概要情報
事件番号・通称事件名 |
愛知県労委令和4年(不)第5号
不当労働行為審査事件 |
申立人 |
X組合支部(組合) |
被申立人 |
Y会社(会社) |
命令年月日 |
令和6年7月5日 |
命令区分 |
全部救済 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、①会社が、令和3年11月19日に会社内での団体交渉の開催に応じなかったこと、②同年12月10日の団体交渉における会社の対応、③会社が、組合及び申立外C分会(以下「組合ら」)からの同月13日付け及び21日付けの団体交渉の申入れに応じなかったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
愛知県労働委員会は、いずれも労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断し、会社に対し、(ⅰ)組合から団体交渉の申入れがあったときには、団体交渉の開催場所につき、組合と誠実に協議して決定しなければならないこと、(ⅱ)令和3年年末一時金、新倉庫の地代、最低保障賃金制度の導入に係る各団体交渉について、必要な説明の実施ないし資料の提示により、誠実に応じなければならないことを命じた。 |
命令主文 |
1 会社は、組合から団体交渉の申入れがあったときには、団体交渉の開催場所につき、組合と誠実に協議して決定しなければならない。
2 会社は、組合が申し入れた令和3年の年末一時金に係る団体交渉において、組合の要求に対し、会社の売上げ・利益等の経営状況を説明するとともに、その論拠となる経営状況を把握することのできる資料を示して、誠実に応じなければならない。
3 会社は、組合が申し入れた新倉庫の地代に係る団体交渉において、組合の要求に対し、具体的な説明を行うなどして、誠実に応じなければならない。
4 会社は、組合が申し入れた年齢・勤続による最低保障賃金制度の導入に係る団体交渉において、組合の要求に対し、「5段階の賃金実態」の資料の提示や説明にどこまで応じられるかを明らかにするとともに、当該要求に応じられない場合には、その理由を具体的に説明して、誠実に応じなければならない。
5 会社は、組合に対し、下記内容の文書を本命令書交付の日から7日以内に交付しなければならない。
記
当社が、令和3年11月19日に会社内において団体交渉を開催しなかったこと、同年12月10日の団体交渉において、年末一時金、新倉庫の地代及び年齢・勤続による最低保障賃金制度の導入に係る組合の要求に対し、誠実に対応しなかったこと並びに同月13日付け及び21日付けの団体交渉の申入れのうち、年末一時金、新倉庫の地代及び年齢・勤続による最低保障賃金制度の導入に係る申入れに応じなかったことが、労働組合法第7条第2号の不当労働行為であると愛知県労働委員会によって認定されました。
今後、このような行為を繰り返さないようにいたします。
年 月 日
X組合支部
執行委員長 A様
Y会社
代表取締役 B |
判断の要旨 |
1 会社が令和3年11月19日に会社内において団体交渉を開催しなかったことは、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に当たるか(争点1)
(1)平成24年2月10日、組合らと会社は、団体交渉は会社内で行うこととする旨の内容を含む労働協約を締結したものの、令和2年1月20日付けで解約され、令和3年11月19日の団体交渉(未開催。以下「3.11.19団体交渉」)の時点で、組合らと会社の間には、団体交渉を会社内で行うという文書化されたルールは存在しなかった。
しかし、組合らと会社が、その後、令和3年11月19日までの間の9回の団体交渉を全て会社内で開催した実績などから、会社内での団体交渉の開催は、過去の実績に基づく取扱いであったといえる。
(2)使用者が、労働組合との間で十分な協議を行わないまま、特段の合理的理由もなく団体交渉に関する過去の実績に基づく取扱いを一方的に変更することは、積み重ねられてきた労使関係に基づく正常な労使交渉の実現を阻害するものとして許されない。
そして、会社は、令和3年10月22日付けの書面(以下「3.10.22連絡」)をもって、①会社の業務運営、②冬季には新型コロナの感染拡大が予想され、会社内でもこれまでに感染者がみられていることを理由として、3.11.19団体交渉の開催場所としてH商工会議所を指定し、結果として団体交渉が開催されなかった。
そこで、会社の上記対応が正当な理由のない団体交渉拒否であるかにつき、以下検討する。
(3)令和3年5月に会社内で新型コロナの陽性者2名等が確認され、かつ、愛知県において(令和3年4月20日から7月11日までの間)新型コロナに関する緊急事態措置等が講じられている状況にもかかわらず、会社は、同年6月に、組合らとの団体交渉を会社内で3回開催している。
