概要情報
事件番号・通称事件名 |
山口県労委令和3年(不)第2号
日本交通産業不当労働行為審査事件 |
申立人 |
X組合(組合) |
被申立人 |
Y会社(会社) |
命令年月日 |
令和6年7月3日 |
命令区分 |
棄却 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、会社が、組合員A(60歳で定年退職した後、令和3年5月31日までの5年間の嘱託雇用契約を締結)との雇用関係を令和3年5月31日で終了したことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
山口県労働委員会は、申立てを棄却した。 |
命令主文 |
本件申立てを棄却する。 |
判断の要旨 |
1 会社が、「定年後継続雇用対象選定基準」(以下「対象選定基準」)〔注〕に基づき、Aとの雇用関係を令和3年5月31日で終了したこと(以下「本件雇用関係の終了」)は、労働組合法第7条第1号に該当するか(争点1)
〔注〕会社が、令和2年11月に策定し、社内で周知の上、同3年4月1日から運用を開始したと主張する基準(乗務員にあっては、概略、①過去2年間に重大事故等を惹起していないこと等、②職務遂行意欲、服務規律など8項目に係る人事考課評点が合計70点以上であること等、③過去1年間において月間平均営業収入が30万円以上、の全てに該当する者が継続雇用の対象とされる)。
(1)本件雇用関係の終了の不利益性について
本件雇用関係の終了が、嘱託契約の更新の拒否か、定年後再雇用の不採用かについては当事者間に争いがあるが、継続雇用の可能性がある以上、会社の従業員としての地位が継続されないことは、一般に従業員にとって不利益となるといえるから、本件雇用関係の終了には不利益性があると解される。
(2)Aが正社員であったか否か
Aが正社員であったか否かについては、当事者間に争いがあるものの、①会社は有期雇用者、定年を迎えた正社員のいずれについても、継続雇用するか否かは、実質的に同一内容の基準に基づいて判断するとしており、また、②組合も、正社員か否かで、継続雇用の判断に係る異なる基準が存在するとの主張はしていないことなどから、本件審査においては、Aが正社員であったか否かの判断が必ずしも必要とはいえない。
(3)本件雇用関係の終了が労働組合法第7条第1号の不利益取扱いに該当するか
組合は、組合と会社間では労使紛争が繰り返され、本件申立てがなされた時点では、先行事件に係る救済申立て〔注 平成29年7月12日に、組合が、Aらの勤務シフト変更が不当労働行為に当たる、として山口県労働委員会に対し申し立てたもの〕に係る再審査が中央労働委員会において継続していたなどとして、本件雇用関係の終了は組合嫌悪の意思に基づくものであると主張する。
このため、以下、①労使交渉などの労使関係、②本件雇用関係の終了に係る会社の判断、③退職勧奨の事前協議の3点に関し、会社の組合に対する嫌悪感の表れと解しうる点があるか否かについて検討する。
(4)労使交渉などの労使関係について
平成28年5月にAらが会社を被告とする訴状を簡易裁判所に提出し、同年9月、当該訴状に係る訴訟〔注未払賃金の支払に係るもの〕が地方裁判所に移送されたが、結局、平成29年2月に労使合意書が締結され、訴訟は取り下げられた。また、先行事件に係る救済申立てについても、申立ての棄却が確定している。
また、組合は、会社側が他の従業員に、「Aと付き合うな、Aと一緒に飲み会をするな」と発言したなどと主張するが、それらを認めるに足る客観的な証拠はない。
さらに、平成31年2月から令和3年4月までの労使のやり取りをみると、組合からの団体交渉申入れに対し、会社は、コロナ禍という事情や業務多忙を理由として、多くの場合で文書による回答をしているが、それに組合が強い不満を示し、又は、回答内容を不満として、更なる要求をした等の事実は認められない。
(5)本件雇用関係の終了に係る会社の判断について
ア 会社が本件雇用関係の終了を判断した時点において、対象選定基準は存在していたか
対象選定基準の策定に当たり、会社が労働組合と協議等をした客観的事実はなく、そして令和2年11月に対象選定基準を作成し、同年12月に周知したとの会社の主張を裏付ける客観的な証拠は提出されていない。
また、会社は、組合から再三にわたってAが再雇用されない理由に関する詳細な説明や基準の提示を求められたにもかかわらず、対象選定基準の存在や、Aが同基準に定める要件を満たしていないために再雇用しなかったことを明確・詳細には説明していない。
