労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  神奈川県労委令和元年(不)第23号
桐蔭学園不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y法人(法人) 
命令年月日  令和3年7月27日 
命令区分  一部救済 
重要度   
事件概要   本件は、①法人が、人件費削減案を記載した書面を全教職員に交付したこと、②人件費削減を議題とする団体交渉における法人の対応及び法人が人件費削減を決定した上で書面を全教職員に交付したことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 神奈川県労働委員会は、①について労働組合法第7条第3号、②の一部について同条第2号及び第3号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、①人件費削減を議題とする組合との団体交渉において、組合に対し第173回団体交渉において言及した財務シミュレーションを開示し、全教職員に提示した財務シュミレーションとの違いを説明しなければならないこと、及び②文書手交を命じ、その余の申立てを棄却した。 
命令主文  1 法人は、人件費削減を議題とする組合との団体交渉において、組合に対し、平成29年5月26日開催の第173回団体交渉において言及した財務シミュレーションを開示し、同シミュレーションと令和元年10月31日に全教職員に提示した財務シュミレーションとの違いを説明しなければならない。
2 法人は、本命令受領後、速やかに下記の文書を組合に手交しなければならない。
 当法人が、①人件費削減を含む財政再建について、組合と事前に協議せず、全教職員に対して令和元年10月31日付け書面を交付したこと及び②人件費削減を議題とする貴組合との団体交渉において、平成29年5月26日開催の第173回団体交渉において言及した財務シミュレーションを貴組合に開示しなかったこと等の不誠実な交渉態度をとったことは、①については労働組合法第7条第3号に、②については同条第2号及び第3号に該当する不当労働行為であると神奈川県労働委員会において認定されました。
 今後このような行為を繰り返さないようにいたします。
 年 月 日
 X組合
  執行委員長A殿
Y法人    
理事長B

3 その余の申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 学園が、人件費削減を含む財政再建について、組合と事前に協議せず、全教職員に対して令和元年10月31日付け書面(以下「 1.10.31財政再建案」)を交付したことは、正当な理由のない団体交渉拒否に当たるか否か。また、同時に支配介入に当たるか否か。(争点1)

(1)団体交渉拒否について
 学園は、組合が主張するような、組合との団体交渉を避け、人件費削減を既成事実化しようとする姿勢ではなく、組合との労使協議を通じて人件費削減の具体的内容を決定しようとする姿勢であったと認められる。
 確かに、人件費削減という重要な労働条件の変更について、企業内組合である組合が、他の教職員に先立って学園から提案を受け、組合と学園で労使協議を重ねたいと望むことはうなずける。しかし、学園が事前に組合に提示する根拠となり得る労使慣行又は労働協約は認められず、また、令和元年10月31日よりも前に具体案を提示して交渉することが事実上難しいといえる。
 したがって、学園が事前に協議せず、全教職員に対して 1.10.31財政再建案を交付したことは、正当な理由のない団体交渉の拒否には当たらない。

(2)支配介入について
 学園内での検討を経て財政再建案が確定したのは令和元年10月28日であり、同日には、学園の財政再建案に人件費削減が含まれることは確定したといえる。学園は、組合が団体交渉に応じるか否かを早期に回答するよう求めている中、令和元年10月31日より前に人件費削減を議題とする団体交渉の開催に向けた対応が可能であったにもかかわらず、日程調整等の対応をしないまま 1.10.31財政再建案を交付するに至っている。
 このことは、団体交渉の相手方となる組合を軽視しているといえ、非組合員に対して組合が無力であるという印象を与えるのみならず、組合の交渉力に対する組合員の不信を醸成し、組合内部の結束力を弱める効果を招来し得るものであるから、組合に対する支配介入に当たる。

2 人件費削減を議題とする団体交渉における、令和2年2月14日までに組合が開示を求めた60項目についての学園の対応、及び学園が上記対応のまま人件費削減を決定した上で全教職員に対して令和2年3月30日付け書面(以下「2.3.30財政再建取組」)を交付したことは、不誠実な交渉態度に当たるか否か。また、同時に支配介入に当たるか否か。(争点2)

(1)要求60項目についての学園の対応が不誠実交渉に当たるか
 本件で団体交渉の議題となっているのは人件費削減であるところ、このような議題に係る労使交渉においては、一般的に、前提となる使用者の財政状況がどのようなものか、また、人件費以外の経費削減又は内部留保の取崩し等の人件費削減以外の経営上の努力を行うことによっても避けられないかを巡って交渉が行われる。そして、労働組合と使用者とでは情報の格差があることを踏まえると、学園は、組合の要求の程度に応じて、組合が学園からの提案や説明が合理的かを検討し、また、組合からの対案を作成するため、客観的に必要とされる資料を組合に提示しなくてはならない。
 組合は、学園が要求60項目に十分に応じないこと及びそれを踏まえた組合の提案を十分に検討しないことが不誠実な交渉態度に当たると主張していることを踏まえ、要求60項目について、学園が必要な資料を組合に提示するなどして合意達成の可能性を模索する義務を果たして誠実に交渉していたのかどうか、以下検討する。

