概要情報
事件番号・通称事件名 |
三重県労委令和5年(不)第1号
伊賀市不当労働行為審査事件 |
申立人 |
個人X |
被申立人 |
伊賀市(「市」) |
命令年月日 |
令和6年11月19日 |
命令区分 |
一部救済 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、令和4年9月30日に行われた申立外C組合(以下「組合」)の役員選挙に関し、上下水道事業管理者B1が、①Dに対し、組合の次期役員の選挙に立候補するよう働きかける発言をしたこと、②上下水道部次長B2に対し、組合の次期役員の選出に際し、X及びEを執行部とする体制をD及びFを執行部とする体制に変更するための働きかけをするよう指示をしたこと、③Dに対し、再度、組合の次期役員に立候補するよう働きかける発言をしたことが不当労働行為に当たる、として個人Xから救済申立てがなされた事案である。
三重県労働委員会は、①、及び②の一部(B1がB2に対し、Xに組合の次期役員選挙に立候補しないように言えとの趣旨の発言をしたこと)について労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為であると判断し、市に対し、(ⅰ)組合の役員選挙に関し、組合員に対し、立候補するよう勧めたり、立候補することを思いとどまらせようとしたりする(上下水道部の職員に対し、これらの行為を行わせるよう指示することを含む。)などして、同組合の運営に介入してはならないこと、(ⅱ)文書の掲示等を命じ、その余の申立てを棄却した。 |
命令主文 |
1 市は、組合の役員選挙に関し、組合員に対し、立候補するよう勧めたり、立候補することを思いとどまらせようとしたりする(市上下水道部の職員に対し、これらの行為を行わせるよう指示することを含む。)などして、同組合の運営に介入してはならない。
2 市は、本命令書受領の日の翌日から起算して15日以内に、A3判の大きさの白紙(縦約42センチメートル、横約30センチメートル)全面に楷書で下記内容を明瞭に記載し、市が運営する市上下水道部の庁舎内の職員が見やすい場所に14日間掲示しなければならない。
記
年 月 日
X様
市
上下水道事業管理者 B1 印
当市上下水道事業管理者が行った下記の行為が不当労働行為であると、三重県労働委員会において認定されました。今後、このような行為を繰り返さないようにいたします。
記(1)令和4年9月6日頃、当時、組合員であったDに対し、同月に行われる組合の次期役員選挙に立候補するよう働きかける趣旨の発言をしたこと。
(2)同月21日、当時、市上下水道部次長の職にあったB2に対し、Xに組合の次期役員選挙に立候補しないように言えとの趣旨の発言をしたこと。
3 市は、前項を履行したときは、当委員会に速やかに文書で報告しなければならない。
4 その余の申立てを棄却する。 |
判断の要旨 |
1 支配介入の意義及びその成否に関する判断基準について
(1)労働組合法第7条第3号にいう支配介入とは、労働組合が使用者との対等な交渉主体であるために必要な自主性、独立性、団結力、組織力を損なうおそれのある使用者の行為を広く含む(東京地判平成29年12月13日参照)。
(2)もっとも、本件のように、使用者の行為が言論による場合には、使用者の言論の自由との関係についても考慮する必要があるが、使用者の言論が労働組合の結成、運営に対する支配介入にわたる場合は不当労働行為として禁止の対象となると解すべきである。具体的には、①言論の内容、②発表の手段、方法、③発表の時期、④発表者の地位、身分、⑤言論発表の与える影響などを総合して判断し、当該言論が組合員に対し威嚇的効果を与え、労働組合の組識、運営に現実に影響を及ぼした場合はもちろん、一般的に影響を及ぼす可能性のある場合は支配介入となる(最二小判昭和57年9月10日)。
2 令和4年9月6日、管理者B1はDに対し、令和4年9月に行われる組合の次期役員の選挙(以下「役員選挙」)に立候補するよう働きかける発言をしたか。当該発言があった場合、その発言は、組合の運営に対する介入に当たるか。(争点1)
