労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  岐阜県労委令和3年(不)第2号
不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和5年8月31日 
命令区分  一部救済 
重要度   
事件概要   本件は、会社が①組合の団体交渉の申入れに対し、既に文書において回答しており、交渉すべき事項がないとして団体交渉に応じなかったこと、②組合に対し、会社が運営するC介護施設の従業員休憩室に掲示板を貸与することを認めたにもかかわらず、従業員の反対を理由に貸与しなかったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 岐阜県労働委員会は、①の一部について労働組合法第7条第2号、②について同条第3号に該当する不当労働行為であると判断し、会社に対し、(ⅰ)組合が申し入れた団体交渉要求の内3項目についての誠実団体交渉、(ⅱ)掲示板の設置・貸与、(ⅲ)文書の交付等を命じ、その余の申立てを棄却した。 
命令主文  1 会社は、組合が「2020年7月要求書」について令和2年8月26日付けで申し入れた団体交渉要求の項目の内、「時間外勤務手当請求の指導方法」、「就業規則改正点の周知」、「暴行事件加害者の処遇」の3項目について、誠実に団体交渉をしなければならない。

2 会社は、令和元年7月12日に実施した第3回団体交渉において組合と合意したとおり、C介護施設の休憩室内にA4紙大の掲示板を設置し、貸与しなければならない。

3 会社は、本命令書写しの受領の日から10日以内に、組合に対して、下記の内容の文書を交付しなければならない。
年 月 日
X組合
執行委員長 A1様
Y会社       
代表取締役 B
 当社が貴組合に対して行った以下の行為は、岐阜県労働委員会において、労働組合法第7条第2号及び同条第3号に該当する不当労働行為であると認められました。
 今後再び、以下のような不当労働行為を行わないことを約束いたします。
(1)「2020年7月要求書」について令和2年8月26日付けでなされた団体交渉要求の項目のうち、「時間外勤務手当請求の指導方法」、「就業規則改正点の周知」、「暴行事件加害者の処遇」の3項目について、書面回答したこと等を理由として団体交渉に応じなかったこと。
(2)令和元年7月12日に実施した第3回団体交渉において合意した掲示板を設置し、貸与を行わなかったこと。
以上

4 会社は、前項の文書交付義務を履行したときは、速やかに、当委員会に対し、文書でその旨を報告しなければならない。

5 組合のその余の救済申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 会社が、組合が令和2年8月26日に申し入れた団体交渉に応じなかったことは、労組法第7条第2号及び第3号の不当労働行為(団体交渉拒否及び支配介入)に該当するか否か。(争点1)

(1)団体交渉事項について

 令和2年8月26日付け団体交渉申入れにおける協議事項は、令和2年7月14日付けで組合が会社に提出した要求書④についてであるが、これらはいずれも、義務的団体交渉事項に該当する。

〔注〕要求書④の概要は、次のとおりである。

ア 「時間をかけて団体交渉の場で協議合意された事が、きちんと現場に周知されていないという現状があります。残業代請求は1分単位で支給するということで合意されたはずですが、新入職員に対しては15分単位で請求するように説明されています。このような混乱を起こさないために以下のことを要求します。」と記載した上で、
(ア)組合との合意事項については、従業員全員に間違いなく伝達するとともに施設の決められた場所に合意事項を掲示すること。
(イ)就業規則に改正点をその都度書き加えるとともに、従業員が自由に閲覧できるようにすること。
(ウ)先に合意した掲示板の設置を認めること。
イ 処遇改善手当を申請するに当たって、各種手当の開示が必要になってくると思われるが、就業規則には未だに役職手当の別表が掲載されていない。早急に掲載されるものと思っていたが、これまでに指摘したにもかかわらず放置されている理由を説明すること。
ウ 入職時に前職場の給与明細の提出を求められるが、その理由及び目的と基本給を決めるに当たっての基準を説明すること。
エ 施設の従業員の入所者に対する暴行事件のことで裁判になったが、先ごろ当人から敗訴になったという報告が従業員にあった。しかし、会社としての公式な見解や説明が全くない。敗訴となった事実関係をどのように判断・評価されているのか説明すること。また、従業員の不祥事に対する処罰の基準等についても明確に説明すること。
オ ハラスメントにより退職した従業員や、精神的苦痛を受けながら勤務を続けている従業員は少なからずいる。このような状況の放置は、従業員にとっても会社にとっても損失である。会社としてのハラスメントに対する見解や対応について説明すること。
カ 新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金についての申請はしたのか説明すること。