これらから、少なくとも本件審査においては、会社が本件雇用関係の終了を判断した時点において、対象選定基準が確実に存在したとまでは認めることができない。
イ 本件雇用関係の終了に係る会社の判断の合理性について
ところで、令和2年1月1日に施行された正社員就業規則第65条第4項では、再雇用契約更新基準が規定され、従業員の勤務成績、態度や、従業員の能力、健康状態などを参考に諸事情を考慮して会社が継続雇用の有無を判断するとされている。
また、有期フルタイマー及び有期パートタイマーの雇用契約更新の基準について規定された非正規社員就業規則第15条等にも同様の記載がある。
さらに、会社が令和3年5月7日の団体交渉後に組合に手交した、Aを雇用継続しない理由を記載した理由書によると、会社は、コロナ禍等のため事業環境が厳しい中、社員に「今まで以上に積極的に自分自身で学習し、消費動向に合わせて個々人の営業スタイルを変えていくことができる能力と意欲」を求めており、Aは、会社が期待する水準を満たしているとはいえないと判断したとしている。
以上の点を踏まえると、本件雇用関係の終了が組合員故かを検討するにあたり判断すべきは、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律において65歳以上の従業員の雇用継続が事業主の努力義務にとどまる中、Aが、会社が期待する水準を満たす社員といえたかどうか、すなわち、本件雇用関係の終了に係る会社の判断が合理的と認められるか否かであるといえる。
そこで、この点について以下検討することとし、具体的にはAの勤務成績(能力)や勤務態度等についてみる。
ウ 勤務成績(能力)について
会社には教育期間中の乗務員の勤務成績の評価について、通常の乗務員とは別の取扱いをすべき事情があるとも認められないから、〔①平成18年対象選定基準、②平成25年12月3日に会社が他組合と締結した賃金協定書、③Aに対する平成26年11月12日付け改善指導書、④平成29年5月11日に会社がAを呼び出した際の告知事項、⑤教育期間に移行するかどうかの月間営業収入基準、⑥会社が策定を主張する対象選定基準、⑦審問における業務係長の証言から〕会社が重視しており、他組合も賃金協定書の記載から損益分岐点と認識していたともいえる月間営業収入30万円という基準に照らし、Aの勤務成績を検討する。
(ア)Aは、令和3年5月31日当時、会社内で唯一の教育期間中の乗務員であり、また、新型コロナウイルス感染症の影響による休業のため13か月にわたって休業していたという事情はあるものの、少なくとも、教育期間中、Aが月間営業収入30万円を超えた月は一度もない。
この点につき、組合は、会社は売上げが上がるS駅待機を明確に禁止し、平日日中のシフト及びH駅待機を命じて、Aから営業環境の自由度を奪ったのであって、Aの売上低迷は、会社の組合嫌悪によるものである旨主張する。
しかし、①業務係長B1の証言、②運行日報の記録(移行後における無線配車の増加)、③移行後におけるAの日中の売上げの増加傾向などからみて、H駅が一定の客扱いが見込める場所といえることからすれば、会社が「無線配車」や「待ちの姿勢ではなくなるなどいくつかのプラス面があること」が見込めるH駅待機を指示したことに不自然さは窺えず、不当なものであったと認めることはできない。
(イ)次に、Aと同様に教育期間に移行したC〔非組合員〕について、会社は、移行した平成29年6月から平成30年12月の退職までの教育期間中の月間営業収入額が30万円を超える月が19月のうち7月あると主張し、組合も反論していない。
(ウ)なお、組合は、教育期間中、会社はAに対して全く教育をしなかった旨主張し、確かに、会社が助言等を行ったという証言もないが、①平成26年に2度、Aに対し、成績不良について指導・警告をしたにもかかわらず、結局、教育期間へ移行し、改善がみられなかった経緯があること、②Aは平成15年入社の経験豊富な乗務員である一方で、教育期間中の勤務形態の中で成績向上を図るための工夫などを会社に相談する等の姿勢を示していないことなどから、会社がAに積極的な働きかけを行わなかったとしても、無理からぬことといえる。
(エ)これらからすれば、教育期間中は勤務が平日の日勤に限定されるといった制約があり、月間営業収入30万円の達成が困難であることは想像に難くないが、教育期間中であるからといって、月間営業収入30万円が達成できないとはいえない。
