労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  神奈川県労委令和2年(不)第28号
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和4年3月25日 
命令区分  一部救済 
重要度   
事件概要   本件は、組合員A1の業務上の疾病による健康被害への謝罪や補償等を交渉議題として組合が申し入れた団体交渉における会社の対応が不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 神奈川県労働委員会は、会社の対応の一部につき労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断し、会社に対し、(ⅰ)団体交渉において組合が開示を求めた労働基準監督署への会社の回答書等に係る開示可能な箇所の有無の検討、団体交渉における検討内容及び結果の説明、開示可能な箇所についての速やかな開示、(ⅱ)文書交付を命じ、その余の申立てを棄却した。 
命令主文  1 会社は、令和2年11月12日に開催された団体交渉において組合が開示を求めた、C1労働基準監督署へ提出した平成28年12月22日付け回答書及び別添添付資料について、開示可能な箇所の有無を検討し、組合に対し、団体交渉においてその検討内容及び結果を説明し、開示可能な箇所については、速やかに開示しなければならない。
2 会社は、本命令受領後、速やかに下記の文書を組合に交付しなければならない。
 当社が、令和2年11月22日に開催された団体交渉において、令和2年6月3日付けで申し入れのあった団体交渉事項2(A1組合員が担当した作業におけるアスベスト粉じんの発生状況と貴社のアスベスト対策について説明すること)について不誠実な交渉態度をとったことは、労働組合法第7条第2項に該当する不当労働行為であると神奈川県労働委員会において認定されました。
 今後、このような行為を繰り返さないようにいたします。
令和 年 月 日
 X組合
  執行委員長 A2殿
Y会社    
社長 B
3 その余の申立てを棄却する。
 
判断の要旨  1 A1組合員は、会社との関係で労組法第7条第2項の「使用者が雇用する労働者」に当たるか否か(争点1)

 労組法第7条第1号の「使用者の雇用する労働者」とは、使用者との間に現に労働関係が存在する労働者をいい、かつて労働関係があったに過ぎないものは原則として含まれない。しかし、解雇された労働者が解雇そのものを争っている場合などのほか、労働関係が存在していた期間の精算されていない労働関係上の問題を巡って争われているような事情が存在する場合には、これらの労働者は「使用者が雇用する労働者」に該当すると解するのが相当である。
 A1組合員は組合を通じて会社に対して令和2年6月3日申入れ(「2.6.3申入れ」)により、会社での勤務時にアスベストにばく露したことが原因で本件業務上の疾病を発症したとして、アスベスト健康被害による補償等について問題解決を求めている。加えて、同人が申請した療養補償給付の請求は支給決定されており、同人と会社との間には、労働関係が存在していた期間に精算されていない労働関係上の問題が存在していたというべきである。これらのことから、A1は「使用者が雇用する労働者」に該当する。
 会社は、2.6.3申入れは、A1が平成17年に会社を定年退職して15年が経過してからなされたもので、合理的期間内になされていない旨主張する。しかし、アスベストに起因する疾病はアスベストばく露から長い潜伏期間を経て発症するところ、組合の団体交渉申入れは、認定した経過から、社会通念上、合理的期間内になされたと解するのが相当であり、会社の主張は採用できない。

2 組合が令和2年6月3日付けで申し入れた団体交渉事項のうち、「団体交渉事項1 A1組合員が肺がんを発症されたことに対して謝罪すること」、「団体交渉事項2 A1組合員が担当した作業におけるアスベスト粉じんの発生状況と貴社のアスベスト対策について説明すること」、「団体交渉事項5 アスベスト被害に対する貴社の補償制度について説明すること」(団体交渉事項5は、A1組合員に限る。)は、義務的団体交渉事項に当たるか否か(争点2)

