労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  神奈川県労委令和4年(不)第2号
スリーディー不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和5年8月25日 
命令区分  一部救済 
重要度   
事件概要   本件は、①組合員A2に対する注意処分に係る事項、②同人に対する懲戒処分通知書に係る事項及び③同人の職場環境改善に係る事項を協議事項とする6回の団体交渉の後、組合が第7回団体交渉を申し入れたところ、会社がこれを拒否したことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 神奈川県労働委員会は、会社が①の事項に係る団体交渉を拒否したことについて、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断し、会社に対し文書交付を命じ、その余の申立てを棄却した。 
命令主文  1 会社は、本命令受領後、速やかに下記の文書を申立人に交付しなければならない。
 当社が、貴組合に、平成29年3月27日付け調査報告書の開示の可否に係る回答や開示しない場合におけるその理由について説明することなく団体交渉を打ち切り、令和3年6月21日付け及び同年7月7日付け第7回団体交渉申入れに応じなかったことは、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると神奈川県労働委員会において認定されました。
 今後、このような行為を繰り返さないようにいたします。  
令和 年 月 日
X組合
 執行委員長 A1殿
Y会社        
代表取締役 B1

2 その余の申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 会社が、令和3年6月28日付け「第7回団体交渉申入に対する回答書」及び同年9月15日付け「第7回団体交渉申入(再申入を含む)に対する回答追加補充書」をもって、組合からの令和3年6月21日付け及び同年7月7日付け団体交渉申入れを拒否したことに正当な理由はあるといえるか。(争点1)

①組合員A2に対する平成29年6月29日付け注意処分(以下「本件注意処分」)に係る事項との関係
②A2に対する令和2年1月29日付け懲戒処分通知書(以下「本件懲戒処分通知書」)に係る事項との関係
③A2の職場環境改善に係る事項との関係

(1)使用者は団体交渉に際し、誠実交渉義務を負い、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示したりするなどの義務を負い、使用者がこの義務を尽くさないまま団体交渉を打ち切り、これを拒否することは労組法第7条第2号にいう不当労働行為に該当する。
 しかし、使用者には組合の要求ないし主張を受け入れたり、それに対し譲歩をしたりしなければならない義務まではないから、労使双方が団体交渉事項についてそれぞれ自己の主張、提案、説明を出し尽くし、これ以上交渉を重ねても進展する見込みがない段階、いわゆる行き詰まりの状況に至った場合には、使用者が団体交渉を打ち切っても、団体交渉拒否の正当な理由があることになり、上記不当労働行為には当たらない。
 そこで、それぞれの団体交渉事項との関係で、誠実に交渉が行われたものの、行き詰まりの状況に至ったといえるか否かについて、以下判断する。

(2)A2に対する本件注意処分〔注〕に係る事項との関係

〔注〕前社長B2から組合員A2に対し、注意処分通知書と題し、「貴殿は、当社従業員に対し、当社オフィス内において、指導、言動及び行動に行き過ぎた点があり、不安や恐怖感を与えてしまいましたので、今後はこのような事の無きよう反省し、今後の業務にあたるよう通知します」と記載されたメールが送付されている。

