事件番号・通称事件名 |
静労委平成29年(不)第1号 |
申立人 |
X組合(「組合」) |
被申立人 |
Y会社(「会社」) |
命令年月日 |
平成30年1月25日 |
命令区分 |
一部救済 |
重要度 |
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事件概要 |
本件は、平成27年7月14日から平成28年11月29日にかけ
て実施された平成22年退職手当金規定変更に関する団体交渉において会社が誠実に対応しなかったこと、が不当労働行為である
として救済申立てのあった事件で、静岡県労働委員会は、誠実団交応諾、文書の交付・掲示を命じ、その余の申立てを棄却し
た。 |
命令主文 |
1 被申立人会社は、平成22年の退職手当金規定の変更について申
立人組合から団体交渉における説明を求められたときは、退職手当金の支給係数と支給率を平成22年に変更するに至った経緯及
び理由等について、変更内容の具体的根拠を説明する資料等を提示し丁寧に説明するなどして、誠意をもって応じなければならな
い。
2 被申立人会社は、本命令書受領の日から1週間以内に、下記内容の文書を申立人組合に交付するとともに、同一内容の文書を
55センチメートルx80センチメートル(新聞紙2頁大)の白紙に楷書で明瞭に墨書して、会社内の従業員の見やすい場所に、
10目間掲示しなければならない。
記
年 月 日
組合
執行委員長 A1 様
会
社
代表取締役 B1
当社が、平成22年の退職手当金規定の変更に関し平成27年7月から平成28年11月までの間に開催された貴組合との団体
交渉において、当該変更の経緯及び理由等の説明を十分行わず、必要な資料も提示しなかったことは、静岡県労働委員会において
不当労働行為であると認定されました。
今後、このような行為を繰り返さないよう留意します。
(注:年月日は、文書を交付し、又は掲示した日をそれぞれ記載すること。)
3 申立人のその余の申立てを棄却する。 |
判断の要旨 |
1 本件は、平成22年退職手当金規定変更に関する第3回、第4
回、第5回、第9回及び第11回の計5回の団体交渉における被申立人の一連の対応が不誠実であったか否かが問われているもの
である。
ところで、本件第3回(平成27年7月14日)、第4回(同年8月7日)及び第5回(同年9月15日)の各団体交渉は、本
件申立日である平成29年1月23日から1年以上遡るものであり、形式的には行為日から1年を経過した事件であることから、
当委員会が取り扱うものとして疑義が生じる可能性がある(労働組合法第27条第2項)。
しかしながら、第5回団体交渉終了時に組合は平成22年退職手当金規定変更に関する交渉を打ち切っておらず、第3回団体交
渉から第11回団体交渉に至るまで、継続的に同一議題について議論が行われていたと認められることから、上記一連の団体交渉
を本件審査対象とすることが相当である。
2 使用者の誠実団体交渉義務については、「使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって
団体交渉にあたらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を
提示するなどし、また、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その論拠を示して反論するなどの
努力をすべき義務があるのであって、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性
を模索する義務がある」と解される。
本件において、組合は、従業員に重大な不利益を与える平成22年退職手当金規定変更が、従業員への内容説明がないまま実施
されたとして、当該変更の撤回を求めているのであるから、会社がこのような組合要求を拒否する場合、会社は、平成22年退職
手当金規定変更に至る経緯及び理由等を説明し、変更内容の根拠について必要な資料を提示するなどして組合の理解を得るよう努
力することが団体交渉において誠実団体交渉義務を果たす上で最低限必要であるといえる。
(1)平成22年退職手当金規定変更に関する団体交渉における会社の回答及び説明
団体交渉の内容を具体的に検討すると、B1社長は、第3回団体交渉において平成22年退職手当金規定変更の事実自体を否定
し、第4回団体交渉で組合から当該変更前の規定である平成17年6月の就業規則の写しを提示されるまで、当該変更の事実を認
めなかったが、当該変更をB1社長自ら実施していることからすると、これらB1社長の回答及び態度は、甚だ不誠実なもので
あったといえる。
