労働委員会命令データベース

(この事件の全文情報は、このページの最後でご覧いただけます。)

[命令一覧に戻る]
概要情報
事件番号・通称事件名  福岡県労委令和4年(不)第5号
日本生命保険不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和6年7月12日 
命令区分  棄却 
重要度   
事件概要   本件は、会社が、組合員A1を、会社が定めた保険営業の成績の基準を達成できなかったとして解雇又は雇用契約の終了としたことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 福岡県労働委員会は、申立てを棄却した。 
命令主文   本件申立てを棄却する。 
判断の要旨  ○会社が、組合員A1を、会社が定めた保険営業の成績の基準を達成できなかったとして、令和3年12月31日付けで解雇又は雇用契約の終了としたこと(以下「本件退職取扱い」)は、労働組合法第7条第1号及び第3号の不当労働行為に該当するか(争点)

1 本件退職取扱いは「不利益取扱い」に当たるか否か

 会社は、本件退職取扱いは、令和元年7月1日にA1と会社が締結した雇用契約で定められた契約終了条件に該当したことによるものであり、使用者の意思表示行為がないため、労働組合法第7条第1号の「不利益な取扱い」には当たらない旨主張する。
 しかし、本件退職取扱いは、A1の営業成績が「雇用契約終了に関する資格選考基準(以下「資格選考基準」)」に達しないことを理由として、A1の意思に反して一方的に雇用終了と取り扱い、営業職員としての資格を失わせるものであるから、労働組合法第7条第1号の「不利益な取扱い」に当たる。

2 本件退職取扱いは組合員であるが故に行われたか否か

(1)本件退職取扱いの経緯

 会社の営業職員就業規則第43条の2には、営業職員の資格選考において、本人の活動成果等が、一般拠点営業職員規程その他の規程に定める基準に達しない場合には、選考月の前月末をもって、営業職員としての資格を失い、会社と営業職員の締結する雇用契約が終了すると規定されている。そして、A1の雇用契約には、同就業規則に定める基準に達しない場合には、選考月の前月末をもって営業職員としての資格を失い契約が終了すると規定されていた。
 A1が選考月(令和4年4月)において営業職員としての資格を保持するためには、資格選考基準において「計上N」〔注〕が一定件数以上である必要があったが、A1の営業成績はそれに満たないものであった。
 したがって、本件退職取扱いは、A1の営業成績が資格選考基準を達成していないことに基づいてなされたと認められる。

〔注〕査定期間における新契約件数から保険契約の解約や消滅に係る件数を一定の基準の下に控除した件数。
 なお、この控除(成績控除)は、件数が確定して控除一覧に登載された月の翌月の成績について行われる。

(2)不当労働行為意思の存否

 組合は、以下の各事項が会社の不当労働行為意思を推認させる事情であると主張するので、以下検討する。

ア 資格選考基準の恣意的取扱い

 組合は、会社における資格選考は有力な人材育成リーダー〔注〕が恣意的に職員を選別するシステムにすぎず、具体的には、同リーダーが自ら開拓した顧客候補を任意のチーム員に分与することで成績を保障する慣行があったと主張する。
 しかし、仮に、そのような慣行が存在したとしても、本件において、他の営業職員に与えられていたものがA1が組合員であるが故に与えられなかったとの主張等はなされていない。また、営業職員の成績控除は、機械的に行われ、会社が個々の営業職員の成績控除の時期を恣意的に変更することはシステム上不可能であるから、会社による恣意的な操作があったとは認められない。

〔注〕会社の営業部において、育成段階の営業職員が所属する育成部チームには、営業部長の指揮・監督の下にチーム員の育成を行う人材育成リーダー(以下「リーダー」)が配置されていた。

イ 資格選考基準の一律適用について

 組合は、会社が、職場におけるパワーハラスメント(以下「パワハラ」)の被害者であるA1の体調を考慮することなく、資格選考基準を他の職員と同様に適用し、成績未達と評価したことは著しく合理性を欠くと主張する。
 確かに、A1は、リーダーB1の言動にストレスを感じ、その後に体調を崩したことが認められる。しかし、A1は、①営業部長B2との面談において、体調不良の事実を伝えたことはなく、また、②令和3年6月から11月までの査定期間において連続して休暇を取得することもなかったのであるから、会社がA1の体調に配慮した措置を講じることなく、資格選考基準を他の営業職員と同じく適用したことを不合理とまではいえない。

ウ 資格選考基準の適用再開時期に関する周知

 組合は、会社がA1に対して、(令和2年4月以降における)新型コロナ特別措置である最低資格保障〔注〕の適用が終了することを知らせたのは令和3年10月であり、その後すぐに資格選考基準を適用再開するのは不合理だと主張する。
 しかし、会社は、①少なくとも2度の朝礼で、最低資格保障の適用は選考月が3年10月の資格選考までとすることを職員に周知し、さらに、②U営業部の営業部長B2が、A1との面談においても、成績基準未達成の場合は雇用契約が終了となることを伝えていたことが認められる。