ア A2は、令和2年1月29日に実施された社長B1らとの面談において、従業員Cによるパワーハラスメント(をA2から受けていること等に係る)の申告内容は事実ではない旨主張し、同年5月15日の会社への質問書を通じて、面談時に約束された事実確認の結果報告を求め、組合もまた、同月21日に同内容の質問書を送付している。
 これに対し、会社は、同年6月5日に回答書を組合に送付し、①A2に対する本件注意処分の理由は、Cから申告のあった特定の従業員に対するパワーハラスメントではなく、周囲の従業員との関係におけるパワーハラスメントないしパワーハラスメントまがいの言動である旨及び②その点については既にA2に伝えている旨を説明している。
 会社はまた、第2回団体交渉に先立ち、同年12月3日に連絡書を組合に送付し、Cらに対するパワーハラスメントの有無を問題にしているのではなく、A2が大声や威嚇的な態度で他の従業員に接しているのを見聞きしていた従業員が恐怖を感じ、トラウマとなっていることが重要である旨説明している。
 さらに、会社は、令和2年12月14日の第2回団体交渉において、本件注意処分の理由は、平成29年頃にA2が他の従業員に対して大声を出し、威嚇的な態度をとったことであり、そのことは、会社の依頼を受けて顧問弁護士が作成し、平成29年3月27日に会社に提出したA2の過去の言動についての調査報告書(以下「調査報告書」)に記載されている旨、A2も大声を出したことについては認めていた旨を繰り返し説明している。
 このように、会社は、本件注意処分の理由やその根拠について、組合及びA2に対し一定程度説明をしていることが認められる。

イ 他方、令和3年3月12日の第3回団体交渉において、A2は、調査報告書には、A2のCに対するパワーハラスメントのみが記載されているが、前社長B2は「環境型パワーハラスメント」等を問題視していることから、本件注意処分の理由が分からないなどと主張しており、組合は、本件注意処分の対象となったA2の発言やその具体的な日時を明らかにすることや調査報告書を開示することを会社に対して求めている。
 本件注意処分が、A2の言動がパワーハラスメントとして断定されるには至らなかったことを前提になされていることも併せ考えると、会社にとって、本件注意処分の対象となるA2の具体的発言やそれがなされた日時を特定して説明することは困難であったといえる。また、A2は、第2回団体交渉において、自分は調査報告書を読んでいるが、記載されている内容は事実ではない旨主張し、第3回団体交渉において、前社長B2から調査報告書を受け取っていることを明らかにしていることから、調査報告書の開示をしたとしても、協議は進展しないと会社が判断したことにも一応の理由はあるといえる。
 しかし、A2がなお本件注意処分の理由を認識できていない旨の主張をしている中で、組合の理解を得るためにも、調査報告書に基づいて、調査方法ないし調査報告書作成に至る経緯や平成28年6月末から7月上旬までの間、A2の言動がC以外の従業員に不安や恐怖感を与えたことについて会社が改めて説明することは可能であったといえる。
 また、第3回団体交渉におけるやり取りからすれば、会社は少なくとも、組合に対し、調査報告書について開示するか否か、開示する場合はその範囲を明らかにし、開示しない場合はその理由の説明及び支障のない範囲でその内容の説明をその後の団体交渉の席上で行う必要があったといえる。

ウ 以上のように、会社が組合に対し、調査報告書の開示の可否に係る回答や開示しない場合におけるその理由について説明を行っていないにも関わらず、会社が第6回団体交渉を打ち切り、本件注意処分に係る事項を協議事項とする第7回団体交渉申入れに応じなかったことに正当な理由があるとはいえない。

(3)A2に対する本件懲戒処分通知書〔注〕に係る事項との関係

〔注〕通知書には、「諭旨解雇(但し、執行猶予5年)およびマネージャーヘの降格とする」旨、その理由として、A2が前社長B2と共謀し、会社の一次仕入先を通して制作会社へ発注する仕組みを利用して、A2が代表取締役であり、会社の取引先であるD会社に会社からソフトウェアを無償提供させることで、会社に損害を与えた旨が記載されていた。

ア 懲戒処分の対象である取引(以下「本件取引」)の事実関係及び懲戒処分の根拠規定や手続等については、第2回団体交渉から第6回団体交渉の5回にわたり、各回1時間から2時間をかけて協議がなされている。

(ア)懲戒処分の対象行為について
 会社は、懲戒処分の対象となる事実関係について各団体交渉や団体交渉間に送付された文書を通じて、組合の主張や要求に応じる形で自己の見解やその根拠を説明するとともに、一定の範囲でその見解を基礎づける取引書類等の文書を開示するなどしていることが認められる。

