概要情報
事件番号・通称事件名 |
福岡県労委令和5年(不)第1号
杉森学園不当労働行為審査事件 |
申立人 |
X1組合連合(組合連合)・X2組合(組合) |
被申立人 |
Y法人 |
命令年月日 |
令和6年3月8日 |
命令区分 |
一部救済 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、①学校を運営する法人が、組合からの令和4年2月14日付けなど計10回の団体交渉申し入れに対し、開催を遅滞させたこと、②同年2月7日など計14回の団体交渉において、財務資料等経営状況に関する資料を提示しなかったこと、③計8回の団体交渉に理事長が出席しなかったこと、④組合との確認書に違反して、ウェブサイト上に教員の募集情報を掲載したこと、⑤右確認書に違反し、また、組合との実質的な協議を行わずに、令和4年冬季賞与を支給したこと、⑥令和5年1月27日など計3回の団交における理事B2の言動、⑦組合からの令和5年3月8日付けなど計2回の団交申入れに対し、一方的に議題を変更したこと、⑧教職員に対し、計4回にわたり、組合連合及び組合を誹謗中傷する文書(以下「本件各文書」)を配布したことが不当労働行為に当たる、として組合連合(組合が組織加盟)及び組合から救済申立てがなされた事案である。
福岡県労働委員会は、①及び⑦の一部について労働組合法第7条第2号、⑥について同条第2号及び第3号、⑧について同条第3号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、(ⅰ)組合が令和5年3月8日付けで申し入れた団体交渉事項のうち、「労働条件や賃金、一時金に大きな影響を及ぼすであろう体育館建設を含めた法人の再建計画」についての早急な回答や、「残業承認届の趣旨や変更点」についての説明に係る団体交渉応諾、(ⅱ)同年4月6日付けで申し入れた団体交渉事項に係る団体交渉応諾、(ⅲ)組合の活動に影響を及ぼす内容を掲載した文書を教職員に配布するなどして、その運営に支配介入してはならないこと、(ⅳ)文書の手交及び掲示を命じ、その余の申立てを棄却した。 |
命令主文 |
1 Y法人は、X2組合が令和5年3月8日付け団体交渉申入れで申し入れた団体交渉事項のうち、「労働条件や賃金、一時金に大きな影響を及ぼすであろう体育館建設を含めた学園の再建計画について早急に回答すること」及び「令和5年4月1日より変更される残業承認届の趣旨や変更点について説明すること」に係る団体交渉に応じなければならない。
2 Y法人は、X2組合が令和5年4月6日付けで申し入れた団体交渉に応じなければならない。
3 Y法人は、X2組合の活動に影響を及ぼす内容を掲載した文書を教職員に配布するなどして、同組合の運営に支配介入してはならない。
4 Y法人は、本命令書写しの交付の日から10日以内に、下記内容の文書(A4判)をX1組合連合及びX2組合に手交するとともに、A2判の大きさの白紙(縦約60センチメートル、横約42センチメートル)全面に下記内容を明瞭に記載し、C高等学校の職員室の見やすい場所に14日間掲示しなければならない。
令和 年 月 日
X1組合連合
執行委員長 A1殿
X2組合
執行委員長 A2殿
Y法人
理事長B1
本法人が行った下記の行為は、福岡県労働委員会によって労働組合法第7条に該当する不当労働行為と認定されました。
今後このようなことを行わないよう留意します。
記
① X2組合からの令和4年3月16日付け及び令和5年4月6日付けの団体交渉申入れに対し、団体交渉の開催を遅滞させたこと
② 令和5年1月27日、同年2月28日及び同年3月29日に開催された団体交渉において、威嚇的な言動を行い、円滑な進行を妨げたこと
③ X2組合からの令和5年3月8日付け団体交渉申入事項のうち、「労働条件や賃金、一時金に大きな影響を及ぼすであろう体育館建設を含めた学園の再建計画について早急に回答すること」及び「令和5年4月1日より変更される残業承認届の趣旨や変更点について説明すること」に係る団体交渉申入れに応じなかったこと
④ X2組合からの令和5年4月6日付け団体交渉申入れに応じなかったこと
⑤ 教職員に対し、令和5年1月6日付け、同年2月6日付け、同年3月17日付け及び同年4月3日付けで、X2組合に対する不信感を抱かせる内容の文書を配布したこと
5 その余の申立てを棄却する。 |
判断の要旨 |
