労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  栃木県労委令和3年(不)第2号
(有)ヨコヅカ不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和5年1月12日 
命令区分  一部救済 
重要度   
事件概要   本件は、会社が、組合が申し入れた①組合員Aの解雇問題、②社会保険等の未加入問題及び③時間外労働賃金等の未払いに関する団体交渉に応じなかったことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 栃木県労働委員会は、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断した上で、①の事項に係る申立てについては、申立て後の団体交渉における会社の態度及び組合の対応から救済を命ずる利益は失われているとし、会社に対し、①を除く事項についての団体交渉に自らの主張に固執することなく誠実に応じることを命じ、その余の申立てを棄却した。 
命令主文  1 会社は、組合から令和3年10月11日付けで申し入れられた事項のうち、組合員Aの解雇問題を除く事項についての団体交渉に自らの主張に固執することなく誠実に応じなければならない。

2 組合のその余の申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 組合からの団体交渉申入れ(令和3年10月11日付け)以降本件申立てに至るまで団体交渉が開催されていないことが労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当するか(争点1)

 労働組合法第7条第2号は、使用者がその雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なく拒むことを不当労働行為として禁止しているところ、使用者は、必要に応じてその主張の論拠を説明し、その裏付けとなる資料を提示するなどして、誠実に団体交渉に応ずべき義務を負い、この義務に違反することは、同号の不当労働行為に該当するものと解される(山形大学事件・最二小判令和4・3・18労判1264号20頁)。
 また、組合の申入れ事項は、Aの「解雇問題」、「社会保険等の未加入問題」及び「時間外労働賃金等の未払い」についてであり、いずれも労働者の労働条件その他の待遇に関する事項であって使用者に処分可能なものということができ、義務的団交事項であるといえる。

(1)会社は団体交渉を拒否したといえるか。

 会社は、コロナ禍において密を避けるためにリモートでの開催を提案しているのであり、また、コロナ禍においてまず電話や書面等で争点を明らかにして、解決策を見つけようという提案は当然の主張であり、団体交渉を拒否したわけではないと主張するので、以下検討する。

ア リモートでの開催提案について

 令和3年11月4日の会社回答書(以下「3.11.4回答書」)には、「必要ならば電話で話すなどして」との記載はあるものの、ウェブ会議を含むリモートでの開催を提案する旨の記載はなく、また、そのような趣旨も読み取ることはできない。
また、会社は、第1回団体交渉で組合が提案したZoomによる団体交渉に関して、そのシステムを知らない、そのような設備はないとし、そのほかのウェブ会議システムを代替案として提案したとも認められない。
 さらに、会社は、電話会議を3.11.4回答書で提案したが、これは1つの提案であって、仮に組合からの提案があれば応じたという趣旨であったということができ、3.11.4回答書において会社からウェブ会議を含むリモートでの団体交渉を提案したとする会社の主張は、採用できない。
 なお、会社が電話による話合いを提案しているとしても、使用者に課される誠実に団体交渉に応ずべき義務は労働組合の代表者と会見し協議する義務を内包しているものと解すべきであり、労使双方の合意がある場合又は直接会見し協議する方式を採ることが困難であるなどの特段の事情がある場合を除き、これによらない方法では使用者が誠実に団体交渉に応ずべき義務を果たしたものということはできない。
 これを本件についてみると、組合は電話では団体交渉はできないと発言しているから、電話での団体交渉の実施について、労使双方の合意があったとはいえない。
 また、会社は、新型コロナウイルス感染症の感染状況を理由に対面による団体交渉には応じられない旨の主張をしているが、組合が再度団体交渉を申し入れた令和3年10月29日及びこれに対し会社が新型コロナウイルス感染症拡大状況を踏まえてリモートを提案したと主張する同年11月4日においては、いずれも全国的に緊急事態宣言の発出等はなく、栃木県及び群馬県からも、都道府県間の移動の自粛の要請まではなかった。このことに鑑みれば、3密を避けるといった「新しい生活様式」を実践するなどの新型コロナウイルス感染症の感染防止対策を講じてもなお対面による団体交渉が不可能であったとは認められず、これらの時点において新型コロナウイルス感染症の感染状況を直接会見し協議する方式を採ることが困難であるなどの特段の事情ということはできない。さらに、本件申立て後の団体交渉は全て対面方式で実施されており、第1回の団体交渉において、会社は、次回も対面方式でよい旨発言しているのであるから、新型コロナウイルス感染症の感染状況を理由に対面による団体交渉には応じられないとする会社の主張には理由がない。

