労働委員会命令データベース

(この事件の全文情報は、このページの最後でご覧いただけます。)

[命令一覧に戻る]
概要情報
事件番号・通称事件名  群馬県労委令和2年(不)第2号
中央タクシー不当労働行為審査事件 
申立人  X組合(組合) 
被申立人  Y会社(会社) 
命令年月日  令和3年6月24日 
命令区分  棄却 
重要度   
事件概要   本件は、会社が、定年後の再雇用を巡り、組合の組合員Aに対し「雇用契約書(定時従業員)」記載の労働条件(稼働手当不支給、時給制等)を提示し、実際に当該労働条件を内容とする雇用契約(「本件再雇用契約」)を締結したことが不当労働行為に当たる、として救済申立てがなされた事案である。
 群馬県労働委員会は、申立てを棄却した。
 
命令主文   本件申立てを棄却する。 
判断の要旨  1 会社が組合員Aとの間で本件再雇用契約を締結したことが、労組法第7条第1号の不利益取扱いに該当するか(争点1)
(1)本件再雇用契約の不利益性
 定年退職後の再雇用に際して、他の従業員については正社員同様の条件(稼働手当支給。月給制)とされていることに比し、稼働手当のない時給制であり、差別的な取扱いであるといいうる。
 また、Aの定年退職直前である令和2年1月分の給料と、定年後の同年2月分及び同年3月分の給料を比較すると、それぞれ約4割減額となったことが認められ、賃金の額において不利益な労働条件といいうる。
(2)再雇用契約の締結は不当労働行為意思に基づく不利益取扱いか
ア 会社の組合に対する嫌悪感
 会社は組合やAに対し一定の嫌悪感を抱いていたことが推認されるものの、本件再雇用契約を締結したことが不当労働行為意思に基づくものであったといえるかについて、さらに本件再雇用契約の労働条件等の相当性等の観点から検討する。
イ 本件再雇用契約の労働条件の相当性等
 本件の再雇用契約締結時点において、会社としては、稼働手当の解釈を巡る対立(注.稼働手当が固定残業代であるか否か)に起因してAに対し他の従業員と同様の配車ができなくなっていたことはやむを得ないと考えられる。そうすると、会社がこの状況を打開し、他の従業員との均衡を図ろうとして、稼働手当を前提としない本件再雇用契約の労働条件としたことには一定の合理的理由を認めうると解される。
 さらに、本件再雇用契約が定年退職後の新たな契約であり、また、継続雇用協定書第5条においては、定年退職後の労働条件は会社が具体的内容を検討し提示するとあることを考慮すると、定年退職後の労働条件については、会社に相当程度の裁量権があったと認められる。
 そして、本件再雇用契約の労働条件が会社の裁量権の範囲内であるといえるかについては、金額は約4割の減額となっている一方、業務内容は従前より限定されたものとなっており、全体として裁量の範囲を逸脱しているとまで断定するのは困難である。以上を考慮すると、本件再雇用契約の労働条件が相当でないとはいえない。
ウ 手続の相当性
 少なくとも会社は、継続雇用協定書第3条の規定(定年退職日の3ヶ月前までに継続雇用の対象となるかを当該従業員に通知し、本人から申出があったときは会社は必要な範囲で継続雇用に関する相談に応じ、誠実に説明及び指導を行う)には違反していたといえる。
 しかしながら、会社は継続雇用協定書第5条(継続雇用を希望する申出があった時は、定年退職日の1ヶ月前までに労働条件の提示をする)の期限内である同月28日にはAに対し継続雇用を前提とした労働条件の提示を行い、また、団体交渉において提示した労働条件について説明し、その後組合の要望を一部受け入れるなどしていることを考慮すると、会社の継続雇用の手続は必ずも適当であったとは言えないが、その不備から直ちに本件再雇用契約を締結したことが不当労働行為意思に基づくものと結論付けるのは困難である。
エ 小括
 組合と会社間では労使紛争が繰り返され、Aの定年退職時には申立外訴訟事件が係属しており、会社が組合やAに対し一定の嫌悪感を抱いていたことが推認される。さらに会社の本件再雇用契約の条件の提示は、Aや会社が稼働手当について固定残業代と認められない旨の組合としての正当な主張に争う形でなされたものと捉えることが可能であり、会社の本件再雇用契約の提示は、組合の活動に対する嫌悪感からなされた可能性を否定することはできない。
