概要情報
事件番号・通称事件名 |
神奈川県労委令和3年(不)第10号・令和4年(不)第20号
ユーコーコミュニティー不当労働行為審査事件 |
申立人 |
Xユニオン(組合) |
被申立人 |
Y会社(会社) |
命令年月日 |
令和6年4月12日 |
命令区分 |
一部救済 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、①令和3年2月26日など計3回の団体交渉における会社の対応、②会社による、組合員A2を被告とする、ハラスメント被害等に係る債務不存在確認請求訴訟の提起及び控訴、③組合を被告とする、(当初の)本件申立てをしたことに係る不法行為による損害賠償請求訴訟の提起、④会社の元役員Bによる、A2を被告とする、文書送信行為等に係る不法行為による損害賠償請求訴訟の提起及び控訴、⑤会社による、A2を被告とする、メール送信行為等に係る不法行為による損害賠償請求訴訟の提起、⑥令和4年5月28日付け等の団体交渉申入れへの不応諾、⑦機関紙の記事に係る損害賠償金請求書の組合への送付が不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
神奈川県労働委員会は、(1)①の一部について労働組合法第7条第2号及び第3号、⑥について同条第2号、⑦について同条第3号に該当する不当労働行為であると判断し、会社に対し、(ⅰ)A2へのハラスメントに係る事実関係の調査及び対処に係る誠実協議、(ⅱ)組合員A3及びA4のセクシュアルハラスメント被害等を交渉事項とする団体交渉に係る誠実応諾、(ⅲ)労使交渉の申入れなく、機関紙の記事につき、組合に金銭を要求しないこと、(ⅳ)文書交付を命じるとともに、(2)訴訟提起等に係る申立てに関し、(ア)請求する救済内容が訴訟の取下げであることは労働委員会規則第33条第1項第6号の却下事由には当たらないとし、また、(イ)各訴訟提起等が組合等の権利侵害を目的とし、弱体化を企図するものか検討するとした上で、②について民事調停や団体交渉で解決を図り得た、確認訴訟を提起するほどの金銭紛争が認められない、③について申立ては根拠を明らかに欠いたり、専ら会社の権利侵害目的のものではなく、会社の訴訟提起は認められない、⑤について行為者を特定できない、控訴審での会社の訴訟追行が消極的であるなどから、いずれも訴訟提起等に合理性を欠くなどとして、それぞれ同法第7条第1号及び第3号、同条第3号、同条第1号及び第3号に該当する不当労働行為であると判断し、会社に文書交付を命じ、④については名誉回復目的での個人的行為であるとして、申立てを棄却した。 |
命令主文 |
1 会社は、組合が令和3年1月27日付けで申し入れた団体交渉事項のうち、「組合員A2に対するハラスメントに係る事実関係の調査及び対処を行うこと」について、誠実に協議しなければならない。
2 会社は、組合が令和4年5月28日及び同年6月22日付けで申し入れた、「組合員A3及び組合員A4のセクシュアルハラスメント被害について」及び「A3及びA4の労災職業病について」を交渉事項とする団体交渉に、誠意をもって応じなければならない。
3 会社は、組合が発行した機関紙の記述について、組合に対して同機関紙の内容について事実確認や問合せを行うなどの労使交渉を申し入れることなく、組合に金銭を請求してはならない。
4 会社は、本命令受領後、速やかに下記の文書を申立人に交付しなければならない。
記
当社が、①貴組合から令和3年1月27日付けで申入れのあった団体交渉事項のうち、「A2に対するハラスメントに係る事実関係の調査及び対処を行うこと」について、不誠実な交渉態度をとったこと、②貴組合から令和4年5月28日及び同年6月22日付けで申入れのあった「A3及びA4のセクシュアルハラスメント被害について」及び「A3及びA4の労災職業病について」を交渉事項とする団体交渉に、正当な理由なく応じなかったこと、③A2を被告として、債務不存在確認請求訴訟を提起したこと及び控訴したこと、④貴組合を被告として、損害賠償請求訴訟を提起したこと、⑤ A2を被告として、損害賠償請求訴訟を提起したこと、⑥貴組合が発行した令和4年8月17日付け機関紙の記事によって当社の社会的信用を毀損されたことに対する損害賠償として、貴組合に対して事実確認や問合せを行うなどの労使交渉を申し入れることなく、貴組合に対して金銭を支払うよう求める内容を記載した書面を送付したことが、①については労働組合法第7条第2号及び第3号に、②については同条第2号に、③については同条第1号及び第3号に、④については同条第3号に、⑤については同条第1号及び第3号に、⑥については同条第3号に該当する不当労働行為であると神奈川県労働委員会において認定されました。