(1)令和4年9月6日、B1がDに対し、役員選挙に立候補するよう働きかける発言をしたか。
令和4年9月6日頃、B1は、Dに対し、「お前たちの世代が中心となり、今の組合の活動について、労使協議をしっかり行い、お互いに協力し合えるような体制に変えてほしい」との趣旨のことを述べているが、「D」という個人名を示して、役員選挙に立候補するよう述べたとまでは認められない。
しかし、Dが、B1の発言に対して組合の役員に立候補することを断っていることなどから、Dは、B1の発言が、役員選挙に立候補することを勧める趣旨のものと理解したことがうかがわれる。
これらから、令和4年9月6日頃、B1はDに対し、役員選挙に立候補するよう働きかける趣旨の発言をしたと認められる。
(2)当該発言があった場合、その発言は、組合の運営に対する介入に当たるか。
ア 前記B1の発言が、組合の運営に対する介入に当たるか否かについては、①言論の内容、②言論の発表の手段及び方法、③言論発表の時期、④発表者の地位及び身分、⑤言論の発表が与える影響等を勘案し、判断する。
まず、①については、Dに対し、役員選挙に立候補するよう働きかける趣旨の発言であり、組合の役員の選出という、組合の運営にとって重要、かつ、組合が自主的に決定すべき事項に関わるものといえる。
②について、Dに対して個別に話をする方法により行われた。
③について、その言論は、令和4年9月6日頃に行われたものであるから、役員選挙が近い時期に行われたことは明らかで、B1にもその認識があったと認められる。
④について、B1は、令和4年9月当時、上下水道事業管理者、すなわち、上下水道部の長の地位にあった。したがって、地方公営企業の管理者として様々な権限を有しており、B1の言論は、Dの言動に対して影響を与え得るものであった。
⑤について、B1の言論の発表は、その地位、権限等による影響力を通じて、Dが役員選挙への立候補を検討することに結び付き得ると考えられる。実際、令和4年9月27日、役員選挙に関し、Dは次期書記長の候補者として、Fは次期執行委員長の候補者として、立候補の届出をしている。また、その結果、執行委員長の選挙につき、投票が実施され、D及びFが当選した一方で、申立人Xが落選するに至っている。
更に、その他の事情についてみると、第一に、時期は不明であるが、令和6年9月6日頃以降役員選挙が行われるまでの間に、Dは、B1と会った際、2、3回程度組合の活動に関する話をしたことがうかがわれる。このことは、前記B1の発言が、漠然とした期待の表明にとどまるものではなかったことを推認させる事情として考慮できる。
第二に、Xが組合の執行委員長、Eが組合の書記長を務めていた当時のことについてのB1の供述からすると、B1は、令和4年9月当時、X及びEによる組合の活動について快く思わないところがあったとうかがわれ、そのことが、役員選挙が近いとの認識と相まって、Dに対し、役員選挙に立候補するよう働きかける趣旨の発言をする動機となったとの推認もできる。
以上を総合すると、B1の発言は、Dへの働きかけを通じて、組合の役員の選出に影響を及ぼし、ひいては、組合活動全般に影響を及ぼす可能性がある言論であったと認められ、組合の運営に対する介入に当たると解される。
イ なお、市は、①B1自身は、若い世代にもっと組合活動をしてほしいという考えから、個人的に話のできるDに対して発言を行ったもので、組合の運営を支配しようという意図は全く持っていなかったこと、②Dが組合役員になることを断ったことについて、B1から苦情や非難等があったわけではなく、B1の発言は何らの強制力を有していなかったこと、③Dが立候補を決めたのは、Fとの相談を経て自身の意思によるもので、B1による強制ではないこと、を理由として、争点1に係る事実が組合の運営に対する介入に当たらないと主張するので、その主張の当否について検討する。