 しかしながら、会社が、稼働手当を巡る意見の対立によって生じたAとの定年退職前の膠着した雇用関係を打開し、他の従業員との均衡を図るため本件再雇用契約の提示をしたことには一定の合理性が認められ、さらに、Aの定年退職前において稼働手当の支給と受給が継続していたことで会社とAないし組合との間で深刻な対立までは生じていなかったことも認められる。また、仮に組合員ではない他の従業員がAや組合と同様の主張をし続けた場合は、会社としては、経済的合理性に基づいて、やはり定年を契機として本件と同様の条件を提示する可能性を否定することはできない。
 そうすると、会社が本件再雇用契約を締結した決定的な理由が会社の組合に対する嫌悪感であったと断定するには、客観的、具体的根拠が十分でなく、むしろ会社は、他の従業員との均衡を考慮して、残業や稼働手当についての状況を打開することを意図して本件再雇用契約を締結したものと考えることが妥当である。
 よって、会社が不当労働行為意思に基づいて本件再雇用契約を締結したとは認められない。
 以上のことから、会社が、Aとの間で本件再雇用契約を締結したことは、労組法第7条1号の不利益取扱いに該当しない。
2 組合が2020(令和2年)4月1日付け要求書、同月2日付け要求書及び同月16日付け要求書でそれぞれ申し入れた団体交渉の開催要求に対する会社の対応が、労組法第7条第2号の団体交渉拒否に該当するか(争点2)
(1)会社が団体交渉を拒否したと言えるか
 会社は、組合の要求事項に一定の回答をし、書面での質問を求める旨を組合に伝えている。
 しかしながら、4.2回答書、4.6回答書、4.26回答書のいずれにも、団体交渉を開催する見通しやその調整等に言及する記載もなく、現に団体交渉は開催されていないのであるから、会社は団体交渉を拒否したと言わざるを得ない。
(2)新型コロナウイルス感染に関する当時の状況は、団体交渉拒否の正当理由となるか
 4.1要求書が提出された直前の令和2年3月19日時点で、新型コロナウイルス感染症は、いわゆるパンデミックと言われる世界的な流行となり、世界で約8000人の死亡者が報告され、国内でも33人の死亡者が報告されていたことが認められる。また、5月20日に開かれた新型コロナウイルス感染症対策本部(第21回)の会議においては、新型コロナウイルス感染症について、不明な点が多いこと等への言及がなされ、感染のリスクが高まる「3つの条件が同時に重なった場」を避けるよう国が周知啓発を徹底すること、市民や事業者がそのような場での活動を十分抑制することを提言していた。さらに、同年4月7日には、緊急事態宣言が公示され、また同月16日には、緊急事態宣言の対象地域が拡大され、群馬県や長野県を含む全国で緊急事態措置を実施すべきこととされる事態となっていた。
 これらのことからすると、当時の日本社会には、いわゆる新型の感染症によって、誰も経験したことのないような混乱、不安等が生じていたことが推認される。
 以上のような状況を踏まえると、組合が4.2要求書において、政府のガイドラインに十分留意し、10名以下の交渉となるよう配慮すると述べていたことを考慮しても、団体交渉開催について否定的な態度をとったとして会社を非難するのは躊躇されることから、新型コロナウイルス感染に関する本件各要求書が出された当時の状況は団体交渉拒否の正当理由となると言うべきである。
 なお、組合は、会社が業務を続けていたことや、従業員を解雇するための説明会を開催したことを会社の対応が不当であったことの証左として主張している。しかしながら、これらと団体交渉には、その性質や補充的手段の有無等に違いがあり、上記判断を覆すまでの事情とは認めがたい。
 以上から、組合が2020年(令和2年)4月1日付け要求書、同月2日付け要求書及び8月16日付け要求書でそれぞれ申し入れた団体交渉の開催要求に対する会社の対応は、労組法第7条第2号の不当労働行為に該当しない。 
掲載文献   

[先頭に戻る]
 
[全文情報] この事件の全文情報は約397KByteあります。 また、PDF形式になっていますので、ご覧になるにはAdobe Reader(無料)のダウンロードが必要です。