概要情報
事件番号・通称事件名 |
新潟県労委令和4年(不)第2号
国立大学法人新潟大学不当労働行為審査事件 |
申立人 |
X組合(組合) |
被申立人 |
Y法人(法人) |
命令年月日 |
令和7年1月23日 |
命令区分 |
一部救済 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、法人が、准教授A(任期制教員)の処遇についての計6回の団体交渉(以下「本件団体交渉」)において、①学生が学部長に提出したAのハラスメント行為への対応などに関する要望書を提示しなかったこと、②再任を否とする決定がなされたAに係る再任審査・再審査の資料を提示しなかったこと、③学部長Bが第3回団体交渉において(組合の意見書に対する回答として)手元に準備し読み上げたメモを提示しなかったこと、④要望書を提出した学生の人数を説明しなかったこと、⑤それらの学生の氏名を説明しなかったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
新潟県労働委員会は、①、②及び④について労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、(ⅰ)①及び②の資料について、可能な限り提示することとし、これに応じられないものについては、その理由を具体的に説明し、提示に代わる措置を検討するなどして、誠実に団体交渉を行わなければならないこと、(ⅱ)④の人数の組合への明示を命じ、その余の申立てを棄却した。 |
命令主文 |
1 法人は、組合が提示を求めているA組合員に関する以下の資料について、可能な限り提示することとし、これに応じられないものについては、その理由を具体的に説明し、提示に代わる措置を検討するなどして、誠実に団体交渉を行わなければならない。
(1)令和元年7月17日付け学生の要望書
(2)Aの再任を議題とする自然科学系教員再任審査委員会及びその再任審査結果に係る自然科学系教授会議に供された資料一式
(3)Aの再任を議題とする自然科学系教員再任再審査小委員会及びその再任再審査結果に係る自然科学系教授会議に供された資料一式
2 法人は、令和4年3月9日の第3回団体交渉で学部長Bが、Aの授業担当を停止した理由として言及した「複数の学生」の人数を、組合に明示しなければならない。
3 組合のその余の申立ては棄却する。 |
判断の要旨 |
◎争点
第1回団交から第6回団交における大学による組合に対する以下の対応は不誠実であり労組法第7条第2号の不当労働行為に該当するか。
①令和元年7月17日に学生が学部長に提出した要望書(以下「本件要望書」)を提示しなかったこと。
②再任審査・再審査の資料を提示しなかったこと。
③第3回団交において大学側の学部長Bが手元に準備して読み上げたメモ(以下「本件読み上げメモ」)を提示しなかったこと。
④第3回団体交渉で学部長Bが言及した「複数の学生(以下「当該学生」)」の人数を説明しなかったこと。
⑤当該学生の氏名を説明しなかったこと。
◎判断
1 使用者が誠実に団体交渉に当たったかどうかは、組合の要求に対する使用者側の回答の有無・程度、その回答の具体的根拠についての説明の有無・程度、さらに、必要な資料の提示の有無・程度等を考慮した上で、使用者が労働組合との合意達成の可能性を模索したといえるかどうかにより判断すべき。また、その判断においては、もう一方の当事者である組合側の要求の具体性や追及の程度、使用者との合意を求める努力の有無・程度が考慮されるべき。
そのため、本件においては、提示そのものの必要性・相当性のほか、第1回団体交渉から第5回団体交渉までの経過における当事者双方の対応を検討し、判断を行う。
(1)団体交渉における組合の要求について
大学側は、「組合が、本件雇止め〔注 Aが令和4年3月末をもって契約期間満了により大学との雇用関係を終了したこと〕の撤回を要求する以上、組合側が団体交渉において弾劾すべき対象は本件雇止め理由を構成する事実関係であり、組合が団体交渉の目的、主張、要求と各請求資料の関連性等を明らかにしていない以上、資料提示に応じる必要はない」と主張する。
しかし、団体交渉の経過をみるに、組合の主たる要求は本件雇止めの撤回であったとしても、当事者双方は、本件授業停止措置〔注 令和元年8月に、Aが必修科目など学生の意志によらず配属される科目の担当を外される措置を受けたこと〕や学部教員配置検討委員会を含む、本件雇止めに係るプロセス全般を議題にして議論を行っており、これらに関連して組合が大学に説明を求め、その根拠として資料の提示を求めていたことは不合理とはいえない。
(2)本件要望書を提示しなかったことについて(争点①)
組合による本件要望書の提示請求は、本件雇止めの手続きに瑕疵があるとする組合の主張との関連性がある。また、大学は、「本件要望書の記載内容は不完全な情報や誤った情報が含まれている」とする組合の懸念や、本件要望書が再任審査の過程で(再任審査委員会や教授会議に)共有されたことを問題視する組合の主張に対し、自らの見解を明らかにする等の対応を回避している。
なお、個々の学生について知り得た秘密を保護する必要から、資料の提示ができない場合があることは理解できるが、大学は団体交渉において、本件要望書を提示しない理由を単に「学生の保護のため」などと述べ、具体的な説明を行っていない。