①について、前記B1の発言は、Dに対し、役員選挙に立候補するよう働きかける趣旨の発言であったといえる。また、B1は、令和4年9月当時、X及びEによる組合の活動について快く思わないところがあったことがうかがわれ、そのことが、9月6日頃、役員選挙が近いとの認識と相まって、Dに対し、役員選挙に立候補するよう働きかける趣旨の発言をする動機となったと推認できる。これらから、B1の発言が、若い世代にもっと組合活動をしてほしいという考えから、個人的に話のできるDに発言を行ったにすぎないとは解されず、組合の運営を支配しようという意図は全く持っていなかったとする市の主張には無理がある。
次に、②及び③について述べると、使用者の言論が組合員である労働者に対し威嚇的効果を与え、労働組合の組識又は運営に現実に影響を及ぼした場合はもちろん、一般的に影響を及ぼす可能性のある場合は支配介入となると解される。
これに照らせば、使用者の言論に威嚇、強制等の要素が伴っていない場合や、組合員である労働者の意思が抑圧されていない場合も支配介入は成立し得る。そうすると、B1の発言が、Dへの働きかけを通じて、組合の役員の選出に影響を及ぼし、ひいては、組合活動全般に影響を及ぼす可能性がある言論であったと認められる以上、市が主張する事情は、いずれも支配介入の成立を妨げる事情とはなり得ない。それゆえ、Dに対するB1の発言が強制力を有していなかったこと等を理由として、支配介入に当たらないとする市の主張には理由がない。
3 令和4年9月21日、管理者B1が市上下水道部の次長B2に対し、組合の次期役員の選出に際し、申立人X及びEを執行部とする体制をD及びFを執行部とする体制に変更するための働きかけをするよう指示をしたか。当該指示があった場合、その指示は、組合の運営に対する介入に当たるか。(争点2)
(1)令和4年9月21日、B1がB2に対し、組合の次期役員の選出に際し、申立人X及びEを執行部とする体制をD及びFを執行部とする体制に変更するための働きかけをするよう指示をしたか。
令和4年9月21日、B1はB2に対し、「Xに役員選挙に出ないように言え」との趣旨のことを述べた。
この点、Xは、「B1がB2に対し、X及びEの執行部体制からD及びFの執行部体制に交代させるよう指示した」旨を主張するが、X以外の具体的氏名を挙げて交代させるよう発言したとまでは認められない。また、B2が、この発言の内容について、Xからの依頼があるまで同人に伝えておらず、また、X以外の組合の組合員にも伝えていないことに加えて、その後、その発言をめぐってB1からB2に対する確認も行われなかったとうかがわれることから、B1の発言が「指示」として評価できるものであるかは明らかではない。
しかし、前記B1の発言は、少なくとも、Xが役員選挙に立候補することを思いとどまらせようとする内容を含むから、それがB2に対する「指示」として評価できるものであるかが明らかでないとしても、組合の執行部体制の一部につき、変更を及ぼすような働きかけを行うことを意味する発言と認められる。
以上から、Xが主張するとおりの事実までは認められないが、令和4年9月21日、B1がB2に対し、役員選挙に際し、Xが組合の執行委員長として立候補することを思いとどまらせるための働きかけを行うよう発言したこと、すなわち、組合の執行部体制を変更させるための働きかけを行うよう発言したことは認められる。
(2)(1)の指示があった場合、その指示は、組合の運営に対する介入に当たるか。
ア B1の発言が、組合の運営に対する介入に当たるか否かについては、①言論の内容、②言論の発表の手段及び方法、③言論発表の時期、④発表者の地位及び身分、⑤言論の発表が与える影響等を勘案し、判断する。
まず、①については、少なくとも、「Xが役員選挙に出ないように言え」との趣旨のことを述べたと認められ、組合の役員の選出という、組合の運営にとって重要、かつ、組合が自主的に決定すべき事項に関わるものであったといえる。
②について、構造上、会話の内容が室外に聞こえる可能性が否定できない管理者室において、B2に対して個別に話をする方法により行われたといえる。