次に、第5回団体交渉では、組合が平成22年退職手当金規定変更後の現在の退職手当金規定の有効性を議論に加えたため、会
社は、単に同規定の有効性を主張するだけであったが、誠実団体交渉義務を果たすためには、平成22年退職手当金規定変更に至
る経緯及び理由等を自ら説明すべきであった。
また、第9回団体交渉において、組合は、改めて当該変更に至る経緯や理由等の説明を求めたが、B1社長は「会社に対する不
満になったりしてもつまらない」と発言し、第11回団体交渉において、説明することを拒否した。その理由についてB1社長
は、組合の要望を平成22年に退職手当金規定を変えたことの事実を従業員へ説明することであると解釈したうえで、変更した事
実を従業員は既に知っていると思うので改めて説明する必要はないとした。
しかしながら、会社の第9回団体交渉議事録では、次回の団体交渉までの検討事項として「従業員に対し退職金の減額理由の説
明を行うか否かの回答」と記録されており、また、B1社長が退職手当金規定を「変更した事実を従業員は既に知っていると思
う」とする根拠も不明であることから、B1社長は、組合の要求を曲解し、合理的理由なく当該変更に至る経緯及び理由等の説明
を拒否したものと解することができる。
以上のとおり、会社は、団体交渉には応じたものの、その交渉内容においては、組合の求める事項を十分に検討して回答したと
はいえず、また、可能な限り当該回答の理由を説明したとも認められないことは明らかである。さらに、会社は、会社として当然
知り得る事実さえ容易に認めず、また、第11回団体交渉において「是非は別としてB1社長が説明しないことを決定したのであ
るから説明するか否かの議論は平行線である」として、結局当該変更に至る経緯及び理由等の説明を行っていない。一連の団体交
渉におけるこのような会社の対応は、平成22年退職手当金規定変更に関する議論を極力避けていたものと考えられ、合意形成の
努力に著しく欠けるものであったということができる。
(2)資料等の提示
組合は、平成22年退職手当金規定変更の議題において、具体的に経営上の資料の開示を要求していなかったことが認められ
る。
しかしながら会社は、そもそも平成22年当時に退職手当金規定を変更するに至った経緯や理由等を説明すべき立場にあり、組
合からの具体的な資料の開示要求を待つまでもなく、十分な資料を提示して説明を尽くすべきであったといえる。
しかも、第11回団体交渉において、B3営業課長が私見として退職手当金の減額理由を述べており、会社としては、このよう
な説明を正式に行い、併せてその根拠となる資料を提示して組合の理解を得る努力をすることが十分可能であったにもかかわら
ず、行わなかったことが認められる。このことは、そもそも会社が、組合に対し、平成22年退職手当金規定変更に至る経緯及び
理由等を説明する意思がなかったことを示すものと解することができる。
(3)本件申立て後の会社の対応
本件審査において、会社は、平成16年度以降の貸借対照表及び損益計算書について書証としての提出を拒否した。一方、従業
員の平均年齢の変化に関する資料等を書証として提出したが、これらから、会社が退職手当金規定の変更に至る経緯を推察するこ
とはできるものの、従業員の受ける不利益の程度、退職手当金規定の変更の必要性、変更後の退職手当金規定の内容の相当性を検
討する資料としては著しく不十分である。
また、本件申立て後の第13回団体交渉において、会社は、平成22年退職手当金規定変更に至る経緯や理由等を説明している
が、当該変更による別表A'欄の支給係数及び別表B'欄の支給率の相当性の説明にまでは至らず、裏付けとなる財務諸表等の資
料も開示していない。
さらに、組合が、平成22年退職手当金規定変更による会社経営への影響を検証するため、会社の利益に関する資料を求めたと
ころ、会社は、組合の要求する資料が不適当であることを指摘するのみで、経営判断のための資料に関する知識に乏しい組合に対
し、必要な資料を提示して組合の理解を得るよう努力した事実も認められない。
なお、会社は、第13回団体交渉の席上、財務諸表等の資料の開示を拒否する理由として、「以前の団体交渉で組合から、会社
の秘密事項について親会社へ報告するとの発言があったので、組合を信用できない。」と述べているが、退職手当金の大幅な減額
という従業員に対する不利益の重大性からすると、このような理由で必要な資料を開示しないことは誠実とはいえない。
(4)結論
以上のとおりであるから、平成22年退職手当金規定変更に関する議題に関する会社の対応は不誠実といわざるを得ず、労働組
合法第7条第2号に該当する不当労働行為であると判断する。 |
掲載文献 |
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