労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  広島県労委令和4年(不)第2号
フォーブル不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和5年11月2日 
命令区分  一部救済 
重要度   
事件概要   本件は、①変形労働時間制導入の撤回等に関する団体交渉及びその後における会社の対応、②団体交渉が継続中であるにもかかわらず、組合に事前に通知等することなく、直接、組合員A2に対して変形労働時間制の運用を開始する旨通知等したこと、③A2にのみ時間外労働を割り当てず時間外手当を支給しなかったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 広島県労働委員会は、①について労働組合法第7条第2号、③について同条第1号に該当する不当労働行為であると判断し、会社に対し、(ⅰ)変形労働時間制の導入の撤回に係る団体交渉について、制度の導入が可能であること及びその必要性について、具体的な説明を行うなどして、組合の理解が得られるよう、速やかに誠意をもって応じなければならないこと、(ⅱ)A2に対する、差別取扱いがなければ得られたであろう時間外手当相当額の支払い、(ⅲ)文書手交を命じ、その余の申立てを棄却した。
命令主文  1 会社は、組合が令和4年4月1日付けで申し入れた団体交渉のうち、変形労働時間制の導入の撤回について、組合に対して、変形労働時間制の導入が可能であること及びその必要性について、自らの主張の根拠を裏付ける資料等を提示して具体的な説明を行うなどして、組合の理解が得られるよう、速やかに誠意をもって応じなければならない。

2 会社は、組合の組合員A2に対して、令和4年6月1日から同年10月31日までの時間外労働について、他の路線バス乗務員と差別する取扱いがなければ得られたであろう時間外手当相当額を支払わなければならない。

3 会社は、本命令書受領の日から2週間以内に下記内容の文書を組合に手交しなければならない。
 年 月 日
X組合
委員長 A1様
Y会社        
代表取締役 B1

 当社が、貴組合に対して行った下記の行為は、広島県労働委員会において、下記1については労働組合法第7条第2号に、下記2については労働組合法第7条第1号に当たる不当労働行為であると認められました。
 今後は、このような行為を繰り返さないようにいたします。
1 令和4年4月15日の団体交渉での対応及びその後の貴組合への対応
2 令和4年6月1日から同年10月31日までの勤務について、組合員であること及び広島北労働基準監督署に申告したことを理由に、組合員A2のみ時間外労働を割り当てず時間外手当を支給しなかったこと。

4 組合のその余の申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 令和4年4月15日に開催された団体交渉(以下「本件団体交渉」)及びその後における会社の対応は、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に当たるか。(争点1)

(1)令和4年4月9日の合意は会社が組合と合意したものといえるか

 組合は、令和4年4月9日の合意確認書〔注〕は、3年秋頃以降に始まった組合と会社との一連の交渉の流れの中で締結されたもので、組合と会社とが合意したものであると主張する。
 しかし、その名義人は組合員A2個人及び会社である上、会社は、A2以外の路線バス乗務員との間でも、同じ内容の合意書を交わしている。また、合意確認書の具体的な作成過程において組合が関与していると認めるに足る疎明はない。
 したがって、当該合意は、会社がA2個人と合意したものといえ、本件団体交渉において会社が当該合意の内容を反故にしたかどうかを判断するまでもなく、組合の主張を認めることはできない。

〔注〕令和4年4月9日、会社とA2は、路線バス乗務員に適用している1か月単位の変形労働時間制の運用に係る疑義及び今後の紛争防止のため、解決金を支払うことなどについて、合意確認書を作成している。

(2)本件団体交渉における会社の説明等は、誠実なものであったか

ア 本件団体交渉は、変形労働時間制に係る議題以外のものも含め、約2時間にわたりある程度の時間をかけて行われ、その中で、会社は、変形労働時間制は法律上認められた仕組みなので導入したいとした上で、今後の運用方法の具体的な取扱いや時間外労働の考え方について現在労働基準監督署(以下「監督署」)と調整中であること等の説明をしている。
 しかし、そもそも組合は、変形労働時間制を導入できないと主張して「変形労働時間制導入の撤回」を要求しているのであるから、会社は、組合の要求や主張に対し、①導入できるとする具体的な根拠として要件を具備していることや、②導入する理由及び必要性等について、監督署とのやり取りなども踏まえて具体的に説明すべきであった。
 したがって、変形労働時間制導入の撤回という組合の要求に対する十分な説明を行わず、終始運用方法について説明するのみの会社の対応は、誠実であったとはいえない。
 また、本件団体交渉に先立ち、組合は会社に対し説明書も郵送し、変形労働時間制導入の撤回を求める理由を詳しく説明していたのであるから、会社は、組合の主張に対応した回答を準備し、団体交渉に臨むことは十分可能であった。

イ 会社は、①変形労働時間制の導入の可否は法律事項であり導入根拠について法令に基づいて運用している旨以上の回答をすることはできない、②その継続を拒否する組合に対しその撤回以外に納得を得られる説明は限定される、③会社の実情から導入できないとの主張は組合独自の解釈であるとも主張する。
 確かに、変形労働時間制の解釈等に係る組合の主張は、その根拠が提示されておらず、組合独自の解釈に基づくものと評価し得ることは否定できない。しかし、仮にそうであったとしても、組合に導入を納得させることまでは求められておらず、また、組合の要求や主張に対応する回答としては、導入できるとする具体的な根拠や監督署の見解、導入の理由や必要性などをもって説明すべきであり、それは可能であった。