1 組合の令和4年2月14日付け、3月16日付け、5月11日付け、6月18日付け、8月10日付け、9月27日付け、11月1日付け、12月12日付け、5年3月8日付け及び4月6日付けの団体交渉申入れに対し、法人が団体交渉の開催を遅滞させたといえるか。いえるとすれば、そのことは、労働組合法第7条第2号に該当するか。(争点1)
(1)使用者が、団体交渉事項との関係で速やかに対応できない場合にその理由を説明して日程を変更することは、一般的に使用者の対応として許容されるべきであるが、一方で、緊急に協議すべき団体交渉事項を労働組合が提示したにもかかわらず、使用者が団体交渉の申入れを放置したり、労働組合が申し入れた日程を大幅に遅らせることは、相応の理由がない限り使用者の対応として適切なものとは認められない。
(2)組合の令和4年3月16日付けの(給与規程等の改定案に係る協議、定期昇給の実施等を交渉項目とする)団体交渉申入れについて、法人は、一方的に定期昇給を実施した上、その後の団体交渉においてその旨を事後的に説明した。こうした対応は、団体交渉開催の日程を遅滞させることで、定期昇給に関する組合との協議を避けたものと評価できるから、法人は、団体交渉開催の日程を正当な理由なく遅滞させたといえる。
(3)組合の令和5年4月6日付けの団体交渉申入れについて、法人が自らが提案した「就業時間内における労働組合員の爆睡問題について」(以下「爆睡問題」)の議題に固執したことにより、組合が申し入れた日よりも団体交渉の開催が遅れ、また、法人は、特段の理由を示すことなく、開催日を先延ばしにしたのであるから、法人は、団体交渉開催の日程を正当な理由なく遅滞させたといえる。
(4)それ以外の団体交渉申入れについては、いずれも、組合が求める日よりも後に団体交渉が行われたり、法人から当該日よりも後の日時にしたい旨の回答がなされている。しかし、組合の団体交渉申入日から短期間(2ないし8日後)での団体交渉に法人が応じられないとしても不合理であるとはいえないことなどから、法人が、団体交渉開催の日程を正当な理由なく遅滞させたとはいえない。
(5)組合は、①法人は経営状況に関する資料を提示せず、決定権限のある者を出席させなかったことで、結果として団体交渉開催を遅滞させた、②団体交渉開催の遅滞は日程や回数など外形的なものに限定して判断されるべきではない、などと主張する。
しかし、法人が示した組合提案の団体交渉開催日に応じられない理由、代替となる候補日を法人が複数提示していること、開催された団体交渉における交渉状況をみると、組合が主張する内容によって法人が団体交渉開催の日程を遅滞させたとはいえない。
(6)したがって、組合の令和4年3月16日付け及び5年4月6日付けの団体交渉申入れに対し、法人が団体交渉の開催を遅滞させたことは、労働組合法第7条第2号に該当する。
2 令和4年2月7日、3月9日、4月20日、5月26日、6月10日、7月8日、同月29日、9月7日、10月6日、11月14日、12月6日、令和5年1月27日、2月28日及び3月29日に開催された団体交渉(以下「本件各団体交渉」)において、法人が財務資料等経営状況に関する資料を提示しなかったといえるか。いえるとすれば、そのことは、労働組合法第7条第2号に該当するか。(争点2)
令和4年2月7日の団体交渉から5年3月29日の団体交渉までの一連の交渉過程において、法人は、組合からの団体交渉事項に関して、自らの見解を根拠付けるに必要な程度の資料の提示を行っていないとはいえない。
組合は、法人が提供した資料に対して不十分だと主張するが、組合がより具体的に必要な情報や資料を特定した上で、その提出を求めたなどの経過は確認できず、また、提示資料がないことで、団体交渉における協議に大きな支障があったとはいえない。
これらから、法人が上記各団体交渉で提示した資料を一概に不当とは評価できず、法人の対応を不誠実と評価するまでには至らない。したがって、法人は、財務資料等経営状況に関する資料を提示しなかったとはいえず、労働組合法第7条第2号に該当しない。
3 令和4年2月7日、9月7日、10月6日、11月14日、12月6日、令和5年1月27日、2月28日及び3月29日に開催された団体交渉に理事長が出席しなかったことは、労働組合法第7条第2号に該当するか。(争点3)
理事長が出席しなかった計8回の団体交渉における法人側の出席者は、①令和4年2月7日の団体交渉にあっては、校長B2及び理事B3など、②4年9月7日など計4回の団体交渉にあっては、弁護士B4及び校長B5など、③5年1月27日など計3回の団体交渉にあっては理事B6などであるが、それぞれの団体交渉事項からみて、交渉権限を欠くとまではいえない。
