労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  山口県労委令和4年(不)第1号
山口県国民健康保険団体連合会不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y法人(法人) 
命令年月日  令和5年11月27日 
命令区分  一部救済 
重要度   
事件概要   本件は、法人が、①昇格の運用の見直し、すなわち主幹の廃止に係る団体交渉について、形式的な交渉を行ったのみで交渉を打ち切ったこと、②その後、対象となる職員2名(うち1名は非組合員)に対し、直接、降格同意書への署名を求めたことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 山口県労働委員会は、①について労働組合法第7条第2号、②について同条第3号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、(ⅰ)法人事務局組織規則及び法人職員給与規則の改正についての誠実な団体交渉、(ⅱ)右団体交渉において誠実に交渉を尽くすことなく一方的に打ち切り、降格の対象となる組合員に対し直接、降格同意書への署名を求めることにより、支配介入してはならないこと、(ⅲ)文書交付を命じ、その余の申立てを棄却した。 
命令主文  1 法人は、Y法人事務局組織規則及びY法人職員給与規則の改正について、本命令書受領後1か月以内に、組合と誠実に団体交渉を行うこと。

2 法人は、前項の規則の改正に係る団体交渉において誠実に交渉を尽くすことなく一方的に打ち切り、同規則の改正に伴い降格の対象となる組合員に対し直接、降格同意書への署名を求めることにより、組合に対する支配介入をしてはならない。

3 法人は、本命令書受領後2週間以内に、下記の文書を組合に対して交付しなければならない。
令和 年 月 日
X組合
執行委員長 A1様
Y法人     
理事長 B1 
 当法人が行った下記行為は、山口県労働委員会において、労働組合法第7条第2号及び第3号に該当する不当労働行為であると認定されました。
 当法人がこのような行為をしたことについて、今後、同様の対応を繰り返さないことを誓います。
1 Y法人事務局組織規則及びY法人職員給与規則の改正に係る団体交渉において、貴組合の主張に対する回答や自己の主張の根拠を明確に説明したり、必要な資料を提示したりして貴組合の理解を得るよう努力せず、誠実な交渉を尽くすことなく両規則を改正したこと。
2 貴組合と誠実に団体交渉を尽くすことなく、降格の対象となる職員に降格同意書に署名することを求めたこと。
4 組合のその余の申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 法人が主幹の廃止に係る団体交渉を打切りとしたことは、労働組合法第7条第2号に該当するか。(争点1)

(1)主幹の廃止は義務的団体交渉事項に該当するか

 主幹の廃止は、6級一般職の職位を単に減じるものであり、それに伴い、法人の職員が6級に昇格できる機会が従前と比べて減少することになるのであるから、職員の賃金等に影響を及ぼし、労働条件の不利益変更となることは明らかである。
 このように主幹の廃止自体が義務的団体交渉事項に該当するのであるから、法人はそのことを踏まえて組合との交渉に臨む必要があった。

(2)平成28年労働協約の解約について

ア 平成28年労働協約(以下「協約」)において、主幹の昇格基準が定められたことについては当事者間に争いはないが、法人は、協約には主幹を存続させることの合意を含まない旨主張する。また、法人は、令和3年12月27日の申入書(以下「本件申入書」)等をもって協約の一部の解約予告をした旨主張するため、これらの点について、以下検討する。

イ 主幹が廃止された場合、協約の主幹に係る昇格基準は全く意味を成さないものとなるが、①協約に係る団体交渉議事録をみても、主幹の存続を合意の範囲外とする旨の協議等をした形跡がないこと、②協約締結後も主幹を引き続き任命していることなどからすれば、協約における昇格基準は、主幹という職の存在を当然に前提としたものと解するのが相当である。

ウ ところで、有効期間の定めのない労働協約は、労働組合法第15条第3項の規定により、「当事者の一方が、署名し、又は記名押印した文書によつて相手方に予告して、解約することができる」とされ、また、同条第4項の規定により、労働協約の解約手続は、署名し、又は記名押印した文書による要式行為とされている。
 法人は、本件申入書等をもって協約の一部の解約予告をした旨主張するが、そもそも本件申入書は、昇格の運用の見直しを組合に申し入れるもので、令和4年11月9日付け文書はその申入れを補正するものであるところ、本件申入書等に協約の一部を「解約する」旨の表記はないのであるから、同協約の解約の予告がなされたとはいえない。
 また、協約の一部解約は、原則として認められず、例外として認められるためには、一部解約について合意できるよう誠実な交渉を十分に尽くす必要があり、かつ、一部解約の対象となっている条項に協約の他の条項からの独立性が認められ、一部解約が全体の解約よりも穏当なものと解される場合でなければならない。
 これを本件についてみると、法人が協約の一部解約の予告と主張する本件申入れを行うまでに、同協約の一部解約に関し組合と誠実な交渉を十分に尽くした事実は認められない。そうすると、上記の事実は、むしろ、主幹の廃止をめぐる団体交渉が、誠実交渉を十分に尽くして行われたものではなかったことの証左と評価することができる。

