労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  福岡県労委令和3年(不)第2号
エイ・アンド・エム不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和4年3月11日 
命令区分  一部救済 
重要度   
事件概要   本件は、会社が、①組合員A1及びA2に対し介護職員に係る処遇改善加算を支払わなかったこと、②組合員A3に対し未払いの時間外手当を支払わなかったこと、③組合の令和2年12月17日付け及び令和3年1月5日付けの団体交渉申入れに応じなかったこと、④組合員に対し嫌がらせの言動を行ったこと、⑤会社施設内での組合集会における発言や組合フェイスブックでの記載に関し、組合、A1及びA4に対し損害賠償請求訴訟を提起したことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 福岡県労委は、③のうち令和2年12月17日付けの団体交渉申入れに係るものについて労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断し、会社に対し、文書掲示を命じるとともに、⑤について、当該訴訟における会社の主張は成り立ち得ないものではなく、あるいは、およそ事実的、法律的根拠を欠くとまでいうことはできないから、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと明らかに認められるものではなく不当労働行為には当たらないと判断するなどし、その余の申立てを棄却した。 
命令主文  1 会社は、本命令書写しの交付の日から10日以内に、A2版の大きさの白紙(縦約60センチメートル、横約42センチメートル)全面に次の文書を明瞭に記載し、会社の経営する介護付有料老人ホーム「C」内の職員の見やすい場所に14日間掲示しなければならない。
令和 年 月 日
X組合
 執行委員長 A1殿
Y会社        
代表取締役 B
 会社が、組合からの令和2年12月17日付け団体交渉申入れに対し、団体交渉の議題が記載されていないなどと回答し、開催に応じなかったことは、福岡県労働委員会によって労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為と認定されました。
 今後、このようなことを行わないよう留意します。

2 その余の申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 A2及びA3に対する処遇改善加算の取扱いについて

 会社のA2及びA3に対する処遇改善加算〔注 介護事業者が介護職員の処遇改善を行う場合に介護報酬が加算される国の制度〕の取扱いは、全介護職員に対して共通した取扱いであって、同人らが組合員であるが故に行われたものとは認められない。
 したがって、会社がA2及びA3に対して処遇改善加算の支給基準を明示せず処遇改善加算を支払っていない、又は、処遇改善加算の支給に際して基本給の減額を行ったといえるか否かについては論ずるまでもなく、会社の同人らに対する処遇改善加算の取扱いは、労組法7条1号に該当せず、また、組合の弱体化を図る行為や組合活動に対する干渉・介入に当たるものではないため、同条3号の不当労働行為にも該当しない。

2 A4に対する労働時間の把握方法について

 会社のA4に対する労働時間の把握方法〔注時間外勤務は30分単位で行い、時間外勤務届に記載の時間に基づき時間外手当を支給〕は、同人の組合加入前からの会社の一貫した対応によるものであることが認められ、同人が組合員であるが故に行われたものとは認められない。
 したがって、会社がA4に対して本来支払うべき時間外手当を支給していないといえるか否かについては論ずるまでもなく、会社の同人に対する労働時間の把握方法は、労組法7条1号に該当せず、また、組合の弱体化を図る行為や組合活動に対する干渉・介入に当たるものではないため、同条3号の不当労働行為にも該当しない。

3 団交申入れに対する会社の対応について

(1)令和(以下「令和」の年号は略す)2年12月17日付けの団交申入れに対する会社の対応について
 会社は、団交申入書には議題が記載されていなかったため、団交に応じることの検討ができなかった等と主張するところ、これに先立つ同年11月11日付けの要求書には、議題として、①2年度年末一時金要求、②これまでの要求事項の未解決事項の解決、③年末年始の有給休暇の取扱いが記載されていることなどを踏まえれば、同年12月17日付けの団交申入書における議題は上記①乃至③であると考えるのが自然である。
 これらから、団交申入れについての議題は不明であるといえないところ、議題が記載されていないとして組合に対して議題を明示するように求める会社の対応は、正当な理由なく団交を拒否したものというべきであり、労組法7条2号の不当労働行為に該当する。