(2)誠実団交について

ア 会社は単に組合の要求や主張を聴くだけでなく、それら要求や主張に対しその具体性や追及の程度に応じた回答や主張をなし、必要によっては、それらにつき論拠を示したり、必要な資料を提示したりする義務があり、また、合意を求める組合の努力に対しては、そのような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務がある。

イ 会社は、交渉事項については既に相当の協議を行っており、会社の見解も提示している、組合から新たな提案はなく、会社の説明を超えて、直接説明する事項はない、と主張する。
 一方、組合は、少なくとも要求項目アの(ア)、アの(イ)及びエに密接に関連する時間外勤務手当の指導方法、就業規則改正点の周知、暴行事件加害者の処遇についての3項目については、新たな交渉事項であったと主張する。
 そこで検討するに、これら要求項目アの(ア)、アの(イ)及びエに密接に関連する一連の要求項目に関する会社の対応は、いずれも、組合の要求に対しその具体性や追及の程度に応じた回答や主張をなし、それらにつき論拠を示したり、必要な資料を提示したとはいえず、誠実交渉義務を果たしたとは認められない。

ウ また、会社の一連の対応は、「文書により回答しており別途交渉すべき事項はない」との認識の下、書面の交換による方法に留まり、対面方式による団体交渉が行われていなかった。
 しかるに、団体交渉は、その制度の趣旨からみて、労使が直接話し合う方式によるのが原則というべきで、書面の交換による方法によって団体交渉義務の履行があったということができるのは、直接話し合う方式を採ることが困難であるなど特段の事情があるときに限ると解すべきである。本件においては、新型コロナウイルス感染症がまん延していた状況であったとはいえ、基本的な予防対策を施した上での交渉やWeb会議を活用した交渉の実施は可能であり、このような特段の事情は認められない。

(3)会社が、組合が申し入れた団体交渉に応じなかったことが、支配介入に該当するか否か

 掲示板の設置(要求項目アの(ウ))についての団体交渉に応じなかったことが支配介入と評価される余地があるのに対して、それ以外の申入れ事項については誠実交渉義務に違反し団体交渉に応じないことが直ちに組合活動を阻害し、組合の弱体化を招くとまではいえず、これをもって支配介入に該当すると認めることはできない。
 一方、掲示板の設置については、争点2において併せて判断する。

(4)以上のとおり、令和2年8月26日付け団体交渉で申し入れた協議事項は義務的団交事項であって、かつ、その内要求項目「アの(ア)」、「イ」及び「エ」に対する会社の対応は、誠実交渉義務に違反しており、団体交渉拒否に該当するものと判断できる。

2 会社が、組合に対し、会社が運営する施設内にA4紙大の掲示板を貸与しなかったことは、労組法第7条第3号の不当労働行為(支配介入)に該当するか否か。(争点2)

(1)支配介入の意思について

 会社は、従業員から報告があったとされる真偽不明な組合員の行為〔注「勤務時間内にユニオンの勧誘のために呼び出された」「組合員が勤務時間中に集まって話をしている」など〕を契機として、平成31年4月19日付けの組合への掲示板設置の提案に至るまで、勤務時間内であるか否かを問わず、施設内における組合活動について一律禁止する態度を取り続けていた。
 しかも、会社は、禁止措置を通知するに当たり、従業員から報告があったとした組合員の行為について、懲戒処分事由にもなり得る職務専念義務違反に当たると指摘しており、これにより、組合が「就業時間外における施設内での組合員同士の会話」についても禁止されたのではないかとの疑問を抱き、再三にわたり当該行為の承認を求めるに至ったことから、組合活動に対する一定のい縮効果があったことがうかがえる。
 加えて、これら組合による再三にわたる承認要求に対し、会社は、明確に回答しないという対応を取り続けており、この対応により禁止行為の範囲が不明確となることで、組合活動を抑制する結果をもたらすことを当然認識していたと認めるのが相当である。
 以上のことから、会社には、広い意味での反組合的認識の下に当該行為が組合の弱体化や運営・活動を妨害する結果をもたらすことを認識していながら当該行為を行う意思を有していたものと推認することができる。