また、上記①の団体交渉で、校長B2らは資料を示して説明するなど具体的な協議を行い、また、同②の団体交渉で、弁護士B4は法人の方針を示し、質問に答えたりし、いずれも、合意内容について組合との確認書が締結されている。さらに、同③の団体交渉で、理事B6は、法人の財務状況や再建計画等について説明している。
これらから、理事長が出席しなかった各団体交渉における法人側出席者に実質的な交渉権限がなかったとはいえず、理事長の不出席をもって、労働組合法第7条第2号に該当するとはいえない。
4 法人が、平成30年8月1日の団体交渉における確認書(以下「30.8.1確認書」)及び令和4年9月7日の団体交渉における確認書(以下「4.9.7確認書」)に違反して、ホームページ上に4年9月9日付けで「高等学校教員の募集について」を掲載したといえるか。いえるとすれば、そのことは、労働組合法第7条第2号及び第3号に該当するか。(争点4)
(1)30.8.1確認書には、次年度人事採用について、法人が人事計画を作成した後、団体交渉での協議を行う旨記されている。しかし、団体交渉において人事採用計画が示され、法人全体にわたる次年度当該計画そのものについて協議が行われたのは、令和元年度(平成31年度)と2年度のみであるから、その内容は、慣例として当事者間において定着していたとはいえない。
(2)令和4年9月7日の団体交渉において「次年度人事採用について、団体交渉での協議をするかどうかを法人側で検討する」との4.9.7確認書が締結された。法人は、団体交渉の2日後、ホームページ上に「高等学校教員の募集について」を掲載しており、この間、法人が検討状況を組合に伝えた形跡も見当たらない。
法人としては、せめてその検討結果を組合に伝える等の対応が望ましかったともいえるが、4.9.7確認書では、団体交渉での協議を行うかどうかを法人側で検討することが確認されていたのであり、法人が検討を行っていないとはいえない以上、法人が直ちに同確認書に違反したとまではいえない。
(3)これらから、法人が、30.8.1確認書及び4.9.7確認書に違反して、ホームページ上に「高等学校教員の募集について」を掲載したとはいえず、次年度人事採用について組合と協議すべき義務までは認められないから、労働組合法第7条第2号及び第3号に該当しない。
5 法人が、令和4年12月6日の団体交渉における確認書(以下「4.12.6確認書」)に違反し、また、組合との実質的な協議を行わずに、4年12月27日に冬季賞与を支給したといえるか。いえるとすれば、そのことは、労働組合法第7条第2号及び第3号に該当するか。(争点5)
4.12.6確認書の記載内容及び団体交渉におけるやり取りからすると、合意事項が、法人が、冬季賞与の年内支給が可能な同月20日までに団体交渉を開くことを持ち帰り検討することであることは明白である。
そして、法人は、同月17日に、検討の結果、日程調整ができなかったため、5年1月に延期する旨回答している。これは、4.12.6確認書に基づき、持ち帰り検討した結果を組合へ伝えているもので、法人は、合意事項を履行しているといえる。
これらを踏まえると、法人は、4.12.6確認書の内容を履行しており、冬季賞与の支給に関する一連の経過において不誠実な対応があったとはいえず、労働組合法第7条第2号及び第3号に該当しない。
6 令和5年1月27日、2月28日及び3月29日に開催された団体交渉における理事B6の言動は、労働組合法第7条第2号及び第3号に該当するか。(争点6)
労働組合に対する使用者の言論が不当労働行為に該当するかどうかは、言論の内容、発表の手段、方法、発表の時期、発表者の地位、身分、言論発表の与える影響などを総合して判断し、労働組合に対する使用者の言論が組合員に対し威嚇的効果を与え、労働組合の組識、運営に影響を及ぼした場合はもちろん、一般的に影響を及ぼす可能性のある場合は支配介入となるというべきである。
そして、令和5年1月27日など計3回の団体交渉における理事B6の言動は、円滑な団体交渉の進行を妨げ、実質的な協議を避けるもので、誠意をもって団体交渉に当たったとは認められず、労働組合法第7条第2号に該当する。
また、B6の言動は、組合員に対し威嚇的効果を与え、団体交渉における組合活動を萎縮させるものであり、このような団体交渉が少なくとも3回継続していることにより、組合に対し、団体交渉によって問題を解決しようという意欲を失わせるもので、労働組合法第7条第3号にも該当する。
7-1 法人が、組合の令和5年3月8日付けの団体交渉申入れに対し、一方的に団体交渉議題を変更したといえるか。いえるとすれば、そのことは、労働組合法第7条第2号に該当するか。(争点7-1)