ウ これらのことから、本件団体交渉における会社の対応は、組合に対して、導入できるとする具体的な根拠や導入の理由及び必要性等について十分な説明等を行うことなく、自己の主張を一方的に述べるだけのものといえ、不誠実であったと認められる。

(3)本件団体交渉後の会社の対応は、不誠実であったといえるか

ア 本件団体交渉との一連性について

 会社は、変形労働時間制に係る議題の協議は本件団体交渉をもって終了していたと主張するが、組合と会社のいずれからも、そのような旨の発言があったと認めるに足る疎明はない。
また、監督署とのやり取りについて「現在進行形で行っている。」などの回答からしても、調整した結果どのような結論となったのかも含めた回答が求められていたというべきである。さらに、組合委員長と副社長B2との交渉のまとめとしてのやりとりからしても、組合が変形労働時間制の導入や運用について十分理解していなかったことを会社は認識していたと認められる。
 加えて、令和4年4月27日の、本件団体交渉を受けての追加の回答がされていないとの組合からの連絡に対する代理人弁護士の対応などからも、会社においても、本件団体交渉に続く質問等が組合から提出されることが想定されていたことが認められる。
 以上によれば、変形労働時間制に係る議題の協議は、本件団体交渉をもって終了していたとは認められず、また、交渉が継続していたことを会社が認識し得たことは明らかであるから、①組合から上記の連絡を受け、その回答としてなされた同月28日の会社代理人弁護士による会社からの電子メールの回答、②変形労働時間制の運用を開始することを表明した「お知らせ」の提示は、本件団体交渉と一連のものとして行われたものと認められる。

イ ①令和4年4月28日の会社代理人弁護士による会社からの電子メールの回答について

 当該メールの回答内容は、変形労働時間制の導入を前提として、本件団体交渉における会社の回答を繰り返しただけのものであり、組合の主張に対し、その理解を得るための説明として十分であったとは認められない。また、既に他の路線バス乗務員に対して「お知らせ」を配付して今後の変形労働時間制の運用方法について通知していることにも一切触れていない。
 よって、同月28日の会社の回答は、誠実であったとはいい難い。

ウ ②令和4年4月28日、会社が、現場で「お知らせ」をA2に提示し、変形労働時間制の運用を開始したことについて

 「お知らせ」の内容は、監督署の指摘を受けて勤務割表における勤務の記載方法の変更を知らせるものであり、今後の変形労働時間制に基づく勤務割表の示し方を説明するためには路線バス乗務員に提示する必要があると認められる。
 しかし、本件団体交渉において会社が変形労働時間制の導入について十分な説明を行っていなかったにもかかわらず、その後、会社は、組合に事前に説明することもなく、他の路線バス乗務員と同様に、既に決定した運用方法をA2に通知しているだけであるから、会社による「お知らせ」の提示は、誠実であったとはいえない。

エ 以上のとおり、本件団体交渉後の会社の上記アの①及び②の対応は、変形労働時間制に係る協議が終了していたとはいえない中で行われたものであり、本件団体交渉と一連のものとして、不誠実性が認められる。

(4)以上のことから、本件団体交渉及びその後の会社の一連の対応は、誠実交渉義務に反する不誠実なものと認められ、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当する。

2 本件団体交渉以降、会社が、組合に対して事前に何らの通知や協議等なく、令和4年4月28日、直接A2に対して「お知らせ」及び同年5月勤務割表を示したことは、労働組合法第7条第3号の不当労働行為に当たるか。(争点2)

(1)ある行為が労働組合法第7条第3号の支配介入に当たるか否かについては、当該行為の内容や態様、その意図や動機のみならず、行為者の地位や身分、当該行為がされた時期や状況、当該行為が労働組合の運営や活動に及ぼし得る影響を総合考慮し、労働組合の結成を阻止ないし妨害したり、労働組合を懐柔し、弱体化したり、労働組合の運営・活動を妨害したり、労働組合の自主的決定に干渉したりする効果を持つものといえるかにより判断すべきである。

(2)本件についてみると、会社のA2に対する「お知らせ」の提示は、変形労働時間制の導入に係る交渉が継続していたことを容易に認識し得た中、組合に事前に何らの説明等なく行われた不誠実な対応である。
 このように、組合と交渉中の事項について組合に通知せず、組合を差し置いて直接組合員に通知することは、組合の存在を軽視するもので、組合員に対し、組合には交渉力がないのではないかという疑念を生じさせる可能性があることは否定できない。

