概要情報
事件番号・通称事件名 |
東京都労委令和5年(不)9号
東京音楽大学不当労働行為審査事件 |
申立人 |
X1組合・X2組合(X1組合に組織加盟。併せて「組合ら」) |
被申立人 |
Y法人(法人) |
命令年月日 |
令和7年3月4日 |
命令区分 |
全部救済 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、①令和4年度以降の法人付属高等学校(以下「高校」)の非常勤講師に対する給与の支給方法の変更に関する第1回から第3回までの団体交渉における法人の対応が不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされ、その後、②法人が組合員A2に対して令和5年度に授業を委嘱しなかったこと、③法人がA2に対して令和5年4月4日付けでけん責処分を行ったこと(以下「本件けん責処分」)、④A2の令和5年度の担当コマ数等の労働条件及び同人に対する懲戒処分に関する第4回から第6回までの団体交渉における法人の対応に関し、追加申立てがなされた事案である。
東京都労働委員会は、①及び④について労働組合法第7条第2号、②及び③について同条第1号、第3号及び第4号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、(ⅰ)令和4年度以降の高校の非常勤講師に対する給与の支給方法の変更及び組合員A2の5年度以降の担当コマ数等の労働条件に関する団体交渉の申入れがあったときは、主張の根拠となる資料を提出するなどして誠実にこれに応じなければならないこと、(ⅱ)A2に対する、令和5年度春学期は授業を週6コマ、秋学期以降は週3コマ担当したものとしての取扱い、及び授業を実際に担当するまでの間に同人が得たであろう賃金相当額の支払、(ⅲ)A2に対する令和5年4月4日付けのけん責処分がなかったものとしての取扱い、(ⅳ)文書の交付及び掲示等を命じた。 |
命令主文 |
1 法人は、組合らから、令和4年度以降の高校の非常勤講師に対する給与の支給方法の変更及び組合らの組合員A2の5年度以降の担当コマ数等の労働条件に関する団体交渉の申入れがあったときは、法人の主張の根拠となる資料を提出するなどして誠実にこれに応じなければならない。
2 法人は、A2に対し、同人が5年度春学期は1コマ80分1回6,400円の授業を週6コマ、5年度秋学期以降は1コマ80分1回6,400円の授業を週3コマ担当したものとして取り扱い、授業を実際に担当するまでの間に同人が得たであろう賃金相当額を支払わなければならない。
3 法人は、A2に対する5年4月4日付けのけん責処分をなかったものとして取り扱わなければならない。
4 法人は、本命令書受領の日から1週間以内に、下記内容の文書を組合らに交付するとともに、同一内容の文書を55センチメートル×80センチメートル(新聞紙2頁大)の白紙に楷書で明瞭に墨書して、高校の職員室内の教職員の見やすい場所に10日間掲示しなければならない。
記 年 月 日
X1組合
執行委員長 A1殿
X2組合
執行委員長 A2殿
Y法人
理事長 B1
①令和4年7月29日から11月28日までの間に行われた令和4年度以降の高校の非常勤講師に対する給与の支給方法の変更に関する団体交渉並びに5年3月22日から6月5日までの間に行われた貴組合らの組合員A2氏の5年度の担当コマ数等の労働条件及び同人に対する懲戒処分に関する団体交渉における当法人の対応、②当法人が、A2氏に対して5年度に授業を委嘱しなかったこと、③当法人が、A2氏に対して5年4月4日付けでけん責処分を行ったことは、いずれも東京都労働委員会において、不当労働行為であると認定されました。
今後、このような行為を繰り返さないよう留意します。
5 法人は、第2項、第3項及び前項を履行したときは、速やかに当委員会に文書で報告しなければならない。 |
判断の要旨 |
