労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  大阪府労委令和2年(不)第27号
不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y法人(法人) 
命令年月日  令和4年2月18日 
命令区分  全部救済 
重要度   
事件概要   本件は、組合が上部団体とともに、法人との労使紛争に係る要請文を医師会、病院協会、約50か所の医療機関等に対し手交又は送付したところ、法人が、名誉毀損に当たるなどとして組合関係者3名に対する損害賠償請求訴訟を提起したことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 大阪府労働委員会は、裁判所に訴えを提起する権利を労働委員会がその判断をもって制限することには慎重であるべきことを考慮してもなお、組合活動に対する不当な介入に当たるとすべき特段の事情があるとして、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、文書交付を命じた。 
命令主文   法人は、組合に対し、下記の文書を速やかに交付しなければならない。
 年 月 日
X組合
 執行委員長 A様
Y法人    
理事長 B

 当法人が、貴組合の関係者3名を被告として、令和2年6月18日付けで損害賠償請求を大阪地方裁判所に提起したことは、大阪府労働委員会において、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為であると認められました。今後、このような行為を繰り返さないようにいたします。 
判断の要旨  1 法人が本件組合関係者3名を被告として本件訴訟を提起したことは組合に対する支配介入に当たるか

(1) 本件訴訟の提起について、組合は、法人が本件訴訟を提起したことは、訴訟する権利の濫用であり、正当な組合活動に対する支配介入である旨主張し、法人は、裁判を受ける権利に基づく被害回復のための正当なものであり、不当労働行為に該当するものではない旨主張する。
 憲法第32条によれば、何人も民事事件において裁判所に訴えを提起する権利は否定されないものであるから、法人が、損害賠償の訴えを提起することもまた、権利の行使として尊重されるべきであり、労働委員会が公的判断をもってこれを制限することは慎重であるべきである。
 しかしながら、この権利といえども無制限に保障されたものではなく、憲法第28条において、いわゆる労働三権が保障され、労働組合法において不当労働行為救済申立ての制度が設けられている趣旨からして一定の制約に服すべきこともあり得るのであって、例えば、権利の濫用に当たるなど、特段の事情がある場合は、不当労働行為に該当する余地があるというべきである。
 そこで、法人が本件訴訟を提起した趣旨・目的、提訴の態様、時期及び組合活動に与える影響を具体的に検討し、訴えを提起する権利の保障も考慮した上で、法人が本件訴訟を提起したことが、労働組合法の観点から不当労働行為に当たるかを総合的に判断することとする。

(2) 法人が本件訴訟を提起した趣旨、目的について

ア ①平成2年4月10日、本件組合関係者3名が大阪府医師会、C区医師会及び病院協会を訪れ、本件文書を職員に手交したこと、②本件文書は老健協会及び大阪市C区内の約50か所の医療機関に郵送されたことが認められるところ、かかる行為が、正当な組合活動であるといえるかについて、以下検討する。

(ア)本件文書の内容について

a 本件文書には、①「法人は、一貫して組合敵視を続けてきて」、②「組合潰しの数々」、③「2013年の組合結成以来、法人は組合拠点職場を孤立化させるため、其れまで行なっていた職場連携の会議から組合拠点職場を排除し、職場連携も遮断しました。」、④「拠点職場には監視のための職員を配置し、背面監視を行ったりしました。」、⑤「労働組合潰しを優先せずに、労使一体でコロナ対策を行い」、⑥「コロナ対策を全職員一体となって取り組むように要請してください。」との記載が含まれており、本件文書には、本件訴訟の訴状において法人の名誉を毀損するものとして摘示された記載があることが認められる。

b ところで、組合は、法人が不当労働行為を行っているとして、当委員会に複数回の申立てを行い、当委員会においても、法人の複数の行為が不当労働行為であると認定している。かかる経緯を踏まえると、組合が、上記①②の事実認識を持つことには相応の理由があり、そうであれば、③④についても、組合がそのような事実認識を持つことはあながち不合理であるとまではいえない。
 そうすると、上記①から④までの記載は、いずれも、組合の立場から見た事実認識あるいは意見表明とみるのが相当であり、また、かかる記載をもって、直ちに正当な組合活動の範囲を逸脱したものであるとまではいえない。