(1)団体交渉事項1については、会社は、司法的な責任が認められていないこと、謝罪と労働条件には関連性がないこと、一般民事において解決されるべき問題であることから、義務的団体交渉事項には該当しないと主張する。しかしながら、組合は、A1組合員の退職前の雇用関係に関連して発生したアスベストによる健康被害について、責任追及の一環として謝罪を求めているから、当該団体交渉事項はA1の災害補償に関わるものとして同人の労働条件に当たる。
 団体交渉事項2については、災害補償に関連する上に、安全衛生に関する職場環境についての問題であるから、組合員の労働条件に当たる。
 団体交渉事項5については、A1の災害補償に関わるものとして同人の労働条件に当たる。

(2)組合の要求事項に対し、会社は、裁判で同社の責任が明らかになっていないこと及びA1がそもそも退職者であり、団体交渉の対象外であることから、各交渉事項は義務的団体交渉事項ではない旨主張する。
 しかし、A1は「使用者が雇用する労働者」に該当し、2.6.3申入れに記載された交渉事項は労働災害に関わるものであり、その前提となる事実関係については、まずは労使間で認識を明らかにした上で、A1の災害補償に関して協議を行う等して、自主的な解決を目指すべきである。

3 会社が令和2年11月12日付け団体交渉において、訴訟が想定されること等を理由として要求を拒否したことは、労組法第7条第2号に該当する不当労働行為に当たるか否か。(争点3)

(1)団体交渉事項1について、会社は、労働基準監督署で労災が認定されたとしても、労災保険給付は会社の責任の有無を問わないものであって、会社の過失責任が認められたわけではないとの理由を示して、組合の要求を拒否している。このように、会社が、組合の要求を拒否する理由及び自己の主張を明らかにしたことに対し、組合は要求の根拠となる具体的な事実を主張しておらず、その後の議論は平行線であったことが認められる。したがって、団交における会社の交渉態度が不誠実であるとまではいえない。

(2)団体交渉事項2について、会社は、組合が求める回答書及び別紙添付資料(以下「回答書等」)については、組合が既にC2労働局から入手していることから開示はしない旨述べ、その後、組合が、2.11.12団交で、回答書等にマスキングされており、その内容が明らかでない旨述べると、今後、A1との間で訴訟が想定されていること、マスキングされていない回答書等にA1以外の個人情報が入っている可能性があることから提供しない旨回答した。
 会社としては、A1との間で、今後訴訟が想定され、あるいはマスキングされていない回答書等に、A1以外の個人情報が含まれている可能性があるとしても、組合が、2.11.12団交において同文書を開示する必要性を述べていることから、労使間の合意形成のため、いったん持ち帰り、将来の訴訟や他の者の個人情報に差支えのない範囲で資料の提供が可能か否かを検討する余地があったし、また検討の結果、何らかの対応を取る方途も残されていたと考えられる。
 以上から、会社は、団体交渉について労組法上の義務があれば対応するとして、全く拒否しているわけではないものの、団交以降も、資料や情報の提供の可否について検討結果を説明したり、検討の上で資料や情報の提供をする機会を設けたりすることが可能であった。
 よって、訴訟が想定されること等を理由に組合の要求を拒否した行為には、合意形成の可能性を真摯に模索しようとする姿勢がうかがえず、団交での会社が取った対応は不誠実と認められる。

(3)団体交渉事項5について、会社は、団体交渉において補償制度はないこと、また、団体交渉時点において将来設ける予定もないと回答し、組合から追加で要望のあった就業規則中の災害補償制度の有無についても、持ち帰って確認の上、後日回答することを約束していることから、会社は、組合の要求事項に応じて回答し、組合からの新たな要求事項についても、後日持ち帰って確認の上で対応したと認められるため、会社の対応は不誠実な交渉態度とはいえない。

4 不当労働行為の成否
 以上のとおり、令和2年11月12日に開催された団体交渉における団体交渉事項2に関わる会社の対応は、不誠実な交渉態度に当たり、労組法第7条第2号の不当労働行為に該当する。 
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