(3)団体交渉における法人の対応

 主幹の廃止は義務的団体交渉事項に該当するため、法人には、これについて誠実に団体交渉を行う誠実交渉義務がある。
 すなわち、法人は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示したりするなどし、また、組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなどの努力をするべきであって、このような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるため、団体交渉における法人の対応について以下検討する。

ア 組合が主張する「同時協議」に対する法人の対応について

(ア)6級昇格の運用を見直して令和4年度から主幹を廃止するとの法人の申入れに対し、組合は、主幹の廃止については、定年延長の導入についての協議と同時並行的に行うこと(以下「同時協議」という。)を主張したが、このことについて、法人は、「無理を承知の上の交渉態度」である旨主張するため、まずこの点について検討する。
 法人は、本件申入書において、「定年延長を踏まえた人事管理及び給与費の適正化を進めるため」に6級昇格の運用を見直し、令和4年度から主幹を廃止することとし、その理由を「6級昇格は、本来任用行為として人事権者の判断で行うべきものであり、定年延長を検討するにあたり、現行の運用を予め是正する必要があるため」と記載するなど、主幹の廃止が定年延長制度の導入に関連することを自ら示しているのであるから、組合が、主幹の廃止という労働条件の不利益変更の申入れに対し、「定年延長の話が進んでいない中で6級廃止だけを先に進めるのは納得できない」、「もし、改定に定年延長が入らなかった場合は、該当の職員がただ下がるだけとなるのではないか」といった懸念などを持ち、法人に同時協議を求めたこと自体は理解できる。

(イ)次に、組合が同時協議との主張を繰り返したこと及びそれに対する法人の対応について検討する。
 第2回団体交渉以降において、組合の同時協議を求める旨の主張に対し、法人は「定年延長を検討するにあたり、問題になり得ることは事前に整理して適正にしたい」と述べるなど、主幹の廃止を定年延長制度の導入に先立って行う理由や、主幹の廃止と定年延長の関連について一応の説明は行っているものの、それらは同時協議ができない理由を正面から明確に説明したものとはいえない。
 法人は、定年延長は、法人の収支や定員に関わる根本的な課題であり、また、山口県の動向は無視できないので、山口県が条例案も提示していない段階では定年延長の具体案を示すことはできず、そのような状況は労使双方の共通理解である旨主張するが、組合が団体交渉において同時協議を求めているのであるから、法人としては、改めて団体交渉において自らの考えを組合に対して丁寧に説明すべきであったところ、そういった説明を行った形跡は見受けられない。
 なお、法人は、「法人が合理的に条件を示して交渉することに対し、組合が同じように合理的に交渉しなかったため打ち切った」等主張するが、同時協議を繰り返し求める組合の対応に頑なな感があることは否めないものの、主幹の廃止と同時に申入れのあった「休暇制度(結婚休暇)の見直し」については組合が了承する形で妥結しており、組合が法人の申入れ全てに対して頑なな姿勢を示しているわけではないし、法人が組合の主張に対し十分な説明を行ったとはいえないことからすれば、組合の対応はやむを得ないものといえる。
 組合と法人との団体交渉におけるやりとりからすれば、法人は、組合が法人の説明に納得しておらず、両者の認識には大きな隔たりがあり、同様の説明を繰り返すだけでは組合の理解を得ることは困難と認識できたはずである。
 しかも、①法人は、組合が令和4年3月末の妥結は無理と主張する中、自ら交渉期限を設定した上で団体交渉に臨んでいた、②法人としては、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならないところ、組合の同時協議との主張に対し、それまでと同様の基調の説明に終始した、③「もし、改定に定年延長が入らなかった場合は、該当の職員がただ下がるだけとなるのではないか」といった組合の懸念に対し、それを払拭するような説明を行うこともなかったことなどから、法人が合意達成に向けて真摯に団体交渉を行ったと評価することはできず、このような法人の対応が労使間の協議が進展しなかった一因になったというべきである。
 以上のことからすれば、法人の交渉態度は、誠実なものであったと認めることはできない。

イ その他の法人の対応について

(ア)法人は、平成30年度以降は主幹の廃止も見据えて交渉する旨話してきたとして、具体的には、平成28年11月28日など3回の団体交渉において組合と協議した旨主張する。
 しかし、これら団体交渉について、法人が作成した議事録を見ると、同協約において定めた昇格基準について、将来、何らかの事情が生じた場合は改めて労使で協議するといった趣旨のやり取りはなされているものの、労使間で主幹の廃止を見据えた具体的な協議がなされていたとは認められず、法人の主張は採用できない。

