概要情報
事件番号・通称事件名 |
東京都労委令和元年(不)第95号
聖マリアンナ医科大学不当労働行為審査事件 |
申立人 |
X組合(組合) |
被申立人 |
Y法人(法人) |
命令年月日 |
令和6年8月27日 |
命令区分 |
棄却 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、①令和4年3月2日の(第9回)団体交渉における法人の対応、②組合からの同年4月14日付けの団体交渉の申入れに対し、法人が、応ずることができない旨を回答したことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
東京都労働委員会は、申立てを棄却した。 |
命令主文 |
本件申立てを棄却する。 |
判断の要旨 |
1 令和4年3月2日の(第9回)団体交渉における法人の対応は、正当な理由のない団体交渉拒否又は不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点1)
第9回団体交渉において、法人は、団体交渉の開始から約40分で、組合との団体交渉を打ち切っている。
組合は、同団体交渉における団体交渉事項は、寄附行為の細則の開示・送付であると主張する。
同団体交渉において寄附行為の細則の開示・送付に関するやり取りが主となっていった経緯は、第7回団体交渉の途中から、組合が、法人の常勤ないし専任の理事が団体交渉に出席していない理由を質問していく中で、理事会の関与がないまま理事長が単独で執行役員Bに団体交渉の委任を行っていることに疑問を呈し、法人に対して説明を求めたところ、法人が、寄附行為のほかに、施行規則や寄附行為の下位規定(細則)である常任役員会規定を引用して説明を行ったことから、組合が、法人の説明の根拠となるものを開示・送付することを求めるようになった、というものである。
以上の経緯を踏まえ、第9回団体交渉における法人の対応が正当な理由のない団体交渉拒否ないし不誠実団体交渉に当たるかどうかを判断するに当たっては、第7回及び第8回の団体交渉における法人の対応・説明等も交渉経過として考慮しながら、第9回団体交渉における労使双方の交渉態度を検討した上で判断する必要がある。
(1)第7回及び第8回団体交渉における法人の対応・説明について
法人は、(令和3年11月17日の)第7回団体交渉においては、法人として執行役員Bに組合との団体交渉についての交渉権限を適切に付与(委任)しており、また、法人内部の意思決定として団体交渉の対応に理事会の決定を要しないことについて、(同年12月23日の)第8回団体交渉においては、団体交渉の対応が理事会決定事項ではなく担当理事への委任が可能であることの根拠・判断基準や、総務担当理事への委任事項に団体交渉の対応が含まれることをあらかじめ決定していることについて、それぞれ、主として寄附行為及び施行規則の具体的な根拠規定を詳細に挙げながら、十分な時間を掛けて、説明を行っている。
したがって、法人は、組合が第7回団体交渉の途中から問題視して質問を繰り返している、団体交渉出席者の交渉権限やその根拠に係る論点についても、法人としての理解の下に、組合に対して相応の説明を行っているとみるのが相当である。
(2)法人側の団体交渉出席者について
本件において、法人側は、組合との全9回の団体交渉を通じて、人事部門の業務執行に関して責任を負う執行役員B1や、人事部長といった、法人内において相応の役職にあり、かつ人事労務について知見のある役職の者が出席している。また、法人側は、毎回複数の代理人弁護士が出席しており、当該代理人弁護士が、法人からの委任を受けて団体交渉に出席し交渉を行っている。
そして、これらの法人側の出席者は、(令和3年10月21日の)第6回団体交渉までは、主に、〔有期雇用契約の非正規職員である〕組合員Aの無期転換の時期、無期転換に関して行われた手続、無期転換の期間の考え方、〔任期を1年とする別の雇用契約によりAが非常勤講師をしていた〕科目閉講時の法人とAとのやり取りなどに関する組合からの質問に対し、各回おおむね2時間ないし3時間を確保し、組合に送付した回答書面への補足もしつつ、法人の見解を説明し、回答を行っている。
また、第7回団体交渉以降も、組合が問題視して質問を繰り返している、団体交渉出席者の交渉権限やその根拠に係る論点について、法人としての理解の下に、組合に対して相応の説明を行っている。
そうすると、上記法人の対応については、交渉権限を付与(委任)した交渉担当者及び代理人弁護士を組合との団体交渉に出席させ、交渉事項について実質的に回答、説明を行い、協議したとみるのが相当であり、法人側の出席者に特段の問題は認められない。
(3)第9回団体交渉における労使双方の交渉態度について
法人は、組合による法人側出席者に対する不穏当な発言が繰り返されたにもかかわらず、なんとか説明を続けようとしており、組合からの「黙れ。」、「しゃべるな。」といった法人の発言そのものを妨害する発言に対しても、「『黙れ。』じゃないでしょ。」、「話を聞いてください。」、「しゃべらなかったら・・・説明できないじゃないですか。」などと発言し、なお、組合の納得を得るべく、説明の継続を試みている。しかしながら、組合は、「黙れ。」という発言を10回、「しゃべるな。」という発言を8回繰り返し、法人の発言を遮ることに終始していた。
