労働委員会命令データベース

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概要情報
事件番号・通称事件名  埼玉県労委令和2年(不)第1号
入間川病院不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y法人(法人) 
命令年月日  令和3年11月11日 
命令区分  一部救済 
重要度   
事件概要   本件は、組合が申し入れた組合員Aの時間外手当未支給等に関する団体交渉について、法人が、当該団体交渉事項については、これまでに3回の団体交渉を実施しており、今後団体交渉の進展が困難であるとして拒否したことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 埼玉県労働委員会は、一部の交渉事項に係るものを除き、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断し、法人に対し、組合が申し入れた団体交渉事項のうち、①時間外手当の未払、②言語療法室のパネルの取り外し及びその復元、③Cの机の購入及び言語療法室の確保について拒否してはならないことを命じ、その余の申立てを棄却した。 
命令主文  1 法人は、組合が、平成31年4月12日、令和元年5月31日、同年7月4日及び同年10月16日付けで申し入れた団体交渉事項のうち、以下のものについて拒否してはならない。
 (1)時間外手当の未払について
 (2)言語療法室のパネルの取り外し及びその復元について
 (3)Cの机の購入及び言語療法室の確保について
2 組合のその余の申立ては、これを棄却する。 
判断の要旨  1 本件団体交渉申入れの各事項は、義務的団体交渉事項といえるか。(争点1)

(1)労組法第7条第2号によって、使用者が団体交渉を行うことを義務付けられる事項とは、「団体交渉を申し入れた労働者の団体の構成員たる労働者の労働条件その他の待遇や当該団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なもの」と解される。以下、各事項ごとに検討する。

(2)時間外手当の未払について
 本事項は、義務的団体交渉事項であると認められ、また、そのことについて当事者間に争いはない。

(3)言語療法室のパネルの取り外し及びその復元について

〔注〕2つの言語療法室はパーティションで区分され、その上部20センチの部分が取り外し可能なパネルで塞ぐことのできる構造になっている(病院は、言語療法室がパネルによって天井まで遮蔽された状態は消防法違反になると考え、平成28年にパネルを取り外したと主張)。

 言語聴覚士であるAが、病院に対し、言語療法室の遮蔽を求めることは、業務の円滑な遂行のために必要なことであるから、パーティション設置当初の状況にかかわらず、単なる施設管理の問題とは言えず、「労働条件その他の待遇」の範囲に含まれるものと解される。

(4)Cの机の購入および言語療法室の確保について
 法人は、Cは組合の組合員でないことなどから、義務的団体交渉事項ではない旨主張する。
 しかし、非組合員の労働条件であっても、組合員の労働条件と共通又は密接に関連するものである場合や、組合員の労働条件に重大な影響を与えるものである場合は、使用者は、非組合員の労働条件について、組合員の労働条件に与える影響の観点から団体交渉義務を負うことになると言うべきである。
 本事項は、単なるCの机の購入の可否にとどまらず、Aを含む3名の言語聴覚士の業務に使用する言語療法室にかかわる事項であるので、組合員の労働条件と共通又は密接に関連するものであると認められる。

(5)就業規則について
 組合が申し入れた団体交渉事項に「就業規則」と記載されていることのみをもって、義務的団体交渉事項であるとすることはできない。
 組合が団体交渉で求めたことは、36協定の労働者代表が誰であったか及び36協定の周知についての是正などであって、主に36協定に関する確認事項と言うべきものであったことが認められる。また、組合は、団体交渉において、職員の会話を録音することや安全管理の問題を就業規則上の問題として述べているが、いずれも明瞭に就業規則上の問題であるとまでは認められない。
 団体交渉で示された内容からすると、本事項は、就業規則についての具体的な団体交渉事項とするには不明瞭であり、義務的団体交渉事項であるかどうか判断できる事項とは認められない。

(6)以上により、「時間外手当の支払」、「言語療法室のパネルの取り外し及びその復元」及び「Cの机の購入及び言語療法室の確保」の各事項については義務的団体交渉事項であると認められるが、「就業規則について」の事項については義務的団体交渉事項とは認められない。

2 争点1において、義務的団体交渉事項に該当する場合、交渉は行き詰まりに至ったといえるか。(争点2)