〔注〕資格選考基準の未達成により雇用契約が終了する旨の営業職員就業規則の規定について、令和3年10月に行われる資格選考まで適用しない扱い

エ A1の営業成績改善に向けた支援の状況

 組合は、会社はA1に対しては、営業成績未達が予想される職員に対して通常行われる支援を全く実施しなかったと主張する。
 しかし、会社によるA1への支援は、成績未達が予想される時期から本件査定期間の終了直前まで継続して行われており、その内容も不合理であるとはいえない。

オ 組合が主張するその他の事実

(ア)パワハラ調査

 組合は、会社が3年2月に実施したパワハラ調査において、A1及び組合員A2を調査対象としなかったことが、不当労働行為意思の表れであると主張する。
 確かに、第1回団体交渉開催後に行われたパワハラ調査において、A1及びA2は聴取の対象とならなかったことが認められるが、①使用者が社内でハラスメント調査を従業員に行う際の聴取範囲や聴取方法などその具体的な方法は使用者の裁量にある程度委ねられるものと解され、②特に、この調査前に開催された第1回団体交渉において、両名は、リーダーB1の言動について詳細に説明する機会を得ていたのであるから、パワハラ調査において再度両名に聴取する必要がないとした会社の判断が特段不合理とまでは認められない。
 また、会社は、第1回団体交渉後、パワハラ調査を行い、第2回団体交渉において、調査の結果、リーダーB1に不適切な言動があったことを認め、謝罪している。
 以上からすると、第1回団体交渉においてA1及びA2から調査を行うに足りる事実関係を聴取できたとの会社の主張に不合理な点はない。

(イ)パワハラ調査後の会社の対応

 組合は、会社がリーダーB1のパワハラについて社内に周知徹底を図り再発を防止すべきとの組合からの要求を無視したため、職場において他の従業員がA1の組合活動を中傷するようになったと主張する。
 しかし、認定した事実によれば、会社は、リーダーB1のパワハラの事実関係を社内で周知徹底したとはいえないものの、業務上必要な程度に再発防止策は講じていたといえる。一方で、そもそもA1が職場でどのような組合活動を行い、A1の組合活動に対するどのような中傷が生じていたのかにつき、組合から疎明がない。

(ウ)令和3年4月の配置転換

 組合は、令和3年4月の配置転換には、組合員であるA1を職場で孤立させる会社の意図があったと主張する。
 しかし、当該配置転換により、A1はT営業部からU営業部に所属変更となり、リーダーB3のチームに配属されたところ、これは、リーダーB1が定期の人事異動により別の部署に異動し、S総合営業部〔注 その下にT営業部、U営業部などが置かれていた〕の人材育成リーダーが1名減となったことから、残されたチーム員を他のチームに所属させるために行われたものである。そして、会社は、A1本人の希望を事前に聴取し、その希望に沿ってA1をB3チームに所属させている。
 また、チーム再編後に、A1と同じくB3チームに異動となったCは退職したが、A1は、チーム再編後もB1チームの元チーム員6名(再編後、T営業部の他のチームに配属)と引き続き同一のフロアで就労しており、当該配置転換によってそれまでの人間関係が切断されることになったものではない。
 上記の事実からは、チーム再編に特段不合理な点は認められず、A1の新たなチーム配属に際して会社が配慮を欠いているとまではいえない。

(エ)団体交渉における会社の対応

 組合は、組合が社外労組であり、活発な活動をしたが故に、会社は、団体交渉において組合と協力してハラスメントの解決に向けた真摯な取組を行わず、問題の隠ぺいや矮小化に終始するなど差別的な対応を受けたと主張する。
 しかし、組合の5回の団体交渉申入れについて、会社はすべての開催要求に応じており。また、開催期日をみても、第5回団体交渉以外は組合が設定した期日又はそれに近い時期で開催されている。
 そして、会社は、①団体交渉の中心議題となっていたリーダーB1の言動について、組合の要求に応じてパワハラ調査を行い、その結果を組合に報告しており、また、②B1に対して厳重注意した上で、A1に対する謝罪の方法等について組合と継続的に交渉を行っている。
 加えて、組合はビラ配布及び演説といった街宣活動を行っているが、このような組合活動の前後において、A1に対する支援など会社の組合に対する対応が変化したなどの事実は認められない。

カ 不当労働行為意思の存否

 したがって、組合が指摘する、上記のアからオまでの各事情は、会社の不当労働行為意思を推認する事情としては認められない。

(3)小括

 以上の事実を併せ考えるに、本件退職取扱いは、会社が定めた資格選考基準にA1の営業成績が達しなかったことを理由としてなされたものであり、会社の不当労働行為意思に基づき行われたものとはいえない。

3 不当労働行為の成否について

 以上のとおり、本件退職取扱いは、労働組合法第7条第1号の不利益取扱いに該当しない。
 また、組合の弱体化につながるとも認められないから、同条第3号の支配介入にも該当しない。 

[先頭に戻る]
 
[全文情報] この事件の全文情報は約509KByteあります。 また、PDF形式になっていますので、ご覧になるにはAdobe Reader(無料)のダウンロードが必要です。