今後、このような行為を繰り返さないようにいたします。
令和 年 月 日
Xユニオン 執行委員長 A1殿
Y会社 代表取締役 B1
5 その余の申立てを棄却する。 |
判断の要旨 |
1 団体交渉において会社が次の対応を行ったことは、不誠実団体交渉及び組合の運営に対する支配介入に当たるか否か
1-1 会長B1と(休業中の)組合員A2の面談の際に、B1がA2を工程管理部門に復職させるととれるような発言をしたにもかかわらず、令和3年2月26日など3回の団体交渉において、会社が、A2を営業部門に復職させると発言したこと(争点1-1)
会長B1は、工程管理部門への復職を例に挙げたにとどまり、具体的な異動の提案をしたとまでは認められないことなどから、団体交渉における会社の発言が、不誠実団体交渉及び組合の運営に対する支配介入(以下「支配介入」)に当たるとは認められない。
1-2 上記の3回の団体交渉において、決定権限を有する会長B1を出席させなかったにもかかわらず、会社が、B1の不在を理由に回答を差し控える旨発言したこと(争点1-2)
会社は組合の要求に対して相応の説明や回答をしており、また、B1の不出席により団体交渉が進展しなかった事情も見受けられないから、団体交渉での会社の発言のみをもって、会社が実質的な交渉権限を有する者を出席させなかったとはいえず、したがって、不誠実な団体交渉及び支配介入には当たらない。
1-3 A2に対するハラスメントに係る事実関係の調査及び対処を交渉事項として令和3年2月26日に開催された団体交渉において、会社が、回答を検討する旨述べたにもかかわらず、その後も回答しなかったこと(争点1-3)
ハラスメントの事実関係の調査等を交渉事項とする団体交渉の要求に対し、会社は、回答書にてハラスメントの存在を否認しており、その前提として何らかの調査を行って然るべきであるが、会社は、団体交渉において、調査を行ったか否かすら明らかにしていない。
このような対応は、労働組合法(以下「法」)第7条第2号に該当する不誠実団体交渉及び同条第3号に該当する支配介入に当たる。
1-4 A2へのハラスメントに係る事実関係の調査等を交渉事項として令和3年2月26日に開催された団体交渉において、会社の認識を問われたのに対し、会社が訴訟対応を理由に回答を拒否したこと(争点1-4)
団体交渉は、労使間での交渉事項の自主的な解決を目的とし、訴訟が係属中でも、使用者には、なお、団体交渉において誠実に交渉する義務が存在する。したがって、会社の対応は、法第7条第2号に該当する不誠実団体交渉及び同条第3号に該当する支配介入に当たる。
2 組合が、訴訟の取下げを求める救済申立てをすることが、労働委員会規則第33条第1項第6号の「請求する救済の内容が、法令上又は事実上実現することが不可能であることが明らかなとき」に当たるか否か(争点2)
組合が請求する救済内容は、救済命令を検討する際の目安であり、労働委員会はこれに拘束されない。組合は訴訟の取下げを命じるよう求めるが、これは会社の訴訟提起により引き起こされた労使紛争の適切な解決を望む趣旨と解され、上記規定の却下理由に該当しない。また、救済命令は、司法機関に対して発出されるものではないから、行政機関による司法機関に対する介入には当たらず、三権分立の原則には反しない。
3 会社が、①令和3年2月3日付けで、組合員A2を被告として、〔ハラスメントに基づく損害賠償債務に係る〕債務不存在確認請求訴訟(以下「第一訴訟」)を提起したこと及び②請求が特定されていないという理由で請求が却下されたにもかかわらず、訴訟要件に対する手当てなく控訴したことは、組合員であることを理由とした不利益取扱い(以下「不利益取扱い」)及び支配介入に当たるか否か(争点3)
(1)使用者による労働者又は労働組合に対する訴訟提起が、憲法第28条の保障する団結権、団体交渉権及び団体行動権の行使を侵害するような性格を持つ場合には、裁判を受ける権利も無制限に保障されるものではない。そこで、第一訴訟の提起が労働組合又は組合員の権利・利益を侵害することを目的とし、組合の弱体化を企図してなされたといえるか検討する。
(2)会社は、民事調停又は団体交渉の場を利用して、話合いによる問題解決を図り得たといえる。
また、会社は、A2の組合加入通知及び団体交渉申入れを受け取った約1週間後に、民事調停を取り下げ、第一訴訟を提起しており、これはA2の組合加入及び組合の団体交渉申入れが契機と認められる。