1 令和4年度以降の高校の非常勤講師に対する給与の支給方法の変更に関する第1回から第3回までの団体交渉における法人の対応は、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点1)
(1)法人は、令和4年度以降、高校の非常勤講師に対する給与の支給方法の変更について、令和3年1月26日の事前説明会における「賃金の総額は変わらない」旨の説明と異なり、賃金減額が生じたことについて、事前説明会当時の認識に誤りがあったことを認めた上で、①大学と高校、労働と給与とのバランスを図り、非常勤講師の給与体系を均一化するために規程を制定したこと、②実際の勤務実態に合致し、労働の対価であることが明確となる実績払に改定したことや、実授業時間80分を120分で計算していた過誤を是正し教員間の不公平感を正すことには合理的な理由があること、③賃金の減額については激変緩和措置を実施すること、この措置については譲歩の余地があることを説明している。しかし、組合らは、18年間続けてきた給与の支給方法について、44.5パーセントもの減額となる大幅な不利益変更を行う合理的な理由の説明になっていないとして、不利益変更の合理的な理由の説明、不利益変更のない給与体系、不利益変更を白紙撤回して元の給与体系に戻すことなどを求め、双方の見解が対立する状況が続いている。
(2)しかし、組合らが、不利益変更の合理的な理由が説明されれば組合員を説得する姿勢も示しつつ、資料やデータに基づく十分な説明を求めていたのであるから、交渉が行き詰まりの状態に達していたということはできず、法人の対応によっては、交渉の進展する余地があったとみることができる。そして、法人が自らの主張の根拠を具体的な数字を示して説明することは、法人にとって可能なことであるから、そのような努力をせず、従来の説明を繰り返しただけの法人の対応は、組合の理解と納得を得るよう根拠を示して自己の主張を具体的に説明する姿勢に欠けていたといわざるを得ない。
よって、令和4年度以降の高校の非常勤講師に対する給与の支給方法の変更に関する第1回から第3回までの団体交渉における法人の対応は、不誠実な団体交渉に当たる。
2 法人が組合員A2に対して令和5年度に授業を委嘱しなかったことは、同人が組合員であること及び労働委員会に申立てをしたことを理由とした不利益取扱い並びに支配介入に当たるか否か(争点2)
(1)A2は、平成21年から13回の契約更新を重ねて、高校の理科の非常勤講師として勤務を継続し、令和5年2月2日には、法人に対し、労働契約法第18条に基づく無期雇用契約への転換を申し込んでいることから、A2の雇用契約は期間の定めがないものとなったと認められる。
無期転換後の労働条件は、別段の定めがある場合を除き、直前の有期労働契約と同一の労働条件となるところ、A2は、令和4年度において、週6コマの授業を担当し年間1,701,670円の給与が支給されていたにもかかわらず、法人が、令和5年度の授業を委嘱しなかったことで賃金を得られなくなったのであるから、労働条件通知書に担当するコマ数の記載がないとしても、法人が、A2に令和5年度の授業を委嘱しなかったことは、A2に対する不利益な取扱いに当たる。
(2)法人は、令和3年度入学から定員割れが続き学校運営の基盤づくりが急務となり、令和4年11月に理科の専任教員を採用することを決定し、令和5年3月22日に採用が決まり、A2の担当する授業がなくなったため、令和5年度に授業を委嘱しないと通知したものであり、不当労働行為に該当しない旨を主張する。
そこで検討するに、従前の例によれば、法人は、少なくとも令和4年12月には、A2に対し、専任教員が採用される場合には令和5年度にA2に委嘱する授業のコマ数が減る可能性があることを説明した上で、仮に専任教員が採用されても、専任教員とA2とに授業を分担して委嘱し、A2に一定の授業のコマ数を確保する対応を行ったものと考えられ、また、そうすることが十分可能であったにもかかわらず、今回法人は、そのような対応をせず、A2に令和5年度の授業を全く委嘱しなかった。