エ 勤務態度等について
(ア)次に、Aの勤務態度や、「積極的に自分自身で学習し、消費動向に合わせて個々人の営業スタイルを変えていくことができる能力と意欲」、すなわち、学習能力や勤務意欲についてみる。
なお、対象選定基準における人事考課の中で、会社は、Aの「職務遂行意欲」及び「点呼態度(服装を含む)」について評価を行ったとしており、その結果について、当事者の主張を踏まえ、Aの勤務態度等を判断する。
(イ)Aの証言によると、教育期間に移行した直後、一度、S駅での営業を申し出たものの、業務課長B2がそれを認めなかったため諦めたとのことであるが、議論を尽くしたとは評価できず、しかも、それは教育期間への移行直後の出来事である。それ以降、本件雇用関係の終了まで、月間営業収入30万円を達成することが一度もなかった中、Aが、成績向上を図るため、会社に対して相談、話し合いを働きかけるなどもなかったことからすれば、会社が、勤務意欲についてAに対する評価を低くしたことは、当時の客観的状況に照らし不自然とはいえない。
なお、Aは、審問において、会社の業務命令に対して異議を申し出なかったのは、懲戒処分を恐れたためである旨証言しているが、にわかには措信しがたい。
加えて、①Aは、審問において、「(先行事件に係る)中央労働委員会の命令が令和5年4月19日に出た後も、本件シフト変更について会社の不当労働行為と認識し続け反省をすることはなかった」旨証言していること、②平成27年10月22日以降、会社から指導や注意があると、スマートフォンで注意した管理職の撮影をするなど勤務態度にも問題があったことなどからすれば、会社がAの勤務態度等について否定的な評価をしたとしても不合理とはいえない。
(ウ)また、会社は平成26年、Aに対し、売上げが低劣であるとして2回にわたって警告するとともに奮起を促したものの、平成29年に再び売上げが低迷したため、Aと協議したところ、結局、会社は、Aの実労働時間と生産性に整合性が確認できないとして、同年5月に教育期間への移行を命じている。
(エ)以上からすれば、会社が、Aの売上げは低迷を続けており、勤務態度等も十分ではないとして会社が期待する水準に達しないと判断したことは不合理とはいえない。
これらからすれば、本件雇用関係の終了に係る会社の判断に不合理な点があったと評価することはできない。
(6)退職勧奨の事前協議について
組合は、会社が、他の雇用を終了しようとする乗務員に対しては行っているという「トラブルを避けるための、事前の退職勧奨のための協議」を、Aに対してのみ行わなかった旨主張する。
しかし、確かにAに対し、退職勧奨の事前協議は行われていないものの、「Aに対してのみ行わなかった」との組合の主張を裏付ける具体的な証拠は提出されていない。
これらに加えて、①Aに対し事前説明を行わなかった理由について、会社は、Aが教育期間中に指導を理解することなく成績の低迷を続け、他方で、団体交渉の席上で自身の営業成績不良の理由を会社に責任転嫁する発言に終始し、Aには反省や改善が望めないと判断したためと主張していること、及び、②教育期間中のAの勤務態度等からすると、「Aには凡そ反省や改善やその意欲が望めないことは明らかと考え、退職勧奨やその際の協議を行う意味がない」と会社が考えたのはやむを得ないといえることを踏まえると、事前協議をAに行わなかったことが、組合員であることを理由にAを狙い撃ちしたものとはいえない。
(7)まとめ
令和3年5月7日の団体交渉において、会社がAを再雇用しなかった理由を十分に説明しなかったことなど、会社の一部の対応に疑問があることは否定できない。
一方で、本件雇用関係の終了について、会社の組合に対する嫌悪感の表れと解される点は見受けられず、組合員であるAを殊更に排除すべき事情が会社にあったとは認めがたいから、不当労働行為意思の存在を認定することはできない。
したがって、本件雇用関係の終了は労働組合法第7条第1号の不利益取扱いに該当しない。
2 本件雇用関係の終了は、労働組合法第7条第3号に該当するか(争点2)
上記1のとおり、本件雇用関係の終了は、不当労働行為意思によってなされたものとはいえず、また、組合の弱体化を企図してなされたものとみることもできない。
したがって、本件雇用関係の終了は労働組合法第7条第3号の支配介入にも該当しない。 |