ア 学園が開示を拒否している項目について
(ア)過去の件であること等を理由として拒否するもの(別紙1記載の1、2、3、5、6、11、12、21、22、30、42、43、55及び56)
 これらの要求は、①学園の経営事項及び今後の学園の財務状況と関係がない又は影響が希薄な事項であり、開示された事項を用いて組合が人件費削減に関して新たな提案をすることが可能になるとは考え難く、また、②組合は開示を求める理由の一つとして経営陣の責任追及を掲げるが、組合が責任追及をすることはいたずらに労使の対立を激化させることとなり、また、直ちに人件費削減につながるとはいえないことから、学園が組合の要求を拒否したとしても、誠実交渉義務に反するものとはいえない。

(イ)個人情報であることを理由として拒否するもの(別紙1記載の13、15、33、68)
 これらの要求は、学園の理事長らの個別の人件費の開示を求めるものであるが、①学園は財政再建案において役員(理事)の賞与を20%削減する案を示しており、個別の人件費まで明らかに必要性は乏しく、また、②学園は収支状況を相当程度明らかにしており、個別の人件費が明らかにならなくては新たな提案が困難とはいい難く、したがって、必ずしも必要な項目とはいえない。これらから、学園が個人情報であることを理由として組合の要求を拒否したとしても、誠実交渉義務に反しているとはいえない。

(ウ)別紙1記載の番号63 〔注 平成29年に学園が決定した学校再編に関し、同年5月26日開催の第173回団体交渉において学園が言及した財務シミュレーション〕

 学校再編時の学園説明〔注 上記の団体交渉における、現状の教職員の賃金を維持するために少なくとも5年間、高等学校の入学者を720名確保する必要がある旨の説明〕の後、平成30年度の学園の高等学校の入学者は1,200名を上回っている。このように高等学校で720名以上の入学者を確保している一方で、学園は財政再建案によって、全教職員に対し、人件費削減を要するほど学園の財政が逼迫している旨の説明をした。
 組合は、経営陣の総退陣を求め、経営陣の責任追及を一つの理由として学校再編時の財務シミュレーションの開示を求めているが、かかる理由のみをもって学園が同シミュレーションを開示すべきとはいえない。しかし、学校再編時の学園説明と1.10.31財政再建案とが矛盾すると解する余地があり、学園から人件費削減が提案されている状況において、組合が、同シミュレーションと同財政再建案との違いについて知りたいと考えるのは自然なことである。このことから、学園は、同シミュレーションを開示するなどして、組合が、同財政再建案が合理的か否かを検討できるような対応をしなくてはならない。
 また、学園は、過去の件であって1.10.31財政再建案に影響しないことを理由として同シミュレーションの開示を拒否しているが、影響しない理由を組合に説明していないし、学校再編時の経営状況の見通しと同財政再建案における見通しとの相違点を説明するといった、同財政再建案について組合の理解や納得が得られるための努力を尽くしているとはいえない。
 したがって、学園は、組合が1.10.31財政再建案との違いを理解するために必要な学校再編時の財務シミュレーションを開示していない点に限り、誠実交渉義務に反している。

イ 学園が開示している項目について
 次のとおり、いずれも誠実交渉義務に反しているとはいえない。
(ア)学園が組合に対し、一定の情報又は資料の開示をしているところ、組合から具体的な反論又は対案の提示がなされていないこと。
(イ)学園がCセンターの運営財源等について説明した後、職員の必要性を巡る組合と学園との議論が平行線の状態となっていること等。
(ウ)学園は契約条件という重要情報以外を組合に開示しているところ、非開示情報がなくては組合からの新たな提案が困難とは考え難いこと等。
(エ)学園は、組合の要求の程度に応じて、必要な情報又は資料を開示した上で、組合に説明していること。

ウ 組合からの対案又は提案について
 次のとおり、いずれも誠実交渉義務に反するとはいえない。
(ア)組合は、学園の経営悪化について、経営陣である理事が経営責任として私財を学園に拠出すべきであると主張しているが、組合が主張する経営責任は、学園が理事をどのように扱うかという経営事項であって、それが人件費等の労働条件とどのように密接に関連するのか明らかではないこと。(別紙2記載のA関係)