法人がA2にそのことを通知した当時は、令和4年11月にX2組合の結成が公然化され、令和5年2月に本件不当労働行為救済申立てがなされるなど、労使関係の緊張が高まっていたことがうかがわれるところ、授業を委嘱しないことの決定は、X2組合の中心的人物であるA2に対して行われたもので、対応に不自然な点が多々みられる。これらの点を総合的に勘案すると、法人がA2に対して令和5年度の授業を委嘱しなかった真の狙いは、組合員であるA2を嫌悪し、また、組合らの法人に対する影響力が高まることを懸念し、これを抑制することを狙って、A2に対し授業を委嘱しなかったものと判断せざるを得ない。
(4)よって、法人が、A2に令和5年度の授業を委嘱しなかったことは、同人が組合員であるが故の不利益取扱いであり、また、同人を組織する組合らが本件不当労働行為救済申立てをしたことを理由とする不利益取扱いに当たるとともに、組合らの弱体化を企図した支配介入にも当たる。
3 A2に対する本件けん責処分は、組合員であること及び労働委員会に申立てをしたことを理由とした不利益取扱い並びに支配介入に当たるか否か(争点3)
法人が主張する、本件けん責処分の処分事由は、①保護者からのクレームに関する(授業での)A2の発言1、②(クレームを言ったと思われる生徒に対する)発言2及び③Web掲示板への投稿であるところ、発言1及び発言2の存否については、当事者間に争いがある。
この点、仮に、A2が発言1及び発言2を行ったことが認められるとしても、令和5年2月27日の面談(以下「5.2.27面談」)で、A2が、クレームの内容を教えるよう求めたのに対し、校長はその具体的な内容を明らかにすることも具体的な指導を行うこともなかった。法人が、クレームを述べた生徒の特定につながるようなクレームの内容を話せないことは当然であるが、個人を特定できない形で、クレームに対する対応は慎重に行うべきであるなどの注意指導を行うことは可能であり、また、懲戒処分を行う前に、そのような注意指導を行う必要があったといえる。
そして、法人は、令和5年3月28日のA2に対するヒアリング(以下「5.3.28ヒアリング」)では、2月27日に発言2を行ったか否かについてA2から聴取していたところ、その後、発言2の時期を令和4年12月中旬に変更したものの、改めてA2にヒアリングを行うことをせず、5.3.28ヒアリングで確認したものとは時期の違う懲戒対象事実を認定した上で、本件けん責処分を行っている。A2が否認している事実を認定した上で懲戒処分を行う以上、A2に対する事実確認や弁明の聴取は慎重かつ丁寧に行うべきところ、法人の対応は、懲戒処分の手続として、いささか拙速とみざるを得ない。
法人には、高校において、本件けん責処分以前に教員に対して懲戒処分を行った例はなく、従前は保護者からのクレームがあっても当該教員を注意指導するなどして懲戒処分を回避していた法人が、本件においては、クレームに対するA2への注意指導を行わず、クレームの内容すら伝えず、いささか拙速に懲戒処分の手続を進めたことは、不自然とみざるを得ない。
以上のほか、①法人が、A2に令和5年度の授業を委嘱しない旨を通知した令和5年3月27日とけん責処分を行うことを決定した4月4日が近接していること、②A2による(校長との面談の内容や人事の内容について生徒が閲覧できるWeb掲示板への投稿に問題がないとはいえないとしても)投稿内容は比較的穏当なものであり、クレームを伝えた生徒へのけん制や報復と受け取られるようなものであるとまでは認められないこと、③掲載時間も7時間程度であること、④当時、労使関係の緊張が高まっていたことがうかがわれることを併せて考慮すると、本件けん責処分は、組合らの法人に対する影響力が高まることを懸念し、これを抑制することを狙って、X2組合結成の中心的役割を果たしていたA2に対し懲戒処分をすることによって、組合らの法人における影響力を減殺するための措置であったといわざるを得ない。
よって、本件けん責処分は、組合員であるが故の不利益取扱い及び不当労働行為救済申立てを理由とする不利益取扱いに当たるとともに、組合らの弱体化を企図した支配介入にも当たる。