(イ)懲戒処分の根拠及び手続等について
 各団体交渉において協議された懲戒処分の就業規則上の根拠規定、弁明の機会の付与の有無、併科の可否は、いずれも懲戒処分の効力に関わり得る議題であり、労使それぞれの見解の当否は当委員会の審査対象ではないが、少なくとも、この点に関する会社と組合との間の見解は大きく対立しており、同じやり取りが繰り返されていることなども踏まえると、両者の議論は平行線を辿っていると認められる。

イ 組合は、①本件取引に関与した従業員の処分や発注先への対応に係る状況について説明がなされていないこと、②前社長B2の証言が開示されていないこと、③令和2年2月6日にA2が社長B1及び監査役B3と面談した際の面談メモが開示されていないこと、④給与台帳が開示されておらず、役職手当の根拠規定に係る説明や家族手当と住宅手当等に係る説明もなされていないこと、⑤平成31年4月12日付け会社とA2との業務委託契約書のひな形(以下「業務委託契約書案」)について会社の見解が示されていないことから、団体交渉は行き詰まりではない旨主張する。そこで、それぞれについて、以下検討する。

(ア)本件取引に関与した従業員等の処分状況
 会社は、第4回団体交渉において、技術部長B4に対して口頭注意がなされたことについて説明しており、第4回及び第5回団体交渉において、A2に対する処分が他の従業員と比べて重い理由として、本件取引がA2と前社長B2の共謀に基づく不正取引である旨、A2のみが本件取引によって利益を得ている旨説明している。
 本件取引に対するA2の関与の有無や程度をめぐって双方の主張は大きく対立しており、双方の主張は尽くされていること、本件取引がA2と前社長B2の共謀に基づくものであり、A2のみが本件取引によって利益を得ていると会社が判断したことを会社が既に説明していることからすれば、本件取引に関与したその他の従業員の処分状況や令和3年6月21日の第7回団交申入書において組合が新たに説明を求めているD会社への対応を更につまびらかにしても、団体交渉が進展する見込みはないといわざるを得ない。

(イ)前社長B2の証言
 前社長B2の証言には、A2の認識とは異なる部分が含まれる可能性はあるものの、会社は、同証言と他の証拠とを突き合わせた結果、不正取引について確証を得た旨を説明しており、懲戒処分の対象となる本件取引に係るA2の関与に係る両者の議論が平行線を辿っている以上、同証言を開示することで団体交渉が進展するとは認められない。

(ウ)令和2年2月6日の面談メモ
 組合が開示を要求した面談メモは、本件懲戒処分通知書を受け取ったA2が令和2年2月6日に社長B1及び監査役B3と面談した際の会話が記録されたものであるが、会社は、当該記録について、会社としての覚書、手控えと認識している旨述べている。
 A2が面談した際、懲戒処分対象の違法行為を行った前提で会話をしている旨が同メモに記載されていることは既に説明されており、記載内容にA2の記憶や認識と異なる部分があるとしても、メモそのものは監査役B3の認識を示すものにすぎず、開示することにより団体交渉が進展したとは認められない。

(エ)給与台帳等
 会社は、組合の理解を得るために給与額の算定に係る考え方を書面で示すなど具体的に説明し、令和2年5月29日付け給与通知書による(マネージャーへの降格に伴う)減給の撤回が困難である旨を明らかにしていることからすれば、上記申入書により給与台帳の開示や諸手当等についての説明を求めたことをもって、会社に新たに団体交渉に応じる義務が生じているとは認められない。

(オ)31.4.12業務委託契約書案〔注〕
 会社は、懲戒処分の理由となる本件取引について、A2と前社長B2が共謀して行ったものであると認識していることを繰り返し説明していることからすれば、組合が第7回申入書により業務委託契約書案の記載事項に係る会社の見解を求めたことをもって、会社に新たに団体交渉に応じる義務が生じているとは認められない。