(2)会社による掲示板の貸与に関する法的義務について

ア 会社は、掲示板を設置し組合に貸与することについて、労働協約となっておらず、法令上の義務がないと主張する。
 労組法に定める形式要件を欠く場合、規範的効力は否定され、規範的部分以外の労使間の合意の契約としての効力については、学説上の争いがあるところであるが、当委員会としては、団体交渉の結果、合意があった事項が書面化されなかった場合において、労使間の契約としての法的効力が生じるか否かについては、合意の内容、その成立状況などの個別事案に即して、契約法理に照らして判断するものとする。

イ 会社が組合の施設内におけるビラ配布を禁止する代替措置として、会社から組合に対し掲示板の貸与を提案したことを契機として、当初は組合もビラ配布の承認を求めたものの譲歩し、その設置場所や大きさ、設置方法についての交渉を重ねた上で合意に至った。そうした経緯を踏まえると、当該合意が私法上の契約として有効に成立し、会社側に当該契約の履行義務が発生したと認めることが相当である。

(3)従業員の反発について

 会社は「多数の従業員が反対している状況においては、トラブルを避ける為にも会社として設置を強行することはできない」などと考えたことを理由に貸与していないと主張している。
 しかし、少なくとも、掲示板の貸与に関する組合との合意を実行することによって施設の運営に直ちに重大な支障を生じる危険性が明らかであるといえるほどの「多数」の反対があったとは認められないし、さらなる説得等によって反対者の人数を減らすことも不可能であったとはいえない。
 これらから、合意成立後、当事者の責めに帰すべからざる重大な事情変更があったとして合意の効力を失わしめるような状況になっていたとは認められない。

(4)会社による掲示板の貸与に向けた努力について

 会社が依然として組合への掲示板の貸与義務を負っていたと言わざるを得ない中で、会社が掲示板の貸与に向け努力を尽くしたといえるか否かについて検討するに、①掲示板を一度は設置したとする会社の主張は、事実が確認できず、認められず、また、②会社が掲示板の貸与に向けて従業員及び組合に対して十分な働きかけをしたと認めることは困難である。

(5)結論

 以上のことから、掲示板の貸与については労使の合意が成立しており、会社に掲示板設置の法的義務がある中、掲示板の設置に関する組合との合意の効力を失わしめるような事情変更があったとはいえない。
 そして、組合が貸与するように催告してから相当期間が経過しているところ、一部従業員が反対していることをもって掲示板の貸与により施設の運営に直ちに支障を生じるとは認めがたく、かつ、会社として掲示板の貸与に向けて必要かつ相当な措置を講じてきたとも認められないから、会社が掲示板の貸与を先送りしてきたことは会社の責めに帰すべき履行遅滞に当たると言わざるを得ない。
 そして掲示板の貸与は、もともとビラの配布等施設内における組合の情報宣伝活動の代替措置であったのであるから、会社が従業員の反対を理由に掲示板の貸与を先送りすることによって、その間、組合の情報宣伝活動に制限がかかった状態が長期に継続し、組合の弱体化につながり得ることになるが、会社は、当然にそのことを認識していたと認めるのが相当である。
 すなわち、会社は広い意味での反組合的認識の下に当該行為が組合の弱体化や運営・活動を妨害する結果をもたらすことを認識していながら当該行為を行う意思を有していたものと推認することができる。
 以上のことから、会社が組合に対し施設内に掲示板を設置し、貸与しなかったことは、組合に対する支配介入に該当すると判断できる。 

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