(1)団体交渉において、使用者が負う誠実交渉義務とは、労働組合の要求に対し、これに応じたり譲歩したりする義務ではない。結局において労働組合の要求に応じたり譲歩したりできないとしても、組合の要求及び主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどして、使用者の主張を労働組合が理解し、納得することを目指して努力する義務のことである。
 よって、使用者が誠実交渉義務を果たしたかどうかについては、上記の義務を尽くした上で、なお、交渉が行き詰まっていたと言えるかどうかが問題となる。
 以下、上記の観点から、各申入れ事項ごとに判断する。

(2)時間外手当の未払について
ア 組合の要求は、端的には時間外手当の未払分の支払であるが、その主張の前提となっているのは、組合の認識しているその申請方法、手順及び実働時間に対する考え方である。
 組合は、時間外手当の支給根拠について、タイムレコーダーの打刻で実働時間は把握されるべきであるとの認識に基づき団体交渉を行っており、他方、病院は、タイムレコーダーの打刻にかかわらず、所定労働時間内に収めることができるように仕事を調整すべきであるとの認識である。この点について、労使双方で大きな隔たりが生じていた状態であった。

イ 法人は、組合が、時間外手当の金額やその明細を明らかにしていない限り、更なる団体交渉は無意味であると主張する。
 しかし、組合が対象となる時間外手当の金額やその明細を明らかにしなかったとしても、法人は、過去にAから事後になされた時間外手当の申請状況及び病院による申請への可否について把握していたのであるから、結果として時間外勤務として認められず、時間外手当が支払われなかったものについて、組合に対し、資料として提示するのみではなく、団体交渉において、具体的に内容について互いに確認し、組合に説明すべきであったと言える。

ウ また、法人は、本件申立てとは別に、時間外手当についての債務不存在確認を求めて民事訴訟(以下「本件訴訟」)を提起しており、本事項は団体交渉に馴染まない旨主張する。
 しかし、団体交渉で扱われた本事項の内容は、単なる債権債務の存否のみを求めたものとは言えず、業務における時間管理や実働時間の捉え方、時間外手当の申請方法及びその手順等を内容に含むと認められる。また、対象とする期間も本件訴訟と全く同一であるとまでは認められない。
 とすれば、特定期間の債務不存在のみを争う本件訴訟の係属をもって、団体交渉に応じる余地はないとする病院の主張は採用できない。

(3)言語療法室のパネルの取り外し及びその復元について
 法人は、団体交渉実施以前にAに対して提案した案(上部空間の3分の2を塞ぐもの)が合意に至らなかったにもかかわらず、組合との団体交渉においても、その事実を提示し、消防法の規定を説明し、完全に遮蔽することができないとの見解を示したのみであった。とすれば、法人は、団体交渉において、組合に対し、改めて提案や説明を行うべきであったと言えるが、そのような事実は認められず、実質的には、団体交渉以前のAとのやり取りをもって、労使双方の議論が尽くされていたとしているに等しいと言える。
 また、団体交渉において、組合が、パーティションで区分した各部屋に感知器を設置すれば、天井まで遮蔽したとしても消防法の規定に抵触しない旨の提案を行ったが、法人は、設置には費用が発生し、その支出については、管理者の裁量である旨を回答したのみであった。
 以上からすると、法人は、組合の要求及び主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどして法人の主張を組合が理解し、納得することを目指して努力したとは言えない。

(4)Cの机の購入及び言語療法室の確保について
 総じて、病院の交渉態度は、施設管理権は法人にあり、組合が要求する机の購入や言語療法室の確保については、法人の裁量に属するとの見解を述べることに終始していたと言わざるを得ない。
 組合は、業務遂行に影響がある旨述べていたのであるから、法人は、その点に留意し、具体的に説明を行い、理解を求めるべきであったと言える。
 とすると、法人は、組合の要求及び主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどして法人の主張を組合が理解し、納得することを目指して努力したとは言えない。

(5)したがって、上記の「時間外手当の未払」、「言語療法室のパネルの取り外し及びその復元」及び「Cの机の購入及び言語療法室の確保」の各事項については、いずれも、法人が誠実交渉義務を尽くしたとは言えず、団体交渉が行き詰まりの状態にあったとは認められないから、法人が、それぞれの事項に対する団体交渉を拒否したことは、正当な理由のない団体交渉拒否であって、労組法第7条第2号の不当労働行為に当たる。
  
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