c 組合は、A組合員に対する令和2年3月13日付け戒告処分は不当労働行為であるとの認識を持っているところ〔注 大阪府労委令和2年(不)13号事件〕、組合が新型コロナ対策に取り組むために「労使紛争の休戦」を提案したのに対し、法人はこれを受け入れず、粛々とA組合員に対する指示書を実施する旨回答している。かかる経緯等を踏まえると、新型コロナ対策を優先したいとする組合が、法人は労使一体での新型コロナ対策よりも組合潰しを優先しているとの認識を持つことには、一定の理由があるといえる。
 そうすると、本件文書のうち⑤の記載は、組合の立場から見た事実認識とみるのが相当であり、また、かかる記載をもって、直ちに正当な組合活動の範囲を逸脱したものであるとまでみることはできない。

d 加えて、本件文書には⑥の記載があることからすると、同文書には、労使一体となった新型コロナ対策を行うための要請といえる部分があるといえ、そうすると、法人の名誉の毀損を目的としたものとまではいえない。また、法人は、医療法人であることも併せ考えると、本件文書は、公共の利害に関する事項であると評価し得ないこともない。

(イ)本件文書の配付先について

a ①文書には、労使一体となった新型コロナ対策を行うための要請といえる部分があり、②2.4.32法人回答書に、法人における新型コロナの対応について、医師会、老健協会などの関係団体からの指示を受けている旨の記載があること、③当時、法人理事長は、区医師会の会長及び病院協会の副会長を務めていたことを考え合わせると、上記団体に本件文書が配付されたことは、その目的に照らし、一定程度関係性がある。

b ①法人はN区に本部を置き、当時、法人理事長は区医師会会長を務めていたこと、②訴状には、法人が区内の各医療機関と患者のやり取り等で緊密な連携を取っている旨の記載があることからすると、区内約50か所の医療機関も、法人における新型コロナに対する対応と無関係であるとはいえず、これらに本件文書が配付されたことは、その目的に照らし、関係性がなかったとまではいえない。

c 法人は、本件文書が区内50か所の医療機関を含む医師会等に配付されたことにつき、配付先が多数であり争議行為としての相当性を欠く旨主張するが、上記a及びbに述べた関係性や、その範囲も区内に留まっており、広範囲の不特定多数に配付されたとまではいえないことからすると相当性を欠くとまではいえない。

d 以上のことからすると、本件文書を医師会等に配付したことは正当な組合活動から逸脱しているとまではいえない。

 本件文書における記載は、いずれも組合の立場から見た事実認識あるいは意見表明とみるのが相当であるが、このことは法人も認識し得たものといえる。また、配付先が相当性を欠くものとまではいえないことは、法人にとっても理解に難くない。
 以上を踏まえて、法人が本件訴訟を提起した趣旨、目的についてみるに、法人の主張の前提となる本件文書を医師会等に配付したことが違法な組合活動であるといえるかについて疑義がある上、このことは法人も認識し得る状況であったものといえる。加えて、法人は、組合との協調は「労使一体の新型コロナ対策」の実現とは無関係であり、むしろその実現を阻む障害であるとさえいえると主張しており、かかる主張は、法人が組合のことを好ましからざる存在であるとみているとの疑念を生じさせる。
 そうすると、法人が、本件訴訟を提起した趣旨・目的が、被害回復のためのものであったかについても疑問が残るといわざるを得ない。