③について、その言論は、令和4年9月21日に行われたと認められるから、役員選挙が近い時期に行われたことは明らかであり、また、B1にもその認識があったといえる。
④について、B1は、令和4年9月当時、上下水道事業管理者、すなわち、地方公営企業の管理者として様々な権限を有していたのであるから、B1の言論は、B2の言動に対して影響を与え得るものであった。
⑤について、令和4年9月当時、B1が市上下水道部の長の地位にあり、B2がそれに次ぐ地位にあったことに鑑みれば、通常、職位が最上位である者からその部下が、B1の発言と同趣旨の発言を受ければ、その発言に沿った行動がとられるものと考えられることから、B1の発言は、B2に、役員選挙への立候補をしないよう、Xに働きかけを行わせる可能性があった。また、たまたま実行はされなかったが、B2によってそれが実行されていた場合、Xが役員選挙への立候補を検討することに影響を及ぼす可能性が十分にあった。
以上を総合すると、B1の発言は、Xが役員選挙への立候補を検討することに関し、影響を及ぼすことを通じて、Xが立候補することを阻止しようとしたもので、ひいては、組合活動全般に影響を及ぼす可能性がある言論と認められる。
これらから、B1の発言は、組合の運営に対する介入に当たると解される。
イ なお、市は、最判昭和58年12月20日民集140号685頁を引用したうえで、「争点2に係るB1の発言は言論の自由の範囲内にとどまり、支配介入には該当しない」と主張するので、その主張の当否について検討する。
市は、B1の発言が支配介入に該当しない理由として、①管理者室という周囲を区切られた空間で行われたもので、他の職員が発言内容を認識できる可能性が極めて小さかったこと、②管理職である職員個人に対する発言であること、③指示ではなかったこと、④B2がXに発言内容を伝えていないこと、⑤1回かつ短時間の出来事であることを挙げる。
しかし、使用者の言論が労働組合の組織又は運営に現実に影響を及ぼした場合はもちろん、一般的に影響を及ぼす可能性がある場合も支配介入に当たると解される。B1の発言が周囲を区切られた空間における管理職である職員個人に対する1回かつ短時間の発言で、指示とは認識していないもので、B2がXには伝えなかったとしても、職位が最上位である者からそれに次ぐ地位にある職員に対する発言であり、B2に、役員選挙への立候補をしないようXに働きかけを行わせる可能性があるものであった。また、たまたま実行はされなかったが、B2によってそれが実行されていた場合、Xへの働きかけを通じて、同人が役員選挙に立候補することを阻止し、ひいては、組合活動全般に影響を及ぼす可能性があった。このことから、市の主張は、支配介入の成立を妨げる事情とはならないと言うべきである。
更に、B1の発言の内容は、組合の運営に介入する内容を含んでおり、団結権との関係において問題のある言論であることは明らかである。
よって、市の主張には理由がない。
4 令和4年9月27日、管理者B1が、Dに対し、再度、組合の次期役員に立候補するよう働きかける発言をしたか。(争点3-1)
当該発言があった場合、その発言は、組合の運営に対する介入に当たるか。(争点3-2)
(1)①令和4年9月27日の16時50分頃、Dは、上下水道部の3階の喫煙所において、Fと役員選挙への立候補に関する相談をし、その結果を踏まえ、同僚に推薦をもらい、次期書記長候補者としての立候補の届出をしたと推認できる一方、②執務室を出た後のDの行動についての目撃証言はなく、③他に、同時刻に、DとB1が会っていたことをうかがわせる事情もない。
このような状況の下では、同時刻頃にDがB1のところに行った事実を認めるに足りる証拠はなく、同時刻頃に、B1がDに対し、役員選挙に立候補することを働きかける発言をしたとは認められない。
(2)よって、争点3-1に係る事実があったと認めることはできないから、争点3-2について論じるまでもなく、組合の運営に対する介入があったとは認められない。 |