〔注〕A2は、平成29年7月に新規事業開発部(新設)に異動後、「将来の独立を見据えて」兼業許可申請を行い、会社はこれを許可。また、同年9月にD会社を設立し、代表取締役に就任。 平成31年4月中旬、A2と前社長B2は、A2が同部において行っている業務について、A2と会社との間で業務委託契約を締結することを検討し、業務委託契約書案が作成されている。

 以上のとおり、前記(ア)から(オ)は、不正取引の有無やA2の不正取引への関与、それらに基づく懲戒処分の撤回という団体交渉事項に関係しているものの、それぞれの事項に係る交渉を進展させる上で不可欠な要素であるとまではいえず、たとえ会社がこれらを開示等したとしても、団体交渉が進展する見込みはないといわざるを得ない。
 会社は、組合の主張に応じる形で、懲戒処分の対象となる本件取引の事実関係について、根拠の提示等をしながら説明、反論していること、懲戒処分の就業規則上の根拠規定や手続等、懲戒処分の効力に関わる労使の議論は平行線に至っていることも踏まえると、本件懲戒処分通知書に係る事項に係る団体交渉は行き詰まりの状態にあったといえる。
 したがって、団体交渉を継続しても進展は見込めないとして、会社が第6回団体交渉を打ち切り、本件懲戒処分通知書に係る事項を協議事項とする第7回団体交渉申入れに応じなかったことに正当な理由があるといえる。

(4)A2の職場環境改善に係る事項との関係

ア 会社は、A2が勤務する場所を他の従業員とは別の場所にしている理由や背景事情について、A2と他の従業員との関係悪化により事業遂行に支障が生じる状態に至ったことから、A2が新規事業に取り組むことができる環境を提供するために行われたものである旨など一定の説明をするとともに、こうした状況を解消するための具体的方法について提案し、A2及び組合がこれを拒否すると、組合側から具体的提案をするよう求めている。 これに対し、組合は、他の従業員との関係悪化は会社によって演出されたものであり、関係修復に向けたA2自身の反省のためには、A2が行ったとされる言動の5W1Hを明確にすることが必須であると回答し、会社側の要求を拒否している状況にあるといえる。

イ なお、平成2年9月2日に会社がA2に送付した、A2の過去の言動や不正取引への関与を認め、これについて反省することを内容とする誓約書の案が、これら事実を否認するA2にとって受け入れがたいものであったことは想像に難くないが、これを送付した時点での職場の状況に係る会社側の認識やA2の過去の言動に係る会社側の認識を前提とすれば、不合理な提案であるとまではいい難い。
 また、会社は、誓約書の提出に固執してはおらず、提出することができないのであれば、A2と他の従業員との関係修復に係る具体的な提案をするよう組合とA2に求めているが、組合とA2はこれに対して何ら提案をしていない。

ウ 以上によれば、将来に向けた職場環境改善との関係では、会社の主張及び提案は尽くされており、組合から具体的な対案等の提示がない中で、会社が協議に進展の見込みはないと考えたことにも相応の理由はある。
 第7回団交申入書においては、職場環境改善事項に係る議題に係る要求自体は具体化されているものの、要求内容を実現するための諸方策等に関する組合側からの新たな提案等は記載されてないことからすれば、職場環境改善に係る事項との関係で団体交渉は行き詰まりに至っていたといわざるを得ない。
 したがって、会社が、第6回団体交渉を打ち切り、A2の職場環境改善に係る事項を協議事項とする第7回団体交渉申入れに応じなかったことに正当な理由があるといえる。

2 不当労働行為の成否

 本件注意処分に係る事項との関係において、会社が、組合からの令和3年6月21日付け及び同年7月7日付け団体交渉申入れを拒否したことに正当な理由があるとはいえず、労組法第7条第2号に該当する不当労働行為に当たる。
 本件懲戒処分通知書に係る事項、及びA2の職場環境改善に係る事項との関係において、会社が、組合からの上記の団体交渉申入れを拒否したことには、いずれも正当な理由があるといえることから、労組法第7条第2号の不当労働行為には当たらない。 

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