イ 団体交渉の前提として要求事項の根拠に係る書面の提出を求めることについて会社は、コロナ禍においてまず電話や書面等で争点を明らかにして、解決策を見つけようという提案は当然である旨主張するので、以下検討する。
 組合からの令和3年10月11日申入書に対する令和3年10月27日回答書、令和3年10月29日再申入書に対する3.11.4回答書の回答から、会社は、組合に対し団体交渉の要求事項の根拠となる証拠の提出を事前に要求し、提出された証拠を見た上で団体交渉に応じるかどうかは会社が決めるという態度であったということができ、組合がその証拠を提出しなければ団体交渉には応じないという意向を表明したものと推認できる。
 しかし、組合の団体交渉要求事項について、その趣旨、理由、根拠、正当性(均衡の原則、経済原則)等を団体交渉の前提としてあらかじめ文書で説明しておかなければならないとする根拠はなく(大阪赤十字病院事件(大阪高判平1・8・18労判554号91頁))、こうした会社の対応は、コロナ禍であると否とに関わらず、団体交渉の申入れを拒否したものといえる。

ウ 小括
 令和3年11月4日の回答時点において会社がウェブ会議を含むリモートでの団体交渉を提案しているということはできず、また、会社が電話による話合いを提案しているとしても、そこに労使双方の合意や特段の事情があったとはいえない。さらに、会社は、組合から要求事項の根拠となる証拠が提出されなければ団体交渉に応じないという態度であり、組合からの団体交渉申入れを拒否したものといわざるを得ない。

(2)拒否したことに正当な理由があったといえるか。

 会社は、団体交渉を拒否したとしてもそれには正当な理由があるとして、解雇に対する事実の認識が異なること、そもそも解雇ではないのだから、不当解雇に関する内容は義務的団交事項に当たらない旨を主張している。
 しかし、「解雇問題」は義務的団交事項であるから、会社のその主張は採用できない。また、「社会保険等の未加入問題」及び「時間外労働賃金等の未払い」については、団体交渉を拒否する正当な理由があることについての主張及び疎明をしていないことから、これらについても正当な理由があったとはいえない。

(3)結論

 組合からの団体交渉申入れ(令和3年10月11日付け)以降本件申立てに至るまで団体交渉が開催されていないことは、労働組合法第7条第2号の不当労働行為に該当する。

2 本件申立て後の団体交渉において、会社は誠実に対応したといえるか。(争点2)

 本件申立て後、結審に至るまでの間に計4回の団体交渉が実施されており、「解雇問題」、「社会保険等の未加入問題」及び「時間外労働賃金等の未払い」については、それぞれこれらの団体交渉のいずれかにおいて、議題となっていた。会社には団体交渉に誠実に応じる義務があるため、各項目について、会社が誠実に対応したといえるかを検討する。

(1)「解雇問題」について

 会社は団体交渉において解雇していない旨の主張をしたが、組合は、これに対して反論せず、会社に対し追加の説明や立証を求めることもしていない。また、組合が団体交渉に同席させた通訳がその役割を十分に果たせなかったことなどから、解雇の事実関係については、踏み込んだ議論がされていない。この点は組合も認めているところであり、会社は団体交渉において解雇についての事実関係を明らかにしようとしたが、組合はこれに応じなかったものということができるから、解雇があったことを前提として組合が要求した解雇に係る解決金についての交渉に会社が応じず、合意に至らなかったとしても、会社の対応が不誠実であったとはいえない。