そして、訴訟提起の前後の時期に、A2には、会社に損害賠償請求をし、あるいは予定していた事情は存在せず、債務不存在確認訴訟を提起せざるを得ないほどの金銭紛争が存在したとは認められないし、会社は、訴状において、ハラスメント行為や、それに基づく賠償債務の内容について具体的な主張をしていない。
これらから、第一訴訟の提起は、会社がA2に対し、民事調停より負担が大きい通常訴訟の応訴負担と、訴訟での債務発生根拠事実の主張立証責任を負わせようとしたと認められ、これら行為は、裁判を受ける権利の保障を考慮してもなお、合理性を欠く。
(3)また、控訴の提起も、第一審判決が、「確認の対象となる債権(債務)がいずれもほかの債務から識別して、その存否が確認し得る程度に特定がなされているとは認めることができない」旨判示していることなどから、合理性を欠く。
(4)これらから、第一訴訟の提起には合理性がなく、労働組合又は組合員の権利・利益の侵害を目的とし、組合の弱体化を企図したと認められる。また、A2は、応訴を余儀なくされ、経済的、精神的負担など不利益が生じている。
以上から、第一訴訟及び控訴の提起は、法第7条第1号に該当する不利益取扱い及び同条第3号に該当する支配介入に当たる。
4 会社が、令和3年5月28日付けで、組合を被告として、〔本件救済申立てを行ったことに係る〕損害賠償請求訴訟(以下「第二訴訟」)を提起したことは、支配介入に当たるか否か(争点4)
(1)使用者がその労働者又は労働組合に訴えを提起することも、裁判を受ける権利の行使としての性格を持つことは否定できないが、憲法第28条や、法の救済申立てに係る規定からすれば、救済申立ての権利は最大限尊重されるべきである。
とりわけ本件のように、救済申立てを不法行為と主張する使用者による損害賠償請求訴訟の提起が、事実上、救済申立てを抑制又は妨害する効果を持つことに鑑みれば、裁判を受ける権利の行使といえども無制限に保障されるべきでなく、救済申立てが①明らかに根拠を欠き、②専ら使用者の権利・利益を侵害する目的でなされたような場合に限って、当該訴訟の提起が認められると解され、そうした事情がない場合には、労働組合又は組合員の正当な権利行使の抑制又は妨害を企図した行為というべきである。
(2)会社は、「組合の申立書には、『(会社は)A2が労働組合員であること、若しくは団体交渉を要求したことが理由で訴訟提起した』旨などが記載され、これは会社が訴状に記載していない事実を主張した虚偽であるから、本件救済申立ては、組合が事実的法律的根拠を欠くことを知りながら、会社に民事訴訟を断念させるための方策・圧力として救済命令制度を利用した不当なものである」旨主張する。
しかし、当該記載は、組合が、訴状に記載された文章を解釈ないし評価した結果の記述といえ、この解釈等が不当なものとはいえない。
(3)会社は、第一訴訟の取下げを求める組合の救済申立てにより、裁判を受ける権利を侵害された旨主張するが、それ自体により直ちに訴訟について取下げの効果が生じるわけではなく、会社は、労働委員会の手続きの中で主張立証を行いながら、第一訴訟の訴訟追行を維持することも可能であった。
また、(当初の)救済申立て以降、第二訴訟提起までの間に、A2に関する団体交渉が2回行われたが、同人に対するハラスメント等を巡る主張は対立したままであった。このような状況下、会社は、救済申立てに係る組合の主張を確認せず、労働委員会の第1回調査期日前に、第二訴訟を提起している。
(4)これらから、第二訴訟の提起には合理性がなく、専ら組合の救済申立てに対抗し、抑制又は妨害することを企図してなされたといえ、裁判を受ける権利の保障を考慮してもなお、合理性を欠き、法第7条第3号に該当する支配介入に当たる。
5 団体交渉に会社を代表して出席している元役員B3が、①令和3年8月2日付けで、組合員A2を被告として、〔会社への文書の送信行為等に係る〕損害賠償請求訴訟(以下「第三訴訟」)を提起したこと及び②B3側の主張を前提にしても請求が認められないという理由で請求が棄却されたにもかかわらず控訴したことは、不利益取扱い、(法第7条第4号の)組合員に対する報復的取扱い及び支配介入に当たるか否か(争点5)
(1)B3は、第三訴訟の提起時点で、営業部次長としてマネジメントや営業活動を行うなど、使用者の利益代表者に近接する職制上の地位にある者に該当する。
(2)第三訴訟は、文書の送信から約2年経過し、本件救済申立て係属中に提起されているが、団体交渉や当委員会の調査期日にて当該文書の存在が取り上げられたことから、B3が自らの名誉回復のために訴訟の提起を考えるに至っても不自然とまではいえない。