(2)3年1月5日付けの団交申入れに対する会社の対応について
 組合は、申入れにおいて、団交の開催場所を施設内の会議室とするように申し入れ、本件審査手続においても、対面で団交を行うべきと主張している。
 本件において、対面による団交を行うとした場合、通常施設には出入りしていない組合側のA1委員長及び会社側代理人であるB2弁護士が団交の出席者に含まれることが想定される。そして、組合が団交申入れを行った時点の社会情勢をみれば、福岡県内においては新型コロナウイルス感染症の感染が拡大する状況にあり、それを受けて、同月14日から翌月7日までの間、緊急事態宣言が発令される状況に至っていた。
 このような中、会社が、介護を必要とする多数の高齢者が入居する施設内における新型コロナウイルス感染症の感染リスクを低減させるため、外部の者の立入り自体を制限すべきと考えることは、社会通念上不当とはいえない。また、上記の状況にあって、会社が、高齢者の介護等に携わる施設職員が対面による団交に出席することで、新型コロナウイルス感染症に感染するリスクを考慮し、対面による実施には応じられないとしたことについては、相応に理解できるところである。
 加えて、会社は文書により一定の回答を行っている。さらに、3年3月5日、組合が処遇改善加算の支給基準を明確にすること等について団交を申し入れたことに対しては、会社は同月16日、書面により回答するとともに、ウェブ会議方式等による団交の実施を申し入れている。
 これらの事情からすれば、会社の対応は、正当な理由なく団交を拒んだとまではいえず、労組法7条2号の不当労働行為には該当しない。

4 会社の組合員らに対する言動について

(1)言動1(B3施設長の派遣看護師及びA4に対する指示)及び言動2(自分は組合潰しのために雇われたとのB3施設長の発言)について、いずれも事実と認めるに足る疎明はない。

(2)言動3(B4看護師長のA5に対する電話連絡)について、B4看護師長は、A5が周囲の職員に対して声かけを行わず退勤したため電話連絡し、声かけの徹底を求めるとともに、17時7分に帰ったのか確認したことが認められるが、その他、組合やA4との関係について特段言及したなどの言動は認められない。よって、使用者の意を体して行われた組合活動に対する干渉とは認められない。

(3)言動4(コロナ慰労金についてのB3施設長のA4に対する言動)について、2年10月31日のA4の〔施設内での〕雑談における発言についてみれば、コロナ慰労金について、K施設では実際には支給されていないにもかかわらず、同人は、それが既に支給されているらしい旨述べるなどしている。
 B3施設長が、そうしたA4の行為について、職員が勤務時間中、コロナ慰労金等の職員の関心の高い事項に関し、不正確な情報に基づき会社の営業を害する行為を行う趣旨の発言を行ったと認識することは格別不自然ではなく、B3が、施設の責任者として上記発言に対して注意を行うことは、職務上の範囲内の行為であると認めることができる。

(4)言動5(A4の2年10月14日の年休取得に対するB3施設長の言動)について、会社の就業規則には、職員の年休等の取得に際し、「施設は必要により証明書を提出させることがある」旨の定めがある。B3施設長は、A4の急な欠勤の可能性を把握するため〔医療機関の〕領収書の提出を求めたものであって、それは業務上の必要からの行為であったと認めることができる。加えて、施設において、体調不良を理由として年休を取得した介護職員に対し、上記取扱いは、A4に限ってなされたものとも認められない。

(5)言動6(2年10月6日のA4の203号室入居者への対応に対するB3施設長の言動)について、A4は担当する同入居者の元を離れ、その間、入居者の体調が急変したことが認められる。B3施設長はA4に対し、同入居者の元を離れた事情について報告を求めたにもかかわらず報告がなかったことについて、11月26日の面談の際、同人に対して指摘したものであって、これは、業務運営上の必要から行われたものに過ぎない。

(6)言動7(12.17組合集会の際のB4看護師長の発言)について、B4は、「(A4の)休暇届に一身上の都合とあったので、退職するのかなと思った。」、「A4さんは明日どんな顔をしてくるのかしら。」と述べているが、同集会が予告なく開始されたものであり、突然直面することとなった想定外の事態であったことや、そうした状況下での発言であったことからすると、同看護師長の個人的な感想を述べたに止まるものとみるのが相当である。

