概要情報
事件番号・通称事件名 |
兵庫県労委令和5年(不)第5号
不当労働行為審査事件 |
申立人 |
X1組合・個人X2・個人X3 |
被申立人 |
Y会社(会社) |
命令年月日 |
令和7年5月22日 |
命令区分 |
棄却 |
重要度 |
|
事件概要 |
本件は、会社が、X1組合の組合員X2及びX3(以下「X2ら」)に対し、同僚の従業員に対する両名の言動がパワーハラスメントに該当するなどとして、それぞれ停職の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」)を行ったことが不当労働行為に該当する、としてX1組合及び個人X2らから救済申立てがなされた事案である。
兵庫県労働委員会は、申立てを棄却した。 |
命令主文 |
本件申立てを棄却する。 |
判断の要旨 |
○会社が令和5年7月31日付けでX2らに対して行った本件懲戒処分は、労働組合法第7条第1号の不利益取扱い及び同条第3号の支配介入に該当するか(争点)
1 判断の枠組み
懲戒処分が不利益な取扱いであることは明らかであるので、本件懲戒処分がX2らが組合員であること等の故をもってなされたか否かが問題となる。そして、その判断をするうえでは、懲戒処分が企業秩序維持のための制裁罰であることに鑑み、①企業秩序維持の必要性からなされた処分と認められるか、また、②仮にそのような処分とは認め得るが、一方で反組合的な意図も認められる場合には、どちらが本件懲戒処分を行った決定的動機であったかを検討するのが相当である。
2 本件懲戒処分は企業秩序維持の必要性に基づきなされたものか
(1)懲戒事由該当性について
X2らについて処分対象行為の存在が肯定できるところ、当事者双方は、懲戒事由該当性を各行為に即し個別具体的に主張する。しかし、労働委員会による不当労働行為救済制度は、私法上の権利義務関係の確定を目的とする手続ではないので、当委員会は、X2らの行為が懲戒事由に該当すると会社が判断して本件懲戒処分を行ったことが企業秩序維持の必要性に基づくものかという観点から、X2らの行為全体を総合的に考慮した上で判断する。
ア 優越的な関係について
申立人らは、「X2は運輸担当の従業員に対し指揮命令する立場にはなかった」旨主張するが、X2の当時の統括課長という職位は、代表取締役、統括部長に次ぐもので、被害申告者(X2らのパワハラ被害を申告した者)である運行管理者等に比し職務上の地位が上位であることが明らかであるから、採用できない。
また、申立人らは、「X2らと被害申告者との関係においては、労働組合間の対立を背景に被害申告者が優越的な立場にある」とも主張する。確かに、被害申告者が属した申立外C組合は、X1組合を脱退した者等で結成され従業員の多くが加入したことが認められるが、被害申告者が組合員数の多い労働組合に所属していることをもって、職場における業務遂行上、X2らに比し優越的な立場にあるとみることはできない。
イ 業務上必要かつ相当な範囲について
申立人らは、「X3の一部の言動は、業務上必要かつ相当な指導の範囲のものである」旨主張する。確かに、X3の懲戒処分の対象となった行為には、運転士の不適切な運転等に対してなされたものがあるが、X3は、「あほんだらぁ!」等の人間性を否定するかのような表現を用いたり、「なめてんのか」等の不適切な表現を大声で長時間にわたり繰り返したりするなどして叱責しており、これらの行為について、会社が、注意、指導として業務上必要かつ相当な範囲を超えていると判断したことは無理からぬものと考えられる。
ウ 就業環境を害する行為について
申立人らは、「X2らの一部の発言は、直接被害申告者に向けたものではない」旨も主張する。確かに、X2の懲戒処分の対象となった行為には、X2らを含む他の従業員との会話の中でなされているものがあるが、被害申告者が勤務中であった営業所において、被害申告者の所属する申立外C組合やその組合員を指して「どアホ」「バカタレ!」等の発言に及んでおり、聞こえよがしの暴言と評価されてもやむを得ない。