(3)この点、会社は、お知らせによる通知は、変形労働時間制の適法かつ円滑な継続運用のために、監督署の行政指導に基づいてなされた行為である以上、反組合的意思が介在する余地はなく、また、変形労働時間制の改善が急務であり、できるだけ速やかに提示する必要があった旨主張する。
 なるほど、会社は、①監督署の指摘を受けて全路線バス乗務員に勤務割表の記載方法の変更を周知するため、「お知らせ」を提示する必要があり、そして、②改善後の運用を開始するためには、変形労働時間制の起算日前である前月末日までに個別の勤務割表を示す必要があったと認められる。
 このような状況において、令和4年5月から変形労働時間制を導入するために、会社が、同年4月15日の本件団体交渉時点では「調整中」であった監督署との調整を経て、同月28日に「お知らせ」及び個別の同年5月勤務割表をA2に対し提示すること自体は不合理なものとはいえない。
 加えて、会社が、これらの提示によって、組合ないし組合員に及ぼしかねない影響や効果を認識・認容していたと認めるに足る疎明もない。

(4)以上のことから、会社の行為は、適切とはいい難いものの、組合の運営に対する支配介入とはいえず、労働組合法第7条第3号の不当労働行為に該当しない。

3 会社が、A2に対して、令和4年6月以降、時間外労働を割り当てず時間外手当を支給しないことは、労働組合法第7条第1号の不当労働行為に当たるか。(争点3)

(1)令和4年6月以降、会社の路線バス乗務員のうち不利益な取扱いがあったのは、A2のみであったか

ア A2は、令和4年5月勤務までは毎月一定程度の時間外労働を行い、確実に支払われる基本給142,300円及び職務手当75,000円の計217,300円に加え、同月勤務分では時間外手当として46,437円が支給されている。これによれば、当該時間外手当は毎月の収入(基本給及び職務手当)の約21%を占め、かなりの額に達している。これら金額に鑑みると、時間外手当がない場合に労働者に与える経済的打撃は大きいことから、時間外労働を割り当てられず時間外手当を支払われないことは、A2にとって不利益といえる。
 そして、4年6月以降の路線バス乗務員の時間外労働の割当てをみると、A2のみ時間外労働の割当てがなく、それにより時間外手当を得ることができなかった。

イ 令和4年7月から10月の勤務について、A2についてのみ、他の路線バス乗務員とは異なり、時間外労働を希望する場合には時間外労働を希望する旨の申出を逐一行わなければならないことに一方的に変更された上、希望しても割当てがあるかどうか定かではない不安定な状態に置かれていた。

ウ 以上によれば、会社が、令和4年6月から10月の勤務について、A2のみ時間外労働を割り当てず時間外手当を支給しないことは、不利益な取扱いであったと認められる。

(2)A2の不利益な取扱いは、A2の組合活動が故に行われたものであるか

ア 会社は、遅くとも令和4年3月下旬から4月頃に各路線バス乗務員に対して解決金が支払われた〔注上記1(2)参照〕ときには、A2が組合の組合員であることを認識していた。
 同年5月2日、A2は、組合副委員長と共に監督署を訪れ、申告者をA2個人として変形労働時間制の導入に係る是正指導を求める申告書を提出し、担当監督官と申告内容である変形労働時間制による賃金計算の是正についてやり取りしているが、当該申告は、申告者名はA2個人であるものの、まさに組合員の労働条件の維持改善を図る正当な組合活動にほかならない。
 そして、会社は、遅くとも同月24日には、本件団体交渉の議題等とされている変形労働時間制について、A2が組合活動として、監督署に対し、会社への指導を求めていたことを認識していた。

イ 不当労働行為意思の存否についてみるに、会社は、令和3年秋頃行われていた組合との交渉を起点とし、本件団体交渉及びその後の対応、監督署への申告に基づく監督署からの指導への対応などに追われる中で、次第に組合の存在を疎ましく思うようになり、組合の4年5月24日付け要求を受けて組合に対して強く嫌悪感を抱くようになったと推認できる。
 このような労使関係の下で、当該要求を受けた直後、A2のみ唐突に、従前とは異なる時間外労働の割当てがない勤務割表を提示する行為に及んだことは、会社の主張に合理性が認められないことからしても極めて不自然である。
 そして、会社が、時間外手当の減少による労働者への影響及び組合が時間外労働をさせないようにとは主張していないことを認識していながら、あえてこのような行為に及んだこと等も併せ考慮すると、A2のみ時間外労働の割当てを行わなかったのは、反組合的な意図によるものであると判断せざるを得ない。
 本件団体交渉及びその後の対応が組合を軽視し、不誠実な対応であったことにも鑑みると、会社には、不当労働行為意思があったと認められる。

(3)以上のことから、会社の行為は、組合員であること及び組合活動の故をもって行われた不利益取扱いであると解するのが相当であり、労働組合法第7条第1号の不当労働行為に該当する。

4 救済方法

 組合は、(他の路線バス乗務員と差別する取扱いがなければ得られたであろう時間外手当相当額の支払を命じるに当たり)変形労働時間制によらずに賃金計算を行うべきである旨主張するが、他の路線バス乗務員は、会社の規定に則った変形労働時間制に基づいて計算した賃金を支給されていることから、同様に会社の規定に則った変形労働時間制に基づいて賃金計算を行うのが相当である。 

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