4 A2の5年度の担当コマ数等の労働条件及び同人に対する懲戒処分に関する第4回から第6回までの団体交渉における法人の対応は、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点4)
(1)A2の令和5年度の担当コマ数等の労働条件について
①高校では、各教科の非常勤講師がいる状況下で、2月に当該教科の専任教員の募集を開始して、採用し、4月からの当該教科の非常勤講師の授業のコマ数をゼロにした例はなく、②翌年度に授業を委嘱しない非常勤講師に対して当年度の12月末頃にその旨を通知しており、③5.2.27面談において校長は、A2に対し、来年度のA2の稼働は予定どおりであると説明していた。しかし、法人は、A2に対しては、新年度開始のわずか5日前に、令和5年度の授業を委嘱しない旨の令和5年3月27日付通知を行っており、5.2.27面談における校長の事前説明とも異なる内容となっているのであるから、法人は、従前の例と異なる手続を経てA2に令和5年度の授業を委嘱しなかった理由について、具体的な説明を行う必要があった。
しかし、第4回団体交渉において、組合が、A2の無期転換後の労働条件を従前の労働条件とすること及び組合員の労働条件変更の提案については組合らを窓口にすることを要求したのに対し、法人は、令和5年3月23日付回答により、組合らに対し、組合員の労働条件変更の提案について、組合らを窓口にすることには応じられないと回答した上で、A2に対し、5年度の授業を委嘱しない旨の3月27日付通知を行った。
そして、第5回及び第6回団体交渉では、法人は、令和4年度中から専任教員の募集を行うことを決めており、計画に基づき専任教員の採用が決まったため、A2に令和5年度の授業を委嘱しないことになった旨を説明するものの、①5.2.27面談における校長の説明と異なり、結果としてA2に5年度の授業を委嘱しないこととした理由について特段の説明を行っておらず、また、②組合らが高校中期人事計画の開示を求めたにもかかわらず、法人が同計画を提出したのは本件追加申立ての4か月後の本件審査手続においてであり、法人が、A2の5年度の担当コマ数等の労働条件について具体的な説明を行ったものと認めることはできない。
したがって、A2の労働条件に関する第4回から第6回までの団体交渉における法人の対応は、誠実交渉義務に違反するものであり、不誠実な団体交渉に当たる。
(2)A2の懲戒処分について
法人は、「生徒と保護者の個人情報の保護について配慮した上で、団体交渉においても懲戒処分に至った経緯について必要かつ十分な説明をした」と主張する。
しかし、A2が発言1及び発言2の事実を否定している中で、法人がそれら事実があったと認定し、それに基づいて本件けん責処分を行ったのであるから、法人は、A2が否定したにもかかわらず、懲戒対象事実を認定した経緯や根拠等について、丁寧に説明する必要があったというべきである。組合が出席を求めた校長と事務局長を団体交渉に出席させなかった上、団体交渉の出席者は、校長や事務局長の面談の録音も聞いておらず、事実認定の経緯に係る組合らの疑問に対し、十分な説明をしようとせず、逆に組合側に立証を求めた法人の対応は、組合の理解や納得を得ようとする姿勢に欠けているといわざるを得ない。
また、第6回団体交渉において、組合らが、保護者からのクレームの記録について、黒塗りでもよいと生徒や保護者の個人情報の保護に配慮した提案をしているにもかかわらず、結局、法人は、懲戒対象事実の発端となった保護者からのクレームが実際にあったことを示す証拠となる保護者からのメールを団体交渉においては提示しておらず、本件申立て後の本件審査手続において、初めて提出した。このような対応からも、懲戒対象事実の認定について、根拠を示して組合の納得を得ようとする姿勢はうかがわれない。
これらを併せ考えれば、懲戒処分に関する第4回から第6回までの団体交渉において、懲戒処分に至る経過について丁寧に説明をしたとはいえず、これら団体交渉における法人の対応は、不誠実な団体交渉に当たる。 |