(2)「社会保険等の未加入問題」及び「時間外労働賃金等の未払い」について

ア「社会保険等の未加入問題」について

 会社は、会社が社会保険の未加入はAの強い希望によるものである旨主張したことに対し、組合は何ら根拠のある反論や立証をしていない旨主張するが、仮に社会保険に加入しないことをAが希望していたとしても、会社には社会保険に加入する義務があったことはいうまでもない。
 このことを踏まえると、会社が社会保険に加入しなかったのはAの希望によるものであったことを説明するだけでは十分ではなく、会社が誠実に対応したということはできないから、これに対する解決策として組合が示した和解案についても、会社は誠実に検討する必要があるものと考える。
 組合は、和解案として、雇用保険に加入していれば支給された雇用保険の給付金額の半額を会社が支払うことを提示し、会社は、条件付きで支払に応じる旨回答したが、その条件とは、組合がAの組合に対する委任状のコピー及び住民票原本等を会社に提出することであったので、各条件を示したことの妥当性について、以下検討する。

(ア)委任状のコピーの提出を求めたことについて
 組合は、労働組合法上の権利に基づき、組合員のために会社と交渉しているのであって、組合員から委任を受けて交渉しているわけではない。このため、会社がAの組合に対する委任状のコピーを求めたことは、同法の趣旨に反し、不合理であるといえる。

(イ)住民票原本の提出を求めたことについて
 会社は、Aが住民税を支払っていないこと及び住所が分からない者とは和解ができないことを主張している。また、Aが現在の勤務先での社会保険加入を証明する書類の提出を求めていることについては、Aに日本の法制度に従ってもらうためであるなどの理由を示している。
 しかし、これらを求める理由は、団体交渉の議題そのものとは直接関連のないものであり、不合理である。また、組合が提出を拒んでいるにもかかわらず、これらの提出に固執し続けた会社の対応は、不誠実であるといわざるをえない。

イ 「時間外労働賃金等の未払い」について

 時間外手当の未払については、就業時間等の考え方について、会社が誤った情報を提供したり、訂正をするなど、組合が時間外手当の未払を検証するに当たり会社の適切でない対応はあったものの、会社は組合からの求めに応じタイムカード及び賃金明細書を提出し、組合から求められたタイムカードから算出する方法で未払賃金の検証を行うなど一定の対応はみられた。しかし、会社は、後述のとおり客観的な根拠を示さない過払い金で相殺するとし、妥結を妨げている。こうした会社の態度は、誠実であるとはいえない。

ウ 過払い金での相殺について

 会社は、社会保険に未加入であったことに対し組合が提示した和解案及び未払賃金に対し、過払い金で相殺する(相殺の抗弁)旨主張した。しかし、過払い金については、その根拠をタイムカードから算出する方法等により客観的に示さず、組合が過払い金の有無及び金額等を検証した結果についても、膨大で複雑な計算を要し、団体交渉の中で正しく確定することは困難であり、長時間と手間を要するため、会社の立場から見たら極めて非生産的であるとして検討しなかった。
 第4回の団体交渉に至るまで過払い金での相殺を主張するのみでその客観的な証拠を示さない会社の対応は、不誠実である。

エ よって、「社会保険等の未加入問題」及び「時間外労働賃金等の未払い」に係る会社の対応は、不誠実であるといわざるを得ない。

(3)結論

 本件申立て後の団体交渉において、「解雇問題」に係る会社の対応は不誠実であったとはいえないが、「社会保険等の未加入問題」及び「時間外労働賃金等の未払い」に対する会社の対応は、不誠実だったといえる。

3 救済方法

 本件申立て後、団体交渉が開催され、申立て事項のうち解雇問題については、会社はその事実関係を明らかにしようという態度で臨んでおり、組合がこれに応じなかったのであるから、救済を命ずる利益は失われているが、そのほかの事項に係る救済を命ずる利益はなお残存するものと考えられる。よって、主文のとおり命ずることをもって相当と判断する。
 なお、附言するに、組合が、会社への団体交渉申入れ後、本件が代理人弁護士に委任されているにも関わらず本件の当事者である会社代表者に直接接触したことなどは、いずれも交渉に臨むに当たっての態度として適切ではなかったというべきであるから、こうした事情を踏まえれば、今後、適正な労使関係を樹立するためには、組合も態度を改める必要があるといわなければならない。
 しかし、組合の対応に上記のような問題が見られたからといって、会社の不誠実性が減殺されることにはならず、不当労働行為が成立すること、救済利益が失われないことは論をまたない。 
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