また、申立人らは、「X2らの一部の発言は、被害申告者からの挑発行為に対してなされたものであり、就業環境を害したことにはならない」旨も主張するが、被害申告者がX2らを挑発したと認めるに足る十分な証拠はなく、また、仮に、被害申告者がX2らとの会話の録音を試みるなどしていたとしても、「クソダボ!」「気色悪い」「ボケ」等の発言は行き過ぎており、会社がこれらの発言を侮辱的な暴言と評価したことには相応の理由がある。
さらに、申立人らは、「X2らと被害申告者との関係においては、申立外C組合の結成メンバーであるDが同組合の組合員あてに送信したメッセージ(以下「Dメッセージ」)により就業環境が害されていた」とも主張する。確かに、Dメッセージは(X2らを指した)「アホな4人」等の不穏当な言葉を含んでおり、X2らの心情が害されたことは理解できるが、その心情を職場での部下への対応に持ち込むことが正当化されるものではない。
(2)処分対象行為とその評価について
X2らの行為全体を総合的に考慮すれば、X2らは長期間にわたり複数の従業員に対して数多くの乱暴な発言や行き過ぎた指導等を繰り返しており、「被害申告者からの挑発に対してなされた発言である」等との申立人らの主張は理由がないことからすると、会社が、X2らの言動はパワハラであると認定したことには、相応の理由がある。
(3)以上から、会社が、X2らの言動が就業規則及びハラスメント防止規程に違反するとして、賞罰規程に基づき本件懲戒処分を行ったことは、職場秩序を維持しX2らの将来を戒めるものであり、企業秩序維持のための必要性に基づきなされたものと認められる。
3 会社の反組合的意図について
(1)懲戒処分の手続等について
申立人らは、「懲戒処分がなされる前に十分な弁明の機会が与えられなかった」旨主張しており、確かに、パワハラとされる発言の音源や前後の状況が開示されなかった。しかし、会社は、本件では、事実認定に当たり外部窓口弁護士の意見を聴取し、弁明の機会付与に際してX2らの発言内容を明示していることも踏まえると、X2らが求めた情報が開示されなかったことをもって、本件懲戒処分に手続上問題があったとまではいえない。
一方、本件懲戒処分の前にX2らに対して注意指導がなされなかったことは、会社において、X2らの行為によってもたらされた就業環境への悪化の改善に向けた対応をしていないという点で、本件懲戒処分に至るまでの手順に問題がなかったとは言い切れない面がある。
(2)量定の相当性について
申立人らは、「前例のないM市の量定基準により過重な処分がなされた」旨主張するが、会社においてパワハラによる処分事例がないなか、M市の基準を参考にしたことは無理からぬといえるし、また、会社はM市の基準のみをもって量定を判断したものではない。加えて、会社における6種類の懲戒処分の中で、停職は4番目に重い処分であり、最長6月とされる中、X2には20日、X3には5日の停職日数にとどまっていることからすると、X2らの処分理由に比して本件懲戒処分が著しく過重であるとまではいえない。
(3)株式譲渡を巡る対応について
〔M市が保有する会社株式に係る〕譲渡の方針が明らかとなった当初、大半の従業員が譲渡に反対したが、前事件〔兵庫県労委令和2年(不)第10号〕における組合内部及び組合間の意見対立により、株式譲渡に反対しているのはX1組合の分会組合員5人の少数派となった。この一連の過程を経て、会社が、株式譲渡を成功させようとする立場から、X1組合を快く思っていなかったことは推認に難くない。
(4)会社とC組合との関係について
会社が前事件においてDメッセージを主張書面で引用し労働委員会に提出したことについて、当該メッセージに含まれている「アホな4人」など不穏当な言辞を明らかにすれば、X2らの感情を害し、従業員間の対立が激しさを増すことは容易に想像できる。会社がX2らによるパワハラを助長させる意図を有していたとまではいえないものの、対立を抑止し就業環境の悪化をできるだけ防止しようとする姿勢に欠けていたものといわざるを得ない。