(イ)組合は、管理職の人数を平成23年度に戻せば人件費削減になるとの対案を示しているが、学園は、反論や一定の説明、根拠の提示等をして、組合の理解を得ようとする姿勢を見せていること。(同B関係)

(ウ)組合は、経営責任を根拠として理事長の報酬又は給料を全額削減することを提案しているが、(イ)と同様の理由、及び、組合が主張する経営責任は抽象的である上に必ずしも労働条件ではないこと。(同C関係)

(エ)組合は、①理事長車の廃止を提案し、年間維持費等の開示を要求するなどしており、また、②全理事の賞与及び管理職手当を全額削減することを提案し、同提案を盛り込んだ財務シミュレーションを提示することを要求しているが、(イ)と同様の理由、及びこれらは学園の経営事項であること。(同D・E関係)

(オ)組合が中学校、高等学校及び中等教育学校以外の教職員についてのみ財政再建案を適用するという対案を示すなどし、学園は意見として聞いておくとのみ回答した。
 財務状況が悪化しているのは、学園全体の問題であるから、中学校などの教職員のみ財政再建案を適用しない合理性はなく、組合から合理的な根拠の説明もされていない。したがって、学園が提案を検討しないことには相応の理由があること。(同G関係)

(2)要求60項目についての学園の対応が支配介入に当たるか否か
 学園が組合に対し、学校再編時の財務シミュレーションを開示しなかったことは不誠実な交渉態度に当たるところ、このような学園の交渉態度は、組合の交渉力に対する組合員の不信を醸成し、組合内部の結束力を弱める効果を招来し得るものであるから、組合に対する支配介入に当たる。

(3)人件費削減を決定した上で全教職員に対して令和2年3月30日付け書面を交付したことが不誠実交渉に当たるか
(ア)局所的にみれば学園には不誠実な交渉態度があるものの、全体をふかんしてみると、学園は、複数回の団体交渉を通じて、十分な時間をかけて、組合に自己の主張の根拠を示す等して、組合の理解を得るために相当程度の努力を尽くしているといえる。したがって、人件費削減について、組合と学園が十分な労使協議をしていないとはいえず、学園が2.3.30財政再建取組を交付したことが誠実交渉義務に反しているとはいえない。

(イ)組合は、議論は緒に就いたばかりで十分に労使協議が尽くされていないなどと主張する。
 しかし、要求60項目のうち、学園の検討結果が示されていないものは、金額の多寡からして財務シミュレーションに影響を与えるとはいい難いもの及び組合から具体的な要求等がされていないものである。また、全体をふかんしてみると、人件費削減に関する組合と学園との労使協議は、組合の要求の程度に応じて相当程度されている。さらに、学園が1.10.31財政再建案について説明する姿勢を見せても、組合は、謝罪又は要求60項目の開示が先であるとして学園からの説明を拒み、経営陣の責任追及という必ずしも労働条件ではない事項に固執するといった対応をしており、仮に議論の進展が遅かったとしても、学園のみの責任とすることは相当でない。したがって、組合の主張は採用できない。
 また、組合は、賞与水準及び入試手当については、長年の労使慣行であって労働契約の内容となるから、組合との合意なく人件費削減を実施することは労働契約法違反であり、ひいては不誠実な交渉態度である旨主張するが、労働協約または労働契約法に反することが、直ちに学園が組合との団体交渉を拒否したことにはならない。

(4)人件費削減を決定した上で全教職員に対して令和2年3月30日付け書面を交付したことが支配介入に当たるか
 学園は、人件費削減について相応の労使協議を尽くした上で、理事会で人件費削減を決定し、2.3.30財政再建取組に至っており、学園の態度は、労使協議を蔑ろにするものと評価することはできない。よって、学園による2.3.30財政再建取組の交付は、組合の活動や運営に支障をきたし得る行為とはいえないから、支配介入には当たらない。

3 不当労働行為の成否
(1)前記1〔論点1〕のとおり、学園が、人件費削減を含む財政再建について、組合と事前に協議せず、全教職員に対して財政再建案を交付したことは、労組法第7条第3号の不当労働行為に当たるが、同条第2号の不当労働行為に当たらない。

(2)前記2〔論点2〕のとおり、人件費削減を議題とする団体交渉における、令和2年2月14日までに組合が開示を求めた60項目についての学園の対応のうち、学校再編時の財務シミュレーションを開示しなかったことは、労組法第7条第2号及び同条第3号の不当労働行為に当たるが、学園が上記対応のまま人件費削減を決定した上で全教職員に対して2.3.30財政再建取組を交付したことは、労組法第7条第2号及び同条第3号の不当労働行為に当たらない。 
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