(1)このことは結局、組合の申し入れた事項について、法人が団体交渉に応じなかったとの主張と解される。
組合が、令和5年3月8日付け文書により、5つの要求項目を示して団体交渉を申し入れたのに対し、法人は、「②労働条件や賃金、一時金に大きな影響を及ぼすであろう体育館建設を含めた法人の再建計画について早急に回答すること」(以下「項目②」)及び「⑤令和5年4月1日より変更される残業承認届の趣旨や変更点について説明すること」(以下「項目⑤」)については団体交渉の議題としなかった。
(2)しかし、項目②については、体育館建設に伴う職員の賃金への影響の有無や程度の説明という限りにおいて、職員の労働条件等に関するもので、法人に処分可能な事項であるといえ、義務的団体交渉事項に該当する。また、項目⑤が義務的団体交渉事項に当たることは明らかである。
(3)令和5年3月29日の団体交渉における法人の対応についてみるに、団体交渉に出席した理事B6は、項目②について、経営の根幹に関わる内容であるため団体交渉議題としてふさわしくない旨告げたり、項目⑤について、校長B5が朝礼で説明したことがすべてであるので、議題としなかった旨述べるなどし、これらは、この団体交渉において協議されていない。また、その後の団体交渉においても協議されていない。
(4)これらから、義務的団体交渉事項に該当する項目②及び項目⑤について、法人は、団体交渉を拒否したものといえる。そして、そのことに正当な理由があるとはいえず、労働組合法第7条第2号に該当する。
7-2 法人が、組合の令和5年4月6日付けの団体交渉申入れに対し、一方的に団体交渉議題を変更したといえるか。いえるとすれば、そのことは、労働組合法第7条第2号に該当するか。(争点7-2)
(1)令和5年3月30日付けで、法人は、同年4月20日を開催日として「爆睡問題」を議題とする団体交渉を申し入れ、これに対し、組合は、同年4月6日付けで、議題は「一時金について、具体的資料を提示して説明すること」及び「残業時間の対策について説明すること」の2項目とし、法人が提案する議題は不適切であり団体交渉の議題とはしない旨回答している。
その後、法人は、同年4月14日付け文書で、再度「爆睡問題」を議題とする団体交渉の開催を申し入れ、以降、組合が申し入れた2つの項目についての団体交渉は開催されていない。
(2)組合が申し入れた2つの項目が義務的団体交渉事項に当たることは明らかで、これらについて、法人は、団体交渉を拒否したものといえる。
法人は、使用者から団体交渉の申入れがあった場合は組合も誠実に対応する義務があることは明らかであると主張するが、労働組合法第7条第2号は使用者の団体交渉応諾義務を定めているのであり、労働組合に同義務が課せられているのではない。
また、2つの項目について団体交渉に応じない理由は示されず、法人には、「爆睡問題」という議題に固執し、組合の求める議題については団体交渉での協議を断固として拒否するといった強固な姿勢がうかがわれ、団体交渉に応じなかったことに正当な理由があるとはいえない。
(3)これらから、組合が5年4月6日付けで申し入れた団体交渉事項である2つの項目について、法人が団体交渉に応じなかったことは、労働組合法第7条第2号に該当する。
8 法人が、教職員に対し、本件各文書を配布したことは、労働組合法第7条第3号に該当するか。(争点8)
(1)本件各文書の内容をみるに、それぞれ、受領した教職員に、影響として、①組合が虚偽の情報を発信し、法人を攻撃している、②組合の行為により法人が経営破綻に直面し、一方で組合は生徒のことを考えていない、③組合の執行委員長が、根拠がない発言をしている、④法人内で組合が不当に優遇されている、⑤団体交渉が無秩序の中行われ、団体交渉における組合員の交渉態度がいかにも非常識なものであった、あるいは、⑥組合員が就業時間内に爆睡している、といった印象を与える内容となっている。
(2)このように、法人は、本件各文書により、法人の教職員に組合に対する不信感を抱かせる記載をし、また、本件各文書は、労使関係が緊張している中で、理事長の名において、机上に置くという全ての教職員が確実に目にする方法により配布された。
かかる法人の行為は、組合員に対しては組合への不信や組合員でいることについての不安を生じさせ、また、組合員でない教職員に対しては、組合に加入することを躊躇させるおそれがあるなど、組合の団結及び組織化に影響を及ぼすもので、組合の団結権を侵害するものといわざるを得ない。よって、法人の行為は、労働組合法第7条第3号に該当する。 |