また、B3は、訴状で、「A2は、B3からハラスメントを受け、これにより鬱病に罹患したという虚偽の文書を役員B2に送信し、多くの役員らに閲覧させたことよりB3の職場での信用を著しく毀損したことが不法行為に当たる」旨主張しており、訴訟の提起は、B3自らの名誉の回復という目的のもとなされた個人的行為と認められる。
(3)以上のとおり、第三訴訟の提起には相応の理由が認められ、組合嫌悪意思に基づき、労働組合又は組合員の権利・利益を侵害することを目的とし、組合の弱体化を企図してなされたとまでは認められない。したがって、会社に帰責する行為自体が存在しないから、B3が会社の意を体して行ったか否かについての判断を要さない。
(4)よって、B3が第三訴訟を提起したことは、不利益取扱い及び組合員に対する報復的取扱いに当たらず、また、支配介入にも当たらない(控訴の提起についても同様である)。
6 会社が、令和4年6月3日付けで、A2を被告として、損害賠償請求訴訟(以下「第四訴訟」)を提起したことは、不利益取扱い及び支配介入に当たるか否か(争点6)
(1)使用者による労働者又は労働組合に対する訴訟提起は、裁判を受ける権利の行使といえども無制限に保障されるものではない。そこで、第四訴訟の提起が労働組合又は組合員の権利・利益の侵害を目的とし、組合の弱体化を企図してなされたといえるか否かについて検討する。
(2)会社は、訴状において、A2は、会社の顧客を装い、組合機関紙等のURLが貼付されたメールを、会社の従業員らに受信、開封させ、従業員らにウイルス感染の不安を与える目的で送信した旨主張している。
しかし、会社がA2を送信者と特定する根拠について検討するに、①仮に、本件メールに貼付されたリンク先及び管理用メールアドレス(送信対象)を知る者がある程度限られるとしても、その者がA2一名に限定されるとは限らないし、②会社に嫌がらせに及ぶ動機を有する者がA2一名に限られるとする根拠は何ら示されていない。加えて、会社は、A2又は組合に事実確認や問合せを行うことなく、第四訴訟を提起している。
これらから、①送信者をA2と特定する会社の主張の根拠は薄弱であり、②A2の組合加入から第四訴訟の提起までの間、労使関係は対立を強めていたこと、③訴訟における会社の消極的な訴訟追行〔注控訴審の第1回口頭弁論期日への不出頭等〕も併せ考えると、裁判を受ける権利の保障を考慮してもなお、第四訴訟の提起は、合理性を欠き、労働組合又は組合員の権利・利益の侵害を目的とし、組合の弱体化を企図してなされたと認められる。そして、応訴を余儀なくされたA2には、経済的、精神的負担など不利益が生じている。
(3)これらから、第四訴訟の提起は、法第7条第1号に該当する不利益取扱いに当たり、また、同条第3号に該当する支配介入にも当たる。
7 会社が、組合の、組合員A3及びA4のセクシャルハラスメント被害及び労災職業病を交渉事項とする令和4年5月28日付けなど2回の団体交渉申入れに対して、団体交渉における組合の態様を理由に応じなかったことは、正当な理由のない団体交渉拒否に当たるか否か(争点7)
労働者や労働組合が、労使間の折衝の場で暴力的言動を繰り返し、将来行われる団体交渉の場で暴力を行使する蓋然性が高いと認められる場合には、過去の暴力行為の陳謝や暴力を行使しない旨の保証のない限り、使用者の団体交渉拒否には、正当な理由がある。
しかし、本件について、将来行われる団体交渉の場で暴力行使の蓋然性が高いとまでいえるような態様は認められず、会社の対応は、法第7条第2号に該当する正当な理由のない団体交渉拒否に当たる。
8 会社が、組合が発行した機関紙の記事による会社の社会的信用の毀損に対する損害賠償として、30万円の金銭の支払を求める内容を記載した書面(以下「請求書」)を令和4年10月19日に組合に送付したことは、支配介入に当たるか否か(争点8)
機関紙には、①第四訴訟の事実的根拠に疑義を示し〔注アドレスが公開されている旨など〕、②同訴訟が「嫌がらせ訴訟」である旨の記載がされている。
しかし、上記①の記載は、訴訟で会社が証拠として提出した文書に裏付けられており、また、機関誌の記載は事実認識や意見表明の域にとどまり、正当な組合活動の範囲を超えるとはいえない。これに対し、請求書の記載は、意見表明の域を超えている上、会社は、組合に対し事実確認や問合せを行うなどの労使交渉を申し入れることなく請求書を送付している。
これらから、会社の行為は、組合嫌悪の意図のもと、組合による意見表明を躊躇させ得る威圧的な行為であったといえ、支配介入に当たる。 |