(5)会社から被害申告者への挑発指示について
ア 令和2年11月の部長B1と(従業員で運行管理者である)Eの会話の内容から、B1は、「組合内の話」との認識を示しつつ、労働委員会での審理について言及したり、チャンスがあれば何かしたい旨を述べたりするなど、会社が労働組合間の対立を利用して申立人らに敵対的な対応をとる意図を有していた可能性を完全には否定できない。
イ 令和4年4月の部長B1と参与B2との会話の内容からは、部長B1が参与B2に対し、証拠を集めればX2を追い込むことができる旨述べていたことが認められ、X2の従業員に対する言動を問題視し、証拠を得て対処しようとしていたことが推認され、「追い込める」との言辞や、参与B2が直ちにX2に事実確認を行っていなかった事実からは、X2らのパワハラを指導しやめさせる意図よりむしろ、処分を前提とした発言であるとみることもできる。
(6)X2ら以外の者に係るパワハラ相談について
X2が令和4年4月27日に、運行管理者であるEが同年10月17日に、それぞれパワハラを受けている旨を申し出たが、本件審理中の令和6年11月25日時点で結論が出されておらず、X2ら(の言動)に係るパワハラへの対応と比し緩慢で公平性を欠くとの感を免れない。
(7)上記のとおり、処分量定からは反組合的意図をうかがうことができないが、一方で、懲戒処分手続等において全く問題がないとは言い切れず、さらに本件懲戒処分当時の労使関係等の事情からは、会社が申立人らに好ましからざる感情を抱いていたことが推認できる。また、会社が、X2らのパワハラに2年間対応してこなかったとされていたにもかかわらず、令和4年4月以降、にわかにパワハラ対策に向けた体制を整え本件懲戒処分に至ったことを併せ考えると、労働施策総合推進法改正を奇貨として、X2らの処分を企図し、積極的に証拠を集めたとの疑念を払しょくすることができず、申立人らに対する嫌悪の情がなかったとまでは断ずることができない。
4 決定的動機について
本件懲戒処分については、企業秩序維持の必要性と、株式譲渡に反対する申立人らを嫌悪する会社の反組合的意図とが競合的に存在したものと認めるのが相当である。この場合において、本件懲戒処分を不当労働行為であるとするためには、後者の反組合的意図が前者の企業秩序維持の必要性よりも優越し、本件懲戒処分の決定的な動機であったことを必要とすると解される。
そこで検討するに、処分対象行為の当時、X2は代表取締役及び部長B1に次ぐ(統括課長兼総務担当課長の)職位に、X3は運輸部門の長にあり、率先して社内秩序の保持に努めるべき立場であったところ、X2らは、労働組合間の対立に拘泥し、暴言や不適切な指導等を複数の従業員に繰り返しており、懲戒処分の対象となった事実は企業秩序を著しく侵害する非違行為といわざるを得ない。
一方、X2らのパワハラを申告した運行管理者等は、X2らの言動を録音するために録音機を携帯して勤務していたことが推認され、両者の間に緊張関係があったと認めることはできるが、会社の指示によりパワハラ被害申告者が挑発的な態度をとっていたといえるかは疑問であるし、仮にそうであるとしても、X2らの言動が正当化されるものではない。
また、本件懲戒処分は、X2らの処分理由に比して著しく過重であるとまではいえず、処分量定からも反組合的意図をうかがうことができない。
以上の事情を考慮すれば、本件懲戒処分は、処分対象行為によって乱された企業秩序の維持の必要性に基づいてなされたことを決定的な動機としてなされたものというのが相当である。
5 以上の理由により、本件懲戒処分は、X2らが組合員であること等の故をもってなされたものではないので、労働組合法第7条第1号に該当しない。
また、X1組合の弱体化を企図してなされたとも認められないので、労働組合法第7条第3号にも該当しない。 |