(イ)また、法人は、団体交渉において、組合は法人の説明に対し質問することもあまりなかったと主張するが、確かに、組合は、同時協議の主張を繰り返すほかは、主幹の廃止に関する詳しい説明を法人に求めたり、法人に要求を行ったりした様子はあまり見受けられず、こうした組合の対応に疑問がないわけではない。
 しかしながら、過去に労使間で主幹の廃止を見据え具体的な協議がなされていたとは認められないし、そもそも、本件申入れは、法人が自らの発意で義務的団体交渉事項である主幹の廃止を企図して組合に対して行ったものであり、しかも、主幹の廃止は労働条件の中でも重要な「賃金」の引下げを伴うのであるから、その申入者である法人は、合意達成の可能性を模索するため、組合からの要求いかんに関わらず、主幹から主査への降格に伴う給与の差額の保障の案(以下「現給保障案」)の提示だけでなく、申入れ内容の合理性や必要性など(例えば、定年延長制度の導入に先立って令和4年3月末で主幹を廃止する必要性、当時主幹であった者を定年延長制度の導入時ではなく、前倒しして降格させる理由、また、山口県とは異なる取扱いをする理由など)について自ら丁寧に説明を行う必要があったというべきである。
 この点について、法人の対応をみると、主幹を廃止する必要性については、一定の説明はなされているものの、「曖昧な地位の主幹については、管理職として扱うか否かを、令和3年度中には決めておかないと、役職定年の対象者数すら決まらず、計画が立たない」といった法人の認識を組合に伝えようとした形跡はない。
 さらに、定年延長制度の導入に先立って主幹を廃止する必要性及び当時主幹であった者を降格させる理由に至っては直接的な説明はなく、給与費を適正化する必要性について言及している程度である。
 法人は、本件申入書に「給与費の適正化を進めるため」と記載するなどしているのであるから、組合から要求がないとしても、給与費の適正化の合理性や必要性など(例えば、法人の経営状況やラスパイレス指数等を踏まえ、どの程度、適正化する必要があるかといった点や、主幹の廃止によってどの程度適正化が図られるかといった点)について、必要に応じて資料を提示するなどして説明すべきであったところ、法人が具体的な説明を行ったとの立証はない。
 また、第2回団体交渉における「はざまの職員がどうなるのか、生涯賃金がどうなるのか見通せていない」との組合の懸念に対し、法人は、「そこの部分は、いつなら整理できるのか」と問い返すにとどまっている。法人は、主幹の廃止が職員の生涯賃金に与える影響について示せないのは当然である旨主張するが、法人が令和4年3月7日に現給保障案を組合に提示した後であれば、一定の試算を組合に提示することは可能であったはずである。それにもかかわらず、法人は組合から理解を得ることを目指し、生涯賃金への影響について、自ら組合に説明する姿勢を見せていない。
 さらに、法人が同協約における昇格基準を見直したいのであれば、団体交渉において協議し、合意する必要があったにもかかわらず、法人は組合に対し、その協議を行うことなく主幹を廃止している。
 以上のことからすれば、法人の交渉態度は、不誠実なものであったといわざるを得ない。

ウ まとめ

 既にみたとおり、団体交渉において、法人は、誠実に交渉を尽くしたとは認められない。
 法人は、組合が同時協議に拘り、議論が平行線になったとして、自ら、団体交渉を打ち切る旨を第3回団体交渉時に伝えた旨主張するが、誠実な交渉が行われていないため、正当な打切り理由と認めることはできないし、令和4年3月末を交渉期限とすることについても、根拠の明確な説明がされておらず、その必然性は認められない。
 以上のとおり、法人が主幹の廃止に係る団体交渉を打切りとしたことは、正当な理由のない団体交渉の拒否に当たり、労働組合法第7条第2号に該当する。

2 主幹の廃止に係る法人の対応は、労働組合法第7条第3号に該当するか。(争点2)

 労働組合法第7条第3号に規定する支配介入は、使用者の組合結成ないし運営に対する干渉行為や諸々の組合を弱体化させる行為など労働組合が使用者との対等な交渉主体であるために必要な自主性、独立性、団結力、組織力を損なうおそれのある使用者の行為を広く含むものと解すべきとされている。
 これを本件についてみると、争点1で判断したとおり、主幹の廃止に係る法人の対応は労働組合法第7条第2号に該当し、本来であれば、法人は誠実に交渉を尽くす必要があったところ、法人はそれを行うことなく、交渉の打切りを宣言し、組合員らに直接働きかけて降格同意書の提出を求めているが、このような行為は組合を軽視するものであるとともに組合の団結力や組織力を損なうおそれのある行為と評価せざるを得ず、法人の対応は労働組合法第7条第3号に該当する。

3 救済方法

 組合は、本件規則の改正により降格となった組合員らに対し降格がなかったものと同様の状態に回復させること及び誓約文の交付とともに掲示も求めているが、本件申立ての救済としては主文をもって足りると考える。 

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