(4)このような状況からすれば、組合が令和2年10月13日付けの分会による「別添要求」と題する書面を会社に送付した時点の新型コロナに係る状況は、6月に会社内で団体交渉を3回開催した時点から落ち着きを見せており、会社内での団体交渉開催に影響するものではないと判断するのが自然である。
しかし、会社は、新型コロナに関する緊急事態措置等が講じられていない状況にもかかわらず、組合らに対し、上記3.10.22連絡で理由を述べた以外は、組合らの令和3年10月29日付けの申入れ等に対し、団体交渉の開催場所を商工会議所に固執することについての具体的な説明や回答を一切行っていない。
(5)以上から、会社は、組合らとの間で十分な協議を行わないまま、特段の合理的理由もなく、団体交渉を会社内で開催する過去の実績に基づく取扱いを一方的に変更したといえる。したがって、会社が3.11.19団体交渉を会社内において開催しなかったことは、正当な理由のない団体交渉拒否であり、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に当たる。
(6)なお、会社は、組合らが団体交渉を開催しないことを選択したのであり、開催の権利を放棄したものと評価すべき旨主張する。しかし、組合らは、団体交渉は会社内で開催することが慣行化されており、労使が合意するまでは従来どおり会社内で開催すべきとの考えから、会議所ではなく会社へ出向いたのであり、自ら団体交渉を開催する権利を放棄したとはいえない。
2 令和3年12月10日の団体交渉(以下「3.12.10団体交渉」)における会社の対応は、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に当たるか(争点2)
(1)使用者には、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対して譲歩できないとしても、その論拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって、合意を求める労働組合の努力に対しては、このような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務がある。
会社は、令和3年10月13日付けの分会による「別添要求」と題する書面による要求(以下「3.10.13要求」)で申し入れられた議題である①年末一時金、②新倉庫の地代及びS工場の所有権の移動、③保障給制度の導入及び④休日増に伴い引き下げた基本給について、3.12.10団体交渉において回答を行い、必要かつ十分な説明を行った旨主張する。
そこで、上記各事項について、以下において検討する。
ア 年末一時金について
3.10.13要求で申し入れられた年末一時金に係る3点の事項のうち、協議されていない「各人の基本給の1.5ヶ月を支給し、その総原資を明らかにすること」及び「平成18年以降の財務諸表を示して説明すること」の2点について、以下検討する。
(ア)「各人の基本給の1.5ヶ月を支給し、その総原資を明らかにすること」について
3.12.10団体交渉において、会社は、組合らの要求に対し、会社経営概況による説明以外には、夏季賞与の70パーセントとする回答の基準となる金額を示さず、組合らの揚げ足を取るような対応などに終始し、その要求や質問に正面から答えようとはしなかった。
このような会社の説明は誠意に欠けたもので、組合らが、自らの要求に対する会社の回答の妥当性を検討して判断することは困難であったというべきである。
(イ)「平成18年以降の財務諸表を示して説明すること」について
3.12.10団体交渉では、会社の売上げや利益を賞与に振り向けることができるのかどうかという、会社の経営状況に焦点が当てられており、売上げ・利益等の経営状況を把握できる資料の提示が、団体交渉を実のあるものとするために必要であった。
そして、団体交渉でのやりとりなどから、①会社は、一時金の支給水準の決定に際し、売上げ・利益を「業績」の一環として考慮に入れているとみることができ、また、②会社の経営状況が一時金の支給水準の決定に影響し得ることは明らかであるから、組合らが、売上げ・利益等の経営状況を把握できる資料の提示を要求したことは、当然であったといえる。
したがって、会社は、3.12.10団体交渉における質問への回答として、組合らに対し、売上げ・利益等の会社の経営状況を説明するとともに、その論拠となる経営状況を把握できる資料を示すべきであった。
(ウ)これらから、年末一時金について、具体的な説明や必要な資料の提示を行っていない会社の対応は、誠実であったとはいえない。