以上を踏まえると、大学が本件要望書を提示しない対応そのものの是非はともかく、本件要望書の提示を求める組合の主張に対し、自らの主張や反論を十分に述べず、提示に応じられない理由を具体的に説明しなかった点で、大学は合意達成の可能性を模索する義務を怠っており、かかる大学の対応は労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当する。
(3)再任審査・再審査の資料を提示しなかったことについて(争点②)
団体交渉において、組合は、本件雇止めに至る過程でいかなる資料が用いられたのか、用いられた資料中に本来用いるべきでない資料が含まれているのか否かについて大学の回答を求めていた。また、再任審査・再審査の資料について組合が提示を請求することは、本件団体交渉における組合の要求事項と具体的な関連性があり、本件雇止めの過程で共有された資料の一部について、教授会議に供されたことに問題があるとする点について、組合はある程度の根拠〔注大学のハラスメント規程上の守秘義務〕を添えて主張している。一方、大学が再任審査・再審査の資料を提示しなかったこと自体は理解できなくはないものの、この点について組合に対する説明は十分とはいえない。
以上から、再任審査・再審査の資料提示を請求する組合に対し、大学は、提示を拒否する際に単に(「公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある」との)一般論を述べるにとどめ、合意達成の可能性を模索する義務を怠っていることから、誠実交渉義務を果たしたと評価するには足りず、大学の一連の対応は労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当する。
(4)本件読み上げメモを提示しなかったことについて(争点③)
組合は、(第3回団体交渉前に、組合が大学に提出した令和3年9月28日付け意見書に対する文書回答を求めていた事実はあるものの)第3回団体交渉当日はあくまで本件読み上げメモの提示を求めていたのであり、大学に対し明確に文書回答を求めているわけではない。また、手元書類(が原稿のような形で存在していたと)の推測に基づき、単に読み上げメモの提示を求める組合の主張は合理的とは言い難く、聞き取りが困難であるとする組合の訴えに対しても大学は(再説明を提案するなど)誠実に対応しており、組合としても本件読み上げメモの提示が必ずしも必要であったとまでの事情は存在しない。
以上から、本件読み上げメモを組合に提示しなかった大学の対応は不誠実とまでは言いがたく、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当しない。
(5)当該学生の人数を説明しなかったことについて(争点④)
当該学生の人数は、本件授業停止措置に関連する情報であり、これを明らかにするよう組合が求めることには理由がある。また、学生の特定につながることを理由に、これに応じられないとする大学側の説明は具体性に乏しく、学生数を明らかにすることにより生じる影響も明らかでない。そのため、当該学生の人数を明らかにすることに支障があるとする大学の主張には理由がない。
以上から、当該学生の人数を明らかにするよう求める組合に対する大学側の一連の対応は、団体交渉における発言〔注学生から複数の要望が寄せられたことから授業を停止している旨〕の具体的根拠となる情報について、正当な理由なく説明を拒んだものとなり、組合との合意形成の可能性を模索する義務を怠ったものと評価できることから、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当する。
(6)第3回団体交渉で学部長Bが言及した当該学生の氏名を説明しなかったことについて(争点⑤)
組合は、当該学生の氏名の開示を要求していたことについて、第3回団体交渉におけるAの発言により(大学側は)認識可能であると主張するが、Aは団体交渉の場において明示的に「名前を開示してください」という趣旨の発言をしていない。また、同日のAの「誰を特定するとかそういうのは全くないです」などの発言からは、Aが学生の特定を希望していた意図を読み取ることはできない。
その他、大学が本件において組合から当該学生の氏名の開示を求められていたと認識できるような客観的事実の疎明はない。
組合が当該学生の氏名の開示を大学に要求した事実がない以上、これに対し大学は(誠実交渉に係る)具体的義務を負うとは認められない。
以上から、組合の主張には理由がなく、大学が当該学生の氏名を開示しなかったことは労働組合法第7条第2号の不当労働行為には該当しない。
(7)以上のとおり、組合が本件要望書及び再任審査・再審査の資料の提示を求め、当該学生の人数を明らかにするよう求めたことに対する大学の一連の対応は不誠実であり、争点①、②及び④に係る大学の対応は労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当する。一方、本件読み上げメモ及び当該学生の氏名に係る申立てには理由がなく、争点③及び⑤に係る大学の対応は同条第2号の不当労働行為に該当しない。
2 救済方法について、組合は本件申立てにおいて、本件要望書及び再任審査・再審査の資料の提示による救済を請求している。
しかし、大学の一連の対応は、提示を求める組合の主張に対し、提示に応じられない理由を具体的に説明しなかった点で不誠実であり、救済の必要性はあるものの、学生の個人情報等、その取り扱いに慎重さを要する資料が含まれる以上、これらの提示を命じることは、救済の手段として必ずしも妥当ではない。そのため、主文第1項のとおり命じる。 |