(7)言動8(2年12月19日のB3施設長のA2に対する言動)について、詰所付近における監視カメラの設置は、組合員、非組合員を問わず、全職員に関わる事柄であって、その設置の必要性について疑問を呈した職員〔A2〕に対し、施設を管理・統括する施設長が、その必要性について説明を行うことは、施設長としての責務であるといえる。また、時間にして長くても2分程度であった。

(8)言動9(3年1月のシフトをA4が「1階から5階まで」担当する日が約20日となるよう組んだこと)について、施設の看護体制は、派遣看護師を含めて5名体制であったところ、2年12月末に派遣看護師が3名退職したため、3年当初の看護師は、A4及びB4看護師長の2名となった。こうした場合、会社の取りうる対応としては、早急に看護師の補充を図るとともに、当面は雇用関係にある職員の範囲内で勤務体制を組む他ないと考えられる。
 そして、担当の割振りを考える場合、B4は従来から、「受診業務」を担当する日であっても全体のフォローに携わっていることを踏まえて、主にA4に「1階から5階まで」を担当させた上で、B4に受診業務及び全体のフォローを任せることは、不相当とはいえない。また、A4が「1階から5階まで」を担当する日が20日に及ぶという内容になったことについても、やむを得ない判断であったといえる。また、会社は、看護師の補充など、上記の状況を解消するために真摯な努力を行ったと評価できる。
 これらのことから、会社が上記シフトを組んだことは、業務運営上の必要からやむを得ず一時的に行われたものであるというべきである。

(9)以上のとおり、上記の会社の各行為は、いずれも労組法7条3号の不当労働行為には該当しない。

5 本件民事訴訟の提起について

(1)法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹に関わる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利(憲法第32条)は最大限尊重されなければならず、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であるが、組合活動や争議行為から生じた損害につき損害賠償等請求訴訟を提起した場合において、提訴が労働組合への支配介入や不当労働行為の申立てに対する報復を目的としてなされた場合には、その訴えの提起自体が不当労働行為となる可能性はあるといえる。
 そして、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと明らかに認められる場合には、その訴えの提起が労働組合への支配介入や不当労働行為の申立てに対する報復を目的としてなされたことが推認されるというべきである。

(2)平成2年12月17日の組合集会において、組合が就業中の会社施設敷地内に立ち入って集会を行い、B3施設長の退去要請に応じなかったことに争いはない。また、施設が高齢者の入居する施設であることに鑑みれば、施設内で街宣活動を行うことで、入居者の平穏な環境を維持することができず、会社の営業権が侵害されたとの会社の主張は、成り立ち得ないものではない。
 また、会社は、組合が組合フェイスブックに、事実に反する内容やそれを主張した争議行為の内容を掲載していると主張している。一般に、仮に組合活動において穏当を欠く表現が用いられたとしても、それをもって直ちに組合活動の正当性が否定され社会通念上許容されないとまではいえないと解するのが相当であるが、他方で、本件において会社の主張がおよそ事実的、法律的根拠を欠くとまでいうことはできない。
 以上のことから、会社の本件民事訴訟の提起は、その主張する権利又は法律関係からみて、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと明らかに認められるものではないことから、組合への支配介入や不当労働行為の申立てに対する報復を目的としてなされたとは認められない。

(3)また、本件民事訴訟において、A4及びA2は共同被告として不法行為に基づく損害賠償支払等を請求されており、これがA4及びA2にとって心理的及び経済的負担となり得ることは否定できない。しかし、同組合集会におけるA4及びA2の街宣活動は、組合集会全体における主要な行為の一部であることが認められる。したがって、A4及びA2に対して提訴行為がなされたことは、組合活動の中心人物を狙い撃ちにしたものとまではいえず、上記結論を左右するものではない。

(4)なお、組合は、会社による本件民事訴訟の提訴が労組法8条に違反する旨主張する。争議行為以外の組合活動についても同条の適用があるとされているところであり、同条は、文言上は「賠償を請求することができない」となっている。しかし、損害賠償請求や訴訟の提起そのものが否定される訳ではなく、たとえそのための訴訟を提起しても、組合活動が正当なものと認められる限り請求が棄却されることを意味するに過ぎず、組合の主張は採用できない。

(5)以上から、会社が本件民事訴訟を提起したことは、労組法7条3号及び4号の不当労働行為には該当しない。 
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