(3) 提訴の態様について

ア 法人が、本件文書が医師会等に送付されたことについて、本件組合関係者3名が関係していると考えること自体は不自然ではない。
 しかし、そもそも本件文書の作成及び配付は、3団体が共同して行なった労働組合活動であることは文面から明らかである。また、本件ブログ記事には、本件組合関係者3名が医師会等に文書を持参したとか送付したといった記載はないこと等からも、本件文書を作成及び配付した主体は、本件組合関係者3名というより、組合又は支部らであるというべきである。
 これらのことからすると、通常一般的にみて、本件文書の作成及び配付した主体は、組合、C組合及びD組合の3団体であることは容易に認識できる。そうすると、本件文書の作成及び配付に伴う責任は、本来、主体である上記3団体が生うべきものであるところ、法人は、個人である本件組合関係者3名のみを被告として本件訴訟を提起しており、かかる法人の対応は、合理性を欠き、十分検討されたものとは到底いえない。

イ また、法人は、勝訴判決を得た際の金銭執行の実効性を考慮して組合を被告から外し、実行行為者3名のみを被告とした旨主張するが、本件文書の発信者である3団体は実体がないものとはいえない上に、組合を被告とした場合、金銭執行の際に、具体的にいかなる支障があるかについて主張も疎明もない。

ウ これらからすると、法人が本件組合関係者3名を被告として本件訴訟を提起したことは、合理性を欠くといわざるを得ない。しかも、訴状の記載からすると、法人は本件組合関係者3名が活発に組合活動を行っていると認識していることが窺えるところであり、このことと、上記の訴訟の態様を考え合わせると、活発な組合活動を行っている同人らを狙い撃ちにしたとの疑念さえ生じる。

(4) 本件訴訟を提起した時期について

 A2組合員に対する処分を巡り、組合と法人とは対立関係にあったといえる状況において、法人は、本件文書が医師会等に配付された後、1か月以上、組合に対して抗議等を行わなかったにもかかわらず、当該事件の申立てから期間を置かずして平成2年6月8日に通告書を組合に送付し、同月18日に本件訴訟を提起しているのであるから、法人が、本件訴訟を提起した時期は、不合理とまではいえないものの、唐突感は否めない。

(5) 組合活動に与える影響について

 本件組合関係者3名は組合活動を行ったことを理由に損害賠償請求訴訟の被告とされたといえる。そして、損害賠償請求訴訟の被告とされることは、心理的にも又経済的にも負担となることは否定できないのであるから、法人が、本件組合関係者3名を被告として本件訴訟を提起したことにより、同人らの組合活動に支障が生じるのみならず、他の組合員にとっても組合活動を委縮させるものといわざるを得ない。 

(6) 以上のことを総合すると、

①本件訴訟活動を提起した趣旨・目的については、本件文書の記載はいずれも組合の立場から見た事実認識あるいは意見表明とみるのが相当であり、かかる文書を医師会等に配付したことは、正当な組合活動から逸脱しているとまではいえないことなどからすると、被害回復のためのものであったかについても疑問が残るといわざるを得ず、
②提起の態様については、通常なら本件文書の主体である3団体を被告とするべきところ、本件組合関係者3名を被告としているが、これは合理性を欠くといわざるを得ず、しかも、活発な組合活動を行っている同人らを狙い撃ちにしたとの疑念さえ生じるところであり、
③提起の時期は、不合理とまではいえないものの、唐突感は否めず、
④組合活動への影響をみると、被告とされた本件組合関係者3名の組合活動に支障を生じさせるのみならず、他の組合員にとっても組合活動を委縮させるものである、
ことからすると、本件組合関係者3名を被告として、本件訴訟を提起したことは、法人が裁判所に訴えを提起する権利があり、労働委員会がその判断をもってこれを制限することには慎重であるべきことを考慮してもなお、組合活動に対する不当な介入に当たるとすべき特段の事情があるといわざるを得ず、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。

2 救済方法
 組合は、本件組合関係者3名に対する損害賠償請求訴訟の取下げ、組合に対する金員の支払い並びに謝罪文の掲示及び手交をも求めるが、主文をもって足りると考える。 
掲載文献   

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