以上のような、第9回団体交渉における労使双方の交渉態度に照らせば、法人が組合との団体交渉を打ち切った時点において、両者の間で、団体交渉事項に関して実質的・建設的な交渉を行うことは不可能な状態に陥っていたとみるほかない。そして、その直接的な原因は、「話合いじゃねえって言ってんだよ、こっちのことに答えるのがあんたらの義務であって、それ以上何かしゃべる権利なんかねえって言ってんだよ。」などの労使が対等の立場で協議するという団体交渉の趣旨を自ら否定ないし没却する発言や、繰り返し法人の発言そのものを妨害し続けた組合の交渉態度にあったことは明らかというべきである。
(4)寄附行為の細則の開示・送付に係る法人の対応について
第7回団体交渉において、組合は、法人に対し、理事長の権限、理事会の権限、執行役員Bが理事会とどういう関係の立場になり得るのかなどが分かるような寄附行為関係(規則関係)を内部のものを含めて全てについて、次回の団体交渉までに送信するように要求し、最終的には、法人から、「今、Aさんが要求したことについては回答します。」、(「該当箇所全部出すってことで了解しましたよ。よろしいですね。」との組合からの質問に対して)「はい。」との回答を得ている。
しかし、法人は、第7回団体交渉後に寄附行為を、第8回団体交渉後に施行規則を、それぞれ送付したものの、第9回団体交渉前までに、更なる下位規定である寄附行為の細則については送付していない。そうすると、組合の認識からすれば、組合の要求資料に施行規則だけでなく細則も含まれているという理解の下、組合が法人の対応に不満を抱くことにも理由がないわけではなく、第9回団体交渉において、組合が法人の対応に苦言を述べたこと自体は理解できなくはない。
他方で、第8回団体交渉におけるやりとりからすると、法人において、第8回団体交渉においては、組合から明示的に開示・送付を求められたのは施行規則のみであると認識し、第8回団体交渉後に、施行規則のみを組合に送付したことについては、不自然とまではいえない。
そして、こうした状況の中、第9回団体交渉において、組合が、施行規則のみを開示・送付し、寄附行為の細則の開示・送付を行わなかったという法人の過去の行為について繰り返し理由を問いただしても、法人としては、執行役員B1の認識として、施行規則を1月中に開示・送付するということで理解していたということを、法人の認識として説明するほかない状況にあったというべきである。その上で、法人は、組合からの、施行規則に基づく下位規定の指摘に対し、執行役員規定の存在を認めた上で、開示できる旨を回答している。
それにもかかわらず、組合は、なお納得せずに、施行規則と同時に寄附行為の細則を開示しなかった理由についての説明を求め続けている。
以上のような状況においては、組合の追及に対し、法人が同じ説明を繰り返すことしかできないことは明らかであり、それは、法人としての認識を説明しているのであるから、実質的に回答を拒否する発言とはいえない。弁護士B2の「こちらは今、B1さんがB1さんの認識を伝えたということ。」という発言も、執行役員B1が法人としての当時の認識を回答したことを説明しようとしたものであり、〔組合が主張するような〕「実質的回答拒否発言」と評価されるものではない。組合は、法人の認識が、組合の要求に適切に応えたものでないならば、その旨を指摘して説明すればよかったのである。法人の対応が、組合が望むとおりのものではなかったとしても、法人としての認識を述べていた執行役員B1やY2弁護士に対して不穏当な発言を繰り返したり、団体交渉は労使の話合いではなく組合の質問に答える以上に法人に発言する権利はないと発言し、「黙れ。」、「しゃべるな。」など法人側の発言を遮る言葉を繰り返した組合の交渉態度を正当化することは到底できない。
(5)以上の団体交渉の経過及び労使双方の交渉態度を合わせ考慮すると、第9回団体交渉における法人の対応は不誠実な団体交渉には当たらず、また、法人が当該団体交渉を約40分間で打ち切ったことは、正当な理由のない団体交渉拒否に当たらない。
2 組合からの令和4年4月14日付けの団体交渉の申入れに対し、法人が同年4月19日付ご連絡により、応ずることができない旨を回答したことは、正当な理由のない団体交渉拒否に当たるか否か(争点2)
(1)第9回団体交渉で法人が組合との団体交渉を打ち切った時点において、両者の間で、団体交渉事項に関して実質的・建設的な交渉を行うことは不可能な状態に陥っており、その原因は、労使が対等の立場で協議するという団体交渉の趣旨を自ら否定ないし没却する主張及び法人の発言そのものを妨害し続ける発言を繰り返した組合の交渉態度にあったことは明らかというべきである。それにもかかわらず、組合は、令和4年4月14日付通告書において、自らの交渉態度等を改める姿勢を一切示さないまま、第9回団体交渉における法人の交渉打切りを一方的に非難して交渉の再開を求めることに終始している。
(2)また、法人は、寄附行為の細則の開示・送付について、組合からの質問に対し、法人としての認識を繰り返し説明しており、そのほか、法人は、組合が第7回団体交渉の途中から問題視して質問を繰り返している、団体交渉出席者の交渉権限やその根拠に係る論点についても、法人としての理解の下に、組合に対して相応の説明を行っている。しかし、こうした法人の対応や説明にもかかわらず、組合の納得が得られないまま、組合の交渉態度が悪化し、自ら団体交渉の趣旨を否定ないし没却する主張及び発言をするまでになっていった。
(3)以上の状況に照らせば、法人が、上記のような組合の交渉態度から、第9回団体交渉のみならず、以降の組合との団体交渉においても、組合との間で実質的・建設的な交渉を行うことは期待できないと考え、団体交渉を行わないと判断したのもやむを得ないものといわざるを得ない。
(4)したがって、法人が、令和4年4月19日付ご連絡において、以降の組合との団体交渉に応じないと回答したことには、相応の理由があったといえ、正当な理由のない団体交渉拒否には当たらない。 |