イ 新倉庫の地代及びS工場の所有権の移動について
(ア)会社は、新倉庫の建設は、会社の経営事項である旨を述べるが、本件において、経費の使途は労働条件と密接な関係を持ち、当該事項が一時金に無関係であるとはいえないから、新倉庫の地代に関する疑義については、団体交渉において何らかの説明を行う義務が会社にある。
したがって、組合らからの質問に対して正面から答えようとしなかった会社の対応は、誠実であったとはいえない。
(イ)S工場の所有権の移動については、工場の存否に関する確認がなされた程度であり、会社の対応が不誠実であるとまではいえない。
ウ 保障給制度の導入について
(ア)組合は、会社に対し「5段階の賃金実態」の資料の開示を求めているが、会社がこれを拒んでいる旨主張する。
組合らが、令和2年2月13日付けの分会による「別添要求」と題する書面による要求(以下「2.2.13要求」)により、年齢・勤続年数に応じた基本給の設定(保障給制度の導入)を求めていることなどから、「5段階の賃金実態」とは、年齢・勤続年数ごとの賃金実態のことと解される。また、組合らの発言から、分会が要求する「5段階の賃金実態」の資料は、保障給制度の導入に関する議論の前提となる情報の開示を求めたものと解される。
この点、会社は「5段階の賃金実態」の資料が出せるのか否かを回答していない。そして、組合らが、保障給制度の導入について団体交渉議題として繰り返し要求しているのに対し、会社は、導入の考えはない旨を回答するのみで、組合らが求める資料の提示や説明を行っていない。
(イ) 一般に、誠実団体交渉応諾義務との関係で、使用者が資料の提示義務を負うのは、労働組合の賃金その他の労働条件に関する具体的要求を誠実に交渉するうえで、当該資料が必要な場合である。
本件において、組合らは、2.2.13要求に記載された年齢・勤続年数ごとの賃金実態を「5段階の賃金実態」として会社に情報の開示を求め、当該情報を保障給制度の導入に関する議論の前提としようとしたと解されることから、会社は、組合らが要求する資料の提示や説明にどこまで応じられるかを明らかにすべきであり、また、要求に応じられない場合であっても、その理由を具体的に説明して、誠実に対応すべきであった。
(ウ)したがって、会社の上記対応は、誠実であったとはいえない。
エ 休日増に伴い引き下げた基本給について
年間出勤日を246日から244日に変更し、休日を2日増やしたことを踏まえ、平成31年度以降、1か月の平均所定労働時間を平成30年度までの164時間から163時間としたことから、日給月給の従業員の基本給が減少している。
この点、組合らは、遅くとも令和元年12月14日以降、基本給への影響がないように休日を特別休暇とするよう繰り返し要求を行い、これに対して会社は、基本給とは別に2日間の出勤日を用意して別途割増賃金を支払うことで対応する旨を繰り返し回答していたことがうかがわれる。
このように、賃金水準の維持に関する双方の考え方は違っており、主張は平行線をたどって行き詰まりの状態に達していたといえるから、当該議題に対する会社の対応は、不誠実とまでいうことはできない。
(2)以上のとおり、3.12.10団体交渉の各議題のうち、年末一時金、新倉庫の地代及び保障給制度の導入についての会社の対応は、誠実団体交渉応諾義務を果たしたとはいえないことなどから、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に当たる。
3 会社が令和3年12月13日付け及び21日付けの組合による団体交渉の申入れに応じなかったことは、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に当たるか(争点3)
組合らからの令和3年12月13日付け団体交渉申入書(以下「3.12.13申入書」)及び同月21日付け催促書(以下「3.12.21催促書」)に対し、会社は、同月17日付け回答書(3.12.17回答書)及び同月27日付け回答書(3.12.27回答書)により、団体交渉の機会を持ち、交渉を尽くしたため、更なる申入れには応じないと回答した。
しかし、3.12.10団体交渉の各議題のうち、年末一時金、新倉庫の地代及び保障給制度の導入について、会社が誠実団体交渉応諾義務を果たしたといえないことは、上記2(2)で判断したとおりである。
そうすると、会社は3.12.10団体交渉において回答や説明をし尽くしたとはいえず、組合らからの3.12.13申入書及び3.12.21催促書への対応として、3.12.17回答書及び3.12.27回答書では十分であったとはいえない。
したがって、会社の対応は、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に当たる。 |