確認しようとするものにすぎず、組合の運営に対する支配介入に当たらない。
(5)執行委員長及びその他の組合員に対して、組合活動に関し、法人が指定する一部の書類の印刷を除き、法人の全ての備品等の使用を禁止した記載【記載4】について
ア 不利益取扱いについて
上記(3)アと同様の理由により、組合員A個人に対する不利益取扱いには当たらない。
イ 支配介入について
(ア)令和2年5月28日の組合と法人が作成した合意書は、「組合の活動において発行する印刷物について、印刷機および用紙は法人保有のものを使用することとする」などと定めており、労働協約と認められる。そうすると、【記載4】は当該合意書に反し労働協約違反に当たり、組合を軽視する行為と認められる。そして、組合は、当該通知により情宣活動のための準備行為が困難になるといえるから、当該記載は組合の組合活動に一定の影響を及ぼすと認められる。
(イ)法人は、「組合が理事長Bへの名誉棄損といえる表現が含まれる組合ニュースを教職員に配布したため、これを速やかに停止させる必要があった」旨主張する。
しかし、法人は、仮に組合が法人に不利益を生じせしめる文書を配布したとしても、より穏当な方法により法人の目的が達成できる可能性はあったのに、何ら組合との調整を行わずに労働協約を反故にした法人の行為は、組合が法人との交渉により勝ち取った権利を安易に奪うものであり、当該記載を正当化することはできない。
(ウ)上記のとおり、【記載4】は、組合の情宣活動上の不利や不便を招来し、組合を無視ないし軽視する行為であり、また、組合員による組合に対する信頼を減じせしめ、組合の団結力を失わせるものである。したがって、法人が、5.7.21通知書で【記載4】に係る記載をして組合に送付したことは、組合の運営に対する支配介入に当たる。
2 組合の令和5年8月1日付けの団体交渉の申入れに対して、法人が、5.8.3回答書を送付したことは、正当な理由のない団体交渉の拒否及び組合の運営に対する支配介入に当たるか否か(争点2)
(1)法人は、同年8月3日の回答を含め、委員長Aによる暴力的言動の危惧が払拭されるまでという抽象的な理由をもって団体交渉の開催を留保するとし、団体交渉に応じていないことから、団体交渉を拒否していたと認められる。
(2)上記1(3)イ(イ)に述べたところ、及び組合が同様の行為を繰り返さないとの意向を示していることから、組合が、将来の団体交渉において暴力的言動を行使する蓋然性が高いとまではいえず、したがって、法人の行為は、正当な理由のない団体交渉拒否に当たる。
(3)団体交渉申入れに対する法人による団体交渉拒否は、組合員に組合あるいは組合執行部の法人に対する交渉力について疑義を抱かせ、ひいては組合の団結力を弱める可能性のある行為といえ、組合の運営に対する支配介入に当たる。
3 法人が、令和5年8月31日に送付した通知書(以下「5.8.31通知書」)及び同年9月6日に送付した回答書(以下「5.9.6回答書」)で、本件申立てを受けて、今後の協議(質問、要望、回答等を含むが、これに限らない。)は労働委員会の手続の中で行うとし、組合の令和5年9月4日付けの団体交渉の申入れに対して、団体交渉の開催を留保したことは、正当な理由のない団体交渉の拒否及び組合の運営に対する支配介入に当たるか否か(争点3)
(1)団体交渉の拒否について
法人は、団体交渉の開催を留保し続ける意思を明示し、かつ、団体交渉に応じておらず、団体交渉を拒否したと認められる。
この点につき、法人は、本件申立てが行われたことに伴い、今後の組合との協議は、労働委員会で行うことが望ましいとして、団体交渉拒否にあたらない旨主張する。
しかし、不当労働行為救済手続の過程において、労働委員会の委員の関与の下、団体交渉や労使協議が行われることはあるが、そのことは、労働委員会外での団体交渉や労使協議の意義を否定するものではない。団体交渉の場で組合が暴力的言動を行使する蓋然性が高いとまでは認められない本件においては、正常な労使関係秩序の構築の観点から、労使が直接コミュニケーションを取ることが望ましいといえる。労働組合による団体交渉拒否に係る救済申立てにより、労働委員会外での労使コミュニケーションが制約されるとすれば、労働組合法が不当労働行為救済制度を認めた趣旨を没却することになりかねない。したがって、法人が、労働委員会外でのあらゆる労使コミュニケーションを拒否したことは団体交渉拒否に当たる。
法人は、「委員長Aによる暴力的行為が行われる危惧があるのだから、法人が団体交渉拒否したことに正当な理由がある」と主張するが、採用できない。
したがって、法人の行為は、正当な理由のない団体交渉拒否に当たる。
(2)支配介入について
上記の2(3)に述べたと同様の理由により、法人の行為は、組合の運営に対する支配介入に当たる。
4 法人が、5.8.31通知書及び5.9.6回答書で、本件申立てを受けて、①組合の令和5年6月22日付けの要求に対して、法人がその回答を労働委員会の手続の中で行うとしたこと及び②労働委員会外における理事長に対する質問、要求、進捗確認等の行為を法人が禁止したことは、組合の運営に対する支配介入に当たるか否か(争点4)
5.8.31通知書及び5.9.6回答書における上記各通知が、組合と法人との間の交渉・協議の進展を妨げ、組合の活動を制限することは明らかである。これらに照らすと、法人の行為は、憲法第28条の保障する団結権・団体交渉権を軽視し、組合あるいは組合執行部の法人に対する交渉力について組合員に疑義を抱かせるもので、ひいては組合の団結力を弱める可能性のある行為といえる。
この点につき、法人は、「本件抗議を鑑みて、労働委員会で合意に至るまで団体交渉の開催を一時的に留保したに過ぎない」などと主張するが、労働委員会に対する救済申立てそれ自体が、労働委員会外の交渉・協議を妨げる理由にはおよそなり得ないのであり、法人の主張は採用できない。
以上から、法人の行為は、組合の運営に対する支配介入に当たる。
5 救済の必要性及び方法
本件申立て後、令和5年12月27日など2回の団体交渉が開催されているが、月の労働時間が187時間を超えた者の人数及び時間外勤務手当の支払状況について、資料を提示するなどして具体的に説明したとは認められず、十分な意見交換が尽くされたとはいえないから救済の利益はなお存在する。したがって、主文第2項のとおり命じる。 |